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	<title>鞍馬寺 - 版の履歴</title>
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		<title>58.190.246.160: /* 境内・伽藍 */ 仁王門側からの経路順に並べ替え。鞍馬寺パンフレットより解説文を引用補強</title>
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		<updated>2014-05-06T10:50:40Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;span class=&quot;autocomment&quot;&gt;境内・伽藍: &lt;/span&gt; 仁王門側からの経路順に並べ替え。鞍馬寺パンフレットより解説文を引用補強&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;{{日本の寺院|&lt;br /&gt;
名称 = 鞍馬寺|&lt;br /&gt;
画像 = [[ファイル:Kurama-dera sanmon.jpg|260px]]&amp;lt;br /&amp;gt;仁王門|&lt;br /&gt;
所在地 = 京都府京都市左京区鞍馬本町1074|&lt;br /&gt;
位置 = {{coord|35|7|5.02|N|135|46|14.67|E|region:JP-26_type:landmark|display=inline,title}}|&lt;br /&gt;
山号 = [[鞍馬山]]|&lt;br /&gt;
宗派 = [[鞍馬弘教]]|&lt;br /&gt;
寺格 = [[総本山]]|&lt;br /&gt;
本尊 = 尊天（[[毘沙門天|毘沙門天王]]・[[千手観音|千手観世音菩薩]]・護法魔王尊）|&lt;br /&gt;
創建年 = 伝・[[宝亀]]元年（[[770年]]）|&lt;br /&gt;
開基 = 伝・鑑禎|&lt;br /&gt;
正式名 = |&lt;br /&gt;
別称 = |&lt;br /&gt;
札所等 = [[新西国三十三箇所]]19番|&lt;br /&gt;
文化財 = 木造毘沙門天立像・木造吉祥天立像・木造善膩師童子立像、鞍馬寺経塚遺物一括（国宝）&amp;lt;br/&amp;gt;木造聖観音立像、木造兜跋毘沙門天立像、黒漆剣、剣（無銘）、銅燈篭、鞍馬寺文書（重要文化財）|&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
[[ファイル:Kurama7196.jpg|thumb|200px|本殿金堂]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:Kurama-dera Statue of Tiger.jpg|thumb|200px|本殿前の阿吽の虎]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:Kurama-dera Toro.jpg|thumb|200px|石段を飾る灯篭]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:Kurama7230.jpg|thumb|200px|奥の院魔王殿（拝殿）]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:Kurama7219.jpg|thumb|200px|大杉権現]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:Kurama7220.jpg|thumb|200px|僧正ガ谷不動堂]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:Krama7207.jpg|thumb|200px|冬柏亭、与謝野晶子書斎]]&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;鞍馬寺&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（くらまでら）は、[[京都府]][[京都市]][[左京区]]鞍馬本町にある寺。1949年まで[[天台宗]]に属したが以降独立して[[鞍馬弘教]]総本山となっている。山号は鞍馬山。&amp;lt;!--金剛寿院 ←これは「金剛寿命院」の誤り。これは本坊を指す寺号であり鞍馬山全体を指す寺号は「鞍馬寺」でよい。また松尾山の山号も金剛寿命院のものである。--&amp;gt;開基（創立者）は[[鑑真]]の高弟[[鑑禎]]（がんてい）とされている。本尊は寺では「尊天」と称している。「尊天」とは[[毘沙門天|毘沙門天王]]、[[千手観音|千手観世音菩薩]]、護法魔王尊の三身一体の本尊であるという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
京都盆地の北に位置し、豊かな自然環境を残す[[鞍馬山]]の南斜面に位置する。鞍馬は牛若丸（[[源義経]]）が修行をした地として著名であり、能の『[[鞍馬天狗 (能)|鞍馬天狗]]』でも知られる。新西国十九番札所である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、鞍馬寺への輸送機関として[[ケーブルカー]]（[[鞍馬山鋼索鉄道]]）を運営しており、[[宗教法人]]としては唯一の[[鉄道事業者]]ともなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
寺に伝わる『鞍馬蓋寺縁起』（あんばがいじえんぎ）が草創縁起を伝えており、[[鑑真]]の高弟・鑑禎が[[宝亀]]元年（[[770年]]）に草庵を結び、毘沙門天を安置したのが始まりという。鑑禎は、鑑真が唐から伴ってきた高弟8名のうちの最年少であった。宝亀3年（[[772年]]）のある夜、鑑禎は霊夢を見、山城国の北方に霊山があると告げられる。霊山を尋ねて出かけた鑑禎は、ある山の上方に宝の鞍を乗せた白馬の姿を見る。その山が鞍馬山であった。山に入った鑑禎は女形の鬼に襲われ殺されそうになるが、あわやという時、枯れ木が倒れてきて鬼はつぶされてしまった。翌朝になると、そこには毘沙門天の像があったので、鑑禎はこれを祀る一寺を建立したという。この鑑禎の話は『鞍馬蓋寺縁起』以外の書物には見えず、どこまで史実を伝えるものかわからない。ただし、[[清水寺]]の草創縁起と同様、南都（奈良）の僧が創建にかかわったとしている点は注目される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『[[今昔物語集]]』『[[扶桑略記]]』など諸書には別の伝承が見られる。それによれば、[[延暦]]15年（[[796年]]）、[[藤原南家]]の出身で造東寺長官を務めた[[藤原伊勢人]]は、自分の個人的に信仰する観音を祀る寺を建てたいと考えていた。伊勢人は、ある夜見た霊夢のお告げにしたがい、白馬の後を追って鞍馬山に着くと、そこには毘沙門天を祀る小堂（上述の鑑禎が建てたもの？）があった。「自分は観音を信仰しているのに、ここに祀られているのは毘沙門天ではないか」と伊勢人はいぶかしがった。ところが、その晩の夢に1人の童子が現われ、「観音も毘沙門天も名前が違うだけで、実はもともと1つのものなのだ」と告げた。こうして伊勢人は千手観音の像をつくって、毘沙門天とともに安置し、鞍馬寺を創建したという。この伝承は『[[日本後紀]]』延暦15年（796年）の条に東寺の造営の任に当たっていた藤原伊勢人の夢に現在の鞍馬寺からほど近い[[貴船神社]]の神が現れ鞍馬寺を建立するよう託宣したと記されていることからほぼ史実であると考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
9世紀末の[[寛平]]年間（[[889年]] - [[897年]]）[[東寺]]の僧・峯延（ぶえん）が入寺したころから、鞍馬寺は真言宗寺院となるが、[[12世紀]]には天台宗に改宗し、以後の鞍馬寺は長く[[青蓮院]]の支配下にあった。[[寛治]]5年（[[1091年]]）には[[白河天皇|白河上皇]]が参詣、[[承徳]]3年（[[1099年]]）には関白[[藤原師通]]が参詣するなど、平安時代後期には広く信仰を集めていたようである。『[[枕草子]]』は「近うて遠きもの」の例として鞍馬寺の九十九（つづら）折りの参道を挙げている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鞍馬寺は[[大治 (日本)|大治]]元年（[[1126年]]）の火災をはじめとして、たびたび焼失している。[[江戸時代]]の[[文化 (元号)|文化]]9年（[[1812年]]）には一山炎上する大火災があり、近代に入って[[1945年]]（[[昭和]]20年）にも本殿などが焼失している。このため、堂宇はいずれも新しいものだが、仏像などの文化財は豊富に伝えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和期の住職・信楽香雲（しがらきこううん）は、[[1947年]]に&amp;lt;!--[[神智学]]の影響を受け--&amp;gt;[[鞍馬弘教]]を開宗。[[1949年]]には天台宗から独立して鞍馬弘教総本山となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
京都の奥にある鞍馬山は山岳信仰、山伏による密教も盛んであった。そのため山の精霊である[[天狗]]もまた鞍馬に住むと言われる。鞍馬に住む大天狗は僧正坊と呼ばれる最高位のものでありまた鞍馬山は天狗にとって最高位の山のひとつであるとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 本尊 ==&lt;br /&gt;
京都の北に位置する鞍馬寺は、もともと毘沙門天（四天王のうち北方を守護する）を本尊とし、併せて千手観世音を祀った寺院であった。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://books.google.co.jp/books?id=j_NzkrvMu30C 鞍馬寺史] 大正十年&amp;lt;/ref&amp;gt;しかし、鞍馬弘教立教後の現在の鞍馬寺の信仰形態は独特のもので、本尊についても若干の説明を要する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鞍馬弘教立教後の寺の説明によると、鞍馬寺本殿金堂（本堂）の本尊は「尊天」であるとされる。堂内には中央に毘沙門天、向かって右に千手観世音、左には護法魔王尊が安置され、これらの三身を一体として「尊天」と称している。「尊天」とは「すべての生命の生かし存在させる宇宙エネルギー」であるとする。また、毘沙門天を「光」の象徴にして「太陽の精霊」・千手観世音を「愛」の象徴にして「月輪の精霊」・魔王尊を「力」の象徴にして「大地（地球）の霊王」としている。鞍馬寺とは、どこにでも存在する「尊天」のパワーが特に多い場所にして、そのパワーに包まれるための道場であるとしている。「尊天」のひとり、「護法魔王尊」とは、650万年前（「650年」の間違いではない）、[[金星]]から地球に降り立ったもので、その体は通常の人間とは異なる元素から成り、その年齢は16歳のまま、年をとることのない永遠の存在であるという&amp;lt;ref&amp;gt;以上の説明は信楽香仁「くらま山の信仰と歴史」『古寺巡礼京都27　鞍馬寺』（淡交社、1978）、pp.79 - 85による。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本殿金堂の毘沙門天・千手観世音・護法魔王尊はいずれも[[秘仏]]であるが、秘仏厨子の前に「お前立ち」と称する代わりの像が安置されている。お前立ちの魔王尊像は、背中に羽根をもち、長いひげをたくわえた仙人のような姿で、鼻が高い。光背は木の葉でできている。多宝塔に安置の護法魔王尊像も同じような姿をしている。このことから「鞍馬天狗」とはもともと護法魔王尊であったと思われる。また、16歳とされているわりに歳をとった姿をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 境内・伽藍 ==&lt;br /&gt;
* 仁王門 - [[1891年]]（明治24年）焼失し、[[1911年]]（明治44年）再建された。山門駅から多宝塔駅までのケーブルカーは[[1957年]]（昭和32年）に開通している。標高250m。&lt;br /&gt;
* 多宝塔 - [[1959年]]（昭和34年）再建。標高370m。&lt;br /&gt;
* [[鬼一法眼]]社、魔王乃滝&lt;br /&gt;
* [[由岐神社]]&lt;br /&gt;
* 義経公供養塔 - 牛若丸（後の[[源義経]]）が7歳から約10年間住んだ東光坊の跡。&lt;br /&gt;
* 九十九折参道 - 清少納言が『枕草子』で「くらまの九十九折といふ道」と記した坂道。&lt;br /&gt;
* 中門 - 勅使が通った門&lt;br /&gt;
* 転法輪堂 - [[1969年]]（昭和44年）再建。&lt;br /&gt;
* 本殿金堂 - [[1971年]]再建。三尊尊天を祀る。標高410m。&lt;br /&gt;
* 寝殿 - [[1924年]]（大正13年）の建築。&lt;br /&gt;
* 光明心殿 - 護法魔王尊を祀る。&lt;br /&gt;
* 与謝野鉄幹・与謝野晶子歌碑&lt;br /&gt;
* 霊宝殿 - 本殿裏にある。1階は鞍馬山自然博物苑で、鞍馬山の動植物に関する展示がある。2階は寺宝展示室と[[与謝野鉄幹]]・[[与謝野晶子]]の遺品等を展示した、与謝野記念室がある（鞍馬弘教を開宗した信楽香雲は与謝野門下の歌人であった）。3階は仏像奉安室で、[[国宝]]の木造毘沙門天立像、木造吉祥天立像、木造善膩師童子（ぜんにしどうじ）立像の三尊像をはじめとする文化財が展示されている。鞍馬寺の本尊はこの毘沙門天の三尊像であったとする説や、同じく霊宝館に安置されている平安時代後期の[[重要文化財]][[兜跋毘沙門天]]（とばつびしゃもんてん）の姿と近いものでなかったかとする説もある。平安時代中期以降の末法思想から生み出された[[経塚]]遺跡からの発掘品も見ることができる。&lt;br /&gt;
* 冬柏亭 - 与謝野晶子書斎、東京から移築&lt;br /&gt;
* 息つぎの水 - 牛若丸が東光坊から奥の院へ兵法の修行に通う途中、この清水を汲んで喉の渇きを潤したと伝えられている。&lt;br /&gt;
* 屏風坂の地蔵堂（革堂の地蔵尊）&lt;br /&gt;
* 背比べ石 - 奥州に下る牛若丸が名残を惜しんで背を比べたと言われる石。標高485m。&lt;br /&gt;
* 大杉権現 - 護法魔王尊影向（ようごう）の杉として信仰を集める。&lt;br /&gt;
* 義経堂 - 義経公を遮那王尊として祀る。&lt;br /&gt;
* 僧正ガ谷不動堂 - 謡曲の鞍馬天狗が牛若丸と出会ったと言われる所。堂内には伝教大師（[[最澄]]）が刻んだと伝えられる不動明王が安置されている。&lt;br /&gt;
* 奥の院魔王殿 - 本殿から西の貴船神社へ抜ける山道の途中、奇岩の上にある小堂。650万年前に金星から地球に降り立ったという魔王尊を祀っている。現在の建物は[[1945年]]（昭和20年）の焼失後の再建。標高435m。&lt;br /&gt;
* 西門&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 文化財 ==&lt;br /&gt;
[[ファイル:Kuramadera Monastery Bishamon (308).jpg|thumb|160px|毘沙門天立像]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:Kuramadera Monastery Kichijoten (334).jpg|thumb|160px|吉祥天立像]]&lt;br /&gt;
=== 国宝 ===&lt;br /&gt;
* 木造毘沙門天立像、木造吉祥天立像、木造善膩師童子（ぜんにしどうじ）立像&lt;br /&gt;
* 鞍馬寺経塚遺物 一括&lt;br /&gt;
**石宝塔（旧塚上所在）1基&lt;br /&gt;
**銅宝塔 1基&lt;br /&gt;
**鉄宝塔 1基&lt;br /&gt;
**銅経筒 経巻残塊共（在銘）1合&lt;br /&gt;
**銅経筒残闕（在銘）1合&lt;br /&gt;
**銅経筒蓋（在銘）1箇&lt;br /&gt;
**金銅経筒 1合&lt;br /&gt;
**銅宝幢形経筒 1合&lt;br /&gt;
**銅経筒残闕 一括&lt;br /&gt;
**土製経筒 2合&lt;br /&gt;
**金銅三尊像 3躯&lt;br /&gt;
**金銅板押出菩薩像残闕 1面&lt;br /&gt;
**懸仏 残闕共 一括&lt;br /&gt;
**鏡像 3面&lt;br /&gt;
**銅鏡 残闕共6面分&lt;br /&gt;
**金銅独鈷杵 1本&lt;br /&gt;
**銅水瓶 1口&lt;br /&gt;
**青白磁合子類 一括&lt;br /&gt;
**石硯 2面&lt;br /&gt;
**銅板扉（在銘）1枚&lt;br /&gt;
**銅銭 一括&lt;br /&gt;
**其の他伴出物一切&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 重要文化財 ===&lt;br /&gt;
* 木造観音菩薩立像 [[肥後別当定慶]]作&lt;br /&gt;
* 木造兜跋毘沙門天立像&lt;br /&gt;
* 黒漆剣&lt;br /&gt;
* 剣（無銘）&lt;br /&gt;
* 銅燈篭&lt;br /&gt;
* 鞍馬寺文書&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==札所==&lt;br /&gt;
*[[新西国三十三箇所|新西国三十三箇所観音霊場]]第19番&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 年中行事 ==&lt;br /&gt;
*しめのうち詣（元旦 - 1月15日）&lt;br /&gt;
*初寅大祭（1月最初の寅の日）&lt;br /&gt;
*節分追儀式（節分の日）&lt;br /&gt;
*春の酬得会（春の彼岸入の日）&lt;br /&gt;
*清浄髪祈願祭（4月上旬）&lt;br /&gt;
*尊天むすび伝法式（4月上旬）&lt;br /&gt;
*花供養（4月中旬）&lt;br /&gt;
*五月満月祭（[[ウェーサーカ祭|うえさくさい]] -五月の満月宵 5月の満月の日に行われる）&lt;br /&gt;
*竹伐り会式（たけきりえしき）（6月20日午後2時）&lt;br /&gt;
*如法写経会（8月1日 - 8月4日）&lt;br /&gt;
*義経祭(9月15日)&lt;br /&gt;
*秋の酬得会（秋の彼岸入の日）&lt;br /&gt;
*秋の大祭(10月14日)&lt;br /&gt;
*平和の祈り(11月23日)&lt;br /&gt;
*納めの寅（12月再度の寅の日）&lt;br /&gt;
*毎月の御縁日（毎月1・7・14日・寅の日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[鞍馬の火祭]]（10月22日） - 仁王門近くにある[[由岐神社]]の祭礼。鞍馬寺主催ではない&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 交通 ==&lt;br /&gt;
;京都市内から鞍馬寺前まで&lt;br /&gt;
:[[叡山電鉄]][[出町柳駅]]から[[叡山電鉄鞍馬線|鞍馬線]]に乗ると約30分で[[鞍馬駅]]に着く。駅を出て徒歩1分で仁王門（山門）に至る。&lt;br /&gt;
:*その叡山電鉄の親会社である[[京阪電気鉄道]]では、同社との共同企画乗車券『鞍馬・貴船1dayチケット』を出町柳駅を除く[[京阪本線|京阪線]]系統すべての駅で発売しており、拝観の際に本券を受付に提示すると、愛山費が大人通常200円のところを優待料金で拝観できる&amp;lt;ref&amp;gt;{{PDFlink|[http://www.keihan.co.jp/traffic/valueticket/ticket/kifune_2012/ 鞍馬・貴船1dayチケット　優待特典一覧]}} - 京阪電気鉄道&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
:&lt;br /&gt;
;仁王門から本殿金堂まで（徒歩）&lt;br /&gt;
:仁王門(0) - 287m - 由岐神社(50) - 791m - 本殿金堂(160)&lt;br /&gt;
:*括弧内の数字は仁王門の標高を基準とした標高差（単位m）&lt;br /&gt;
:山門から由岐神社を経て途中にある小さな門までは未舗装の急坂の山道で、門からは石段と石畳の道となる。全て歩くとなると成人男性で30分ほどは見ておく必要がある。&lt;br /&gt;
;仁王門から本殿金堂まで（ケーブルカー利用）&lt;br /&gt;
:仁王門（[[山門駅]]）(0) - 200m - [[多宝塔駅]](120) - 456m - 本堂金堂(160)&lt;br /&gt;
:*括弧内の数字は仁王門の標高を基準とした標高差（単位m）&lt;br /&gt;
:徒歩での参拝は、高齢者などには大変なため、仁王門から多宝塔の間に[[ケーブルカー]]（[[鞍馬山鋼索鉄道]]）を運行している。乗車時間は2分ほどの距離だが、寺に100円の寄付金を納めた人が無料で乗車できる（事実上、運賃が片道100円）。&amp;lt;!--多宝塔を回れるので登りはケーブルカーを使った方が良い。--&amp;gt;多宝塔から本殿金堂までは10分ほどの石畳を歩く。ただ、ケーブルカー経由の道は由岐神社を経由しない。なお、寺側は歩くことが可能な人は、ケーブルカーを使わずに徒歩で参拝することを勧めている。&lt;br /&gt;
;貴船側からのアクセス&lt;br /&gt;
:[[貴船神社]](35) - 573m - 魔王殿(185) - 460m - 背比べ石(235) - 404m - 本殿金堂(160)&lt;br /&gt;
:*括弧内の数字は仁王門の高さを基準とした標高差（単位m）&lt;br /&gt;
:貴船からの入り口は西門と呼ばれる。このルートはかつて牛若丸が天狗との修行で走った道とされている。山をひとつ越えることになるので鞍馬側から登るより大変である。成人男性でも50分ほどかかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*信楽香仁『天狗の山　くらまだより』、大東出版社、1990&lt;br /&gt;
*井上靖、塚本善隆監修、遠藤周作、信楽香仁著『古寺巡礼京都27　鞍馬寺』、淡交社、1978&lt;br /&gt;
*[[竹村俊則]]『昭和京都名所図会 洛北』駸々堂、1982&lt;br /&gt;
*『週刊朝日百科　日本の国宝』13号（鞍馬寺ほか）、朝日新聞社、1997&lt;br /&gt;
*『日本歴史地名大系　京都市の地名』、平凡社&lt;br /&gt;
*『角川日本地名大辞典　京都府』、角川書店&lt;br /&gt;
*『国史大辞典』、吉川弘文館&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[日本の寺院一覧]]&lt;br /&gt;
*[[鞍馬山鋼索鉄道]]&lt;br /&gt;
*[[玄椿]]&lt;br /&gt;
*[[:Category:日本の寺の画像|日本の寺の画像一覧]]&lt;br /&gt;
{{Commonscat|Kurama-dera}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:くらまてら}}&lt;br /&gt;
[[Category:鞍馬]]&lt;br /&gt;
[[Category:京都市左京区の寺]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の国宝 (彫刻)]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の国宝 (考古・歴史資料)]]&lt;br /&gt;
[[Category:京都市の重要文化財]]&lt;br /&gt;
[[Category:新西国三十三箇所]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の鉄道事業者]]&amp;lt;!-- 鞍馬寺は鉄道事業法の許可を得た、日本唯一の宗教法人の鉄道事業者です--&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[Category:天台系仏教]]&lt;/div&gt;</summary>
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