<?xml version="1.0"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" xml:lang="ja">
	<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?action=history&amp;feed=atom&amp;title=%E8%B2%AC%E4%BB%BB</id>
	<title>責任 - 版の履歴</title>
	<link rel="self" type="application/atom+xml" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?action=history&amp;feed=atom&amp;title=%E8%B2%AC%E4%BB%BB"/>
	<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E8%B2%AC%E4%BB%BB&amp;action=history"/>
	<updated>2026-10-02T15:14:17Z</updated>
	<subtitle>このウィキのこのページに関する変更履歴</subtitle>
	<generator>MediaWiki 1.44.2</generator>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E8%B2%AC%E4%BB%BB&amp;diff=15372&amp;oldid=prev</id>
		<title>221.94.193.204: /* 関連項目 */</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E8%B2%AC%E4%BB%BB&amp;diff=15372&amp;oldid=prev"/>
		<updated>2014-07-01T09:16:59Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;span class=&quot;autocomment&quot;&gt;関連項目&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;責任&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（せきにん、{{lang-en-short|responsibility}}）とは、元々は何かに対して応答すること、応答する状態を意味しており、ある人の行為が本人が自由に選べる状態であり、これから起きるであろうことあるいはすでに起きたこと　の原因が行為者にあると考えられる場合に、そのある人は、その行為自体や行為の結果に関して、[[法律|法]]的な責任がある、または[[道徳]]的な責任がある、とされる。&lt;br /&gt;
何かが起きた時、それに対して応答、対処する義務の事。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
近・現代に用いられている責任（英:responsibility、フランス語:responsabilitéという用語・概念は、元をたどれば[[ラテン語]]のrespondereレスポンデレ(答える、返答・応答する、英語ならばrespond)に由来しており、-ityの形では、何かに対して応答すること、応答できる状態、を意味している。respondereという語自体は古代ローマ時代には、法廷において自分の行為について説明したり弁明したりすることを意味していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
責任とは、[[社会]]的に見て[[自由]]があることに伴って発生する概念である。自由な行為・選択があることに伴い、それに応じた責任が発生する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ある行為・結果に対してある人（例えばAさん）には責任がある、とされているということは、ある行為がAさん本人にとって選択の余地がある（つまり哲学的な用語で言えば自由意志に基づいて行うものである）と判断されていることを意味する。責任と自由は常に同時に存在し、切り離すことは出来ない。自由の無いところに責任は存在せず、責任の無いところに自由は存在しない、とされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
責任の概念は、他のことを意志できること&amp;lt;!--非両立主義的--&amp;gt;、少なくとも意志したとおりの行為を為すことができる&amp;lt;!--両立主義的--&amp;gt;という意味での[[自由意志]]の概念を前提としている。そのため、責任という概念は、伝統的に[[自由意志]]の概念とも結び付けられてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
責任にまつわる近・現代的な観点からは、心に重きを置く考え方と、ある人の行為に重きを置く考え方とがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現代の社会において、ひとりひとりの人間は、何らかの自由を行使し行為を選択する際には、その自由に応じた責任があると認識・自覚する必要がある。（ただし、その自由に応じた責任以外まで認める必要はない、ともされるので、どこまでが自由であったか、どこまでが選びえた行為か、どこまでが強制された行為か、ということはしばしば曖昧で、争いの原因となることがある。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、責任という概念は、何らかの行為を行ったことだけについて適用されるのではなくて、行われるべきだったのに行われなかったことに対しても適用される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また一般には、責任は[[原因]]とは区別される概念である。BがAの原因ということだけからは、BがAの責任を担うべきことが結論されることはない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歴史==&lt;br /&gt;
責任は、英語では responsibility フランス語ではresponsabilitéというが、[[今道友信]]（1956）によれば、これに相当するギリシャ語単語はなく、responsibilitasなる古典ラテン語も中世ラテン語もない。英語で言えば、responsibility　の文献初出は1780年代である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、マッキーオンによれば、[[ジョン・スチュアート・ミル]]の書物にあり、しかしミルの造語でないという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ミルにおける「責任」は、ほとんどpunishabilityという語によって表現されている。また、ドイツ語のVerantwortung、Verantwortlichkeitは、19世紀に造語されたのであり、その語義はZurechnungにすぎなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
responsibilitasやresponsibilityという語形そのものの存在の有無は上記のような状況であるが、語形はともかくとして概念の歴史として説明がなされる場合、通常はかなり古い時代にまで遡る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[アウグスチヌス]]（354- 430）は、[[人間]]が自由であるからこそ[[悪]]をなすことが可能なのであり、またその悪に対して責任を持つことも可能となる、とした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[マックス・ウェーバー]](1864 - 1920)は『職業としての政治』において、責任を心情倫理と責任倫理を対比させて論じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==日本における「責任」の様々な用法==&lt;br /&gt;
従来より、日本社会においては「責任」という概念・語がよく理解されておらず、本来のresponsibilityという意味とはかなり離れてしまって、[[義務]]という語・概念と混同してしまったり、義務に違反した場合に[[罰]]を負う、という意味で誤用してしまう人も多い。あるいは、もっぱら[[リスク]]を負担することにのみ短絡させている場合もある（部分的には重なるが、同一ではない概念である）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===政治的場面===&lt;br /&gt;
日本においては、政治的な場面で、何らかの悪い結果が発生した場合、責任者が職・地位・立場などを辞任することなどによって ”責任をとった”とすることがしばしばある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
責任を無理矢理とらせることを「詰め腹を切らせる」というが、これは、歴史的にみて[[切腹]]が不祥事への責任をとる一手段であったことに由来する語法である。&lt;br /&gt;
現代では、切腹に相当する行為の典型は辞職、辞任であるが、ただ辞めるだけで、問題行為にいたった経緯などを関係者などにしっかり説明しないと、「責任を果たしていない」と批判される傾向もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他方、（ある人本人や、ある人が監督責任を負うべき周辺人物が）何らかの問題を発生させてしまった場合でも、自分の現状の職・地位を辞さず維持すること（本人なりに問題を解決してゆこうとする意志があること）を、”責任を果たす” と表現することもある&amp;lt;ref&amp;gt;[http://sankei.jp.msn.com/region/kinki/mie/100829/mie1008290219000-n1.htm 進退については「知事としての責任は果たさなければならない」と述べるにとどめた]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101021-OYT1T00955.htm  大林検事総長は検察があるべき姿を取り戻すことが私の責任」と述べ、現段階での辞任を否定した]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==法的な責任==&lt;br /&gt;
責任は倫理学、社会学、心理学の対象領域であるが、法的責任のとらえ方が、それらから微妙な影響を受けるが、法律上の責任とは異なるものであり明確に区別する必要がある。&lt;br /&gt;
===刑事責任===&lt;br /&gt;
{{日本の刑法}}&lt;br /&gt;
刑事責任とは、[[犯罪]]を犯した者が[[刑罰]]を受けなければならない法的な地位のこと。狭義には[[有責性]]のこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
刑法上での狭義の責任とは、[[構成要件]]に該当する[[違法]]な行為をしたことについて行為者を非難できること（有責性・非難可能性）をいう。これは、行為者が他の適法な行為を行うこともできたのに（他行為可能性）、あえて違法行為をしたことに対する法的非難である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
責任の類型としては、[[故意]]と[[過失]]がある。故意は、違法な結果を認識しながら行為をしている点で他行為可能性・非難可能性があり、過失は、注意義務を尽くしていれば違法な結果を回避できたのにこれを尽くさなかった点で他行為可能性・非難可能性があるからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
故意・過失があっても、事物の是非・善悪を弁別し、かつそれに従って行動することのできる[[責任能力]]がなければ、責任は阻却（否定）され、犯罪は成立しない。具体的には、[[心神喪失]]者の行為は罰せず（[[刑法 (日本)|刑法]]39条1項）、[[心神耗弱]]者の行為は刑が減軽される（同条2項）。また、14歳未満の者の行為は罰しない（刑法41条）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
基本的には自分の[[行為]]に基づく責任であるが、他人の行為についても、それに寄与した者は[[共犯]]の罪責を負うことがある（[[教唆犯]]、[[幇助犯]]、[[共同正犯]]）。刑事責任を負っている者には刑法等の規定に応じて[[懲役]]・[[罰金]]等の[[刑罰]]が科せられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===民事責任===&lt;br /&gt;
民事責任とは、[[契約]]、[[不当利得]]、[[不法行為]]、[[事務管理]]によって生ずる[[民法]]上の[[債務]]をいうことが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、責任を債務と区別して、自己の財産から[[弁済]]を受けさせられることを指して用いることもある。例えば、AがBに金銭を貸し付け、Cの不動産に[[抵当権]]の設定を受けた場合、BはAに対し債務を負うと同時に自己の財産について[[不動産競売]]（強制競売）等を受けるという意味で責任を負う。これに対し、[[物上保証人]]CはAに対して債務を負わないが、自己の不動産を強制換価（担保権の実行）されるという意味でAに対し責任を負う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
債務という意味では、次のようなものがある。&lt;br /&gt;
*契約責任&lt;br /&gt;
*不法行為責任&lt;br /&gt;
:現在の日本においては[[金銭]]で賠償することが原則であるが、[[謝罪広告]]などを命じられることもある（[[b:民法第723条|民法723条]]）。また、一定の場合、他人の行為に対する責任を負う。その一例である[[使用者責任]]の発生の根拠は、実質上の指揮監督関係に求められる（[[b:民法第715条|民法715条]]）。&lt;br /&gt;
:公権力の行使に当たる[[公務員]]が、その職務を行うについて他人に損害を加えたときは、国家が賠償する責任を負う（[[s:国家賠償法#1条|国家賠償法1条]]1項）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===訴訟法上の責任===&lt;br /&gt;
自分にとって有利な法的効果を発生させる事実を主張しなかった当事者が、その事実が認定されないことによって受ける不利益のことを、[[主張責任]]という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、自分にとって有利な法的効果を発生させる事実を立証できなかった当事者が、その事実が認定されないことによって受ける不利益のことを[[証明責任]]（[[挙証責任]]、立証責任）という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
不利益を被った側は、自分が望む法的効果の発生という利益を受けることができない。証明責任を負うか負わないかによって、事実が真偽不明の状態にとどまった場合、結論が全く異なることになるので、&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;証明責任の分配方法&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;が法学において問題になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政治的責任 ==&lt;br /&gt;
[[社会]]における[[政治]]の責任は、最終的には[[主権者]]が負うものとされている。これは、[[主権者]]の信任によって[[政治]]の行為者が選出されているためであり、直接統治・間接統治いずれにしても[[主権者]]が選択した行為に基づくからである。また、[[信任]]できないのであれば、手順に従って[[罷免]]することができる。&lt;br /&gt;
重大な政治的過誤があった場合、[[為政者]]が辞任するなどの形で責任をとることもある（[[内閣総辞職]]、議会の[[解散]]など）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
政治的責任と法的責任は別物であるが、収賄などの犯罪行為について、法的責任（刑事責任）が発生するのとともに、政治的責任も発生し得ることは当然である。[[戦争責任]]については、当該項目を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==社会的な責任==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===結果責任===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;結果責任&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（けっかせきにん）とは、ある行為によって発生する結果に対する責任のことである。原則として全ての行為において結果責任が発生するが、ある行為を行った者と責任を負担する者が常に一致するわけではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
例えば、選挙において投票した行為、棄権した行為、それぞれの選択行為によって発生した結果に対する責任が発生し、あとは各人に責任をどのように分配するかの問題となる。法的な責任においては過失責任主義が原則であるので、結果責任はしばしば道義的責任にとどまることも多いが、&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;[[無過失責任]]&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;のように法的に規定される場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===自己責任===&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;自己責任&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（じこせきにん）という言葉は現在多義的な言葉となっている。反対の意味の語として「連帯責任」がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第一に、「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;自己の危険において為したことについては、他人に頼り、他人をあてにするのでなく、何よりもまず自分が責任を負う&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.law.tohoku.ac.jp/~fujita/gakuinkoen.html 藤田宙靖「自己責任」の社会と行政法]&amp;lt;/ref&amp;gt;」という意味がある。「お互いに他人の問題に立ち入らない&amp;lt;!--Das ist Ihre (seine) Sache.--&amp;gt;&amp;lt;!--リンク先による--&amp;gt;」という価値観によるものである。アメリカ社会における国家観に立脚した行政改革・司法改革による事後監視、事後救済社会における基本原則の一つである。もっとも、この原則は十分な情報と判断能力がない場合には妥当しない。  &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第二に、「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;個人は自己の過失ある行為についてのみ責任を負う&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;」という意味がある。個人は他人の行為に対して責任を負うことはなく、自己の行為についてのみ責任を負うという近代法の原則のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第三に、「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;個人は自己の選択した全ての行為に対して、発生する責任を負う&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;」という意味がある。何らかの理由により人が判断能力を失っていたり、行為を強制されている場合は、本人の[[選択]]とは断定できないため、この限りではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;証券取引による損失は、たとえ予期できないものであっても全て投資者が負担する&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;」といわれることがあるが、これは、上記第一あるいは第三の意味の責任が証券取引の分野に発現したものと捉えられよう。証券取引はもともとリスクの高いものであるから、たとえ予期できない事情により損害が発生したとしても、投資者が損失を負担しなければならないということである。(参照⇒投資家の[[自己責任原則]]、[[損失補填]]の禁止)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====さまざまな例====&lt;br /&gt;
例えば、「内容の正確性が担保されていない[[ウィキペディア]]に各自の判断で参加することによって生じた損害は、全て自己責任に帰される」というように用いられる。この言葉には[[英語]]のOwn riskの直訳的な意味が含まれており、契約などにおける免責事項の根拠として広く用いられている。ただ、例えば窓に施錠し忘れて邸内の所持品が[[窃盗]]にあったケースにおいては、「窃盗犯によって所持品が滅失・毀損・消費され、取り戻し不能になる危険が発生すること」が自己責任の内容であり、自己責任を理由にして、警察官の職務怠慢が正当化されたり、捜査費用を被害者に負担させられるわけではなく、また窃盗犯の刑罰が軽減されたり、所有権が国家により没収されるわけではない。また司法手続によらない[[自力救済]]（英：self-help)は、司法手続の確立した現在の社会においては急迫の場合を除いて原則として禁止される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
経済学では、[[外部性]]の問題がある。たとえば企業が大気を汚染することを&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;負の外部性&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&amp;lt;!--(責任の転嫁)--&amp;gt;と呼ぶ。これに対し、たとえば浄化設備を設置した政府が大気を汚染した企業から税を取った場合、これを&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;内部化&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;(自己責任化)という。ほかには[[リスク]]と[[インセンティブ (経済学)|インセンティブ]]のトレードオフが説かれる。たとえば保険会社が全てのリスクを負担すると仮定した場合、被契約者は危険を回避する意欲を完全に喪失するものと考えられる。これを[[モラルハザード]]という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「自己責任」は本来、他者に対する責任転嫁をいましめる言葉であるが、他者に対して責任を負うべき者の責任回避&amp;lt;!--（自分の行動でありそのリスクは負え、こちらは一切関知しない）--&amp;gt;だけでなく、他者を救済することを拒否した上、強者が救済を必要としている弱者を嘲笑する口実に利用される危険性さえある（たとえば前述の例では警官の職務怠慢が正当化される訳ではない）&amp;lt;!--り、[[義務違反]]に対する制裁が困難になるとの指摘がある--&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====近年の日本における「自己責任論」が話題となった事例====&lt;br /&gt;
*[[1999年]][[8月14日]]の[[玄倉川水難事故]]&lt;br /&gt;
*[[2004年]][[4月7日]]の[[イラク日本人人質事件]]&lt;br /&gt;
*[[2005年]][[12月]]に発覚したマンションの[[耐震偽装問題]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このほかにも、[[JR福知山線脱線事故]]で、列車が衝突したマンションの住民に対して自己責任論を主張する者もいる。事故のあったマンションは線路のカーブから近接した場所にあり、最悪の事態も想定できたであろうから、損害の一部は住民が自己責任として負担すべきという考えである。しかし、これは、国家が私人を救済すべきかという意味で使われてきた自己責任論とは本質的に異なる。この論者は、私人間での不法行為に基づく損害賠償債務について「被害者が事故の発生するリスクを認識できた可能性がある以上、事故発生につき被害者に過失（結果回避義務違反）がなくても、損害の一部ないし全部を被害者が負担すべき（法的には、被害者に過失がなければ過失相殺はされない）」と主張しているのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、2007年に[[夕張市]]が[[財政再建団体]]になった際に、夕張市側の住民に対する説明会で住民が激昂する様子が大きく報道されたが、元市長の[[中田鉄治]]は在任20余年の間、閉山した炭鉱の代替産業として観光振興策を積極的に行い、結果的に赤字垂れ流しの箱物行政を続け、財政赤字を放置し続けたにもかかわらず、住民が市長を交代させなかった（つまり支持し続けた）のも事実であった。こうした、普段から地元の政治に無関心な住民へ一種の「自己責任」を問う主張もある&amp;lt;ref&amp;gt;『[[ウェークアップ!ぷらす]]』（[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]）において[[塩川正十郎]]がこれを主張した。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
果ては[[奥谷禮子]]のように、[[格差社会]]・[[過労死]]を肯定する口実にまで用いる[[経営者]]も存在する。過労死は労働者の自己管理の失敗によるものであるから、当人に責任があるというのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本国外では、[[2007年ターリバーン韓国人拉致事件]]の際に[[大韓民国|韓国]]内でも自己責任論が少なからず現れており、「自己責任」に関する論議が必ずしも日本特有の現象ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==用語==&lt;br /&gt;
*[[証明責任]]&lt;br /&gt;
*[[中間的責任]]&lt;br /&gt;
*[[危険責任]]&lt;br /&gt;
*[[担保責任]]&lt;br /&gt;
*[[使用者責任]]&lt;br /&gt;
*[[無過失責任]]&lt;br /&gt;
*責任財産&lt;br /&gt;
*:[[強制執行]]の対象となる財産。&lt;br /&gt;
*報償責任&lt;br /&gt;
*:自己の行為によって利益を得ている者は、利益を得る過程で他人に与えた損害を、その利益から賠償しなければならない責任をいう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[責任能力]]&lt;br /&gt;
*[[権利]]&lt;br /&gt;
*[[義務]]&lt;br /&gt;
*[[国家賠償法#国家無答責の法理|国家無答責の法理]]&lt;br /&gt;
*[[間接正犯]]&lt;br /&gt;
*[[過失]]&lt;br /&gt;
*[[錯誤]]&lt;br /&gt;
*[[違法性]]&lt;br /&gt;
*[[身分犯]]&lt;br /&gt;
*[[自由意志]]&lt;br /&gt;
*[[帰属理論]]&lt;br /&gt;
*[[スケープゴート]]&lt;br /&gt;
*[[格差社会]] - [[新自由主義]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連書籍 ==&lt;br /&gt;
*[[小浜逸郎]]『「責任」はだれにあるのか』　[[PHP研究所]]　 ISBN 4-569-64627-1&lt;br /&gt;
*大庭健『「責任」ってなに?』 講談社現代新書　講談社　ISBN 4061498215&lt;br /&gt;
*[[斎藤貴男]]『安心のファシズム』 [[岩波新書]]　ISBN 978-4004308973&lt;br /&gt;
:第一章で、[[イラク日本人人質事件]]における自己責任論について考察している。&lt;br /&gt;
*[[佐伯啓思]]『自由とは何か-「自己責任論」から「理由なき殺人」まで』 講談社現代新書　講談社　ISBN 4061497499&lt;br /&gt;
*佐藤真紀・伊藤和子『イラク「人質」事件と自己責任論―私たちはこう動いた・こう考える』　大月書店 ISBN 4272210807&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* {{IEP|responsi|Responsibility}}&lt;br /&gt;
*[https://qir.kyushu-u.ac.jp/dspace/handle/2324/1239?mode=simple 明治前半期の民事責任法] &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:せきにん}}&lt;br /&gt;
[[Category:法]]&lt;br /&gt;
[[Category:社会]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>221.94.193.204</name></author>
	</entry>
</feed>