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	<title>漢中郡 - 版の履歴</title>
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		<title>2014年1月23日 (木) 10:37に221.94.14.18による</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;{{Otheruses|歴史的な漢中地域|現在の陝西省漢中市|漢中市}}&lt;br /&gt;
[[File:Hanzhong.png|thumb|現在の漢中市。漢中盆地にほぼ一致。]]&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;漢中郡&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（かんちゅうぐん）は、[[古代]][[中国]]に存在した[[郡]]。後に&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;漢中&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（かんちゅう）は、郡の役所が置かれた南鄭（なんてい、現在の[[陝西省]][[漢中市]]）を中心とした一帯の名称となる。[[劉邦]]が興した[[前漢|漢]]王朝や、現在の「漢民族」や「[[漢字]]」などの名称の由来となる地名でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==地理==&lt;br /&gt;
孤立した[[盆地]]の&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;漢中盆地&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;になっていて、北は[[秦嶺山脈]]で[[西安]]など[[渭水盆地]]（[[関中]]）と、南は[[大巴山脈]]で[[重慶市|重慶]]など[[四川盆地]]（巴蜀）と画されている。[[長江]]支流の[[漢水]]が東西に流れていて、東に下ると長江流域へ出、西へ上ると[[甘粛省]]の[[天水市|天水]]付近へ出る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[漢水]]やその支流の褒水・胥水などが流れる肥沃な盆地であり、漢水の中程にあるので「漢中」と名付けられたと伝えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
経済的には豊かな土地ではないものの、北は関中、南は[[巴蜀]]、東は漢水を下って長江流域に出られることから交通の要所であり、関中や巴蜀を支配する勢力にとっては漢中を押える事は軍事的に重要であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
広義の蜀もしくは漢中は、狭義の蜀（現在の[[成都]]一帯）、巴（現在の[[重慶市|重慶]]一帯）、漢中の3つを合わせた一帯の事をさす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==歴史==&lt;br /&gt;
古くは[[梁州]]に属し、後には独立した国家を持っていたが[[戦国時代 (中国)|戦国時代]]に[[秦]]に併合される。[[紀元前325年]]、漢中郡と命名されて南鄭県に[[郡治]]（郡の役所、及びその所在地）が設置された。一時[[楚 (春秋)|楚]]に奪われるも[[紀元前312年]]に回復した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
秦が滅んだ後は、[[劉邦]]は本来封じられるべき&amp;#039;&amp;#039;関中&amp;#039;&amp;#039;では無く、この&amp;#039;&amp;#039;漢中&amp;#039;&amp;#039;の地に封じられた（ただし当時、漢中を関中の一部に含む説もあった）。この漢中の中で[[国士無双]][[韓信]]を見出し、天下統一への足がかりとした。そのため劉邦は「漢王」（「漢中王」の略）を名乗り、帝位に就くと国号を[[前漢|漢]]とした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[後漢]]の時代は、[[益州]]に属していた。後漢末に[[黄巾の乱]]で世の中が乱れると[[五斗米道]]がこの地に勢力を伸ばし、[[張魯]]が南鄭を漢寧と改名して独自の王国を築き上げ、益州[[州牧|牧]]であった[[劉焉]]と対立していた。&lt;br /&gt;
その後、[[長安]]から[[涼州]]を平定した[[曹操]]と、益州を奪取した[[劉備]]に挟まれる形となった張魯は曹操に降伏したため、曹操は南鄭の呼称を復活した上で[[夏侯淵]]を駐屯させるが、[[黄忠]]率いる劉備軍に大敗し、漢中は劉備の支配圏となった。漢中を支配した劉備は漢中王に即位し、後漢が[[魏 (三国)|魏]]に[[禅譲]]により滅ぼされると漢の皇帝として即位した（ただし、一般的には[[蜀]]・蜀漢と呼ばれている）。劉備の死後は、[[丞相]][[諸葛亮]]が漢中に駐屯し、[[北伐]]の拠点としていた。諸葛亮の没後、[[263年]]に魏が蜀を滅ぼした（[[蜀漢の滅亡]]）後は、漢中を含んだ益州は魏の支配権となった。魏は[[265年]]に禅譲により[[西晋]]に滅ぼされる。[[呉 (三国)|呉]]を[[280年]]に滅ぼして三国を統一した西晋は梁州を復活させて漢中郡を所属させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西晋滅亡後の[[南北朝時代 (中国)|南北朝時代]]には、[[南朝 (中国)|南朝]]と[[北朝 (中国)|北朝]]の両勢力が接しており、その帰属は度々変更された。[[隋]]の時代に一時「漢川郡」と改称したが、[[唐]]になって旧に復され、後に梁州の管轄区域が漢中郡のみとなるとそのまま梁州と改名された。[[徳宗 (唐)|徳宗]]の時代、[[節度使]]の反乱によって都・長安を追われた徳宗が漢中に仮首都を置き、以後「興元府」と改名した。[[北宋]]には興元府は利州路の治所となり周囲の成都府路・梓州路・夔州路と合わせて「四川路（川峡四路）」と呼ばれるようになる。その後、[[金_(王朝)|金]]に奪われるものの、北側に接していた[[モンゴル帝国]]が南下の際に興元府を占領して漢水から金の領土の南側に回って南北から挟撃、金の滅亡につながった。モンゴル帝国が分裂して[[元_(王朝)|元]]の時代には興元府に代わって「興元路」が設置され、同時に興元路の帰属も従来の四川から分離されて[[陝西省]]に変更された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1370年]]、[[明]]の[[洪武帝]]は興元路を「漢中府」として唐以来途絶えていた漢中の呼称を復活させた。[[1601年]]、南鄭県に[[万暦帝]]の息子・瑞王[[朱常浩]]を封じた。[[清]]になっても漢中府の呼称は維持されて、[[辛亥革命]]後には一時「漢中路」が置かれたが、後に陝西省に再統合された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[中華人民共和国]]が成立した[[1949年]]、漢中の中心であった南鄭県を分割して県の市街地中心部を南鄭市とした。[[1953年]]に南鄭市は現在の[[漢中市]]に改名された。[[1958年]]に隣接する褒城県の一部を編入する。[[1964年]]に一時市制が廃止されて漢中県となるが、[[1981年]]に旧に復した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{漢朝の行政区分}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:かんちゆうくん}}&lt;br /&gt;
[[Category:かつて存在した中国の郡]]&lt;br /&gt;
[[Category:陝西省の歴史]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Chinese-history-stub}}&lt;/div&gt;</summary>
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