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	<title>杉本清 - 版の履歴</title>
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		<title>240B:10:8660:100:FC01:CEA3:6F95:E520: /* イベント */</title>
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		<updated>2014-06-02T13:53:14Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;span class=&quot;autocomment&quot;&gt;イベント&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;{{基礎情報 アナウンサー&lt;br /&gt;
|名前=杉本 清&lt;br /&gt;
|ふりがな=すぎもと きよし&lt;br /&gt;
|画像ファイル=kiyoshi-Sugimoto2010.jpg&lt;br /&gt;
|本名=&lt;br /&gt;
|愛称=&lt;br /&gt;
|出身地=[[奈良県]][[大和高田市]]&lt;br /&gt;
|生年月日= {{生年月日と年齢|1937|2|19}}&lt;br /&gt;
|血液型=B型&lt;br /&gt;
|最終学歴=[[関西学院大学]][[法学部]]卒&lt;br /&gt;
|所属事務所=[[アライバル]]&lt;br /&gt;
|部署=&lt;br /&gt;
|職歴=元[[関西テレビ放送|関西テレビ]]アナウンサー・編成局専任局次長&lt;br /&gt;
|活動期間=[[1961年]] - &lt;br /&gt;
|ジャンル=スポーツ（主に競馬実況）&lt;br /&gt;
|公式サイト=&lt;br /&gt;
|現在の出演番組=[[#現在出演中の番組|一覧を参照]]&lt;br /&gt;
|過去の出演番組=「[[競馬中継 (関西テレビ)|競馬中継]]」「[[エキサイティング競馬 (関西テレビ)|エキサイティング競馬]]」「[[DREAM競馬|ドリーム競馬]]」「[[とんねるずのハンマープライス]]」&lt;br /&gt;
|備考=&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;杉本 清&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（すぎもと きよし、[[1937年]][[2月19日]] - ）は、元[[関西テレビ放送|関西テレビ]][[アナウンサー]]で、現在は[[アライバル]]に所属する[[フリーアナウンサー]]、タレント、競馬ライター。関西放送記者クラブ会友。[[血液型]]はB型。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;関西競馬実況中継の神様&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;」と謳われ、数々の名台詞で知られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
[[奈良県]][[大和高田市]]出身。[[奈良県立高田高等学校]]、[[関西学院大学]][[法学部]]卒。少年時代は野球少年でプロ野球選手を目指そうとしたが、血尿が出たために断念。その後、ラジオの野球中継を聴いているうちに、プレーをしている選手よりも中継を実況しているアナウンサーに興味が移っていった。そして、大学在学中の[[1960年]]に知人のツテを頼って関西テレビに[[アルバイト]]として入社。最初は大道具担当、ついで編成担当だったが、翌[[1961年]]、先輩の[[松本暢章]]に勧められアナウンサー試験を受験し合格し、正社員に登用される。同年の冬に研修で松本に連れられて行った[[阪神競馬場]]で[[投票券 (公営競技)|馬券]]を的中させ、[[競馬]]の魅力に取り付かれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 競馬実況アナウンサーへ ==&lt;br /&gt;
[[1962年]]の[[桜花賞]]中継でパドック担当のアナウンサーとなり、同年6月の[[競馬]]ダイジェスト番組で出張中の松本に代わって[[毎日杯]]の実況を担当。まずまずの出来だった事もあり、以降はパドック担当に加え、土曜日のダイジェストの実況を担当する事になり、次いでゲートリポート担当も兼ねる様になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1969年]]、[[競馬]]中継がカラー放送化される事に伴い、メイン実況担当の座を正式に松本から譲られた。但し、実況自体はこれ以前にも現在のGII・GIII相当の重賞を担当した事があり、[[1966年]][[4月17日]][[京都競馬場]]での[[スワンステークス]]（優勝馬は[[バリモスニセイ]]）が、確認できる内では最古の杉本の実況である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正式に譲られて最初の実況は[[桜花賞]]だった。実況の中で通過時計を入れたのは杉本が最初とされている。実は[[シンザン]]主戦騎手の[[栗田勝]]から「1600mのレースで、最初の800mを47秒で通過すれば前の馬は全部つぶれる」と聞いており、この[[桜花賞]]がそのペースで展開していたため「ゴールまで800m、47秒かかりました。かなり速いペース、桜花賞ペースになっています。追い込み馬が届く展開です。」と思わず言ってしまった。幸か不幸か、レースは待機策を採った[[ヒデコトブキ]]が1番人気・[[トウメイ]]を差し切って優勝し、名手栗田の予言通りの結果となった。しかし、レース後に関東のアナウンサーから、この実況を雑誌を通じて指摘されている。なお初期の実況では未熟さが露呈し、特に長距離レースの実況ではペースがうまく掴めず、最後の直線で声が一杯一杯になってしまう場面も多かった。代表例として[[エリモジョージ]]が逃げ切り勝ちを収めた[[1976年]][[天皇賞|天皇賞・春]]が挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年]]の天皇賞（春）では、[[双眼鏡]]で本命馬[[タイテエム]]を探すうちに見失ってしまい、あやふやな実況を余儀なくされたにも拘らず、モニター画面ではタイテエムをしっかり映していたことや、レースの数日後に「杉本さん、あなた、タイテエムを見失っていたでしょう」と[[競馬ファン]]から指摘された&amp;lt;ref&amp;gt;[http://osaka.yomiuri.co.jp/kenko/he80606a.htm スマイリー インタビュー] {{リンク切れ|date=2012年7月}} よみうり健康新聞2008年6月号 讀賣新聞大阪本社 &amp;lt;/ref&amp;gt;ことを切っ掛けに、双眼鏡を介した実況からモニター画面を重視した実況に変わっていった。(ちなみに[[1995年]]の[[菊花賞]](優勝馬:[[マヤノトップガン]])では、先頭の馬がなかなかモニター画面に映らなかったため、思わず「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;もう一度先頭に戻りなさ～い&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;」と言ってしまったことがある。)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
天皇賞の2週間程度前に行われた桜花賞でも2番人気・[[キシュウローレル]]をクインマハールと間違えて実況した。ほんの少しの間であったのと、タイテエムと違い、レースに勝利したのが間違えた馬達と関係無い1番人気・[[ニットウチドリ]]のためか、天皇賞の様な指摘は見当たらなかった。実況では、1973年の菊花賞の実況では3角にさしかかった2番手[[ハイセイコー]]を『ゆっくりと、ゆっくりと下らなければなりません』と放送した。ハイセイコーには特に思い入れがあったため、[[1974年]]秋の[[京都大賞典]]では『ミスターサラブレッド・ハイセイコー、これが関西最後の雄姿です』は引退を年末に控えているとは言うものの、現役馬を表現するのには異彩を放った放送であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[テンポイント]]との繋がりは各方面でたくさん触れられており、[[1975年]]の[[阪神ジュベナイルフィリーズ|阪神3歳ステークス]]の実況の評判を聞きつけた[[ポリドール・レコード]]の関係者（「さらばハイセイコー」のレコードも担当）が、杉本に「歌を歌ってくれ」と依頼。杉本は一応は歌ってレコーディングもしたものの、出来の酷さに結局は不採用となった。このレコードが世に出た頃、テンポイントが初めて関東のレース（東京4歳ステークス=[[トキノミノル]]記念。現在の[[共同通信杯]]）に出走することになり、ポリドール関係者は[[東京競馬場]]のパドックにテンポイント応援の横断幕を張った。これが、現在では各地で一般に見られるパドック掲示の横断幕の始まりと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レコード関連では、[[1980年]]に「杉本清・競馬名勝負大一番! - 1980年度中央競馬8大レースのすべて」という企画レコードもある。また[[1997年]]には「杉本清のGI～完全実況&amp;#039;97前期・後期」のタイトルでCD・ビデオを出している。[[1997年]]の[[皐月賞]]と[[東京優駿|日本ダービー]]を実況したのは、このレコードのための実況だった（[[Grade-A|グレードA]]の競馬コーナー用に収録）。[[2000年]]以後は東京優駿（日本ダービー）スタート前の国歌斉唱（ないしは演奏）のセレモニー司会を担当している。また、テンポイント・[[トウショウボーイ]]・[[グリーングラス]]（俗に「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;[[TTG]]&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;」と称す）が揃ったレースではこの3頭が上位を独占したが、杉本がTTG揃い踏みのレースを実況したのは、厳密に言えば[[1976年]]の[[菊花賞]]だけである（揃い踏みのレースは3度あったが、他の2回のうち[[1977年]]の[[宝塚記念]]は[[鈴木敏郎 (アナウンサー)|鈴木敏郎]]アナウンサー（当時）が実況しており、後述の名実況で名高い[[有馬記念]]は、本来は[[日経新春杯]]のアクシデントで実現せずに終わったテンポイントの海外遠征ドキュメンタリー番組での収録が予定されていた実況である）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「杉本節」「実況詩人」と呼ばれた杉本ではあったが、松本とは違い[[三冠馬]]の実況（松本は[[1964年]][[シンザン]]の三冠達成を実況）をする機会にはなかなか恵まれなかった。[[1970年]]の二冠馬[[タニノムーティエ]]は喉鳴りで敗北、[[1971年]]の二冠馬[[ヒカルイマイ]]と[[1975年]]の二冠馬[[カブラヤオー]]は故障で出走叶わなかった。周囲から「杉本は三冠馬の実況をした事が無い」と言われ始めたその矢先に、[[1983年]][[ミスターシービー]]、[[1984年]][[シンボリルドルフ]]と2年連続で[[三冠馬]]が出現、1年置いた[[1986年]]には[[メジロラモーヌ]]、その8年後の[[1994年]]には[[ナリタブライアン]]と、計4頭の[[三冠 (競馬)|三冠]]達成の瞬間の実況をする栄誉を担った。また、前述の1997年には通常関わることの無い関東のクラシックレースで[[サニーブライアン]][[二冠馬|二冠]]達成にいずれも立ち会うことができた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== フリーランスとして ==&lt;br /&gt;
[[1990年]]に「[[専門職]]」と呼ばれる半ばフリーな立場となった。『優駿』での杉本の説明によれば、この「専門職」とは「好きなことをやっていいと言うことだったんですよ。こう言う対談に出るにしても、会社を通さなくて良いから、自分で判断してやる」立場とのこと。また、関西テレビ内では杉本の後輩・[[桑原征平]]もフリーになる直前の肩書は「専門職」だった。関西テレビアナウンサーが専門職まで登りつめたのは現在に至るまでこの2人のみである（参考文献参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1992年]]からは年末恒例の『[[さんま・清の夢競馬]]』がスタート、[[1995年]]からは『[[とんねるずのハンマープライス]]』のオークショニアとして出演し、[[とんねるず]]と親交を持つようになり、バラエティーにも進出する（後の定年退職後には[[フジテレビジョン|フジテレビ]]・関西テレビ共同制作のスポーツニュース番組『[[Grade-A]]』でとんねるずと共演している）。また、1995年頃『[[さんまのナンでもダービー]]』（[[テレビ朝日]]制作）では局の垣根を越えて出演し、実況を担当した（当時は、在阪テレビ局アナが系列外の在京テレビ局の番組に出演する事例がなかったが、杉本で初めて実現した。これ以前にも1991年に単発特番として放送された同番組で、声のみの出演で同じく実況を担当したことがある）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方では、[[ライスシャワー]]が[[予後不良 (競馬)|予後不良]]となった[[第36回宝塚記念|宝塚記念]]での実況について苦情の手紙を寄せた視聴者に、生涯初めて実況に関する謝りの手紙を出している。このとき、ライスシャワーが骨折、転倒した時に場内に大きな悲鳴が起ったが、そのことに気付かなかった杉本は「大歓声が上がって」と実況してしまっていた。すぐに落馬に気がついて「おおーっと、1頭落馬！」と続けたが、この実況に「ライスシャワーが落馬しているのに『大歓声!』とは何事か」と苦情の手紙が来たのである。同年末の『さんま・清の夢競馬&amp;#039;95』にて、さんまはこのことに触れて「『ライスシャワー落馬!大歓声!』ってやったらね、そら怒られますわ」と言っている。杉本はライスシャワー落馬の瞬間が初めは分からず、落馬に気付いた時に何が落馬したのかと[[双眼鏡]]で見ようとした際、ゲスト解説だった[[田原成貴]]が「ライスシャワー!」と言ったので、その時点で落馬したのがライスシャワーだったのに気付いたと言う。ただし、その手紙には「あなたは以前よりライスシャワーに冷たかった」とも書かれていたというが、これに関しては杉本は「自分は競馬が単なるギャンブルでなく大衆スポーツとして認められるずっと以前から競馬に携わってきた。そんな私がライスシャワーに冷たいはずがないじゃないですか。同じ年（&amp;#039;95年）の[[第111回天皇賞|天皇賞]]の実況でもライスシャワーに思い入れをこめていたし、愛すべき馬の一頭だった」と返答したという&amp;lt;ref&amp;gt;自著『三冠へ向かって視界よし　杉本清・競馬名実況100選』[[日本文芸社]]より&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1996年]]には、大往生を遂げたシンザンの追悼イベントの司会も務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1997年]][[2月19日]]編成局専任局次長職を最後に定年退職。退職前にとんねるずの誘いを受け、彼らの個人事務所である[[アライバル]]への所属が決定。定年退職の当日は『ハンマープライス』の企画で「杉本清引退記念パレード」と銘打って、[[大阪市]]内をオープンカーでパレードを行った。以降は[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]『[[スポーツうるぐす]]』の競馬キャスター、関西テレビ『[[ドリーム競馬]]』のターフコメンテイターを担当。また、数々の競馬イベントの司会も担当し、さらにはCMのナレーションも多く担当している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
競馬実況そのものは、定年退職直後は[[宝塚記念]]・[[天皇賞|天皇賞（春）]]・[[菊花賞]]とその関連のレースに絞り、徐々に担当レースをかつての部下で後輩アナウンサーの[[馬場鉄志]]に譲り（それ以前から、杉本の不在時の実況や牝馬戦線を担当していた）、[[2000年]]の菊花賞で実況生活に一旦区切りをつけ、[[大阪国際女子マラソン]]開催時の京都競馬場での一般特別競走（非重賞）&amp;lt;ref&amp;gt;当時競馬実況にかかわっていた馬場、石巻、大橋雄介、岡安譲の4アナウンサー全員がマラソン担当となっていたため。&amp;lt;/ref&amp;gt;と宝塚記念だけは毎年実況していたが、2004年を最後に宝塚記念の実況からも引退し、以後の実況はどちらも[[石巻ゆうすけ]]アナウンサーが務めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、[[2007年]][[4月22日]]に、[[東京競馬場]]フジビュースタンド竣工を記念して開催された第1回[[ジョッキーマスターズ]]で久々の実況を行い、[[2008年]][[11月9日]]に、アジア競馬会議が23年振りに日本で開催されることを記念して開催された第2回[[ジョッキーマスターズ]]でも実況を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、フジテレビ系列の真夏の一大イベント「[[FNSの日]]」の盛り上げにも一役買っている。[[1993年]]の『第1回平成GIダービー』が同日・初登場かつ初実況。それ以降、[[1994年]]の『第2回平成GIダービー 北野大障害』を前年に引き続く2年連続実況を担当。それから11年後の[[2005年]]には、『FNSあっついテレビ局決定戦』決勝トーナメントで、初戦として行われた[[準々決勝]]の[[サラリーマン]][[ドッジボール]]と[[準決勝]]・[[決勝戦]]の社長アームレスリング、全7試合の実況を担当した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、競馬中継の他にも、関西テレビ制作の[[三菱自動車工業|三菱]][[三菱・ギャラン|ギャラン]]トーナメント（現・[[ダイヤモンドカップゴルフ]]）の実況を1996年まで務めていた。最終日が[[東京優駿|日本ダービー]]当日と重なるケースが多く、[[プレーオフ]]などで競技終了時間が遅くなると、ダービーの映像をリアルタイムで見ることができないことも多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[天皇賞#天覧競馬|天覧競馬]]となった[[2005年]][[10月30日]]の第132回[[天皇賞|天皇賞（秋）]]のレース前、競馬関係者の一人として[[明仁|今上天皇]]から言葉を掛けられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]12月27日を以って18年間続いた『[[DREAM競馬]]』が終了すると共に、杉本自身が解説の[[大坪元雄]]共々70歳を超えているために[[中堅]]若手へと[[世代交代]]となり降板した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2010年]]以降、競馬中継の第一線から離れることになったが、後継番組『[[競馬beat]]』では番組サイト上のコラム執筆を継続することを明言している&amp;lt;ref&amp;gt;『DREAM競馬』では“杉本清・夢の一頭”。その2009年12月25日付で。&amp;lt;/ref&amp;gt;ほか、不定期ゲスト出演の可能性についても言及している。そして[[6月27日]]、宝塚記念当日の『競馬beat』に出演した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2010年のテレビドラマ『[[チャンス (2010年のテレビドラマ)|チャンス]]』（NHK）の最終回では 有馬記念の実況役で出演している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== GI実況歴 ==&lt;br /&gt;
=== 関西 ===&lt;br /&gt;
* [[桜花賞]]：[[1969年]] - [[1987年]]、[[1989年]] - [[1991年]]&lt;br /&gt;
* [[天皇賞|天皇賞・春]]：[[1969年]] - [[1990年]]、[[1992年]] - [[2000年]]&lt;br /&gt;
* [[宝塚記念]]：[[1969年]] - [[1976年]]、[[1978年]]、[[1981年]] - [[1984年]]、[[1987年]] - [[2004年]]&lt;br /&gt;
* [[秋華賞]]：[[1996年]]&lt;br /&gt;
* [[菊花賞]]：[[1969年]] - [[2000年]]&lt;br /&gt;
* [[エリザベス女王杯]]：[[1970年]] - [[1990年]]（前身の「[[ビクトリアカップ]]」時代から通算）&lt;br /&gt;
* [[マイルチャンピオンシップ]]：[[1984年]] - [[1996年]]&lt;br /&gt;
* [[阪神ジュベナイルフィリーズ|阪神3歳S・阪神3歳牝馬S]]：[[1969年]] - [[1990年]]、[[1992年]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 関東 ===&lt;br /&gt;
* [[皐月賞]]：[[1980年]]、[[1997年]]&lt;br /&gt;
* [[優駿牝馬|優駿牝馬（オークス）]]：[[1980年]]&lt;br /&gt;
* [[東京優駿|東京優駿（日本ダービー）]]：[[1980年]]、[[1997年]]、[[2000年]] - [[2008年]]&lt;br /&gt;
* [[天皇賞|天皇賞・秋]]：[[1980年]]&lt;br /&gt;
* [[有馬記念]]：[[1977年]]、[[1980年]]&lt;br /&gt;
** ただし、1977年の有馬記念は特番用、また、1980年の競走はレコード用での実況であり、実際に競馬中継内で実況したわけではない。これと同様に、2000年 - 2008年の東京優駿は『スポーツうるぐす』内で使用する現地での実況録画である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
* [[凱旋門賞]]：[[1982年]]、[[1994年]]&lt;br /&gt;
* [[ケンタッキーダービー]]：[[1995年]]&lt;br /&gt;
上記以外にもフジテレビの[[ハイビジョン#アナログハイビジョン（試験放送）について|ハイビジョン実用化試験放送]]で放送されていた「ハイビジョン競馬」で、地上波とは別にGIの実況（関西・中京地区）を行った（1993年から2000年まで）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 宝塚記念と私の夢 ==&lt;br /&gt;
長年関西テレビの競馬中継で実況を担当し、「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;あなたの、そして私の夢が走っています&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;」&amp;lt;ref&amp;gt;このフレーズは、[[1976年]]の第17回[[宝塚記念]]（優勝馬：フシノパーシア）実況時に発したのが最初であるが、有名になったのは[[テンポイント]]を特集した番組制作のために[[第22回有馬記念]]を特別実況した時に発した時である。&amp;lt;/ref&amp;gt;という言葉は、宝塚記念を象徴する名言となっている。2004年、最後の宝塚記念の実況では、出走馬がゲートに収まったとき「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;清、最後の宝塚記念です…。&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;」と言った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼の打つ本命印（俗に「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;私の夢&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;」と呼ばれている。少し前は「杉本情報」などとも呼ばれていたことがある）の馬がことごとく勝てないため、競馬関係者に本命にしないで欲しいと言われることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 競馬関係者との交流 ==&lt;br /&gt;
競馬関係者との交流が幅広いのは言うまでもないが、それでも関東所属や地方競馬の関係者の中にはあまり顔を知らない人もいる。かつて関東所属の関係者で縁が深かったのは[[柴田政人]]や、菊花賞2連覇の[[菅原泰夫]]が代表格で、[[岡部幸雄]]とは挨拶や対談程度で深い付き合いはなかった。しかし、岡部が引退して評論家に転身してからは、一緒に仕事をする機会が急増している。また、[[園田競馬場]]・[[姫路競馬場]]の場内実況で有名な[[吉田勝彦]]とも交友がある（吉田とは誕生日が５日違いの同級生どうしである）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他 ==&lt;br /&gt;
[[プロ野球]]は長年[[福岡ソフトバンクホークス|南海ホークス]]のファンだったが、ホークスの身売りに伴う福岡移転で[[杉浦忠]]監督（当時）の「ホークスは不滅です。&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;行ってまいります&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;。」というコメントを聞いて感無量となり、それを機に野球ファンをやめた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
関西テレビ在職中はゴルフ中継も担当していたこともあり、プロゴルファー・[[杉原輝雄]]との親交も深かった。南海ホークスファン同士というつながりがあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 無許可実況問題 ==&lt;br /&gt;
前述の通り、1990年からアナウンサー職ではなく「専門職」となり、関西テレビ関係以外での仕事もするようになった杉本であったが、[[1996年]][[8月15日]]に[[旭川競馬場]]で行われた第8回[[ブリーダーズゴールドカップ]]（優勝・メイショウアムール）で、たまたま夏休みで（別の仕事説あり）旭川競馬場に来ていた杉本がレース実況も行った。杉本本人は「専門職」でもあり、また地方競馬を盛り上げる意味合いで引き受けたとされるが、「許可なし」でやったことを主催者側と関西テレビが問題にし（先の「専門職」に関する説明とは随分異なる反応である）、翌[[1997年]]に発売された地方競馬の交流重賞の映像を集めたビデオ「ビデオハロン96前期」では、このレースの実況が別のアナウンサーに差し替えられている。なお、定年退職後も同レースを含む地方競馬の実況をしばしば行っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* [[1995年]][[1月17日]]早朝、[[兵庫県]]南部を襲った[[阪神・淡路大震災]]の際は、関西テレビのアナウンサーが総動員で被災地の現場や最新情報などをレポートしたが、杉本だけは当時管理職であり「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;競馬実況のイメージが強すぎる&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;」との理由から震災報道には加わらなかった。また、ニュースもあまり担当することはなく、『KTVワイドニュース（[[FNNスピーク]]）』内でのローカルニュースを担当する程度であったが、1980年代中盤以降はそれもほとんどなくなった。定年退職の日には久方ぶりにニュースを担当した。&lt;br /&gt;
* 同じ杉本姓で、自身が定年退職した1997年に入社した[[杉本なつみ]]アナウンサーとは直接のつながりはないが、[[1999年]]の[[選抜高等学校野球大会|センバツ]]に母校・高田高校が出場した際、杉本なつみの高田高校への取材に高田高校卒業生ということで同行。生徒に「親子ですか?」と聞かれ「親子に見えるか?」と答えていた。&lt;br /&gt;
* 家族は妻と長男。長男の名前が[[横山典弘]]と同じであり「『弘典』で同名は多くいるが、『典弘』で同名というのはそんなに多くないだろうから珍しい」と著書の中で語っている。&lt;br /&gt;
* [[大川慶次郎]]、杉本清、[[井崎脩五郎]]の予想が重なった場合、全く当たらないと言われている。2005年菊花賞で杉本、井崎の予想が重なった際「天国の大川さんも同じだろう、きっと笑ってますよ」と二人で笑い合っていた。&lt;br /&gt;
* 関西テレビアナウンス部の慰安旅行で、同僚の[[桑原征平]]と入浴中に、見知らぬ男性が、間違えて脱衣かごに入っていた自身の下着を間違えて穿かれてしまうというハプニングがあった（[[ABCラジオ]]『[[桑原征平粋も甘いも]]』より）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な出演番組 ==&lt;br /&gt;
=== 現在出演中の番組 ===&lt;br /&gt;
* [[さんま・清の夢競馬]]（関西テレビ）※明石家さんまとのGI予想コーナー&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 過去の出演番組 ===&lt;br /&gt;
* [[サタうま!]]（関西テレビ）&lt;br /&gt;
* [[さんまのナンでもダービー]]（[[テレビ朝日]]）※「[[水曜スペシャル|水曜特バン!]]」時代。レース実況&lt;br /&gt;
* [[とんねるずのハンマープライス]]（関西テレビ）※オークショニア&lt;br /&gt;
* [[Grade-A]]（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]・関西テレビ）&lt;br /&gt;
* [[スポーツうるぐす]]（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）※中央競馬GIレースの週限定（2008年まで）&lt;br /&gt;
* [[JRAサウンドコース]]（[[エフエム大阪|fm osaka]]）&lt;br /&gt;
* [[向井荒太の動物日記 〜愛犬ロシナンテの災難〜]]（日本テレビ）※第6話のみ。劇中テレビ番組の競馬実況（声の出演）&lt;br /&gt;
* [[レッツ・ゴー!永田町]]（日本テレビ）※ナレーションを担当&lt;br /&gt;
* [[DREAM競馬]]（[[関西テレビ放送]]）※ご意見番、アナウンサー時代は実況もしていた。&lt;br /&gt;
* [[チャンス (2010年のテレビドラマ)|チャンス]]（NHK）※最終回。劇中の有馬記念の競馬実況。&lt;br /&gt;
* [[杉本清のK-BAR]]（[[エフエム東京|TOKYO FM]]）&lt;br /&gt;
* [[中居正広のミになる図書館]]（テレビ朝日 2013年[[5月14日]]）※「滑舌が美しい美女No.1決定戦」審判員&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スペシャル番組 ===&lt;br /&gt;
* 杉本清のサラブレッド讃歌（1994年 関西テレビ）&lt;br /&gt;
* [[オールスター感謝祭]]（[[TBSテレビ|TBS]]）※「春のスプリンターズステークス」「人馬対決!マイルチャンピオンシップ」（1999年春~2000年秋）、「ばんえい競馬」（2007年春）、「ポニーレース」（2009年秋）、「人馬対決」（2012年春）の実況を担当。&lt;br /&gt;
* [[CR GI DREAM|GI DREAM]]（2013年2月2日予定、BSフジ） - 競馬実況アナウンサー 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== CM ==&lt;br /&gt;
=== 現在の出演CM ===&lt;br /&gt;
* サクロン（[[エーザイ]]）&lt;br /&gt;
* [[東芝]]ハイビジョンDVDプレーヤー&lt;br /&gt;
* [[三菱・アウトランダー|アウトランダー]]（[[三菱自動車工業]]）※声の出演のみ、[[武豊]]が出演&lt;br /&gt;
* [[スーパーロボット大戦ＣＣ]]　※ナレーション&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 過去の出演CM ===&lt;br /&gt;
* [[三菱自動車工業]]（トラック部門・現在の[[三菱ふそうトラック・バス]]に相当）※ラジオCM&lt;br /&gt;
* [[大阪瓦斯|大阪ガス]]&lt;br /&gt;
* [[日本中央競馬会]] ※過去に[[明石家さんま]]と共演したことがある&lt;br /&gt;
* [[浜大津アーカス]] ※実況&lt;br /&gt;
* [[スーパーロボット大戦MX]]&lt;br /&gt;
* [[ニンテンドーDS|NINTENDO DS]]（[[任天堂]]）&lt;br /&gt;
* 「ダービータイム」（[[PlayStation Portable|PSP]]ソフト、[[ソニー・コンピュータエンタテインメント]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ゲーム ==&lt;br /&gt;
* [[STARHORSE]]シリーズ（[[セガ]]）※実況&lt;br /&gt;
* [[STARHORSE2]]シリーズ（セガ）※実況&lt;br /&gt;
* [[STARHORSE3]]シリーズ（セガ）※実況&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 音楽 ==&lt;br /&gt;
* [[SEAMO]] with [[BENNIE K]]「[[a love story]]」 ※カップリング曲「Runnin&amp;#039;」で実況を担当&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== イベント ==&lt;br /&gt;
* [[SDN48]]の内の選抜12人による「人間競馬」の実況（2010年10月11日、東京競馬場）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== CD ==&lt;br /&gt;
* 「杉本清のGI」（1997年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 杉本清、[[鈴木淑子]]「杉本清の競馬談義番外編 特別企画 / 杉本清 関西テレビ定年退職記念」（『[[優駿]]』1997年4月号、日本中央競馬会）&lt;br /&gt;
* 『あなたのそして私の夢が走っています』（[[双葉社]]、ISBN 4575711039）&lt;br /&gt;
* 『三冠へ向かって視界よし』（[[日本文芸社]]、ISBN 4537065427）&lt;br /&gt;
* 『これが夢に見た栄光のゴールだ - 名実況でつづる永遠の名馬たち』（日本文芸社、ISBN 453725050X）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連人物 ==&lt;br /&gt;
* [[松本暢章]]（関西テレビ時代の先輩）&lt;br /&gt;
* [[桑原征平]]（関西テレビ時代の後輩）&lt;br /&gt;
* [[杉山一雄]]（同上）&lt;br /&gt;
* [[馬場鉄志]]（同上）&lt;br /&gt;
* [[岡本栄]]（同上）&lt;br /&gt;
* [[毛利八郎]]（同上）&lt;br /&gt;
* [[山本浩之]]（同上）&lt;br /&gt;
* [[梅田淳]] （同上、現在フリーアナウンサー）&lt;br /&gt;
* [[石巻ゆうすけ]]（同上）&lt;br /&gt;
* [[大橋雄介]]（同上）&lt;br /&gt;
* [[岡安譲]]（杉本が退職した年に入社）&lt;br /&gt;
* [[大坪元雄]]&lt;br /&gt;
* [[宮川一朗太]]&lt;br /&gt;
* [[水野麗奈]]&lt;br /&gt;
* [[柳沼淳子]]&lt;br /&gt;
* [[明石家さんま]]（関西テレビで競馬予想対決）&lt;br /&gt;
* [[とんねるず]]&lt;br /&gt;
* [[江川卓 (野球)|江川卓]]&lt;br /&gt;
* [[吉田勝彦]]&lt;br /&gt;
* [[盛山毅]] (元フジテレビアナウンサー、杉本と同時期に活躍した関東競馬実況の雄)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[サラブレッド・マーチ]]&lt;br /&gt;
* [[テンポイント]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://ktv.jp/keiba/kiyoshi.html || KTV || 関西テレビ放送 [ 競馬beat：杉本清 夢の一頭 &amp;amp;#93;]&lt;br /&gt;
; メールマガジン&lt;br /&gt;
* [http://www.mag2.com/m/0001111783.html 杉本清のメルマガだから言える競馬のお話]（[[まぐまぐ]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DREAM競馬}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:すきもと きよし}}&lt;br /&gt;
[[Category:フリーアナウンサー]]&lt;br /&gt;
[[Category:競馬アナウンサー]]&lt;br /&gt;
[[Category:ケイダッシュ系列所属者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の競馬に関する人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:関西テレビのアナウンサー]]&lt;br /&gt;
[[Category:ラジオ番組のパーソナリティ・DJ]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のタレント]]&lt;br /&gt;
[[Category:関西学院大学出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:奈良県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1937年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
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