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Yak-38 (航空機)
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{{ Infobox 航空機 |名称=Yak-38(Як-38) |画像=File:Yakovlev Yak-38M at MAKS-1993 airshow.jpg |キャプション=1993年の[[MAKS]]で展示されるYak-38M |用途=[[艦上攻撃機]] |分類=[[垂直離着陸機]] |設計者= |製造者=[[A・S・ヤコヴレフ記念試作設計局|ヤコブレフ設計局]] |運用者 more= ** {{SSR}}([[ソビエト海軍#.E3.82.BD.E9.80.A3.E6.B5.B7.E8.BB.8D|ソビエト海軍]]) ** {{RUS}}([[ソビエト海軍#.E3.83.AD.E3.82.B7.E3.82.A2.E9.80.A3.E9.82.A6.E6.B5.B7.E8.BB.8D|ロシア連邦海軍]]) ** {{UKR}}([[ウクライナ海軍]]) |初飛行年月日=[[1971年]][[12月2日]] |生産数=合計231機 |生産期間=[[1970年]] - [[1989年]] |運用開始年月日=[[1977年]][[8月11日]] |退役年月日=[[1992年]] |運用状況=退役 |ユニットコスト= }} '''Yak-38'''({{lang-ru|'''Як-38'''}} <small>ヤーク・トリーッツァチ・ヴォースィェミ</small>)は、旧[[ソビエト連邦|ソ連]]の[[A・S・ヤコヴレフ記念試作設計局|ヤコヴレフ設計局]]で開発された[[垂直離着陸機]](VTOL機)。[[シュトゥルモヴィーク|軽襲撃機]]([[艦上攻撃機]])として運用された。[[北大西洋条約機構]](NATO)が使用した[[NATOコードネーム]]では、「まがい物」という意味の「フォージャー」(Forger)と呼ばれた。 やや先行して開発された[[イギリス]]の[[ホーカー・シドレー ハリアー]]と類似した能力を持つが、ハリアーが陸上での運用を前提に開発され、後に[[艦上機]]版の[[BAe シーハリアー|シーハリアー]]が派生したのに対して、Yak-38は当初から[[艦上機]]として開発されており、世界初の艦上V/STOL機となっている。主な派生型としては、原型試験機のYak-36M、複座[[練習機]]型のYak-38U、単座改良型のYak-38Mがあった。 == 来歴 == [[1967年]]夏、[[ロシア海軍#ソ連海軍|旧ソ連海軍]]総司令官[[セルゲイ・ゴルシコフ]]元帥は、試作VTOL機である[[Yak-36 (航空機)|Yak-36]]の性能に感銘を受け、当時建造が計画されていた[[モスクワ級ヘリコプター巡洋艦|1123.3型対潜巡洋艦(モスクワ級)]]への搭載を指示した<ref name="ポルトフ2005-01">{{Cite journal|和書|author=Polutov Andrey V.|year=2005|month=1|title=ソ連/ロシア空母建造秘話(2)|journal=[[世界の艦船]]|issue=636|pages=158-165|publisher=[[海人社]]|naid=40006512966}}</ref>。12月、ソ連政府は[[Yak-36 (航空機)|Yak-36]]を原型とした軽襲撃機としてYak-38を設計するよう、ヤコヴレフ設計局に要請した<ref name="ポルトフ2005-02"/>。また[[1968年]][[9月2日]]には、航空運用能力が不足と考えられた1123.3型の建造は中止され、かわって、より大型で強力な航空運用能力を備えた[[キエフ級航空母艦|1143型対潜巡洋艦(キエフ級; のちに重航空巡洋艦に種別変更)]]の建造が指示された<ref name="ポルトフ2005-03">{{Cite journal|和書|author=Polutov Andrey V.|year=2005|month=3|title=ソ連/ロシア空母建造秘話(4)|journal=世界の艦船|issue=639|pages=154-161|publisher=海人社|naid=40006607578}}</ref>。 まず原型試験機として''Yak-36M''(「Yak-36の改良型」の意味)が開発され、[[1969年]]1月、海軍総司令官と空軍総司令官は、Yak-36Mの作戦・技術規則(要求)を承認した。[[1970年]]3月に技術案が承認され、その翌月にはさっそく初号機が完成、数ヶ月後には2・3番機も完成して、各種試験が進められた<ref name="ポルトフ2005-03"/>。この試験に供するため、ヘリコプター巡洋艦「モスクワ」のヘリコプター甲板は耐熱鋼板に換装され、さらにその上にAk-9F耐熱材を設置した特別発着プラットフォーム(20m四方)が設けられた。[[1972年]][[11月18日]]、[[:ru:Дексбах,_Михаил_Сергеевич|デクスバフ]]の操縦するYak-36Mが同艦に初めて着艦し、「ソ連海軍[[艦上機]]の誕生日」として記録された。[[1973年]]、ソ連政府は、Yak-36Mを1143型重対潜巡洋艦の搭載機、Yak-38軽襲撃機として生産するよう指令した<ref name="ポルトフ2005-02">{{Cite journal|和書|author=Polutov Andrey V.|year=2005|month=2|title=ソ連/ロシア空母建造秘話(3) |journal=世界の艦船|issue=638|pages=104-111|publisher=海人社|naid=40006572376}}</ref>。 == 設計 == Yak-36Mの作戦・技術規則(要求)において、同機は「仮想敵の艦艇や地上目標、長距離レーダー偵察機、輸送機、哨戒ヘリコプターを破壊するV/STOL軽襲撃機」として規定されていた<ref name="ポルトフ2005-03"/>。 === 動力 === [[File:Yak-38 Lift Engines NT.PNG|300px|thumb|left|VTOL時の排気の流れ]] 本機は、推進用の主エンジンとは別に2基の離昇用エンジン(リフトエンジン)を搭載して垂直離着陸を行う方式を採用した。垂直離着陸時には、前部荷重をリフトエンジンが、後部荷重を推力偏向した主エンジンが支える方式とされている。ハリアーの[[ロールス・ロイス ペガサス]]では前・後部偏向ノズルがともに主エンジンのパワーに頼るのに対し、本方式の場合は水平飛行時にはリフトエンジンは完全なデッドウェイトになることから、燃料や兵装の搭載量で不利となる。また[[航空機の離着陸方法|短距離発進(STO)]]を行う場合には、ペガサスの場合は単純にノズルの角度を変更すれば良いのに対し、本方式の場合はノズルの角度を変えるだけでなく、主エンジンとリフトエンジンの出力を微調整していく必要があることから、技術的な難度が非常に高くなるという問題もあった。このため、本機は当初はSTOを行わない、純粋なVTOL機として運用されていた<ref name="ポルトフ2005-04">{{Cite journal|和書|author=Polutov Andrey V.|year=2005|month=4|title=ソ連/ロシア空母建造秘話(5)|journal=世界の艦船|issue=640|pages=154-161|publisher=海人社|naid=40006644620}}</ref>。 このため、[[クリミア半島]]にあった黒海艦隊の{{仮リンク|サキ飛行場|en|Novofedorivka}}において、精力的にSTO技術の開発が行われた。出力の微調整を手動で行うことは非現実的であり、スロットル操作だけで適切な推力とノズル角度をコントロールする装置の開発が志向された。コンピュータが未発達の当時、これは技術的には非常な冒険であったものの、[[1978年]][[12月13日]]より実際のSTOLでの試験が開始され、[[1979年]][[1月9日]]までに27回のテストを行ったのち、「[[ミンスク (空母)|ミンスク]]」での艦上試験に移行した<ref name="運用録">{{Cite book|和書|author=藤田勝啓|year=2014|title=世界の傑作機No.162|chapter=Yak-38運用録|pages=64-67|publisher=[[文林堂]]|isbn=978-4893192295}}</ref>。同年に同艦が極東に回航された際に行われた565回/300時間の飛行のうち、120回はSTOによる発艦であったと記録されている。またこの航海の途上で、低緯度地域の高温・高湿度環境では、特に離昇用エンジンの性能低下が顕著である(酷い例だと、1回の垂直離艦で燃料の3割近くを消費してしまい、その後の飛行可能時間は20分に過ぎなかった)ことが判明し、STO技術の開発が急務であると考えられ、さらに技術開発が進められた。この結果、当初VTOL運用時にはペイロード750kg搭載で航続距離185kmであったものが、[[航空機の離着陸方法#短距離離陸垂直着陸機|短距離離艦/垂直着艦(STOVL)]]運用とすることで、2トンを搭載して400km、1トンに減らせば600kmにまで延伸された<ref name="ポルトフ2005-04"/>。 {{Clearleft}} === 機体 === 本機の機体構造の特徴は、実用機としては世界で初めてアルミ・リチウム合金を大規模採用している点にある。本機で採用されたのは01420と呼ばれる材料で、主翼の上面外板や胴体に採用された<ref name="構造とシステム">{{Cite book|和書|author=藤田勝啓|year=2014|title=世界の傑作機No.162|chapter=構造とシステム|pages=44-53|publisher=[[文林堂]]|isbn=978-4893192295}}</ref>。 油圧システムとしては、メイン、アクチュエータ、バックアップの3系統に分離されている。メインは[[補助翼]]・[[昇降舵]]・主翼折りたたみに、アクチュエータは[[降着装置]]や[[高揚力装置]]などに用いられ、バックアップはメイン故障時に使用される。作動液としては、メインでは通常の油圧作動油を使う一方で、アクチュエータとバックアップでは[[ジェット燃料]]が用いられるという非常にユニークな手法が採用された。これは燃料のほうが油圧作動油よりも比重が小さく軽量化につながると期待しての措置であったが、実際の重量削減効果はわずかなものであったと考えられており、後継のYak-141では全系統が通常の油圧作動油を用いるように変更されている<ref name="構造とシステム"/>。 ソ連初の実用V/STOL機にして初の艦上機であったことから事故損耗が多発したが、皮肉にもこのような事態が緊急脱出時の[[射出座席]]の性能を上げることとなり、原型機のKYa-1Mにかえて、量産機では高性能の[[K-36 (射出座席)|K-36]]射出座席が搭載された。本機で採用されたK-36VMにおいては、VTOLモードの際にピッチとヨーの変化率が規定値を超えた場合、パイロットの操作に関係なく、自動的に射出座席が作動するよう設定されている。これは低高度でVTOLモードを使用中に故障が生じた場合にはパイロットがこれに対応できる時間的余裕が乏しいことから採用された措置であった<ref name="構造とシステム"/>。計36機が様々な事故で失われたが、うち31機でパイロットが生還している<ref name="ポルトフ2005-03"/>。 === 装備 === 本機は基本的に昼間攻撃機であり、[[レーダー]][[射撃管制装置#レーダーFCS|火器管制システム(FCS)]]はもちろん測距レーダーも備えていない。照準装置としては光学式のASP-PFD-21を備えているが、これは[[MiG-21_(航空機)#全天候型への発展|MiG-21PF]]で搭載されたものと同型である<ref name="構造とシステム"/>。 兵装は両翼下4ヶ所(左右2ヶ所ずつ)の[[ハードポイント]]に搭載される。固定武装は持たず、[[1980年]]から胴体下面に装着する{{仮リンク|VSPU-36|ru|ВСПУ-36}}[[ガンポッド]]([[GSh-23 (機関砲)|GSh-23]][[機関砲]]と弾丸160発を収容)の試験が開始されたものの、装備化の決定は[[1989年]]まで遅れたことから、実際にはハードポイントに吊下するためのUPK-23-250ガンポッド(GSh-23機関砲と弾丸250発を収容)が用いられることが多かった<ref name="構造とシステム"/>。 ハードポイントに搭載される兵装としては、[[光波ホーミング誘導#IRH-GEN2|赤外線ホーミング]]誘導の[[R-60 (ミサイル)|R-60]](AA-8「エイフィド」)[[空対空ミサイル#BVR|短距離空対空ミサイル]]と{{仮リンク|Kh-23 (ミサイル)|label=Kh-23|en|Kh-23}}(AS-7「ケリー」)無線[[指令誘導]]型[[空対地ミサイル]]、[[S-5ロケット弾]]、[[FAB-100 (爆弾)|FAB-100]]、[[FAB-500 (爆弾)|FAB-500]][[無誘導爆弾]]を運用できた。 == 配備 == {{Triple image stack|right|RIAN archive 477421 Yak-38P fighter aircraft.jpg|Yakovlev Yak-38M at 1992 Farnborough Airshow.png|Yakovlev Yak-38U in 1987.JPEG|250|「ノヴォロシースク」艦上のYak-38|Yak-38M|Yak-38U}} [[1974年]]より[[サラトフ]]航空機製造工場で量産機の製造が開始され、[[1975年]][[5月18日]]にはYak-36Mが「キエフ」に初着艦を記録。[[10月24日]]、サキ飛行場にて、マトコフスキー大佐を連隊長としてソ連海軍初の「艦上飛行連隊」が編制された。[[1977年]]、Yak-38は1143型の搭載機として、正式に海軍に引き渡された。[[1989年]]までに[[#派生型|派生型]]各種を含めて計231機が製造された。総飛行時間は29,425時間であった<ref name="ポルトフ2005-03"/>。 兵装搭載量と航続性能の不足は、軽襲撃機であるYak-38にとっては問題であった。実際、[[ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻|ソ連のアフガニスタン侵攻]]に伴い、陸軍の要請を受けて、[[1980年]]に数機が同地に派遣されて対地攻撃任務に投入されたものの、肝心の対地攻撃能力がシステム・兵装両面で不足しておりほとんど役に立たなかった。結局、この任務のために特別の迷彩を施した若干機数が試験的に投入されただけでYak-38の実戦運用は終了した。 VTOL機の応援者であった[[ドミトリー・ウスチノフ]][[ソビエト連邦の国防相|国防相]]が[[1984年]]に、ゴルシコフ総司令官が1985年に死去すると、海軍はVTOL機への興味を急速に失っていった。[[1991年]]には予備役編入され、[[1992年]]には除籍された。母艦とされていた1143型重航空巡洋艦(就役後に艦種変更)も[[1993年]]までに4隻中3隻が退役、残る「[[バクー (空母)|バクー]]」も短期間のみ[[ヘリ空母]]として活動した後、[[MiG-29K_(航空機)|MiG-29K]]を運用する[[航空機の離着陸方法#短距離離陸拘束着艦機|STOBAR]]空母として改装の上でインド海軍に売却された<ref name="ポルトフ2005-04"/>。 成功作とはいえなかったYak-38であったが、その開発経験は次なるVTOL機の開発に大いに生かされた。しかし、後継機としてはるかに高性能の超音速VTOL戦闘機[[Yak-141 (航空機)|Yak-141]]が設計・製造されたときには[[ソ連崩壊|ソ連が崩壊]]し、その生産は行われなかった。Yak-141のために開発された推力偏向ノズルなどのノウハウは売却され、アメリカの[[F-35 (戦闘機)#F-35B|F-35B]]に転用された。 Yak-38は当初Yak-36Mとして開発されていたためか、冷戦期の西側ではYak-36としてYak-38の姿が描かれることが多かった。 === 派生型 === ;Yak-36M :原型試験機。3機を製造。 ;Yak-38 :基本型。143機を製造。 ;Yak-38M :Yak-38を元にした発展型。エンジンを強化。53機を製造。 ;Yak-38U :複座練習機型。副操縦装置を備えた後席があり、ノーズコーンを変形させ、機首のレドームを撤去した。キエフ型航空巡洋艦には、地上との連絡用に最低1機が搭載されていた。38機を製造。 {{Clearleft}} == 諸元 == [[File:Yak-38_3_point_view.svg|right|500px|三面図]] {{航空機スペック |固定翼 or 回転翼?= 固定翼 |ジェット or プロペラ?= ジェット |出典={{Cite book|和書|author=Yefim Gordon|year=2008|title=Yakovlev Yak-36, Yak-38 & Yak-41: The Soviet 'Jump Jets'|publisher=Midland Publishing|isbn=978-1-85780-287-0}}<br />{{Cite journal|和書|author=Polutov Andrey V.|year=2005|month=3|title=ソ連/ロシア空母建造秘話(4)|journal=[[世界の艦船]]|issue=639|pages=154-161|publisher=[[海人社]]|naid=40006607578}} |乗員=1名 |定員= |ペイロード SI=2,000 kg (STO時) |ペイロード fp= |全長 SI= {{Convert|15.5|m|ft|abbr=on}} |スパン SI= {{Convert|7.32|m|ft|abbr=on}}<br />※折畳時 {{Convert|4.88|m|ft|abbr=on}} |全高 SI= {{Convert|4.4|m|ft|abbr=on}} |面積 SI= 18.5m² |翼型= |最大離陸重量 SI= {{Convert|11700|kg|lbs|abbr=on}}</li> <li>'''動力:''' {{仮リンク|ソユーズ R-27|label=R27V-300|ru|Р27В-300}} [[ターボジェットエンジン]] (推進用)、{{Convert|6100|kgf|kN|abbr=on|lk=on}}×1 |エンジン名(ジェット)={{仮リンク|ソユーズ RD-36|label=RD-36-35FVR|ru|РД-36}} |エンジン種類(ジェット)=ターボジェットエンジン (離昇用) |エンジン数(ジェット)=2 |推力 SI= {{Convert|3050|kgf|kN|abbr=on}} |最大速度 SI= {{Convert|1050|km/h|kn|abbr=on}} |フェリーレンジ SI= {{Convert|680|km|nmi|abbr=on}} |航続距離 SI=<br />{{Convert|185|km|nmi|abbr=on}} ※ペイロード750kg、VTO時<br />{{Convert|600|km|nmi|abbr=on}} ※ペイロード1t、STO時 |航続距離 more= |上昇限度 SI= {{Convert|12000|m|ft|abbr=on}} |武装=[[ハードポイント]]×4ヶ所(両翼2ヶ所ずつ) |固定武装=[[GSh-23 (機関砲)|GSh-23L]] 23mm[[ガンポッド]](脱着式) |爆弾=FAB-500 500kg[[無誘導爆弾]]など |ミサイル=[[R-60 (ミサイル)|R-60]][[空対空ミサイル#BVR|短距離空対空ミサイル]]、{{仮リンク|Kh-23 (ミサイル)|label=Kh-23|en|Kh-23}}[[空対地ミサイル]] |ロケット弾=[[S-5ロケット弾]] |アビオニクス= }} == 参考文献 == {{Reflist}} == 外部リンク == * [http://www.n-e-c.ru/foxbat/maks/kiev_museum/index.php?picid=kiev_museum131 {{lang|ru|ВМС СССР Як-38 #46}}] == 関連項目 == {{Commonscat|Yakovlev_Yak-38}} * [[Yak-36 (航空機)]] * [[Yak-141 (航空機)]] {{DEFAULTSORT:Yak-038}} [[Category:ソ連・ロシアの戦闘機]] [[Category:VTOL機]]
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