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{{Otheruses|ゲームメーカー|その他の用法|SNK (曖昧さ回避)}} {{基礎情報 会社 |社名 = 株式会社エス・エヌ・ケイ |英文社名 = SNK CORPORATION |ロゴ = |種類 = [[株式会社]] |市場情報 = |略称 = |国籍 = |郵便番号 = 564-0053 |本社所在地 = [[大阪府]][[吹田市]]江の木町1番6号 |設立 = [[1978年]][[7月]] |業種 = |統一金融機関コード = |SWIFTコード = |事業内容 =家庭用・業務用ゲーム機およびソフトの製造・販売、<br/>アミューズメント施設の運営等 |代表者 = 川崎英吉(代表取締役会長)<br/>高堂良彦(代表取締役社長) |資本金 = 38億7,371万円 |売上高 = 371億円8000万円([[1996年]][[9月]]期) |総資産 = |従業員数 = 1,091名([[1997年]][[4月20日]]現在) |決算期 = [[9月]]末日 |主要株主 = |主要子会社 = |関係する人物 = |外部リンク = |特記事項 = [http://web.archive.org/web/19981206185134/http://www.neogeo.co.jp/snk-company.html [[1999年]][[4月]]現在のSNK公式ページのアーカイブ]をもとに作成。 }} '''株式会社エス・エヌ・ケイ'''('''SNK''')は、かつて[[1973年]]から[[2001年]]にかけて、[[ゲーム機]]や[[ゲームソフト]]の企画・開発・販売、及びアミューズメント施設の経営などの事業を行っていた[[日本]]の[[ゲームメーカー]]。 ループレバーや、業務用筐体と家庭用ゲーム機に共通フォーマットを採用し、自社の業務用ゲームをそのまま家庭でも遊技出来るゲームシステム「[[ネオジオ]]」の発売元として知られる。 == 歴史と概要 == === 新日本企画 時代(1973年 - 1986年) === 大阪で喫茶店と土木建設業を経営していた[[川崎英吉]](かわさき えいきち [[1944年]] - )が、神戸にあった電機会社について資金提供の相談を受けたことをきっかけにこれを買収し、[[1973年]]に'''新日本企画'''として創業。[[1978年]][[7月22日]]に株式会社に改組。同社に[[アクションゲーム]]や[[対戦格闘ゲーム]]が多いのは、元[[プロボクサー]]であった創業者の影響だと言われている。 創業当時の、[[アーケードゲーム]]史に残る有名なゲームは、主に以下の通り。ブロック崩しのコピーゲームでデビューし、 その後『[[スペースインベーダー]]』のライセンス生産をきっかけに[[タイトー]]との関係を構築し、これを基盤にアーケード業界で活動をしていた。 * 『[[センカンヤマト]]』(1978年):[[ブロックくずし]]のコピーゲームで、同社のデビュー作。 * 『[[スペースインベーダー]]』:[[タイトー]]からの[[ライセンス生産]]で、以後同社のゲームは暫く、タイトーそっくりの作風が続いた。 * 『[[オズマウォーズ]]』(1980年):同社初のオリジナルゲーム(ただし実際の開発はロジテック)で、基板は『スペースインベーダー』の流用。 * 『[[サスケvsコマンダー]]』(1980年):多彩なボス戦や、ザコ敵の死体が撃ち返し弾扱いになるなど、当時としては画期的なアイデアが盛り込まれた。 * 『[[ヴァンガード]]』(1981年) :多才なスクロールで先に進んでゆく[[シューティングゲーム]]。上下左右に発射されるレーザーが特徴的。無敵状態になると[[フラッシュ・ゴードン (アルバム)|フラッシュ・ゴードン]]戦いのテーマ([[クイーン (バンド)|QUEEN]]作曲)が流れる。 * 『[[ASO (ゲーム)|ASO]]』(1985年):[[ゼビウス]]型の対地/対空撃ち分けシューティングゲーム。 * 『[[T・A・N・K]]』(1985年):ループレバーを採用した独自の操作方式が特徴。同様のシステムを用いた続編として、『[[怒 (ゲーム)|怒 -IKARI-]]』(1986年)、『[[怒号層圏]]』(1986年)、『怒III』(1988年)が作られ、4部作となった。 * 『[[アテナ (ゲーム)|アテナ]]』(1986年):ヒロインのキャラクターをアピールした作品であり、[[ギャルゲー]]のルーツとも言える。続編に、ヒロインの子孫が主人公である『[[サイコソルジャー]]』(1987年)がある。 1980年頃から同社の愛称として「新日本企画」のローマ字読み(Shin Nihon Kikaku)から頭文字を取って「'''SNK'''(エス・エヌ・ケイ)」とした。英字のコピーライト表記も「'''SNK ELECTRONICS CORP.'''」や「'''SNK CORP.'''」となっていた。 === エス・エヌ・ケイ 時代(1986年 - 2001年) === [[1986年]]に愛称である「SNK」に社名変更することになったが、登記上は「エス・エヌ・ケイ」とせざるを得なかった。これは当時の[[法務省]]が[[アルファベット]]による[[商号]]登録を認めなかったためである。そのため正式社名は「株式会社'''エス・エヌ・ケイ'''」となる。ちなみに、このような同じ経緯を辿ったゲーム会社には[[エーディーケイ|エーディーケイ]](旧社名:アルファ電子)や[[NMK]](旧社名:日本マイコン開発)など、違う業種の会社には[[TDK]](旧名:東京電気化学工業)や[[RKB毎日放送]](旧社名:アール・ケー・ビー毎日放送)、[[ケイディディ]](旧社名:[[国際電信電話]]、現社名:[[KDDI]])などがある。 ====ネオジオ発売==== 当初、エス・エヌ・ケイが発売するゲームについては[[シューティングゲーム]]、[[コンピュータRPG|ロールプレイングゲーム]]、そして対戦格闘ゲームなどバリエーションがあったが、[[1990年]]に自社の新プラットフォームとして[[ネオジオ]]を投入、1991年に発売した[[対戦型格闘ゲーム]]『[[餓狼伝説]]』が大ヒット。これが同社の転機となり、同作は[[シリーズ (作品)|シリーズ]]化もされた。これを機に徐々に対戦格闘ゲーム偏重のラインナップとなり、対戦格闘の黄金期であった1990年代には『[[サムライスピリッツ]]』、『[[龍虎の拳]]』、『[[ザ・キング・オブ・ファイターズ]]』等の自社人気格闘ゲームを続々とシリーズ化し、同様に対戦格闘ゲームのヒットで規模を拡大した同じく大阪本拠の大手メーカー[[カプコン]]を凌ぐほどの成長を見せた。これに併せて、直営ゲームセンター「ネオジオランド」ほか直営アミューズメントパーク「ネオジオワールド」を展開するなど業種を拡大していく。エス・エヌ・ケイ全盛期の[[大阪市交通局]]の[[大阪市営地下鉄御堂筋線|地下鉄御堂筋線]][[江坂駅]]([[大阪府]][[吹田市]])周辺は、本社屋、開発社屋や「ネオジオランド」や看板・広告類が立ち並ぶなど、エス・エヌ・ケイの本拠地としてちょっとした[[企業城下町]]的な雰囲気さえ漂う街並みと化したほどで、その様な江坂の町の雰囲気はゲーム作品中でもステージ背景のモチーフとして用いられていた。余談ではあるが、そのステージのBGMタイトルは「ESAKA」である。 ====メディアミックス成功とネオジオ拡大戦略==== エス・エヌ・ケイの主戦力となった同社の対戦格闘ゲームであるが、各作品ともシリーズを経る毎に操作システムのマニアックで複雑な進化を遂げて行く一方で、美形と女性キャラクターなど一部の人気キャラのキャラクター性を全面に打ち出した販売戦略などが顕著になり、それぞれの作品のCDドラマやテレビアニメ制作でメディア展開も繰り広げられた。この対戦格闘ゲームのブームによる驚異的な売上によってもたらされた潤沢な資金はエス・エヌ・ケイをさらに強気にさせることになり、[[1994年]]には家庭用ネオジオのCD-ROM機バージョンである[[ネオジオCD]]、[[1997年]]末には[[MVS]](業務用ネオジオ)後継の[[ハイパーネオジオ64]]を発売、[[1998年]]には同社初の携帯型ゲーム機[[ネオジオポケット]]を、そのわずか5ヶ月後には[[ネオジオポケットカラー]]を発売した。[[1999年]]にも東京・お台場の[[パレットタウン]]に「ネオジオワールド東京ベイサイド」(のちの[[東京レジャーランドパレットタウン店]])を開園、観覧車やジェットコースターなど当時の技術の粋を集めた最新アトラクションを完備しており、オープン時には同じく台場に本社を建設した[[フジテレビジョン|フジテレビ]]を擁する[[フジサンケイグループ]]との大規模な[[タイアップ]]が組まれ、各種メディアでたびたび特集された。 一方で、1990年代も終盤に差し掛かるとエス・エヌ・ケイが得意とする2D対戦格闘ゲームのブームは終焉を迎えており、当初は好調だったネオジオポケットが後発の[[ゲームボーイカラー]]に対して劣勢になりはじめ、開園したばかりの「ネオジオワールド東京ベイサイド」が、同時期にリニューアルオープンした「[[よこはまコスモワールド]]」に話題を奪われるなど、事業拡大一辺倒であったエス・エヌ・ケイの経営に次第にかげりが見え始めた。結局のところ、この遊園地事業は莫大な赤字を出し、エス・エヌ・ケイの経営体力を浪費させただけであった。また、[[1999年]]には数多くのエス・エヌ・ケイ作品を紹介し攻略記事を掲載してきたアーケードゲーム[[専門雑誌]]『[[ゲーメスト]]』が出版元である[[新声社]]の[[倒産]]により[[廃刊]]となったのも痛手となった<ref>新声社もまた、『ゲーメスト』の極端な格闘ゲーム偏重の編集方針など、ゲーム業界の潮流を見誤ったことが倒産の一因とされている。</ref>。 ==== 退潮から破綻へ ==== [[2000年]]に入ると複雑化しすぎた対戦格闘ゲームは底の見えない低迷期となっていた。しかし、エス・エヌ・ケイ自体が全盛期の成功ノウハウに頼って対戦格闘ゲームに傾注し過ぎ、それに開発リソースの大半を特化させていたため急な方針転換がかなわず、加えて先述した多角化経営が災いし経営状態が悪化。[[パチスロ]]メーカーのアルゼ(現・[[ユニバーサルエンターテインメント]])の子会社となり、資本注入を受けて一度は急場を凌いだものの、その後も経営環境の悪化に歯止めがかからず、アルゼ主導による経営再建もエス・エヌ・ケイとアルゼの足並みの不一致もあって迷走し、不調のまま暗礁に乗り上げてしまう。同時期には、ネオジオ専門誌としてエス・エヌ・ケイの話題を専門的に取り上げる雑誌であった[[芸文社]]の『[[ネオジオフリーク]]』が2000年12月号をもって休刊。{{see also|ユニバーサルエンターテインメント#元グループ会社}} [[2001年]][[4月2日]]、エス・エヌ・ケイは[[大阪地方裁判所|大阪地裁]]に[[民事再生法]]の適用を申請。申請は受理され、いったんは再生手続きが進められることになったものの、その後も大小様々なトラブルが表面化し、結局は再生計画を期限までに提出できず、同年[[10月30日]]に大阪地裁から[[破産宣告]]を受け倒産した。負債総額は約380億円。1990年代中期から2000年代初頭にかけての国内ゲームメーカーの大型倒産の例としては、エス・エヌ・ケイの他にも[[1998年]]の[[コンパイル (企業)|コンパイル]]や[[1999年]]の[[データイースト]]<ref>コンパイルとデータイーストは和議。なお、両社はその後の経営再建に失敗し共に[[2003年]]に破産宣告を受け消滅した。{{main|コンパイル (企業)#経営再建の失敗|データイースト#自己破産}}</ref>などが挙げられるが、エス・エヌ・ケイはその中でも桁外れに最大級の経営破綻で、単純な金額で見ても1998年のコンパイルの和議(75億円)と比較して約5倍、2003年の[[デジキューブ]]の破産(95億円)と比較しても約4倍、2010年代以降の例と比較しても[[2014年]]の[[インデックス (1995年設立の企業)|インデックス]]の破産<ref name="tdb">[http://www.tdb.co.jp/tosan/syosai/3907.html 大型倒産速報 モバイルコンテンツ・ゲーム事業 続報 元・ジャスダック上場株式会社インデックス再生手続き廃止決定受ける]帝国データバンク 2014年5月2日</ref>(246億200万円)をも凌ぐ規模であった。{{see also|コンパイル (企業)#和議による規模縮小}} 倒産後、エス・エヌ・ケイ関係の権利は[[競売]]に掛けられ、かつての系列会社であったプレイモア社(現・[[SNKプレイモア]])が落札に成功し、現在も同社からエス・エヌ・ケイの一部作品の続編が発表されている<ref>一時期は作品権利を取得していたアルゼと著作権その他の関係でトラブルとなり訴訟になったが、[[中間判決]]など3案件でほとんどSNKプレイモア側が全面勝訴している。現在アルゼ側が2案件について控訴中。</ref>。{{main|SNKプレイモア#設立当初}} なお、江坂駅近辺にあった「ネオジオランド」はエス・エヌ・ケイ倒産後も3店舗が営業を続けたが、SNKプレイモアの業務見直しに伴い2005年までに全て閉鎖された。跡地はほとんどが解体されて駐車場になっているが、江坂2号店の跡地(ビル)だけは残されており、テナント等が入店している。 SNKプレイモアは、本社機能を別の場所へ移動し業務を遂行している。 == エピソード == *SNK が[[ウェブサイト]]を開設するにあたり、[[ドメイン名]]を <code>neogeo.co.jp</code> としていた。これは、[[新日本空調]]という[[三井グループ|三井系]]の空調工事会社が先んじて<code>snk.co.jp</code>ドメインを取得していたためであった。 *SNKのロゴは[[1982年]]頃に使われ始め、[[1988年]]にマイナーチェンジされたが、これはSNKプレイモアとなった現在でも使われている。 *SNKの格闘ゲームは結果を表示するときには、初代[[餓狼伝説]]を除き英語の過去形(WinのそれにあたるWonや、LoseのそれにあたるLost)で表記される。 == 提供していた番組 == === テレビ === * [[バトルファイターズ 餓狼伝説]] ([[フジテレビジョン|フジテレビ]]) * [[サムライスピリッツ|SAMURAI SPIRITS ~破天降魔の章~]] (フジテレビ) * [[金曜テレビの星!]] ([[TBSテレビ|TBS]]、提供は番組中期で終了) * [[人気者でいこう!]] ([[朝日放送|ABC]]、[[テレビ朝日]]) * [[SPORTS MAX]] ([[日本テレビ放送網|日本テレビ]]、提供は番組中期で終了) * [[HEY!HEY!HEY!]] (フジテレビ、1998年頃~2000年頃まで提供) * [[すぽると!|感動ファクトリー・すぽると!]] (フジテレビ、一時期のみ) * [[金曜ロードショー]] (日本テレビ、一時期のみ) * [[バトルスピリッツ 龍虎の拳]] (フジテレビ) * [[ATHENA -アテナ-]] ([[テレビ東京]]) === ラジオ === * [[オールナイトニッポン]] ([[ニッポン放送]]、平日第1部のみ、1987年頃~1998年頃まで提供) * 一撃! ネオ・ラ・ジオ ([[毎日放送]]) * [[ねおちゅぴ]] ([[大阪放送|ラジオ大阪]]) * [[お早うネットワーク]] (ニッポン放送、一時期のみ) * [[子安・氷上のゲムドラナイト|ゲムドラナイト]] ([[TBSラジオ&コミュニケーションズ|TBSラジオ]]、一時期のみ) * [[ミリオンナイツ]] ([[エフエム東京|TOKYO FM]]、一時期のみ) * [[Come on FUNKY Lips!]] ([[文化放送]]、一時期のみ) == 脚注 == <references/> == 関連項目 == * [[ユニバーサルエンターテインメント|アルゼ]] - 親会社 * [[SNKプレイモア]] - 同社の[[知的財産権]]を引き継いだ会社 * [[サクノス]] - グループ子会社 * [[ネオジオ]] * [[ネオジオポケット]] * [[ネオジオのゲームタイトル一覧]] * [[SNKの対戦型格闘ゲーム一覧]] * [[サイトロン・レーベル]] - SNKの[[サウンドトラック|ゲームサントラCD]]を発売していたレーベル * [[SNK新世界楽曲雑技団]] - SNKの[[ゲームミュージック]]を中心に活動していたバンド {{家庭用ゲーム機メーカー}} {{DEFAULTSORT:えすえぬけい}} [[Category:SNK|*]] [[Category:かつて存在した大阪府の企業]] [[en:SNK]] [[zh:SNK]]
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