コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
PPSh-41のソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
PPSh-41
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
{{出典の明記|date=2011年4月}} {{銃器| |画像 = [[File:Пистолет-пулемет системы Шпагина обр. 1941.jpg|300px]] |説明 = PPSh-41(後期生産型) |名称 = PPSh-41 |種類 = [[短機関銃]] |製造国 = {{SSR1923}} |設計・製造 = 設計:{{仮リンク|ゲオールギイ・シュパーギン|label=G・S・シュパーギン|ru|Шпагин, _Георгий_Семёнович}} |年代 = [[第二次世界大戦]] |設計年 = [[1940年]] |製造期間 = [[1941年]] - [[1950年代]] |配備期間 = [[1941年]] - |配備先 = [[赤軍|ソ連軍]]<br />[[東側諸国]] |戦争 = [[第二次世界大戦]]<br />[[国共内戦]]<br />[[朝鮮戦争]]<br />[[ベトナム戦争]]<br />[[カンボジア内戦]] |種別 = 短機関銃 |口径 = 7.62mm |銃身長 = 269mm |ライフリング = 4条右転 |使用弾薬 = [[7.62mmトカレフ弾|7.62×25mm トカレフ弾]] |装弾数 = 71発(ドラム形弾倉)<br />35発(箱形弾倉) |作動方式 = [[ブローバック#シンプル・ブローバック方式|シンプル・ブローバック方式]]</br>[[:en:open bolt|オープン・ボルト]]撃発 |発射速度 = 900 - 1000発/分 |銃口初速 = 488m/秒 |有効射程 = 150m |重量 = 3500g |全長 = 840mm |バリエーション = [[#バリエーション|バリエーション]]を参照 |製造数 = 500万丁以上 }} '''PPSh-41'''(ペーペーシャ・ソーラクアジーン、{{llang|言語記事名=ロシア語|ru|Пистолет-пулемёт Шпагина (ППШ)|'''P'''istolet-'''P'''ulemyot '''Sh'''pagina}})とは、[[第二次世界大戦]]時に[[ソビエト連邦]](以下「ソ連」と表記)で使用された代表的な[[短機関銃]]である。 正式名称は「{{llang|ru|7,62-мм пистолет-пулемёт образца 1941 года системы Шпагина|''シュパーギン1941型7.62mm短機関銃''}}」。[[バラライカ]]あるいは[[マンドリン]]の異名でも知られる。 == 開発 == [[1939年]]11月、[[赤軍|ソ連軍]]は[[フィンランド]]に侵攻し、[[冬戦争]]が勃発した。だが、ソ連は[[フィンランド国防軍|フィンランド軍]]に大苦戦し、特に小部隊で[[スキー]]武装したフィンランド軍の補給部隊に対する一撃離脱戦法に悩まされる。彼らの装備していた[[スオミ KP/-31|KP/-31]]のような短機関銃は、近距離における瞬発火力が、小銃よりずっと高かった。また銃身が短い分、森林のような場所での取り回しも良かった。 この戦いにより近接戦闘時の短機関銃の有効性を再認識したソ連軍は、同年2月に生産中止になって兵器庫にしまい込まれていた[[PPD-34/38短機関銃|PPD-34/38]]を慌てて引っ張り出し、同年12月にPPD-38の増産を決定した<ref name="example">ガリレオ出版『グランドパワー』1月号別冊 第2次大戦 ソ連軍陸戦兵器</ref>。 [[1940年]]、改良型の[[PPD-40短機関銃|PPD-40]]を開発・生産するが、依然として非常に重く、[[鍛造]]部品を[[削り出し|削り出す]]大量生産に不向きな製造工程は変わらなかった。そこでソ連軍は大量生産の可能な短機関銃の開発を求めた<ref name="example" />。 銃設計技師の[[:ru:Шпагин, Георгий Семёнович|シュパーギン]]はPPD系短機関銃を徹底的に分析し、これをより近代的な生産方式で製造することを考え、1940年9月にプロトタイプを軍に提出。同年10月に、シュピタルーニとの競争試作に勝利し、同年12月に砲兵総局局長の[[ソ連邦元帥]][[グリゴリー・クリーク]]からPPSh-41として制式採用する旨が伝えられた<ref name="example" />。 == 概要 == PPSh-41は依然としてPPDから使用されていたドラム型弾倉(後に箱型弾倉が登場)・木製ストックを採用しているものの、各所に新機軸が加えられている。 レシーバ(機関部)はドイツの[[MP18]]と同じく上下2分割構造であり、メンテナンス時には銃身基部にあるヒンジを軸に中折れ状態に分解できる。 銃身放熱カバーと上部レシーバ(機関部)は一体構造であり、鋼板プレス(高度な水準ではなく板金曲げ加工に近い)で製造され、銃身はカラーとともに放熱カバー内に挿入され、リベットで固定されている。 当時の短機関銃には低空で飛来する敵機への対空射撃能力も期待されていたため、ボルトは軽量化されて発射速度は900 - 1000発/分と格段に上がっていた。 また、銃身カバー先端を傾斜させ、発射時に噴出するガスの圧力で銃口を押し下げる[[マズルブレーキ]]として用いる工夫がなされ、以降のソ連製自動火器では様々なアイデアのマズルブレーキが装着されるようになった。 ドラム型弾倉については工場や製造時期によって、補強用の溝の半径が異なるものが数種類ある。 銃身については、「どうせホースの水のように弾丸をばら撒くのだから命中精度は問題ない」として、兵器庫で山積みになっていた[[モシン・ナガンM1891/30|M1891/30]]の銃身を切断して、2丁のPPSh-41の銃身として製造しようとする話があったが、実現していない<ref name="example" />。 ==改良== [[Image:PPSh magazine.jpg|thumb|110px|箱型弾倉。]] PPDから採用されていたドラム型弾倉は、弾薬装填にゼンマイを使用し、ドラム内に均等に弾薬を並べることが大変だった。また装填中に弾薬が弾け飛び、ゼンマイで指を切断するといった事故もしばしば起きた。これは本銃のドラム型弾倉の構造が、銃弾送り用ゼンマイを巻いてから銃弾を装填していくためである<ref>米国の[[トンプソン・サブマシンガン]]もドラム型弾倉を使用するが、こちらは銃弾装填後にゼンマイを巻く仕組みだったので同様の事故は起こっていない模様。<br/>尚、この事故については、大量生産を優先した戦時急造態勢の結果、品質が著しく低下したものが多かったことも一因とされている。</ref>。 1942年2月には[[ソ連国家防衛委員会|国家防衛委員会]]から、PPSh-41の生産拡大には構造が複雑なドラム弾倉は不適であると指摘される。そこで35連発用の箱形弾倉を試作し、配備されたようになった。だが、今度は弾倉がへこむという苦情が前線から出るようになる。調べてみると厚さ0.5mmの鉄板では強度不足であることが判明し、1mm鉄板に変更してみると問題が解決された<ref name="example" />。 ドラム弾倉の問題以前から、[[照準器]]の簡略化が言われており、実験的に500mサイトを廃止し、100mと200mのみの近距離専用型にしてみたところ実用に問題がなかったため、この仕様で生産されることになった。同時に照星も溶接による単純固定式となった<ref name="example" />。のちの改良で、照準器側面にはカバーが付けられたものが生産された。 その他の改良としては、弾倉受部が補強され、銃身内は[[クロム]]メッキを施し、[[緩衝材]]が厚さ18mmの[[繊維|ファイバー]]から革製に代用されていった<ref name="example" />。 こうして生産効率を第一にした改良により単純な構造となって、過酷な気象状況でも手入れしなくとも確実に動作するため、信頼性が向上した<ref name="example" />。 == 運用 == [[Image:Bundesarchiv Bild 116-168-618, Russland, Kampf um Stalingrad, Soldat mit MPi.jpg|thumb|225px|[[スターリングラード]]で鹵獲したPPSh-41を使用するドイツ兵(1942年)]] [[Image:Insignia Hungary Political History MŐ.svg|thumb|135px|ハンガリー労働者民兵の団章。]] PPSh-41は制式採用後、1941年に98,664丁造られ<ref name="example" />、[[独ソ戦|ドイツ軍の侵攻]]に間に合う形になった。1942年には1,499,269丁造られ<ref name="example" />、1941年元旦の部隊交付数は55,147丁<ref name="example" />だったのが、1942年元旦には298,276丁<ref name="example" />、1943年元旦は678,068丁<ref name="example" />、1944年で1,427,085丁<ref name="example" />が部隊で使用されるまでになり、終戦までに500万丁以上<ref name="example" />という大量生産が行われた。 このため、どの歩兵中隊にもSMG小隊は存在し、[[ロシア海軍歩兵|ソ連海軍歩兵]]から、偵察部隊や空挺部隊などの特殊部隊まで幅広く使用され、[[タンクデサント|戦車跨乗]]大隊では全員が装備している部隊もあったほどである<ref name="example" />。まさにソ連軍を代表する短機関銃となった。 しかし、大量に配備されたからと言って、不満がなかったわけではなく、偵察兵と戦車兵、工兵や通信兵などから重量や携帯性から使いづらいと批判があり<ref name="example" />、また、軍当局もPPSh-41の生産が軌道に乗ると、少し材料を浪費していると考えるようになる<ref name="example" />。 1942年、ソ連軍はPPSh-41よりコンパクトで生産効率が良い新型短機関銃の開発を要求する。シュパーギンはPPSh-2をデザインするも不採用となり、スダエフの[[PPS短機関銃|PPS]]が採用されるが、既に本銃が前線に大量配備されていたことから生産は抑制され、1945年までに100万丁近く製造されるに終わった。また、PPSが採用されていても、PPSh-41は1945年まで生産され続けた。 PPSh-41は通称[[ドイツ]]兵からは「[[バラライカ]]」、また[[日本]]兵からは「[[マンドリン]]」などいろんな俗称で呼ばれた。また、装弾数の多さや堅牢な構造が好まれたのか、[[ドイツ国防軍|ドイツ軍]]は[[鹵獲]]した本銃に「MP717(r)」という名称を与えて使用した。 第二次大戦後、[[AK-47]]の採用でソ連軍から退役したPPSh-41が[[東側諸国]]に供与された。また、[[中華人民共和国|中国]](50式衝鋒槍)と[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]](49式衝鋒槍)で[[ライセンス生産]]がなされ、しばらくは東側諸国の主力短機関銃として、[[朝鮮戦争]]、[[ベトナム戦争]]などで使われていた。[[ベトナム人民軍|北ベトナム軍]]では、「K-50M」という改良型も使用している。 また、第二次大戦直後に、 武力によって独立を勝ち取った国や政権を奪取した政府にとって、戦乱で使用したPPsh-41は革命の象徴とされることが多く、様々なもののモチーフにされている。例を挙げると、[[ハンガリー]]労働者民兵の組織の団章(団旗)には、PPsh-41の図柄を取り入れられている。 == バリエーション == {{節stub}} ;PPSh-41 :第二次世界大戦でソ連軍が使用したオリジナルタイプ。[[#改良|改良]]の項目にあるように、生産時期によって仕様に差異がある。また、生産工場によって部品形状など、細かい箇所での差が多く見られる。 :戦後は[[東側諸国]]に広く供与された。 ;;MP717(r) ::[[ドイツ国防軍|ドイツ軍]]が[[鹵獲]]したPPsh-41の呼称名。戦地でそのまま使用したり、自国の主力拳銃弾である[[9mmパラベラム弾]]を使用している[[MP40]]の箱形弾倉を使用出来るように改造して使用した。 ;50式衝鋒槍 :[[中華人民共和国|中国]]でライセンス生産されたPPsh-41。箱型弾倉を使用する。 :[[ベトナム人民軍|北ベトナム軍]]も中国から供与された本銃を使用した。 ;49式衝鋒槍 :[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]でライセンス生産されたPPsh-41。ドラム型弾倉を使用する。 ;[[M49短機関銃]] :[[ユーゴスラビア社会主義連邦共和国]]で設計された短機関銃。[[1949年]]から、[[ザスタバ|ツァスタバ・クラクヤベク兵器廠]]で製造された。 :PPsh-41に強い影響を受けており、ドラム型弾倉・箱型弾倉は互換性があるものの、内部構造は異なる。PPsh-41とは、銃身放熱カバーとコッキング・ハンドルの形状、薬莢口が左に空いている点、レシーバが木部からはみ出している点などの外見上の差異から区別できる。 照星を保護するカバーは[[Kar98k]]とよく似た形をしている。 :ユーゴスラビアで撮影されたいくつかの戦争映画にはPPSh-41の代役として登場している。 ; K-50M : [[ベトナム人民軍|北ベトナム軍]]が使用した50式衝鋒槍の改良型。 :50式衝鋒槍は木製曲銃床だったが、本銃は木製の銃把と鉄製のパイプ状の銃床となっている。銃床は前後にスライドさせて長さを変えられる。50式衝鋒槍より3in短く、銃身放熱カバーの形状も変更され、外観は50式衝鋒槍と大きく異なっている。グリップは[[AK-47]]、照星は[[MAT 49]]のものを流用している。 <gallery widths="200px" heights="180px"> 画像:K-50M.jpg|K-50M </gallery> == 登場作品 == [[Image:Polish Army Soldiers 1951.jpg|thumb|275px|PPSh-41を装備するポーランド兵(1951年)]] [[Image:Victorious Fatherland Liberation War Museum Monument7.jpg|thumb|275px|49式衝鋒槍を装備する北朝鮮兵のモニュメント(祖国解放戦争勝利記念館)]] ===映画・テレビドラマ=== 第二次世界大戦のソ連軍・戦後の共産陣営軍を扱った作品の多くに登場する。 *[[戦争のはらわた]] *[[ラストエンペラー]] *[[大地の子#テレビドラマ大地の子|大地の子]] *[[人間の條件 (映画)|人間の條件]] *[[戦場のピアニスト]] *[[ブラザーフッド]] *[[ヒトラー 〜最期の12日間〜]] *[[レッド・スナイパー 〜独ソ最終決戦〜|レッド・スナイパー 〜独ソ最終決戦〜 前編・後編]] *[[スターリングラード (1993年の映画)|スターリングラード (1993年)]] *[[霧の火 樺太・真岡郵便局に散った九人の乙女たち]] *[[血と砂 (1965年の映画)]] *[[ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝]] *タイム・ジャンパー *[[戦火の中へ]] ===漫画・アニメ=== *[[ルパン三世 カリオストロの城]] (アニメ映画) *[[Angel Beats!]] 死んだ世界戦線(SSS)メンバーの藤巻が使用。 * [[人狼]] セクト戦闘員が使用 *[[ウォースパイト〜マルスの目〜]] ===ゲーム=== *[[コール オブ デューティシリーズ]] (Windows用ゲーム) *[[HIDDEN & DANGEROUS 2]] (Windows用ゲーム) *[[Red Orchestra: Ostfront 41-45]] (Windows用ゲーム) *[[VIETCONG: ベトコン]] (Windows用ゲーム) *[[メダル・オブ・オナー ヨーロッパ強襲]] (プレイステーション2用ゲーム) *[[スナイパーエリートV2]] (PS3、XBOX360) *[[Alliance of Valiant Arms]] (Online FPS) *[[You Are Empty]] (Windows用ゲーム) *[[戦場のカルマ]] (online FPS) *[[Operation Darkmess|オペレーション・ダークネス]] (XBOX360) *[[バトルフィールド バッド カンパニー2]] * [[OPERATION7]](PCオンラインFPSゲーム) == 脚注・出典 == <references /> == 関連項目 == {{Commons|PPSh-41}} * [[銃の部品]] * [[弾倉]] * [[独ソ戦]] * [[鹵獲]] * [[短機関銃・PDW等一覧]] == 外部リンク == *[http://www.ppsh41.com/ Bill's PPSh-41 Pages](英語) {{第二次世界大戦のソ連の小火器}} [[Category:短機関銃]] [[Category:ソビエト連邦の兵器]] [[Category:7.62mm銃]]
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:Commons
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Llang
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:出典の明記
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:第二次世界大戦のソ連の小火器
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:節stub
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:銃器
(
ソースを閲覧
)
PPSh-41
に戻る。
検索
検索
PPSh-41のソースを表示
話題を追加