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Mr.マリック
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{{redirect|マリック|その他の人物|マリック (曖昧さ回避)}} {{存命人物の出典明記|date=2014年3月25日 (火) 13:29 (UTC)}} {{Infobox 人物 |氏名 = Mr.マリック |ふりがな = ミスター マリック |画像 = <!-- 画像ファイル名 --> |画像サイズ = |画像説明 = |出生名 = 松尾 昭 |生年月日 = {{生年月日と年齢|1948|12|29}} |生誕地 = [[岐阜県]][[岐阜市]] |没年月日 = <!-- {{死亡年月日と没年齢|XXXX|XX|XX|YYYY|YY|YY}} --> |死没地 = |国籍 = <!-- {{JPN}} --> |別名 = 松尾幻燈斎・栗間太澄 |職業 = [[マジシャン (奇術)|マジシャン]] |著名な実績 = }} '''Mr.マリック'''(ミスターマリック、本名:松尾 昭(まつお あきら)、[[1949年]][[1月1日]](戸籍上。実際の日付は[[1948年]][[12月29日]]) - )は、マリックプロモーション所属の[[日本]]の[[マジシャン (奇術)|マジシャン]]。「'''超魔術師'''」と名乗る。 == 人物 == 「マリック」という名前は「[[奇術|マジック]]」と「[[トリック]]」を合わせた[[造語]]である。また、'''松尾幻燈斎'''(まつおげんとうさい)、'''栗間太澄'''(くりまたすみ)という別名を持つ。「くりまたすみ」は、「みすたまりく(ミスターマリック)」を逆さにしたもの。 [[岐阜県]][[岐阜市]]生まれ。[[岐阜市立伊奈波中学校]]、[[岐阜県立岐阜工業高等学校]]卒業。当時の師匠は歯科医である。高校卒業後はガス器具メーカーの[[パロマ工業]]に就職するが、マジックへの夢を達成するために数多くのコンテスト番組で優勝し、ようやく親の理解を得て転職。[[デパート]]のおもちゃ売り場で[[テンヨー]]マジック用品の店頭販売を始める。デパートでのマジック用品店頭販売の後、マジックショップ経営や新人指導、全国でマリックマジック教室を開設。 20歳のときに上京し、マジック用品メーカーに勤務する。この年[[ハワイ州|ハワイ]]で初めて開催されたPCAM(環太平洋のマジックアソシエーション)の「クロースアップ部門」コンテストで日本人で初めて優勝する。 名門[[ホテル]]でのラウンジでクロースアップ・マジックのテーブルホッピングショーを確立しラウンジライブを全国展開する。そのさなかに[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]のディレクターと出会ったのがきっかけで、[[1988年]]、日本テレビ系『[[11PM]]』に出演するようになる。クロースアップ・マジックに超能力的な演出を付け加えた「'''[[超魔術]]'''」は、マリックが番組制作スタッフらと考え出した造語である。[[ユリ・ゲラー]]の"[[超能力]]"番組を見たのが超魔術を編み出すきっかけになった。 超能力ブーム華やかなりし頃、マリック本人もユリ・ゲラーの超能力と酷似するショーを行って収入を得ていた。しかしあるイベントにおいてマリックの技を見た観客が超能力肯定派と否定派で真っ二つに対立し、一触即発の緊張状態となった会場でマリックは咄嗟に「'''ハンドパワーです'''」とアピール。これにより殺気立っていた観客は得心して平静を取り戻す。後、「本物の超能力者?」「手品と同じでタネがある?」という疑問には全て「ハンドパワーです」と答え、この台詞はマリックの専売特許とも言うべきものとなっている。超能力や占いの類を蛇蝎の如く嫌っていた元タレントの[[上岡龍太郎]]もマリックの技を懐疑的な目で見ていたが「ハンドパワーです」の説明でマリックと打ち解けた。 登場時やマジック披露後には専用[[バックグラウンドミュージック|BGM]]が流れる。曲は[[アート・オブ・ノイズ]] (The Art of Noise) の『レッグズ (Legs)』である(legacyというタイトルでベスト盤に収録されている場合もある)。 [[サングラス]]をトレードマークにしており、NHK番組『[[課外授業 ようこそ先輩]]』でも 子どもたちにだけサングラスを外した顔を見せるなど、テレビ画面では滅多に目を見せない。バラエティ番組で松尾幻燈斎として出演したときや、[[マギー司郎]]、[[ゼンジー北京]]に扮したときなど、ごく稀にサングラスを外す(後述のドラマ出演の際も同様)。また、テレビに出始めのころは素顔で出演することもあった。 [[クロースアップ・マジック]]演者である[[ふじいあきら]]は、マリックの弟子であり、アシスタント役のふじいと共に出演している番組映像も残っている。2001年までアシスタントとして雇っていたが、ふじいは、周囲に漏らしていた愚痴がマリックに伝わることを恐れ、逃げ出した。その後、テレビ番組で2人は共演し、和解した。 娘は[[ヒップホップ]][[歌手]]の[[LUNA (歌手)|LUNA]]。 古典奇術を現代的手法・演出で蘇らせる能力が高く、毎年公演されるマリックのライブツアーは高い完成度と不思議さ、楽しさが融合している。また、銀座博品館劇場ではMr.マリック超魔術団公演を旗揚げさせ、内外有力な若手マジシャンとともに、ストーリー仕立てのマジックエンターテイメントに挑戦、ステージでも精力的に活動をしている。 奇術愛好家を増やすための活動や、日本国外そして国内若手マジシャンとのコラボレーションなども行う。また、[[歌舞伎]]や[[芝居]]、[[松任谷由実]]などのアーティストコンサートの演出も監修する。 == 経歴 == *[[1989年]] ** [[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系『[[木曜スペシャル]]』でマリック単独の[[特別番組]]の放送が始まり、28%を超える[[視聴率]]を獲得。「超魔術」「ハンドパワーです」「きてます!!」で一大超魔術ブームを巻き起こした。その後木曜スペシャルは[[1992年]]第8弾まで放送された。この年、[[大韓民国|韓国]][[ソウル放送|SBS]]でもマリックのスペシャル番組が組まれ、視聴率50.1%を記録する。 ** 秋に放送された、日本テレビ『第13回[[アメリカ横断ウルトラクイズ]]』では、[[オーストラリア]]の[[シドニー]]でゲスト出演し、敗者復活戦・罰ゲームも担当した([[アメリカ横断ウルトラクイズのクイズ形式#サイキックイズ]]を参照)。この時敗者復活者となった[[永田喜彰]]にハンドパワーTシャツをプレゼントしている。また、この年の『[[第40回NHK紅白歌合戦]]』にもゲスト出演している。 * [[1990年]][[9月21日]]、[[TM NETWORK]](発売当時はTMN)の[[小室哲哉]]と組んで[[器楽曲|インストゥルメンタル]][[アルバム]]『[[Psychic Entertainment Sound]]』を出す(小室哲哉&Mr.Maric名義)。その関係で、小室のソロツアー『[[Digitalian is eating breakfast]]』ファイナル(1990年1月28日に[[横浜アリーナ]]で行われた)に登場。音楽雑誌[[ギターブック|GB]]1990年4月号によると、Mr.マリックは客席から現れて、ステージ上でスプーン曲げやお札を浮かせるなどのパフォーマンスを行ったという。楽屋での打ち上げでもお札を浮かせるパフォーマンスを行い、特に外国人サポートメンバーに好評だったらしい。その後、[[2002年]][[11月22日]]に小室哲哉が[[globe]]のボーカルの[[Kco|KEIKO]]と結婚した際にも出席している(TBS『[[学校へ行こう!]]』でその時のシーンの一部放送されていた)。 * しかし、超魔術の演出が「超能力」のようなものに見られ、世間では本物の超能力と信じ込む人も多く、ある時期からいっせいに「インチキ」「全て[[奇術]]」との批判が始まった。ただし、本人はあくまでも「超魔術」だとしており、超能力だとは決して言っていない(念を使う、確率を超えるなど超常的表現言動をしていたのは事実)。「超魔術」という言葉を使ったのは、「『手品』や『マジック』では大勢の人の関心を惹くことができないから」という理由からであったという。 ** この時期、週刊誌や一部視聴者からの激しいバッシングによる[[ストレス (生体)|ストレス]]で[[顔面神経麻痺]]を発症、しばらくテレビ界から遠ざかることとなる。 ** [[ゆうむはじめ]]は、1990年以降、たびたび「Mr.マリック超魔術の嘘」と題した書籍を著して、Mr.マリックを非難した。ゆうむによると、Mr.マリックが超能力者のふりをして手品を行っている事よりも、その手品によって番組出演者の[[稲川淳二]]に[[火傷]]を負わせた事に義憤を感じての行動との事である。 * [[1993年]]、テレビ東京『[[浅草橋ヤング洋品店]]』、日本テレビ『[[元気が出るテレビ]]』などの[[バラエティ番組]]に進出。 * [[1994年]]、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]『[[なるほど!ザ・ワールド]]』スペシャルで、[[トランプマン]]と対決した。 * [[1995年]]、フジテレビ『[[森田一義アワー 笑っていいとも!|笑っていいとも!]]』レギュラー出演、日本古来の奇術や和妻、技の世界を披露した。 * [[1996年]]、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]『[[裸の大将放浪記|裸の大将]]〜清の手品はめぐり合い』で役者初挑戦。 * [[1997年]]、日本テレビ『[[投稿!特ホウ王国]]』にて、新しくファニーなキャラクター「'''栗間太澄'''」に変身して登場。翌年よりレギュラーで登場した。マリックとは無関係な郵便局員という触れ込みだったが、「みすたまりく」を逆から読んだ芸名と、ハンドパワーを和訳した「手力(てぢから)です」のフレーズで正体が分かる仕組みだった。 * このころ自ら「マジシャン宣言」をする。以後、再び超魔術師として活動の場を広げる。 * [[1998年]]、『M-1グランプリ 最強のマジシャン対決』が放送。Mr.マリックが主催し、日本国内の若手マジシャンを集めて、トーナメント方式制限時間3分、不思議な方が勝利という番組だった。なお、「M-1」タイトルの使用はこちらが早く、後に開催される漫才の選手権大会「[[M-1グランプリ]]」との関連はない。 * [[1999年]]、[[TBSテレビ|TBS]]でマリックスペシャル番組が復活。 * [[2000年]]、TBS『[[オフレコ!]]』で、マジシャンとしては禁断とされたネタの裏側を見せ視聴者の興味を引き、マリック主役のスペシャル番組『超オフレコ』でマジックのファン層は拡大する。 * [[2001年]] 『[[たけしの誰でもピカソ]] Mr.マリックスペシャル』が放送され、[[テレビ東京]]は[[ドーハの悲劇]]以来の19%を超える視聴率を獲得する。TBS『超オフレコ2時間スペシャル』に2度出演。テレビ東京では『[[Mr.マリック☆魔法の時間]]』という初の冠レギュラー番組がスタートし、1年続く。 * [[2002年]] [[BS-TBS|BS-i]]『Mr.マリック 世界・魔術大博覧会』で3夜連続6時間に渡り、世界の魔術の歴史、その時代ごとのマジシャンたちの英知を詳細に解き明かした番組を放送する。 * [[2003年]] ** 1月、TBS『Mr.マリックvs全米No,1氷男デビット・ブレイン!』放送。 ** 2月、テレビ東京『たけしの誰でもピカソ Mr.マリック超魔術スペシャル第4弾』が放送された。 ** 3月、TBS「[[オールスター感謝祭|オールスター感謝祭'02超豪華!クイズ決定版この春お待たせ特大号]]」で6人目の代役MCを務めた。 ** 4月、日本テレビ『[[エンタの神様]]』で「'''松尾幻燈斎'''」という、またも違うキャラクターに変身し、12月までレギュラー出演。[[仙人]]のキャラクターで自然を相手に超魔術を見せる。この際は「超魔術」ではなく、「気の極み」と松尾幻燈斎は語っていた。 ** 6月、岐阜市より[[長良川鵜飼]]大使<ref>[http://www.city.gifu.lg.jp/4249.htm 長良川鵜飼大使]</ref>に任命([[2013年]]8月現在も有効)。 ** 8月、テレビ東京『たけしの誰でもピカソ Mr.マリック超魔術スペシャル第5弾』が放送。フジテレビ『Mr.マリックの大冒険南極大陸!果てしなき超魔術の旅』では、南極大陸でペンギンを消す超魔術を見せた。 ** 10月、TBS『Mr.マリックVS“全米最強"[[クリス・エンジェル]]超魔術頂上決戦!』では、他国のマジシャンと初対決。 * [[2004年]]1月、TBS『Mr.マリックVS新庄&芸能能人大スター軍団対決新春スペシャル』では、[[新庄剛志]]を初の総合司会者として起用。 * [[2005年]] ** 4月、NHK『[[お昼ですよ!ふれあいホール]]』で、「今日の現象!」コーナーにレギュラー生出演。 ** 4月、10月、12月にTBS『Mr.マリック対芸能能人大スター軍団』が放送。 * [[2006年]]、「[[笑いの金メダル]]」でゲスト出演。 * [[2006年]]8月29日、フジテレビ『Mr.マリック VS 世界の超人 異種格闘技戦』が放送。ほか他局でも、趣向の違ったスペシャル番組4本を精力的に制作した。 * [[2010年]]8月16日、NHK『[[鶴瓶の家族に乾杯|鶴瓶の家族に乾杯スペシャル]]』で、[[ロシア]]・[[ウラジオストク]]を旅したのが放送された。 *[[2011年]]1月16日、『[[run for money 逃走中]]』に大臣クリマ役で出演。 == CM出演 == * [[2002年]] - [[富士通]] * [[2005年]] - [[ウィークリーマンション東京]] * [[2006年]] - [[ダイハツ工業]] * [[2011年]] - [[ロト6]] == 関連項目 == * [[ユリ・ゲラー]] - 超能力者 * [[DaiGo]] - メンタリズムで人気のマジシャン * [[セロ (マジシャン)|セロ]] - アメリカ人のマジシャン * [[マジシャンの一覧]] * [[形状記憶合金]] - ある温度以上に加熱すると、元の形状に回復する性質を持った合金 == 注釈 == <references/> == 外部リンク == *[http://www.maric.jp/ Mr.マリック公式サイト] *[http://www.maric.co.jp/ ㈱マリックプロモーション(所属事務所)] *[http://n-academy.jp/maric/ Mr.マリック校長 マジシャン養成スクール(eラーニングスクール)] *[http://maricjcs.com/ Mr.マリック主宰 ジャパンカーディシャンズスクール] * [http://gree.jp/mr_maric/ Mr.マリック 公式ブログ] {{DEFAULTSORT:みすたまりつく}} [[Category:日本の奇術師]] [[Category:1949年生]] [[Category:存命人物]] [[Category:岐阜県出身の人物]]
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