コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
KBSワールドラジオのソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
KBSワールドラジオ
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
{{基礎情報 放送局 | 放送局名 =KBSワールドラジオ | 画像 = | 画像説明 = | 運営 =[[韓国放送公社]](KBS) | 設立 = [[1953年]][[8月15日]] | 解散 =存続中 | 在籍国 ={{KOR}} | 所在地 ={{KOR}} [[ソウル特別市]][[永登浦区]][[汝矣島]]洞18番地 | 演奏所 ={{KOR}} | 外部リンク =http://world.kbs.co.kr/japanese/index.htm | 外部リンク名 =KBS WORLD Radio | チャンネル名1 = | 放送媒体1 = | 呼出符号1 = | 呼出名称1 = | 放送チャンネル番号1 = | 番号1 =1 | 周波数1 = | 音声周波数1 = | 映像周波数1 = | 音声出力1 = | 映像出力1 = | 開局1 = | 放送対象国1 = | 放送対象地域1 = | 外部リンク1 = | 外部リンク名1 = | チャンネル名2 = | 放送媒体2 = | 呼出符号2 = | 呼出名称2 = | 放送チャンネル番号2 = | 番号2 =2 | 周波数2 = | 音声周波数2 = | 映像周波数2 = | 音声出力2 = | 映像出力2 = | 開局2 = | 放送対象国2 = | 放送対象地域2 = | 外部リンク2 = | 外部リンク名2 = | チャンネル名3 = | 放送媒体3 = | 呼出符号3 = | 呼出名称3 = | 放送チャンネル番号3 = | 番号3 = | 周波数3 = | 音声周波数3 = | 映像周波数3 = | 音声出力3 = | 映像出力3 = | 開局3 = | 放送対象国3 = | 放送対象地域3 = | 外部リンク3 = | 外部リンク名3 = | 特記事項 = }} {{韓国の事物| title=KBSワールドラジオ| hangeul=KBS월드라디오| hanja=-| katakana=ケイビーエスウォルドラディオ| alphabet-type=[[英語]]表記| alphabet=KBS WORLD Radio| }} '''KBSワールドラジオ'''(ケイビーエスワールドラジオ、[[英語]]:KBS WORLD Radio)(旧称:ラジオ韓国)とは、[[大韓民国]](韓国)の[[韓国放送公社]](KBS)が行っている海外向け[[放送]]([[国際放送]])である。 == 概要 == 開局は'''「自由大韓の声」'''(Voice of Free Korea)として[[1953年]]に在韓[[アメリカ軍|米軍]]向け英語放送で開始。当初は15分間の放送であった。その後1955年から[[在日韓国・朝鮮人|在日同胞]]及び[[李承晩ライン]]の制定により韓国側に[[拿捕]]された[[日本人]]船員の安否情報放送のため[[日本語放送]]が開始された。このような内容の放送は[[朴正煕]]政権下で[[日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約|日韓基本条約]]が締結される頃まで続いた。[[1974年]][[3月3日]]に「'''ラジオ韓国'''」(Radio Korea) に改称された。1994年8月からは英語の正式名を「Radio Korea International」 (RKI) に改称、2005年3月3日、「'''KBS WORLD Radio'''」に変更し、現在に至る。 現在は[[朝鮮語]]、[[英語]]、[[日本語]]、[[中国語]]、[[アラビア語]]、[[インドネシア語]]、[[フランス語]]、[[ロシア語]]、[[ドイツ語]]、[[スペイン語]]、[[ベトナム語]]の11ヶ国語を使って[[ラジオ]]([[短波]]、[[中波]])と[[インターネット]]で全世界に向けて放送されている。 なお朝鮮語放送は'''{{lang|ko|우리말}}'''(ウリマル、「私たちの言葉」という意味)放送の名称で案内されている。[[朝鮮語の呼称問題]]の項目を参照。 短波は全部で23波、中波は1波 (1170[[キロヘルツ|kHz]]、[[KBS韓民族放送]]第2放送の空き時間を国際放送に使用) で、午後8時からの日本語放送は、短波ラジオを持っていなくても、中波(市販されているラジオ)で聴くことが可能である。KBS国際放送の全放送時間は、11ヶ国語、全周波数で、一日に約93時間(2006年6月現在)。なお、過去に[[KBS釜山放送総局]]の第1ラジオを使って24時から1時の1時間([[1987年]]と[[1988年]]の[[サマータイム]]実施時は日本時間は23時から24時)放送したことがあったが、現在は廃止されている。 また、近年のいわゆる「[[韓流ブーム]]」の影響で、かつての[[BCL]]ブーム時代からの[[リスナー]]に加えて、若年層のリスナーも増えており、番組内容はかなり大衆的なものに変わってきている。隣国のため、日本向けには短波以外に中波でも放送が行われており、短波ラジオがなくても、AMラジオで受信が可能である。 所謂「BCLブーム」の最盛期には一回2時間半の放送を一日6回行っていた。 === 送信所 === 韓国国内の[[送信所]]は、全てKBSの自社所有である。 * [[全羅北道]][[金堤市|金堤]]送信所 * [[京畿道]][[華城市|華城]]送信所(2007年廃止するも、2010年再開) * [[イギリス]]・スケルトン送信所([[英国放送協会|英国放送協会(BBC)]] 所有) * [[カナダ]]・サックヴィル送信所([[カナダ放送協会]]所有) == 年表 == === 1950年代 === * [[1953年]]8月15日 - '''Voice of Free Korea'''(自由大韓の声)の名称で在韓米軍向けの英語放送(中波)開始 * [[1955年]]12月1日 - [[貞洞]]からの15分間の'''日本語放送(中波、初の海外向け放送)開始''' * [[1956年]]6月30日 - [[水原市|水原]]送信所に短波送信機設置([[空中線電力|出力]]100[[ワット|kW]]) * [[1957年]]6月1日 - 日本語放送30分×3回(21:30-22:00)に拡大 * 同9月2日 - 朝鮮語放送開始 * [[1958年]]4月10日 - フランス語放送開始 === 1960年代 === * [[1960年]]3月1日 - 英語放送とフランス語放送を[[ヨーロッパ]]へ送信開始 * 同年10月15日 - 短波放送開始(9640kHz,50kW) * 同年5月1日 - 日本語放送を45分に拡大 * [[1961年]]2月13日 - '''ロシア語放送開始''' * 同年7月1日 - 名称を "Voice of Free Korea(自由大韓の声)" から、 '''Seoul International Broadcasting'''(ソウル国際放送局)へ改称、日本語放送を1時間に拡大 * [[1961年]]8月10日 - '''中国語放送開始''' * [[1962年]]1月27日 - 社屋を[[南山]](オフィスは2階、スタジオは1階)に移転 * 同年3月1日 - 日本語放送、[[KBS釜山放送総局|釜山]]と[[江陵市|江陵]]からの中波での日本語放送開始 * 同年4月 - 日本向け放送時間を6時間30分に拡大 * 同年8月19日 - '''スペイン語放送開始''' * [[1965年]]9月2日 - 日本語放送「[[玄海灘に立つ虹]]」放送開始 * 同年12月31日 - 日本語放送の年末恒例番組であった「アナウンサーオンパレード」放送開始 * [[1968年]]7月25日 - ソウル国際放送局・ソウル中央放送局・ソウルテレビジョン放送局が統合して国営中央放送局開局(現:KBS)開局 === 1970年代 === * [[1970年]]9月9日 - '''ベトナム語放送開始'''(のちに廃止) * [[1971年]] - 中波放送を500kWに増力 * [[1973年]]3月3日 - 中央放送局が[[国営放送]]から[[公共放送]](KBS)に移行 * 同年4月1日 - 名称を "Seoul International Broadcasting" から '''Radio Korea'''(ラジオ韓国)に改称 * 同年5月 - 本格[[ベリカード]]発行開始 * 同年9月 - モニター委嘱制度開始 * [[1975年]]6月2日 - '''インドネシア語放送開始''' * 同年9月10日 - '''アラビア語放送開始'''、日本語放送を2系統に変更、[[金堤市|金堤]]送信所完成 * [[1976年]]11月1日 - 社屋を[[汝矣島]](国際放送は5階)に移転 * [[1979年]]7月16日 - 日本語放送時間を2時間30分に、再放送含め1日11時間に拡大 === 1980年代 === * [[1980年]]10月26日~11月11日 - 日本語放送開始25周年記念企画「日本縦断プロジェクト」(アナウンサーが日本の6都市を2週間で訪問するもの)実施 * 同年11月30日 - KBS別館(旧[[東洋放送]]社屋、国際放送は7階、スタジオは5階)に移転 * [[1981年]]5月1日 - '''ドイツ語放送開始''' * 同年12月1日 - 日本語放送の恒例番組「韓国歌謡コンクール」放送開始 * [[1982年]]6月1日~[[1986年]]11月 - 在日コリアン2・3世向け日本語放送(30分間)開始 * [[1983年]]6月1日 - '''[[ポルトガル語]]放送開始'''(~1994年10月31日) * [[1985年]]6月1日 - '''[[イタリア語]]放送開始'''(~1994年10月31日) * 同年10月 - 日本人校閲員制度開始 * 同年12月1日 - 日本語放送開始30周年記念ツアー[[リスナー]]訪問団が日本語放送を訪問 * [[1986年]]12月1日 - 日本語放送時間2時間に短縮 *[[1988年]]9月17日~10月2日 - [[ソウルオリンピック]]の放送 === 1990年代 === * [[1990年]]4月2日 - [[ラジオ・カナダ・インターナショナル]](RCI)との交換送出協定締結 * [[1991年]]12月1日 - 再び本館に移転 * [[1993年]]05月 - [[英国放送協会]](BBC)との交換送出協定締結 * [[1994年]]8月15日 - 名称を "Radio Korea" から'''Radio Korea International''' (RKI) に改称 * [[1995年]]4月3日 - KBS釜山放送総局からの中波中継廃止 * 同年7月31日 - 日本語放送の[[ニュース]]を[[生放送]]で送出(~[[1996年]]3月31日) * [[1997年]]11月3日 - ニュースの[[インターネットラジオ|インターネット放送]]開始 * [[1999年]] - 人気短波放送局ランキング1位(~2004年、[[日本短波クラブ]]調べ) === 2000年代 === * [[2000年]]3月3日 - 「玄海灘に立つ虹」放送1万回達成、[[NHKラジオ第1放送]]と同時放送 * 同年7月 - 10か国語のホームページ開設 * [[2001年]]11月22日 - [[2002 FIFAワールドカップ]]1年前番組を[[TBSテレビ|TBS]]と共同制作 * 同年12月1日 - [[磁気テープ]]を廃止し、デジタル編集送出システムの運用を開始 * [[2002年]]5月3日 - NHKラジオ第1放送との同時生放送。 * 同年6月 - [[2002 FIFAワールドカップ]]の放送 * [[2003年]]8月15日 - '''開局50周年''' World Radio Networkを通じて衛星ラジオ放送開始 * [[2004年]]1月14日 - 「玄海灘に立つ虹」放送1万1千回達成 * 同年9月3日 - [[デジタル・ラジオ・モンディエール|DRM]]放送開始(欧米向けのみ) * 同年9月11日 - [[エフエム・ノースウェーブ|FM NORTHWAVE]]との共同企画コンサートLIVE KJ CONNECTION実施 * [[2005年]]3月3日 - 名称を "Radio Korea International (RKI)" から'''KBS WORLD Radio'''に改称。'''ベトナム語放送開始(再開)'''。 * 同年[[11月3日]] - NHKラジオ第1放送との同時生放送実施。'''途中で回線が切れる[[放送事故]]'''。放送終了時間まで復旧せず。 * 同年12月1日 - '''日本語放送50周年''' 記念番組の放送、記念誌『KBS日本語放送 半世紀の物語』やベリカードが制作された。 * [[2006年]]11月1日 - 日本語放送の[[音楽番組]][[SUNDAY MUSIC POWER]]を、[http://www.interest.tv interest.TV]を通して[[NTTドコモ|DoCoMo]]、[[au (携帯電話)|au]]向けの[[携帯電話|携帯]]配信開始。短波に替わる新たな伝送路の開発を急いでいる。 * [[2006年]] - 長年使用されてきた華城送信所 (5975KHz、6135KHz) が、送信機の老朽化や放送の合理化・経費削減のために使用中止された。当初は11月下旬に終了される予定だったが、2007年1月に正式に廃止された。 * [[2010年]]1月 - KBS韓民族放送({{lang|ko|한민족 방송}}):旧称:社会教育放送、[[識別信号|コールサイン]]:HLCA)を 6015kHzで送信するため2007年1月に廃止した水原の華城送信所(100kW)の短波送信施設復活。 == 日本語放送 == 日本語放送は上記の通り1955年12月1日に開始された、韓国初の海外向け放送である(朝鮮語放送よりも早かった)。現在、日本語放送は17:00開始の分を初回放送として、19:00、20:00、21:00、翌日10:00、11:00(2007年1月5日より)から各1時間ずつの割り当てで[[再放送]]されている。基本的に[[録音]]で同一の内容が放送されるが、緊急ニュースがあった場合には冒頭のニュースは差し替えられる。また年末の特別番組についても、元日10時には放送されず(年が明けてから年末の番組を流すのはおかしいため)、その日の番組の初回放送(17:00以降が再放送)となる。 * [[2014年]]3月30日 現在 {|class="wikitable" || '''放送時間([[日本標準時|JST]])''' || '''[[周波数]]''' |- ||17:00-18:00 ||6155,7275 |- ||18:00-19:00 ||9805 |- ||19:00-20:00 ||9805 |- ||20:00-21:00 ||1170 |- ||21:00-22:00(再) ||1170 |- ||10:00-11:00(再) ||9580 |- ||11:00-12:00(再) ||11810 |} * (再)は[[再放送]] * 送信アンテナは、{{ウィキ座標度分秒|35|50|00|N|126|50|00|E|}}付近にある * JST=[[UTC+9]] * 周波数の単位は、[[キロヘルツ|kHz]] 日本語放送はかつての名称「ラジオ韓国」の略称、「ラジ韓」(らじかん)の名で呼ばれ、親しまれているが、[[1980年代]]前半頃までは、軍事政権で[[言論の自由]]が規制されていたため、現在とは全く異なり堅苦しく暗い雰囲気の放送であった。[[1987年]]の[[民主化宣言]]以降、現在のような娯楽色強い雰囲気の放送になった。[[1994年]]-[[2005年]]の間、海外放送の呼称が「RKI」だった時も2005年3月の「KBS WORLD Radio」に改称されるまで日本語と朝鮮語の放送では「ラジオ韓国インターナショナル」、ないしは「韓国国際放送」とはしないで、従前からの「ラジオ韓国」で通していた。1965年9月から始まったリスナーとの交流番組『[[玄海灘に立つ虹]]』は人気長寿番組として有名。 === 主な番組 === * 月曜日~金曜日:[[玄海灘に立つ虹]] * 月曜日~木曜日:ピンとくるドラマ韓国語(2007年5月~) * 月曜日:週間経済フォーカス(2006年4月~) * 火曜日:オソオセヨ!韓国の旅(2009年4月~) * 水曜日:マシッソヨ!韓国 (2010年4月~) * 木曜日:[[ソウル特別市|ソウル]]発、[[平壌]]は今 * 金曜日:金曜座談会(2003年1月~) * 土曜日:おしゃべりラジオ(2008年9月~) * 日曜日:[[SUNDAY MUSIC POWER]] === インターネット放送 === * KBS WORLD 日本語放送のホームページの左上の「きょうの放送 24hr」より聴取できる。 === 過去に放送されていた主な番組 === * K-POPフリーク(2009年5月~2010年4月。毎月最終日曜日に放送) * 新発見!韓国人物語 * [[たとえば…こんなラジオ]] * アンニョンハシムニカ ソウルです(注:フランス語、英語、インドネシア語、ドイツ語、アラビア語、中国語、ロシア語放送では現在も放送中) * チェミイッヌン韓国語会話 * [[朝鮮民主主義人民共和国|北韓]]の実情 * [[ラッコのいきいき週末]] * [[ソウルリポート]](2004年1月~2008年4月) * 韓国こころの旅(2004年1月~2006年4月) * KBSマガジン * ヨボセヨコーナー * クリック韓国の歴史(2004年11月~2007年5月) * ワンダフルコリア * ゴールデンリクエスト * 文化サロン(~2010年4月) == 現在の日本語放送出演者 == 日本語班ではほとんどの出演者に[[ニックネーム]]を付けている。また、KBSもしくは国際放送チームに正式に所属していない出演者(フリーアナウンサー、作家等)もいる。また、子供の頃に日本に住んでいたスタッフもいる。 読み、ニックネーム、出演開始年月の順で列挙する。 * [[史裕珍]](サ・ユジン、'''ひまわり'''、1996年1月~2010年9月、2011年7月~)現日本語班チーフ。「SUNDAY MUSIC POWER」「玄海灘に立つ虹」(水)、ニュース担当。産休により一時降板し2011年7月現場復帰。 * [[金明順]](キム・ミョンスン、'''マルコメのお母さん'''、1989年~)作家。「玄海灘に立つ虹」(月、火)担当。 * [[劉昌模]](ユ・チャンモ、'''すきま'''、1992年4月~)KBS日本語班アナウンサー。「玄海灘に立つ虹」(火)、ニュース担当。 * [[金我宣]](キム・アソン、'''ソウルのアリス'''、2000年11月~)翻訳家、[[TBSラジオ&コミュニケーションズ|TBSラジオ]]の「[[荒川強啓 デイ・キャッチ!]]」内の「噂の調査隊」や同局の番組「[[ニュース探究ラジオ Dig]]」など、韓国の話題が取り上げられる時に不定期で出演することがある。「玄海灘に立つ虹」(月)担当。釜山出身。 * [[兪信汀]](ユ・シンジョン、'''イルカ'''、2003年10月~)「新発見!韓国人物語」(終了)、「オソオセヨ!韓国の旅」、「玄海灘に立つ虹」(木)担当。 * [[金志景]](キム・ジギョン、'''ギョンさん'''、2009年5月~)[[釜山広域市|釜山]]出身。「玄界灘に立つ虹」(金)担当。 * [[高碩晙]](コ・ソクシュン、2010年9月~)「ピンとくるドラマ韓国語」担当。本業はコメディアン。 * [[李姃善]](イ・ジョンソン、2006年8月~) * [[申周和]](シン・ジュファ、2009年9月~)ニュース(水)担当。 * [[李地平]](イ・ジピョン、2006年10月~)LG経済研究所所員。 * [[中枝紫織]](なかえだしおり、2007年5月~)[[鳥取県]]出身。[[毎日放送]]、[[毎日新聞]]を経て韓国に。「ピンとくるドラマ韓国語」、「玄界灘に立つ虹」(水)担当。2010年9月から「SUNDAY MUSIC POWER」担当を兼務。 * [[権真実]](クォン・ジンシル、2008年1月~)番組出演以前より「お便り係」として日本語班に在籍。「お誕生日コーナー」担当。 * [[山之内扶]](やまのうちたすく、'''ずっこけ吉田君'''、2007年5月~2008年12月、2010年9月~)[[茨城県]][[水戸市]]出身。「玄海灘にたつ虹」(水)担当の史裕珍が産休により一時降板したため再度担当。以前は「玄界灘に立つ虹」(水)のほか、「ソウルの箱庭」を担当していた。「吉田君」とは、2003年度NHKテレビハングル講座のスキットでの役名。 * [[林美晶]](イム・ミジョン、2007年12月~)「ソウル発、平壌は今」担当。 * [[任栄信]](イム・ヨンシン、2009年9月~)「週間経済フォーカス」担当。 * [[鄭求宗]](チョン・クジョン、2000年10月~)韓日未来フォーラム代表。東亜ドットコム社長。金曜座談会司会進行担当。 * [[趙容来]](チョ・ヨンレ、2003年10月~)[[国民日報]]論説委員。「金曜座談会」に出演。 * [[巡田忠彦]](じゅんたただひこ、2006年9月~)[[TBSテレビ|TBS]]ソウル支局長。「金曜座談会」に出演。 * [[伊藤良司]](いとうりょうじ、2009年2月~)[[日本放送協会|NHK]]ソウル支局長。[[金曜座談会]]に出演。 * [[井田哲一]](いだてついち、2008年4月~)[[北海道新聞]]ソウル支局長。「金曜座談会」に出演。 * [[梁起豪]](ヤン・キホ、2006年5月~)[[聖公会大学]]教授。「金曜座談会」出演。 * [[黒田勝弘]](くろだかつひろ、2008年4月~)[[産経新聞]]ソウル支局長。在韓歴約30年。金曜座談会に出演。韓国人によく知られる日本人の一人でもある。 * [[箱田哲也]](はこだてつや、2009年4月~)[[朝日新聞]]ソウル支局長。金曜座談会に出演。 * [[林炳杰]](イム・ビョンゴル)KBS報道本部記者。金曜座談会に出演。 * [[張済国]](チャン・ジェ・クック)[[東西大学]]国際学部教授。金曜座談会に出演。 * [[鄭定林]](チョン・ジョンリム、2008年9月~)日本語班のオーディションに合格して新メンバーに。 * [[長谷川陽平]](はせがわようへい、2010年9月~)「キム・チャンワンバンド」のギタリスト。「SUNDAY MUSIC POWER」内で韓国のインディーズを紹介。俳優、[[竜雷太]]の息子。 * [[金恵英]](キム・ヘヨン、'''コアラ'''、1985年4月~2009年1月、2010年8月~)前の日本語班チーフ(2002年10月~2008年12月、10代目。2009年1月から国際放送チームエグゼクティブプロデューサー)。その昔、占い師に「放送関係の仕事をしなければ病気になる」と言われたというエピソードあり。すぐに人に抱きつく癖があるところからコアラのニックネームが付けられた。[[倉本裕基]]の大ファン。現在はニュースのみの出演 * [[申龍]](シン・ヨン、'''ドクターシン'''、1997年11月~2008年5月、2011年7月~)韓国音楽評論家、日本マニア、昆虫・爬虫類研究家、音楽プロデューサー。「たとえば…こんなラジオ」、「玄界灘に立つ虹」、「K音楽研究所」担当。2011年夏からは「サンデーミュージックパワー」最終週にレギュラー出演。 *[[羽太宣博]](はぶとのぶひろ、'''パッションはぶ様'''、2012年9月~)現校閲委員。埼玉県出身。元NHK記者。NHK時代はシドニー特派員も務めた。ニュース、「玄界灘に立つ虹」担当。 == 過去の日本語放送出演者 == * [[金孝宣]](キム・ヒョソン、'''ラッコ'''、1993年1月~2012年10月)元日本語班チーフ(2009年1月~2012年10月、11代目)。「玄海灘に立つ虹」統括PD。日本語班スタッフ一の「下戸」である。ニュース担当。現在は国際放送報道チームに在籍。 * [[笹部佳子]](ささべよしこ、'''ささ姫'''、2004年4月~2012年12月)[[福岡県]][[北九州市]]出身。[[神戸学院大学]]法学部法律学科卒業。元NHKアナウンサー。現在は韓国を拠点に活躍中。「玄界灘に立つ虹」(金)担当。 * [[金鉉起]](キム・ヒョンギ、'''ヒョン様'''、2003年11月~2009年4月)韓国で活躍しているコメディアン。2008年度の、[[NHK教育テレビジョン|NHK教育テレビ]]「[[テレビでハングル講座]]」にレギュラー出演。現在は東京[[世田谷区|世田谷]]に居を移し日本を中心に活躍中。 * [[一色まゆみ]](いっしきまゆみ、'''ノンノン'''、2001年10月~2011年11月)[[宮崎県]]出身。おしゃべりラジオ担当。病気療養で一時帰国中に韓国人男性と結婚。 * [[稲川英雄]](いながわひでお、1985年10月~1986年10月)日本語放送初代校閲委員。[[TBSテレビ|TBS]]第1期アナウンサー。[[台湾国際放送|自由中国の声]](現:台湾国際放送)の日本語アナウンサーとしても活躍していた。2004年3月5日、東京で死去。79歳。 * [[本田雅嗣]](ほんだまさつぐ、1986年10月~1994年10月)第二代校閲委員。元[[ラジオ大阪]]アナウンサー。引退後は大阪で韓国に関する講演を行っていた。元[[甲南大学]]講師。大阪ソウル会事務局長。2011年1月24日、大阪で死去。79歳。 * [[二日市壮]](ふつかいちそう、'''ワニ'''、1994年10月~2000年1月、2003年1月~2006年8月)[[兵庫県]][[西宮市]]出身。元[[日本放送協会|NHK]]記者。校閲委員として2期在籍。[[仁川大学校|仁川大学]]日語日文科客員教授を歴任。現在は[[北海道]][[弟子屈町]]在住。 * [[榊原陽一郎]](さかきばらよういちろう、2000年1月~2001年1月)元校閲委員。元[[山陽放送]]アナウンサー。調理師の資格もあり現在は料理研究家としても活躍。 * [[細川忠増]](ほそかわただます、'''サザエのお父さん'''、2001年1月~2003年1月)元校閲委員。NHKを定年退職した翌日にKBSに赴任。元[[日本放送協会|NHK]]記者。現在、[[広島県]][[廿日市市]]の[[さくらぴあ]]館長。 * [[矢野敏行]](やのとしゆき、'''ムーミンパパ'''、2006年9月~2009年9月)[[福岡県]][[北九州市]]出身。前校閲委員、元[[NHK北九州放送局]]長。NHK時代は記者をしていた。 * [[幸田儔朗]](こうだともお、'''シャチ'''、2009年9月~2012年9月)元校閲委員。「玄界灘に立つ虹」(木)、「解説」を担当。元(財)[[日本放送協会|NHK]]放送研修センター日本語センター部長・エグゼクティブアナウンサー。 * [[李海玉]](イ・ヘオク、'''アラレ'''、1980年1月~2002年)元日本語班チーフ。現在は海外向け朝鮮語放送({{lang|ko|우리말}}:ウリマル)チーフ。 * [[金成秀]](キム・ソムス、'''鬼のチーフ''')元日本語班チーフ。BCLブーム最盛期の頃のチーフ。「鬼のチーフ」としてリスナーにも知られていた。現在はKBSを退社。 * [[朴秀香]](パク・スーヒャン、'''バンビ''')BCLブームの頃、彼女の写真がベリカードとして発行されていた時期があった。現在はロサンゼルス在住。 * [[金聖範]](キム・ソンボン、'''親だぬき'''、'''パパ狸'''、1968年3月~1983年12月)元日本語班チーフ。日本語班でニックネームがつけられるようになった最初の出演者。BCLブーム最盛期の頃のチーフ。現在は日本語学校の講師として活躍。2011年9月「玄海灘に立つ虹」に[[朴錦穂]](子だぬき)と共にゲスト出演した。 * [[朴容順]](パク・ギョンスン)元日本語班チーフ。BCLブーム最盛期の頃のチーフ。かつては日本語放送の看板女性アナだった。 * [[朴錦穂]](パク・クムス、'''子だぬき''')金聖範アナと「玄界灘に立つ虹」で共演していたことから「子だぬき」と呼ばれるようになった。現在は[[福岡県]][[北九州市]]在住。2011年9月「玄海灘に立つ虹」に[[金聖範]](親だぬき)と共にゲスト出演した。 * [[鄭英子]](チョン・ヨンジャ、'''郵便屋さん''')元日本語班アナウンサー。「KBSマガジン」担当。1995年春に死去。亡くなる直前まで出演していた。 * [[朴龍太]](パク・ヨンテ、'''弁慶''')元日本語班アナウンサー。現在はKBS国内放送PD。弁慶というニックネームは山田耕嗣氏が名付け親。 * [[盧順子]](ノ・スンジャ)元日本語班アナウンサー。「アンニョンハシムニカ ソウルです」担当。 * [[尹錫姸]](ユン・セジョン)元日本語班アナウンサー。 * [[田村倭子]](たむらしずこ)日本語放送初の日本人DJ。当初は日本国内のリスナーだったが韓国人男性と結婚しソウルへ。「倭子と共に」という番組を担当していたが、不慮の事故により死去。 * [[乾浩]](いぬいひろし、2003年6月~2007年5月)元[[NHKワールド・ラジオ日本]]朝鮮語班AD。韓国在住。現在、[[嶺南大学校]]日本語日本文学科副教授。お笑い芸人の[[高橋茂雄|犬井ヒロシ]]とは別人。 * [[徐柔美]](ソ・ユミ、2005年8月~)元お便り係。 * [[金珠英]](キム・ジュヨン、'''プリンちゃん'''、2005年1月~2006年10月)日本語班初の一般公募での採用スタッフ。ソウルリポート担当。 * [[菅野朋子]](かんのともこ、2006年4月~10月)[[宮城県]]出身。[[中央大学]]文学部卒業後、出版社勤務。その後、カナダ・[[カールトン大学]]で朝鮮語を修得。韓国[[延世大学校|延世大学]]付属語学堂に留学。日本で週刊誌記者を経てフリーのノンフィクションライターに。韓国在住。ソウルリポート担当。 * [[深野正一]](ふかのしょういち、'''ニコニコマン'''、2004年3月~2005年6月[玄海灘に立つ虹]、1997年8月~1998年2月[RKI REPORT留学生コーナー])日本のサラリーマン(ソニー)から転身し[[延世大学校|延世大学]]語学堂、ソウル大国際大学院韓国学専攻修了、在韓日本大使館公報文化院専門調査員、文部科学省ソウル日本人学校国際交流ディレクターを経て、現在ソウル在住。95年上半期RKI模範リスナー(日仏独インドネシア語放送から選出)。 * [[芳賀恵]](はがめぐみ、2006年4月~2007年4月)元[[北海道放送]]報道部記者。「週間経済フォーカス」担当。現在は、地元北海道を拠点とし、映画ドラマの字幕、韓国関連の翻訳を手がけ、日韓をまたにかけて活躍中。 * [[金哲秀]](キム・チョルス、'''オニギリ''')[[梨花女子大学校|梨花女子大学]]教授。 * [[戸田郁子]](とだいくこ、2006年11月~)韓国に15年滞在。その後、家族で[[中華人民共和国|中国]][[吉林省]][[延吉市]]、[[南京市|南京]]に移住した後、再びソウルに戻り在住。 * [[玉川亜紀]](たまがわあき、2005年11月~2007年1月)[[和歌山県]]出身。ソウル在住の料理研究家。 * [[山田耕嗣]](やまだこうじ、'''猫屋敷'''、2004年4月~2007年1月)放送評論家。[[ラッコのいきいき週末|出演番組]]でBCL情報を提供していた。2008年8月19日死去。日本語放送を開始当初から聞いており、日本語放送の優秀リスナー第一号でもあった。 * [[金貴愛]](キム・キエ)日本語放送初代アナウンサー。 * [[鄭玉基]] * [[李愚佰]](イ・ウベク、1958年2月~1969年6月)日本語放送初代アナウンサー。日本語放送アナウンサー募集で百数十人の応募の中から唯一人選ばれた。 * [[坂野慎治]](ばんのしんじ、'''ばんちゃん''')[[愛知県]][[東海市]]出身。梨花女子大学通訳翻訳大学院講師。 * [[金恵媛]](キム・ヘウォン、'''みかん'''、2003年10月~2004年3月)「玄界灘に立つ虹」で、二日市氏とコンビで出演していた。[[ムグンファ号]]の車内で流れる日本語アナウンスは彼女によるものである。 * [[嶋田浩二]](しまだこうじ、'''シマウマ''') * [[張智彦]](ちゃんともひこ、2007年4月~2008年3月)元毎日新聞記者。週間経済フォーカス担当。 * [[出石直]](いでいしただし、2007年8月~2009年2月)NHKソウル支局長(出演当時)。「金曜座談会」出演。 * [[堀山明子]](ほりやまあきこ、2006年5月~2009年3月)[[東京都]]出身。毎日新聞ソウル特派員(出演当時)。「金曜座談会」コメンテーター。毎日新聞で、コラム「韓流ざんまい」を執筆。 * [[東 隆志]](あずまたかし、2008年4月~2009年8月)「週間経済フォーカス」担当。[[北海道]]出身。[[北海道大学]]大学院法学研究科国際関係IIコース修了後、東京へ上京、[[韓国産業銀行]]東京支店で2年間勤務。2003年より韓国に渡り、ソウル外国語高校で日本語講師として1年間働く。 * [[山田多香子]](やまだたかこ、'''タンポポ'''、2008年9月~2010年1月)韓国滞在は10年以上。「おしゃべりラジオ」担当。日本語放送のオーディションで採用。 * [[ユンナ]](高潤荷、コ・ユナ、2009年5月~2010年4月)韓国と日本で活躍しているアーティスト。毎月最終日曜日の「K-POPフリーク」担当。 * [[文壇悦]](ムン・ダンヨル、'''ダニエル'''、2005年7月~2010年8月)「ピンとくるドラマ韓国語」担当。英語も堪能で[[韓国教育放送公社|韓国EBS]]にも出演。 * [[古家正亨]](ふるやまさゆき、'''あさがお'''、2002年10月~2010年9月)[[北海道]]出身。[[エフエム・ノースウェーブ|FM NORTH WAVE]]DJ。「SUNDAY MUSIC POWER」内の「KJ CONNECTION」担当。収録のため月に一度札幌からKBSのスタジオに通っていた。 * [[金志硏]](キム・チヨン、'''すみれ'''、2008年9月~2010年12月)「おしゃべりラジオ」担当。日本語班のオーディションで採用。以前にNHKソウル支局でインターンの経験有り。通訳士としても活躍中。2009年7月の放送で産休が発表され、既婚者だったことが明らかに。 * [[車暎雅]](チャ・ヨンア、'''カンナ'''、2008年9月~2010年12月)12歳まで日本で過ごす。「おしゃべりラジオ」担当。日本語班のオーディションで採用。2007年まで高校で英語の教師をしていた。 * [[田中則広]](たなかのりひろ、'''コボちゃん'''、1987年4月~1988年3月)延世大学朝鮮語学堂で研修中に日本語放送のオーディションで採用。「玄界灘に立つ虹」の「ソウル便り」を担当。その後、1991年4月にNHKにPDとして入局。現在研究職。 == 備考 == * 日本語放送の女性アナウンサーを募集したのは放送開始の僅か2週間ほど前で、貞洞の局舎(当時)には200人を超える応募者達が殺到したという。その中から選ばれたのは鄭玉基と金貴愛の二人だった。また、男性アナも150人を超える応募があったが、唯一採用されたのは李愚佰だった。 * 日本語放送開始当初は「[[アリラン]]」を開始音楽に使用していた。 * 各言語の放送開始時に流れる音楽は『黎明』というオリジナル曲で、KBS交響楽団の演奏によるもの。現在は新たにリメイクしたものが使われている。 * ニュースのBGMは日本語放送のみ別の曲が使われており、他の[[言語]]では共通である(日本語放送でも2006年3月まで使われていた)。 * 6155kHzの使用を提案したのは山田耕詞氏である。 * '''00531-22-0182'''にFAXすると[[無料]]でお便りや[[受信報告書]]が送れる。 * [[ベリカード]]は3ヶ月ごとに図柄が替わる。 == 参考文献 == * KBS日本語放送半世紀の物語(日本語放送50周年記念誌) == 外部リンク == * [http://world.kbs.co.kr/japanese/index.htm KBS WORLD Radio] {{broadcast-stub}} {{デフォルトソート:けいひいえすわあるとらしお}} [[Category:韓国のラジオ局]] [[Category:日本語放送]] [[Category:国際放送]] [[Category:韓国放送公社|*]]
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:Asbox
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Broadcast-stub
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Lang
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:ウィキ座標度分秒
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:基礎情報 放送局
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:韓国の事物
(
ソースを閲覧
)
KBSワールドラジオ
に戻る。
検索
検索
KBSワールドラジオのソースを表示
話題を追加