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{{ Infobox 航空機 | 名称=KAT-1 | 画像= | キャプション= | 用途=[[練習機]](試作) | 分類= | 設計者= | 製造者=[[川崎重工業|川崎航空機]] | 運用者 more=[[運輸省]][[航空大学校]] | 初飛行年月日=[[1954年]][[2月11日]] | 生産数=2機 | 生産開始年月日= | 運用開始年月日= | 退役年月日= | 運用状況=退役 | ユニットコスト= }} '''KAT-1'''は[[日本]]の航空機メーカー、川崎航空機(現在の[[川崎重工業]])が試作した[[レシプロエンジン]]の[[練習機]]。K・Aは川崎航空機、Tは練習機の略。 == 概要 == [[保安庁]](後に[[防衛庁]]、現在の[[防衛省]])の航空隊発足に際して、国産の練習機を採用することとなったため、航空各社に対して募集をかけることとなった。[[富士重工業]]や[[立川飛行機|新立川飛行機]]、[[東洋航空工業]]とともに、川崎航空機も応募することにし、2機の試作練習機「KAT-1」を製作した。 しかし、川崎の製作中に、保安庁は[[富士重工業]]が[[ライセンス生産]]することを決定した[[T-34 (航空機)|T-34 メンター]]を、運動能力の高さなどを理由に採用した。それでも、川崎はKAT-1を完成させ、何とか販売網に乗せようと売り込みを図ったが、まだ戦後間もなく、経営基盤が危うい状態での売り込みは企業生命にかかわると感じた[[通商産業省]](当時)によって作業停止を命じられた。結局KAT-1は2機の製作にとどまった。 試作した2つの機体は[[運輸省]](当時)[[航空大学校]]の練習機として採用された。用途廃止後は1号機(JA3084)が[[北海道]][[滝川市]]こども科学館へ、2号機(JA3100)は東京都立科学技術大学へ引き取られて展示された。[[1993年]]([[平成]]5)に2号機が博物館を計画していた[[岐阜県]][[各務原市]]に引き取られたが、状態が悪いために倉庫に保管された。1号機も[[2002年]](平成14)10月に[[かかみがはら航空宇宙科学博物館]]へ移され、[[2003年]](平成15)4月から屋内で展示されている。 == 機体 == 同社の試作連絡機[[KAL-1]]から大幅に変更を加えられた。キャビンをタンデム複座に変更、尾輪式から近代的な首輪式へ変更、エンジンの転換のほか、KAL-1で問題となった翼端失速の解決の為、主翼を[[三式戦闘機]]「飛燕」と同じものに形状変更することによって運動能力を大幅に向上させた。初号機の初飛行は[[1954年]]([[昭和]]29)[[2月11日]]。 == スペック == * 乗員 - 2名 * 全長 - 8.5m * 全幅 - 11.5m * 全高 - 2.8m * 全備重量 - 1,385kg * エンジン - ライカミング GO-435-C2B * 出力 - 260hp * 最大速度 - 298km/h * 航続距離 - 1,140km * 実用上昇限度 - 6,000m == 関連項目 == * [[KAL-1]] * [[KAL-2]] * [[TT-10]] * [[日本製航空機の一覧]] [[Category:練習機]] [[Category:日本の航空機]] [[de:Kawasaki KAT-1]] [[en:Kawasaki KAT-1]]
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