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JAGATARA
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{{Infobox Musician <!--Wikipedia:ウィキプロジェクト 音楽家を参照--> | Name = JAGATARA(じゃがたら) | Background = band | Alias = 江戸&じゃがたら<br />エド&じゃがたらお春<br />財団呆人じゃがたらお春<br />財団法人じゃがたら<br />暗黒大陸じゃがたら | Origin = {{JPN}} | Genre = [[ロック (音楽)|ロック]]<br />[[ファンク]]<br />[[ワールドミュージック]]<br />[[アフロビート]]<br />[[日本のパンク・ロック|パンク・ロック]]・[[ポストパンク]](初期) | Years_active = [[1979年]] - [[1990年]] | Label = アグリーオーファン<br />バルコニー<br />[[BMG JAPAN|BMGビクター]] | Production = | Associated_acts = | Influences = [[フェラ・クティ]]<br />[[イアン・デューリー]] | URL = [http://www.loft-prj.co.jp/jagatara/ じゃがたら] | Current_members = [[江戸アケミ]](ヴォーカル)<br />[[EBBY]](ギター) <br />[[OTO (ミュージシャン)|OTO]](ギター)<br />ナベ(ベース)<br />テイユウ(ドラムス)<br />[[篠田昌已]](サックス) <br />ヤヒロトモヒロ(パーカッション) <br />[[村田陽一]](トロンボーン)<br />エマーソン北村(キーボード) <br />[[南流石]](コーラス) <br />政野早希子(コーラス) | Past_members = 川辺徳行(ドラムス) <br />尾島秀紀(ギター) <br />SAMMY(ドラムス) <br />吉田哲治(トランペット) <br /> ユカリ(コーラス&サックス)<br />長嶌BEM(サックス) <br />ホワチョ(パーカッション)<br />オナガミドリ(パーカッション) <br />奥村恵子(パーカッション) }} '''JAGATARA'''(じゃがたら)は、[[江戸アケミ]]を中心とする日本の[[ロック (音楽)|ロック]]・[[ファンク]][[バンド (音楽)|バンド]]。 [[1979年]]3月活動開始。[[1982年]]にアルバム『南蛮渡来』を発売。[[1983年]]から[[1985年]]にかけては江戸の精神的不調により活動休止。[[1989年]]にはアルバム『それから』で[[BMG JAPAN|BMGビクター]]よりメジャーデビュー。[[1990年]][[1月27日]]江戸の入浴中の事故死により、解散した。 == 来歴 == [[1979年]][[3月8日]]、上馬ガソリンアレイにて初ライブを行う。この時の名称は『江戸&じゃがたら』。『エド&じゃがたらお春』、『財団呆人じゃがたらお春』、『財団法人じゃがたら』などと名称はライブを行うごとに徐々に変化。[[1980年]]頃から江戸が流血、放尿、ニワトリやシマヘビを生きたまま食いちぎるなどの過激なパフォーマンスを行い、それがエログロ的な関心を集め[[週刊プレイボーイ]]などの一般誌に取り上げられた。 [[1981年]]、自らのレーベル・アグリーオーファンレコードより、1st.シングル『LAST TANGO IN JUKU』をリリース。初の関西ツアーを行う。パフォーマンス目当ての客でどこでも大入りになるが、江戸は音楽がまともに聞かれない状況に嫌気がさし、このツアー以降、音楽だけで勝負する決意をする。9月にギターにOTOが参加し[[ファンク]]や[[アフロビート]]色を強め、バンド名を『暗黒大陸じゃがたら』に改称する。 [[1982年]]、1stアルバム『南蛮渡来』を発表。[[中村とうよう]]や[[渋谷陽一]]らに絶賛され、初期の過激なパンクロックとこれ以降のファンク・アフロ・レゲエなどの要素が混淆した独特の音楽性は、プレスにおいても純粋に音楽的な評価を受けた。10月「ヤングタッチ」(東京12チャンネル)に出演、生放送ライブ中のスタジオに突然[[G.I.S.M.]]の横山SAKEVIらが乱入、江戸と乱闘になる。同月「渋谷陽一の[[サウンドストリート]]」(NHK-FM)に出演。多数のライブに出演し、以前のエログロイメージを吹っ切るかのように音楽中心の活動を展開した。 [[1983年]]、『じゃがたら』へバンド名を改称。駒場のマンションの屋上に専用の「じゃがたらスタジオ」を作る。[[町田町蔵]]らをゲストに迎え、そのスタジオでレコーディングした8インチEP『家族百景』をリリース。[[日比谷野外音楽堂]]で行われたイベント「天国注射の昼」に出演するなど精力的な活動を繰り広げるが、11月の関西ツアーの途中から江戸が[[精神疾患]]を患い、ライブをすっぽかす、ライブ中に急に歌わなくなる、ナベ以外のメンバーとは一切会話をしなくなる等の奇行を繰り返し、翌年から入院する為休養期間に入る。なお、江戸の休養中、バンドは解体の危機に瀕するもOTOを中心に『じゃがたら2世』として活動を続行し、江戸の復帰を待ち続けた。 故郷の[[高知県]]中村市(現[[四万十市]])で静養に努めていた江戸は映画監督・[[山本政志]]の尽力もあり、[[1985年]]に日比谷野外音楽堂で行われたイベント「アース・ビート伝説'85」で復帰。そして、江戸の発病前後のライブの模様がアルバム『君と踊りあかそう日の出を見るまで』として発表される。 [[1986年]]から江戸が東京で暮らす準備ができ、本格的に活動再開。11月の六本木[[インクスティック]]でのライブでは以前のイメージとは結びつきそうになかった全員赤の揃いのジャケット姿で登場。12月「ライブ・ジャック」(フジテレビ)に出演。なお、1986年頃からライブや作品で『JAGATARA』とバンド名をクレジットするようになる。 [[1987年]]にアルバム『裸の王様』、『ニセ予言者ども』、山本政志の映画「ロビンソンの庭」サントラなど矢継ぎ早に作品を発表。4時間踊りっぱなしのライブ「DANCEMANIA 4 HOURS」(渋谷パルコ・パート3)、[[MUTE BEAT]]、[[トマトス]]、[[S-KEN]]と共に、シリーズ・イベント「東京ソイソース」(インクスティック芝浦ファクトリー)を開催。東京ソイソースでは、ライブとライブの間にDJが入るという初めての試みをし、[[いとうせいこう]]&[[タイニー・パンクス]]、[[ランキン・タクシー]]なども出演した。その他多数のライブ、学園祭等に出演し観客動員も急上昇する。また、横浜寿町フリーコンサートにも数度参加している。<ref>1979年~1987年までの来歴は、『南蛮渡来』再発LP付録(CD『君と踊りあかそう日の出を見るまで』に再録)の バイオグラフィー「黒い種馬1979-1987」八木康夫(ヤギヤスオ)著を参照。</ref> [[1989年]]にアルバム『それから』でついにBMGビクターよりメジャーデビュー。[[ミュージック・マガジン]]の1989年・日本のロック部門で1位に選ばれるなど高い評価を得た。同年末にはわずか3曲入りのアルバム『ごくつぶし』を発表。さらにアフリカなどのミュージシャンとのコラボレーション・アルバム『おあそび』をレコーディング中(江戸の死後リリース)の翌[[1990年]][[1月27日]]、江戸が入浴中に溺死するという事件が発生。中心人物の欠落によってバンドは解散した。なお江戸は死去直前にバンド脱退を申し出ていた。<ref>陣野俊史著「じゃがたら」(河出書房新社)より</ref> その後、[[1992年]][[4月8日]]にはナベが急性[[肺炎]]で、[[1992年]][[12月9日]]には篠田が[[心筋梗塞]]で相次いで世を去った。[[1990年]]以降、数度に亘ってメンバーが参加する追悼イベントが開催されている。 == 主なメンバー == *'''[[江戸アケミ]]'''(江戸正孝)([[ヴォーカル]])(1979年~) *'''[[EBBY]]'''(永井章)(ギター)(1979年~) : JAGATARAと並行して[[トマトス]]にも在籍、解散後はPHAT DOGS、MAMBABOOなどで活動 *'''ナベ'''(渡邊正己)([[ベース (弦楽器)|ベース]])(1979年~) : JAGATARAと並行してトマトスにも在籍、解散後はイモンズを結成 *'''[[OTO (ミュージシャン)|OTO]]'''(村田尚紀)([[ギター]])(1981年~) : 加入前は後に[[AUTO-MOD]]を結成するジュネのマリア023に在籍、またJAGATARAと並行して[[ビブラストーン]]で活動、1991年に[[あがた森魚]]の[[雷蔵]]へ参加、1994年に南流石らとTANGOSを結成、2004年に元[[ZELDA]]のサヨコらと[[サヨコオトナラ]]を結成 *'''[[篠田昌已]]'''([[サクソフォーン|サックス]])(1983年~) : 加入前は[[生活向上委員会]]、PUNGOなどに在籍、またJAGATARAと並行して[[チンドン屋|チンドン]]楽団、[[オルケスタ・デル・ビエント]]、コンポステラなどでも活動 *'''テイユウ'''(中村貞祐)([[ドラムセット|ドラムス]])(1983年~) : 加入前は[[ザ・スターリン]]、火の宮などに在籍、解散後は[[KUSU KUSU]]のマネジメントなどを行った。 *'''ヤヒロトモヒロ'''(八尋知洋)([[打楽器|パーカッション]])(1985年~) : 解散後は自らのバンド、オズ・ アマレーロスなどで活動 *'''[[村田陽一]]'''([[トロンボーン]])(1986年~) : 解散後は自らのバンドSOLID BRASSなどで活動 *'''エマーソン北村'''(北村賢治)([[キーボード (楽器)|キーボード]])(1988年~) : 解散後は[[MUTE BEAT]]、[[シアターブルック]]などで活動 *'''[[南流石]]'''(南潤子)([[コーラス (ポピュラー音楽)|コーラス]]&ダンス)(1986年~) : コーラス兼ダンサー。解散後は主に振付師として活躍。1994年にOTOらとTANGOSを結成、2012年には[[佐藤タイジ]]、[[大塚愛]]らと[[Rabbit (バンド)|Rabbit]]を結成。 *'''ユカリ'''(塚越優香)(コーラス&ダンス、サックス)(1985年~1989年) : 加入前は[[タンゴ・ヨーロッパ]]に在籍。当初は南と共にコーラス兼ダンサーとして加入するが、篠田の薫陶を受けサックスを習得。バンド後期に脱退し、解散後は「Yukarie」(読みはユカリ)名義でサックスプレーヤーとして[[THE THRILL]]、[[Mean Machine]]、[[河村隆一]]のバックメンバーなどで活動(Mean Machineではベース担当) === 一時的に在籍したメンバー === *'''川辺徳行'''(ドラムス)(1979~1982年) *'''尾島秀紀'''(ギター)(1979~1981年) *'''ウメ'''(ドラムス)(1982年)※川辺の後任ドラマー、短期間で脱退 *'''溝口'''(ドラムス)(1982年)※ウメの後任ドラマー、短期間で脱退 *'''SAMMY'''(ドラムス)(1982~1983年) *'''吉田哲治'''([[トランペット]])(1983~1989年) *'''政野早希子'''(コーラス)(1989年~) ※ユカリの後任コーラスとして加入。 *'''長嶌BEM'''(サックス) *'''ホワチョ'''(パーカッション) ※LIVEのみ参加 *'''オナガミドリ'''(パーカッション) ※LIVEのみ参加 *'''奥村恵子'''(パーカッション) ※LIVEのみ参加 == ディスコグラフィー == === アルバム === *'''「[[南蛮渡来]]」''' LP/CD(「暗黒大陸じゃがたら」名義,1982/5) : 再発の度にジャケットが変わり4種類のジャケットがある、CDには「元祖家族百景」「ウォークマンのテーマ」をボーナストラックとして収録 *'''「[[君と踊りあかそう日の出を見るまで]]」''' LIVE LP/CD (1985/10) : 1983年11月22日法政大学、1984年2月25日渋谷屋根裏でのライブを収録、CDには「岬で待つわ」を追加収録 *'''「[[裸の王様]]」''' LP/CD (1987/3) : LPは色違い4種類のジャケットで発売 *'''「[[ロビンソンの庭]]」''' サウンドトラックLP/CD(1987/10) : LPはB面に吉川洋一郎、ハムザ・エル・ディンの曲を収録、CDはJAGATARAのみで、「ハルマゲドンをぶっとばせ(goggle remix)」をボーナストラックとして収録、CDはジャケットが2種類ある *'''「[[ニセ予言者ども]]」''' LP/CD (1987/12) *'''「それから」''' LP/CD(1989/4) : メジャーデビュー・アルバム、オリコン最高位52位<ref>[http://www.oricon.co.jp/prof/artist/11649/ranking/cd_album/ ORICON STYLEより]</ref>、LP、CDでジャケットが違う *'''「[[ごくつぶし]]」''' CD (1989/12) *'''「[[JA・BOM・BE]]」''' LIVE CD(1990/3) : 12インチ「JA・BOM・BE」と「UKI UKI」のカップリング *'''「[[おあそび]]」''' CD(1990/6) : アフリカなどのミュージシャンとのコラボレーション作品 *'''「[[西暦2000年分の反省~BEST OF JAGATARA]]」''' 2枚組ベストアルバムCD (1993/2) *'''「[[JAGATARAなきJAGATARA]]」''' LIVE CD (1993) : 1993年2月7日に行われた追悼イベント(渋谷ONAIR)を収録 *'''「GOLDEN☆BEST」''' ベストアルバムCD(2004/12) *'''「[[エド&じゃがたらお春 LIVE1979]]」''' LIVE CD(「エド&じゃがたらお春」名義,2010/12) : 1979年9月18日上馬ガソリンアレイでのライブを収録 === シングル === *'''「LAST TANGO IN JUKU / HEY SAY!(ロックを葬り去る歌)」''' EP (「財団法人じゃがたら」名義,1981/4) : 松原研二「じゃがたら写真集」付録としてCD化 *'''「家族百景/プッシー・ドクター/日本株式会社」''' 8インチEP/CD (1983/5) *'''「UKI UKI」''' LIVE 12インチEP (1987/4) : 1986年9月6日「東京ソイソースVol.1」(渋谷ライブイン)を収録 *'''「JA BOM BE」''' LIVE 12インチEP (1988/3) : 1987年12月11日「HEY GOGGOLE TOUR」(渋谷パルコ・パート3)を収録 *'''「タンゴ(完結バージョン) / ゴッドファーザー」''' CDシングル (1989/4) *'''「そらそれ」''' マキシシングルCD(1990/5) : アフリカなどのミュージシャンとのコラボレーション作品 === ビデオ・DVD === *'''「天国注射の昼」''' VHS(1984) : 1983年8月21日、9月17日に日比谷野外音楽堂で行われたイヴェントのオムニバス *'''「問題盗撮6」''' VHS(1985) : アダルトビデオの最後に、1986年6月8日アケミ復帰記念ライブ(渋谷ライブイン)を収録 *'''「み・ん・な」''' VHS(1986) : 1986年9月26日豊島公会堂でのライブを収録 *'''「例のヤツ」''' VHS(1987) : 1987年12月11日「HEY! GOGGLE TOUR」(渋谷パルコ・パート3)と1987年10月4日「東京ソイソースVol.3」(インクスティック芝浦ファクトリー)を収録 *'''「HEY!GOGGLE」''' VHS(1988) : 1987年12月11日「HEY! GOGGLE TOUR」ほかを収録 *'''「ナンのこっちゃいI~HISTORY OF JAGATARA」''' VHS/DVD(1990) : アケミの死にともない制作された、10年間の活動のドキュメント *'''「ナンのこっちゃいII~HISTORY OF JAGATARA」''' VHS/DVD(1990) : アケミの死にともない制作された、10年間の活動のドキュメントの続巻 *'''「ナンのこっちゃいIII~HISTORY OF JAGATARA」''' VHS/DVD(1990) : アケミの死にともない制作された、10年間の活動のドキュメントの最終巻 *'''「ベイビー!ごきげんにやってるかい」''' VHS(1993) : 1989年8月12日「横浜寿町フリーコンサート」を収録 *'''「この~!!(もうがまんできない)」''' DVD(2005) : 1989年8月12日「横浜寿町フリーコンサート」、1987年10月4日「東京ソイソースVol.3」、1988年9月17日インクスティック芝浦ファクトリーでのライブ、死の直前の1990年1月24日に行われた[[鮎川誠]]との対談(CATV「ROCK THE ROCK」)を収録 非売品 *「タンゴ(SOUND SYSTEM MIX)/ヘイセイ(1986年9月6日東京ソイソースVol.1(渋谷ライブイン)」 7インチEP : ビデオ「み・ん・な」の特典(CSV渋谷のみ) *「日本人て暗いね(1981年5月1日京都磔磔)/がまんできない(1981年5月1日京都磔磔)」ソノシート : アルバム「南蛮渡来」再発LPの特典 *「中産階級ハーレム」 7インチEP : 片面のみ、アルバム「それから」発売プロモーション用EP == 書籍 == *江戸正孝(江戸アケミ)'''「それから-江戸アケミ詩集」''' [[思潮社]](1993) *松原研二'''「じゃがたら写真集」''' [[オークラ出版]](2000) : 「LAST TANGO IN JUKU / HEY SAY!(ロックを葬り去る歌)」のシングルCD付 *[[陣野俊史]]'''「じゃがたら」''' [[河出書房新社]](2000) : 2009年に「江戸アケミ墓参記」を追加した増補版発行 == レコーディングに参加した主なミュージシャン == *[[福岡ユタカ]]([[PINK (バンド)|PINK]])(パーカッション) *町田町蔵([[町田康]])(語り) *和田哲郎(連続射殺魔/[[琴桃川凛]])(ギター) *[[千野秀一]](キーボード) *ブルース・ファウラー(トロンボーン) *[[麻生うさぎ]](コーラス) *[[森岡賢]]([[SOFT BALLET]])(キーボード) *[[ワハハ本舗]](コーラス) *松本治(トロンボーン) *[[ホッピー神山]](PINK)(キーボード) *[[松永孝義]]([[MUTE BEAT]])(ベース) *[[近田春夫]]([[ビブラストーン]])(コーラス) *[[ECD]](コーラス) *[[梅津和時]](サックス) *[[ジョン・ゾーン]](サックス) *[[ハムザ・エル・ディン]]([[タール (弦楽器)|タール]]) *[[関島岳郎]](コンポステラ/ストラーダ/[[オルケスタ・デル・ビエント]]/[[DCPRG]])([[チューバ|テューバ]]) *[[ヤン富田]]([[スティールパン]]) *小林太([[米米CLUB|BIG HORNS BEE]])(トランペット) *[[早川岳晴]](ベース) *[[原朋直]](トランペット) *[[清水一登]]([[ピアノ]]) *[[福富幸宏]](Manipurate) *[[マハラティーニ&マホテラ・クイーンズ]](ヴォーカル) *ジョニー・T([[ヴァイオリン]]) *オースマン・コヤーテ(ヴォーカル) *スマイリー・カルチャー([[ラップ]]) *ラミン・コンテ([[コラ (楽器)|コラ]]) *ブリス・ワッシー(ドラムス) == 関連人物 == * [[こだま和文]]([[MUTE BEAT]]、トランペット奏者) * 伊藤耕([[フールズ]]) * [[山本政志]](映画監督) * [[ヤギヤスオ]](八木康夫)(イラストレーター) * 桑原延享(JAZZY UPPER CUT、[[DEEP COUNT]]) * 高田エージ([[SUPER BAD]]) * 不破大輔([[渋さ知らズ]]) * [[大熊ワタル]](シカラムータ) * [[田口トモロヲ]](俳優、ミュージシャン) * [[大槻ケンヂ]](ミュージシャン、作家) * [[もりばやしみほ]]([[ハイポジ]]) * [[笹木雅司]](元マネージャー、ディレクター) * [[溝口洋]](元マネージャー) * [[大平泰男]](ソウリ)(元マネージャー) * [[金平茂紀]](TBS報道局記者・同局キャスター) == 関連項目 == * [[日本のパンク・ロック]] == 外部リンク == * [http://www.loft-prj.co.jp/jagatara/ じゃがたら] - 公式ウェブサイト == 出典・脚注 == {{Reflist}} {{DEFAULTSORT:しやかたら}} [[Category:日本のパンク・ロック・バンド]] [[Category:ファンク]]
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