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F-102 (戦闘機)
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<!-- infobox以外を編集する際はboxの下までスクロールしてください。 --> {{ Infobox 航空機 | 名称=F-102 デルタダガー | 画像=File:F-102A in flight.jpg | キャプション=アラスカ上空を飛行するF-102A (1958年1月) | 用途=[[戦闘機]] | 分類=[[要撃機]] | 設計者= | 製造者=[[コンベア]] | 運用者 more= ** [[アメリカ合衆国]] *** [[アメリカ空軍]] *** [[アメリカ空軍州兵]] ** [[ギリシャ]]([[ギリシャ空軍]]) ** [[トルコ]]([[トルコ空軍]]) | 初飛行年月日=[[1953年]][[10月24日]] | 生産数=1,000機 ** YF-102: 10機 ** YF-102A: 4機 ** F-102A: 875機 ** TF-102A: 111機 | 生産開始年月日=[[1956年]][[4月]] | 運用開始年月日= | 退役年月日=[[1986年]] ** [[1976年]]([[アメリカ空軍]]) ** [[1979年]](アメリカ以外の運用国) ** [[1986年]](標的用ドローン) | 運用状況=退役 | ユニットコスト=1,200,000 [[USドル]] }} {{Double image|right|Convair YF-102 on Ramp E-2550.jpg|150|Convair YF-102A on ramp E-2551.jpg|150|YF-102|YF-102A}} '''F-102'''は[[ジェネラル・ダイナミクス]]社の[[コンベア]]部門が開発し、[[アメリカ空軍]]に制式採用された[[戦闘機]]([[要撃機]])。愛称はデルタダガー(Delta Dagger)。初飛行は[[1953年]]。 俗に[[センチュリーシリーズ]]と呼ばれる一連のもののひとつである。 == 概要 == アメリカ空軍は[[北アメリカ大陸|北米大陸]]に来襲すると想定された[[ソビエト連邦|ソ連]]の核武装[[爆撃機]]を要撃する目的で、[[1949年]]から新型迎撃機の検討に着手した。[[1950年]]にMX1154として新型迎撃機の提案要求が航空機メーカーで出され、コンベア社案がF-102として採用された。開発契約は[[1951年]]に結ばれている。F-102の機体形状は[[インテイク]]を胴体側面に持つ単発[[翼平面形#デルタ翼|デルタ翼]]機で、垂直尾翼も三角翼と、前作[[XF-92 (航空機)|XF-92]]に続き、コンベアに在籍していた[[ドイツ]]人技術者である[[アレクサンダー・リピッシュ|アレキサンダー・マルティン・リピッシュ]]のコンセプトが色濃く発揮されている。 1951年[[12月]]にYF-102が正式発注されたが、これは試作機を表すY記号がついているものの純粋な試作機をパスして、いきなり量産準備型の生産に入る「クック・クレイギー・プラン」方式で開発が急がれた。先に生産ラインを組み、スローペースで量産準備型を製作しつつ並行してテストを行い、結果を本格量産型に[[フィードバック]]することで開発期間の大幅短縮を目論むものだったが、基本設計に問題が発見された場合には、混乱を招くリスクがある。本機の場合は、[[ボマー・ギャップ]]の解消を早急に行う目的と、先行して開発されたXF-92のデータが活用できるため問題は少ないと考えられた。しかしながら後述の通り、本機はクック・クレイギー・プランの最悪例になってしまった。 F-102の最も有名な逸話に[[エリアルール]]の初採用がある。YF-102の初号機は[[1953年]][[10月24日]]に初飛行したが間もなく墜落し、開発は試作2号機の完成まで遅延した。YF-102は10機製造され、各種試験・改装が行われたものの、[[音速]]領域で[[衝撃波]]の発生により[[造波抵抗|抵抗]]が急増する[[抵抗発散]]のため、風洞試験の予測通り水平飛行で音速を超える事はできず、一時は計画中止も危ぶまれた。 そのため11号機(YF-102A)以降において、エンジンを[[プラット・アンド・ホイットニー|P&W]][[プラット・アンド・ホイットニーJT3C|J57-P-11]](A/B推力:6,804kg)から同P-23(7,258kg)に増強すると共に、[[NACA]][[ラングレー研究所]]の[[リチャード・ウィットカム]]([[:en:Richard T. Whitcomb|Richard T. Whitcomb]])が発見したばかりのエリアルール理論を基に、抜本的に改設計してようやく音速を超えることができた。機体の断面積変化を滑らかにすると抵抗が減少するという単純な法則で、機体の主翼部取付部は断面積が急増するので、これを相殺するため胴体中央部のくびれと尾部の張り出しを設け、断面積勾配をなだらかにするもので、その他にも胴体延長、キャノピー変更、主翼の大きな前縁キャンバーと端部捻り上げ等、別機と言って良いほど外観が変更された。 電子装置の開発も遅延し、新型の[[射撃管制装置|火器管制装置]]MX1179の完成は間に合わなかったため、当初は[[F-86 (戦闘機)#F-86D|F-86D]]由来のE-9(後のMG-3)を装備している。MG-3は後にMG-10に更新されたほか、[[1960年代]]に入ると[[半自動式防空管制組織|SAGEシステム]]の整備に従い、これとリンクし半自動的要撃が可能となっている。 YF-102Aは[[1954年]][[12月20日]]に初飛行し、翌[[12月21日|21日]]には音速突破を果したが、既にマッハ2級を目指した[[ロッキード]] [[F-104 (戦闘機)|F-104]]が同年[[2月]]に進空した後だった(実際にマッハ2を突破するのは翌年)。量産型のF-102Aは翌[[1955年]]から配備開始されたが、クック・クレイギー・プランによって既にYF-102用の生産[[治具]]が用意されてしまっており、F-102Aの量産に当ってそれらの大半を作り直さねばならず、多大な時間的・金銭的浪費と資材の無駄をもたらした。 固定[[機銃]]はなく、通常弾頭型[[AIM-4 (ミサイル)|AIM-4 ファルコン]]空対空ミサイル又は核弾頭型[[AIM-26 (ミサイル)|AIM-26Aファルコン]](最大6発)と、2.75インチ空対空[[ロケット弾]]を、機内弾倉に搭載できた。デルタ翼特有の広大な機内スペースにより燃料搭載量が多く、超音速機としては[[空中給油]]の援助なしでも滞空時間が長く哨戒任務には適していたが、依然アンダーパワーで加速性・上昇力に劣り、また当時の電子機器の耐G性の低さから機動に強い制約があり、対戦闘機戦闘は回避するよう厳命されていた。 F-102の低性能は空軍を失望させ、より性能の優れた要撃機の開発が急務となった。新型の火器管制装置MX1179を搭載し、空力的改良とパワーアップも加えた改良型:F-102B計画は、[[1956年]]に[[F-106 (戦闘機)|F-106]]として制式採用された。しかし非常に高価であったため、F-106配備数は340機に留まった。そのため空軍は、元来は別目的の機体であった[[F-101 (戦闘機)|F-101]]戦闘機を、補完目的の要撃機として制式採用している。 また[[練習機]]型TF-102も111機が製造された。当時、F-86D、F-89、F-94といった全天候戦闘機の訓練にはT-33とレーダーを装備したB-25が使われていたが、ジェット機への移行とアビオニクスの操作の訓練を別々に行う非効率が指摘されていたこと、またそれらのパイロットを将来的にF-102に移行させるためには、米空軍では実用機が本機しか存在しないデルタ翼の離着陸時の高AOAなどの操縦特性を教育する必要性から、二重操縦装置を持ち、教官と訓練生との意思疎通の容易なサイドバイサイド配置の本機が開発された。同様にサイドバイサイド配置を採用した練習機型にはイングリッシュ・エレクトリックのライトニングの例がある。胴体前部を再設計したこと、キャノピー形状の問題から発生したバフェッティング対策としてボーテックスジェネレータを付加したこと、さらには練習機としての用途を満たすために速度よりも視界の改善を図ったことなどから最高速度は高度3万8000フィートでマッハ0.97となったが、浅くダイブをかけることで音速を突破できた。実用機の訓練のため単座型と同じアビオニクスをもち、同等の武装を施せることから必要とあれば戦闘可能とされ、F-102A装備の飛行隊あたり2機のTF-102Aが配備された。また、同じコンベア社製でデルタ翼のB-58ハスラーの乗員の訓練にも使用された。 == 運用 == 1955年より量産開始され、総計879機が生産された。アメリカ空軍においては、北米大陸防空が主任務であったため、国外派遣されるまで交戦記録はない。 [[1959年]]から後継機であるF-106の配備が始まったため、本土外への配備を開始した。[[西ドイツ]]、[[オランダ]]の[[北大西洋条約機構|NATO]]諸国や、[[日本]]の[[横田飛行場|横田基地]]、[[福岡空港|板付基地]]、[[三沢飛行場|三沢基地]]などに展開している。なおその際には、旧式となった[[F-86 (戦闘機)|F-86]]の全天候型・F-86Dが、同盟諸国に供与されている。 [[1961年]]からは[[タイ王国]]に進出し、アメリカ空軍が[[ベトナム戦争]]初期に運用した戦闘機として、[[1962年]]から[[1970年]]に掛けてベトナムにおける空対空戦闘に投入され若干の損失を出している、また地上攻撃にも使用された。なおF-106については生産数が限られた事から、F-102のような本土外配備はほとんどなされなかった。 旧態化した[[1969年]]以降は、[[ギリシャ空軍]]と[[トルコ空軍]]にも供与されている。トルコ空軍のF-102は[[1974年]]のギリシャ空軍との戦闘で、2機の[[F-5 (戦闘機)|F-5]]戦闘機を撃墜する戦果をあげている(ギリシャ空軍のF-102の戦果の記録は無い)。 アメリカ空軍では[[1960年代]]後半より順次退役し、1970年までに全機退役した。以降は[[空軍州兵]]において[[1976年]]まで運用されている。アメリカ空軍所属機は、用廃後200機以上がPQM-102A無人標的機に改造され、[[1970年代]]を通じ消尽された。 == 各型 == * '''YF-102''' - 初期試作機 * '''YF-102A''' - 改良型試作機 * '''F-102A''' - 単座全天候要撃機。889機生産。 * '''TF-102A''' - 複座訓練機。111機生産。 * '''F-102B''' - [[F-106 (戦闘機)|F-106A デルタダート]]の開発初期の名称。 * '''QF-102A''' - 複座有人標的ドローン(F-102Aから改造) * '''PQM-102A''' - 無人標的ドローン。1973年以降、200機以上がF-102Aから改造。 * '''PQM-102B''' - 無人標的ドローン == 仕様(F-102A) == [[ファイル:F-102 Delta Dagger wireframe.png|right|300px|F-102 透過図]] [[ファイル:F-102A 3-view line art.svg|right|300px|F-102A 三面図]] {{航空機スペック |固定翼 or 回転翼?=固定翼 |ジェット or プロペラ?=ジェット |出典=The Great Book of Fighters<ref>Green, William and Gordon Swanborough. ''The Great Book of Fighters''. St. Paul, Minnesota: MBI Publishing, 2001. ISBN 0-7603-1194-3.</ref> |乗員=1 |定員= |ペイロード SI= |ペイロード fp= |全長 SI= 20.83 m |全長 fp= 68 ft 4 in <!-- 翼長・全幅 --> |スパン SI= 11.61 m |スパン fp= 38 ft 1 in |全高 SI= 6.45 m |全高 fp= 21 ft 2 in |面積 SI= 64.57 m<sup>2</sup> |面積 fp= 695 ft<sup>2</sup> |翼型= |空虚重量 SI= 8,777 kg |空虚重量 fp= 19,350 lb |運用時重量 SI= 11,100 kg |運用時重量 fp= 24,500 lb |有効搭載量 SI= |有効搭載量 fp= |最大離陸重量 SI= 14,300 kg |最大離陸重量 fp= 31,500 lb |その他の諸元= * '''内部燃料容量''': 4,107 L (1,085 [[ガロン|US gal]]) * '''外部燃料容量''': 815 L (215 [[ガロン|US gal]])外部増槽 × 2 |エンジン名(ジェット)=[[プラット・アンド・ホイットニー|P&W]] J57-P-25 |エンジン種類(ジェット)=[[アフターバーナー]]付[[ターボジェット]] |エンジン数(ジェット)=1 |推力 SI= 52.0 kN |推力 fp= 11,700 lbf |推力 original= |推力 more= |アフターバーナー作動時 推力 SI= 76.5 kN |アフターバーナー作動時 推力 fp= 17,200 lbf |エンジン名(プロペラ)= |エンジン種類(プロペラ)=<!--レシプロ/ターボプロップ/ターボシャフト/など--> |エンジン数(プロペラ)=<!--1つなら1と書くこと--> |出力 SI= |出力 fp= |出力 original=<!--出典にある数値と単位--> |出力 more= |最大速度 SI= 1,304 km/h |最大速度 fp= 704 kt |最大速度 more=(12,190 m(40,000 ft)時) |巡航速度 SI= |巡航速度 fp= |巡航速度 more= |失速速度 SI= |失速速度 fp= |失速速度 more= |超過禁止速度 SI= |超過禁止速度 fp= |航続距離 SI= 2,175 km |航続距離 fp= 1,170 nm |航続距離 more= |フェリーレンジ SI= |フェリーレンジ fp= |フェリーレンジ more= |上昇限度 SI= 16,300 m |上昇限度 fp= 53,400 ft |上昇率 SI= 66 m/s |上昇率 fp= 13,000 ft/min |翼面(円板)荷重 SI= 172 kg/m<sup>2</sup> |翼面(円板)荷重 fp= 35 lb/ft<sup>2</sup> |推力重量比= 0.70 |馬力荷重 SI= |馬力荷重 fp= |最大馬力荷重 SI= |最大馬力荷重 fp= |最大推力重量比= |その他の性能= <!-- 武装= に直接書いても良いし、以下のパラメタを使っても良い --> |武装= * '''ロケット''': 70 mmロケット弾 × 24 * '''ミサイル''': ** [[AIM-4 (ミサイル)|AIM-4 ファルコン]] × 6 ** [[AIM-26 (ミサイル)|AIM-26 ファルコン]](通常弾頭又は核弾頭) × 1 |アビオニクス= * MG-10 [[射撃管制装置|FCS]] }} <!-- * 全長:20.77m * 全幅:11.62m * 全高:6.46m * 最高速度:M1.25 * エンジン:P&W社製 J57-P-23A/-25 ×1基 * 推力:Mil 5310kg/ AB 7710kg * 最大離陸重量:14500kg * 生産機数:YF-102 10機、YF-102A 4機、F-102A 875機、TF-102A 111機 --> == 脚注 == <references /> == その他 == * 第43代[[アメリカ合衆国大統領]][[ジョージ・ウォーカー・ブッシュ]]は、1968年から1973年まで[[テキサス空軍州兵]]に在籍しF-102Aのパイロットも勤めた。 == 関連項目 == * [[センチュリーシリーズ]] * [[F-106 (戦闘機)|F-106 デルタダート]] == 参考文献 == {{commons|F-102 Delta Dagger}} * コンベアF-102デルタダガー(世界の傑作機 No.81)文林堂 2000年 ISBN 9784893190789 * ミリタリーエアクラフト 1994年1月号 「アメリカ空軍戦闘機 1945-1993」 P.68 デルタ出版 * 航空ファン別冊 No.32 アメリカ軍用機1945~1986 空軍編 文林堂 雑誌コード 03344-8 1986年 {{アメリカ空軍の戦闘機}} [[Category:アメリカ合衆国の戦闘機|F102]]
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