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EXテレビ
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{{Otheruses|日本テレビ系の深夜番組|「EX」を略称としている日本の地上波テレビ局|テレビ朝日}} {{性的}} {{複数の問題 |出典の明記=2013年7月23日 (火) 06:32 (UTC) |独自研究=2013年7月23日 (火) 06:32 (UTC) |内容過剰=2013年7月23日 (火) 06:32 (UTC) |大言壮語=2013年7月23日 (火) 06:32 (UTC) }} {{基礎情報 テレビ番組 | 番組名 = EXテレビ | 画像 = | 画像説明 = | ジャンル = [[ワイドショー番組]]<br />[[バラエティ番組]] | 放送時間 = 月曜 - 金曜 23:55 - 24:55 | 放送分 = 60 | 放送枠 = | 放送期間 = [[1990年]][[4月2日]] - [[1994年]][[4月1日]] | 放送回数 = | 放送国 = {{JPN}} | 制作局 = [[日本テレビ放送網|日本テレビ]](月・水・金)<br />[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]](火・木) | 企画 = | 製作総指揮 = | 監督 = | 演出 = [[菅原正豊]]<br />小澤龍太郎<br />[[小川通仁]] | 原作 = | 脚本 = | プロデューサー = [[神戸文彦]](日本テレビ)<br />[[吉田真 (プロデューサー)|吉田真]](日本テレビ)<br />豊永幸男(読売テレビ)<br />藤澤國彦(読売テレビ)<br />[[白岩久弥]](読売テレビ) | 出演者 = [[三宅裕司]]<br />[[島田紳助]]<br />[[上岡龍太郎]]<br />ほか | 音声 = [[モノラル放送]]<br />(初期は月曜日のみ[[ステレオ放送]]) | 字幕 = | データ放送 = | OPテーマ = [[三枝成章]] | EDテーマ = | 時代設定 = | 外部リンク = | 外部リンク名 = | 特記事項 = }} 『'''EXテレビ'''』(エックステレビ)は、[[1990年]][[4月2日]]から[[1994年]][[4月1日]]まで[[日本テレビネットワーク協議会|日本テレビ系列局]]で放送された深夜の[[ワイドショー]]番組である。放送時間は毎週[[月曜日|月曜]] - [[金曜日|金曜]] 23:55 - 24:55([[日本標準時|JST]])。 == 概要 == [[お色気番組]]のイメージが強かった前身番組『[[11PM]]』のカラーを払拭した内容で放送を開始。前番組と同様に[[キー局]]の[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]と準キー局の[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]の交互制作で、月曜・水曜・金曜は日本テレビが制作を担当し、火曜・木曜は読売テレビが制作を担当。読売テレビ発のものは『'''EX Osaka'''』と題していた。日本テレビ発のものは[[三宅裕司]]が、読売テレビ発のものは[[上岡龍太郎]]と、火曜のみ[[島田紳助]]が司会を務めた。 原則、番組はその日の制作局の自社スタジオから[[生放送]]で放送されていた。ただし、木曜は通常[[ビデオテープレコーダ|VTR]][[収録]]で、生で放送され続けてきた火曜も末期にはVTR収録へと移行した。 また、「11PM」同様、年に数回ほど『'''名古屋発EXテレビ'''』(EXナゴヤ)と題した回が放送されることがあった。この回では、日本テレビと[[ネット局]]の[[中京テレビ放送|中京テレビ]]が共同で番組の制作を行い、三宅ら東京勢の出演者が中京テレビ本社のスタジオに訪れて番組の収録を行っていた。 この番組は各曜日ごとにテーマが設けられていた。その中で、火曜に放送された、番組内では「テレビ論」と称していた実験的テレビ番組企画は一際異彩を放っていた。番組は東京勢の出演者と大阪勢の出演者の対立を煽ることも視聴率のアップに利用しており、第1回目の放送で上岡は「昨日、東京で三宅裕司がやってた無様な番組にはしません」と発言し、対する三宅も『[[スーパークイズスペシャル]]』でEXテレビチームとして出演した際に、[[番組宣伝|番宣]]で「大阪の上岡さんのようなワガママ(な企画)はありませんので」とコメントしたことがある。 また、[[サッカー]]の大ブームが起きた[[1993年]]には主に水曜に[[東京ヴェルディ1969]](当時・ヴェルディ川崎)の主催試合を中心にした[[Jリーグ中継]]の番組「[[ウルトラJ]]」が当該枠で放送されたことがある。これは、[[Dramatic Game 1844|プロ野球中継]](主に[[読売ジャイアンツ]]主催試合)との関係でサッカー中継が生放送できない場合があったためである。このために、「EXテレビ」を休止にしたことも多々あった。 この番組の放送終了後は、[[ワイドショー]]と[[スポーツニュース]]を複合させた深夜バラエティ枠『[[どんまい!! VARIETYSHOW&SPORTS|どんまい!!スポーツ&ワイド]]』が放送されるようになった。 なお、番組タイトルのEXとは「[[バブル景気#流行語|ヤング・エグゼクティブ(young EXecutive)]]」を意味したものである<ref>1990年3月28日号の [[ザテレビジョン|週刊カドカワ・ザテレビジョン]]の新番組紹介面には「若者に媚びず」「若者を大人にする」といった記事が掲載されていたことがある。</ref>。 月曜の放送は[[ステレオ放送]]が実施され、[[番組表]]上では番組がステレオ放送であることを意味する「[S]」のマークが付けられていたが、これが「[S] EXテレビ」と読めるという番組[[視聴者]]からの指摘を受けて途中から番組表上でのステレオ表示をやめた<ref>1992年3月9日付 [[スポーツニッポン]]芸能面などに記事がある。</ref>。ちなみにステレオ放送を全角1文字の中に「ステレオ」と小さく(上下に分割し上行に「ステ」下行に「レオ」)表記する新聞では問題は起きなかったことになる。その後、番組は[[クリアビジョン]]で放送されるようになり、新聞によっては「[C]EXテレビ」となった。 == 出演者 == 肩書はいずれも当時。 ; 月曜 * 三宅裕司 * [[南美希子]] * [[村田昭治]]([[慶應義塾大学]]教授) ; 火曜 * 上岡龍太郎 * 島田紳助 ;水曜 * 三宅裕司 * [[舛添要一]]([[国際政治学]]者) * [[森口博子]]→[[大島さと子|大島智子]] ;木曜 * 上岡龍太郎 ;金曜 * 三宅裕司 * [[森脇健児]]→[[ルー大柴]] * [[西村知美]]→[[鷹西美佳]](日本テレビアナウンサー)→[[薮本雅子]](同) == 内容 == ; 月曜 : 最新[[トレンド]]を掘り下げる。役回りとしては流行に疎い三宅を南が引っ張るというもの。[[ナレーション]]を[[武田広]]と後の金曜担当の鷹西が務めた。途中よりランキングで紹介する「今週のヒットパレード」コーナー(トレンドランキング)が登場。最初の頃は番組前半の1コーナーで、後に1時間丸々行うメインコーナーに昇格した。また、番組の途中には[[天気予報]]のコーナーがあった。 ; 火曜 : 上岡と紳助の司会進行。基本的に『テレビ論』がテーマだった。途中、『NEWS・EXTV』のコーナーがあり、上岡が[[ニュースキャスター]]を務めていた。様々な実験企画が放送されめた。ここで生まれた企画は2006年10月時点で放送されている自局の番組や[[特別番組|特番]]で残っているものも多い。また企画自体が他局に売りに出されたケースがあり、[[テレビ東京]]が落札した『[[開運!なんでも鑑定団]]』は2014年現在でも放送が続いている。 ; 水曜 : 三宅が[[時事問題]]を斬るコンセプトでスタート。内容も硬派で視聴者との電話による[[討論]](ディベート)などが行われていた。その後内容を変更。[[風俗]]や[[社会現象]]を紹介したり豪華ゲストを迎えてのトークなどの砕けた内容となった。 ; 木曜 : 上岡が『テレビ論』をテーマに、毎回異なる企画を放送した。[[立川談志]]、[[山城新伍]]らを迎えてのトリプル司会構成での放送(月1回)、さらに[[大島渚]]、[[野坂昭如]]、[[小田実]]らを加えて7人でトークを行う日(月2回、前編と後編に分けて2週連続で放送)、その他単発企画(月1 - 2回)を放送。ただし、トリプル司会構成の初回は、EX Osaka最初の放送である火曜だった。 : 尊敬する{{誰|date=2014年8月|post-text=が}}[[桂枝雀 (2代目)|2代目桂枝雀]]をゲストに招いて『緊張の緩和』をはじめとする[[落語]]・[[笑い]]の理論をインタビューした事がある。この回は、後に上岡のスケジュールの都合で収録本数が足りなくなってしまった際に、同じ放送時間枠で[[再放送]]されたことがある。なお、再放送時の新聞のテレビ欄には、視聴者を引き付けるために実際には放送されない[[エッチ]]な内容の企画をわざと掲載するという工作を行い、翌週の放送で上岡がそれを釈明しバラしていた。 : 仲のいい[[芸人]]を[[楽屋]]に呼ぶ形で『楽屋トーク』を中継した事もある。この企画のときは、楽屋の[[監視カメラ]]で撮影されたため、[[モノクロ]]画像で放送されていた。ただし、画面の隅には色付きの「EX Osaka」の[[ロゴタイプ|ロゴ]]が挿入されていた。複数の[[パネラー]]を迎えて『笑い』、『[[吉本新喜劇]]』、『その時代の出来事』などを厳しく議論することもあり、特に上岡が嫌悪する『[[占い]]』、『[[オカルト]]』などについてはスタジオ・{{独自研究範囲|date=2013年7月|[[ブラウン管]]が騒然とすることも少なくなかった}}。その他、上岡1人を残し、無人のスタジオで上岡が延々と時間一杯までトークで繋ぐ回や、[[コマーシャルメッセージ|CM]]を番組の前後に集中して放送し、まるまる談志の落語をノンストップで行った回など、異色の企画が多かった。 ; 金曜 : 内容はバラエティー。中継[[リポーター]]としてルーが出演。彼は後に森脇に代わってスタジオ出演となる。番組内で時折見せる[[水着|海パン]]ダンスは金曜日の代名詞となった。常連ゲストに作家の[[志茂田景樹]]がいた。合間には[[日産]]の生CMコーナーがあった。名物企画には当時の[[テレビCM]]に出演している無名[[タレント]]にスポットを当てた[[クイズ]]大会などがあった。 === 火曜の実験企画 === 派生企画など、ごく一部に木曜日で放送されたものがある。 ; 抱かれてみたいのはどっち!? : 毎回ゲスト1人が、5つのジャンルに各5人の有名人と「抱かれてみたいのはどっち?」という質問で対戦。[[東京]]と[[大阪]]各10人・計20人にアンケート調査を行う。それぞれのジャンルの各5人に1 - 5倍の[[オッズ]]がつけられ、ゲストの獲得票×オッズが得点となる。 : 毎回、上岡チームと紳助チームに分かれて対戦する。もともとは、「涙もろそうなのはどっち?」「字がうまそうのはどっち?」など、上岡と紳助の2人のうち「○○してそうなのはどっち?」という形式の質問を、ひとつの質問につき20人に街頭インタビューを行い、どっちが多かったかを予想する企画が放送されたのが原型。 : 上岡vs紳助の対決ではバリエーションが少ないと出演者自身が提案をした事により、質問内容により、上岡vs[[板東英二|板東]]、紳助vs[[明石家さんま|さんま]]など、対戦相手を変えて調査を行った。この時に紳助vs[[柳葉敏郎|柳葉]]で「抱かれてみたいのはどっち?」という調査を行った。スタッフは[[シャレ]]のつもりで[[アンケート]]を行い、放送本番前から紳助に対して「最後でキレると思いますよ」と予告していた。結果は19vs1で紳助の惨敗で、紳助はスタッフに対して「いきなり強敵と対戦させるな。どうせなら広いジャンルの人物と対戦させてくれ」と言い出して「抱かれてみたいのはどっち?」の単独の企画が始まった。 : 最初の2回は紳助、上岡がそれぞれ自らの[[得票]]数を競う方式で放送された。参考データとして公開した「西川のりおvs○○」の数値でのりおの獲得票があまりにも少なかったため、ゲストを招いて対決するコーナーへと発展した。この企画は後に、数人のタレントがクイズ形式で予想する『抱かれてみたいのはグランプリ』へと形を変えていった。なお、この企画は同じ読売テレビ制作で紳助が司会の『[[芸恋リアル]]』へと引き継がれていった。<!--ちなみにのりおの回で19対1と惨敗した[[せんだみつお]]がゲスト出演した回は、[[サッダーム・フセイン]]との対決で7対13、[[桂歌丸]]との対決でも6対14と敗北を喫し、番組内でせんだ自らが「歌丸事件」と称するなど自虐的態度を取っていた。--> ; 抱かれてみたいグランプリ : 6人の有名人の中から、男性有名人の場合「抱かれてみたいのは誰?」、女性有名人の場合は「抱きたいのは誰?」というアンケート調査を行い、先に20人の支持を得られた有名人が1着となる。 : 5人の解答者は、持ち点50点からスタートし、1着になる有名人に得点を賭け、的中すれば掛け点×オッズ分の点数がもらえる。最終的に得点が最も多かった解答者のみが賞金を獲得することができる。司会は上岡または紳助が担当し、オッズも自らつけることになっている。 : 「ドラマ主演レース」では、放映中のドラマ毎に主演共演の男優・女優がセットになっていて、関東で男優のアンケート調査を発表した後に関西で女優のアンケート調査を発表する珍しい方式が取られていた。この企画は後に『[[ダウンタウンDX]]』(こちらも読売テレビ制作)の『ビッグスターイメージレース』のコーナーへと受け継がれていった。 ; クイズ1人しか言いませんでした : 当時[[TBSテレビ|TBS]]で放送されていた人気クイズ番組『[[クイズ100人に聞きました]]』にヒントを得た[[パロディ]]企画。[[有名人]]の「<!-- 姓名、-->[[名字]]、(名字でないほうの)名前、[[漢字]]、[[部首]]などで連想される有名人は?」という質問を100人にアンケートを取り、1人しか答えなかった有名人を当てるというクイズ。通常は東京50人、大阪50人へのアンケートで、問題によっては東京、大阪どちらか100人だった。例あば、「なかむら」と言えば?・・・[[中村主水]]、など、[[歴史上の人物]]や[[フィクション|漫画を含む創作物]]の登場人物も可とされた。 : 正解すると20点加算され、不正解の場合は人数分の減点となる。0人の場合は「ドボン」となり-10点。ある時期より、最初からドボンを狙った解答もしくは空欄解答については40点減点する旨紳助より警告があった。企画後期には、解答時に1回だけ使用することができ、正解すれば2倍の40点加算になるが、不正解時のマイナスも2倍になる「勝負帽」が導入された。なお、使用せずに終わると50点の減点となった。1点 = 1000円のレートで賞金額が決まる(ということになっていた)。企画初期の段階では正解時の加算が10点だったが、レートが厳しすぎて獲得賞金がマイナスで終了する解答者が相次ぎ、結果テレビ局が儲かるケースがほとんどだった。番組内でも本当に罰金額を没収するという発言をしており、ひどい時には10万円以上もの没収を食らうゲスト解答者もいた。後に「企画自体が[[賭博]]行為に当たるのではないか」と[[大阪府警察|大阪府警]]から指摘を受けたというエピソードが番組内のトークで明かされ、それ以降は番組内では1点あたりの金額を言わず「([[缶飲料]]の)[[ウーロン茶]]○本分」という単位をよく使っていた。これ以降、正解時の加算が20点とされた。 : なお、このコーナーで[[ジミー大西]]は司会の紳助に「ジミーちゃん[[パンチ]]!」とよく頭を殴られたり、裸にされたりするなどひどい目にあっていた。[[裸]]にされた理由は、放送途中で持ち点がなくなってしまい、[[衣装]]を形に得点を借りてゲームを続行したためである。 : この企画は『スーパークイズスペシャル』でも、紳助の司会で出題された。 : 当初は100人に聞いても1人も答えなかった有名人を当てるクイズで、タイトルも「クイズ100人が言いませんでした」だったが、あまりにも解答がマニアックになってしまったために変更された。当初は「[[山口さんちのツトム君]]」など、後に可とされた創作物の登場人物は無効とされて結果発表が出る前に減点の対象となった。なお、上岡に無効判定された「山口さんちのツトム君」は10人の回答があり、結局は10点のみの減点となっている。なお、本家である『クイズ100人に聞きました』の最終回は1992年9月28日であり、この企画はその直前の1992年9月22日にスタートしている。 ; クイズ1人しか抱かれてみたいと言いませんでした : EXテレビが放送終了になる直前に、視聴率10%を超える『抱かれてみたいグランプリ』と『クイズ100人に聞いたら1人しか言いませんでした』の2つの企画をドッキングさせて視聴率20%を目指すという企画の元に放送された。「あなたが抱かれてみたい○○さんは?」という質問をして、誰かが20票に到達した時点で1票だけ獲得した人物を答えた場合に正解となるクイズで、○○には「 - 1人しか言いませんでした」と同様に苗字または名前が入る。もし1票だけ獲得した人物がいなかった時には、1票を獲得する人物が現れるまでアンケートが続行された。得点は、『 - 1人しか言いませんでした』と同じ計算方法である。 ; 家宝鑑定ショー : 一般視聴者からお宝が持ち込まれ、プロの[[鑑定#美術品等の鑑定|鑑定士]]がお宝を[[鑑定]]する企画。「偽のお宝を自信満々に持ち込むような学のない金持ちを集め、その鼻を折って笑いを取る」というネガティブな発想から生まれた企画である。EX Osakaの最終回に「司会・島田紳助」つきで企画[[オークション]]に出され、最高値をつけた[[テレビ東京]]が『[[開運!なんでも鑑定団]]』として放送している。 ; クイズここまで出てるのにぃ : [[政治]]・[[芸能]]ネタやちょっと前に[[流行|はやった]]物など、問題を理解しているにもかかわらず[[固有名詞]]が思い出せずに口に出して発言できない、「ここまで出てるのに思い出せない」というものが出題されるクイズ企画。 : まず、6人の解答者は持ち金が与えられる。その後、司会の上岡が、問題によって答えられなかったときの罰金額を設定する。問題の内容によっては、[[ハンデキャップ]]をつけることもある。答えが分かったら、上岡にしか聞こえない[[マイク]]を通じて答える。 : 解答者が答えを言う時にマイクの音声が加工される。番組初期 - 中期の「生放送時」には、上岡の耳元へ「ひそひそ話」の要領で話し、正解か不正解かを判定していた。しかし、番組後期の「収録時」には、編集により、マイクの音声が加工([[効果音]]を入れるなど)されるようになった。その答えが正解の場合は赤い「!」マークが現れ、愛称を言った場合や極端に答えが聞き取りにくい場合は青い「!」マークが現れる。正解すれば賞金はキープだが、制限時間内に答えられなかった場合は上岡が設定した[[罰金]]分差し引かれる。また持ち金が0になっても不正解した場合「[[手形]]」が発行されて、終了後にその発行分の罰金を徴収される。問題が全て終わった時点の残金が賞金となる。 : 番組終了後、期首特番として[[ゴールデンタイム]]に放送されるようになり、後の『[[島田紳助がオールスターの皆様に芸能界の厳しさ教えますスペシャル!]]』へとつながった。なお、企画初期では賞金の設定はなく、出題者を持ち回りにして残りのメンバーが解答する方式だった。制限時間以内に答えられなかった場合は出題者からハリセンで叩かれる。 ; 顔顔DonDon : 「[[終電]]に乗り遅れた人」、「[[ソープ嬢]]」など、モニターに映し出される「[[顔]]」を持つ人物の共通点を当てるクイズ。最初に顔が4人分表示されており、1人ずつ追加されていく。正解時の得点は最初の段階では10点となっており、1人追加されるごとに1点ずつ減っていく。問題によっては正解時にテーマにちなんだ商品がもらえることもある。 ; フンフンゲーム : 出題者がある言葉を、口を開けずに「フンフン」だけで言って、何と言ったかを当てるクイズ。 : 第1回目の時は上岡・紳助を含む出演者が円形のテーブルに着席して行う個人戦で、正解者が次の問題の出題者になった。第2回目の時には、当時読売テレビのアナウンサーの[[羽川英樹]]を司会として上岡チームと紳助チームの対戦形式で行った。あまりにくだらないと出演者が自己批判していたが、この企画も『島田紳助がオールスターの皆様に芸能界の厳しさ教えますスペシャル!』で行われたことがある。 ; クイズ全員が司会者 : 上岡・紳助に[[ダウンタウン (お笑いコンビ)|ダウンタウン]]の2人を交えて、4人がそれぞれ中心を向いたセットに座って交代で問題を出し、出題者が正解を決められる。上岡の意図的な誘導により、次第に上岡をのぞく3人の私生活暴露や吉本の先輩への暴言[[大喜利]]大会になる。 ; クイズ全員が解答者 → クイズ[[ロシアンルーレット]] → クイズロシアンルーレット・メタリカ : 前述の「クイズ全員が司会者」を発展させた企画。中心に小型[[カメラ]]付きの[[ルーレット]]が設置された[[円卓]]型の[[テーブル]]に参加者4人が向き合って座る。まず問題が出題される。その内容は、「あなたと[[性行為|エッチ]]したことのある芸能人の名前を書いてください」など答えにくい質問で、1問ごとにカメラつきルーレットを回してルーレットが止まった時点でカメラが向いている席に座っている者が解答者となる。残り3人は解答予想者として解答者がどのように答えるかを当てる。予想が的中するとウーロン茶100本獲得となる。このため解答者は絶対にウーロン茶100本を獲得出来なかった。 : 第1回目の放送の時は上岡・紳助・ダウンタウンの4人が回答者で司会者がおらず、この時だけ『クイズ全員が解答者』というタイトルだった。2回目以降の放送より『クイズロシアンルーレット』として上岡が司会進行となり、解答者は紳助の他に[[西川のりお]]、[[オール巨人]]、[[桂小枝]]、[[円広志]]、[[大竹まこと]]、[[ラサール石井]]らが出演していた。小枝があまりにも正直に答えないという事が多かったので、小枝が正直に答えていないと判断した時には司会の上岡と3人の解答者から[[空気鉄砲]]を撃たれるペナルティがあった。 : 後に「クイズロシアンルーレット・メタリカ」とタイトルが変更されて、この時から円形のテーブルとカメラつきルーレットがなくなり、それぞれの解答者のアップが司会者の後ろの画面にランダムに映し出され、最後に画面が止まった人物が解答者になるというものになった。 ; 春(秋)の新番組ダービー : 春・秋の番組[[改編期]]に行われる企画。視聴者は、新番組の中で最も早く[[打ち切り|打ち切られる]]番組をハガキで予想し、的中者の中から抽選で1名に高額[[賞金]]がもらえるというものだった。 : 最初の頃は、上岡と紳助が番組ごとに賞金を決定していた。後に、大島渚、[[山藤章二]]、西川のりおなどの著名人8人が加わり、打ち切りと予想した人数に応じて賞金が決定された。ちなみに、当時の人気番組となる『[[ビデオあなたが主役|きよし・徹のあなたが主役]]』や『[[マジカル頭脳パワー!!]]』や『[[愛ラブSMAP]]』などは早く打ち切られる上位に予想していた。正解率は高くなかった。この類の企画は後に[[やしきたかじん]]がメインの番組で行われている。 ; 国会議員クイズ : [[自由民主党 (日本)|自民党]]、[[日本社会党|社会党]]、[[公明党]]、[[民社党]]、[[日本共産党|共産党]]の五党の[[国会議員]]が[[クイズ]]で競う企画で、過去に2回行ったことがある。第1回目は[[クイズグランプリ]]の形式で行われ、自民党から[[原健三郎]]などが出演。第2回目はペアによる大会で[[イントロ]]などのクイズ形式が加わった。なお、2回とも民社党から[[横山ノック]]が参加している。 ; 公開弟子審査会 : 西川のりおとオール巨人の[[弟子]]を決める[[オーディション]]。それぞれの弟子入り希望者各3名ずつ計6名と面談し、結果のりおへ2名、巨人へ2名が合格を果たす。この企画で、当時高校を卒業したばかりだった[[有吉弘行]]が巨人の弟子として合格したが、半年で[[破門]]されている。有吉の出演した番組では、この映像が放送されることがある。 ; 徹底遊戯!あくまで生アソビ : 『[[朝まで生テレビ!]]』のパロディ企画。セット・[[バックグラウンドミュージック|BGM]]・進行・[[スーパーインポーズ (映像編集)|テロップ]]にいたるまで本家を忠実に再現し、大島渚、野坂昭如、[[デーブ・スペクター]]、大学教授や作家などの[[文化人]]が参加し、[[古今東西ゲーム]]や[[しりとり]]などで遊ぶ企画だった。題名は、「徹底遊戯!あくまで生アソビ第一弾・どうなるどうする出題ゲーム」。「朝まで生テレビ」と同じく、[[電話]]や[[ファクシミリ|FAX]]で視聴者から意見を募集していたが、「こんなくだらないことはやめろ」など批判の意見が殺到していた。 ; 芸能才人[[図鑑]] : 毎回、大物ゲストが上岡と紳助と3人でトークする企画。過去に、[[坂上二郎]]、[[橋爪功]]、[[原田芳雄]]などが登場した。 ; 絵画[[チャリティー]]オークション : 芸能人が描いた[[絵画]]を出品し、[[オークション]]するという企画。出品前に、[[画家]]の[[山本集]]がそれぞれの絵画を評価。その中で、ジミー大西の絵画を高く評価し、上岡も「キミは天才や」と絶賛。オークションでは30万円以上の値段が付けられ、ジミーが画家に転向するきっかけとなった。 ; EXラジオ : 上岡と紳助の2人だけで、ラジオトークするという企画。カメラが1台で固定されたり、上岡と紳助の顔部分だけが映ったり、芸能人からのリクエストでBGMを流したりと、[[ラジオ]]の雰囲気を強く出していた。途中で、芸能人の明日のスタジオ入り予定など奇妙なコーナーがあった。また、一度だけジミー大西がメインを務める「ラジオジミー」が放送されたことも。 ; 低俗の限界 : 前半はスタジオに数名の[[ヌードモデル]]が立っていたり、横たわっていたりする中でトークを繰り広げ、後半は上岡と紳助の2人がソファーに腰掛けて真面目なトークを展開する企画。2人の頭を挟むように全裸の女性が座っていて、ちょうど2人の頭が女性の股間を隠すような位置に来るように設定されており、不用意に頭を動かすと女性の局部が露出してしまうことから、2人が頭を動かさないようにしながら様々な行動を取る様子が奇妙な笑いを生んだ。 : また、CM前には有名クイズ・ゲーム番組を[[下ネタ]]にアレンジしたパロディ企画が放送された。ちなみに、この企画が初めて放送された回に、EXテレビ史上最高となる、平均12%、瞬間最高で16%の[[視聴率]]を叩き出した。しかし、初回の放送時に300本を超える苦情電話が殺到する事態となるなどし、合計2回の放送にとどまった。 : 2回目の放送には[[ルポライター]]の[[竹中労]]がゲスト出演、硬派なトークを上岡と紳助と繰り広げたがこの時も3人の頭を挟むように全裸の女性が座っていた。また、この回がそれまでの生放送では対応できないとのことからVTR収録となり、後に木曜同様{{要出典範囲|date=2013年7月|火曜もVTR収録に変更されるきっかけとなったという説もある}}。 ; EX裁判 : 出演者の悪行を[[裁判]]形式で裁く形式で行われる。被告となったゲストの素行を[[証人]]ゲストが[[証言]]する、いわゆる暴露企画である。[[弁護士]]役に上岡、[[検事]]役に紳助が扮し、[[裁判長]]は[[チャンバラトリオ]]の[[南方英二]]や野坂昭如が扮していた。番組の最後に、例えば、女癖の悪さを暴露された被告に「[[去勢]]の刑」を言い渡すなど、遊びとしての判決が下される。 : これの波及企画として、西川のりおが番組のセットを壊したときに上岡がセットの修理代を請求するという設定で本物の弁護士を招き[[擬似裁判]]を行った。結果はのりおの[[無罪]]。この判決に激怒した上岡がのりおが壊したセットの破片を持ってのりおに襲い掛かる所でその日の番組は終了していた。東京版の最終回では、これの延長線上的な企画が「[[遠山の金さん]]」のパロディで展開された。 ; 不幸自慢 : 不幸話を持ったゲストを呼んでトーナメント方式で繰り広げる予定だった企画。当初は1人ずつ[[ゴンドラ]]に乗って不幸話を披露した後、勝敗の判定ではTBS系「[[家族そろって歌合戦]]」のようにゴンドラが上昇したのち、負けた方が下降するという形で企画を進める予定だったが、企画自体があまりにも盛り上がらなかったことと、負けて下降したゴンドラから芸人が転落するという[[ハプニング]]が発生したため、1回戦途中で企画を打ち切りゲストを交えての[[フリートーク]]に変更された。このため、スタジオに用意された[[トーナメント]]型の巨大ゴンドラはほとんど使用されないままに終わった。 ; いきなり生電話 : 著名人ゲストを一人招いて、そのゲストと親交がある100人の著名人をピックアップし、その中から無作為にいきなり電話をかける企画。山城新伍、中村勘九郎(後の[[中村勘三郎 (18代目)|中村勘三郎]])らがこの企画にゲスト出演した。何の予告もなくいきなり深夜に電話をかけられた相手が、テレビをつけて初めてどのような事態であるかが解る様子が伝えられる、生放送ならではの企画である。 : この企画で山城が[[中尾ミエ|ある芸能人]]に電話をしたところ、まず異性が電話に出てしまい、その後に本人から「こんな夜中に用のない電話はやめてください」と叱られてしまった。 ; [[新年会]] : 新年1回目の放送企画。レギュラーゲストを招き、スタジオに組まれた[[宴会]]テーブルを囲んで鍋をつついたり酒を飲んだりしながら会話をするその様子が放送されていた。 ; 人間すごろく : こちらも新年1回目として放送された企画。スタジオ一面に作られた巨大[[すごろく]]の上を出演者自らがコマとなり、大きい[[サイコロ]]を振って、止まったマスの指示に従いながら進む。途中ジミー大西にクイズを出題して、不正解だとペナルティを受けるなどの理不尽な仕掛けもあった。結局番組の放送時間内にゴールにたどり着いた出演者は1人もおらず、企画倒れと悟った紳助がエンディングでカメラに向かって「ごめん、2度とせん!」と謝っていた。 : この企画の司会は[[大竹まこと]]であり、総集編でVTRを見た上岡・紳助は「こういう失敗する企画は、我々はちゃんと避けてる」と語っていた。しかし、この企画も『100人聞いたら- 』に続いて『スーパークイズスペシャル』へと引き継がれた。同様に紳助の司会で、多少アレンジされた上で1996年秋から1997年秋までの3回実施された。 ; 自民党国会議員記憶 : ジミー大西が、事前に当時の[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]の[[衆議院|衆]][[参議院|参]][[国会議員]]全員の名前を[[記憶]]し、当日生放送で発表するというもの。その人数は381人と非常に多かった。1時間の番組全部が、ただ延々と名前が繰り返されるだけだが、[[越智通雄]]がなかなか思い出せずにつっかえるあたりで最高の盛り上がりを見せた。ジミーは全員の名前を思い出すことに成功した。なお、不正を防ぐため、CMは番組の序盤にまとめて放送された。 : 同じ内容の企画をしばらくの期間を置いた後にもう一度ジミー大西に発表してもらうという放送を行際には、結果は10人に満たなかった。この日の番組は「[[一夜漬け]]の記憶はいつまでも続かない」という言葉で締められた。 ; ジミー大西のニュースコーナー : ジミー大西が、直前の『[[NNNきょうの出来事]]』とは全く異なるスタイルで、その日に起こった[[ニュース]]を読み上げるという番組エンディングのコーナー。あまりにもたどたどしい原稿読みに、上岡と紳助はハラハラしながらジミーに[[ツッコミ]]をいれていた。ジミーの「明日は、東京・日本テレビからお送りします」の締め言葉でその日の番組は終了していた。 ; 小相撲 : 普段は体験できない[[大相撲]]の世界を、[[視聴者参加型番組|番組視聴者に体験]]してもらおうという企画。[[相撲]]好きであるにもかかわらず諸事情で大相撲の世界に入れなかった者から単に興味がある者まで、あらゆる参加者が訪れ、「小相撲」なので[[新弟子検査]]基準(身長・体重)を下回ることが条件だった。序盤はパロディの要素もあるので笑いも出たが、[[打ち止め]]の一番では技術の確かな者同士が力のこもった対戦を繰り広げた。 ; お暗いマンガ道場 : 当時、番組ネット局の中京テレビが制作・放送していた[[長寿番組]]『[[お笑いマンガ道場]]』のパロディ企画。本家同様、[[漫画]][[イラスト]]による大喜利。[[蛭子能収]]がこの企画の全ての回に登場したほか、[[ひさうちみちお]]などの本職の[[漫画家]]も出演している。 : 本家でも行われていた、イラストにお題に出された物をあわせたマンガを作る[[コラージュ]]マンガや[[ダジャレ]]マンガも行われた。ダジャレマンガでは上岡にウケたネタならダジャレに使った食材を使った料理が食べられる。ウケは二の次で、深夜らしい、くだらない内容の問題が多かった。 ; 指名手配容疑者に送る自首のすすめ : [[指名手配]]中の[[容疑者]]を丁寧かつ分かりやすく紹介し、事件解決の可能性を高める正義の硬派企画。 ; ローカル芸能人売り出し企画 : 関西なら誰でも知っているが、関東ではまだ認知が浅いという芸能人を紹介する企画。[[浜村淳]]、[[新野新]]、[[キダ・タロー]]、やしきたかじん、桂小枝、[[北野誠]]、[[桂雀々]]、[[タージン]]などが紹介された。当企画の1回目は本人の意向に関係なくタレントを勝手にVTR紹介する形だったため売り込みになっていないものがあり、2回目以降は本人の売り込みになるよう、VTR紹介後、本人が直々にスタジオゲストとして登場する形に改まった。また、当初は東京の業界関係者に紹介することが目的だったが、地方局に対する紹介も可能なことがわかり、中でも鹿児島・徳之島出身の[[桂楽珍]]の場合、本人の意向も含めて最初から南九州方面への局関係者への売り込み、という形で紹介され、実際に鹿児島の局からのメディア出演オファーを獲得している。 ; テレビの限界 : テレビ番組を構成するあらゆるものはどこまで必要か、つまり、何がなくなったら放送できなくなるのか調べてみようという企画。通常のスタジオを構成する、[[副調整室]]を除いた全てを書き出し、それを一つ一つ退場させる。 : いきなりカメラを外そうとするが、そうすると元も子もないので、このときとばかり、プロデューサーやフロアディレクターを外していった。時間いっぱい使い切り、最後はカメラを外して暗転したところでエンディング。それから数年後の1995年10月に『[[BLT (テレビ番組)|BLT]]』の第1回にて放送された「テレビスタッフ山崩し」でも、同様のルール・内容だった。 ; 視聴率調査機のある2600世帯だけにおくる限定番組 : EX Osaka火曜日第2回目の特集。視聴率の信憑性を調べる企画。[[視聴率調査機]]のある視聴者に「今から1分間[[NHK教育テレビジョン|NHK教育]]にチャンネルを合わせてください」と呼びかけた。 : 当時のNHK教育は、この番組が開始してすぐの23:57.30秒にエンディングが放送され、[[考える人]]銅像→[[日章旗]]([[国旗]])掲揚・[[君が代]]演奏→各局[[ID]]を放送して23:59で放送終了しており、チャンネルを合わせても[[スノーノイズ|砂嵐]]か[[カラーバー]]([[テストパターン (放送)|テストパターン映像]])のみだったが、この呼びかけに応じた視聴者はNHK教育にチャンネルを合わせた。その結果、この時間帯は[[ビデオリサーチ]]の視聴率調査で最高2%、[[エーシーニールセン|ニールセン]]社で最高5.9%で、これは当日のNHK教育テレビで放送された全ての番組よりも高い数字だった。そのため、ビデオリサーチ社から[[クレーム]]が来る事態にまで発展した。 : また、この企画は1990年に[[日本民間放送連盟賞]]番組部門テレビ娯楽最優秀賞を受賞した。また、EX Osaka最終回では『視聴率ゼロに挑戦』と題して、「視聴率調査機のある方は今日この番組を見ないでください」とも呼びかけた。 ; NHK教育テレビを教育する : EX Osaka火曜3回目の放送では、この2回目のテーマを反映した形でNHK教育テレビについての企画を準備していたが、上岡があまり乗り気ではなかった上に、その前のNEWS・EXTVのコーナーを強制的に終了しCMになったことに対して上岡が激怒してしまい、生放送であるにもかかわらず進行を無視して、スタジオにいるフロアディレクターを主としたスタッフに対して[[説教]]を始めた。急遽CM明けに途中で流す予定だったVTRを流したが、VTR終了までに上岡の怒りは収まらずに説教している模様がそのままオンエアされてしまった。 : この日の様子は翌日の近畿の夕刊紙である[[大阪新聞]]の1面トップ記事になり、2日後の木曜EX Osakaのオープニングでは、自分の事が1面トップ記事になったことを自ら嬉しそうに紹介していた。また、この時に「あれはスタッフを怒ったのではありません、叱ったのです」とも言っていた。結局この日は、本来の企画のNHK教育テレビではなく、企画を出したEX Osakaのスタッフ自身が上岡に教育されてしまった。 === 最終回 === ; よみうりテレビ : 4年間EX Osakaに携わった出演者総動員による宴会の様子を延々と放送。とはいうものの一筋縄では行かず、途中出席者が口論に走ったり暴言を吐き散らしたりと殺伐としたものであり、ラストは宴会を終えた出席者が、一人ひとりカメラに向かってコメントをしながら退席する中、最後に上岡が「次の番組が惨めに終わりますように」と暴言を吐いて終わった。 : 実際に、『どんまい!!スポーツ&ワイド』はわずか半年で「夜のワイドショー」から[[バラエティ番組]]へとリニューアルし、それに伴い木曜日の後番組『炸裂!生テレフォン』(やしきたかじん司会)が半年で終了した。しかし、火曜日の『[[紳助のサルでもわかるニュース]]』はリニューアル後も継続し、3年半続いた。 ; 日本テレビ : 三宅が「遠山の金さん」ならぬ「三宅の銀さん」に扮して、月曜・水曜・金曜の女性レギュラーに対して裁きを下した。この日のレギュラーのルーは[[瓦版]]売り、[[同心]]役を[[古田新太]]、[[蛭子能収]]、[[見栄晴]]らが演じたが、古田以外は芝居ができずにグダグダの状況が続き、内容の方も月曜・水曜が御構い無しだったのに対し金曜は「ルーが嫌い。」という三宅の一言で[[有罪]]扱いとなった。 == スタッフ == * テーマ曲 : [[三枝成彰]] === 日本テレビ放送網 === * 制作:高橋進(初期) * プロデューサー ** 草野公、笹尾光(初期) ** [[神戸文彦]]、[[吉田真 (プロデューサー)|吉田真]](中 - 後期) * 演出 ** 神戸文彦(月・水・金、初期) ** [[菅原正豊]](月) ** 小澤龍太郎(水) ** [[小川通仁]](金) * 構成 ** 長谷川勝士、浜田悠(月) ** [[詩村博史]]、廣岡豊→長谷川勝士、[[平岡秀章]](水) ** [[山田美保子]](金) * 制作協力 ** [[ハウフルス]](月) ** NTV映像センター(現:[[日テレアックスオン]])(水) ** [[ザ・ワークス (テレビ制作会社)|ザ・ワークス]](金) === 讀賣テレビ放送 === * プロデューサー ** 豊永幸男(初期) ** 藤澤國彦(晩期) ** [[白岩久弥]](晩期を除く) **: 談志のノンストップ落語の回と「最強のトリプル」のうちの一部の企画では演出も担当した。 * ディレクター / プロデューサー(1992年10月以降兼務) ** [[梅田尚哉]](火) ** 南中佑介(木) * ディレクター ** 竹内伸治(火) ** [[西田二郎]](火) ** 藤木康彰(木) ** [[三好順作]](木) * 構成 ** (火)[[倉本美津留]]、[[三木聡]]、[[高須光聖]]、渡辺泰樹、加藤卓、[[九十九一]]、[[西条昇]] ** (木)[[疋田哲夫]]、[[上田信彦]] == ネット局 == '''系列は当番組終了時(1994年4月1日)のもの。''' :★印は、『[[プロ野球ニュース]]』から移行した局。 :☆印は、番組途中打ち切りにより『プロ野球ニュース』へ放送を移行した局。 {| class="wikitable" style="text-align:center;font-size:smaller" ![[放送対象地域]] !放送局 !系列 !備考 |- |[[広域放送|関東広域圏]] |[[日本テレビ放送網|日本テレビ]] |rowspan="13"|[[日本テレビネットワーク協議会|日本テレビ系列]] |'''月曜・水曜・金曜制作局''' |- |[[広域放送|近畿広域圏]] |[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]] |'''火曜・木曜制作局''' |- |[[北海道]] |[[札幌テレビ放送|札幌テレビ]] | |- |[[青森県]] |[[青森放送]]★ |1991年10月1日から<ref name=mast>[[All-nippon News Network|ANN]]脱退・[[日本テレビネットワーク協議会|NNS]][[マストバイ]]局化に伴い放送開始。</ref> |- |[[岩手県]] |[[テレビ岩手]] | |- |[[宮城県]] |[[宮城テレビ放送|ミヤギテレビ]] | |- |[[山形県]] |[[山形放送]] |1993年4月1日から<ref name=mast /> |- |[[福島県]] |[[福島中央テレビ]] | |- |[[山梨県]] |[[山梨放送]] | |- |[[新潟県]] |[[テレビ新潟放送網|テレビ新潟]] | |- |[[長野県]] |[[テレビ信州]] | |- |[[静岡県]] |[[静岡第一テレビ]] | |- |[[石川県]] |[[テレビ金沢]] | |- |[[福井県]] |[[福井放送]] |日本テレビ系列<br />[[All-nippon News Network|テレビ朝日系列]] |1991年4月5日から金曜版は未放送 |- |[[広域放送|中京広域圏]] |[[中京テレビ放送|中京テレビ]] |rowspan="9"|日本テレビ系列 |<ref>年に数回日本テレビと共に『名古屋発EXテレビ』の制作を担当。1990年9月末までは25:00から放送される[[ミニ番組]]『[[ラジオDEごめん#放送時間|きょうの天気]]』との間にかなり長い[[ステーションブレイク]]枠が存在していたため、当時の中京圏の番組表ではあたかもEXテレビが65分番組であるかのように書かれていた。</ref> |- |[[鳥取県]]<br />[[島根県]] |[[日本海テレビジョン放送|日本海テレビ]] | |- |[[広島県]] |[[広島テレビ放送|広島テレビ]] | |- |[[山口県]] |[[山口放送]]★ |1993年10月1日から<ref name=mast /> |- |[[岡山県・香川県の放送|香川県<br />岡山県]] |[[西日本放送テレビ|西日本放送]] | |- |[[愛媛県]] |[[南海放送]] | |- |[[福岡県]] |[[福岡放送]] | |- |[[長崎県]] |[[長崎国際テレビ]] |1991年4月1日開局から |- |[[熊本県]] |[[熊本県民テレビ|くまもと県民テレビ]] | |- |[[大分県]] |[[テレビ大分]] |[[フジネットワーク|フジテレビ系列]]<br />日本テレビ系列 |金曜版は未放送 |- |rowspan="2"|[[鹿児島県]] |[[鹿児島テレビ放送|鹿児島テレビ]]☆ |フジテレビ系列 |金曜版は未放送<br />1992年3月26日打ち切り<ref>日本テレビ系[[深夜番組]]枠廃止に伴う打ち切り。なお、[[鹿児島テレビ放送|鹿児島テレビ]](KTS)は開局から1994年3月31日まで、日本テレビ系列にも加盟していた。</ref> |- |[[鹿児島讀賣テレビ|鹿児島読売テレビ]] |日本テレビ系列 |1994年4月1日の最終回のみ放送 |} == 脚注 == {{Reflist|2}} == 関連項目 == * [[BS11PM]] {{前後番組 | 放送局=[[日本テレビネットワーク協議会|日本テレビ系列]] | 放送枠=平日23:55枠 | 番組名=EXテレビ | 前番組=[[11PM]] | 次番組=[[どんまい!! VARIETYSHOW&SPORTS|どんまい!!スポーツ&ワイド]] }} {{日本テレビ系列深夜の帯番組}} {{三宅裕司}} {{島田紳助}} {{上岡龍太郎}} {{DEFAULTSORT:えつくすてれひ}} [[Category:1990年のテレビ番組 (日本)]] [[Category:日本テレビの帯番組]] [[Category:日本テレビの深夜番組]] [[Category:日本テレビの情報・ワイドショー番組]] [[Category:読売テレビの深夜番組]] [[Category:読売テレビの情報・ワイドショー番組]] [[Category:テレビのお色気番組]] [[Category:ザ・ワークス]] [[Category:ハウフルス]] [[Category:三宅裕司]] [[Category:島田紳助]] [[Category:上岡龍太郎]]
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