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{{Infobox_コンシューマーゲーム機 |名称 = 3DO |ロゴ = |画像 = [[ファイル:3DO-FZ1-Console-Set.png|250px|center]] |画像コメント = Panasonic 3DO REAL |メーカー = [[パナソニック|松下電器産業]](ライセンス供給元:The 3DO Company) |種別 = [[ゲーム機|据置型ゲーム機]] |世代 = [[ゲーム機#第5世代(1990年代中盤~1990年代後半)|第5世代]] |発売日 = {{Flagicon|USA}} {{flagicon|Canada}} [[1993年]][[10月4日]]<br />{{flagicon|JPN}} [[1994年]][[3月20日]]<br />{{flagicon|EU}} [[1994年]] |CPU = |GPU = |メディア = [[CD-ROM]] |ストレージ = メモリーユニット |コントローラ = ケーブル |外部接続端子 = |オンラインサービス = |売上台数 = |最高売上ソフト = |互換ハード = 3DO TRY<br />3DO ALIVE<br />3DOブラスター |前世代ハード = |次世代ハード = [[3DO M2]](Panasonic M2) }} '''3DO'''('''スリーディーオー''')とは、 *かつて存在した[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の[[コンピュータゲーム]]開発企業'''3DO社'''('''The 3DO Company''') *同社の提唱した[[マルチメディア機|マルチメディア端末]]規格である'''3DO規格'''('''3DO system''') *3DO規格を満たしたマルチメディア機である'''3DO端末'''('''3DO Interactive Multiplayer''') のいずれかを指す。本稿ではこの3つについて述べる。 == 概要 == 一般的に「3DO」と言った場合、ゲーム機としての3DO規格端末、とりわけ松下電器産業(当時。現・[[パナソニック]])が北米で1993年、日本で1994年に発売した「'''3DO REAL'''」のことを指す。 北米では世界第二位の[[ゲームソフト]]開発会社である[[エレクトロニック・アーツ]]の創始者[[トリップ・ホーキンス]]が製作したハードとして、日本では家電メーカーの松下電器産業(パナソニック)が製造したハードとして知られた。 ゲーム機第5世代の先陣を切って登場し、次世代ゲーム機戦争の一翼を担うかに見えたが、あまりに高すぎる価格設定と「単なるゲーム機ではなくインタラクティブ・マルチプレイヤー」という一般ゲーマーを軽視した家電としての販売戦略が災いして商業的に失敗した。 なお、「3DO」の「3D」は3次元(''3 Dimension'')、そして、オーディオ(''Audio'')やビデオ(''Video'')のように一般的なものになるように願って、両者に共通する最後の一文字「O」をつけたということである。 == 3DO社 == '''3DO社'''('''The 3DO Company''')は、[[1990年]]に[[エレクトロニック・アーツ]]の創始者の一人[[トリップ・ホーキンス]]が[[ゲーム機]]プラットホーム開発を目的に設立した[[アメリカ合衆国]]の企業である。元々はSMSG(San Mateo Software Group)という名前であった。 1993年に32bitマルチメディア端末の統一規格「3DO」を開発・発表し、北米のマスコミを通じて『[[マルチメディア]]』時代の到来を盛んに宣伝した。3DO端末は松下電器を筆頭とする[[ライセンス]]供与先の電機メーカーより同年に発売されるも、1995年には北米および日本にて第5世代ゲーム機の[[SCE]]・[[PlayStation (ゲーム機)|プレイステーション]]と[[セガ]]・[[セガサターン]]が爆発的な普及を見せ、3DO社の業績は悪化。任天堂の次世代機[[NINTENDO64]]の発売を目前に控えた[[1995年]]末に3DO社は3DO規格に見切りをつけ、3DOの権利を開発中であった64bit規格の次世代機「[[3DO M2|M2]]」の権利もろとも松下電器へ売却してハード事業から撤退した。 その後、ゲームメーカーとして[[セガサターン]](SS)や[[PlayStation (ゲーム機)|PlayStation]](PS)、PC用のソフトを開発・発売していたが、[[2003年]]5月に[[連邦倒産法第11章]]を申請し[[倒産]]した。いくつかの著名なゲームソフトは倒産後に他の会社に買収され、現在も続編が開発されている。 === 3DO社の主なゲームソフト === * [[突撃!アーミーマン 史上最小の作戦]] * [[マイト・アンド・マジック]]シリーズ * [[Meridian 59]] * Cubix Robots for Everyone == 3DO規格 == 3DO(規格)は、[[1993年]]に3DO社が提唱したマルチメディア機、ゲーム機の規格。3DO社は自社ではハードを製造せず、ライセンスを提供した電機メーカーからハードをリリースし、ハードおよびソフトが売れるたびにロイヤリティを徴収するというビジネスモデルをとった。このため複数の会社から機種が発売された。 [[トリップ・ホーキンス]]は[[エレクトロニック・アーツ]](EA)の設立者でもあり、EAが事実上のセカンドパーティとして機能したため、一部に熱烈なファンを獲得した。さらに3DO社は、当時の北米ハード業界を二分していた[[セガ]]や[[任天堂]]より安いロイヤリティでゲームソフトの[[サードパーティ]]を呼び集め、松下電器が北米と日本で多大なプロモーションを行い知名度を上げた。当時の北米での主な競合機である任天堂・[[SNES]]やセガ・[[メガドライブ|Genesis]]と比べてハードウェアの性能は非常に高く、[[タイム (雑誌)|タイム誌]]によって"1994 Product of the Year"に選出されている。 しかし、ハードのプロモーションを事実上一手に担った松下電器は規格提唱社でもゲームメーカーでもない単なる互換機メーカーであり、プロモーションでも「インタラクティブ」や「マルチメディア」を強調するのみで肝心のソフトの宣伝を行わなかった。また競合ゲーム機のように「ハードを赤字覚悟で販売し、ソフトの売り上げやサードパーティからのロイヤリティで補填する」と言うビジネスモデルを取れずハードのみで利益を得る必要があった点、3DO REALは日本製であったことから輸出先のアメリカで699ドル・日本で54800円と競合ゲーム機と比べてあまりに高すぎる価格設定となった。 松下電器の3DO REALを欧州へ輸出した時には[[欧州連合|EU]]から、ゲーム機ではなく関税が高い「[[情報家電]]」として認定されたので価格がさらに高くなったという。「安価なゲーム機」ではなく「高価格なマルチメディア機」と言うコンセプトは、普及の大きな妨げとなった。結果としてハイエンドゲーマーしか手を出さなかったが、松下電器は「3DOがこれほど高価格なのは、これが単なるゲーム機ではなくインタラクティブ・マルチプレイヤーだからである」と主張してその価格を正当化した。 3DOのローンチタイトルとして用意されたゲームは、[[メガCD]]で酷評されたゲームをそのまま3DOに移植した『[[ナイト・トラップ]]』など、「インタラクティブ」の名のもとに動画を垂れ流すだけのゲーム性の低いソフトがほとんどであった(メガCDや3DOといったCD-ROMゲーム機の黎明期の当時に多くリリースされたこのタイプのゲームは、海外では「[[:en:interactive movie|インタラクティブ・ムービー]]」と称されている)。また、3DOはEAの他にもサードパーティとして[[コナミ]]や[[クリスタル・ダイナミックス]]などの大手メーカーの支持を受けたが、他のサードパーティの支持がそれほど集まらなかったため、ゲームの本数自体が少なかった。3DOが売りにした「マルチメディア」にしても、3DOが標準で再生できるデジタルムービーはかなり品質が低く、[[ビデオCD]]規格の動画の再生を可能にするには周辺機器の[[ビデオCD]]アダプター([[MPEG1]]デコーダ)を追加で購入する必要があった。なお、インタラクティブ・ムービーものの一部タイトルには「3DO VIDEO」とパッケージに表記された。 上記の理由から、3DO REALはローンチに失敗。3DOは北米の大手ゲーム雑誌である Electronic Gaming Monthly によって"Worst Console Launch of 1993"に選出されている。 3DO規格が市場から淘汰されつつあった1996年になって、松下電器はようやく(家電としてではなく)ゲーム機としての3DO事業に本腰を入れ始め、3DO社より3DOの権利を後継機の3DO M2の権利もとろも買収し、北米で1996年2月より3DO REALの価格を下げ、4月には松下のゲーム事業を担当するパナソニック・ワンダーテインメント社を(3DO REALの北米発売から3年目にしてようやく)設立し、同時に'''Panasonic M2'''と称する次世代機のプロモーションをプロモーションを大々的に開始した。 M2端末は1997年4月から6月の発売とされており、旧来の3DO端末ユーザーにも何らかのアップグレード施策が約束された。1997年には松下と[[LG電子]](旧・金星電子)からM2端末のプロトタイプ機の発表もなされたが、その頃には競合機のプレイステーションが爆発的普及を見せており、松下は次世代機の展開を断念。1997年6月にはゲーム事業からの撤退を表明し、3DOに関する全てのプロジェクトを終結させた。結局パナソニック・ワンダーテインメント社からは1本のソフトもハードも発売されずに終わった。 結局、販売台数を伸ばせず、3DOは1996年中に市場から姿を消した。ハードの高価さ、サードパーティの支持の少なさ、ソフトの少なさ、競合機の爆発的普及、などの理由が3DOの敗北の主な要因と思われる。 なお、松下が3DO社から買収したM2のアーキテクチャは、松下の業務用端末や[[自動販売機]]などの[[組み込み]]用基板として主に流用され、ゲーム用途としてはコナミの[[アーケードゲーム基板]]として一部採用されたのみとなった。またパナソニック・ワンダーテインメント社は他社ハード向けのソフトウェア開発に転換したが、やはり1本のソフトも発売することなく1999年に清算された。 === 仕様・主要諸元 === [[File:3DO Clio Graphics Accelerator.jpg|thumb|right|3DO REALのグラフィックチップ"Clio"。3DOのロゴが刻印されている]] *[[CPU]] : 32ビット[[RISC]]プロセッサ [[ARMアーキテクチャ|ARM]]60(12.5MHz) *[[メモリ]] : メイン2MB,VRAM 1MB,SRAM 32KB[バッテリーバックアップ(3DO REALⅡではCR2032を使用)] *[[バス (コンピュータ)|バス]]速度 : 50MB/秒 *[[Direct_Memory_Access|DMA]] : 24ch *描画速度 : 6400万[[ピクセル]]/秒 *[[解像度]] : 640ドット×480ライン *カラー機能 : 最大1,670色、32,000色同時発色 *[[ポリゴン]]機能 : [[3次元コンピュータグラフィックス#制作のための技術|テクスチャマッピング]]、[[グーローシェーディング]] *サウンド : DSP *[[CD-ROM]]ドライブ : 倍速 **対応CD-ROM規格 : 3DO用CD・[[CD-DA]]・[[ビデオCD]]・[[CD-G]]・[[フォトCD]] **毎秒30フレームのフルスクリーン・フルカラー動画再生機能(シネパック) **ビデオCDの再生にはビデオCDアダプターが必要(高精細静止画不可) == 3DO端末 == [[ファイル:GoldStar Unit.jpg|thumb|right|[[LGエレクトロニクス|金星電子]] 3DO ALIVE]] [[東芝]]や[[AT&T]]などかなり多くの企業が3DO端末の発売に意欲を示したものの、最終的には松下電器(Panasonic)、三洋電機(Sanyo)、[[金星電子]](Goldstar)の3社から3DO端末が販売され、[[クリエイティブ・テクノロジー]]もPCカードの形で販売を行っている。しかし北米市場・日本市場共に、松下電器の機種「3DO REAL」が最もよく知られている。遅れて[[サムスン電子]](Samsung)も3DO端末の発売を表明したが、ハードを発売する前に3DOが終息してしまったためモックアップのみ知られている。 *'''Panasonic FZ-1 R.E.A.L. 3DO Interactive Multiplayer''' (日本、アジア、北米、ヨーロッパ) — 3DO REAL。最初に登場した3DO端末であり、北米市場で$699.99で販売された。1994年に$399.99に値下げされた。<ref>{{cite journal| year =1994| month =December 11| title =For 3DO, a Make-or-Break Season| url =http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9904E1DF1039F932A25751C1A962958260&sec=&spon=&pagewanted=all| journal =New York Times| accessdate=December 31, 2007 | work=The New York Times | first=John | last=Markoff}}</ref> *'''Panasonic FZ-10 R.E.A.L. 3DO Interactive Multiplayer''' (日本、北米、ヨーロッパ) – 3DO REAL II。1995年発売。FZ-1の後継機として、より低価格化、スリム化、軽量化がなされた製品。 トップローディングCDトレイ、内部メモリマネージャーが付いており、[[LED]]とコントローラ接続端子の位置が変更されている。コントローラもFZ-1より軽量化・小型化されているが、ヘッドホン出力端子が削除された。 *'''ROBO''' (日本のみ) — A FZ-1のカスタム仕様。CDドライブが5個付いている。 *'''Goldstar 3DO Interactive Multiplayer''' (韓国、北米、ヨーロッパ) — 3DO ALIVE。1994年発売。形状的にはFZ-1に似ているが、ハード的には仕様が違う。また、ファイルの処理数の制限のために、いくつかのソフトが動かないとの報告がある。 *'''Goldstar 3DO ALIVE II'''' (韓国のみ) - 3DO ALIVE II。 *'''Sanyo TRY 3DO Interactive Multiplayer''' (日本のみ) - 3DO TRY。 *'''SAMSUNG 3DO ''' (発売中止) -VHSビデオデッキの様なデザイン。本体内部にビデオCDアダプター接続専用のスペースがある。従来機ではオプション扱いであったMPEGデコーダを内蔵している。 *'''[[Creative Technology|Creative]] 3DO Blaster''' — 3DO Blaster。[[PC/AT互換機|PC]]用の[[Industry Standard Architecture|ISA]]拡張カードの形式で販売された。PCで3DO用ゲームを楽しむため、2倍速CD-ROMとコントローラーが付属している。 <gallery caption="3DO REAL(FZ-1)に実装されているLSI" perrow="3"> File:VY86C06020FC-2 02.jpg|<br />ARM60 CPU(VY86C06020FC-2)<br />※下記FZ-10と同様にP60ARMが実装されているものもある。 File:6SC700HF101 03.jpg|<br />MADAM(6SC700HF101) File:6SC800HF103 01.jpg|<br />CLIO(6SC800HF103) </gallery> <gallery caption="3DO REAL II(FZ-10)に実装されているLSI" perrow="3"> File:P60ARM_GC_01.jpg|<br />ARM60 CPU(P60ARM) File:6SC700HF101_02.jpg|<br />MADAM(6SC700HF101) File:6SC800HF103_02.jpg|<br />CLIO(6SC800HF103) </gallery> == 日本における3DO == [[File:3DO REAL II.jpg|thumb|right|松下電器産業 3DO REAL II]] 日本では[[1994年]]3月に、[[スプライト (映像技術)|スプライト]]や動画再生能力を持つ32bitゲーム機の先駆けとして、3DO規格マシン「3DO REAL」を[[パナソニック|松下電器]]がパナソニックブランドで発売した。当初の希望小売価格は79800円と発表されていたが、最終的に54800円で発売された。日本は3DO端末の世界最大のハードウェアベンダーであった松下電器の拠点であったため、北米と並ぶ市場であった。松下電器は発売当初、[[アインシュタイン]]をイメージキャラクターとした「3DO REAL」のプロモーションを盛んに仕掛けた。後に[[三洋電機]]からも「3DO TRY」が発売された。 3DO社の方針通り、あくまで[[デジタル家庭電化製品|情報家電]]という位置づけで販売し、メーカーもゲーム機ではなく「インタラクティブ・マルチプレイヤー」と称していた。3DOのビジネスモデルから原価以上に販売価格を設定せざるを得ず、他のゲーム機と比べて高価だった。しかもゲームショップなどをメインに販売された競合ゲーム機に対し、3DO REALは松下が持つ家電としての販路を利用して主に販売された上に、松下電器は地域専門店、いわゆる「[[ナショナルショップ]]」での販売も行ったので、メーカーに対する発言力の強いこれらの店が儲かる施策が必要で、競合機のような積極的な値引き販売ができなかった。三洋電機の販売した「3DO TRY」の実売価格は3DO REALと比較して安価だったが、松下よりもさらに販路が弱い三洋の家電の販路を利用して販売されたため、非常に流通量が限られた。このように発売当初の3DO端末は旧来の家電製品のビジネスモデルから脱却できなかった。 日本で発売された初期のゲームソフトの大半はエレクトロニック・アーツ・ビクター(EAV、現:[[エレクトロニック・アーツ]]日本法人)らによる「[[洋ゲー]]」の日本語版であり、「[[洋ゲー]]」を嫌う日本では普及の阻害要因となった。 このように日本発売当初の3DOはハード・ソフト共にゲーマーへのアピールが弱く、その結果、本機が本来持っていた筈の「ゲームに留まらない情報家電」というマシンへの展開がなされず、「単に高いゲーム機」「洋ゲー主流で取りつきにくいマシン」というイメージで一般層に普及しないという悪循環へ陥った。「ゲームに留まらない」という方向性のため多くのゲーム雑誌でも扱いは他のゲーム機と同格ではなく、別枠で便宜的に紹介されるだけだったのも一般への認知度の広がりを阻害した。 3DO REALが発売されてから約半年後の11月には「[[セガサターン]]」(SS)、12月には「[[PlayStation (ゲーム機)|プレイステーション]]」(PS)という競合機が一気に展開。それに対抗するため、11月には[[カプコン]]からそれまで国内のコンシューマソフトとしては発売されていなかった業務用ヒットタイトル「[[ストリートファイターII|スーパーストリートファイターII X]]」が発売。これを機に一気に国内消費者を意識したラインナップへと転換を図り、同時に高額だった本体も設計見直しによる改良機「3DO REAL II」を廉価(44800円)で販売するなど普及戦略を仕掛けた。しかしそれ以上のヒット作が不在で、洋ゲーと国内中小のサードパーティーが開発した版権キャラクターもののタイトルで占めていた3DOは早くも抜かれてしまう。 1995年4月発売の国産タイトル『[[Dの食卓]]』のヒットでハードもいったんは上向いた。しかし、これと同年9月末発売の[[コナミ]]の『[[ポリスノーツ]]』以降は知名度の高い[[キラーソフト]]を継続的に送り出すことができず再び失速、SS・PSの世界展開開始に反比例して3DOの不振が顕著になった。なお、同年中にコナミから[[メタルギアシリーズ]]の第三作目として『メタルギア3(仮)』の発売計画が進められるも、[[阪神・淡路大震災]]による神戸本社の被災と3DO市場の低迷から事実上凍結となり、1998年にPSの[[メタルギアソリッド]]と改変のうえ発売された<ref>[[小島秀夫 (ゲームデザイナー)|小島秀夫]]が「[[HIDECHAN! ラジオ]]」にて発言している</ref>。 第5世代ゲーム機の先陣を切って登場した3DOにおいては実写の[[アダルトゲーム]]の発売が認容され、海外タイトルでは[[ポルノ女優]]の静止画や動画を再生するもの、国産では[[脱衣麻雀]]ものや[[野球拳]]による[[脱衣ゲーム]]類、[[美少女ゲーム]]が発売されている。再生対応としていた[[ビデオCD]]はLDと比べ画質が劣ることもあり、日本では専ら[[アダルトビデオ]]系統の正規タイトルが多かったため、これを逆手に取り、ナイステックの[[#日本における3DO端末|ROBO]]が発売されラブホテルのサービス機器として実用化された。 松下電器は1995年末に3DO規格の権利を買収し、名実共に松下電機のマルチメディア規格となったものの、規格提唱社の撤退は[[サードパーティ]]をひるませてしまった。松下電器は3DOが市場から淘汰され始めた1996年になってようやくゲーム機としての3DOの展開に本腰を入れ始め、松下自身がゲーム部門の子会社を設立し、3DOの上位互換を持った後継機「[[3DO M2|Panasonic M2]]」の開発を公言するも、確固たるユーザー層を積み上げてしのぎを削り合う状態になったSSとPSの勢いに追いつくことができず、6月には[[任天堂]]の「[[NINTENDO64]]」(N64)が発売されたことでユーザーの興味はほぼ完全にSS・PS・N64の3機種に絞られ、ユーザーを3DOに振り返らせる術を失い同年末ころまでには淘汰され店頭から消えていった。 3DO M2のローンチタイトルとしてワープが『[[Dの食卓2]]』の開発を表明し、プロモーションビデオも公開され1996年夏に発売予定とされたが、3DOの終息により開発は放棄された。その後、ストーリー構成から作り直し「[[Dの食卓2|D2]]」として1999年12月に[[ドリームキャスト]]で発売されている。 3DOソフトとして製作された一部のタイトルはPSやSSで移植版が発売され、更にその一部は[[ゲームアーカイブス]]配信タイトルとなり現在もプレイ可能である([[テーマパーク]]など)。 松下電器は[[任天堂]]と提携し2001年に[[ニンテンドーゲームキューブ]]互換機「[[ニンテンドーゲームキューブ#互換機「Q」|Q]]」によってゲーム機市場に再参入したが、販売台数は低迷し、以後自社製品のゲーム機は発売していない。 ===ソフトタイトル=== {{see|3DOのゲームタイトル一覧}} ====レイティング==== 自主規制による[[レイティングシステム]]が定められた。 *'''E'''(一般向・緑) *'''16'''(16歳未満不適・黄) - 過激な暴力・猟奇的描写が含まれるタイトル、AOよりも性的描写が軽微なタイトルに指定。 *'''AO'''(成人専用 18歳未満販売禁止・赤) - AOはAdults Onlyの略。性的表現を含んだ[[アダルトゲーム]]タイトルに指定。 === 日本における3DO端末 === * 3DO REAL(FZ-1)- 松下電器 1994年3月20日発売 予価79,800円→発売価格54,800円 *:[[リムーバブルメディア#メディアの装填|トレイ式]]CD-ROMドライブには、その当時'''[[パナソニック四国エレクトロニクス|松下寿電子工業]]'''が生産し、[[コンパック]]や[[アップルコンピュータ|Apple]]などPCベンダー各社に供給されていた'''CR-503'''系のドライブが搭載されていた。搭載ドライブのバリエーションについては不明。 * 3DO TRY(IMP-21J)- 三洋電機 1994年10月1日発売 54,800円→オープン価格(1995年夏頃から) * 3DO REAL II(FZ-10)- 松下電器 1994年11月11日発売 44,800円→オープン価格(1995年夏頃から) *: CDドライブをトップローディング式へ変更し、倍速CD-ROMの駆動回路や電子回路の集積化などコストダウンをはかったモデル。 *ROBO - ナイステック 3DO REAL初代機を業務用に改造したバージョン。「3DO ROBO」ではなく「ROBO」が正式名称である。ビデオCDアダプタが標準で付属し、CDドライブが5個付いている。[[双葉電子工業]]の子会社であるナイステック社が[[ラブホテル]]に納入するために500台製作したもの<ref>[http://homepage3.nifty.com/~io/stella/]</ref>。一般には出回っていない。 === 周辺機器 === ; 3DOコントロールパッド(Panasonic FZ-J91X/FZ-J92X) : 標準の[[ゲームコントローラ|コントロールパッド]]。パッド上部に別のパッドを接続するためのコネクタを備えており、[[デイジーチェーン]]で8台まで接続できるという珍しい仕様になっている。また、パッド下部にステレオ[[フォーンプラグ|ヘッドフォン端子]]や音量ボリュームを備えているタイプもある。 ; 3DOマウス(Panasonic FZ-JM1) : 3DO専用の[[マウス (コンピュータ)|マウス]]。マウス対応のソフトでのみ使用可能。 ; デジタルスティックコントローラー : アーケードゲーム仕様のコントローラー。(Panasonic FZ-JS1) ; 6ボタンコントロールパッド(Panasonic FZ-JJ1XP) : スーパーファミコン用コントローラー「カプコンパッドソルジャー」の3DO版。 ; メモリーユニット(Panasonic FZ-EM256) : ゲームのセーブデータを保存しておくための外部[[補助記憶装置]]。容量は256KBで、本体内蔵メモリーの8倍の容量である。 ; ビデオCDアダプタ(Panasonic FZ-FV1) : [[ビデオCD]]を再生するのに必要なアダプタ。COMPACT DISC DIGITAL VIDEO、VIDEO CD、3DO DIGITAL VIDEO対応。Panasonic 3DO REAL(FZ-1)専用。 ; ビデオCDアダプタ(Panasonic FZ-FV1A) : 上記FZ-FV1のVCD Ver.2.0、PBC(プレイバックコントロール)機能対応版。 ; ビデオCDアダプター用電源(Panasonic FZ-AA103) : 上記FZ-FV1、FZ-FV1Aの電源。 ; ビデオCDアダプタ(Panasonic FZ-FV10) : FZ-10専用ビデオCDアダプタ。 ; カラオケミキサー(Panasonic FZ-AKI) ; 推奨マイク(RP-VK-90-K) ; ステレオヘッドホン(RP-HT950-H) ; ビデオプリンター(NV-NP7) == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} <references /> == 関連項目 == ;松下電器産業のハード 3DOは商業的には失敗したが、史上幾度となくゲームパソコン・マルチメディア機・ゲーム機への参入を繰り返している松下電器産業のハードとしては最も成功している。 * [[MSXturboR]] - 1990年に発表されたパソコンの規格。参入したのは松下電器産業のみで、事実上、松下のハードであった。 * Panasonic 3DO REAL - 1993年に松下電器産業が発売したマルチメディア機。本稿で述べている。 * [[3DO M2|Panasonic M2]] - 1994年に松下電器産業が発表したゲーム機。コンシューマ機としては発売が断念され、いくつかの業務用機に採用された。 * [[ニンテンドーゲームキューブ#互換機「Q」|Panasonic Q]] - 2001年に松下電器産業が発売した[[ニンテンドーゲームキューブ]]互換マルチメディア機。ちなみにこの時代の「マルチメディア」とは「[[DVDビデオ]]再生対応」と言う意味。 * [[Panasonic The Jungle]] - 2010年にパナソニックが発表した携帯型ゲーム機。2011年に市場の変化により発売を断念したとのアナウンスがあった。 <!--;競合したマルチメディア機 3DOは商業的には失敗したが、CD-ROMが普及し始めた1990年代初頭に各メーカーが盛んに参入した「マルチメディア機」の中では最も成功している。 * [[CD-i]] - [[フィリップス]]社が策定し、1991年に最初の対応製品を発売したマルチメディアの規格。 * [[CDTV|Commodore CDTV]] - 1991年に[[コモドール]]社が発売したマルチメディア機。 * [[レーザーアクティブ]] - 1993年にパイオニアが発売したマルチメディア機。--> ;ゲーム製作者 * [[飯野賢治]] - 3DOのキラーソフト『[[Dの食卓]]』の製作者。飯野が率いるワープ社は3DO用ゲームの開発で名を上げた。 * [[小島秀夫 (ゲームデザイナー)|小島秀夫]] - コナミに所属するゲームクリエイターで、飯野と並んで3DO支持を表明した代表的な人物。『[[ポリスノーツ]]』などを制作。 * [[高城剛]] - 1994年当時の日本のテレビ等で3DOを賞賛。フューチャー・パイレーツ社の代表として『チキチキマシン猛レース』などを製作。 ;その他 * [[カプコン]] - 業務用ソフトとして大ヒットした初めての3DOのキラーソフト『[[ストリートファイターII|スーパーストリートファイターII X]]』の製作会社。 * [[アルベルト・アインシュタイン]] - 日本における3DO REALのイメージキャラクター * [[NUON]](ヌオン) - 1998年に発売され、3DOと同じコンセプトで失敗したマルチメディア機。3DOに正式参入しつつもハードの発売時期を逃したサムスンと、当初賛同を表明しつつも最終的に参入を見送った東芝の2社が対応機種を発売した。 == 外部リンク == {{Commons|Category:3DO}} *[https://web.archive.org/web/20080923154024/http://assembler.roarvgm.com/3do_blaster/3do_blaster.html 3DO BLASTER] - Internetアーカイブ保管。 *[http://ysw.digi2.jp/3do/ 3DO SOFT MUSEUM] {{家庭用ゲーム機/その他}} {{DEFAULTSORT:すりていお}} [[Category:ゲームメーカー・ブランドの歴史]] [[Category:ゲーム機]] [[Category:かつて存在したアメリカ合衆国の企業]] [[Category:パナソニック]] [[Category:1990年代の玩具]] [[Category:平成時代の文化]]
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