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{{centurybox| 前世紀=15 | 世紀=16 | 次世紀=17 | 前世紀=15 | 前世紀=15 | 前世紀=15 | 前世紀=15 | 前世紀=15 | 前世紀=15 | 前世紀=15 | 前世紀=15 | 前世紀=15 | 前世紀=15 | }} [[ファイル:Lightmatter stpeterscathedral vatican.jpg|thumb|200px|'''ルネサンス'''(サン・ピエトロ大聖堂内部)]] [[ファイル:The Spanish Armada.jpg|thumb|300px|[[アルマダ海戦]](グラヴリンヌ沖海戦)。この戦いでスペインを打ち破ったイングランドは強国としてのしあがることになる。]] [[ファイル:Namban-13.jpg|thumb|210px|伝[[狩野内膳]]の「南蛮屏風」([[リスボン]][[国立古美術館]]蔵)の一部。ヨーロッパ人の来訪は日本にまで及んだ。]] [[ファイル:Lisboa Lisbon Lissabon.jpg|thumb|right|210px|[[ベレンの塔]]。ポルトガル最盛期を代表するマヌエル1世幸運王がマゼラン(マガリャンイス)の世界周航を記念して建造した要塞。]] [[File:Guaman Poma - Ataw Wallpa.jpg|thumb|right|180px|インカ皇帝アタワルパ。スペイン人に処刑され事実上の最後の皇帝となった。画像はグァマン・ポマの『新しい記録と良き統治』の挿絵。]] [[ファイル:Francois Dubois 001.jpg|thumb|230px|サン・バルテルミの虐殺。プロテスタンとカトリックの対立はフランスでは王権をめぐる内戦となり、この混乱からブルボン朝が生まれることになる。]] [[ファイル:St Basils CathedralR.jpg|thumb|right|200px|モスクワの[[聖ワシリイ大聖堂]]。ロシアのイヴァン4世(雷帝)が[[カザン]]征服を記念して建てたビザンティン様式の教会。]] [[ファイル:Hunername 257b.jpg|thumb|200px|[[第一次ウィーン包囲]]。壮麗王とも呼ばれた[[スレイマン1世]]の時代にオスマン帝国の領土は最大に広がり、ヨーロッパ諸国の脅威となった。]] [[File:Ikhlas 001.jpg|thumb|200px|戦象に乗って戦う[[ムガル帝国]]のアクバル大帝。イスラーム教徒とヒンドゥー教徒の融和に尽くした賢君とされている。]] [[ファイル:Chinese - Faceted Vase - Walters 49737 - Profile.jpg|thumb|210px|「五彩竜仙人文尊形瓶」。明の中期から後期には五彩など華やかな意匠の陶磁器が発展しそれらは「[[万暦赤絵]]」と呼ばれた。]] '''16世紀'''(じゅうろくせいき)は、[[西暦]][[1501年]]から西暦[[1600年]]までの100年間を指す。 == 16世紀の歴史 == === 世界 === [[ヨーロッパ]]では'''[[ルネサンス]]'''と'''[[宗教改革]]'''の嵐により[[中世]]的な世界観にかわり、[[近世]]的な新しい世界観が生まれた。また、これまで[[天動説]]の体系が長らく信じられてきたが、[[ニコラウス・コペルニクス]]により'''[[地動説]]'''が発表された。当初はなかなか支持を得られず、明確に賛同する[[天文学者]]も[[ヨハネス・ケプラー]]や[[ガリレオ・ガリレイ]]の登場まで現れなかった。[[暦]]では、[[ローマ教皇]][[グレゴリウス13世 (ローマ教皇)|グレゴリウス13世]]が[[ユリウス暦]]を改良して[[新暦]]となる'''[[グレゴリオ暦]]'''を制定すると、まずは[[カトリック教会|カトリック]]国家で使われ始めたが、世界中に浸透するまでにはまだ時間を要することとなる。 [[スペイン]]が送り込んだ[[コンキスタドール]]やヨーロッパからもたらされた[[伝染病]]などにより、[[新大陸]]の既存の文明である[[インカ文明]]([[アンデス文明]])、[[アステカ文明]]は滅亡、[[マヤ文明]]も大きく衰退([[17世紀]]に滅亡)し、[[大航海時代]]における「冒険の時代」から「'''征服の時代'''」へと移行した。 [[アジア]]各国では新たな繁栄の時代となり、国内[[政治]]が充実し、[[文化]]、[[経済]]が発展した。新大陸や[[日本]]から流れた大量の[[銀]]が世界的な[[バブル経済]]をおこし、[[西欧]]、アジアの経済が急速に拡大した。 === 日本 === [[室町時代]]後期([[戦国時代 (日本)|戦国時代]])、[[安土桃山時代]]にあたる。 [[戦国大名]]の乱立により戦乱が約1世紀に渡り続いていたが、[[天下統一]]を目前に[[本能寺の変]]で倒れた[[織田信長]]に代わり、[[家臣]]の[[豊臣秀吉]]が統一を果たした。しかし、秀吉の死後には[[豊臣政権]]内の対立が表面化、'''[[関ヶ原の戦い]]'''により[[徳川家康]]率いる東軍が政権擁護派の[[石田三成]]ら西軍に勝利を収め、家康の[[覇権]]を決定的なものとした。 == できごと == * [[西洋史]]では、[[ルネサンス]]・[[宗教改革]]以降を[[近世]]と区分する。 * [[中国]]では明朝時代中期から後期にあたる。 ---- * 1503年 - チェリニョーラの戦いで、スペインがナポリを征服。 * 1503年 ** 教皇アレクサンデル6世死去。後継教皇としてピウス3世、続いてユリウス2世が即位。 *** 教皇アレクサンデル6世の息子[[チェーザレ・ボルジア]]の没落。 * 1504年 - [[立河原の戦い]]。 * 1505年 - [[明]]の[[正徳帝]]が第11代皇帝に即位。 * 1507年 ** [[細川政元]]が[[暗殺]]される。 ** [[シャイバーニー朝]]によりティムール朝[[ヘラート]]政権が崩壊。 * 1508年 - 亡命していた[[室町幕府]]第10代[[征夷大将軍|将軍]][[足利義稙]]が上洛し将軍に復帰。 * 1509年 - ポルトガルがディウ沖海戦でイスラム勢力に勝利しインド洋の覇権を握る。 * 1510年 ** [[レオ10世 (ローマ教皇)|レオ10世]]が[[教皇]]になる。 ** [[ダヤン・ハーン]]がモンゴルを再統一。 ** 明で[[安化王の乱]]。 ** [[朝鮮]]で[[三浦の乱]]が起こる。 * 1511年 - [[ポルトガル]]が[[マラッカ]]を占領。 * 1512年 - ティムール朝の[[バーブル]]が[[サマルカンド]]を放棄。以後、中央アジアからインドに進出。 * 1514年 - [[チャルディラーンの戦い]]で[[オスマン朝]]が[[サファヴィー朝]]に勝利。 * 1516年 - [[ヴェネツィア]]に[[ヴェネツィア・ゲットー|ゲットー]]が設置される。 * 1517年 ** [[マルティン・ルター]]の「95ヶ条の論題」([[宗教改革]]の発端)。 ** [[オスマン帝国]]の[[セリム1世]]が[[マムルーク朝]]を滅ぼす。 * 1519年 ** [[神聖ローマ皇帝]][[カール5世 (神聖ローマ皇帝)|カール5世]]即位。 ** 明で[[寧王の乱]]。 * 1520年 ** オスマン帝国で[[スレイマン1世]]即位。オスマン帝国の全盛期。 ** イングランド王ヘンリー8世とフランス王フランソワ1世の会見([[金襴の陣]])。 ** [[デンマーク]]による[[ストックホルムの血浴]]。 * 1521年 ** [[フェルディナンド・マゼラン]]が太平洋経由でフィリピンへ到達、世界一周を成し遂げるもイスラムの部族長ラプラプ率いる軍に敗れ死亡。 ** [[アステカ帝国]]が[[エルナン・コルテス]]により征服される。 ** [[ヴォルムス国会]]でマルティン・ルターがカトリック教会との決別を宣言。 ** ルターがザクセン選帝侯により[[ヴァルトブルク城]]にかくまわれ、[[新約聖書]]を[[ドイツ語]]に翻訳。 ** [[後柏原天皇]]が即位22年目にして、ようやく即位の礼を行う。 ** [[足利義晴]]が室町幕府第12代将軍となる。 ** 明の[[嘉靖帝]]が第12代皇帝に即位。[[大礼の議]]の論争が起こる。 * 1522年 ** [[ドイツ騎士戦争]]。 ** [[ロードス島]]包囲戦でオスマン帝国が勝利。 * 1523年 ** [[スウェーデン]]が[[カルマル同盟]]を脱し独立([[ヴァーサ朝]] - [[1654年]])。国王は[[グスタフ1世 (スウェーデン王)|グスタフ1世]]。 ** [[フルドリッヒ・ツヴィングリ|ツヴィングリ]]の「67ヶ条の論題」。[[チューリッヒ]]での宗教改革の始まり。 ** [[寧波の乱]]。 * 1524年 - [[ドイツ農民戦争]]。 * 1525年 - [[パヴィアの戦い]]でフランス王フランソワ1世が神聖ローマ皇帝カール5世により捕虜になる * 1526年 ** 後柏原天皇が没し、第105代[[後奈良天皇]]が[[践祚]]。 ** [[石見銀山]]が[[博多]]の豪商神屋寿禎によって発見される。 *** 続く1533年の灰吹き法の導入により世界的な銀生産地に発展。 ** [[インド]]で[[バーブル]]が[[ムガル朝]]を建国する。 ** [[モハーチの戦い]]で、ハンガリー国王[[ラヨシュ2世]]が戦死する。 * 1527年 ** [[ローマの略奪]]により教皇[[クレメンス7世 (ローマ教皇)|クレメンス7世]]が神聖ローマ皇帝カール5世に屈服。 *** 事実上のイタリアでの盛期ルネサンスの終了。技巧と奇想にあふれるマニエリスム様式が広がる。 ** [[黎朝]]の王位が[[莫登庸]]によって簒奪される。 * 1529年 ** [[貴婦人の和約]](カンブレーの和約)。 ** [[神聖ローマ帝国]]の[[首都]][[ウイーン]]がオスマン帝国に包囲される([[第一次ウィーン包囲]])。 ** [[サラゴサ条約]]。 * 1530年 ** [[フィリップ・メランヒトン]]が「[[アウクスブルク信仰告白]]」を起草する。 ** [[聖ヨハネ騎士団]]が[[マルタ島]]を領有する([[マルタ騎士団]])。 * 1532年 ** [[享禄・天文の乱]]により[[三好元長]]の堺政権([[堺幕府]])崩壊、この混乱で畿内各地を[[一向一揆]]が攻撃。 * 1533年 ** [[インカ帝国]]が[[フランシスコ・ピサロ]]により征服される。 ** フランス王子[[アンリ2世 (フランス王)|アンリ(後のアンリ2世)]]と[[カトリーヌ・ド・メディシス]]の婚姻。 ** イングランド王ヘンリー8世が[[キャサリン・オブ・アラゴン]]と離婚、[[アン・ブーリン]]と再婚。 * 1534年 ** 教皇クレメンス7世が[[イングランド]]王[[ヘンリー8世 (イングランド王)|ヘンリー8世]]を[[破門]]。 ** [[イギリス国教会]]が[[カトリック教会]]から分離。 ** [[ジャック・カルティエ]]第1回探検行。 ** [[イグナチオ・デ・ロヨラ]]ら[[イエズス会]]を結成。 ** フランスで[[檄文事件]]。 * 1535年 ** ジャック・カルティエ第2回探検行。イロコイ族の村落オシュラガの山を[[モントリオール|モンロワイヤル]]と命名。 ** ミラノの[[スフォルツァ家]]断絶。ミラノはハプスブルク家に支配される。 ** スペインが[[チュニス]]を占領し、[[ハフス朝]]を保護下に置く。 * 1536年 ** イングランド王ヘンリー8世が[[ウェールズ]]を併合。 ** [[ジャン・カルヴァン]]の宗教改革。 ** [[天文法華の乱]]。 * 1538年 ** [[プレヴェザの海戦]]で、オスマン帝国艦隊が[[スペイン]]・[[ヴェネツィア]]艦隊に勝利し、[[地中海]]の制海権を握る。 ** [[ディーウ]]沖海戦で、ポルトガル艦隊がオスマン帝国艦隊に勝利、インド洋の制海権を握る。 * 1540年 ** イエズス会がローマ教皇[[パウルス3世 (ローマ教皇)|パウルス3世]]より正式に[[修道会]]として認可される。 ** [[シェール・シャー]]が[[カナウジ]]の戦いでムガル朝を破り[[デリー]]と[[アーグラ]]を占領。北インドでの[[スール朝]]の覇権を確立。 * 1541年 ** [[ジャック・カルティエ]]第3回探検行。 ** イングランド王ヘンリー8世が[[アイルランド王国]]国王を名乗る。 ** ミケランジェロによる[[システィーナ礼拝堂]]祭壇壁画「[[最後の審判 (ミケランジェロ)|最後の審判]]」が完成する。 * 1542年 ** 明で嘉靖帝暗殺未遂事件(壬寅宮変または宮婢の変)。 ** この年までにイングランドの全ての修道院が解散され、王室による財産没収が完了。 ** [[ラス・カサス]]の「インディアスの破壊における簡潔な報告」が公表され、インディアス新法が制定される。 * 1543年 ** [[日本]]へ[[鉄砲伝来]]。 ** [[ニコラウス・コペルニクス]]が『[[天体の回転について]]』で[[地動説]]・[[太陽]]中心説を発表。 ** ムガル朝の[[フマーユーン]]がシンドから逃亡し、サファヴィー朝の[[タフマースブ1世]]のもとに亡命。 * 1544年 - ルター訳聖書(新約聖書・[[旧約聖書]]全巻)の刊行。 * 1545年 - スペイン人により[[ポトシ銀山]]が発見される。 * 1546年 ** 教皇パウルス3世により[[トリエント公会議]]が召集される。 ** [[シュマルカルデン戦争]]。 ** [[足利義輝]]が室町幕府第13代将軍となる。 * 1547年 ** イングランドが[[スコットランド]]を攻撃して破る。 ** イヴァン4世がロシア皇帝(ツァーリ)として即位。 * 1548年 - スコットランド女王[[メアリー (スコットランド女王)|メアリー]]が[[フランス]]へ亡命。 * 1549年 ** [[フランシスコ・ザビエル]]により日本に[[キリスト教]]が伝来。 ** 国王エドワード6世のもとイングランドで[[聖公会祈祷書|一般祈祷書]]が制定される。 * 1550年 ** 庚戌の変で[[アルタン・ハーン]]が北京を包囲。 ** ラス・カサスと[[フアン・ヒネス・デ・セプルベダ]]の[[バリャドリード論争]]。 * 1552年 ** ロシアのイヴァン4世が[[カザン・ハン国]]を征服。 * 1553年 ** 嘉靖の大倭寇始まる。 ** イングランド王エドワード6世死去。[[ジェーン・グレイ]]の即位を阻み、女王[[メアリー1世 (イングランド女王)|メアリー1世]]が即位。 * 1555年 ** [[アウクスブルクの和議]]。[[ルター派]]信仰認められる。 ** [[毛利元就]]が[[陶晴賢]]を滅ぼす([[厳島の戦い]])。 ** ムガル朝のフマーユーンがスール朝を倒し、デリーを奪回する。 * 1556年 ** 明で[[華県地震]]。 ** ロシアのイヴァン4世が[[アストラハン・ハン国]]を征服。 ** [[ムガル帝国]]で[[アクバル]]即位。[[第二次パーニーパットの戦い]]で[[スール朝]]残党軍を破る。 ** カール5世の退位により、息子フェリペ2世がスペイン王を、弟フェルディナント1世が神聖ローマ皇帝を分割して継承。 * 1557年 ** 後奈良天皇が没し、第106代[[正親町天皇]]が践祚。 ** ポルトガルの[[マカオ]]永久居留権が明に認められる。 ** スペインで第1回目の国家破産(国庫支払い停止宣言:バンカロータ)。 *** スペインの国家破産は国王フェリペ2世在世中の1557年、1560年、1575年、1596年4回起きる。 * 1558年 ** フランスがイングランドから[[カレー (フランス)|カレー]]を奪回。 ** [[エリザベス1世]]がイングランド女王に即位。 ** [[リヴォニア戦争]]で、[[ポーランド王国|ポーランド]]・スウェーデンと[[ロシア帝国]]([[モスクワ大公国]])とが戦う( - [[1583年]])。 * 1559年 ** [[カトー・カンブレジ条約]]の締結により[[イタリア戦争]]が終結。 ** 教皇パウルス4世の命によりローマ宗教裁判所から『[[禁書目録]]』が刊行される。 ** 嘉靖の大倭寇の中心人物だった[[王直]]が処刑される。 * 1560年 - [[桶狭間の戦い]]。 * 1561年 - スペイン国王フェリペ2世が[[バリャドリッド]]から[[マドリード]]に宮廷を遷す。 * 1562年 - ヴァシーの虐殺から[[ユグノー戦争]]が始まる。 * 1565年 ** ロシア皇帝イヴァン4世が[[オプリーチニナ]]制度を導入。 ** アルタン・ハーンが[[フフホト]](帰化城)を建設。 ** [[永禄の変]]で将軍足利義輝が殺害される。 * 1566年 - 明の[[隆慶帝]]が第13代皇帝に即位。 * 1567年 ** [[東大寺大仏殿の戦い]]で大仏殿が炎上する。 ** スコットランド女王メアリが廃位され、息子ジェームズ6世が即位。翌1568年にメアリはイングランドに亡命。 * 1568年 ** [[足利義栄]]が室町幕府第14代将軍となる。 ** [[織田信長]]が[[足利義昭]]を奉じて京に入り、足利義昭が室町幕府第15代将軍となる。 * 1569年 - メディチ家の[[コジモ1世]]が[[トスカーナ大公]]となる([[トスカーナ大公国]])。 * 1570年 ** ローマ教皇ピウス5世がイングランド女王エリザベス1世を破門(「[[レグナンス・イン・エクスケルシス]]」)。 ** [[石山合戦]]が始まる。 * 1571年 ** [[レパントの海戦]]で、[[ヨーロッパ]]連合艦隊がオスマン帝国艦隊に勝利。 ** 隆慶和議により明とモンゴルの和平がなる。 * 1572年 ** 明の[[万暦帝]]が第14代皇帝に即位。[[張居正]]の改革始まる。 ** [[サンバルテルミの虐殺]]。 ** ポーランド・リトアニア国王[[ジグムント2世]]が男系嗣子なくして死去、[[ヤギェウォ朝]]断絶。 * 1573年 ** [[三方ヶ原の戦い]]。 ** 室町幕府滅亡。 * 1574年 ** オスマン帝国が[[ハフス朝]]を滅ぼし[[チュニジア]]を併合。 ** [[越前一向一揆]]蜂起する。 * 1575年 ** [[長篠の戦い]]。 ** 織田信長が越前一向一揆を鎮圧する。 * 1576年 - 織田信長が[[安土城]]を築く。 * 1577年 ** 信長、紀伊雑賀一揆を攻める。安土城下を[[楽市楽座|楽市]]とする。 ** [[手取川の戦い]]で[[上杉謙信]]が信長に大勝。 * 1578年 ** [[アルカセル・キビールの戦い]]。 ** [[アルタン・ハーン]]がソェナムギャツォを招聘し「[[ダライラマ]](3世)」の称号を贈る。 * 1579年 ** オスマン帝国大宰相[[ソコルル・メフメト・パシャ]]が暗殺される。 ** ネーデルラント南部10州がスペインに帰順しアラス同盟を結成。北部7州は反発し[[ユトレヒト同盟]]を結成。 * 1580年 ** 石山合戦終結。 ** スペインがポルトガルを併合し、アジア航路も支配下に置く。 * 1581年 - [[スペイン]]の領土であった[[オランダ]]が[[独立宣言]]。 * 1582年 ** [[本能寺の変]]。 ** [[山崎の戦い]]。 ** [[清洲会議]]。 ** [[天正遣欧少年使節]]が[[長崎]]を出港。 ** 教皇[[グレゴリウス13世 (ローマ教皇)|グレゴリウス13世]]が[[グレゴリオ暦]]を発布。 * 1583年 ** [[賤ヶ岳の戦い]]。 ** 神聖ローマ皇帝[[ルドルフ2世 (神聖ローマ皇帝)|ルドルフ2世]]が[[プラハ]]に遷都。 * 1584年 ** [[小牧・長久手の戦い]]。 ** スペインの[[エル・エスコリアル修道院|エル・エスコリアル宮殿]]が完成する( - [[1563年]])。 ** スペイン王フェリペ2世が天正遣欧少年使節を歓待する。 * 1585年 ** [[四国征伐]]。 ** パルマ公のスペイン軍が[[アントウェルペン]]を制圧。アントウェルペンの繁栄の終焉。 * 1586年 ** 正親町天皇が譲位し、第107代[[後陽成天皇]]が即位。 ** [[徳川家康]]が[[豊臣秀吉]]に臣従する。 * 1587年 ** [[九州征伐]]。 ** 前スコットランド女王メアリ・スチュアートがエリザベス1世[[暗殺]]未遂容疑で[[処刑]]される。 * 1588年 ** 豊臣秀吉が[[刀狩令]]を出す。 ** [[アルマダの海戦]]。[[スペイン]]無敵艦隊がイングランドに敗北。 * 1589年 ** [[摺上原の戦い]] 。 ** フランス国王[[アンリ3世]]が暗殺され[[ヴァロワ朝]]が断絶。[[アンリ4世]]が即位し[[ブルボン朝]]を開く。 ** [[モスクワ総主教]]座が設置される。 * 1590年 ** [[小田原征伐]]による後北条氏滅亡。[[奥州仕置]]により東北諸大名を帰順させる。 ** 豊臣秀吉による全国統一が完成。以後、関東や東北にも[[太閤検地]]が進む。 * 1592年 ** [[文禄・慶長の役#文禄の役|文禄の役]]( - 1593年)。 ** 江戸駿河台の[[吉祥寺]]内に学寮([[旃檀林]])創立。 ** [[寧夏]]で[[ボハイの乱]](哱拝の乱)が起こる。 ** [[播州]]で[[楊応龍の乱]]が起こる。 * 1595年 - [[豊臣秀次]]が謀叛の疑いにより、切腹を命じられる。 * 1596年 ** [[浅間山]]大[[噴火]]。 ** 明で鉱税の害(礦税の禍)。 ** [[ブレスト合同]]。 * 1597年 ** [[長崎県|長崎]]で[[日本二十六聖人]]が[[殉教]]。 ** [[文禄・慶長の役#慶長の役|慶長の役]]( - 1598年)。 ** [[ヤコポ・ペーリ]]らによって最初の[[オペラ]]「ダフネ」が作られる。 * 1598年 ** フランス王アンリ4世による[[ナントの勅令]]。 ** [[サファヴィー朝]]の[[アッバース1世]]が[[イスファハーン]]に遷都。 ** ロシア皇帝[[フョードル1世]]死去により[[リューリク朝]]断絶。義兄[[ボリス・ゴドゥノフ]]が皇帝となるが[[動乱時代]]を招来。 ** [[シビル・ハン国]]がロシアに滅ぼされる。 ** 豊臣秀吉死去。朝鮮から日本軍が撤兵、その際に[[李舜臣]]が戦死。 * 1600年 ** [[関ヶ原の戦い]]。 ** [[ジョルダーノ・ブルーノ]]刑死。 ** [[イギリス東インド会社]]設立。 * 年月不詳 ** [[西遊記]]成立。 == 人物 == === ヨーロッパ === ==== イタリア ==== * [[アレクサンデル6世 (ローマ教皇)|アレクサンデル6世]]([[1431年]] - [[1503年]]) - [[ローマ教皇]](在位[[1492年]] - [[1503年]])・[[ボルジア家]]出身の[[ルネサンス教皇]] * [[ユリウス2世 (ローマ教皇)|ユリウス2世]]([[1443年]] - [[1513年]]) - ローマ教皇(在位[[1503年]] - [[1513年]])・ルネサンス教皇・[[サン・ピエトロ大聖堂]]の改修を始める * [[ドナト・ブラマンテ]]([[1444年]]頃 - [[1514年]]) - ローマで活躍した建築家・教皇[[ユリウス2世 (ローマ教皇)|ユリウス2世]]の依頼でサン・ピエトロ大聖堂の建築主任となる * [[アメリゴ・ヴェスプッチ]]([[1451年]] - [[1512年]]) - [[フィレンツェ]]出身の探検家・「[[アメリカ]]」の名の由来となる * [[レオナルド・ダ・ヴィンチ]]([[1452年]] - [[1519年]]) - フィレンツェ派の[[画家]]・[[彫刻家]]・[[建築家]]など「万能の天才」・「[[モナリザ]]」他がある * ピエトロ・ポンポナッツィ([[1462年]] - [[1525年]]) - [[パドヴァ大学]]教授・『霊魂不滅論』を執筆して人間霊魂の不滅を否定し論争を引き起こす * [[パウルス3世 (ローマ教皇)|パウルス3世]]([[1468年]] - [[1549年]]) - ローマ教皇(在位[[1534年]] - [[1549年]])・[[宗教改革]]に対抗すべく[[トリエント公会議]]を召集 * [[ニッコロ・マキャヴェッリ]]([[1469年]] - [[1527年]]) - フィレンツェの外交官・政治思想家・『[[君主論]]』『[[ディスコルシ]]』の著者 * [[イザベラ・デステ]]([[1474年]] - [[1539年]]) - [[エステ家]]出身の[[マントヴァ侯]][[フランチェスコ2世・ゴンザーガ|フランチェスコ2世]]の妃・文芸支援者として名高い * [[ルドヴィーコ・アリオスト]]([[1474年]] - [[1533年]]) - イタリアの詩人・フェラーラ公に仕える・『[[狂えるオルランド]]』を執筆 * [[チェーザレ・ボルジア]] ([[1475年]] - [[1507年]]) - [[イタリア]]の軍人・政治家・父の教皇[[アレクサンデル6世 (ローマ教皇)|アレクサンデル6世]]の援助でイタリア統一を目指す * [[ミケランジェロ・ブオナローティ]]([[1475年]] - [[1564年]]) - フィレンツェ出身の画家・彫刻家・「[[ダビデ像 (ミケランジェロ)|ダヴィデ像]]」「[[ピエタ (ミケランジェロ)|ピエタ]]」「[[最後の審判 (ミケランジェロ)|最後の審判]]」がある * [[レオ10世 (ローマ教皇)|レオ10世]]([[1475年]] - [[1521年]]) - ローマ教皇(在位[[1513年]] - [[1521年]])・[[メディチ家]]出身・最盛期のルネサンス教皇・ルターの宗教改革を招く * [[ジョルジョーネ]]([[1477年]]/[[1478年]]頃 - [[1510年]]) - 盛期ルネサンスの[[ヴェネツィア派]]の画家・「嵐」「三人の哲学者」などがある * [[クレメンス7世 (ローマ教皇)|クレメンス7世]]([[1478年]] - [[1534年]]) - ローマ教皇(在位[[1523年]] - [[1534年]])・メディチ家出身・[[ローマ略奪]]により皇帝[[カール5世 (神聖ローマ皇帝)|カール5世]]に屈服 * [[バルダッサーレ・カスティリオーネ]]([[1478年]] - [[1529年]]) - イタリアの外交官・ヨーロッパ宮廷人の模範となった『宮廷人(廷臣論)』を執筆 * [[ラファエロ・サンティ]]([[1483年]] - [[1520年]]) - [[盛期ルネサンス]]の[[ウルビーノ]]出身の画家・建築家・代表作に「[[アテナイの学堂]]」がある * [[フランチェスコ・グイチャルディーニ]]([[1483年]] - [[1540年]]) - フィレンツェの政治家・歴史家として『フィレンツェ史』『イタリア史』を執筆 * [[ユリウス3世 (ローマ教皇)|ユリウス3世]]([[1487年]] - [[1555年]]) - ローマ教皇(在位[[1550年]] - [[1555年]])・[[トリエント公会議]]を指導する * [[ティツィアーノ・ヴェチェッリオ]]([[1488年]]/[[1490年]]頃 - [[1576年]]) - 盛期ルネサンスのヴェネツィア派の画家・「聖母被昇天」「聖愛と俗愛」がある * [[コレッジョ|アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョ]]([[1489年]]頃 – [[1534年]]) - 盛期ルネサンスの[[パルマ]]派の画家・「神々の愛」の連作が有名 * [[ヤコポ・ダ・ポントルモ]]([[1494年]] - [[1557年]]) - マニエリスムのフィレンツェの画家・サンタ・フェリチタ聖堂「十字架降架」が有名・『日記』もある * [[ベンヴェヌート・チェッリーニ]]([[1500年]] - [[1571年]]) - マニエリスムのフィレンツェの彫刻家・「サリエラ(黄金の塩入れ)」が有名・『自伝』もある * [[ジェロラモ・カルダーノ]]([[1501年]] - [[1576年]]) - [[ミラノ]]出身の数学者・『偉大なる術(アルス・マグナ)』で[[三次方程式]]の根の公式などを紹介 * [[グレゴリウス13世 (ローマ教皇)|グレゴリウス13世]]([[1502年]] - [[1585年]]) - ローマ教皇(在位[[1572年]] - [[1585年]])・[[ユリウス暦]]を廃し新規に[[グレゴリオ暦]]を採用 * [[アーニョロ・ブロンズィーノ]]([[1503年]] - [[1572年]]) - マニエリスムのフィレンツェ派の画家・複雑な寓意をめぐらした「愛のアレゴリー」がある * [[アンドレーア・パッラーディオ]]([[1508年]] - [[1580年]]) - [[パドヴァ]]出身の建築家・マニエリスム建築を大成・「[[ヴィラ・アルメリコ・カプラ|ヴィラ・アルメリコ]]」がある * [[ジョルジョ・ヴァザーリ]]([[1511年]] - [[1574年]]) - マニエリスムのフィレンツェ派の画家・建築家・伝記作家として『[[画家・彫刻家・建築家列伝]]』を残す * [[フィリッポ・ネリ]]([[1515年]] - [[1595年]]) - フィレンツェ出身の司祭・[[オラトリオ会]]の創始者・聖歌[[オラトリオ]]の発展を促し「喜びの聖人」とされる * [[ティントレット]]([[1518年]] - [[1594年]]) - 後期ルネサンスのヴェネツィア派の画家・ドゥカーレ宮殿壁画「天国」などが有名 * [[コジモ1世]]([[1519年]] - [[1574年]]) - メディチ家(弟脈)の初代[[トスカーナ大公]](在位[[1537年]] - [[1574年]])・マニエリスム芸術の支援者 * [[シクストゥス5世 (ローマ教皇)|シクストゥス5世]]([[1520年]] - [[1590年]]) - ローマ教皇(在位[[1585年]] - [[1590年]])・公共事業として都市ローマの壮大な整備を実施 * [[ジョヴァンニ・ダ・パレストリーナ]]([[1525年]]? - [[1594年]]) - ローマの音楽家・「教会音楽の父」・「[[教皇マルチェルスのミサ曲]]」などが有名 * [[パオロ・ヴェロネーゼ]]([[1528年]] - [[1588年]]) - 後期ルネサンスのヴェネツィア派の画家・「[[カナの婚礼]]」「レヴィ家の饗宴」などが有名 * フランチェスコ・パトリッツィ([[1529年]] - [[1597年]]) - ローマ・サピエンツァ大学教授・『新普遍哲学』などでアリストテレス哲学を全面的に批判する * [[ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ]]([[1538年]] - [[1615年]]) - ナポリの博物学者・医師・自然科学の最初の学会を結成・『自然魔術』などの著作がある * [[ロベルト・ベラルミーノ]]([[1542年]] - [[1621年]]) - イタリアのイエズス会士・枢機卿・カトリック改革を指揮し『異端反駁信仰論争』を執筆・教会博士 * [[トルクァート・タッソ]]([[1544年]] - [[1595年]]) - イタリアの詩人・フェラーラ公に仕え『[[解放されたエルサレム]]』ほかを執筆 * [[ジョルダーノ・ブルーノ]]([[1548年]] - [[1600年]]) - イタリアのドミニコ会士・哲学者・[[地動説]]を擁護し無限宇宙論を提唱・[[異端]]判決で火刑 * [[ガリレオ・ガリレイ]]([[1564年]] - [[1642年]]) - イタリアの物理学者・天文学者・『天文対話』などで[[地動説]]を擁護し[[宗教裁判]]を受ける ==== ポルトガル ==== * [[マヌエル1世 (ポルトガル王)|マヌエル1世]](幸運王)([[1469年]] - [[1521年]]) - [[ポルトガル]]王(在位[[1495年]] - [[1521年]])・[[ポルトガル海上帝国]]の最盛期の王 * [[ルイス・デ・カモンイス]]([[1524年]]頃 - [[1580年]]) - ポルトガルの詩人・大航海時代でのポルトガルの海外覇権を『[[ウズ・ルジアダス]]』に描く<ref name="WDL2">{{cite web |url = http://www.wdl.org/en/item/11198/ |title = The Lusiads |website = [[World Digital Library]] |date = 1800-1882 |accessdate = 2013-09-01 }}</ref> * [[セバスティアン1世]](熱望王)([[1554年]] - [[1578年]]) - ポルトガル王(在位[[1557年]] - [[1578年]])・[[アルカセル・キビールの戦い]]で戦死 ==== スペイン ==== * [[フランシスコ・ヒメネス・デ・シスネロス]]([[1436年]] - [[1517年]]) - スペインの[[摂政]]・[[トレド]]大司教・枢機卿・異端審問や多言語対訳聖書編集で活躍 * [[フェルディナンド・マゼラン]]([[1480年]]? - [[1521年]]) - スペイン王に仕えた探検家・世界周航を目指し[[マゼラン海峡]]などを発見・[[フィリピン]]で戦死 * [[イグナチオ・デ・ロヨラ]]([[1491年]] - [[1556年]]) - スペインの[[イエズス会]]創立者・会の初代総長として[[フランシスコ・ザビエル]]らを世界宣教に遣わす * [[フランシスコ・デ・ビトリア]]([[1492年]]頃 - [[1546年]]) - スペインの神学者・哲学者・法学者・[[トマス・アクィナス|トマス]]神学の導入で[[サラマンカ学派]]の祖となる * [[ドミンゴ・デ・ソト]]([[1494年]] - [[1560年]]) - スペインのサラマンカ学派の神学者・哲学者・法学者・代表作は『公正と法』・インディオ問題にも関与 * [[アビラのテレサ]]([[1515年]] - [[1582年]]) - スペインの女性神秘家・[[カルメル会]]で改革に取り組む・著作に『完徳の道』などがある * [[フェリペ2世 (スペイン王)|フェリペ2世]]([[1527年]] - [[1598年]]) - スペイン王(在位[[1556年]] - [[1598年]])・ポルトガル王も兼務し「太陽の沈まない帝国」を実現 * [[エル・グレコ]]([[1541年]] - [[1614年]]) - [[ギリシャ]]の[[クレタ島]]出身の画家・[[ヴェネツィア]]の[[ティツィアーノ・ヴェチェッリオ]]の弟子・スペインに移住し活躍 * [[十字架のヨハネ]]([[1542年]] - [[1591年]]) - スペインの神秘家・アビラのテレサに影響を受けカルメル会で改革に取り組む・著作に『暗夜』など * ファン・ゴンザレス・デ・メンドーサ([[1545年]] - [[1618年]]) - スペインの[[アウグスティノ会]]士・最も古い[[中国学]]の書『シナ大王国誌』を執筆 * [[ドン・フアン・デ・アウストリア]]([[1547年]] - [[1578年]]) - スペイン王フェリペ2世の異母弟・総司令官として[[レパントの海戦]]を勝利に導く * [[フランシスコ・スアレス]]([[1548年]] - [[1617年]]) - スペインの[[イエズス会]]士・サラマンカ学派の哲学者・『形而上学論考』がある ==== ネーデルラント ==== * [[デジデリウス・エラスムス]]([[1466年]] - [[1536年]]) - [[ネーデルラント]]の人文主義者・神学者・『[[痴愚神礼讃]]』でカトリック教会を批判 * [[メノ・シモンズ]]([[1496年]] - [[1561年]]) - [[フリースラント]]出身の牧師・[[アナバプテスト]](再洗礼派)の指導者でその派をメノナイトと呼ぶ * [[フェルナンド・アルバレス・デ・トレド]]([[1507年]] - [[1582年]]) - [[アルバ公]]・スペインのネーデルラント総督・「血の審判所」で圧政を行う * [[ゲラルドゥス・メルカトル]]([[1512年]] - [[1594年]]) - ネーデルラントの地理学者・[[地図]]の[[投影法]]である[[メルカトル図法]]で知られる * [[アンドレアス・ヴェサリウス]]([[1514年]] - [[1564年]]) - ネーデルラント出身の医師・解剖学者・[[パドヴァ大学]]教授・『人体の構造』を出版 * [[ヨーハン・ヴァイヤー]]([[1515年]] - [[1588年]]) - ネーデルラント出身の医師・[[魔女裁判]]に反対した最初期の人物・『[[悪魔の偽王国]]』などがある * [[ピーテル・ブリューゲル]]([[1525年]]/[[1530年]] - [[1569年]]) - ネーデルラントの画家・民衆を題材にした絵画を残す・「子供の遊び」など * [[ウィレム1世 (オラニエ公)|オラニエ公ウィレム1世]](沈黙公)([[1533年]] - [[1584年]]) - [[オランダ]]独立の指導者で[[八十年戦争]]初期に活躍するが暗殺される * [[アレッサンドロ・ファルネーゼ (パルマ公)|アレッサンドロ・ファルネーゼ]]([[1545年]] - [[1592年]]) - [[パルマ公]]・スペインのネーデルラント総督・独立派に対し南北離間策を実施 * [[シモン・ステヴィン]]([[1548年]] - [[1620年]]) - ネーデルラントの物理学者・数学者・落下の法則や[[十進法]]による[[小数]]の導入などで知られる ==== 神聖ローマ帝国 ==== * ヨハネス・ロイヒリン([[1455年]] - [[1522年]]) - ドイツの人文主義者・古典学者・メランヒトンの大伯父・[[ヘブライ語]]研究と聖書研究を結びつける * ヤーコプ・フッガー([[1459年]] - [[1525年]]) - ドイツの[[アウクスブルク]]の豪商・銀山や金融で巨利を得て神聖ローマ皇帝選挙にも関与する * [[フリードリヒ3世 (ザクセン選帝侯)|フリードリヒ3世]]([[1463年]] - [[1525年]]) - [[ザクセン選帝侯]](在位[[1486年]] - [[1525年]])・マルティン・ルターを保護し宗教改革に協力する * [[マティアス・グリューネヴァルト]]([[1470年]]/[[1475年]]頃 - [[1528年]]) - ドイツの末期[[ゴシック]]の画家・「イーゼンハイムの祭壇画」が有名 * [[アルブレヒト・デューラー]]([[1471年]] - [[1528年]]) - ドイツの[[ルネサンス]]期の画家・版画家・「[[メランコリア I]]」などが有名 * [[ルーカス・クラナッハ]]([[1472年]] - [[1553年]]) - ドイツのルネサンス期の画家・宗教改革を支持し「マルティン・ルターの肖像」を残す * [[マルティン・ルター]]([[1483年]] - [[1546年]]) - ドイツの[[宗教改革]]者・「[[95ヶ条の論題]]」から[[カトリック教会]]と対決し[[ルター派]]教会を結成 * [[ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ]]([[1486年]] - [[1535年]]) - ドイツの人文主義者・神秘哲学者・[[カバラ]]研究や『隠秘哲学』で知られる * [[ウルリヒ・フォン・フッテン]]([[1488年]] - [[1523年]]) - ドイツの人文主義者・桂冠詩人・宗教改革に共鳴し[[騎士戦争|ドイツ騎士戦争]]に参加するが敗北 * [[トマス・ミュンツァー]]([[1489年]] - [[1525年]]) - ドイツの宗教改革者・[[ドイツ農民戦争]]の指導者となるが捕らえられ斬首にされる * [[アルブレヒト (プロイセン公)|アルブレヒト]]([[1490年]] - [[1568年]]) - [[ドイツ騎士団]]総長・後にルター派に改宗して初代[[プロイセン公]]となる(在位[[1525年]] - [[1568年]]) * [[ハンス・ザックス]]([[1494年]] - [[1576年]]) - ドイツの[[マイスタージンガー]](職匠歌人)・ルターに共感し「ヴィッテンベルクの鶯」などを歌う * [[フィリップ・メランヒトン]]([[1497年]] - [[1560年]]) - ドイツのキリスト教神学者・ルターの思想を「[[アウクスブルク信仰告白]]」で体系化 * [[ハンス・ホルバイン]]([[1497年]]/[[1498年]] - [[1543年]]) - ドイツのルネサンス期の画家・「エラスムス像」などで知られ後年はイングランドで活躍 * [[カール5世 (神聖ローマ皇帝)|カール5世]]([[1500年]] - [[1558年]]) - [[ハプスブルク家]]のスペイン国王(在位[[1516年]] - [[1556年]])・神聖ローマ皇帝(在位[[1519年]] - [[1556年]]) * [[フェルディナント1世 (神聖ローマ皇帝)|フェルディナント1世]]([[1503年]] - [[1564年]]) - ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝(在位[[1556年]] - [[1564年]])・カール5世の弟でオーストリア系の祖 * [[モーリッツ (ザクセン選帝侯)|モーリッツ]]([[1521年]] - [[1553年]]) - [[ザクセン選帝侯]](在位[[1547年]] - [[1553年]])・シュマルカルデン戦争で皇帝に味方し「マイセンのユダ」と呼ばれる * ペトルス・カニシウス([[1521年]] - [[1597年]]) - ネーデルラント出身のイエズス会士・「ドイツ第二の使徒」・カトリック教会の巻き返しの中心となる * [[ジュゼッペ・アルチンボルド]]([[1527年]] - [[1593年]]) - イタリアのミラノ出身のマニエリスムの画家・歴代皇帝に仕え奇抜な作品を残す・20世紀に再評価 * [[ルドルフ2世 (神聖ローマ皇帝)|ルドルフ2世]]([[1552年]] - [[1612年]]) - ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝(在位[[1576年]] - [[1612年]])・[[プラハ]]での[[マニエリスム]]文化の支援者 ==== スイス ==== * [[フルドリッヒ・ツヴィングリ]]([[1484年]] - [[1531年]]) - [[スイス]]の宗教改革者・[[チューリッヒ]]に[[改革派教会]]を設立・{{仮リンク|第2次カッペル戦争|de|Zweiter Kappelerkrieg|en|Second War of Kappel}}で戦死 * [[パラケルスス]]([[1493年]]/[[1494年]] - [[1541年]]) - スイスの医師・[[バーゼル大学]]教授・医学での[[ガレノス]]の権威を否定・[[錬金術師]]でもある * [[ジャン・カルヴァン]]([[1509年]] - [[1564年]]) - フランス出身の宗教改革者・[[ジュネーヴ]]で神権政治を行う・『[[キリスト教綱要]]』が主著 * [[ミシェル・セルヴェ]]([[1511年]] - [[1553年]]) - スペイン出身の医師・神学者・三位一体説を批判したことで異端者とされジュネーブで火刑に処される * [[コンラート・ゲスナー]]([[1516年]] – [[1565年]]) - スイスの博物学者・動物学の『動物誌』、植物学の『植物名目録』、 書誌学の『世界書誌』を残す ==== フランス ==== * [[ジャック・ルフェーヴル・デタープル]]([[1450年]]? - [[1536年]]) - フランスの神学者・人文主義者・聖書をフランス語に訳したことで知られる * [[フランソワ・ラブレー]]([[1483年]]? - [[1553年]]) - [[フランス]]の医師・作家として『[[ガルガンチュワとパンタグリュエル]]』を残す * [[マルグリット・ド・ナヴァル]]([[1492年]] - [[1549年]]) - ナバラ王[[エンリケ2世]]の妃・文芸の庇護者であり『[[エプタメロン]]』を執筆・フランソワ1世の姉 * [[フランソワ1世 (フランス王)|フランソワ1世]]([[1494年]] - [[1547年]]) - [[ヴァロワ朝]]のフランス王(在位[[1515年]] - [[1547年]])・[[イタリア戦争]]でカール5世と戦う * [[ノストラダムス]]([[1503年]] - [[1566年]]) - フランスの医師・[[占星術]]師として王妃カトリーヌに引見され『[[ミシェル・ノストラダムス師の予言集|予言集]]』を残す * [[アンブロワーズ・パレ]]([[1510年]] - [[1590年]]) - フランスの王室付き外科医・銃創治療での軟膏の使用や血管結紮法を工夫・『大外科学全集』を執筆 * [[カトリーヌ・ド・メディシス]]([[1519年]] - [[1589年]]) - フランス王[[アンリ2世 (フランス王)|アンリ2世]]の王妃・[[フランソワ2世 (フランス王)|フランソワ2世]]と[[シャルル9世 (フランス王)|シャルル9世]]と[[アンリ3世 (フランス王) |アンリ3世]]の三代の母后 * [[ピエール・ド・ロンサール]]([[1524年]] - [[1585年]]) - フランスの詩人・[[プレイヤード派]]の中心で「詩人たちの君主」と呼ばれる・代表作は『オード』 * [[ジャン・ボダン]]([[1530年]] - [[1596年]]) - フランスの経済学者・法学者・宗教戦争の混乱から国家主権を検討した『国家論』を執筆 * [[ミシェル・ド・モンテーニュ]]([[1533年]] - [[1592年]]) - フランスの哲学者・[[モラリスト]]・[[懐疑主義|懐疑論]]者・主著は『[[エセー|エセー(随想録)]]』 * [[アンリ4世 (フランス王)|アンリ4世]]([[1553年]] - [[1610年]]) - [[ブルボン朝]]初代のフランス国王(在位[[1589年]] - [[1610年]])・宗教戦争をおさえ[[ナントの勅令]]を発布 ==== イングランド ==== * [[トマス・モア]]([[1478年]] - [[1535年]]) - [[イングランド]]の思想家・『[[ユートピア (本) |ユートピア]]』の著者・[[ヘンリー8世 (イングランド王)|ヘンリー8世]]の離婚問題で処刑される * [[ヘンリー8世 (イングランド王)|ヘンリー8世]]([[1491年]] - [[1547年]]) - イングランド王(在位[[1509年]] - [[1547年]])・離婚問題から[[イギリス国教会]]を独立させる * [[アン・ブーリン]]([[1507年]]頃 - [[1536年]]) - イングランド王ヘンリー8世の2番目の王妃・エリザベス1世の母・イングランドの宗教問題に影響 * [[エドワード6世 (イングランド王)|エドワード6世]]([[1537年]] - [[1553年]]) - イングランド王(在位[[1547年]] - [[1553年]])・ヘンリー8世唯一の男子・一般祈祷書を制定 * [[メアリー1世 (イングランド女王)|メアリー1世]]([[1516年]] - [[1558年]]) - イングランド女王(在位[[1553年]] - [[1558年]])・イングランドで[[カトリック教会|カトリック]]を復活させる * [[トーマス・グレシャム]]([[1519年]] - [[1579年]]) - イングランドの財政家・貿易商・「[[悪貨は良貨を駆逐する]]」のグレシャムの法則で有名 * [[ジョン・ディー]]([[1527年]] - [[1608年]]/[[1609年]]) - イングランドの数学者・錬金術師・占星術師・著作に『象形文字の単子』がある * [[エリザベス1世]](処女王)([[1533年]] - [[1603年]]) - イングランド女王(在位[[1558年]] - [[1603年]])・[[エリザベス朝]]の最盛期を現出 * [[フランシス・ドレーク]] ([[1543年]]? - [[1596年]]) - イングランドの[[海賊]]・[[私掠船]]船長・後に海軍提督となり[[アルマダの海戦]]で活躍 * [[ウィリアム・ギルバート (物理学者)|ウィリアム・ギルバート]]([[1544年]] - [[1603年]]) - イングランドの医師・物理学者・磁石や静電気の研究から「電気」の概念を構築 * [[エドマンド・スペンサー]]([[1552年]]頃 – [[1599年]]) - イングランドの詩人・女王エリザベス1世に捧げられた『[[妖精の女王]]』で有名 * [[クリストファ・マーロウ]]([[1564年]] - [[1593年]]) - イングランドの[[イギリス・ルネサンス演劇|エリザベス朝演劇]]の劇作家・代表作に『フォースタス博士』がある * [[ウィリアム・シェイクスピア]]([[1564年]] - [[1616年]]) - イングランドのエリザベス朝演劇の劇作家・代表作に『[[ハムレット]]』『[[リア王]]』他がある ==== スコットランド ==== * [[ジョン・ノックス]]([[1510年]] - [[1572年]]) - スコットランドの牧師・宗教改革を指導し[[長老派教会]]を創立・女王メアリーとは対立 * [[メアリー (スコットランド女王)|メアリー・ステュアート]]([[1542年]] - [[1587年]]) - スコットランド女王(在位[[1542年]] - [[1567年]])・亡命したイングランドで処刑される ==== 北欧 ==== *[[クリスチャン2世 (デンマーク王)|クリスチャン2世]]([[1481年]] - [[1559年]]) - [[デンマーク王]](在位[[1513年]] - [[1523年]])・[[ストックホルムの血浴]]でスウェーデン独立派を弾圧 * [[グスタフ1世|グスタフ・ヴァーサ]]([[1496年]] - [[1560年]]) - [[ヴァーサ朝]]初代のスウェーデン王(在位[[1523年]] - [[1560年]])・ルター派の教義を受け入れる ==== ポーランド ==== * [[ステファン・バートリ (ポーランド王)|ステファン・バートリ]]([[1533年]] - [[1586年]]) - ポーランド国王(在位[[1576年]] - [[1586年]])・もとは[[トランシルヴァニア公]]・最も優れた[[選挙王]] * [[ジグムント3世]]([[1566年]] - [[1632年]]) - ポーランド国王(在位[[1587年]] - [[1632年]])・スウェーデン王位も兼任・[[ブレスト合同]]を推進 * [[ニコラウス・コペルニクス]]([[1473年]] - [[1543年]]) - [[ポーランド]]の天文学者・[[カトリック教会|カトリック]]司祭・『天球回転論』で[[地動説]]を唱える * [[ファウスト・ソッツィーニ]]([[1539年]] - [[1604年]]) - イタリア出身の反三位一体論の神学者・[[ユニテリアン教会]]の[[ソッツィーニ派|ポーランド兄弟団]]の創設者 ==== ロシア ==== * フィロテウス(フィロフェイ)([[1465年]] - [[1542年]]) - [[プスコフ]]のイェリツァロフ修道院[[典院]]・「[[モスクワ]]第3のローマ説」を提唱 * [[マクシム・グレク]]([[1475年]]頃 - [[1556年]]) - [[アトス山]]出身の修道士・翻訳活動に従事し異端説を論駁・非所有派を支持・正教会の聖人([[克肖者]]) * [[フィリップ2世 (モスクワ府主教)|フィリップ2世]]([[1507年]] - [[1569年]]) - [[モスクワ府主教]]・[[イヴァン雷帝]]に諫言し粛清される・正教会の聖人([[神品致命者]]・[[奇蹟者]]・[[成聖者]]) * [[イヴァン4世]](雷帝)([[1530年]] - [[1584年]]) - [[モスクワ大公]]・初代のロシア・[[ツァーリ]](在位[[1547年]] - [[1574年]]、[[1576年]] - [[1584年]]) * [[イェルマーク|イェルマーク・チモフェーイェヴィチ]]([[1532年]]/[[1542年]] - [[1585年]]) - [[コサック]]の[[アタマン|頭領]]・[[シビル・ハン国]]と戦い[[シベリア]]各地を探検する === 南北アメリカ === * [[フアン・ポンセ・デ・レオン]]([[1460年]] - [[1521年]]) - スペイン出身の征服者([[コンキスタドール]])・[[フロリダ]]を発見する * [[モクテスマ2世]]([[1466年]] - [[1520年]]) - [[アステカ帝国]]第9代君主(在位[[1502年]] - [[1520年]])・[[エルナン・コルテス]]と接触後に混乱で事故死 * [[フランシスコ・ピサロ]]([[1470年]]頃 - [[1541年]]) - スペイン出身の征服者(コンキスタドール)・[[インカ帝国]]を滅ぼす・[[リマ]]市を建設 * ホアン・ディエゴ([[1474年]] - [[1548年]]) - メキシコ先住民で[[カトリック教会|カトリック]]改宗者・[[グアダルーペの聖母]]の[[聖母の出現|出現]]に立ち会い[[聖人]]とされる * [[バスコ・ヌーニェス・デ・バルボア]]([[1475年]] - [[1519年]]) - スペイン出身の探検家・植民地政治家・ヨーロッパ人として初めて[[太平洋]]に到達 * [[バルトロメ・デ・ラス・カサス|ラス・カサス]]([[1484年]] - [[1566年]]) - スペイン出身の[[ドミニコ会]]士・チャパス[[司教]]・『インディアスの破壊についての簡潔な報告』で有名<ref name="WDL">{{cite web |url = http://www.wdl.org/en/item/515/ |title = Mirror of the Cruel and Horrible Spanish Tyranny Perpetrated in the Netherlands, by the Tyrant, the Duke of Alba, and Other Commanders of King Philip II |website = [[World Digital Library]] |date = 1620 |accessdate = 2013-08-27 }}</ref> * [[エルナン・コルテス]]([[1485年]] - [[1547年]]) - スペイン出身の征服者(コンキスタドール)・アステカ帝国を滅ぼす・[[メキシコ]]市を建設 * [[ジャック・カルティエ]]([[1491年]] - [[1557年]]) - フランス出身の探検家・[[セントローレンス湾]]沿いを探検し[[カナダ]]と名づけ領有を宣言 * [[クアウテモック]]([[1495年]]頃 - [[1525年]]) - アステカ帝国最後の第11代君主(在位[[1520年]] - [[1521年]])・[[モクテスマ2世]]の従兄弟 * [[エルナンド・デ・ソト]]([[1496年]]/[[1497年]] - [[1542年]]) - スペイン人出身の征服者(コンキスドール)・北アメリカ各地を探検し[[ミシシッピ川]]を発見 * [[アタワルパ]]([[1502年]]頃 - [[1533年]]) - [[インカ帝国]]第13代君主(在位[[1532年]] - [[1533年]])・[[フランシスコ・ピサロ]]に処刑される * [[トゥパク・アマル (初代)|トゥパク・アマル]](? - [[1572年]]) - インカ帝国最後の君主(在位[[1571年]] - [[1572年]])・[[アタワルパ]]の甥でスペインの支配に抵抗 * [[フランシスコ・デ・オレリャーナ]]([[1511年]] - [[1546年]]) - スペイン出身の征服者(コンキスタドール)・[[アマゾン川]]を発見し河口までを航海する * シエサ・デ・レオン([[1521年]]頃 - [[1554年]]) - スペイン出身の探検家・著述家・ピサロの征服後のペルー各地を遍歴し『ペルー記』を執筆 * [[ディエゴ・デ・ランダ]]([[1524年]] - [[1579年]]) - スペイン出身の[[フランシスコ会]]士・[[ユカタン]]司教・『ユカタン事物記』を残す === 北アフリカ・西アジア・中央アジア === * イブン・イヤース([[1448年]] - [[1522年]]) - [[マムルーク朝]]エジプトの歴史家・古代からのエジプトの歴史をまとめた大著『花の驚異』で知られる * [[ムハンマド・シャイバーニー・ハーン]]([[1451年]] - [[1510年]]) - [[シャイバーニー朝]]ウズベク・ハン国の初代[[ハーン]]・[[ティムール朝]]を滅ぼす * [[ビフザード]]([[1455年]]? - [[1530年]]代) - [[ヘラート]]で活躍した画家・[[ティムール朝]]から[[サファヴィー朝]]に仕え[[ミニアチュール]]を大成する * [[ピーリー・レイース]]([[1465年]]? - [[1554年]]) - オスマン帝国海軍提督・[[アデン]]征服などで活躍・『海洋の書』や[[ピーリー・レイースの地図|地図]]の作成でも有名 * [[セリム1世]](冷酷者)([[1470年]] - [[1520年]]) - [[オスマン帝国]]第9代[[スルタン]](在位[[1512年]] - [[1520年]])・マムルーク朝を滅ぼす * [[バルバロス・ハイレッディン]]([[1475年]] - [[1546年]]) - [[アルジェ]]の[[海賊]]からオスマン帝国[[提督]]となる・[[プレヴェザの海戦]]で[[スペイン]]に勝利 * [[フズーリー]]([[1483年]]頃 - [[1556年]]) - オスマン帝国の詩人・トルコ語やペルシャ語やアラビア語など多言語を通じて詩作 * [[イスマーイール1世]]([[1487年]] - [[1524年]]) - [[サファヴィー朝]]初代[[シャー]](在位[[1501年]] - [[1524年]])・[[白羊朝]]を滅ぼして建国 * [[ミマール・スィナン]]([[1489年]]? - [[1588年]]) - オスマン帝国の建築家・[[スレイマニエ・モスク]]などを手がけトルコ最高の建築家とされる * [[ムタワッキル3世]](? - [[1543年]]) - マムルーク朝に庇護されていた[[アッバース朝|アッバース家]]最後のカリフ(在位[[1508年]] - [[1517年]]) * [[スレイマン1世]](大帝)([[1494年]] - [[1566年]]) - オスマン帝国第10代スルタン(在位[[1520年]] - [[1566年]])・「立法者」「壮麗者」とも呼ぶ * [[ロクセラーナ]](? - [[1557年]]) - オスマン帝国カリフの[[スレイマン1世]]の寵妃・[[セリム2世]]の母・もとはロシアの司祭の娘 * [[ソコルル・メフメト・パシャ]]([[1506年]] - [[1579年]]) - オスマン帝国の大宰相・スレイマン1世からセリム2世そして[[ムラト3世]]に仕える * ウルグ・アリ(クルチ・アリ)([[1519年]] - [[1587年]]) - オスマン帝国の提督・キリスト教徒の奴隷からアルジェ総督に昇進・[[レパントの海戦]]でも活躍 * [[ヌール・バヌ]]([[1525年]] - [[1587年]]) - オスマン帝国カリフのムラト3世の母・もとはヴェネツィア貴族の娘・「母后」の称号を得て[[摂政]]となる * バーキー([[1526年]] - [[1600年]])- オスマン帝国の宮廷詩人・スレイマン1世に仕え戦勝での賛歌などを捧げる・別名は「詩人たちのスルタン」 * アブドゥッラーフ2世([[1533年]] - [[1598年]]) - シャイバーニー朝[[ブハラ・ハン国]]のハーン(在位[[1583年]] - [[1598年]])・[[ブハラ]]に遷都 * アフマド・アル・マンスール(勝利者)([[1549年]] - [[1603年]]) - [[サアド朝]]の君主(在位[[1578年]] - [[1603年]])・[[ソンガイ王国]]を滅ぼし塩交易を独占 * [[サフィエ・スルタン]]([[1550年]] - [[1618年]])- オスマン帝国カリフの[[メフメト3世]]の母・[[ヌール・バヌ]]の親戚・「母后」の称号を得る * [[アッバース1世]]([[1571年]] - [[1629年]]) - サファヴィー朝第5代シャー(在位[[1588年]] - [[1629年]])・最盛期のシャー・[[イスファハーン]]に遷都 === 南アジア === * [[カビール]]([[1440年]] - [[1518年]]) - [[インド]]の宗教改革者・もとは織物職人・[[グル・ナーナク]]に影響・「ビージャク」という教典をまとめる * [[フランシスコ・デ・アルメイダ]]([[1450年]] - [[1510年]]) - ポルトガルの初代インド総督・[[ディーウ]]沖海戦に勝利しインドの[[コチン]]を占領する * [[アフォンソ・デ・アルブケルケ]]([[1453年]] - [[1515年]]) - ポルトガルの第2代インド総督・インドの[[ゴア]]を占領する * [[グル・ナーナク]]([[1469年]] - [[1539年]]) - [[シク教]]教祖にして初代グル(尊師)・[[カビール]]や[[スーフィズム|イスラーム神秘主義者]]に影響を受ける * [[クリシュナ・デーヴァ・ラーヤ]]([[1471年]] - [[1529年]]) - [[ヴィジャヤナガル王国]]([[トゥルヴァ朝]])の王(在位[[1509年]] - [[1529年]])・最盛期を現出 * [[イブラーヒーム・ローディー]](? - [[1526年]]) - [[ローディー朝]]([[デリー・スルターン朝]])最後の君主(在位[[1517年]] - [[1526年]])・[[第一次パーニーパットの戦い]]に敗北して死亡する * [[バーブル]]([[1483年]] - [[1530年]]) - ムガル帝国の建国者(在位[[1526年]] - [[1530年]])・ティムール朝の末裔・ローディー朝を滅ぼす * [[シェール・シャー]]([[1486年]] - [[1545年]]) - [[スール朝]]の建国者(在位[[1539年]] - [[1545年]])・一時[[フマーユーン]]を[[デリー]]から追い払う * [[フマーユーン]]([[1508年]] - [[1556年]]) - ムガル帝国の第2代皇帝(在位[[1530年]] - [[1540年]]、[[1555年]] - [[1556年]])・バーブルの子 * [[アクバル]]([[1542年]] - [[1605年]]) - ムガル帝国の第3代皇帝(在位[[1556年]] - [[1605年]])・[[ジズヤ]]を廃止し諸宗教の融和を進める === 東南アジア === * [[ラプ=ラプ]]([[1491年]] - [[1542年]]) - [[フィリピン]]のマクタン島の部族長・スペイン人探検家[[フェルディナンド・マゼラン]]の上陸に抵抗した・フィリピンの英雄 * [[ミゲル・ロペス・デ・レガスピ]]([[1502年]] - [[1572年]]) - スペインの初代フィリピン総督・[[マニラ]]を占領しフィリピン諸島を制圧 * [[バインナウン]]([[1517年]] - [[1581年]]) - [[ビルマ]]の[[タウングー王朝|タウングー朝]]の王(在位[[1551年]] - [[1581年]])・隣国[[アユタヤ朝]]の都[[アユタヤ]]を征服 * [[ナレースワン]](大王)([[1555年]] - [[1605年]]) - [[タイ王国|タイ]]のアユタヤ朝の21代目の王(在位[[1590年]] - [[1605年]])・ビルマから独立回復する === 東アジア === ==== 明 ==== * [[劉瑾]](? - [[1510年]]) - [[明]]の[[宦官]]・[[正徳帝]]の寵愛を受け政治に介入・後に帝位簒奪の陰謀が露見し凌遅刑に処される * 朱眞鐇(? - [[1511年]]) - 明の王族(安化王)・[[劉瑾]]に対する反乱([[安化王の乱]])を起こし鎮圧される * 朱宸濠(? - [[1521年]]) - 明の王族(寧王)・[[正徳帝]]に対する反乱([[寧王の乱]])を起こし鎮圧される * [[楊廷和]]([[1459年]] - [[1529年]]) - 明の政治家([[内閣大学士]])・[[嘉靖帝]]を擁立し「救時宰相」と呼ばれるが大礼の儀問題に巻き込まれる * [[祝允明]]([[1460年]] - [[1526年]]) - 明の官僚・文人・[[呉派]]に属し「呉中の四才子」の一人 * [[文徴明]]([[1470年]] - [[1559年]]) - 明の官僚・文人・呉派に属し「呉中の四才子」の一人・子の[[文彭]]や[[文嘉]]も書画で有名 * [[唐寅]]([[1470年]] - [[1523年]]) - 明の文人・呉派に属し「呉中の四才子」の一人・事件に巻き込まれ官人になれず在野で活躍 * [[王陽明]]([[1472年]] - [[1528年]]) - 明の政治家・思想家([[陽明学]])・[[寧王の乱]]ほかを鎮圧・主著に『[[伝習録]]』 * [[厳嵩]]([[1480年]] - [[1567年]]) - 明の政治家(内閣大学士)・息子厳世蕃とともに嘉靖年間後半の政治を壟断・「青祠宰相」の別名がある * [[徐階]]([[1494年]] - [[1574年]]) - 明の政治家(内閣大学士)・嘉靖帝死後に[[隆慶帝]]を擁立し内廷粛正を図る * 仇英([[1494年]]? - [[1552年]]) - 明の画家・漆工から身を起こし模写を重ね花鳥や人物を得意とした・特に美人画でよく知られる * [[呉承恩]]([[1504年]]頃 - [[1582年]]頃) - 明代の官僚・文人・『[[西遊記]]』の編者か? * [[王直]](? - [[1559年]]) - 明の海賊・嘉靖の大[[倭寇]]の中心人物・日本の[[五島列島]]に本拠地を持つ・[[胡宗憲]]に捕縛され処刑される * [[鄭舜功]](生没年不詳) - 明の外交官・倭寇禁圧の要請のため訪日・日本の国情を記した『[[日本一鑑]]』を残す * [[嘉靖帝]]([[1507年]] - [[1566年]]) - 明の第12代皇帝(世宗)(在位[[1521年]] - [[1566年]])・40年に及ぶ治世で北虜南倭に苦しむ * [[海瑞]]([[1514年]] - [[1587年]]) - 明の官僚・嘉靖帝に対して厳しい直諫を行い投獄されるが後に復権・歴史戯曲『[[海瑞罷官]]』でも有名 * [[李時珍]]([[1518年]] - [[1593年]]) - 明の医師で[[本草学]]者・中国本草学の集大成である『[[本草綱目]]』を編纂 * [[徐渭]]([[1521年]] - [[1593年]]) - 明の文人・書画や詩文や戯曲など多様な分野で天才性を発揮・一方で精神を病み妻を殺害する * [[張居正]]([[1525年]] - [[1582年]]) - 明の政治家([[内閣大学士]])・幼い[[万暦帝]]の補佐をして[[一条鞭法]]の導入などの政治改革を行う * [[戚継光]]([[1528年]] - [[1587年]]) - 明の武将・倭寇と[[モンゴル]]とそれぞれ戦ってともに戦果を挙げた * [[李卓吾]]([[1527年]] - [[1602年]]) - 明の官僚・思想家(陽明学左派)・『焚書』の著者・世に入れられずに獄中で自殺 * [[蘭陵笑笑生]](生没年不詳) - 明の小説家・万暦年間成立の[[四大奇書]]『[[金瓶梅]]』の作者?([[王世貞]]・徐渭・厳嵩ら別名説もある) * 袁黄(袁了凡)([[1533年]] - [[1606年]]) - 明の官僚・儒学者(陽明学左派の王龍溪の門人)・『了凡四訓』(『[[陰騭録]]』)がある * [[呂坤]](呂新吾)([[1536年]] - [[1618年]]) - 明の官僚・儒学者・『[[呻吟語]]』その他の著作がある * 洪自誠(洪応明)(活躍時期[[1572年]] - [[1620年]]) - 明の文人・処世訓を記した随筆集『[[菜根譚]]』がある * [[李如松]]([[1549年]] - [[1598年]]) - 明の武将・朝鮮援兵(文禄・慶長の役)で明側の指揮官として日本の豊臣秀吉軍と戦う * [[湯顯祖]]([[1550年]] - [[1616年]]) - 明の劇作家・「中国のシェイクスピア」とも言われる・「[[牡丹亭|牡丹亭還魂記]]」の作者 * [[万暦帝]]([[1563年]] - [[1620年]]) - 明の第14代皇帝(在位[[1572年]] - [[1620年]])・[[張居正]]死後に親政・放漫な政治で[[万暦の三征]]が発生 ==== 越南 ==== * [[莫登庸]]([[1483年]]? - [[1541年]]) - 越南莫朝の初代皇帝(莫太祖)(在位[[1527年]] - [[1529年]])・[[黎朝|前期黎朝]]を滅ぼす ==== モンゴル ==== * [[アルタン・ハーン]]([[1507年]] - [[1582年]]) - [[モンゴル]]のハーン(在位[[1551年]] - [[1582年]])・[[ダヤン・ハーン]]の孫・[[庚戌の変]]で[[北京]]を包囲 ==== チベット ==== * [[ダライ・ラマ3世]]([[1543年]] - [[1588年]]) - [[チベット]]の教主・[[アルタン・ハーン]]より正式に「ダライ・ラマ」に推戴される ==== 朝鮮 ==== * [[燕山君]]([[1476年]] - [[1506年]]) - [[李氏朝鮮]]の第10代国王(在位[[1494年]] - [[1506年]])・[[戊午士禍]]や[[甲子士禍]]を招いた暗君とされ廃位される * [[李滉]]([[1501年]] - [[1570年]]) - 李氏朝鮮の儒学者([[朱子学]])・「東方の小朱子」と呼ばれ[[李栗谷]]と二派を形成・日本儒学にも影響 * [[李栗谷]]([[1536年]] - [[1584年]]) - 李氏朝鮮の儒学者([[朱子学]])・[[李滉]]の主理説に対し主気説を唱え別派を形成 * [[柳成龍]]([[1542年]] - [[1607年]] - 李氏朝鮮の政治家・壬辰・丁酉倭乱([[文禄・慶長の役]])で李舜臣を抜擢・『[[懲毖録]]』を記録として残す * [[李舜臣]]([[1545年]] - [[1598年]]) - 李氏朝鮮の将軍・壬辰・丁酉倭乱で[[日本]]の[[豊臣秀吉]]軍と戦うが[[露梁海戦]]で戦死・[[韓国]]の英雄 * [[姜沆]]([[1567年]] - [[1618年]]) - 李氏朝鮮の官人・丁酉の倭乱で日本に連行され『看羊録』を残す・藤原惺窩に朱子学を伝えたとされる === 日本 === * [[雪舟等楊]]([[1420年]] - [[1506年]]?) - [[水墨画家]]・禅僧・渡明して技法を学ぶ・「秋冬山水図」や「天橋立図」で知られる * [[北条早雲]]([[1432年]] - [[1519年]]) - 武将・[[相模国|相模]][[伊豆国|伊豆]]の[[戦国大名]]・[[伊勢氏]]の流れを汲み[[後北条氏]]の祖となる * [[山崎宗鑑]]([[1465年]]? - [[1554年]]?) - 連歌師・俳諧作者・自由奔放で滑稽味のある句風の作品を集めた俳諧撰集『[[犬筑波集]]』で知られる * [[細川政元]]([[1466年]] - [[1507年]]) - [[室町幕府]][[管領]]・[[明応の政変]]で将軍[[足利義稙]]を追放し[[細川政権 (戦国時代)|細川政権]]を樹立・[[永正の錯乱]]で暗殺される * [[足利義稙]]([[1466年]] - [[1523年]]) - 室町幕府第10代[[征夷大将軍]](在任[[1490年]] - [[1494年]]・[[1508年]] - [[1521年]])・[[明応の政変]]で廃されるが、10年以上の亡命生活を経て将軍に復帰 * [[清原宣賢]]([[1475年]] - [[1550年]]) - 公卿・儒学者・古典学者・『日本書紀神代巻抄』『伊勢物語惟清抄』ほか研究を残す * [[細川高国]]([[1484年]] - [[1531年]]) - 室町幕府管領・[[細川政元]]の養子・[[畿内]]を支配するが[[大物崩れ]]で殺害される * [[斎藤道三]]([[1494年]] - [[1556年]]) - 武将・[[美濃国|美濃]]の戦国大名・[[土岐頼芸]]を追放し美濃を征服する * [[毛利元就]]([[1497年]] - [[1571年]]) - 武将・[[安芸国|安芸]]の戦国大名・[[厳島の戦い]]で[[陶晴賢]]を破り[[中国地方]]を統一 * [[雪村周継]]([[1504年]]? - [[1589年]]頃) - [[水墨画家]]・戦国時代の[[関東地方|関東]]画壇の中心人物になる * [[フランシスコ・ザビエル]]([[1506年]] - [[1552年]]) - [[スペイン]]出身の[[イエズス会]]宣教師・[[鹿児島市|鹿児島]]や[[山口市|山口]]で布教 * [[大内義隆]]([[1507年]] - [[1551年]]) - 武将・[[周防国|周防]]・[[長門国|長門]]の戦国大名・家臣陶晴賢に殺害される・[[山口市|山口]]の[[大内文化]]を育む * [[松永久秀]]([[1510年]] - [[1577年]]) - 武将・[[三好家]][[家宰]]・[[大和国|大和]]の戦国大名・[[永禄の変]]で将軍[[足利義輝]]を殺害 * [[足利義晴]]([[1511年]] - [[1550年]]) - 室町幕府第12代征夷大将軍(在任[[1521年]] - [[1546年]]) * [[細川晴元]]([[1514年]] - [[1563年]]) - 室町幕府管領・[[細川高国]]を滅ぼすが畿内で[[一向一揆]]や[[法華一揆]]に翻弄される * [[北条氏康]]([[1515年]] - [[1571年]]) - 武将・[[相模国|相模]]の戦国大名・[[河越城の戦い]]で関東での覇権を確立・[[甲相駿三国同盟]]を締結 * [[今川義元]]([[1519年]] - [[1560年]]) - 武将・[[駿河国|駿河]]の戦国大名・「海道一の弓取り」・[[桶狭間の戦い]]で[[織田信長]]に滅ぼされる * [[武田信玄]]([[1521年]] - [[1573年]]) - 武将・[[甲斐国|甲斐]]の戦国大名・[[川中島の戦い]]で[[上杉謙信]]と激突 * [[三好長慶]]([[1522年]] - [[1564年]]) - 武将・畿内の戦国大名・細川政権([[細川晴元]])を倒し[[三好政権]]を樹立 * [[千利休]]([[1522年]] - [[1591年]]) - 茶人・[[堺]]の商人・[[豊臣秀吉]]に茶頭として近侍し[[豊臣政権]]を支える・後に秀吉の怒りで[[切腹]]を命じられる * [[柴田勝家]]([[1522年]] - [[1583年]]) - 武将・織田信長の重臣・[[清州会議]]で[[豊臣秀吉|羽柴秀吉]]の優位を許し[[賤ヶ岳の戦い]]で滅ぼされる * [[明智光秀]]([[1528年]] - [[1582年]]) - 武将・織田信長の重臣・[[本能寺の変]]で織田信長を倒すが[[山崎の戦い]]で羽柴秀吉に滅ぼされる * [[上杉謙信]]([[1530年]] - [[1578年]]) - 武将・[[関東管領]]・[[越後国|越後]]の戦国大名・川中島の戦いで[[武田信玄]]と激突 * [[大友義鎮|大友宗麟]]([[1530年]] - [[1587年]]) - 武将・[[豊後国|豊後]]の戦国大名([[キリシタン大名]])・[[伊東マンショ]]は縁者 * [[大村純忠]]([[1533年]] - [[1587年]]) - 武将・[[肥前国|肥前]]の戦国大名(キリシタン大名)・[[長崎港]]を開港する * [[織田信長]]([[1534年]] - [[1582年]]) - 武将・[[尾張国|尾張]]の戦国大名・室町幕府を倒し[[織田政権]]を樹立・本能寺の変で[[明智光秀]]に滅ぼされる * [[細川幽斎]]([[1534年]] - [[1610年]]) - 武将・[[細川氏]]一族で[[足利義昭]]・織田信長・豊臣秀吉に仕える・歌人として[[古今伝授]]を行う * [[島津義弘]]([[1535年]] - [[1619年]]) - 武将・[[薩摩国|薩摩]]の戦国大名・九州に覇を唱えるがやがて豊臣秀吉の[[九州平定]]に従う * [[足利義輝]]([[1536年]] - [[1565年]]) - 室町幕府第13代征夷大将軍(在任[[1546年]] - [[1565年]])・永禄の変で[[松永久秀]]らに殺害される * [[豊臣秀吉]]([[1536年]] - [[1598年]]) - 武将・[[関白]](在任[[1585年]] - [[1591年]])・後に[[太閤]]と呼ばれる・豊臣政権を樹立し天下統一 * [[足利義栄]]([[1538年]] - [[1568年]]) - 室町幕府第14代征夷大将軍(在任[[1568年]])・松永久秀と[[三好三人衆]]に擁立される * [[足利義昭]]([[1537年]] - [[1597年]]) - 室町幕府最後の第15代征夷大将軍(在任[[1568年]] - [[1573年]])・織田信長に擁立されるが後に反目 * [[前田利家]]([[1538年]] - [[1599年]]) - 武将・豊臣政権の[[五大老]]の一人・後の[[加賀国|加賀]][[前田家]]の基礎を築く * [[長宗我部元親]]([[1539年]] - [[1599年]]) - 武将・[[土佐国|土佐]]の戦国大名・四国を統一するがやがて豊臣秀吉の[[四国平定]]に従う * [[長谷川等伯]]([[1539年]] - [[1610年]]) - 長谷川派の画家・[[京都]][[智積院]]「金碧障壁画」や「[[松林図屏風]]」で知られる * [[顕如]]([[1543年]] - [[1592年]]) - [[浄土真宗]][[本願寺]]第11世法主・[[石山本願寺]]から[[一向一揆]]を指揮して[[信長包囲網]]に参加 * [[狩野永徳]]([[1543年]] - [[1590年]]) - [[狩野派]]の画家・「唐獅子図屏風」や「[[洛中洛外図屏風]]」で知られる * [[徳川家康]]([[1543年]] - [[1616年]]) - 武将・[[三河国|三河]]の戦国大名・豊臣政権の五大老の一人・[[江戸幕府]]初代征夷大将軍(在任[[1603年]] - [[1605年]]) * [[古田重然|古田織部]]([[1544年]] - [[1615年]]) - 武将・茶人で利休七哲の一人・豊臣秀吉や[[徳川家康]]の茶頭となる・[[大阪の陣]]後に[[切腹]] * [[黒田孝高]]([[1546年]] - [[1604年]]) - 武将・豊後の大名・軍師として豊臣秀吉に献策を行う・息子の[[黒田長政|長政]]は福岡藩初代藩主となる * [[毛利輝元]]([[1553年]] - [[1625年]]) - 武将・周防の戦国大名・豊臣政権の[[五大老]]の一人・[[関ヶ原の戦い]]後に領土を削られる * [[小西行長]]([[1555年]]? - [[1600年]]) - 武将・キリシタン大名・朝鮮出兵の交渉役・関ヶ原の戦いでは西軍に属し敗北の後に斬首される * [[上杉景勝]]([[1556年]] - [[1623年]]) - 武将・越後の戦国大名・豊臣政権の五大老の一人・[[会津征伐]]を受け領土を削られる * [[石田三成]]([[1560年]] - [[1600年]]) - 武将・豊臣政権の[[五奉行]]の一人・関ヶ原の戦いでは西軍を率いるが敗北し処刑される * [[福島正則]]([[1561年]] - [[1624年]]) - 武将・安芸[[広島市|広島]]の大名・賤ヶ岳の七本槍の一人・朝鮮出兵で活躍・関ヶ原の戦いでは東軍に属す * [[加藤清正]]([[1562年]] - [[1611年]]) - 武将・肥後[[熊本市|熊本]]の大名・賤ヶ岳の七本槍の一人・朝鮮出兵で活躍・関ヶ原の戦いでは九州の西軍と戦う * [[上田重安]]([[1563年]] - [[1650年]]) - 武将・茶人・[[古田重然|古田織部]]から茶道を学ぶ・[[上田宗箇流]]の流祖 * [[細川ガラシャ]]([[1563年]] - [[1600年]]) - 大名[[細川忠興]]の正室・[[キリシタン]]として悲劇的な最期を遂げた話は国外でも広く知られた * [[有馬晴信]]([[1567年]] - [[1612年]]) - 武将・肥前の戦国大名(キリシタン大名)・[[大村純忠]]の甥 * [[伊達政宗]]([[1567年]] - [[1637年]]) - 武将・[[出羽国|出羽]]・[[陸奥国|陸奥]]の戦国大名・「独眼竜」・豊臣秀吉から徳川家康に従う * [[伊東マンショ]]([[1569年]]頃 - [[1612年]]) - [[天正遣欧少年使節]]の正使・後に[[イエズス会]]士で[[カトリック教会|カトリック]][[司祭]]となる * [[出雲阿国]]([[1572年]] - ?) - [[歌舞伎]]の創始者といわれる女性芸能者・もとは[[出雲大社]]の[[巫女]]か * [[宇喜多秀家]]([[1573年]] - [[1655年]]) - 武将・豊臣政権の五大老の一人・関ヶ原の戦いで敗北し[[八丈島]]に流される * [[小早川秀秋]]([[1582年]] - [[1602年]]) - 武将・備前岡山の大名・朝鮮出兵で活躍・関ヶ原の戦いでは西軍を裏切り東軍の勝利に貢献する == フィクションのできごと == {{フィクションの出典明記|ソートキー=年世紀16|section=1|date=2011年7月}} === 事件 === *[[1540年]] - [[宇宙人]]がついていた[[隕石]]が地球に衝突、衝撃で全ての宇宙人は死滅したが、一つの[[細胞]]が生き延び、その子孫が1879年、狼男となってヴィクトリア女王陛下に襲い掛かる。([[ドクター・フー]]) *[[1547年]] - [[陸上自衛隊]]第三特別実験中隊が人工磁場シールドの暴走事故により、[[2003年]][[10月13日]]15時34分から演習場ごと[[タイムトラベル|タイムスリップ]]してくる。([[戦国自衛隊1549]]) *[[1549年]] - 陸上自衛隊ロメオ隊が第三特別実験中隊を追って[[2005年]]10月13日12時5分からタイムスリップしてくる。その74時間26分後、作戦成功により2005年[[10月16日]]16時31分へ帰還し、この時代から完全に姿を消す。(戦国自衛隊1549) *[[1591年]] - [[ムラト3世]]支配下のオスマン帝国首都[[イスタンブル]]において宮廷細密画家が何者かにより暗殺される([[オルハン・パムク]]の小説『わたしの名は紅』) *[[1599年]] - [[シェイクスピア]]とドクターが出会う。(ドクター・フー) *[[1600年]] - 関ヶ原の戦いで[[小早川秀秋]]が裏切るも、[[武田信玄]]の騎馬隊によって西軍が優勢となり、徳川家康などの有力な武将が次々と殺され、東軍が敗北する。([[ズッコケ三人組]]) === 誕生 === *[[7月4日]] [[Gackt]]([[シンガーソングライター]]) == 10年紀と各年 == : {| |- | '''[[1500年代]]''' || [[1500年|1500]] || [[1501年|1501]] | [[1502年|1502]] || [[1503年|1503]] | [[1504年|1504]] || [[1505年|1505]] || [[1506年|1506]] | [[1507年|1507]] || [[1508年|1508]] || [[1509年|1509]] |- | '''[[1510年代]]''' || [[1510年|1510]] || [[1511年|1511]] | [[1512年|1512]] || [[1513年|1513]] | [[1514年|1514]] || [[1515年|1515]] || [[1516年|1516]] | [[1517年|1517]] || [[1518年|1518]] || [[1519年|1519]] |- | '''[[1520年代]]''' || [[1520年|1520]] || [[1521年|1521]] | [[1522年|1522]] || [[1523年|1523]] | [[1524年|1524]] || [[1525年|1525]] || [[1526年|1526]] | [[1527年|1527]] || [[1528年|1528]] || [[1529年|1529]] |- | '''[[1530年代]]''' || [[1530年|1530]] || [[1531年|1531]] | [[1532年|1532]] || [[1533年|1533]] | [[1534年|1534]] || [[1535年|1535]] || [[1536年|1536]] | [[1537年|1537]] || [[1538年|1538]] || [[1539年|1539]] |- | '''[[1540年代]]''' || [[1540年|1540]] || [[1541年|1541]] | [[1542年|1542]] || [[1543年|1543]] | [[1544年|1544]] || [[1545年|1545]] || [[1546年|1546]] | [[1547年|1547]] || [[1548年|1548]] || [[1549年|1549]] |- | '''[[1550年代]]''' || [[1550年|1550]] || [[1551年|1551]] | [[1552年|1552]] || [[1553年|1553]] | [[1554年|1554]] || [[1555年|1555]] || [[1556年|1556]] | [[1557年|1557]] || [[1558年|1558]] || [[1559年|1559]] |- | '''[[1560年代]]''' || [[1560年|1560]] || [[1561年|1561]] | [[1562年|1562]] || [[1563年|1563]] | [[1564年|1564]] || [[1565年|1565]] || [[1566年|1566]] | [[1567年|1567]] || [[1568年|1568]] || [[1569年|1569]] |- | '''[[1570年代]]''' || [[1570年|1570]] || [[1571年|1571]] | [[1572年|1572]] || [[1573年|1573]] | [[1574年|1574]] || [[1575年|1575]] || [[1576年|1576]] | [[1577年|1577]] || [[1578年|1578]] || [[1579年|1579]] |- | '''[[1580年代]]''' || [[1580年|1580]] || [[1581年|1581]] | [[1582年|1582]] || [[1583年|1583]] | [[1584年|1584]] || [[1585年|1585]] || [[1586年|1586]] | [[1587年|1587]] || [[1588年|1588]] || [[1589年|1589]] |- | '''[[1590年代]]''' || [[1590年|1590]] || [[1591年|1591]] | [[1592年|1592]] || [[1593年|1593]] | [[1594年|1594]] || [[1595年|1595]] || [[1596年|1596]] | [[1597年|1597]] || [[1598年|1598]] || [[1599年|1599]] |- | '''[[1600年代]]''' || [[1600年|1600]] || [[1601年|1601]] | [[1602年|1602]] || [[1603年|1603]] | [[1604年|1604]] || [[1605年|1605]] || [[1606年|1606]] | [[1607年|1607]] || [[1608年|1608]] || [[1609年|1609]] |} == 脚注 == {{Reflist}} [[Category:16世紀|*]]
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