コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
黄皓のソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
黄皓
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
{{三国志の人物 |名前 = 黄皓 |画像 = |サイズ = |説明 = |王朝 = [[蜀漢]] |称号・役職 = [[中常侍]] |出生 = [[215年]]以前 |出身地 = |死去 = [[264年]]以降 |死没地 = |ピン音 = |字 = |諡号 = |廟号 = |別名 = |主君 = [[劉禅]] |特記事項 = }} '''黄 皓'''(こう こう、[[215年]]以前~[[264年]]以降)は、[[中国]][[三国時代 (中国)|三国時代]]の[[宦官]]。[[蜀漢]]に仕えた。卑しい身分から出世して、皇帝[[劉禅]]の寵愛を受けて権力を掌握し、政治を壟断して蜀漢の滅亡を招いた。 ==経歴== [[諸葛亮]]の死後、劉禅に寵愛され引き立てられた。監視役の[[董允]]の存命中は黄門丞という低い役職のままであったが、[[陳祗]]が董允の死後に後任となるや、結託して政務を預かるようになり、黄門令に昇進した。陳祗の死後は一気に[[中常侍]]・奉車都尉へ昇格し、国の実権を握るようになった。 [[景耀]]5年([[262年]])、[[姜維]]を追放して代わりに[[閻宇]]を立てようと画策した。この画策は黄皓の独断ではなく、[[諸葛瞻]]・[[董厥]]も同調している。姜維は黄皓の専横を憎み、処刑するよう劉禅に請願したが聞き入れられなかったため、以降[[成都]]に帰還出来なくなった。なお、黄皓は『[[三国志 (歴史書)|三国志]]』の著者である[[陳寿]]が蜀漢に仕えていた際、彼を憎んで免職にしている。また、甘陵王の[[劉永 (蜀漢)|劉永]]は黄皓を憎んでいたため、この事で黄皓から讒訴され、十余年に亘って朝廷への謁見が許されなかった。更に[[羅憲]]も黄皓に阿らなかったため、中央から巴東[[太守]]に左遷されている。諸葛瞻・董厥・[[樊建]]は当時の政務を担っていたが、互いに庇い合うばかりで黄皓の専横を止める事ができず、政治の乱れを矯正できなかった(ただ、樊建は黄皓と親しくする事がなかった)。一方で[[郤正]]は、宮廷内の官職に就いてからというもの、彼と屋敷を並べて働く事30年にも亘った(このことから、遅くとも[[233年]]の時点で彼が仕官して暫く時間が経過している事が分かる)が、気に入られも憎まれもしなかったため、官位も600石(地方の[[太守]]が2000石)を超える事がなく、讒言による被害も免れている。 また同時期に、蜀での使者の任務を終えて帰った[[呉 (三国)|呉]]の[[薛珝]]は、[[孫休]]に蜀の政治を問われた際、黄皓の名前を挙げてはいないが、「主は暗愚で過ちに気付かず、臣下は我が身が可愛くて、一向罪を被らない様に努め、朝政でも正言を聞く事が出来無い」と言っている。呉の[[張悌]]は宦官が蜀の朝政を恣にしているため、国家の正式な政令が権威を持っていないと断じた。 翌年、[[魏 (三国)|魏]]が攻撃準備をしていると姜維から援軍要請があったが、黄皓はこれを握り潰した。そのため、蜀は迎撃体制が整わぬまま魏の攻撃を迎える事になった。[[綿竹]]で魏軍と戦った[[諸葛尚]]は、魏に敗れた際「早く黄皓を斬らなかったがためにこんな事になってしまった。生きていて何になろう」と言って突撃し、戦死した。 蜀滅亡後、魏の[[鄧艾]]は成都に入ると黄皓の邪悪・陰険さを聞き知り、逮捕・幽閉して殺害しようとした。しかし黄皓は、鄧艾の側近に手厚く賄賂を贈ったため死を免れた。 ==三国志演義での扱い== 小説『[[三国志演義]]』では史実よりかなり早く、諸葛亮の存命中から権力を握った佞臣として登場する。魏から賄賂を貰って姜維を[[北伐]]の前線から呼び戻すなど、私腹を肥やす悪辣な人物として描かれる。蜀漢滅亡の直前には、劉禅に巫女の神託による政治を勧めて軍の派遣を阻んだり、江油城の落城を隠蔽したりと、滅亡を招いた最大の元凶にされている。成都を攻略した鄧艾から処刑されそうになるが、その部下に賄賂を渡して一時死を免れる。しかし最後は、[[司馬昭]]に五体を斬り刻まれ処刑される事になっている。 {{DEFAULTSORT:こう こう}} [[Category:三国志の登場人物]] [[Category:中国の宦官]] [[Category:蜀漢の人物]]
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:三国志の人物
(
ソースを閲覧
)
黄皓
に戻る。
検索
検索
黄皓のソースを表示
話題を追加