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高梁川
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{{Infobox 河川 |名称=高梁川 |画像=[[画像:Takahashi-river Kiyone.jpg|300px|高梁川 2006年4月撮影]] |画像説明=総社市清音付近 |水系等級=[[一級水系]] |水系=高梁川 |種別=[[一級河川]] |延長=111 |標高=1,188 |流量=63.93 |観測所=日羽観測所 2000年 |流域面積=2,670 |水源=花見山(岡山県) |河口=[[水島灘]](岡山県) |流域=[[岡山県]]、[[広島県]] |脚注= |出典= }} '''高梁川'''(たかはしがわ)は、[[岡山県]]西部を流れる[[一級河川]]であり、高梁川[[水系]]の本流である。[[吉井川]]、[[旭川 (岡山県)|旭川]]と並ぶ'''岡山三大河川'''の一つ。岡山県下で最大の流域面積を誇り、その支流域は[[広島県]]にもおよぶ。 かつては、'''河島川'''('''川嶋川''')・'''河邊川'''('''川辺川''')・'''総社川'''・'''松山川'''・'''板倉川'''・'''宮瀬川'''など時代や地域によって様々な名称で呼ばれた。 == 概要 == [[ファイル:Takahashi-river Kurashiki.jpg|thumbnail|250px|高梁川大橋から南望]] [[鳥取県]]境の[[明地峠]](標高755m)に近い'''花見山'''(標高1,188メートル)の東麓([[新見市]])を源流とし、[[高梁市]]・[[総社市]]を経て、[[倉敷市]]で[[水島灘]]に注ぐ。 流域は主に石灰岩質の[[カルスト地形|カルスト台地]]である[[阿哲台]]を貫通し、河川の浸食によって生成された[[鍾乳洞]]や[[渓谷]]に富む。また植物分布も日本ではこの地域特有のものも多い。 河口部は現在は倉敷市[[水島地域|水島]]と[[玉島地域|玉島]]の間を流れ水島灘に至るが、下流域は時代によって大きく河道や河口部が変わっている(詳細は[[#旧河道|後述]])。 古代から近代にかけて[[高瀬舟]]による水運に利用され、備中国域の経済の大動脈として重要な河川であった。<ref name="okayamaken-daihyakkajiten">岡山県大百科事典編集委員会『岡山県大百科事典』山陽新聞社(1979年)</ref> == 水不足の問題 == 高梁川水系では度々少雨の影響で水不足の恐れがある。特に深刻だった水不足問題は[[1994年]]夏頃である。貯水率は0パーセントになり、断水などが相次いだ。9月に[[台風]]が接近したために水不足は解消された。その後[[2002年]]や[[2005年]]にも水不足の心配があったが、こちらは特に深刻ではなかった。 [[2007年]]秋頃から少雨の影響で再び渇水の恐れがあり、一時的に取水制限を実施した。同年[[12月23日]]の流域4箇所のダム貯水率は46.3%と、平年値を大幅に下回った。[[2008年]]も少雨の影響で[[8月21日]]の貯水率は4ダムの平均が42.3%を下回った。 ==旧河道== 下流域は、時代によって大きく河道が変わっている。 ===古代〜中世(井尻野分岐)=== 古代高梁川は総社平野(吉備平野)へ突入する部位(現在の総社市井尻野湛井あたり)で南と東へ分岐していた。 東流は分岐点からやや南東に流身をとりつつ現在の総社市街・吉備平野を蛇行しながら東方へ流れ、やがて当時の足守川と現在の総社市長良付近で合流し、その後南へ進路を変え、吉備中山西部を北から南へ流走し、[[岡山市]][[北区 (岡山市)|北区]][[吉備 (岡山市)|撫川]]・倉敷市[[庄地区|上東]]付近が河口で、吉備穴海に流入していた。<!--昔はこれが本流という見方だったらしい。-->この河口付近に備中国の[[国府津]]があったとされ、[[上道遺跡]]はそれに関連している遺跡だとする説もある。<ref name="kurashiki-souja">太田健一『倉敷・総社の歴史』郷土出版社(2009年)</ref> [[備中国]][[風土記]]<ref>備中国風土記は後に散逸亡失し、現在わずかにその逸文が残っただけである。</ref>逸文である「宮瀬川」によると、[[賀陽郡]]の伊勢御神社(いせのみかみのやしろ)<ref>伊勢御神社を、[[神明神社 (総社市)|神明神社]]に比定する説もあるが、確かなことはわからない。</ref>の東に河があり、河の西に吉備建日子命宮(きびたけひこのみことのみや)があるので、この河を宮瀬川称した、とある。 この逸文が宮瀬川(高梁川旧東流)の河道の存在を暗示している。この旧東流の河道は、古代行政区をわける「郡境の河道」であったとされ、河道の北側が賀陽郡、南側が[[窪屋郡]]・[[都宇郡]]であった。 その後、平安時代末期の[[妹尾兼康|妹尾太郎兼康]]による十二箇郷用水建設により、総社中心部では同用水の基幹用水路・総社東部では前川の一部・岡山市北区[[高松地域 (岡山市)|高松]]付近では西方に河道が移動し、現在の足守川の中下流となった。<ref name="kurashiki-souja"/> また総社市井尻野から南に分流した流路(現在の高梁川の流路)は、現在の流路に近い位置を蛇行しながら分岐・合流をしつつ現在の倉敷市真備町川辺あたりで小田川と合流、総社市清音古地あたりが河口だった。この南分流の河道は、当時の[[下道郡]]・賀陽郡・窪屋郡の郡境となっていた。度々洪水を起こしたため、河道や分流などが変遷し、それに合わせ郡境も変更されていた。<ref name="tatai">藤井駿・加原耕作『備中湛井十二箇郷用水史』湛井十二箇郷組合(2001年)</ref> ===中世〜近世(古地分岐)=== 前述のように、平安末期に井尻野分岐の東流は姿を変えたが、南流は土砂による堆積作用や戦国時代以降の新田干拓などにより河口は南に移動していった。さらに現在の総社市清音古地で東西に分流し、西流は現在の柳井原貯水池を通り、現在の倉敷市船穂町水江あたりから現高梁川の流路に近い位置を流れた。東流は、現在の総社市清音黒田から倉敷市酒津あたりまでは現在の流路とほぼ同じ位置を流れ、酒津以南はそのまま南へほぼ直進して流れた。なお、西流は'''又串川'''、東流は'''酒津川'''とも呼ばれた。倉敷代官所が作らせた[[1705年]](宝永2年)、地図では、古地で高梁川が分岐しており、さらに干拓により児島・連島が陸続きとなり、河口部も西流が連島の西側、東流が連島東側と児島西側の間に位置している。また、干拓により造成された、児島北側を東側へ流れ児島湾に流入する分流である'''吉岡川'''も描かれている。<ref name="tatai"/><ref name="kurashiki-souja"/> また、[[備中松山藩]]により、現在の倉敷市船穂町船穂東部から玉島港にかけて'''高瀬通し'''と呼ばれる運河が造成された。<ref name="okayamaken-daihyakkajiten"/> ===近世〜現代(酒津分岐)=== [[画像:Hakken River 1.jpg|thumb|250px|東高梁川廃川地に掘削された八間川用水(倉敷市)]] 現在の倉敷平野部では、高梁川の洪水に幾度も悩まされたため、度々河川の改修・治水工事が行われた。その後、[[1907年]](明治40年)から始まった改修で東西の分岐点が、古地から現在の倉敷市酒津で東西に分岐するように変更され、'''東高梁川'''('''東松山川''')、'''西高梁川'''('''西松山川''')となった。旧分岐点から新しい西流(西高梁川)までの流路は'''柳井原貯水池'''となり現在に至る。<ref name="kurashiki-souja"/> さらにその後の改修により、酒津分岐の東高梁川は廃川となり、1925年(大正14年)に明治期から続いた大改修工事は完成し、西高梁川が本流となり、現在に至っている。旧河口部には水島市街地、旧堤防には[[水島臨海鉄道水島本線]]や八間川用水などが造成された。<ref name="kurashiki-souja"/><ref name="okayamaken-daihyakkajiten"/> == 流域の自治体 == <!---2005/4/1現在---> ; 岡山県 : [[新見市]]、[[高梁市]]、[[吉備中央町]]、[[高梁市]]、[[井原市]]、[[矢掛町]]、[[総社市]]、[[倉敷市]] ; 広島県 : [[庄原市]]、[[神石高原町]]、[[福山市]] == 主な支流 == [[画像:Takahashi river and Nishi river.jpg|thumb|250px|高梁川と西川の合流点(新見市)]] [[画像:Takahashigawa_Takahashi.jpg|thumb|250px|高梁川(高梁市)]] 市名は流域の自治体。<!---2005/4/1現在---> * 西川:新見市 * 小阪部川(小坂部川):新見市東部・[[大佐町|大佐地区]] * [[成羽川]]:[[広島県]][[庄原市]][[東城町]]、[[神石郡]][[神石高原町]]、岡山県高梁市。広島県側では東城川とも呼ばれる。 * 有漢川:岡山県高梁市北西部(津川・巨瀬・[[有漢町|有漢地区]]など) * 増原川:高梁市玉川地区 * 影谷川:総社市水内地区 * 槙谷川:総社市池田地区、[[加賀郡]][[吉備中央町]]大和地区 * [[新本川]]:総社市新本・山田・久代・秦・神在地区 * [[小田川 (高梁川水系)|小田川]]<ref>倉敷市[[児島地域|児島]]付近を流れる二級河川の[[小田川 (倉敷市児島)|小田川]]とは別。</ref>:広島県神石郡神石高原町、[[福山市]]加茂町・山野町、岡山県[[井原市]]、[[小田郡]][[矢掛町]]、倉敷市。井原市芳井町以北では、吉井川(芳井川)、山野川とも呼ばれる。 == 河川施設(支流域を含む) == * [[千屋ダム]](新見市) * [[高瀬川ダム (岡山県)|高瀬川ダム]](新見市) * [[三室川ダム]](新見市) * 大谷川ダム(新見市)*建設中 * [[河本ダム]](新見市) * [[大佐ダム]](新見市) * [[小阪部川ダム]](新見市) * [[新成羽川ダム]](高梁市) * 楢井ダム(高梁市) * 大竹ダム(高梁市) * 槙谷ダム(総社市) * [[明治ダム]](井原市) == 並行する交通 == === 鉄道 === * [[西日本旅客鉄道|JR西日本]] [[伯備線]]([[倉敷駅]]~[[新見駅]]で並行、[[布原駅]]~[[新郷駅 (岡山県)|新郷駅]]では西川に並行) * [[水島臨海鉄道]] [[水島臨海鉄道水島本線|水島本線]]([[倉敷市駅]]~[[三菱自工前駅]]~[[倉敷貨物ターミナル駅]]間で並行) === 道路 === * [[国道180号]](新見市~総社市で並行) * [[国道486号]](総社市~倉敷市で並行) == 流域の観光地 == * [[帝釈峡]]:成羽川(東城川)支流の帝釈川。広島県神石郡神石高原町/庄原市東城 上帝釈峡の[[雄橋]]は国の天然記念物で世界三大[[天然橋]]のひとつ。 * [[阿哲峡]]:西川沿岸。新見市 * [[羅生門 (鍾乳洞)|羅生門]]:新見市 阿哲台地上の古い鍾乳洞の痕跡で国の天然記念物。 * [[井倉峡]]・[[井倉洞]]:新見市 岡山県指定天然記念物 * [[磐窟渓]]・[[磐窟洞]]:高梁市 渓谷美と国の天然記念物である希少な鍾乳洞。 * [[吉備高原]]:高梁市 * [[豪渓]]:支流の槙谷川。総社市槙谷 * [[山野峡]]・[[猿鳴峡]]:福山市 支流の小田川に広がる渓谷 広島県指定天然記念物 ==参考文献== *『日本古典文学大系 風土記』(岩波書店 秋元吉郎校注) *『総社市史 通史編』(総社市) *『月刊歴史手帖/古代吉備豪族の誕生(1976年4卷6号)』(名著出版 葛原克人著) *『岡山県埋蔵文化財発掘調査報告書35/備中こうもり塚古墳』(岡山県教育委員会 葛原克人著) *『吉備郡神社誌(古郡神社)』(岡山県神職会吉備支部 高杉槌蔵著) * 太田健一『倉敷・総社の歴史』郷土出版社(2009年) * 藤井駿・加原耕作『備中湛井十二箇郷用水史』湛井十二箇郷組合(2001年) * 岡山県大百科事典編集委員会『岡山県大百科事典』山陽新聞社(1979年) == 脚注 == <references /> ==関連項目== {{Commonscat|Takahashi River}} *[[高瀬舟]] *[[神明神社 (総社市)]] *[[妹尾兼康]] == 外部リンク == * [http://www.cgr.mlit.go.jp/okakawa/ 国土交通省岡山河川事務所] {{DEFAULTSORT:たかはしかわ}} {{一級水系}} [[Category:岡山県の河川]] [[Category:高梁川水系|*]]
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