コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
高台寺のソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
高台寺
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
{{Otheruses|京都府京都市東山区の高台寺|その他|高台寺 (曖昧さ回避)}} {{日本の寺院| 名称 = 高台寺| 画像 = [[画像:KoudaijiOtamaya.jpg|260px]]<br />霊屋(重要文化財)| 所在地 = 京都府京都市東山区高台寺下河原町526| 位置 = {{ウィキ座標2段度分秒|35|0|2.74|N|135|46|52.01|E|region:JP-26_scale:20000}}| 山号 = 鷲峰山| 宗派 = [[臨済宗]]建仁寺派| 本尊 = [[釈迦如来]]| 創建年 = [[慶長]]11年([[1606年]])| 開基 = [[高台院]]| 正式名 = 鷲峰山 高台寿聖禅寺| 別称 = 蒔絵の寺| 札所等 = | 文化財 = 霊屋、開山堂、絹本着色豊臣秀吉像、豊臣秀吉消息ほか(重要文化財)| }} '''高台寺'''(こうだいじ)は[[京都府]][[京都市]][[東山区]]にある[[臨済宗]][[建仁寺]]派の[[寺院]]。[[山号]]は鷲峰山(じゅぶさん)、寺号は詳しくは高台寿聖禅寺と称する。[[豊臣秀吉]]の正室である北政所([[高台院]])が秀吉の冥福を祈るため建立した寺院であり、寺号は北政所の落飾(仏門に入る)後の院号である高台院にちなむ。[[釈迦如来]]を本尊とする[[禅宗]]寺院であるとともに、秀吉と北政所を祀る霊廟としての性格をもった寺院である。 霊屋(おたまや)の堂内装飾には桃山様式の[[蒔絵]]が用いられ、これを「高台寺蒔絵」と呼ぶ。他に北政所所持と伝えられる蒔絵調度類を多数蔵することから「蒔絵の寺」の通称がある。 == 歴史 == 豊臣秀吉が病死したのは [[慶長]]3年([[1598年]])であった。秀吉の正室である北政所(ねね、[[出家]]後は高台院湖月心尼)は秀吉の[[菩提]]を弔うための寺院の建立を発願し、当初は北政所の実母・朝日局が眠る康徳寺(京都の寺町にあった)をそれに充てようとしたが、手狭であったため、東山の現在地に新たな寺院を建立することになった。秀吉没後の権力者となった[[徳川家康]]は、北政所を手厚く扱い、配下の武士たちを高台寺の普請担当に任命した。中でも普請掛・[[堀直政]]の働きは大きかったようで、高台寺の開山堂には直政の木像が祀られている。高台寺の開山は慶長11年(1606年)で、当初は[[曹洞宗]]の寺院であった。[[寛永]]元年7月([[1624年]])、高台寺は[[臨済宗]]寺院である[[建仁寺]]の[[三江紹益]]を中興[[開山]]に招聘。<!--[[徳川家康]]の支援によって壮大に建立される。 家康は1616年没-->この時、高台寺は曹洞宗から臨済宗に改宗している。北政所の兄・[[木下家定]]は建仁寺及び三江紹益と関係が深く、家定の七男が三江紹益のもとで出家していることも、この改宗と関連すると言われる。なお、北政所は同じ寛永元年の9月に没している。 創建当時の高台寺の仏殿は前述の康徳寺の堂を移築・改造したものであり、方丈、茶室などは[[伏見城]]から移築したものであった。また、門前に伏見城の化粧御殿が移築されて、北政所の居所とされた。高台寺の西側にある[[塔頭]](山内寺院)の[[圓徳院]]がその跡であり、ここが高台院終焉の地とされる。だが、高台院はこのころ皇居南東の[[京都新城]]跡に広大な屋敷「高台院殿」を構えていたし、多くの使用人を抱えていたからこの地が常住の地であったとするのは疑問が残る。おそらくは高台院殿を本拠地として、高台寺や方広寺参詣の折に宿舎として高台寺屋敷を使ったものであろう。 境内には高台院の甥である[[木下長嘯子]]の墓塔もある。 また高台寺は、[[江戸時代]]末期([[幕末]])の一時期、[[新選組]]から離脱した[[御陵衛士]](高台寺党)の屯所となったこともある。 その後、近世末期から近代に至る数度の火災で仏殿、方丈などを焼失。創建時の建造物で現存しているのは、三江紹益を祀る開山堂、秀吉と北政所を祀る霊屋(おたまや)、[[茶室]]の傘亭と時雨亭などである。 == 境内 == [[画像:高台寺 開山堂.jpg|thumb|right|230px|開山堂]] [[ファイル:Kodaiji Garden.JPG|thumb|right|230px|庭園と観月台(中央)]] [[画像:高台寺 傘亭・時雨亭.jpg|thumb|right|230px|時雨亭]][[Image:KoudaijiIhoan.jpg|thumb|right|230px|遺芳庵]] 創建当時存在した仏殿は焼失後再建されておらず、方丈が中心的な堂宇となっている。方丈の西に庫裏、北に書院があるが、いずれも創建当時のものではない。境内東側には偃月池・臥龍池という2つの池をもつ庭園が広がり、開山堂、霊屋、茶室などが建つ。また、境内からやや離れて黒門が建つ。 === 諸堂 === * 庫裏 - 拝観順路入口に位置する。内部は通常非公開。玄関から垣間見える「夢」と書かれた衝立が印象的である。 * [[方丈]] - 庫裏の右手に建つ。大正元年(1912年)の再建。創建当初の方丈は[[文禄の役]]後に伏見城の建物を移築したものであった。 * 勅使門 - 方丈の南正面に位置する。大正元年(1912年)に方丈とともに再建された。 * 書院 - 方丈の背後に建つ。 * 開山堂(重要文化財) - 書院の東方、庭園内に建つ入母屋造本瓦葺きの禅宗様の仏堂。慶長10年(1605年)の建築。元来、北政所の持仏堂だったもので、その後、中興開山の三江紹益の木像を祀る堂となっている。堂内は中央奥に三江紹益像、向かって右に北政所の兄の木下家定とその妻・[[雲照院]]の像、左に高台寺の普請に尽力した堀直政の木像を安置している。この堂の天井は、秀吉の御座舟の天井と、北政所の御所車の天井を用いたものという。 * 観月台(重要文化財) - 書院と開山堂を結ぶ屋根つき廊の途中にある小規模な建築である。ここから北政所は亡き秀吉をしのびながら月を眺めたという。 * 臥龍廊(がりょうろう) - 開山堂と霊屋(おたまや)を結ぶ屋根付きの階段、龍の背に似ているところからこの名が付けられた。 * 霊屋(重要文化財) - 開山堂の東方、一段高くなった敷地に建つ、宝形造檜皮葺きの堂。慶長10年(1605年)の建築。内部は中央の厨子(平素、扉を閉じている)に[[大随求菩薩]](だいずいぐぼさつ)像を安置し、向かって右の厨子には豊臣秀吉の坐像、左の厨子には正室・北政所の片膝立の木像がそれぞれ安置されている。厨子の扉には秋草、松竹など、須弥壇には楽器などの蒔絵が施されている。厨子の目立たぬところに蒔絵の作者の名が線描きされておりその点でも貴重。寺に所蔵される、北政所所用と伝える調度品類にも同じ様式の蒔絵が施され、これらを'''高台寺蒔絵'''と称している。高台寺蒔絵の特色は、金の平蒔絵(文様部分の漆を盛り上げずに、平滑に仕上げたもの)を主体に秋草などの絵画的な文様を描くことである。なお、北政所は自身の像の約2メートル下に葬られている。 * 表門(重要文化財) * 庭園([[史跡]]・[[名勝]]) - [[小堀政一|小堀遠州]]作とされ、しだれ[[桜]]と[[ハギ|萩]]の名所。石組みの見事さは桃山時代を代表する庭園として知られる。 === 茶室=== * 傘亭(安閑窟)(重要文化財) - 境内東奥の小高い場所に位置する。[[伏見城]]から移築したものとされ、[[千利休]]好み(=「利休作」の意)の茶室と伝える(ただし伏見城建設は利休の自刃後)。宝形造茅葺きの素朴な建物で、内部の天井が竹で組まれ、その形が唐傘に似ている所から傘亭の名がある。 * 時雨亭(重要文化財) - 傘亭の南隣にあり、傘亭との間は屋根付きの土間廊下でつながれている。珍しい2階建ての茶室で、2階南側の上段の間は柱間に壁や建具を設けない吹き放しとする。傘亭同様伏見城からの移築とされ、これも千利休好みと伝える。伏見城「御学問所」に擬する説もある。なお廊下は移転時に付加されたもので、両茶室はもともと別々に建っていたと考えられる。 * 遺芳庵 - 方丈・書院の背後にある田舎屋風の茶室で、近世初期の商人で趣味人であった[[灰屋紹益]]が夫人の[[吉野太夫]]をしのんで建てたものという。一畳台目の小規模な茶席で、炉は逆勝手向切りとする。吉野窓と称する、壁一杯に開けられた丸窓が特色である<ref>「台目」は、通常の畳の4分の3の大きさの畳。「逆勝手向切り」は、茶室内のどの位置に炉を設けるかを指す用語。多くの茶室では亭主から見て右側に客が座るような位置に炉を切るが、「逆勝手」は、亭主から見て左に客が座るような位置に炉を切るもので、例外的な形である。</ref>。京都市上京区にあった紹益の旧邸跡から明治41年(1908年)に移築したもの。建築様式の点から、紹益と吉野太夫が生きた近世初期まではさかのぼらず、後世の人が2人を偲んで建てたものと推定されている<ref>前久夫『すぐわかる 茶室の見かた 改訂版』、東京美術、2011、pp.74 - 75</ref>。 *鬼瓦席 - 四畳半の茶室。遺芳庵と同様、紹益の旧邸跡から明治41年(1908年)に移築したもので、同様に、紹益と吉野太夫を偲んで後世の人が2人を偲んで建てたものと推定される。 * [[湖月庵]]<ref>http://www.kodaiji.com/keidai</ref> == 塔頭 == ===圓徳院=== 北政所が晩年を過ごした所と伝えられ、一説には北政所の終焉の地とされる。北政所没後に寺に改められた。 *[[長谷川等伯]]筆 襖絵(重要文化財) - もと[[大徳寺]][[三玄院]]の襖絵。[[廃仏毀釈]]に際して圓徳院の蔵するところとなる(他に[[楽家]]も所蔵)。桐紋[[雲母]](きらら)刷りの唐紙襖に描かれた非常に珍しいもので、等伯が住職に襖絵製作を申し出ていたが許されなかったので、住職の留守中に一気に描きあげてしまったものだと伝えられる。 * 北庭(名勝) - [[伏見城]]の北政所化粧御殿の前庭を移築したもので、桃山時代の代表的な庭園である。 <small>(詳細は、[[圓徳院]]を参照)</small> ===月真院=== 元和2(1616)年に北政所の従弟・[[久林玄昌]]が亀井豊前守の外護により建立。幕末には、禁裏御陵衛士を拝命した[[伊東甲子太郎]](いとうかしたろ)以下15名が屯所を構えた。 == その他 == * 掌(しょう)美術館 - 境内から公道を挟んで西側、飲食店の2階に位置する小美術館。豊臣秀吉、北政所の[[肖像画]]のほか、調度品、絵画、文書など高台寺所蔵の美術品を多数保存、展示する。 * 台所坂 - ねねの道から高台寺の境内へと続く道で、北政所は秀吉の菩提を弔うためにこの道を往き来したといわれる。 * ねねの道 - 知恵の道、神幸道と合わせて東山参道(三つの道)と言い、[[円山公園 (京都府)|円山公園]]付近で接続して、それぞれ[[知恩院]]、[[八坂神社]]へと続く。 == 文化財 == ===[[重要文化財]]=== *表門 *霊屋 *開山堂 *傘亭(安閑窟)および時雨亭(附:土間廊下) *観月台 *絹本着色十六羅漢像 *絹本着色豊臣秀吉像(附:絹本着色高台院像、絹本着色小早川秀秋像、高台院消息) *蒔絵調度類 32点(細目は後出) *亀甲花菱文縫箔打掛 *綴織鳥獣文陣羽織 *豊臣秀吉消息(4月13日付) *豊臣秀吉消息(8月9日付) *梵鐘 慶長十一年(1606)銘 - [[木下家定]]が寄進したと伝わる。老朽化のため[[2010年]]に鐘楼から撤去され、収蔵庫完成待ちの状態。<ref>[[京都新聞]] - [http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20101119000150 時刻み400年、重文の梵鐘引退 高台寺(2010年11月28日閲覧)]</ref> <div class="NavFrame" style="width:100%;"> <div class="NavHead" style="padding:1.5px; line-height:1.7; letter-spacing:1px;">蒔絵調度類(重要文化財)の細目</div> <div class="NavContent" style="text-align:left;"> *西王母蒔絵椅子 1基 *芦辺桐蒔絵懸盤 3基 *芦辺桐蒔絵椀 14口 *芦辺桐蒔絵飯器 1合 杓子付 *楓桐菊蒔絵薬味壺 1箇 *菊桐蒔絵提子(ひさげ)1口 *菊桐蒔絵湯桶 1口 *秋草蒔絵天目台 1基 *菊桐蒔絵提灯 1張 *菊蔦蒔絵椅子 1基 *桐蒔絵棚 1基 *秋草蒔絵歌書箪笥 1基 *秋草蒔絵手文庫 1合 *獏蒔絵枕 1箇 *桐菊蒔絵刀掛 1基 *桜蒔絵手拭掛 1基 *松菊桐蒔絵懸盤 1基 </div> </div> ===史跡及び名勝=== *高台寺庭園 ==近隣の施設== [[画像:霊山観音(050904).JPG|thumb|霊山観音]] *霊山観音({{lang-en-short|[[:en:Ryozen Kannon|Ryozen Kannon]]}}) *[[法観寺]](八坂の塔) *[[京都霊山護国神社]]・[[霊山歴史館]](幕末維新ミュージアム) == 脚注 == <references /> == 関連項目 == *[[日本の寺院一覧]] *[[:Category:日本の寺の画像|日本の寺の画像一覧]] *[[:Category:京都市の寺院の画像|京都市の寺院の画像一覧]] ==外部リンク== * [http://www.kodaiji.com/ 高台寺 秀吉とねねの寺] * [http://maps.google.co.jp/maps?f=q&source=embed&hl=ja&geocode=&q=%E9%AB%98%E5%8F%B0%E5%AF%BA&sll=34.972942,135.736406&sspn=0.015578,0.026157&ie=UTF8&hq=%E9%AB%98%E5%8F%B0%E5%AF%BA&hnear=%E9%AB%98%E5%8F%B0%E5%AF%BA&layer=c&cbll=35.000711,135.781646&panoid=zyNQUTwdnkEKCl9Mpa1umw&cbp=12,309.76,,0,-4.5&brcurrent=3,0x600108dacd1701f1:0x5f52a01eacb5a121,0&ll=35.000711,135.781646&spn=0,0.009645&z=17 高台寺ストリートビュー] {{Commonscat|Kodaiji}} {{DEFAULTSORT:こうたいし}} [[Category:臨済宗建仁寺派の寺院]] [[Category:京都市東山区の寺]] [[Category:京都府にある国指定の史跡]] [[Category:京都府にある国指定の名勝]] [[Category:京都市の重要文化財]] [[Category:安土桃山時代]] [[Category:安土桃山時代の建築]] [[Category:江戸時代の建築]] [[Category:日本庭園]] [[Category:豊臣秀吉|寺]]
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:Commonscat
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Lang-en-short
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Otheruses
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:日本の寺院
(
ソースを閲覧
)
高台寺
に戻る。
検索
検索
高台寺のソースを表示
話題を追加