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香川伸行
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{{Infobox baseball player |選手名 = 香川 伸行 |選手写真ファイル名 = |写真サイズ = |写真のコメント = |国籍 = {{JPN}} |出身地 = [[徳島県]][[阿波郡]][[阿波町]](現:[[阿波市]]) |生年月日 = {{生年月日と年齢|1961|12|19}} |没年月日 = |身長 = 172 |体重 = 98 |利き腕 = 右 |打席 = 右 |守備位置 = [[捕手]]、[[三塁手]] |プロ入り年度 = {{NPBドラフト|1979}} |ドラフト順位 = ドラフト2位 |初出場 = 1980年7月8日 |最終出場 = 1989年10月20日 |年俸 = |経歴 = <nowiki></nowiki> * [[大阪体育大学浪商高等学校|浪商高等学校]] * [[福岡ソフトバンクホークス|南海ホークス<br />福岡ダイエーホークス]] (1980 - 1989) |経歴補足題 = 監督・コーチ歴 |経歴補足 = <nowiki></nowiki> * [[福岡オーシャンズ9|福岡ミサキブラッサムズ<br>福岡ブラッサムズ]] }} '''香川 伸行'''(かがわ のぶゆき、 [[1961年]][[12月19日]]<ref name="B86">『'86プロ野球選手写真名鑑』、日刊スポーツ出版社、1986年4月、P125。</ref> - )は、[[大阪府]][[大阪市]][[西成区]]出身([[徳島県]]生まれ<ref name="B86" />)の元[[プロ野球選手]]([[捕手]]、[[内野手]])、野球監督、[[野球解説者]]。 野球選手としては非常に横幅の大きな体格で、[[水島新司]]の[[野球漫画]]『[[ドカベン]]』の主人公・[[山田太郎 (ドカベン)|山田太郎]]に体型が似ていたことから、'''ドカベン'''の愛称で呼ばれた。マスターズリーグでは、その「ドカベン」を登録名にしていた。 == 経歴 == ===高校時代=== [[大阪体育大学浪商高等学校|浪商高校]]で[[牛島和彦]]とバッテリーを組み、高校3年の1979年に[[第51回選抜高等学校野球大会]]で準優勝。同年の[[第61回全国高等学校野球選手権大会]]にも出場し、3試合連続本塁打を放つなどの活躍を見せたが惜しくも準決勝で敗退。当時の体格は身長172cm、体重95kgであった。 ===プロ時代=== 打撃は天才的だが、鈍足で肩も強肩とは言えず、捕手としての評価は賛否両論がありながらも、[[1979年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)|ドラフト]]2位で[[福岡ソフトバンクホークス|南海ホークス]]に指名され入団。{{by|1980年}}の対近鉄戦(投手・[[井本隆]])ではボールカウント0-3から日生球場レフト場外への特大の[[初打席本塁打|初打席初本塁打]]を放った。 {{by|1983年}}には規定打席に達しなかったものの打率.313、15本塁打で[[ベストナイン (日本プロ野球)|ベストナイン]]に選出された<ref name="B86" />。しかし、その後は太り過ぎにより成績が下降。これは、人柄の良い香川が、関係者からの食事の誘いを断れなかったからだとされる。体重が130kgを超えたと報じられたこともあり、球団も減量のための様々な策を採り、毎シーズン野球がオフの時期になると、きまって減量に取り組む香川の姿が報じられた。{{by|1986年}}には三塁手へのコンバートも経験している<ref name="B86" />。 捕手への評価の厳しい[[野村克也]]が高くその捕手能力を評価していた一人である。野村は「捕手に体型は関係ない」とした上で、香川の洞察力の鋭さ、インサイドワークの優秀さを認めている。「自分はドカベン香川のファンだ」という発言もあった。これに対し、同じく捕手評価を厳しくすることで知られる[[森祇晶]]は香川の捕手としての能力を認めず、「指名打者向き」と評していた。 [[1987年]]に最初の夫人と離婚。[[1988年]]には再婚している。 {{by|1989年}}、球団名が南海からダイエーに変わったシーズンを最後に、27歳で現役を引退。太りすぎによる膝の故障も伝えられたが、太っても打撃技術には影響が無かったことから「さすがドカベン」と言われた。ちなみに現役時代、三塁打を1本、またセーフティバントも成功させている。また通算8盗塁もマークしている。 プロ野球時代は公称体重が96kgであり、その信憑性がよくネタにされていた。 ===引退後=== 引退後は[[RKB毎日放送]]の野球解説者(1990年から2002年まで)、[[日刊スポーツ]]の野球評論家を務めたほか、水島新司がパッケージをデザインした[[讃岐うどん]]の通信販売も手がけた。[[プロ野球マスターズリーグ]]の福岡ドンタクズには「ドカベン」の登録名で参加。長男の在学していた中学校の野球部コーチをしていたこともある。 しかし、讃岐うどんの通信販売は1998年で手放し、さらに1999年に2度目の離婚。しかし、2001年に高校時代の同級生と結婚する。家族を養うべく、2002年に[[福岡市]][[博多区]][[中洲]]で居酒屋を経営する傍ら、[[福岡県]][[粕屋町]]で野球学校を開校。[[佐渡ヶ嶽部屋]]の[[力士]]から[[千葉ロッテマリーンズ|ロッテオリオンズ]]で活躍した[[市場孝之]]ら元プロ野球選手もコーチとして参加している。居酒屋は香川見たさの客が多く、経営も順調だった。 しかし、急性[[腎不全]]により緊急入院。その後3年間療養生活を余儀なくされ、居酒屋を手放し、RKBの野球解説者の契約を解除される。現在も週3回[[人工透析]]を行っているという。 また、[[2005年]][[11月30日]]に[[福岡県]]に拠点を置き、自身が監督を務める[[社会人野球]]チーム「[[福岡オーシャンズ9|福岡ミサキブラッサムズ]]」(現・福岡オーシャンズ9)を結成した。総監督には福岡出身の歌手である[[森口博子]]が就任、コーチは元ロッテの市場孝之が務めていた。生花装飾業「[[美咲 (企業)|美咲]]」(本社・福岡市)が資金援助していたが、[[2006年]]をもって撤退、香川も森口、市場と共に退団した。 ===現在=== 現在ではすべての肩書きを離れ、少年野球のコーチを行い後進の育成に努めているほか、講演活動で全国を飛び回る日々を送っている。名刺には「ドカベン 香川伸行」とだけ書かれており、水島新司による南海のユニフォームを着た似顔絵が描かれているという。他にも、医療機器を販売する会社に入社し、営業で全国を回る他、イメージキャラクターを務めた。 [[2009年]][[12月30日]]に放送された[[TBSテレビ|TBS]]のドキュメント番組、[[プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達|『壮絶人生ドキュメント 俺たちはプロ野球選手だった』]]では香川の現役時代のエピソードや引退後の波乱万丈の人生と現状が関係者(牛島和彦、[[門田博光]]など)の証言や再現VTRを交えて紹介された。 また、[[2010年]][[10月29日]]に開催された「プロ野球OBオールスターアスリートカップ」にも出場し、[[吉永幸一郎]]や[[藤本博史 (内野手)|藤本博史]]などとともに[[パシフィックリーグ]]チーム選手の1人として打席に立った。 [[第17回統一地方選挙|2011年の統一地方選挙]]で福岡県の[[太宰府市]]議会議員選挙に出馬を検討していたが、結局取り止めた。 == エピソード == {{雑多な内容の箇条書き|section=1|date=2012年5月}} *当時から強打とその体形、ユニークなキャラクターで抜群の人気があり、有名な逸話として本塁打を放った試合後のインタビューで「打った球はどんな球(球種)でしたか?」と聞かれ、(指でボールの形を示しながら)「こーんなくらいの大きさの小さい白い球です」と言ったという話がある(このことは現在でも[[明石家さんま]]がネタにしている)。 *入団時インタビューで語った抱負は「長くプレイできる選手になりたい」であった。[[牛島和彦]]は「いずれは球界を代表する選手になるだろうと思っていた。急激に太りだしたことで選手寿命を縮めてしまった」と後に述べている。 *新人時代の[[1980年]]、[[カシオ]]の時計付き[[電卓]]「カシオメロディ」のテレビCMに出演した([[藤原満]]が共演)。当時、南海の選手が全国ネットのテレビCMに出演することは珍しく、その頃の香川の知名度を示している。 *『ドカベン 浪花の若大将』の中で、「高校時代には絶対に自信のあった肩のほうが、二年目のキャンプのときから右肩にシコリができて、いい球を二塁へ投げることができなくなっていた」と述べている。 *[[1986年]]には打撃を生かすために三塁手に転向<ref name="B86" />。守備面では無難にこなしたが、逆に打撃面が低下して二軍落ちした。その際に、ある雑誌が取材・記事掲載を球団に依頼し、球団は「二軍で汗を流すドカベン香川」ぐらいの記事になると思って許可したところ、実際に誌面に掲載されたのは「二人前のトンカツをペロリ 大食漢ドカベン」であった。 *そのシーズンは、唯一のレギュラークラスの捕手であった[[吉田博之]]が次打者席でファウルボールを受けて骨折したため、香川が捕手として起用されることとなった。 *1987年シーズン終了後、離婚などの原因もあり精神的に不安定になっていた為過食に陥り、体重は130kgにまで増加してしまった。当時の[[杉浦忠]]監督は「'''選手生命以前に、人間として命にかかわる'''」と判断し、球団命令でダイエット入院をすることになった。2ヶ月の入院で100kg近くにまで絞り込む事に成功したが、1988年シーズン終了後には元に戻っていたという。 *1989年テレビの珍プレー番組で、ベンチで股間を掻いているところを流された。 *RKB解説者時代は、キー局である[[TBSテレビ|TBS]]が番組改編期に放送する「[[オールスター感謝祭]]」に、TBS専属ではない系列局解説者としては唯一出演していた(1991年秋 - 2001年秋まで)。番組中「赤坂5丁目ミニマラソン」のコーナーになると、司会の[[島田紳助]]から「ドカベン、久々に走ってみんか?」などとおちょくられていた。1997年秋の回では、回答者200人中、2位という成績を残した。 *[[1997年]]に「[[さんまのまんま]]」に出演した[[福本豊]]が、「現役時代に球場で聞いた観客の野次の最高傑作」として、「'''オーイ香川!来年は[[北海道日本ハムファイターズ|日本ハム]]にトレードやで!選手としてちゃうで、商品としてやで!'''」と語っていた。 *元プロスポーツ選手でありながら、テレビのバラエティ番組の企画「運動神経の悪い芸能人決定戦」に一般のタレントと一緒に出場したことがある。 *長男は[[福岡工業大学附属城東高等学校|福岡工大城東高校]]野球部に所属し、[[2006年]]の[[第88回全国高等学校野球選手権大会]]に出場した。 *小学校時代のクラスメートに[[西岡良洋]]がいた。 *独身時代自転車で[[大阪球場]]へ通勤していた。 == 詳細情報 == === 年度別打撃成績 === {| {{年度別打撃成績|リーグ=日本プロ野球}} |- |style="text-align: center;"|{{by2|1980}} |rowspan="10" style="text-align:center; white-space:nowrap;"|[[福岡ソフトバンクホークス|南海<br />ダイエー]] |50||143||131||14||37||4||0||8||65||25||0||0||1||0||11||0||0||12||4||.282||.338||.496||.834 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1981}} |59||156||142||9||35||3||0||6||56||17||1||1||2||0||10||0||2||18||6||.246||.305||.394||.700 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1982}} |85||261||242||24||58||10||0||8||92||31||0||2||5||3||9||0||2||38||5||.240||.273||.380||.653 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1983}} |105||358||339||34||106||19||1||15||172||61||5||1||2||2||13||1||2||30||10||.313||.342||.507||.849 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1984}} |82||221||200||18||43||2||0||5||60||20||0||3||6||2||10||0||3||32||8||.215||.263||.300||.563 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1985}} |69||139||134||14||35||4||0||8||63||27||0||0||0||0||5||0||0||29||2||.261||.288||.470||.758 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1986}} |91||307||282||27||72||9||0||13||120||36||2||3||1||2||21||0||1||56||11||.255||.307||.426||.733 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1987}} |88||229||204||24||51||4||0||11||88||32||0||0||7||2||15||2||1||43||8||.250||.302||.431||.733 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1988}} |40||86||74||7||10||2||0||2||18||9||0||1||2||0||10||1||0||21||4||.135||.238||.243||.481 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1989}} |45||66||59||2||13||0||0||2||19||12||0||0||2||1||4||0||0||13||1||.220||.266||.322||.588 |- !colspan="2"|通算:10年 |714||1966||1807||173||460||57||1||78||753||270||8||11||28||12||108||4||11||292||59||.255||.299||.417||.715 |} * 各年度の'''太字'''はリーグ最高 * 南海(南海ホークス)は、1989年にダイエー(福岡ダイエーホークス)に球団名を変更 === 年度別守備成績 === {| class="wikitable" style="text-align:center; border-collapse:collapse; padding: 1px;" !年度!!試合!!企図数!!許盗塁!!盗塁刺!!阻止率 |- |1980||46||53||36||17||.321 |- |1981||58||63||39||24||.381 |- |1982||68||71||56||15||.211 |- |1983||89||95||72||23||.242 |- |1984||67||90||64||26||.289 |- |1985||30||24||15||9||.333 |- |1986||62||71||52||19||.268 |- |1987||64||62||42||20||.323 |- |1988||23||17||12||5||.294 |- |1989||21||10||6||4||.400 |- !通算||528||556||394||162||.291 |} === 表彰 === * [[フレッシュオールスターゲーム|ジュニアオールスターゲーム]]MVP:1回(1980年) * [[ベストナイン (日本プロ野球)|ベストナイン]]:1回(1983年・捕手) * [[月間MVP (日本プロ野球)|月間MVP]]:1回(1983年4月) === 記録 === *初出場:1980年7月8日、対[[大阪近鉄バファローズ|近鉄バファローズ]]後期1回戦([[日本生命球場|日生球場]])、4回裏に[[黒田正宏]]に代わり[[捕手]]として出場 *初打席・初安打・初本塁打・初打点:同上、5回表に[[井本隆]]から左越ソロ ※史上14人目の初打席初本塁打 *初先発出場:1980年7月13日、対[[北海道日本ハムファイターズ|日本ハムファイターズ]]後期2回戦([[後楽園球場]])、8番・捕手として先発出場 * [[オールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]出場:2回 (1983年、1984年) === 背番号 === * '''2''' (1980年 - 1989年) == 関連情報 == === 著書 === *『ドカベン浪花の若大将 ― 熱球悲願』、[[恒文社]]、香川伸行著、 1983年発行、ISBN 4770405413 *『ドカベン香川のプロ野球ここまで書いたらアカンやろか!?:マスク越しに見たスター選手たちの球界おもしろエピソード』香川伸行著、 [[日本文芸社]]、1991年発行 ISBN 4537022256 === 歌 === *『鷹の爪』([[日本クラウン|クラウンレコード]]、1986年)…[[加藤伸一]]・[[吉田博之]]・[[畠山準]]・[[湯上谷ひろ志|湯上谷宏]]と合唱。 *[[ぷろだくしょんバオバブ#バオバブシンガーズ|バオバブシンガーズ]]が香川の応援歌「ドカベン音頭」を発表した(1980年発売のアルバム『バオバブ・パーティー』収録)。 === 出演 === <!-- 単発のゲスト出演は不要。レギュラー番組のみ記述をお願いします。「Wikipedia:ウィキプロジェクト 芸能人」参照 --> *[[ザ・プロ野球|ザ・ベースボール]] - RKBテレビ *[[RKBエキサイトナイター]] - [[RKBラジオ]] *[[おはようクジラ]](プロ野球応援バトルコーナーでホークス担当解説者として出演) - [[TBSテレビ]] == 脚注 == {{Reflist}} == 関連項目 == *[[福岡ソフトバンクホークスの選手一覧]] == 外部リンク == *[http://www.kyushu-ssc.com/pro_01.html プロフェッショナルの声/香川伸行さん]([http://www.kyushu-ssc.com/index.html 九州総合スポーツカレッジ]より) {{南海ホークス1979年ドラフト指名選手}} {{パシフィック・リーグ ベストナイン (捕手)}} {{DEFAULTSORT:かかわ のふゆき}} [[Category:日本の野球選手]] [[Category:福岡ソフトバンクホークス及びその前身球団の選手]] [[Category:野球解説者]] [[Category:日本の実業家]] [[Category:野球監督]] [[Category:徳島県出身の人物]] [[Category:大阪市出身の人物]] [[Category:存命人物]] [[Category:1961年生]]
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