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'''飯田 龍太'''(いいだ りゅうた、[[1920年]](大正9年)[[7月10日]] - [[2007年]](平成19年)[[2月25日]])は[[日本]]の[[俳人]]、[[随筆家]]、[[評論家]]。戦後における俳壇で新鋭的な俳人として一躍注目を集める。俳人・[[飯田蛇笏]](武治)の四男。 == 経歴 == 1920年、[[山梨県]][[東八代郡]][[五成村]](旧[[境川村]]、現[[笛吹市]]境川町)に生まれる。[[1927年]](昭和2年)に境川尋常小、[[1933年]](昭和8年)には旧制甲府中学(現[[山梨県立甲府第一高等学校]])へ入学し、[[1940年]](昭和15年)に[[國學院大學]]文学部国文科へ進む。[[折口信夫]]を尊崇し、句作に親しむ。右肺浸潤のため一時休学し、右肋骨に[[カリエス]]が発症したため療養生活を送り、[[1947年]](昭和22年)には大学を卒業、卒業論文は「芭蕉の悲劇性の展開」。 その後は句作を活発に勤しみ、俳句と俳人に囲まれた環境にあったため父の句会に加わり、故郷の境川村で蛇笏主宰の俳誌『[[雲母 (雑誌)|雲母]]』の編集に参加。[[1951年]](昭和26年)から山梨県立図書館に司書として勤務。[[1954年]](昭和29年)8月には第一句集『百戸の谿』を出版。[[1957年]](昭和32年)には[[現代俳句協会賞]]を受賞するなど俳壇から次第に実力を認められていく。当世的な感覚から生み出される叙情味あふれた[[俳句|句]]は、多くの人間を惹きつけた。 兄たちは若くして次々と亡くなり、[[1962年]](昭和37年)には父の蛇笏が死去し、300年続く大[[庄屋]]飯田家の家督を継いだ。『種蒔く人』は[[1971年]](昭和46年)の第五句集『春の道』から、『枯山の』は[[1975年]](昭和50年)の第六集『山の木』から所収されたもの。作家の[[井伏鱒二]]に師事し、交友もあった。郷土山梨での文芸活動にも携わり、やまなし文学賞や[[山梨県立文学館]]の創設、[[山梨日日新聞]]の文芸欄の選者などを務めた。[[2007年]](平成19年)2月25日午後8時35分、肺炎のため[[甲府市]]内の病院で死去。享年86。 叔父に元[[富国生命]]社長の[[森武臣]](孫の牧子は衆議院議員[[山口壮]]の妻)。 == 代表句 == <!--データベースではないので、無闇に加えないこと--> *抱く吾子も梅雨の重みといふべしや(1951年) *いきいきと三月生る雲の奥(1953年) *遺されて母が雪踏む雪明り(1962年) *一月の川一月の谷の中(1969年) *かたつむり甲斐も信濃も雨の中(1972年) など。 == 交流 == 作家の[[井伏鱒二]]は昭和初年から山梨県とゆかりがあり、[[1927年]](昭和2年)に荻窪に居を構えて以後は頻繁に山梨を訪れている。井伏は山梨において[[川釣り]]などを行っており、山梨を舞台とした作品も執筆している。[[1952年]](昭和27年)、井伏は文藝春秋社主催の文芸講演会で山梨を訪れ、同じく講師を務めていた龍太は俳人の[[水原秋櫻子]]を介して井伏を紹介される。以来、両者は40年あまりにわたって交際を続け、多くの往復[[書簡]]が残されている。 現存する最古の井伏宛書簡は[[1955年]](昭和30年)3月12日で、龍太は井伏に「雲母」特集号への原稿依頼をしている。依頼、往復書簡では身辺の出来事や四季折々の自然風物、執筆の様子や川釣り、井伏の主催した山梨を旅する同好会である「幸富講」のことなど話題は多岐にわたり、井伏の死去する前年にあたる[[1992年]](平成4年)まで405通の書簡が現存している。 == 年譜 == *1940年 國學院大學入学。 *1947年 國學院大學卒業。 *1949年 第二回山梨県文学賞受賞。 *1954年 第一句集『百戸の谿』を出版。 *1957年 [[現代俳句協会賞]]を受賞。 *1959年 第二句集『童眸』を出版。 *1962年 父の没後、俳誌『雲母(うんも)』の主宰を継承し、俳句に勤しむ。 *1969年 第四句集『忘音』にて、第20回[[読売文学賞]]受賞。 *1981年 [[日本芸術院賞]]、[[日本芸術院恩賜賞|恩賜賞]]受賞。 *1983年 [[紫綬褒章]]受賞。 *1984年 [[日本芸術院]]の会員になる。 *1992年 蛇笏没後30年を期に、俳誌『雲母』を900号目で廃刊。 *2007年 肺炎のため死去。享年86。 毎日俳壇選者をつとめる。著作に『山居四望』などがある。 == 著作 == *句集『百戸の谿』(書林新甲鳥,1954) *句集『童眸』(角川書店,1959) *句集『麓の人』(雲母社,1965) *句集『忘音』(牧羊社,1968) *句集『春の道』(牧羊社,1971) *随筆集『無数の目』(角川書店,1972) *句集『山の木』(立風書房,1975) : 同 (邑書林〈邑書林俳句文庫〉,1996) *句集『涼夜』(五月書房,1977) *随筆集『思い浮かぶこと』(中央公論社,1978) *句集『今音』(立風書房,1981) *随筆集『山居四望』(講談社,1984) *句集『山の影』(立風書房,1985) *『俳句入門三十三講』(講談社〈講談社学術文庫〉,1986) *『飯田龍太文集』(第一巻~第三巻)(筑摩書房,1988) *句集『遅速』(立風書房,1991) *『遠い日のこと』(角川書店,1997) *『飯田龍太全集』(第一巻~第十巻)(角川書店,2005) *『季題別 飯田龍太全句集』(角川書店,2009) *『井伏鱒二・飯田龍太往復書簡』(共著)(角川学芸出版,2010) *『俳句は初心 龍太俳句入門』(角川学芸出版,2010) == オーディオブック == * CD『俳句のこころ』[[アートデイズ]] 1990年4月収録 == 参考文献 == *平井照敏/編 『現代の俳句』 講談社学術文庫 1993年 == 関連項目 == *[[俳人の一覧]] {{DEFAULTSORT:いいた りゆうた}} [[Category:俳人]] [[Category:日本の随筆家]] [[Category:紫綬褒章受章者]] [[Category:日本藝術院会員]] [[Category:山梨県出身の人物]] [[Category:1920年生]] [[Category:2007年没]]
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