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長谷見昌弘
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{{F1ドライバー| 氏名 = 長谷見 昌弘 | 国籍 = {{JPN}} | 出身地 = [[東京都]][[青梅市]]| 生年月日= {{生年月日と年齢|1945|11|13}}| 年 = 1976 | 所属チーム = [[コジマエンジニアリング|コジマ]] | 出走回数 = 1 | タイトル = 0 | 優勝回数 = 0 | 通算獲得ポイント = 0 | 表彰台回数 = 0 | ポールポジション = 0 | ファステストラップ = 1 | 初戦 = [[1976年F1世界選手権イン・ジャパン|1976年日本GP]] | 初勝利= - | 最終勝利 = - | 最終戦 = 1976年日本GP | }} '''長谷見 昌弘'''(はせみ まさひろ、[[1945年]][[11月13日]] - )は、[[日本]]の元[[レーシングドライバー]]で、現在は有限会社[[ハセミモータースポーツ]]代表。[[東京都]][[青梅市]]出身。[[東京都立八王子工業高等学校]]卒業。 ==略歴== 15歳のときに全日本[[モトクロス]]レースへ参戦しレースデビューする。 [[1964年]]四輪レーシングドライバーとなり[[日産自動車|日産]]・[[大森ワークス]]に所属、デビュー戦を勝利で飾る。その後は日産を離れフリー([[タキ・レーシング]]所属)になった事もあるが、後に日産・[[追浜ワークス]]に復帰しており、基本的には日産系ドライバーと見なされている。1970年代から1990年代にかけて、長く日本のトップドライバーとして活躍を続けた。 [[1976年]]の[[フォーミュラ1|F1]][[日本グランプリ (4輪)|世界選手権・イン・ジャパン]]に[[コジマエンジニアリング|コジマ]]からスポット参戦。予選1回目で4位となり、F1にレギュラー出場している海外トップチームを驚愕させた。2回目セッションで[[ポールポジション]]を狙って乾坤一擲のアタックを試みるが、惜しくも最終コーナーでコースアウト、クラッシュを喫してしまう。原因はサスペンショントラブルだった。マシンはほぼ全損といっていい状況であったが、コジマのスタッフだけではなく他チームの関係者もボランティアでマシン修復を手伝い、驚くことに決勝レースまでには走れる状態に再生してしまった。しかし急ごしらえのマシンだけに事故前のコンディションには程遠く、10番グリッドからスタートしたレースでは25周目に意地の[[ファステストラップ]]を記録し完走を果たすも、7周遅れの11位にとどまった。 1977年には[[マカオグランプリ]]に参戦を開始。1980年には当時日本人史上最高位となる2位表彰台を、1982年にはポールポジションを獲得するなど活躍。 [[1980年]]に国内レース史上初の4冠を達成<ref>[[富士グランチャンピオンレース|富士GC]]、[[全日本F2選手権|全日本F2]]、[[鈴鹿サーキット|鈴鹿]]F2、[[フォーミュラ・パシフィック]]</ref>。1992年の[[デイトナ24時間レース]]において、[[林義正]]と[[水野和敏]]が率いる日産ワークスで、[[星野一義]]、[[鈴木利男]]と共に日本人ドライバーによる日本車初優勝を成し遂げる。 [[2000年]]5月23日付けで、本年いっぱいでの[[全日本GT選手権]]ドライバーを引退<ref name="no1">オートスポーツNO.798 2000年6/15号6頁「長谷見昌弘、JGTC引退」より</ref>。その後は[[ハセミモータースポーツ]]の代表・監督として[[全日本GT選手権]]→[[SUPER GT]]などに参戦している。 [[2011年]]、ハセミモータースポーツとしてのSUPER GTのシリーズ参戦休止を発表<ref>[http://www.hasemi-ms.com/ 2011SUPER GT参戦休止のお知らせ] ハセミモータースポーツ </ref>。同年[[4月30日]]、[[NISMO]]が結成した[[ニッサン・ドライバー・デベロップメント・プログラム|NDDP RACING]]の監督として、[[全日本F3選手権|全日本F3選手権ナショナルクラス]]に参戦することになった<ref>[http://www.nismo.co.jp/news_list/2011/motorsports_news/other_race/11003.html NDDP RACINGがF3に参戦] NISMO NEWS RELEASE</ref>。 また[[2012年]]にはF3選手権の他SUPER GTのGT300クラスに同チームからFIA-GT3仕様の[[日産・GT-R|GT-R]]で参戦する事が発表された。 4輪レース引退後も、プライベートで2輪エンデューロやラリーへの参戦を続けている。50代の時期、若いライダーも普通に参加する本格的2輪エンデューロレースで優勝を果たし、関係者の間で話題になった事もあった。 == スカイラインとの関わり == 長谷見は(幻のマシンとなった)[[日産・R383]]の開発要員として[[タキ・レーシング]]から日産へ戻ったが、公害対策などの社会的要因にて開発が中止されると[[日産・スカイラインGT-R|スカイラインGT-R]](KPGC10型)によるレース活動に参加。数々のレースにて活躍をする。 日産がワークス活動を停止した時期もプライベーターとして、ハセミモータースポーツとして活動を続けていたが、「レースで走るスカイラインが見たい」との思いを[[プリンス自販]](当時)の社員から聞いた長谷見は、プリンス自販の社員に一枚1000円程度の「日産プリンス・ディーラーズ・クラブ(NISSAN・PDC)」のステッカーを購入してもらうことでレース活動の資金を得て、追浜の研究所から当時PA10型[[日産・バイオレット|バイオレット]]の[[シルエットフォーミュラ|グループ5]]仕様車に搭載されていたLZ20Bエンジンをレンタルしてもらって、シャシー設計は[[東京R&D]]に依頼してスカイラインのグループ5仕様を作る計画を立てたところ、追浜研究所の予想以上の支援が得られた結果、日産ワークスとして活動することになる。 ただし紆余曲折を経て、結局国内用のマシンは追浜ではなく大森ワークスが管轄することになり、同時に車両製作は[[ノバエンジニアリング]]、デザインは[[由良拓也]]が行う形に体制も変更された。このとき「スカイラインだけじゃだめだ」との本社の意向で、同時に[[日産・シルビア|シルビア]](S110型)、[[日産・ブルーバード|ブルーバード]](910型)のグループ5仕様車も製作することになり、ここに「日産[[スーパーシルエット]]軍団」が形成されることになった。ところがスカイラインはデビューが一番遅くなり、1982年5月に[[筑波サーキット]]でのレースでデビューしたものの、初陣はリタイヤという成績で幕を閉じ、次戦・[[富士スピードウェイ]]でのレースで優勝を飾った。 この時の模様が長谷見は印象深かったようで「スカイラインが最終コーナーを立ち上がるとね、お客さんが総立ちになっているんですよ。あれを見たら、ああスカイラインで走ってよかったなぁって思いましたね。」と語っている。以降もスカイラインがレース活動をする際は必ずステアリングを握ってきたことから「スカイライン=長谷見昌弘」とイメージする人も少なくない。 一方で追浜と東京R&Dでは海外遠征用のマシンを仕立てることになり、こちらは結局グループ5ではなく[[グループC]]のマシンである[[日産・スカイラインターボC]]となって結実した。後の[[全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権]](JSPC)における日産ワークスの系譜の端緒を飾るマシンである。 ちなみに、長谷見が一番好きなスカイラインは「ハコスカのGT-Rのレース仕様車」とのことで、「弱オーバーで乗りやすくて楽しいクルマでしたよ」と常々語っている。 == トミカ == [[玩具]]メーカーの[[トミー (企業)|トミー]](現 [[タカラトミー]])は長年に亘る長谷見の[[スポンサー]]であり、長谷見の乗るマシンには同社の販売する[[ミニカー (玩具)|ミニカー]]のブランド“'''[[トミカ]]'''('''TOMICA''')”の[[ロゴタイプ|ロゴ]]が必ずというほど貼られていた。<br/> 「長谷見とトミカ」は、「星野一義と[[カルソニックカンセイ|カルソニック]]」「[[中嶋悟]]と[[セイコーエプソン|EPSON]]・[[PIAA]]」と同じく長年のパートナーとして広く認識されている。なお、長谷見とトミーの関係は、星野・中嶋のそれぞれの関係よりも長期間に及ぶものである。2009年の自身のチームのマシンのカラーリングがかつてのフォーミュラシリーズを彷彿とさせるものとなったのも、長年スポンサーを務めてくれたトミカへの感謝の念があったからであるといわれている。 元々はモータースポーツ好きのトミー社員が長谷見の走りに魅せられたことが始まりで、トミー側から持ちかけたスポンサードであった。長谷見の現役引退後もハセミモータースポーツの主要スポンサーの1社として名を連ね、マシンにもロゴが貼られていた。また、これまで長谷見が乗ったマシンやハセミモータースポーツのマシンのほとんどをトミカで製品化されているのも大きな特徴である。2008年には関連会社のトミーテックからトミカ・スカイラインの1/24モデルが発売になるなど、現在もその動きは続いている。 ==F1のファステストラップ == 1976年のF1世界選手権・イン・ジャパンで長谷見は25周目に[[ファステストラップ]]1分18秒23を記録したと発表されたが、数日後に計測ミスであることが判明した<ref>『日本の名レース100選 Vol.001 '76 F1イン・ジャパン-日本初のF1GP開催』 イデア〈AUTO SPORT Archives〉、2006年、77頁。</ref>。ウェットコンディションの中、長谷見は24周目終わりにピットインし、別のウェットタイヤに交換して25周目に向かっており、ピットインのロスタイムを含めて1分18秒台で走行できる状況ではなかった。国内メディア関係者へは訂正のリリースが配布され、ファステストラップは[[ジャック・ラフィット]]が70周目にドライタイヤで記録した1分19秒97であるとされた。 ただし、F1の公式記録を管理するFormula One Administration Ltdのサイトでは、ファステストラップは長谷見の1分18秒230であるとしている<ref>{{Cite web |url= http://www.formula1.com/results/season/1976/457/ |title= 1976 Japanese Grand Prix |publisher=Formula One Administration Ltd |language=英語 |accessdate=2010-04-30 }} </ref>。 == レース戦績 == === JTC === {| class="wikitable" style="text-align:center; font-size:85%" |- ! 年 ! 所属チーム ! 使用車両 ! クラス !1 !2 !3 !4 !5 !6 !7 !8 !9 ! 順位 ! ポイント |- | [[1989年の全日本ツーリングカー選手権|1989]] ![[ハセミモータースポーツ]] ![[日産・スカイライン|日産・スカイラインGTS-R]] !JTC-1 |bgcolor="#DFFFDF"|[[MINEサーキット|MIN]]<br /><small>4</small> |bgcolor="#DFDFDF"|[[仙台ハイランド|SEN]]<br /><small>2</small> |bgcolor="#FFFFBF"|[[筑波サーキット|TSU]]<br /><small>1</small> |bgcolor="#FFFFBF"|'''[[スポーツランドSUGO|SUG]]'''<br /><small>1</small> |bgcolor="#FFFFBF"|'''[[鈴鹿サーキット|SUZ]]'''<br /><small>1</small> |bgcolor="#EFCFFF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>Ret</small> | | | |bgcolor="#FFFFBF"|'''1位''' |bgcolor="#FFFFBF"|'''161''' |- |[[1990年の全日本ツーリングカー選手権|1990]] ![[ハセミモータースポーツ]] ![[日産・スカイラインGT-R]] !JTC-1 |bgcolor="#DFDFDF"|[[スポーツランドSUGO|SUG]]<br /><small>2</small> |bgcolor="#DFDFDF"|'''[[鈴鹿サーキット|SUZ]]'''<br /><small>2</small> |bgcolor="#FFFFBF"|[[筑波サーキット|TSU]]<br /><small>1</small> |bgcolor="#EFCFFF"|'''[[仙台ハイランド|SEN]]'''<br /><small>Ret</small> |bgcolor="#DFDFDF"|''[[オートポリス|AUT]]''<br /><small>2</small> |bgcolor="#DFDFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>2</small> | | | |bgcolor="#FFDF9F"|'''3位''' |bgcolor="#FFDF9F"|'''160''' |- | [[1991年の全日本ツーリングカー選手権|1991]] ![[ハセミモータースポーツ]] ![[日産・スカイラインGT-R]] !JTC-1 |bgcolor="#DFDFDF"|[[スポーツランドSUGO|SUG]]<br /><small>2</small> |bgcolor="#FFFFBF"|''[[鈴鹿サーキット|SUZ]]''<br /><small>1</small> |bgcolor="#FFFFBF"|[[筑波サーキット|TSU]]<br /><small>1</small> |bgcolor="#DFDFDF"|[[仙台ハイランド|SEN]]<br /><small>2</small> |bgcolor="#FFFFBF"|[[オートポリス|AUT]]<br /><small>1</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>4</small> | | | |bgcolor="#FFFFBF"|'''1位''' |bgcolor="#FFFFBF"|'''200''' |- | [[1992年の全日本ツーリングカー選手権|1992]] ![[ハセミモータースポーツ]] ![[日産・スカイラインGT-R]] !JTC-1 |bgcolor="#FFFFBF"|'''[[岡山国際サーキット|TAI]]'''<br /><small>1</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[オートポリス|AUT]]<br><small>7</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[スポーツランドSUGO|SUG]]<br /><small>5</small> |bgcolor="#DFDFDF"|[[鈴鹿サーキット|SUZ]]<br /><small>2</small> |bgcolor="#FFFFBF"|[[MINEサーキット|MIN]]<br /><small>1</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[筑波サーキット|TSU]]<br /><small>4</small> |bgcolor="#FFDF9F"|[[仙台ハイランド|SEN]]<br /><small>3</small> |bgcolor="#DFDFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>2</small> | |bgcolor="#FFFFBF"|'''1位''' |bgcolor="#FFFFBF"|'''110''' |- | [[1993年の全日本ツーリングカー選手権|1993]] ![[ハセミモータースポーツ]] ![[日産・スカイラインGT-R]] !JTC-1 |bgcolor="#DFDFDF"|[[MINEサーキット|MIN]]<br /><small>2</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[オートポリス|AUT]]<br><small>4</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[スポーツランドSUGO|SUG]]<br /><small>4</small> |bgcolor="#FFFFBF"|[[鈴鹿サーキット|SUZ]]<br /><small>1</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[岡山国際サーキット|TAI]]<br /><small>4</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[筑波サーキット|TSU]]<br /><small>5</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[十勝スピードウェイ|TOK]]<br /><small>5</small> |bgcolor="#EFCFFF"|[[仙台ハイランド|SEN]]<br /><small>Ret</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>5</small> !7位 !89 |} === JSPC === {| class="wikitable" style="text-align:center; font-size:85%" |- ! 年 ! 所属チーム ! 使用車両 ! クラス ! Rd.1 ! Rd.2 ! Rd.3 ! Rd.4 ! Rd.5 ! Rd.6 ! Rd.7 ! 順位 ! ポイント |- | [[1990年の全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権|1990]] ![[ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル]] ![[日産・R90CP]] !C1 |bgcolor="#DFDFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br><small>2</small> |bgcolor="#FFFFFF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br><small>C</small> |bgcolor="#FFFFBF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br><small>1</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[鈴鹿サーキット|SUZ]]<br><small>7</small> |bgcolor="#FFFFBF"|[[スポーツランドSUGO|SUG]]<br /><small>1</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br><small>5</small> | |bgcolor="#FFFFBF"|'''1位''' |bgcolor="#FFFFBF"|'''67''' |- | [[1991年の全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権|1991]] ![[ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル]] ![[日産・R91CP]] !C1 |bgcolor="#DFFFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>9</small> |bgcolor="#DFDFDF"|'''[[富士スピードウェイ|FUJ]]'''<br /><small>2</small> |bgcolor="#EFCFFF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>Ret</small> |bgcolor="#FFDF9F"|[[鈴鹿サーキット|SUZ]]<br><small>3</small> |bgcolor="#FFDF9F"|[[スポーツランドSUGO|SUG]]<br /><small>3</small> |bgcolor="#EFCFFF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>Ret</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[スポーツランドSUGO|SUG]]<br /><small>4</small> !6位 !51 |- | [[1992年の全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権|1992]] ![[ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル]] ![[日産・R92CP]] !C1 |bgcolor="#FFFFBF"|'''[[鈴鹿サーキット|SUZ]]'''<br><small>1</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br><small>4</small> |bgcolor="#DFFFDF"|'''[[富士スピードウェイ|FUJ]]'''<br><small>5</small> |bgcolor="#DFFFDF"|'''[[スポーツランドSUGO|SUG]]'''<br /><small>4</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br><small>4</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[MINEサーキット|MIN]]<br><small>4</small> | !5位 !68 |} === JGTC === 色の意味はこちらを参照→[[Template:F1 driver results legend 2|key]] {| class="wikitable" style="text-align:center; font-size:85%" |- ! 年 ! 所属チーム ! 使用車両 ! クラス ! Rd.1 ! Rd.2 ! Rd.3 ! Rd.4 ! Rd.5 ! Rd.6 ! Rd.7 ! 順位 ! ポイント |- | [[1994年の全日本GT選手権|1994]] ![[ハセミモータースポーツ]] ![[日産・スカイラインGT-R]] !GT1 |bgcolor="#DFFFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>6</small> |bgcolor="#FFFFBF"|'''[[仙台ハイランド|SEN]]'''<br /><small>1</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>4</small> |bgcolor="#FFDF9F"|[[スポーツランドSUGO|SUG]]<br /><small>3</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[MINEサーキット|MIN]]<br /><small>5</small> | | |bgcolor="#DFDFDF"|'''2位''' |bgcolor="#DFDFDF"|'''56''' |- | [[1995年の全日本GT選手権|1995]] ![[ハセミモータースポーツ]] ![[日産・スカイラインGT-R]] !GT1 |bgcolor="#DFFFDF"|'''[[鈴鹿サーキット|SUZ]]'''<br /><small>4</small> |bgcolor="#DFDFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>2</small> |bgcolor="#CFCFFF"|[[仙台ハイランド|SEN]]<br /><small>14</small> |bgcolor="#FFFFBF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>1</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[スポーツランドSUGO|SUG]]<br /><small>4</small> |bgcolor="#DFFFDF"|'''[[MINEサーキット|MIN]]'''<br /><small>6</small> | |bgcolor="#DFDFDF"|'''2位''' |bgcolor="#DFDFDF"|'''61''' |- | [[1996年の全日本GT選手権|1996]] ![[ハセミモータースポーツ]] ![[日産・スカイラインGT-R]] !GT500 |bgcolor="#FFDF9F"|[[鈴鹿サーキット|SUZ]]<br /><small>3</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>6</small> |bgcolor="#DFDFDF"|[[仙台ハイランド|SEN]]<br /><small>2</small> |bgcolor="#CFCFFF"|[[富士スピードウェイ|MIN]]<br /><small>14</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[スポーツランドSUGO|SUG]]<br /><small>6</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[MINEサーキット|MIN]]<br /><small>5</small> | !5位 !47 |- | [[1997年の全日本GT選手権|1997]] ![[ハセミモータースポーツ]] ![[日産・スカイラインGT-R]] !GT500 |bgcolor="#DFFFDF"|[[鈴鹿サーキット|SUZ]]<br /><small>4</small> |bgcolor="#DFDFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>2</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[仙台ハイランド|SEN]]<br /><small>9</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>6</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[MINEサーキット|MIN]]<br /><small>7</small> |bgcolor="#EFCFFF"|[[スポーツランドSUGO|SUG]]<br /><small>Ret</small> | !7位 !37 |- | [[1998年の全日本GT選手権|1998]] ![[ハセミモータースポーツ]] ![[日産・スカイラインGT-R]] !GT500 |bgcolor="#DFFFDF"|[[鈴鹿サーキット|SUZ]]<br /><small>5</small> |bgcolor="#FFFFFF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>C</small> |bgcolor="#EFCFFF"|[[仙台ハイランド|SEN]]<br /><small>Ret</small> |bgcolor="#DFDFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>2</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[ツインリンクもてぎ|MOT]]<br /><small>8</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[MINEサーキット|MIN]]<br /><small>8</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[スポーツランドSUGO|SUG]]<br /><small>5</small> !5位 !37 |- | [[1999年の全日本GT選手権|1999]] ![[ハセミモータースポーツ]] ![[日産・スカイラインGT-R]] !GT500 |bgcolor="#DFFFDF"|[[鈴鹿サーキット|SUZ]]<br /><small>6</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>7</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[スポーツランドSUGO|SUG]]<br /><small>7</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[MINEサーキット|MIN]]<br /><small>4</small> |bgcolor="#CFCFFF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>11</small> |bgcolor="#CFCFFF"|[[岡山国際サーキット|TAI]]<br /><small>12</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[ツインリンクもてぎ|MOT]]<br /><small>8</small> !17位 !27 |- | [[2000年の全日本GT選手権|2000]] ![[ハセミモータースポーツ]] ![[日産・スカイラインGT-R]] !GT500 |bgcolor="#DFFFDF"|[[ツインリンクもてぎ|MOT]]<br /><small>5</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>9</small> |bgcolor="#EFCFFF"|[[スポーツランドSUGO|SUG]]<br /><small>Ret</small> |bgcolor="#CFCFFF"|[[富士スピードウェイ|FUJ]]<br /><small>11</small> |bgcolor="#CFCFFF"|[[岡山国際サーキット|TAI]]<br /><small>15</small> |bgcolor="#CFCFFF"|[[MINEサーキット|MIN]]<br /><small>11</small> |bgcolor="#DFFFDF"|[[鈴鹿サーキット|SUZ]]<br /><small>8</small> !16位 !13 |} === JTCC === {| class="wikitable" style="text-align:center; font-size:85%" ! 年 ! 所属チーム ! 使用車両 ! 1 ! 2 ! 3 ! 4 ! 5 ! 6 ! 7 ! 8 ! 9 ! 10 ! 11 ! 12 ! 13 ! 14 ! 15 ! 16 ! 17 ! 18 ! 順位 ! ポイント |- | [[1994年の全日本ツーリングカー選手権|1994]] ! 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[[日産・プリメーラ]] |bgcolor="#CFCFFF"| [[富士スピードウェイ|FUJ<br>1]]<br>{{small|14}} |bgcolor="#CFCFFF"| [[富士スピードウェイ|FUJ<br>2]]<br>{{small|13}} |bgcolor="#DFFFDF"| [[スポーツランドSUGO|SUG<br>1]]<br>{{small|7}} |bgcolor="#CFCFFF"| [[スポーツランドSUGO|SUG<br>2]]<br>{{small|11}} |bgcolor="#CFCFFF"| [[十勝スピードウェイ|TOK<br>1]]<br>{{small|17}} |bgcolor="#CFCFFF"| [[十勝スピードウェイ|TOK<br>2]]<br>{{small|11}} |bgcolor="#CFCFFF"| [[鈴鹿サーキット|SUZ<br>1]]<br>{{small|13}} |bgcolor="#EFCFFF"| [[鈴鹿サーキット|SUZ<br>2]]<br>{{small|Ret}} |bgcolor="#CFCFFF"| [[MINEサーキット|MIN<br>1]]<br>{{small|13}} |bgcolor="#CFCFFF"| [[MINEサーキット|MIN<br>2]]<br>{{small|15}} |bgcolor="#CFCFFF"| [[岡山国際サーキット|TAI<br>1]]<br>{{small|11}} |bgcolor="#DFFFDF"| [[岡山国際サーキット|TAI<br>2]]<br>{{small|8}} |bgcolor="#CFCFFF"| [[仙台ハイランド|SEN<br>1]]<br>{{small|15}} |bgcolor="#CFCFFF"| [[仙台ハイランド|SEN<br>2]]<br>{{small|13}} |bgcolor="#FFDF9F"| [[富士スピードウェイ|FUJ<br>1]]<br>{{small|3}} |bgcolor="#DFFFDF"| [[富士スピードウェイ|FUJ<br>2]]<br>{{small|8}} | | !16位 !19 |- | [[1996年の全日本ツーリングカー選手権|1996]] ! [[エッチ・ケー・エス|HKSオペルチームジャパン]] ! [[オペル・ベクトラ]] |bgcolor="#DFFFDF"| [[富士スピードウェイ|FUJ<br>1]]<br>{{small|8}} |bgcolor="#CFCFFF"| [[富士スピードウェイ|FUJ<br>2]]<br>{{small|12}} |bgcolor="#EFCFFF"| [[スポーツランドSUGO|SUG<br>1]]<br>{{small|Ret}} |bgcolor="#DFFFDF"| [[スポーツランドSUGO|SUG<br>2]]<br>{{small|8}} |bgcolor="#DFFFDF"| [[鈴鹿サーキット|SUZ<br>1]]<br>{{small|10}} |bgcolor="#DFFFDF"| [[鈴鹿サーキット|SUZ<br>2]]<br>{{small|9}} |bgcolor="#CFCFFF"| [[MINEサーキット|MIN<br>1]]<br>{{small|12}} |bgcolor="#CFCFFF"| [[MINEサーキット|MIN<br>2]]<br>{{small|15}} |bgcolor="#DFFFDF"| [[仙台ハイランド|SEN<br>1]]<br>{{small|8}} |bgcolor="#EFCFFF"| [[仙台ハイランド|SEN<br>2]]<br>{{small|Ret}} |bgcolor="#DFFFDF"| [[十勝スピードウェイ|TOK<br>1]]<br>{{small|8}} |bgcolor="#DFFFDF"| [[十勝スピードウェイ|TOK<br>2]]<br>{{small|10}} |bgcolor="#DFFFDF"| [[富士スピードウェイ|FUJ<br>1]]<br>{{small|8}} |bgcolor="#DFFFDF"| [[富士スピードウェイ|FUJ<br>2]]<br>{{small|6}} | | | | !14位 !24 |} ==全日本GT選手権ドライバー引退の理由== 引退の理由は「日産が新型のレーシングカーを供給してくれなくなったから<ref>2001年シーズンの全日本GT選手権において、同じ日産系チームである星野の[[ホシノインパル]]はスカイラインGT-Rの供給を受けGT500クラスに継続参戦できたのに対し、ハセミモータースポーツはGT-Rの供給を受けられず、GT300クラスへのステップダウンを余儀なくされた。</ref>。トップを狙えないマシンでの2年連続参戦がドライバーとしての挑戦意欲を失った事によって、自らの引き際を決意させた。実際、四輪転向から引退まで([[フォーミュラカー]]路線を除けば)基本的に日産一筋であった星野と比べると、長谷見は[[1996年]]に[[全日本ツーリングカー選手権 (1994年-1998年)|全日本ツーリングカー選手権]](JTCC)に[[エッチ・ケー・エス]]から[[オペル・ベクトラ]]を駆って参戦するなど、日産ワークスを離れての活動も目立っていた。このことから、当時の日産の中で長谷見は星野よりも優先度が低い扱いだったという見方をされる場合もある。 一方、「同じ車を同じ条件で乗って、相手よりコンマ5秒遅かったら辞める」という考えを持っており、同様の理由でフォーミュラ引退をした経緯がある。その際の理由の半分は[[マウロ・マルティニ]]の存在であり<ref>「[[Racing On]]」No.137、p.141、ニューズ出版、1993年。</ref>、もう半分は供給タイヤメーカーであった[[ダンロップ]]と、[[ブリヂストン]]の性能差であった<ref name="no1" />。 == 人物 == *全日本モトクロスのデビュー時期に2輪レース活動を行っていた[[生沢徹]](当時大学生)は、「高校生のガキ」(長谷見のこと)にあっさり抜かれたことでショックを受け、2輪に見切りを付けて4輪に転向したという話もある。 *「レースカーはFRじゃなければならない」が信念である。市販車でも、「峠に行った時にリアが滑ってヒャッとするようじゃないとドライブしている気になれない」と語っている<ref>交通タイムス社「GT-R owwers COLLECTIONⅡ」16〜19頁より</ref>。 == 関連項目 == *[[モータースポーツ]] *[[日本人ドライバー一覧]] *[[F1ドライバーの一覧]] == 脚注 == <div class="references-small"> <references /> </div> == 参考資料 == *『[[Racing On]]』([[ニューズ出版]])2007年12月号・特集「スーパーシルエット」 *『Racing On』(ニューズ出版)2008年3月号・特集「長谷見昌弘」 == 外部リンク == * [http://www.hasemi-ms.com ハセミモータースポーツ公式ウェブページ] * [http://www.ke007.jp/pc_web/ Kojima KE007 F1 Project] {{フォーミュラ・ニッポン歴代チャンピオン}} {{全日本ツーリングカー選手権歴代チャンピオン}} {{全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権歴代チャンピオン}} {{DEFAULTSORT:はせみ まさひろ}} [[Category:日本のF1ドライバー]] [[Category:デイトナ24時間勝者]] [[Category:東京都出身の人物]] [[Category:1945年生]] [[Category:存命人物]] {{sportspeople-stub}}
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