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金田伊功
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{{出典の明記|date=2009年7月22日 (水) 09:40 (UTC)|ソートキー=人2009年没}} {{Infobox 芸術家 | name = 金田伊功 | image = | imagesize = | alt = | caption = | birthname = | birthdate = {{生年月日と年齢|1952|2|5|no}} | location = {{JPN1947}}、[[奈良県]] | deathdate = {{死亡年月日と没年齢|1952|2|5|2009|7|21}} | deathplace = | nationality = {{JPN}} | field =[[アニメーター]] | years active = 1970年 - 2009年 | training = | movement = | works = | patrons = | influenced by = | influenced = | awards = | elected = | website = }} '''金田 伊功'''(かなだ よしのり、[[1952年]]([[昭和]]27年)[[2月5日]] - [[2009年]]([[平成]]21年)[[7月21日]])は、[[日本]]の[[男性]][[アニメーター]]。[[奈良県]]出身。[[日本アニメーター・演出協会]](JAniCA)会員。 「伊功」は「いこう」と読まれることもある<!--読みの難しい人名は音読みで統一されて表現されることが多い-->。別名義に当初は誤字だったものを使用した「金田伊助」や、[[スクウェア・エニックス]]在籍中に他社仕事の際に使った「戸隠三郎」がある。 == 生涯 == [[航空自衛隊]]パイロットだった父親を見て育ち、自分もその道を熱望していたが、視力が悪く断念する。この時に映画『空飛ぶゆうれい船』の[[宮崎駿]]の作画に衝撃を受けて、アニメーション業界を志すきっかけとなる。高校2年生の時のノートには、当時好きだった[[テレビアニメ]]『[[アタックNo.1]]』のヒロイン・鮎原こずえのイラストが多数描かれており、当時からプロレベルに近い画力であった<ref>「アニメの革命児 金田伊功」『[[MAG・ネット]]スペシャル』 [[NHK衛星第2テレビジョン]] [[2010年]][[8月14日]]放送。</ref>{{信頼性要検証|date=2010年8月}}。 アニメの通信教育を経て東京デザイナー学院のアニメ科で学び、東映動画(現・[[東映アニメーション]])の契約社員となる。[[1970年]]に同社のテレビアニメ『[[魔法のマコちゃん]]』で[[動画]]デビュー。東映動画を退社後、[[荒木伸吾]]のフリー集団のスタジオZ(第1期)<ref>「魔女っ子スタッフ人名録 荒木伸吾」『魔女っ子大全集 東映動画篇』たるかす編、バンダイ、[[1993年]]、p.147。</ref>、野田卓雄のスタジオNo.1を経て[[1976年]]にスタジオZ(第2期)<ref>「スタジオZ5の若き獅子たち」『[[アニメージュ]]』[[1981年]]8月号、徳間書店、p.89。</ref>、[[1980年]]にスタジオNo.1を結成して活動。[[1974年]]に野田が作画監督を担当した『[[ゲッターロボ]]』で原画として活躍してから[[1970年代]]半ばから『[[大空魔竜ガイキング]]』、『[[惑星ロボ ダンガードA]]』などの東映動画のロボットアニメ、『[[超電磁マシーン ボルテスV]]』のオープニングアニメに始まる日本サンライズ(現・[[サンライズ (アニメ制作会社)|サンライズ]])での『[[無敵超人ザンボット3]]』『[[無敵鋼人ダイターン3]]』といった[[ロボットアニメ]]や『[[サイボーグ009 (アニメ)|サイボーグ009]]』のオープニングアニメ、『[[くじらのホセフィーナ]]』の第03話、第20話で注目を集める。 [[1980年代]]前半には『[[銀河旋風ブライガー]]』<ref>[[池田憲章]]「池田憲章のいいシーン見つけた! 第1回 『銀河旋風ブライガー』のオープニング」『アニメージュ』[[1982年]]1月号、徳間書店。</ref>などの[[J9シリーズ]]、『[[魔境伝説アクロバンチ]]』や『[[機甲創世記モスピーダ]]』などでオープニングアニメーションの仕事をし、[[山下将仁]]など金田の影響を受けたアニメーターを輩出した<ref name="modoki">氷川竜介「アニメーション表現の歴史 金田モドキの時代/第三世代・エフェクトアニメーターたち」『SFアニメが面白い』p.170。</ref>。[[1979年]]の劇場版『[[銀河鉄道999 (アニメ)|銀河鉄道999]]』以来、[[アニメ映画]]の仕事が増え『[[ヤマトよ永遠に]]』『[[地球へ…]]』『[[宇宙戦艦ヤマト 完結編]]』『[[幻魔大戦]]』などのアニメ映画に参加してメカ作画やエフェクトアニメを担当するようになった<ref>『動画王』p.197。</ref><ref>「スタジオNo.1 スタジオZ5の俺たちの10大ニュース」『アニメージュ』[[1983年]]2月号、徳間書店、p.34。</ref>。それらの作品の中には「スペシャルアニメーション」や「メカニック作画監督」と金田のために特別な役職まで設けられたものもあり、スターアニメーターとも言える地位を築いて<ref>[[氷川竜介]]「アニメーション表現の歴史 エフェクトの巨匠・金田伊功」『SFアニメが面白い』EYECOM Files編、アスキー、[[1997年]]、p.169。</ref><ref>[[竹熊健太郎]]『ゴルゴ13はいつ終わるのか? 竹熊漫談』[[イースト・プレス]]、[[2005年]]、p.135。</ref>、当時の[[アニメ雑誌]]では機会があるごとに金田の情報を取り上げた<ref>編集部コラム・編集(マ)の『アニメージュ』が愛したアニメ[http://animage.jp/column/col_09/col_09_main.html 「第10回 元祖スターアニメーター――金田伊功」] アニメージュ公式サイト [[2009年]][[5月25日]]。</ref>。熱心なアニメファンの中には金田を主役にした自主制作アニメを制作するグループまで現れた<ref>「アニメランド 自主制作アニメーションキンタマン東北で大評判 主役はあの金田伊功さん」『アニメージュ』[[1986年]]1月号、徳間書店、p.113。制作した4人グループ「アニメーションべろべろ」には[[玉川達文]]が参加。</ref>。1980年代半ばになると[[スタジオジブリ]]の宮崎作品の常連になり、主にアニメ映画の仕事をこなすようになっていった<ref>『動画王 Vol.1』</ref><ref>赤星政尚、月村了衛、山本元樹「ロボット アニメ殿堂入りスタッフ紳士録」『不滅のスーパーロボット大全』二見書房、[[1998年]]、 p.129。</ref><ref>『20年目のザンボット3』p.142。</ref><ref name="animev8806">「ギョーカイ噂の今さら友だちのWA! 金田伊功さんの巻」『アニメV』[[1988年]]6月号、[[学研ホールディングス|学習研究社]]、p.44。</ref>。 [[1998年]]から劇場作品『[[ファイナルファンタジー (映画)|ファイナルファンタジー]]』の制作に参加<ref>「金田伊功の世界」『アニメージュ』[[1998年]]5月号、徳間書店。</ref>したのをきっかけに[[スクウェア (ゲーム会社)|スクウェア]]に入社し、[[スクウェア・エニックス]]の旧第7開発事業部所属の社員としてゲームのムービー制作を担当していた。この時期は日本を離れて[[ハワイ]]に滞在しており<ref>「イベント「小松原一男のアニメーション」記録」『小松原一男アニメーション画集』小松原一男著、なみきたかし編集、東急エージェンシー、[[2002年]]、p.153。</ref><ref name="style">[http://www.style.fm/log/02_topics/top050520a.html 「OPを担当したゲームが連続リリース!金田伊功ミニ・インタビュー!!」] WEB[[アニメスタイル]] 2005年[[5月20日]]。</ref>、日本での仕事をしていない。 渡米前にはスパロボ系同人誌を発行する同人サークル「スタジオザルツウェルツ」にも参加している。 映画『ファイナルファンタジー』の仕事を終えて、日本への帰国後はスクウェア・エニックスの開発推進部に所属して[[2002年]]発売の『[[ファイナルファンタジーXI]]』、[[2003年]]発売の『[[半熟英雄対3D]]』、[[2005年]]発売の『[[半熟英雄|半熟英雄4 7人の半熟英雄]]』、『[[武蔵伝II ブレイドマスター]]』など同社のゲームのオープニングアニメやキャラクターの3Dモーションを担当。中でも『半熟英雄対3D』の[[ささきいさお]]の歌うテーマソングに合わせて往年の金田びかり、金田パース(後述)が炸裂するオープニングムービーは話題を呼んだ<ref name="style" />。 [[2009年]][[7月21日]]、[[心筋梗塞]]により57歳で死去<ref>{{Cite news |title=金田伊功氏死去 アニメーター |agency=[[共同通信社]]|publisher=[[東京新聞]] |date=2009年7月23日}}<br />[http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20090722_kanada_yoshinori/index.html 独特の迫力で魅了する「金田パース」の開発者でアニメーターの金田伊功氏、心筋梗塞のため死去] [[GIGAZINE]] [[2009年]][[7月22日]]。</ref>。同年[[8月30日]]に有志によって行われた「金田伊功を送る会」には日本のアニメーション関係者が約800名、一般のファンが300名ほど参加した。[[野田卓雄]]、[[庵野秀明]]、[[りんたろう]]らによって弔辞が述べられ、[[亀垣一]]、[[平山智 (アニメーター)|平山智]]、[[本橋秀之]]、[[友永和秀]]が故人の思い出を語った。また同年12月には第13回[[文化庁メディア芸術祭]]特別功労賞を受賞、2014年には東京アニメアワードフェスティバル・アニメ功労部門に選出された。 == 概要 == [[ロボットアニメ]]などにおいて緩急をつけながら舞うように動くアクロバティックなメカ表現やこれに通称「金田パース」と呼ばれる大胆に誇張された[[遠近法|遠近感]]とポージングを加えた独特な作画スタイルを生み出し<ref>『動画王 Vol.1』p.193。</ref>、日本のアニメーションにひとつの変革を起こした<ref name="TodaiOtaku67">{{Cite book|和書 |author=岡田斗司夫 |authorlink=岡田斗司夫 |coauthors=[[氷川竜介]] |title=東大オタク学講座 |url=http://netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/books/otakusemi/mokuzi.html |accessdate=2009-07-28 |edition=第3版 |date=1997-09-26 |publisher=[[講談社]] |isbn=4-06-208292-6 |pages=67-94頁 |chapter=第三講 エフェクトアニメ進化論 |chapterurl=http://netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/books/otakusemi/No3.html}}</ref><ref>氷川竜介「アニメーション表現の歴史 第二世代金田伊功の登場」『SFアニメが面白い』p.169。</ref>。「金田びかり」と呼ばれる実写のレンズの逆光で起きるゴーストを表現として取り入れられている<ref>『動画王 Vol.1』p.192。</ref>。 === 金田流の確立と流行 === {{独自研究|section=1|date=2009年7月}} 元来、金田のスタイルは日本のテレビアニメーションに要求されている限られた時間と予算といった制約の中で、いかに表現を膨らませるかという条件から生み出された苦肉の策でもあった<ref name="TodaiOtaku67" />。少ない枚数で動きを出すためのひとつの方策として動きの中割りを極端に省いたり、広角や魚眼のレンズで見たような視点といったアイデアを積み重ねて確立した。 そうして生み出された派手なアクションシーンに当時の若手アニメーターやまだ視聴者であり後にアニメーターになっていく層も感化され、言わば「金田フォロワー」とも呼ぶべき一群を1980年代に形成した。具体的には[[鍋島修]]、[[亀垣一]]、[[越智一裕]]、[[山下将仁]]、[[大張正己]]、[[摩砂雪]]、[[板野一郎]]、[[いのまたむつみ]]らの名前が挙げられる<ref name="modoki" /><ref>『庵野秀明 スキゾエヴァンエリオン』[[大泉実成]]編、太田出版、1997年、p.146。座談会での摩砂雪本人の発言による。</ref>。エフェクト作画で知られる[[橋本敬史]]も金田に憧れてアニメ業界入りしたという<ref>[http://www.dot-anime.com/tb/yamato/sp_talk/03_1.html SPECIAL TALK #03 橋本敬史] トルネードベース・宇宙戦艦ヤマト</ref>。 以上のような在京の「金田フォロワー」に対し、在阪の作画スタジオとして1980年代の作画シーンにおいて黄金期を形成していた[[アニメアール]]の中核メンバーである、[[毛利和昭]]<ref>『ヒロインステーション』大洋書房、2007年、p.94。毛利和昭インタビュー。</ref>、[[吉田徹]]<ref>岡島正晃、あさのまさひこ、中島紳介『ボトムズ・アライヴ』太田出版、2000年、p.250。吉田徹インタビュー。</ref>、[[沖浦啓之]]<ref>『ドリームハンター麗夢』DVD-BOX2、オンリー・ハーツ、2007年、ブックレット収録、沖浦啓之インタビュー。</ref>、[[逢坂浩司]]<ref>[http://blog.livedoor.jp/kimidori1983/archives/50374370.html 逢坂浩司インタビュー] 『ドリームハンター麗夢』DVD-BOX1、オンリー・ハーツ、2006年、ブックレット収録。</ref>らも金田作画から受けた影響と魅力を証言している。 またその影響はアニメのみならず漫画の世界にも波及し、金田流のパース表現を取り入れる漫画家も現れた<ref>氷川竜介『世紀末アニメ熱論』キネマ旬報社、2000年、p.148。</ref>。 {{要出典範囲|「少ない枚数でも動き重視」というのはひとつのエポックであり|date=2009年7月}}、それゆえアクション、ロボットアニメ等数多くの作品で彼はその力量を発揮した。また少女を主人公にした宇宙[[戦争漫画]]『[[BIRTH (OVA)|BIRTH]]』を[[徳間書店]]の「[[月刊COMICリュウ|リュウ]]」「[[ザ・モーションコミック]]」で描き、これは後に金田とそのフォロワー陣を中心とした作画スタッフによって[[OVA]]アニメ化もされた。この頃が商業的ピークであり、金田ブームと言っても良い現象が業界を席捲した。 しかし一方でその絵には{{要出典範囲|顔が斜めになるなど|date=2010年10月}}若干の癖があり、作画用設定資料に似せて描いていても彼ならではの個性がそこかしこに表れてしまい、各作品の作画監督はキャラクターを似せる修正や登場メカニックの形状的な整合性の維持に苦心する「作監泣かせ」としても知られた<ref name="sankei20090814">{{Cite news|url=http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/090814/tnr0908140816005-n1.htm|title=追悼 アニメーター・金田伊功さん 宮崎監督が「頭(かしら)」と呼んだ男|work=[[産経新聞|MSN産経ニュース]]|publisher=[[産業経済新聞社]]|pages=1-3|date=2009-08-14|accessdate=2009-08-16}}</ref>。宮崎から「邪道な作画ばっかすんな」と咎められたという逸話もある<ref name="TodaiOtaku67" />。一方で宮崎は、苦心の分その効果も強烈であったと評価しており<ref name="sankei20090814" />、『風の谷のナウシカ』の当時に「金田の描くナウシカが一番感じが出ていた」と語っていた<ref name="zensho">叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、p.55。</ref>。 == ジブリ作品後 == 宮崎監督作品である1984年の[[トップクラフト]]作品『風の谷のナウシカ』に、プロデューサーの[[高畑勲]]を尊敬していたということから参加した<ref>[[鈴木敏夫]]『映画道楽』ぴあ、2005年、p.76。</ref>。元々共に仕事をする以前から、金田はアニメ映画『[[空飛ぶゆうれい船]]』で宮崎が作画を担当したゴーレムのようなものを描きたくてアニメーターになったと発言しており<ref>友永和秀、金田伊功、貞光紳也、鍋島治、越智一裕、山下将仁「アニメ・ホープ戦闘座談会 目にカミソリといった実感ある戦闘シーンがほしい」『アニメージュ』1981年9月号、徳間書店、pp.86-87。</ref>、宮崎の方も[[1982年]]に出版された金田の画集に才能を高く評価する寄稿をしていた<ref name="zensho" />。以後、スタジオジブリで『[[天空の城ラピュタ]]』、『[[となりのトトロ]]』、『[[魔女の宅急便 (スタジオジブリ作品)|魔女の宅急便]]』、『[[紅の豚]]』、『[[もののけ姫]]』の原画を手がけていく。ちなみに『ラピュタ』においては原画頭(げんががしら)という特例な称号を高畑が考案し<ref name="animev8806" />、エンディングクレジットでも正式に表記されている。 なお、ロボットアニメで名を馳せたが、自身は「巨大ロボットアニメは線が多くて、それほど好きではなかったが、当時は今ほど作画においての制約がなかったので携わっていた」と語っている<ref>『動画王 Vol.1』p.188-190。</ref>。事実『無敵鋼人ダイターン3』の後番組である『機動戦士ガンダム』に僅かしか関わらなかったのはキャラクターデザインの[[安彦良和]]からレイアウトに縛られた作画を要求されたからだと語っている<ref>『動画王 Vol.1』p.196。</ref>。その一方で「性に合っていた」とも語っていた<ref>同人誌『金田伊功GREAT』p.72。インタビュー記事より。</ref>。 == 参加作品 == '''1970年''' * [[魔法のマコちゃん]](動画) '''1971年''' * [[さるとびエッちゃん]](動画) * [[ゲゲゲの鬼太郎 (アニメ)|ゲゲゲの鬼太郎]](動画) '''1972年''' * [[魔法使いチャッピー]](動画) * [[月光仮面]](動画) * [[赤胴鈴之助]](動画、原画) * [[ど根性ガエル]](動画、原画) '''1973年''' * [[ドロロンえん魔くん]](原画) * [[荒野の少年イサム]](動画) * [[キューティーハニー]](原画) '''1974年''' * [[ゲッターロボ]](原画)※金田伊助での誤植名義 * [[宇宙戦艦ヤマト]](原画)※タイガープロ回に参加。クレジットは無い '''1975年''' * [[ゲッターロボG]](原画) * [[一休さん (テレビアニメ)|一休さん]](原画) '''1976年''' * [[大空魔竜ガイキング]](原画、作画監督) * [[キャンディ・キャンディ]](原画) * [[ろぼっ子ビートン]](原画) '''1977年''' * [[惑星ロボ ダンガードA]](オープニング原画・初期原画) * [[氷河戦士ガイスラッガー]](原画) * [[超電磁マシーン ボルテスV]](オープニング原画) * [[無敵超人ザンボット3]](絵コンテ、原画) * [[激走!ルーベンカイザー]](オープニング原画) * [[女王陛下のプティアンジェ]](オープニング原画) '''1978年''' * [[無敵鋼人ダイターン3]](オープニング原画・原画) * [[さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち]](原画) * [[宇宙戦艦ヤマト2]](原画) '''1979年''' * [[サイボーグ009 (アニメ)|サイボーグ009]](オープニング原画) * [[くじらのホセフィーナ]](第03話、第20話絵コンテ、原画) * [[宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち]](原画) * [[宇宙空母ブルーノア]](原画) * [[銀河鉄道999 (アニメ)#映画版|劇場版 銀河鉄道999]](原画) * [[機動戦士ガンダム]](原画3カット) '''1980年''' * [[燃えろアーサー 白馬の王子]](原画) * [[地球へ…]](原画) * [[ムーの白鯨]](メカ修正) * [[ずっこけナイトドンデラマンチャ]](絵コンテ、原画、キャラクターデザイン(第06話)) * [[がんばれゴンベ]](原画) * [[サイボーグ009 (アニメ)#劇場版(第3作)|サイボーグ009 超銀河伝説]](原画手伝い) * [[ヤマトよ永遠に]](原画) * [[太陽の使者 鉄人28号]](原画) * [[宇宙戦艦ヤマトIII]](原画) * [[宇宙伝説ユリシーズ31]](メカデザイン) * [[テクノボイジャー|サンダーバード (パイロット版)]](レイアウト(TV未放送)) '''1981年''' * [[タイガーマスク#2作目|タイガーマスク二世]](原画手伝い) * [[ブレーメン4 地獄の中の天使たち]](原画) * 劇場版 さよなら銀河鉄道999(原画) * [[銀河旋風ブライガー]](オープニング・エンディング原画) * [[めちゃっこドタコン]](原画(第1話)) * [[六神合体ゴッドマーズ]](第3話原画3カット) '''1982年''' * [[新竹取物語 1000年女王|1000年女王]](メカニック作画監督、原画) * [[魔境伝説アクロバンチ]](オープニング・エンディング絵コンテ、原画) * [[わが青春のアルカディア]](原画) * [[FUTURE WAR 198X年]](メカニックデザイン、原画)※ノンクレジット '''1983年''' * [[機甲創世記モスピーダ]](オープニング、エンディングアニメーション、原画(第1話の導入部のみ)) * [[プラレス3四郎]](絵コンテ・原画) * [[幻魔大戦]](原画) * [[宇宙戦艦ヤマト 完結編]](作画監督) '''1984年''' * [[BIRTH (OVA)|BIRTH]](アニメーションディレクター、[[キャラクターデザイン]]) * [[風の谷のナウシカ (映画)|風の谷のナウシカ]](原画) '''1985年''' * 宇宙戦艦ヤマト(作画監督、原画)※[[LDゲーム]]版 * [[オーディーン 光子帆船スターライト]](作画監督) * [[押井版ルパン三世]](画面構成(製作中止)) * ザ・チョコレート・パニック・ピクチャー・ショー(絵コンテ・アニメーション) * [[ビデオ戦士レザリオン]](最終話原画) '''1986年''' * [[天空の城ラピュタ]](原画頭) * [[火の鳥 (漫画)|火の鳥]] 鳳凰編(原画) '''1987年''' * [[2001夜物語|スペース・ファンタジア 2001夜物語]](絵コンテ、原画) * [[デビルマン|デビルマン 誕生編]](原画) '''1988年''' * [[AKIRA (漫画)|AKIRA]](原画) * [[鎧伝サムライトルーパー]](原画) * [[となりのトトロ]](原画) '''1989年''' * [[魔女の宅急便 (スタジオジブリ作品)|魔女の宅急便]](原画) * [[まじかるハット]](原画) '''1990年''' * [[レスラー軍団〈銀河編〉 聖戦士ロビンJr.]](絵コンテ) * [[デビルマン|デビルマン 妖鳥死麗濡編]](原画) '''1991年''' * [[しあわせのかたち]](3話絵コンテ、原画) * [[コズミック・ファンタジー|コズミック・ファンタジー2 冒険少年バン]](原画) * [[寿五郎ショウ|江口寿史の寿五郎ショウ]](原画) * [[緊急発進セイバーキッズ]](原画) '''1992年''' * [[紅の豚]](原画) * [[トーキング・ヘッド]](原画) * [[ダウンロード 南無阿弥陀仏は愛の詩]](キャラクターデザイン、原画) '''1993年''' * [[X (漫画)|X2]](原画) '''1994年''' * [[とっても!ラッキーマン]](キャラクターデザイン、オープニングアニメーション、'''金田伊助'''名義) * [[ファイナルファンタジー (OVA)|FINAL FANTASY]] 星の章(原画) * [[孔雀王|真・孔雀王]](原画) * [[幽☆遊☆白書 冥界死闘篇 炎の絆]](原画) '''1995年''' * [[ふしぎ遊戯]](オープニングアニメーション、原画) * [[魔物ハンター妖子|魔物ハンター妖子<sup>2</sup>]](原画) '''1996年''' * [[機動戦艦ナデシコ]]([[ゲキ・ガンガー3]]作画) * [[X (漫画)|X]](原画) * 魔法少女ファンシーCoCo(オープニングアニメーション) '''1997年''' * 劇場版 フランダースの犬(原画) * [[もののけ姫]](原画) * [[CLAMP学園探偵団]](オープニング原画) * [[吸血鬼ハンターD|VAMPIRE HUNTER The ANIMATION SERIES]](原画) * [[超獣伝説ゲシュタルト]](原画) '''1998年''' * [[アレクサンダー戦記]](原画) * [[青の6号]](原画) * [[超特急ヒカリアン]](絵コンテ、演出、作画監督) '''2001年''' * [[ファイナルファンタジー (映画)|ファイナルファンタジー]](アニメーションスーパーバイザー、原画、レイアウト) * [[おとぎストーリー 天使のしっぽ]](原画) * [[メトロポリス (2001年の映画)|メトロポリス]](原画) '''2002年''' * [[ファイナルファンタジーXI]](モーションキャプチャー・アニメーションディレクター) '''2003年''' * [[半熟英雄対3D]](OP監督) * [[ポポロクロイス (アニメ)|ポポロクロイス]](絵コンテ、原画、'''戸隠伊助'''名義) '''2004年''' * [[DESIRE]](OP原画) '''2005年''' * [[武蔵伝II ブレイドマスター]](絵コンテ) * [[半熟英雄|半熟英雄4 7人の半熟英雄]](OP監督) '''2006年''' * [[ガイキング LEGEND OF DAIKU-MARYU]](後期オープニング原画、'''戸隠三郎'''名義)※アニメ作品としての[[遺作]] * [[聖剣伝説4]](フェイシャルセッティング) '''2007年''' * [[ファイナルファンタジーIV]](絵コンテ)※[[ニンテンドーDS]]版 '''2009年''' * [[ファイナルファンタジーXIII]](ストーリーボードディレクター) * [[鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST|鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST -黄昏の少女-]](イベントムービー絵コンテ、アートワーク、原画)※ゲーム作品としての遺作 '''2011年''' * [[ファイナルファンタジーXIII-2]](絵コンテ) '''2012年''' * [[ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族 オンライン]](ストーリーボード) == 著作 == *『金田伊功スペシャル』([[徳間書店]]、1982年7月31日) ISBN 4-19-402547-4 *漫画『わが青春のフローレシア』(月刊ベティ創廃刊号、吉村牧子との共作、1982年8月15日) *漫画版『バース』第1巻 (原案/武上純希・カナメプロ 徳間書店、1983年12月20日) == 参考文献 == *[[氷川竜介]]『20年目のザンボット3』 [[太田出版]]、[[1997年]] *氷川竜介取材・構成「証言・巨大ロボットアニメの時代 金田伊功インタビュー」『動画王 Vol.1 決戦!巨大ロボットアニメ』 [[キネマ旬報社]]、1997年、pp.186-200。 == 出典 == {{Reflist}} == 関連項目 == *[[アニメ関係者一覧]] *[[奈良県出身の人物一覧]] == 外部リンク == *{{Imdb name|id=0437484|name=Yoshinori Kanada}} *金田伊功FAN SITE「金田式.kanada style.」http://www.linkclub.or.jp/~h-884/iko.html {{DEFAULTSORT:かなだ よしのり}} [[Category:日本のアニメーター]] [[Category:スクウェア・エニックスの人物]] [[Category:東映アニメーションの人物]] [[Category:奈良県出身の人物]] [[Category:1952年生]] [[Category:2009年没]]
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