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酒田港
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{{Infobox 港 | 港名 = 酒田港 | 画像 = [[File:Port of Sakata, -8 Dec. 2011 a.jpg|280px]] | 画像説明 = 酒田港と[[最上川]]河口〔奥〕 <center>{{Location map|Japan|width=240|float=center |caption=|mark=Legenda port.svg|marksize=10 |label=酒田港|position=left |lat_deg=38|lat_min=56|lat_sec=23.46|lat_dir=N |lon_deg=139|lon_min=48|lon_sec=45.04|lon_dir=E }}<small>酒田港の位置</small></center> | 国 = {{JPN}} | 所在地 = [[山形県]][[酒田市]] | 座標 = {{ウィキ座標度分秒|38|56|23.46|N|139|48|45.04|E|}} | 開港 = | 管理者 = 山形県 | 種類 = [[重要港湾]] | 泊地面積 = | 陸地面積 = | 面積 = | 係留施設数 = | 埠頭数 = | 桟橋数 = | 従業員数 = | ラベル1 = | データ1 = | ラベル2 = | データ2 = | ラベル3 = | データ3 = | 年度 = 2010年 | 発着数 = | 貨物取扱量 = 3,152,342t | コンテナ数 = 5,486TEU | 貨物総額 = | 旅客数 = | 売上高 = | 利益 = | 公式サイト = }} '''酒田港'''(さかたこう)は、[[山形県]][[酒田市]]にある[[港湾]]である。港湾管理者は山形県。[[港湾法]]上の[[重要港湾]]、[[港則法]]上の[[特定港]]に指定されている。 == 酒田港の位置と歴史 == 酒田港は、[[山形県]]の北部[[酒田市]]にあり、[[最上川]]の河口に位置し、[[日本海]]に面する。 酒田港は、[[藤原秀衡]]の妹とも後室とも言われる徳尼公(とくにこう)が酒田に落ち延びた際に随伴した家臣36人により開かれたと言われる。その時の家臣が「酒田三十六人衆」と呼ばれ、その子孫は、後に酒田を代表する大商人になった。 [[万治]]2年([[1659年]])に[[出羽国]][[村山郡]]の幕領米の輸送を請け負った[[江戸]]の[[商人]]正木半左衛門らにより[[西廻海運|西廻り]]航路が開かれ、酒田港は西廻り航路の起点となった。[[最上川]]の舟運より運ばれた[[ベニバナ|紅花]]や米、各地の特産物が[[北前船]]に積まれ、[[日本海]]から[[瀬戸内海]]を廻って、[[大阪|大坂]]、さらには江戸に運ばれた。<br> 「西の堺、東の酒田」と呼ばれ、「酒田三十六人衆」でもある鐙屋(あぶみや)や本間家は大商人になった。特に[[本間家]]は戦前までは日本一の大[[地主]]としても知られており、『本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に』と呼ばれるほどの財力を誇った。最も権勢を誇った本間光丘は、日枝神社の創建や庄内砂丘に防砂林を作るなど、今日の酒田の基礎を作った。 明治期になっても、日本初の木造灯台である[[酒田灯台]]が作られるなど、発展を続けたが、大正初期に[[羽越本線]]が開通したことにより、輸送の主力は鉄道に取って代わられた。 戦後、国際港湾に指定され、主に[[ソビエト連邦|ソ連]]から[[北洋材]]を輸入していたが、[[最上川]]の[[河口]]に位置するために次第に手狭になり、[[1974年]]([[昭和]]49年)に、大型船舶への対応・酒田港の国際化・企業誘致を目的として、宮海地区の砂浜を埋め立てて酒田北港が開港した。しかし、臨港地区に誘致した企業がわずか5年で撤退するなど、不遇が続いた。 [[1995年]]([[平成]]7年)に、[[大韓民国|韓国]][[釜山広域市|釜山]]との[[コンテナ船|コンテナ]]航路が開かれ順調に取り扱いが増えている。他に、中国東北部からの穀物輸送のために、[[ロシア]]から[[アムール川]]を遡って[[中華人民共和国]][[黒竜江省]][[ハルビン市|ハルビン]]に到るユニークな国際航路「東方水上シルクロード」を開発し、専用船「木蘭」により中国東北部から穀物を輸入している。 近年、[[リサイクル]]ポートの一つに指定され、リサイクル工場の集積を図り、資源循環型社会の拠点になるために力を注いでいる。 定期旅客航路としては[[飛島 (山形県)|飛島]]との間に離島航路があり、長距離フェリーの誘致活動も行っている。また、[[海上保安庁]][[第二管区海上保安本部]]酒田海上保安部があり、[[つるぎ型巡視船|PS型巡視船「つるぎ」]]が配備されている。 鉄道では羽越本線の支線として、[[日本貨物鉄道]](JR貨物)の[[酒田港駅]]が設けられている。 ==年表== [[File:Sakata city center area Aerial photograph.1976.jpg|thumb|400px|酒田港と酒田市中心部周辺の空中写真。最上川河口の右岸に酒田の町は形成されている。1976年撮影の14枚を合成作成。<br/>{{国土航空写真}}。]] *[[1189年]] [[源頼朝]]によって滅ぼされた[[藤原秀衡]]の妹とも後室とも言われる徳尼公(とくにこう)が家臣36人とともに酒田市前森山に落ちのびる。徳尼公没後、遺臣は地侍となって酒田湊を開く。 *[[1672年]] 河村瑞賢により西回り航路を開かれる。 *[[1689年]] 俳人[[松尾芭蕉]]が酒田を訪れ、『暑き日を 海に入れたり [[最上川]]』の句を詠む。 *[[1813年]] [[船頭衆]]や[[廻船問屋]]の[[寄進]]で、港の入り口に[[常夜灯]]が建てられる。 *[[1884年]] 酒田港の改修が始まる。 *[[1885年]] 国策会社である[[日本郵船]]が誕生。国際航路3路線、国内航路11路線の[[命令航路]]を就航。うち1路線が酒田に寄港([[神戸港]]-[[小樽港]]線:週1往復。[[下関港]]、[[境港 (港湾)|境港]]、[[敦賀港]]、[[富山伏木港|伏木港]]、[[直江津港]]、[[新潟港]]、酒田港、[[秋田港|土崎港]]、[[函館港]]に寄港。時宜により、寿都港、江差港にも寄港) *[[1888年]] 越佐汽船(現[[佐渡汽船]])が[[新潟港]]-酒田港路線を就航。毎日1往復。 *[[1895年]] 宮ノ浦地区に、木造では日本最古の灯台である木造の白い六角灯台が立てられる。この灯台は後に移設され、通称「日和山灯台」として現存している。 *[[1914年]] 酒田で初めての鉄道路線となる[[陸羽西線]]が酒田まで開通し、酒田港に貨物駅として最上川駅(現・[[酒田港駅]])開業。[[1918年]]には[[羽越本線]]が酒田まで開通。これ以降、輸送の主力が海運から鉄道に変わる。 *[[1925年]] 港湾協会の定める第2種重要港湾に指定。 *[[1926年]] 国立倉庫が作られる。 *[[1938年]] [[鉄興社]](現・[[東北東ソー化学]])が[[大浜臨海工業地帯]]に工場を建設、操業を始める。 *[[1943年]] 初の造船会社となる国策会社「山形造船」ができる。 *[[1946年]] 酒田港の近代化を求める「酒田港湾維持連盟」が結成される。 *[[1951年]] 港湾法に基づく[[重要港湾]]に指定される。 *[[1952年]] 入国管理令による指定港となる。 *[[1957年]] 木材輸入港の指定。翌[[1958年]]、木材を積んだソ連船の初入港。 *[[1962年]] 10,000トン岸壁の竣工。 *[[1966年]] 国の港湾整備計画の中に、酒田北港を設置する「酒田臨海地域開発計画」が盛り込まれる。 *[[1970年]] 酒田北港の建設工事が始まる。 *[[1970年]] [[底質]]に基準を超える[[水銀]]が検出されたので浚渫を行う *[[1974年]] 酒田北港が開港。古湊ふ頭第3[[岸壁]]が完成し、第1船が入港。 *[[1977年]] 酒田北港に[[酒田共同火力発電所]]が完成、発電が始まる。 *[[1977年]] 酒田北港に[[住軽アルミ]]酒田工場が完成、操業を開始。 *[[1982年]] 住軽アルミ酒田工場が進出5年で工場閉鎖。酒田北港開発が大きく暗礁に乗り上げる。 *[[1984年]] -13m岸壁が完成。 *[[1989年]] 酒田港と[[飛島]]の間に、日本初の双胴船「[[ニューとびしま]]」が就航。 *[[1992年]] 酒田港から[[アムール川]]を経て[[中華人民共和国|中国]][[黒竜江省]][[ハルビン市]]を結ぶ「東方水上[[シルクロード]]」が開設される。 *[[1993年]] 「東方水上シルクロード」専用船となる貨物船「木蘭号」が初入港。 *[[1994年]] [[家畜伝染病予防法]]に基づく輸入指定港に指定。 *[[1995年]] [[大韓民国]][[釜山広域市|釜山]]との間に[[コンテナ]]航路が開設される。 *[[1997年]] [[山形自動車道]]が酒田ICまで開通。[[仙台市|仙台]]から酒田港まで2時間あまりで結ばれるようになった。 *[[1999年]] 酒田北港に酒田港のシンボルとして展望施設を兼ねた、現在の[[酒田灯台]]を設置。 *[[2000年]] 「酒田港多目的国際ターミナル」供用開始。ガントリークレーンが設置され、コンテナ荷役が迅速化される。「酒田港フェリー誘致協議会」設立。 *[[2001年]] 山形自動車道酒田みなとICが開通し、酒田港から高速道へすぐにアクセスできるようになる。 *[[2002年]] 「[[ニューとびしま]]丸発着所」がリニューアルオープン。 暫定水深7.5mの[[耐震]]強化岸壁の供用開始。 *[[2003年]] リサイクルポートに指定。「さかた海鮮市場」オープン。 *[[2004年]] 日本初の洋上[[風力発電]]所「サミットウインドパワー酒田発電所」が酒田北港に完成、発電を開始。 *[[2008年]] 韓国航路1便を減便。 ==定期旅客航路(船場町)== [[画像:酒田市定期航路事業所旅客ターミナル(全体).JPG|thumb|150px|right|酒田市定期航路事業所旅客ターミナル。ここから旅客船「ニューとびしま」が発着している。]] * [[飛島]]航路 「[[ニューとびしま]]」(1日1便~3便) ==定期国際コンテナ航路(高砂地区)== * [[釜山広域市|釜山]]航路 [[高麗海運]](週1便) ※荷役は、[[ガントリークレーン]]一基、タイヤマウント式ジブクレーン1基で対応。 ==油槽所(大浜地区)== * [[東西オイルターミナル]]([[新日本石油]]と[[コスモ石油]]の均等出資の[[油槽所]]管理会社)酒田油槽所 ** [[新日本石油精製]][[新日本石油精製室蘭製油所|室蘭製油所]]からタンカー輸送し、主に庄内地区に供給。 * [[ジャパンエナジー]]酒田油槽所 ** [[鹿島石油]]鹿島製油所からタンカー輸送し、主に庄内地区に供給。 == 外部リンク == {{commonscat|Port of Sakata}} * [http://www.pref.yamagata.jp/ou/kendoseibi/180033/yamagataport/sakatagaiyou.html 酒田港の概要] - 山形県 * [http://www.pa.thr.mlit.go.jp/sakata/index.html 国土交通省東北地方整備局 酒田港湾事務所] * [http://www.port-of-sakata.jp/ 酒田港ポートセールス協議会] * [http://www.city.sakata.lg.jp/ou/shoko/kowan/kuko/160810.html 酒田港] - 酒田市 {{デフォルトソート:さかたこう}} [[Category:東北地方の港湾]] [[Category:重要港湾]] [[Category:日本海側拠点港]] [[Category:山形県の交通]] [[Category:酒田市の交通]]
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