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那須野巧
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{{Infobox baseball player |選手名 = 那須野 巧 |英語表記 = |所属球団 = |役職 = |背番号 = |選手写真ファイル名 = LM-Takumi-Nasuno20100827.jpg |国籍 = {{JPN}} |出身地 = [[東京都]][[豊島区]] |生年月日 = {{生年月日と年齢|1982|10|4}} |没年月日 = |身長 = 192 |体重 = 84 |利き腕 = 左 |打席 = 左 |守備位置 = [[投手]] |プロ入り年度 = {{NPBドラフト|2004}} |ドラフト順位 = 自由獲得枠 |初出場 = 2005年5月15日 |最終出場 = 2009年5月10日 |年俸 = 2,160万円(2011年) |経歴 = <nowiki></nowiki> * [[駒場学園高等学校]] * [[日本大学硬式野球部|日本大学]] * [[横浜DeNAベイスターズ|横浜ベイスターズ]] (2005 - 2009) * [[千葉ロッテマリーンズ]] (2010 - 2011) |選出国 = |選出年 = |得票率 = |選出方法 = }} '''那須野 巧'''(なすの たくみ、[[1982年]][[10月4日]] - )は、[[東京都]][[豊島区]]出身の元[[プロ野球選手]]([[投手]])。 == 経歴 == === プロ入り前 === 子供のころは[[大阪近鉄バファローズ|近鉄バファローズ]]のファンで、[[大石大二郎]]や[[ラルフ・ブライアント]]がいた頃のスタメンは今でも諳んじることができる。[[駒場学園高等学校|駒場学園高]]では[[伊藤秀範]]と同期であった。 [[日本大学硬式野球部|日本大学]]では4年生春に5勝0敗、防御率0.39(1位)の活躍でチーム6季ぶりの優勝に貢献し、最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナインに選ばれた。第53回[[全日本大学野球選手権大会]]で準優勝して敢闘賞に選ばれた。[[世界大学野球選手権]]・[[日米大学野球選手権大会|日米大学野球]]両日本代表に選ばれる。[[東都大学野球連盟|東都大学リーグ]]通算50試合登板22勝10敗、防御率1.97、219奪三振。日大では[[佐藤義則]]以来8人目の20勝投手になる。 大学No.1左腕の評価を受け、[[2004年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)|2004年のプロ野球ドラフト会議]]で、[[希望入団枠制度|自由獲得枠]]で[[横浜DeNAベイスターズ|横浜ベイスターズ]]に入団。 === 横浜時代 === ルーキーイヤーの[[2005年]][[5月15日]]にプロ初登板・初先発。[[5月22日]]の対[[埼玉西武ライオンズ|西武]]戦で先発し5回を4失点(自責点は2)でプロ初勝利を挙げた。即戦力と期待されながらも僅か1勝に終わった。シーズン最終登板のヤクルト戦でその日引退試合だった[[佐藤真一]]に流し打ちであわやホームランという大飛球(フェンス直撃の二塁打)を浴びた。 [[2006年]]、主に[[鶴岡一成]]とのバッテリーで、交流戦を中心に活躍した。開幕から好調を維持し、8月18日を終えた時点で83回を投げて防御率2.71と横浜投手陣上位の成績だった。その後は突然制球を乱す場面が目立ち、3試合合計で12.1回自責点18と打ち込まれ、結果として防御率4.05となってしまった。8月11日の[[東京ヤクルトスワローズ|東京ヤクルト]]戦では8回まで5安打の好投を見せ、点差も5点差と安全な状況から突然[[四球]]を連発し、9回無死[[満塁]]のピンチを招き降板。プロ初[[完投]]を逃している。試合は交代した[[マーク・クルーン]]が後続3人を抑え勝利。 [[2007年]]は契約金問題([[#契約金問題|後述]])が発覚。プレーでは4月にプロ初セーブを記録。[[大矢明彦]]監督の下で手薄な左の[[リリーフ]]として1年間起用され、[[木塚敦志]]に次ぐチーム2位の63試合に登板し、防御率3.79の成績を残した。オフに左肩甲骨下角滑液包炎(かかくかつえきほうえん)治療のため手術を行った。 [[2008年]]は先発ローテーションに復帰。シーズンを通して安定度を欠き、5回前後で交代する試合が目立った。最終的に22試合80.2回投げながらわずか5勝、リーグワースト2位の12敗、防御率6.47という成績に終わった。 [[2009年]]は主に左の中継ぎとして起用されたが、怪我もあり12試合の登板に終わった。防御率も11.57と前年の倍近くに悪化。シーズン終了後の11月9日、[[清水直行]]との1対2の交換トレードで[[齋藤俊雄]]と共に[[千葉ロッテマリーンズ]]へ移籍<ref>{{cite news | title=横浜、ロッテ清水獲得を発表へ | url=http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20091109-564340.html | date=2009-11-09 | publisher=nikkansports.com | accessdate=2009-11-10}}</ref>。 === ロッテ時代 === [[11月15日]]に入団発表が行なわれ、背番号は「'''47'''」に決定。{{by|2010年}}はプロ入り初の一軍登板無しに終わった。二軍では19試合登板で4勝4セーブ、防御率4.75という結果だった。 {{by|2011年}}も一軍での登板は無く、二軍でも僅か9試合の登板、防御率5点台に終わった。10月9日、[[戦力外通告]]を受け<ref>[http://www.marines.co.jp/news/detail/8059.html 戦力外通告のお知らせ] - 千葉ロッテマリーンズ・オフィシャルサイト 2011年10月9日</ref>、12月2日、自由契約公示された。 == 詳細情報 == === 年度別投手成績 === {| {{投手成績|リーグ=日本プロ野球}} |- |style="text-align:center;"|{{by2|2005}} |rowspan="5" style="text-align: center;"|[[横浜DeNAベイスターズ|横浜]] |8||4||0||0||0||1||2||0||0||.333||109||22.0||32||5||12||0||0||16||1||0||22||20||8.18||2.00 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2006}} |16||16||0||0||0||3||8||0||0||.273||417||95.1||92||11||49||1||1||66||8||0||49||43||4.05||1.48 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2007}} |63||1||0||0||0||4||5||1||12||.444||276||61.2||68||6||26||1||1||43||5||0||29||26||3.79||1.52 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2008}} |22||17||0||0||0||5||12||0||0||.294||369||80.2||98||16||33||0||4||55||5||0||61||58||6.47||1.62 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2009}} |12||0||0||0||0||0||0||0||2||----||34||7.0||9||1||5||0||0||5||1||0||9||9||11.57||2.00 |- !colspan="2"|通算:5年 |121||38||0||0||0||13||27||1||14||.325||1205||266.2||299||39||125||2||6||185||20||0||170||156||5.27||1.59 |} * 2011年度シーズン終了時 === 記録 === ;投手記録 * 初登板・初先発:2005年5月15日、対[[北海道日本ハムファイターズ]]3回戦([[札幌ドーム]])、6回4失点で敗戦投手 * 初奪三振:同上、1回裏に[[木元邦之]]から見逃し三振 * 初勝利・初先発勝利:2005年5月22日、対[[埼玉西武ライオンズ|西武ライオンズ]]3回戦([[横浜スタジアム]])、5回4失点 * 初ホールド:2007年4月7日、対[[中日ドラゴンズ]]2回戦([[ナゴヤドーム]])、8回裏に4番手で救援登板、1回無失点 * 初セーブ:2007年4月24日、対[[読売ジャイアンツ]]4回戦([[県営宮城球場|フルキャストスタジアム宮城]])、8回裏1死に6番手で救援登板・完了、1回2/3を無失点 ;打撃記録 * 初安打:2008年4月16日、対[[東京ヤクルトスワローズ]]5回戦([[明治神宮野球場]])、4回表に[[館山昌平]]から中前安打 * 初打点:同上、5回表に[[加藤幹典]]から中前適時打 === 背番号 === * '''13''' (2005年 - 2009年) * '''47''' (2010年 - 2011年) == 脚注 == {{reflist}} == 関連項目 == * [[東京都出身の人物一覧]] * [[日本大学の人物一覧]] * [[横浜DeNAベイスターズの選手一覧]] * [[千葉ロッテマリーンズの選手一覧]] {{横浜ベイスターズ2004年ドラフト指名選手}} {{DEFAULTSORT:なすの たくみ}} [[Category:日本の野球選手]] [[Category:日本大学硬式野球部の選手]] [[Category:横浜DeNAベイスターズ及びその前身球団の選手]] [[Category:千葉ロッテマリーンズ及びその前身球団の選手]] [[Category:東京都出身の人物]] [[Category:1982年生]] [[Category:存命人物]]
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