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足利銀行
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{{Notice|この項目において、外部の個人サイトやブログ・電子掲示板などを出典とする記述や投稿者個人の推定に基づく記述、投稿者個人が目撃した事象の記述を投稿するのは'''[[Wikipedia:検証可能性|検証可能性]]を満たさない[[Wikipedia:独自研究は載せない|独自研究]]'''に該当しますので、絶対に記載しないで下さい。||attention}} {{出典の明記|date=2012年2月}} {{基礎情報 会社 |社名= 株式会社足利銀行 |英文社名=The Ashikaga Bank, Ltd. |ロゴ= |画像=[[画像:Ashikaga Bank Headquarters 2013-07-17.jpg|250px]] |画像説明=本店(2013年) |種類= [[株式会社 (日本)|株式会社]] |市場情報= 非上場 |略称= |国籍= {{JPN}} |本社郵便番号= |本社所在地=[[栃木県]][[宇都宮市]]桜四丁目1番25号 |設立= [[1895年]](明治28年)[[9月25日]] |業種= 7050 |統一金融機関コード=0129 |SWIFTコード= ASIKJPJT |事業内容= 預金業務、貸出業務、有価証券売買業務・投資業務、為替業務など |代表者= 代表執行役頭取 松下正直<br /> (平成26年6月26日就任) |発行済株式総数=13億4,052万株<br />(平成25年3月31日現在) |資本金 =1,350億円 <br />(平成25年3月31日現在) |売上高 = |営業利益 = |純利益 = 単体:246億44百万円<br />(平成25年3月31日現在) |純資産 = 単体:2,439億93百万円<br />(平成25年3月31日現在) |総資産 = 単体:5兆3,686億84百万円<br />(平成25年3月31日現在) |従業員数 3,116名<br />(平成25年3月31日現在) |決算期 = 3月31日 |主要株主 =[[足利ホールディングス]] 100% |主要子会社 =足利信用保証株式会社 |関係する人物 = |外部リンク= [http://www.ashikagabank.co.jp/ 足利銀行] |特記事項 = }} {{基礎情報 銀行 |銀行 = 足利銀行 |英名 = |英項名 = |統一金融機関コード = |SWIFTコード = |代表者種別 = |氏名 = |店舗数 ='''152'''店 |従業員数 = |資本金 = |総資産 = |貸出金残高 ='''3兆7,752億20百万'''円 |預金残高 ='''4兆7,821億56百万'''円 |設立日 = |郵便番号 = |所在地 = |外部リンク = |特記事項 =(平成25年3月31日現在) }} '''株式会社足利銀行'''(あしかがぎんこう、[[英語|英称]]:''The Ashikaga Bank, Ltd.'')は、[[栃木県]][[宇都宮市]]に本店を置く[[地方銀行]]。「あしぎん」の[[愛称]]で親しまれる。 == 概要 == 栃木県と県内25市町の[[指定金融機関]]である<ref group="注">[[真岡市]]は[[常陽銀行]]と2年毎の輪番制、[[高根沢町]]は[[栃木銀行]]を指定。</ref>。本拠地の栃木県を含む[[北関東]]地域一帯に98の本支店と49の出張所があり、同銀行の貸出金シェアは栃木県内で約5割、[[中小企業]]向けでは約8割に達する"ガリバー銀行"である。栃木県に次ぐ拠点数の埼玉県内については北部([[秩父鉄道]]線沿線)と南部([[中山道]]・[[日光街道]]沿い)に集中して出店している。 [[バブル経済]]期に[[北海道拓殖銀行]]などと同じく地場でのリゾート開発や、本拠地外である東京での法人融資を拡大し、[[不良債権]]が増加。拓銀・[[山一証券|山一]]・[[日本長期信用銀行|長銀]]など大手金融機関の破綻が相次いだ[[1998年]](平成10年)前後の金融不況は乗り越えたものの、その後の[[金融再生プログラム]]において[[繰延税金資産]]の資産計上監査を厳密化した結果、債務超過であることが判明{{Sfn|竹中平蔵|2006|p=129}}。同年11月に[[特別危機管理銀行]]に指定され事実上の経営破綻となる。2002年には定期預金[[ペイオフ (預金保護)|ペイオフ]]が解除されているが、金融システムへの影響を懸念して[[預金保険機構]]が全株式を強制取得し一時国有化となり、定期預金ペイオフは回避された。 [[産業再生機構]]と連携した企業再生支援などによる[[不良債権]]処理の進捗や、栃木県内の一部の支店をリテール業務に特化した出張所への格下げ転換などによる経営のスリム化を進め、[[2008年]](平成20年)7月に、預金保険機構が[[足利ホールディングス]]へ売却し、一時国有化が解消され、破綻処理は完了した。 == 歴史 == [[File:Ashikaga Bank Headquarters 1895.jpg|thumb|right|初代本店]] === 逃げの足銀 === [[1895年]](明治28年)[[9月25日]]、24歳の荻野万太郎が初代頭取として、当時の足利町(現[[足利市]])の繊維業者を中心に創設された。以後、[[両毛]]地区を基盤に発展する。 当時より地元密着・堅実経営で知られ、地元の繊維産業に対する融資は手形割引を中心とする短期貸出により行われた。また融資に際しては、不動産担保は忌避され、担保物権の現金化が迅速に行える棚卸資産担保が好まれた。不渡手形が生じた貸出先があると、行員が昼夜交代で会社の前に張り込み、棚卸資産を手に入れようとする他の債権者を追い払い、素早く処分したため、他行からは「逃げの足銀」「石橋をたたいても渡らない」と言われた。 [[第百銀行|川崎銀行]]([[三菱銀行]]の前身)から派遣された[[亀山甚]]が実質的に経営の指揮をとり地方銀行としては最初に[[1914年]](大正3年)5月には東京支店を開設して情報収集機能を強化した。また、[[東京川崎財閥]]との提携では大不況の到来を察知し、[[1920年]](大正9年)、融資額の実に3分の1を回収し、その後の[[昭和金融恐慌]]による貸倒被害を最少限に抑えた。 [[1944年]](昭和19年)までの戦時統合にて、県内6行を合併・12行を営業譲受し、一県一行となる現在の足銀が発足した。これ以降、歴代頭取は[[日本銀行]]出身の遠田淳・藤松正憲・関根太郎、[[日本興業銀行]]出身の岡一雄と、4代続けて東京財界出身者によって占められたが、彼らは、東京にて昭和金融恐慌を直接経験した世代であり、漫然たる融資を常に諌め足銀伝統の「地元密着・堅実経営」の姿勢を崩さなかった。[[1967年]](昭和42年)、本店を県都・[[宇都宮市]]に移転し、現在に至る。 === 生抜き頭取 === しかし、プロパー行員からは"生抜き頭取"を望む声はかねてから強く、そんな中で衆目を集めていたのが向江久夫であった<ref>「[http://www.47news.jp/CN/200611/CN2006111801000291.html 47NEWS 向江久夫氏死去 元足利銀行頭取]」『共同通信』 2006年11月18日</ref>。 向江は、もともと[[鹿児島県]]出身、[[陸軍幼年学校]]から[[陸軍士官学校 (日本)|陸軍士官学校]]卒で終戦時には[[陸軍大尉]]。後に[[東京大学]][[法学部]]に入学し在学中に[[高等文官試験]]司法科に合格したが、終戦時に[[大日本帝国陸軍|陸軍]][[将校]]であったため[[公職追放]]により[[法曹]]界には入れなかった。[[1947年]](昭和22年)、27歳の時に[[日本銀行|日銀]][[理事]]の紹介で足銀に入行し、陸軍士官・東大卒・司法試験合格という華麗なる経歴は、[[1948年]](昭和23年)に[[全国銀行協会]]懸賞論文で一位入選したことで、「足銀に向江あり」と全国に知れ渡り、将来の頭取候補と言わしめられるようになる。 その後、入行10年目の37歳で大阪支店長、39歳で東京支店長、[[1965年]](昭和40年)には43歳の若さで取締役に就任(ちなみに、自宅は東京都内に構え役員就任以後は本店のある宇都宮に単身赴任をしていた)、[[1978年]](昭和53年)には満を持して、初の生抜き頭取(当時の呼称は社長、その3年後に頭取へ変更)に就任し、[[1997年]](平成9年)に会長を退くまで19年に渡り[[ワンマン]]経営者として足銀に君臨する。 1970年代に[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]に対する[[コルレスバンク]]となり、同国と日本の銀行間での[[外国為替|海外送金]]業務を取り扱いを開始。 === バブル経済 === [[バブル経済]]に差し掛かると向江頭取の号令により、当時の足銀は行内で「鶴翼作戦」([[鶴]]の胴体が栃木、頭は仙台・郡山、右翼が茨城、左翼は群馬・埼玉、そして尾は、東京・名古屋・大阪を指したという)と呼ばれる融資拡大路線を展開する。後に、"融資効率化"と称して審査部門と新規営業部門を統合する本部機構改革を行い、野放図な融資姿勢を鮮明にする。 [[1975年]](昭和50年)に93ヶ店だった店舗数は、20年後には212ヶ店と2倍以上に増加し、[[1985年]](昭和60年)に2兆3000億円だった貸出金は[[1995年]](平成7年)には4兆8000億円となった。当時の中曽根民活による[[総合保養地域整備法|リゾート法]]の追い風もうけ、[[建設業]]・[[不動産業]]から[[鬼怒川温泉]]や[[那須]]の[[ゴルフ場]]といった地元観光業、[[パチンコ店]]・[[飲食店]]などに過剰融資を行った。地元で賄い切れない融資額は埼玉・東京に流れ、一時、東京支店の貸出残高が本店営業部を抜き、都内支店(東京・渋谷・日本橋・新宿新都心・赤羽)の貸出金総額は1兆円を超えた。つまり、地銀でありながら地元の[[北関東]]で集めた資金を東京他県外で運用していたことになる。さらに、足銀本体以外にも系列ノンバンクである[[北関東リース]](宇都宮)・足銀ファクター(宇都宮)・[[足銀リース]]([[伊勢崎市]])・あしぎん[[抵当証券]]([[大宮市]])を通じて過剰な不動産融資を積極的に行った。当時、これに疑問を呈する向きは少なく、逆に「地銀の雄」「地銀の[[住友銀行]]」などと賞賛された。[[1989年]](平成元年)7月、向江は[[全国地方銀行協会]]副会長に就任、翌年には足銀の預金順位は地銀第5位となり栄華を極めていた。 ==== 不正融資 ==== 後の経営破綻後、銀行に損害を与えた不正融資として[[預金保険法]]116条1項に基づき、当時の経営陣に対して損害賠償訴訟が起こされたものとして次の2案件がある。 *埼玉県[[荒川村 (埼玉県)|荒川村]](現:[[秩父市]])の荒川観光開発株式会社。1988年に地元の土木業らが設立し会員制ゴルフ場を建設していたが、バブル崩壊により[[ゴルフ会員権]]販売による土地取得費の回収すら困難な状況となった。しかし、1993年12月に当時の専務2名が十分な担保を取らずに建設資金92億円の追加融資を決定した(融資総額119億円)。[[1998年]]11月に会員権700万円の「秩父キングダムカントリークラブ」として開業したが不良債権化した<ref>2005年に会員が株式会社秩父の杜カントリークラブを設立し、法的整理を行わず荒川観光開発から施設を取得することに成功し営業継続中。</ref> *煉瓦窯<small>([[旧下野煉化製造会社煉瓦窯]])</small>が重要文化財に指定されている1888年創業の株式会社シモレン([[野木町]])。[[生コンクリート|生コン]]など建築材料の製造・販売を本業としていたが、1992年前後に当時の社長が[[乗馬]]クラブ事業へ進出を決定。足銀は採算性や資力を考慮せず過剰融資(約100億円)を行い、1994年に入会金1千万円の「ロイヤルホースライディングクラブ<ref>シモレンの経営悪化により2000年に閉鎖。2006年に[[古河市]]のプラスチック製造加工業・北進産業により「渡良瀬北斗乗馬倶楽部」として再開業するも2012年10月に再び閉鎖され、同年12月から「[[クレイン]]栃木」として営業中。</ref>」として開業した。 :シモレンは乗馬クラブ開業による赤字を隠蔽するために[[粉飾]]するようになり、1999年に同社は足銀に謝罪。これを受け、足銀は他の取引金融機関に対しては粉飾を秘匿とし、同社に約100億円の融資枠を設定した。後に、2000年9月に秘匿のまま他の金融機関に同社の[[手形]]を引受けさせて融資額を減少させるよう[[みすず監査法人|中央青山監査法人]]の担当[[公認会計士|会計士]]が融資第2部長らに助言し、足銀の2001年3月期決算でシモレンの不良債権を隠蔽しつつ中央青山は監査の適正意見を表明していた事が2005年10月28日になって報道されている<ref>「中央青山会計士が足利銀に助言」[[朝日新聞東京本社]] 2005年10月28日</ref>。 これらは2004年に掲載した[[読売新聞東京本社]]栃木県版での特集記事に詳しく記されている(出典<ref>[http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/056/1.htm 検証 足銀破たん 第2部「向江時代」]</ref><ref>[http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/042/ 検証 足銀破たん 第3部「不透明な融資」]</ref>)。 === 経営危機と地元の支援 === [[バブル崩壊]]後に無理な拡大路線が災いし[[不良債権]]が増加。1994年3月期決算では、破綻先債権額は632億円にも上った。こうした経営不安から[[1997年]](平成9年)秋には[[取り付け騒ぎ]]が発生、親密であった[[東京三菱銀行]](現・[[三菱東京UFJ銀行]])から1,000億円にのぼる資金調達や[[リストラ]]策公表、地元取引先の支援などで沈静化するまでに同年9月末の総預金は5兆3,740億円は、1年後には5兆856億円に急減し3,000億円近くもの預金が流出した。 * [[1999年]](平成11年)から2000年(平成12年)にかけ計3回にわたり総額1350億円の[[公的資金]]投入を受け、同年11月には自己資本の増強をめざし6000万株の[[優先株]](1株額面500円、計300億円)を発行。 * [[2001年]](平成13年) [[不良債権]]処理を進め2003年(平成15年)3月期決算に[[V字]]回復を目標とする経営改善計画「あしぎん改善計画 プロジェクトA」を発表。 * 同年8月に地元財界人を中心に行内に経営諮問委員会を設置したが、景気低迷もあって健全化計画は思うように進まなかった。2002年(平成14年)3月期決算予想は1101億円の大幅純損失となり<ref>{{Cite web|url=http://www.fsa.go.jp/kenzenka/f_h131221/ashikaga/ashikaga.pdf|title=足利銀行「経営健全化計画」の履行状況に関する報告書(平成13年12月)|language=日本語|accessdate=2013-8-12}}</ref>、優先株も無配とした(同期に[[北陸銀行]]・[[岐阜銀行]]も追従し、整理回収機構を通じて金融庁の[[議決権]]行使を受けている)。 * [[2002年]](平成14年)1月に約300億円の普通株増資を行った(1株114円)。なお、一連の増資で栃木県および県内12市が総額10億2000万円の株を[[公的資金]]で引き受けた。 [[2000年]](平成12年)12月に親密融資先の[[上野百貨店]](負債総額164億円)が[[会社更生法]]を申請。2001年(平成13年)10月には不正融資の舞台となったシモレンが[[民事再生法]]を申請し(足銀の不良債権額約130億円、翌年[[破産]]宣告)[[倒産]]した。 [[2002年]](平成14年)に『[[北朝鮮による日本人拉致]]疑惑』がマスコミで取り上げられるようになると、同年4月に北朝鮮向けコルレス業務を取扱が少ない事を理由に打ち切った。同年9月の[[日朝首脳会談]]以降、日本と北朝鮮を繋ぐ手段として[[万景峰号]]と並ぶ形でコルレス業務がクローズアップされるようになったが、マスコミが取り上げたタイミングでは前出の通り既に取りやめていた。 [[2003年]](平成15年)3月には子会社・北関東リースとの[[株式移転]]で[[金融持株会社]]「'''[[あしぎんフィナンシャルグループ]]'''」を設立し、同社の完全子会社となったが<ref>「[http://www.47news.jp/CN/200212/CN2002120901000452.html 47NEWS足利銀が持ち株会社設立 優先株の配当原資確保へ]」『共同通信』 2002年2月9日</ref>、これは同3月期に単体で赤字だった同銀行の[[優先株]][[復配]]を果たす目的なのが明白であり、多くの批判を受けた。 === 経営破綻 === {{See also|金融再生プログラム}} [[2003年]](平成15年)3月期決算に関して、[[金融庁]]の立ち入り検査が同年9月2日から11月11日までの長期間行われた。10月には[[夕刊フジ]]が“政府が国有化検討している危ない地銀”として数回報道<ref>「関東の某有名地銀、金融庁が国有化準備首相、総選挙にも決断? 債務超過なら破綻処理」夕刊フジ 2003年10月21日</ref>するも[[ゴシップ]]の域を出なかったが、11月12日に[[ウォール・ストリート・ジャーナル]]が“''日本政府が足利銀行に公的資金注入を検討している''”旨のスクープを報道<ref>「あしぎんFGへの公的資金注入を検討中=米AWSJ紙」 [[時事通信]] 2003年11月13日</ref>した(足銀側と政府首脳の[[竹中平蔵]]・[[小泉純一郎]]はいずれも否定)。日本の夕刊紙・週刊誌も14日以降相次いで危ない地銀として経営破綻の虞を名指しで報じるようになった<ref>「[http://kodansha.cplaza.ne.jp/wgendai/top_news/20031206/top_3/main.html 足利銀行から始まる地銀大整理!]」[[週刊現代]] 2003年11月</ref>。11月17日に[[ムーディーズ]]が政府の支援を受ける方向に入った足銀の預金[[格付け]]の引き上げを検討と報じられると、11月19日にあしぎんFG株価は100円を突破するなど乱高下するようになる<ref>「あしぎんが100円回復 ムーディーズの格上げ検討が刺激に」株式新聞 2003年11月19日</ref>。11月22日、同月25日予定としていた2003年9月期中間決算発表を“金融庁検査が延びた”事を理由に延期することを発表<ref>「あしぎんに検査結果を通知 監査法人と決算を協議へ」[[共同通信]] 2003年11月22日</ref>、この時点で破綻は現実味を帯びるようになった。 11月27日、金融庁が検査結果を通知し、[[繰延税金資産]]計上が過大であるとして2003年3月期時点で[[債務超過]]であると認定(この時点では非公表)。[[会計監査]]を担当する中央青山監査法人(後の[[みすず監査法人]])と協議するも、2003年9月期の中間決算において[[繰延税金資産]]を計上しないよう通告{{Sfn|竹中平蔵|2006|p=129}}した。これを受け、翌11月28日午前には[[日本経済新聞|日経新聞]]朝刊・[[ロイター]]が『''政府、足利銀行へ公的資金投入へ 処理方式は現段階では未定''』などとスクープ記事を配信し、東証はあしぎんFG株を売買停止としたが、あしぎんFG側は憶測に基づく記事として否定し、同日13時30分から売買再開となった。しかし、同日の夕刊には『足利銀行に公的資金 政府、最終調整 金融庁検査で3月期債務超過<ref>読売新聞東京本社 2003年11月28日夕刊</ref>』などと一面記事になり、[[NHKニュース]]でも同日午後には『足利銀行への公的資金投入問題 栃木県知事 県民も冷静な対応を』と報じた。 そして11月29日(土曜日)早朝、金融庁の検査結果が2003年3月期決算時点で債務超過であったことが公となり、自主経営を断念せざるを得ない状態となった旨がニュース番組や新聞各紙の朝刊で報じられる。一部の行員は朝に職場へ召集させられ、[[預金保険法]]102条第1項の3号措置を受ける事を通告させられたという。その後、本店での取締役会で足銀ならびにあしぎんFGの9月期中間決算を承認。21時から[[小泉純一郎]]内閣総理大臣を議長とする[[預金保険機構|金融危機対応会議]]が[[首相官邸]]で開催され、[[2001年]](平成13年)に制定された[[預金保険法]]102条第1項の3号措置による一時[[国有化]]('''[[特別危機管理銀行|特別危機管理]]''')が決定された。これに伴い、足利銀行および上場親会社の[[あしぎんフィナンシャルグループ]]は[[会社更生法]]を[[東京地方裁判所|東京地裁]]へ申請し、名実ともに[[経営破綻]]した。同日23時に本店で記者会見を開き、日向野善明頭取ら経営陣が総辞職した。 3号措置および[[特別危機管理銀行]]の発動は初で、[[全国地方銀行協会]]加盟の(第1)地方銀行の破綻も現状唯一である(2011年時点)。 栃木県財界および[[森山眞弓]]ら地元選出国会議員は、[[預金保険法]]102条第1項の1号措置(いわゆる「[[りそな銀行]]方式」、預金保険機構の増資による資金注入でそのまま存続できる)を要請していた{{Sfn|竹中平蔵|2006|pp=131-132}}。しかし、りそな銀行の場合は[[自己資本比率]]の極端な低下という財務状況であったが{{Sfn|竹中平蔵|2006|pp=131-132}}、当行は金融庁検査の段階で[[債務超過]]([[自己資本比率]]がマイナス)が認められていた為、破綻処理とそれによる株主責任を選ばざるを得なくなった(政府には株主を救済せよという声が寄せられた){{Sfn|竹中平蔵|2006|pp=131-132}}。足利銀行単体の[[2003年]](平成15年)3月期決算の自己資本比率は([[粉飾決算|粉飾]]による見かけ上)4.54%だったが、特別危機管理決定後の[[金融庁]]の検査で、233億円の債務超過と認定された。 :(出典:「[http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/030/ シリーズ検証 足銀破たん]」読売新聞東京本社栃木版) 同年12月に預金保険機構の指名により[[横浜銀行]]出身の[[池田憲人]]が頭取に就任{{Sfn|竹中平蔵|2006|pp=131-132}}<ref name=ikeda />。また、預金保険機構が完全親会社のあしぎんFGから当行全株式を強制的に取得し、足銀とあしぎんFGは資本上無関係となった。 === 破綻後 === 預金は全額保護で引出請求も従前通り行われるため、ATM休日稼働日の11月30日(日曜日)および最初の窓口営業日となる12月1日以降、目立った[[取り付け騒ぎ]]は発生しなかった。しかしながら破綻により、[[法人]]・[[自営業]]者向けを中心とした[[不良債権]]の一部を[[整理回収機構]]が取得(債権譲渡)し、新規融資が停止された上で同機構から融資先へ強引な[[債権回収]]が行われる等、[[北海道拓殖銀行]]の事例と同じく本拠地の地域経済への影響が見られた。特にバブル期の過剰融資で改築・開業し、営業不振となっていた[[日光]]や[[那須]]などの旅館・ホテル業では影響が深刻であり、[[産業再生機構]]の再生支援案件以外は殆どが[[倒産]]に追いやられ、[[競売]]により他者が不動産を獲得するパターンが続出した。[[ゴルフ場]]においても1980年代のバブル期前後に開業した施設は[[ゴルフ会員権|預託金返還]]時期到来と重なった事で、他社への売却による清算や倒産による経営断念が見られた。 また、当行をメインバンクとする11企業が[[産業再生機構]]へ再生支援を申請しているが、当該企業と連名で支援を申請した金融機関は当行が最多である。主な支援入り案件はホテル四季彩(日光)や[[あさやホテル]]、金谷ホテル観光(鬼怒川温泉ホテル・名古屋金谷ホテル<ref>2006年に売却され、[[グランビスタ ホテル&リゾート|三井アーバンホテル]]名古屋を経て、2013年から[[ウィークリーマンション東京|ホテルマイステイズ]]名古屋栄となっている。</ref>等)、[[関東自動車_(栃木県)|関東自動車]]、栃木皮革が挙げられる<ref>「[http://www.47news.jp/CN/200406/CN2004060401003829.html 47NEWS 日光のホテル四季彩支援 産業再生機構]」『共同通信』2004年6月4日 </ref><ref>「[http://www.47news.jp/CN/200411/CN2004112601003735.html 47NEWS 関東自動車の支援を決定 機構、足銀取引先で3件目]」『共同通信』 2004年11月26日</ref>。 ==== 経営責任 ==== [[2005年]](平成17年)2月に足利銀行(池田頭取)は、貸倒引当金の過小引当てや繰延税金資産の水増しなど不正会計、荒川観光開発とシモレンに対する不正融資、2001年3月期決算における優先株の違法配当により銀行に損害を与えたとして[[預金保険法]]116条に基づき、向江久夫・元会長ら歴代頭取3名を含む元役員13人を相手取り総額46億円の[[損害賠償]]請求を[[宇都宮地方裁判所]]に3件提訴した。 :[[2007年]](平成19年)9月および2008年(平成20年)3月、柳田美夫元頭取ら元役員9人とは個人資産のうち当面の生活資金としての100万円分以外を処分し賠償に充てることで一部和解が成立(処分財産の無い1名に対しては[[自己破産]]申請により免責)。和解調書には"重大な任務懈怠があった"として経営責任を認める文言が明記された。 荒川観光開発への追加融資では賠償請求権を譲受した整理回収機構が足銀に損害を与えたとして、実行役の元専務2名に対して損害賠償訴訟を提起し、2010年(平成23年)3月に宇都宮地裁が整理回収機構へ18億円の支払いを命じる判決<ref>[http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010031801000819.html 足利銀訴訟で18億円賠償命令 元専務2人に宇都宮地裁] [[47NEWS]]([[下野新聞]]) 2010年3月18日</ref>を下した。被告人は上訴するも同年12月の二審東京高裁で棄却され賠償が確定した<ref>[http://www.47news.jp/news/2010/12/post_20101201180922.html 足利銀元専務ら二審も賠償命令 ゴルフ場開発融資] 47NEWS(下野新聞) 2010年12月1日</ref>。本件に対しては向江の監督責任も問われ、2009年3月に遺族が責任を一部認め、7000万円の賠償を整理回収機構に支払うことで和解している。 経営陣に対する刑事事件としての立件も検討されたが、経営陣が違法配当を部下に意図的に指示した証拠が得られず、また当時は業界内で繰延税金資産の計上に関する指針が明確でなかったとする専門家の意見があったため、刑事事件として立件されなかった。 粉飾決算を見過ごしたとして中央青山監査法人と担当会計士に対しても損害賠償請求を提訴していたが、2007年7月、足銀側が2億6500万円の和解金を受け取ることで[[和解]]が成立した<ref>{{Cite web|date=2007-07-02|url=http://www.ashikagabank.co.jp/news/pdf/abk_q742.pdf|title=民事提訴事件の一部和解について|publisher=足利銀行|accessdate=2011-11-10}}</ref>。 === 一時国有化離脱へ === [[2006年]](平成18年)11月2日、金融庁は受け皿(スポンサー)に求める基本的な条件を提示し、受け皿候補の公募を宣言した。 その後2段階の審査を経て、翌年9月21日に同庁は受皿の最終審査に入ることを発表、同年11月22日までに受皿候補より同行の企業価値評価を含む譲受条件等の提出を受けた。 二次選考を通過したスポンサー候補は次の通り * [[野村ホールディングス]]の[[ベンチャーキャピタル]]を中心とした投資グループの出資で設立する持株会社(「野村グループ連合」) * [[シティグループ証券|日興シティグループ証券]]が主幹事となって、[[横浜銀行]]・[[東邦銀行]]・[[山梨中央銀行]]および[[好日会|火曜会]]参加行([[千葉銀行]]・[[常陽銀行]]・[[八十二銀行]])を中心とした地銀と、[[日本生命保険]]、[[東京海上日動火災保険|東京海上日動]]の出資で設立する持株会社(「地銀連合」) * (旧)[[みずほ証券]]を主幹事としたベンチャーキャピタル * [[大和証券SMBC]]と[[栃木銀行]] * [[ローンスター]] このうち野村連合と地銀連合が出資額などで一騎打ちとなり、それ以外は資力や経済界の反発で落選となった。当初は地銀連合が有力視されていたが、[[2008年]](平成20年)3月14日、金融庁は足利銀行を[[野村ホールディングス|野村グループ]]連合が設立する'''[[足利ホールディングス]]'''への売却を内定した<ref>「[http://toyokeizai.net/articles/-/1017 足利銀行受け皿に野村陣営、再上場に向けた課題]」『東洋経済オンライン』 2008年3月24日</ref><ref>「[http://diamond.jp/articles/-/6523 足利銀行の受け皿決定が半年以上遅れた“真相” ]」『週刊ダイヤモンド』 2008年3月24日</ref>。株式譲渡額は1200億円。 一般的に破綻した銀行がスポンサーを得て再建する場合、新たに設立した銀行へ譲渡するか承継銀行に吸収されることにより銀行名が事実上改称されるのが通例であるが([[北海道拓殖銀行]]、[[わかしお銀行]]、[[東京スター銀行]]等)、当行のケースでは[[新生銀行]]・[[あおぞら銀行]]などと同じく創業時の法人格のまま親会社が異動するのみとなり、商号については足利ホールディングス側の意向で地域におけるネームバリュー等を考慮し、現行名を維持する方向となった。 [[2008年]](平成20年)[[7月1日]]、当行の株式を[[足利ホールディングス]]が取得したことで傘下に入り、特別危機管理体制から解放された<ref name=kyodo>「[http://www.47news.jp/CN/200807/CN2008070101000322.html 47NEWS 新生足利銀がスタートへ 国有化終了、野村傘下で]」『共同通信』 2008年7月1日</ref><ref name=end>{{PDFlink|[http://www.ashikagabank.co.jp/news/pdf/abk_q822.pdf 特別危機管理の終了ならびに役員の異動および増資の完了について]}} 株式会社足利銀行 平成20年7月1日</ref>。 == 沿革 == * [[1895年]] ** [[9月25日]] 栃木県足利郡足利町(現・[[足利市]])に'''株式会社足利銀行'''設立。 ** [[10月1日]] 旧本店(現在の足利商工会議所所在地)で営業開始。 * [[1897年]][[11月]] [[群馬県]]山田郡桐生町(現・[[桐生市]])に第1号支店開設。 * [[1914年]][[5月]] 東京支店開設。 * [[1924年]] ** [[8月5日]] 宇都宮商業銀行と合併。 ** [[9月1日]] 宇都宮支店及び新石町支店開設。 * [[1930年]]11月 単独で栃木県金庫事務の取り扱い開始。 * [[1933年]][[4月26日]] 鹿沼興業銀行を実価で譲り受ける。 * [[1935年]]4月26日 烏山銀行を吸収合併。 * [[1936年]] ** [[5月17日]] 益子銀行を吸収合併。 ** [[5月31日]] 栃木農商銀行を吸収合併。 ** [[8月8日]] 久下田銀行を買収し、合併。 ** [[11月30日]] 黒羽商業銀行を吸収合併。 * 1937年[[8月]] 那須商業銀行を吸収合併。 * [[1939年]][[6月]] 預金1億円達成。 * [[1944年]][[3月6日]] 下毛貯蓄銀行を併合、栃木県内一行体制確立。 * [[1961年]][[7月]] 預金1000億円達成。 * [[1965年]][[2月]] [[東京証券取引所]]第二部から第一部へ指定替え。 * [[1967年]]2月 本店を足利市から宇都宮市に移転。 * [[1975年]][[9月]] 預金1兆円を達成。 * [[1976年]][[12月]] 貸出金1兆円突破。 * [[1979年]][[12月25日]] [[朝鮮民主主義人民共和国]]貿易銀行(同国外貨管理法第5条の銀行)と「コルレス契約」締結、送金業務開始。 * [[1982年]][[4月1日]] [[ディーシーカード]]と共同で足利ダイヤモンドクレジット(後に「あしぎんディーシーカード」、現・「[[あしぎんカード]]」)設立。 * [[1986年]][[4月]] 宇都宮市[[指定金融機関]]を[[富士銀行]]から交替。 * [[1988年]][[10月]] ニューヨーク支店開設。 * [[1990年]] ** [[1月]] 初の海外現地法人「足利財務有限公司」設立。 ** 3月 店舗数203(県内139、県外64、代理店含む)となり、200を突破。 ** 11月 ロンドン支店開設。 * [[1996年]]3月 [[不良債権]]処理に伴い最終損失が919億円となり、創業以来初の[[赤字]]を計上。 * [[1998年]] ** 3月 劣後債で公的資金300億円を投入。最終損益289億円の赤字。ロンドン・ニューヨークの両支店を廃止し海外業務からすべて撤退。 ** 11月 赤羽・新宿新都心の両支店を東京支店へ統合、東京は1店舗に。 * [[1999年]] ** 3月 最終損失が1182億円で2期連続赤字。 ** 4月 同行初の[[インストアブランチ]]「パスカルブランチ」を[[上野百貨店]]大田原店3階に開設。 ** 7月 インストアブランチ2号店を[[福田屋ショッピングプラザ宇都宮店]]1階に開設。 ** [[8月]] [[優先株]]による428億円の第三者割当増資が完了。栃木県(3億円)と宇都宮市(1億円)からの協力も得る。 ** 9月 1050億円の[[公的資金]]注入を申請、併せて経営健全化計画を策定(9月と11月に注入)。 * 2000年12月20日 [[上野百貨店]]倒産([[自己破産]]申請→[[破産宣告]]により閉鎖)のためインストアブランチ「パスカルブランチ」閉鎖。 * [[2001年]] ** 8月 02年3月期決算で1100億円を超える最終赤字となる。 ** 中期経営計画「プロジェクトA」をスタートさせリストラを強化。 ** [[12月14日]] 名古屋支店を閉鎖し東京支店へ業務継承、[[中京圏]]から撤退。 * [[2002年]] ** 1月 「プロジェクトA」でのサービスの一環で、同行では初の試みとして[[正月]]三が日に自行オンライン網・[[現金自動預け払い機|ATM]]を休日扱いで稼働([[セブン銀行|アイワイバンク銀行]]・[[e-net]]含む)。 ** 1月 299億円の増資が完了(栃木県と12市も協力し6億2000万円を出資)。 ** [[1月21日]] 宇都宮地区に営業店舗エリア体制を導入(本店エリアと宇都宮中央エリア、宇都宮東エリアと宇都宮南エリアは[[5月27日]])。 ** 新タイプの出張所「あしぎんえがおプラザ」がスタート。 ** 3月 最終損益が1280億円の赤字に。 ** 北朝鮮の銀行との「コルレス契約」を解除(送金業務打ち切り)。以後、[[外国銀行]]在日支店などが細々と業務を継続をすることになる。 * [[2003年]] ** [[3月12日]] 北関東リース株式会社との株式移転による、金融持株会社「株式会社'''[[あしぎんフィナンシャルグループ]]'''」を設立、同社完全子会社となる。 ** 8月 [[金融庁]]から[[業務改善命令]]を受け、業務改善計画を提出。 ** [[11月29日]] [[預金保険法]]第百二条第一項第三号の認定を受ける。 ** [[12月1日]] 特別危機管理開始決定の旨が[[官報]]により公告される。預金保険法の規定に基づき[[預金保険機構]]が全[[株式]]を取得し一時国有化。 ** [[12月16日]] 国が選定した新頭取([[横浜銀行]]OBの[[池田憲人]])就任<ref name=ikeda>「[http://www.47news.jp/CN/200312/CN2003121601003030.html 47NEWS 足利銀新頭取に池田氏 横浜銀の元最高人事責任者]」『共同通信』 2003年12月16日</ref>。 *[[2004年]] ** 7月 リテール機能特化型店舗「リテールセンター」を導入。 ** [[8月23日]] 創業地の旧本店(旧足利支店、足利市通3丁目2757番地)を足利商工会議所へ売却発表。 ** [[12月10日]] 仙台出張所を閉鎖し郡山支店へ業務継承、[[宮城県]]内から撤退。 *[[2005年]] ** [[4月20日]] あしぎんフィナンシャルグループより「あしぎんシステム開発」の全株式を取得、子会社化。 ** [[10月5日]] 子会社の足利信用保証が「あしぎんディーシーカード」の全株式を取得。 *[[2008年]] ** [[3月14日]] 金融庁は足利銀行を[[野村グループ]]を中心とする陣営に譲渡する方針を決めた。譲渡額は1200億円。 ** [[7月1日]] [[足利ホールディングス]]の子会社となり、特別危機管理体制から解放される<ref name=kyodo /><ref name=end />。 *[[2009年]] ** [[2月2日]] 毎月25日(特定日を除く)に設定していた[[コンビニATM]]([[イーネット]]・[[セブン銀行]])利用手数料の無料枠を、全日105円ずつ引き下げ(平日日中を無料化)。 ** [[4月13日]] [[東邦銀行]](福島県)とのATM出金利用手数料無料提携を開始。 *[[2011年]][[7月19日]] [[勘定系システム]]を[[NTTデータ地銀共同センター]]に移行<ref name= ntt />。 *[[2013年]] ** [[10月1日]] 平日日中のコンビニATM(イーネット・セブン銀行)利用手数料の無料枠を、事実上撤廃<ref group="注">あしぎんポイントサービス100ポイント以上のみ月5回無料。</ref>、2009年引き下げ前の額に戻す(但し、利用可能時間が最大24時間に拡大される)<ref>[http://www.ashikagabank.co.jp/oshirase/o_312.html?top セブン銀行ATM・イーネットATMサービス変更のお知らせ]</ref>。その他、本支店ATMの営業時間も延長される<ref>[http://www.ashikagabank.co.jp/oshirase/o_311.html?top あしぎんATM営業時間延長のお知らせ]</ref>。 == 情報処理システム == === 勘定系システム === [[2011年]](平成23年)[[7月19日]]、[[勘定系システム]]を[[NTTデータ地銀共同センター]]に移行した<ref name=ntt>{{PDFlink|[http://www.ashikagabank.co.jp/news/pdf/abk_q1166.pdf 新システムの稼働開始について]}} 株式会社足利銀行 平成23年7月19日</ref><ref>「[http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080404/297959/ ITpro 足利銀がNTTデータの地銀共同センターに参加へ、IBMからリプレース]」『日経コンピュータ』 2008年4月4日</ref>。 == ATM提携関連 == {{main|[http://www.ashikagabank.co.jp/branch_info2/index.php?top 公式サイトの店舗・ATMのご案内]}} == 個人向けサービス == * 「あしぎんポイントサービス」 {{main|[http://www.ashikagabank.co.jp/ 公式サイト]内のあしぎんポイントサービス}} * [[足利ホールディングス]]への譲渡(一時国有化離脱)前後から、殆どの店舗で営業室(ロビーフロア)のレイアウトを改装し、[[木材|木目調]]を多用したインテリアとなっている。個人向けの預金業務取引については基本的に1カ所のハイカウンターで全て受け付け、資産相談やローン取引などは隣接する[[ブース]]型のローカウンター「smile desk(スマイルデスク)」で取引する。 * [[2008年]](平成20年)1月より銀行本体発行クレジットカードの「GOODY(グッディ) VISA/Masterカード」を発行開始([[あしぎんカード]]の保証、[[三菱UFJニコス]]への業務委託による)。それまであしぎんカードが展開していた「[[あしぎんディーシーカード|あしぎんDCカード]]」は募集停止となった<ref group="注">既存会員向けにはあしぎんカードが引き続きサポート業務を行っている。</ref>。 * 2011年に[[ジェーシービー]]と業務提携し、同社保証の無担保フリーローン「リベルテプラス/メゾンプラス」の発売と、2012年4月より[[JCBグループ]]に加盟の上「GOODYカードJCB」の発行を開始した。 == アシカ == バブル全盛期の[[1991年]](平成3年)1月に金融機関のテレビCMが解禁されると、[[よみうりランド]]のアシカショーで活躍する[[カリフォルニアアシカ]]のバン(2011年5月永眠)が直立し、[[美少女]][[アイドル]]として売り出していた栃木出身の[[小田茜]]と並んで[[ツーショット]]するテレビCM「'''アシカが、よろしく。'''」が放映。フレーズは“あしかが”の語感を掛けたものである。[[1994年]](平成6年)頃まで[[ボーナス]]時期を中心に放送され、一躍有名となった([[関東ローカル#関東ローカルのテレビコマーシャル]]参照)。 [[晴山さおり]]が歌唱した[[CMソング]](作詞:[[伊藤アキラ]]・作曲:小杉大五郎)は、「アシカがよろしく」のタイトルで1991年9月21日にCDシングルとして[[ビクターエンタテインメント|ビクター音楽産業]]より発売されている。 なお、アシカ単独のCM(執務室風の部屋で机に寄りかかり、直立姿の横顔で窓の外を眺め、『あしかが、確か』のコピーが流れるもの)も放送された<ref group="注">[[2002年]](平成14年)1月に過去のCM出演者の捜索をテーマとした、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]の[[改編期]]特番<!--番組名不詳-->でも取り上げられている。 </ref>。 この宣伝と同時期に[[アシカ]]を男女に[[擬人化]]したオリジナルの[[マスコットキャラクター]]「パスカル&パステル」が登場し、[[2011年]](平成23年)のシステム移行前まで総合口座通帳と普通預金磁気キャッシュカードの表面イラストや、コンビニATM画面に使用されていた。なお、栃木県内では[[アシカ|アシカ科]]の動物は飼育されていないため、ご当地とは無関係のキャラクターである。 == ギャラリー == <gallery caption=" perrow="5"> 画像:Ashigin.jpg|本店(宇都宮市) 2005年4月18日撮影 画像:ホテル龍名館東京外観.JPG|東京事務所・東京支店が入居する[[ホテル龍名館東京|八重洲龍名館ビル]] File:Ashikaga Bank Midorichou Branch Office.jpg|江曽島支店緑町出張所(有人出張所店舗。[[宇都宮市]]緑) File:Utsunomiya NewUeno UENO-Dept.jpg|旧店舗時代の宇都宮支店<br />(旧[[上野百貨店]]跡に隣接、2011年に[[シティータワー宇都宮]]へ移転) File:Ashikaga Bank Automated teller machine.jpg|店舗外ATM「あしぎんキャッシュポケット」<br />雀宮支店雀宮市民センター出張所(宇都宮市[[雀宮町|雀の宮]]) </gallery> == 脚注 == === 注 === {{Reflist|group="注"}} === 出典 === {{Reflist}} == 参考文献 == * {{Cite |和書|author=竹中平蔵 |title=構造改革の真実 : 竹中平蔵大臣日誌 |date=2006 |publisher=日本経済新聞社 |isbn=9784532352486 |ref=harv}} == 外部リンク == * [http://www.ashikagabank.co.jp/ 足利銀行] * [http://www.ashikaga-hd.co.jp/ 株式会社足利ホールディングス] * [http://www.boj.or.jp/announcements/press/danwa/dan0311a.htm 日本銀行総裁談話・足利銀行について 2003年11月29日-足利銀行の経営破綻に関するコメント。] {{地方銀行}} {{Bank-stub}} {{DEFAULTSORT:あしかかきんこう}} [[Category:地方銀行]] [[Category:栃木県の金融機関]] [[Category:宇都宮市の企業]] [[Category:DCカード]] [[Category:JCB]] [[Category:経営破綻した企業]] [[Category:19世紀設立の企業]]
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