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要撃機
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[[File:Tornado F3 RAF armed.jpg|thumb|right|250px|[[トーネード ADV]] ([[イギリス空軍]]機)]] '''要撃機'''(ようげきき、{{Lang-en|Interceptor}})とは、[[戦闘機]]の一種であり、特に[[爆撃機]]および[[偵察機]]の迎撃を目的とする[[軍用機]]である。 他称として、'''要撃戦闘機'''(ようげきせんとうき)、'''迎撃機'''(げいげきき)、'''迎撃戦闘機'''(げいげきせんとうき)、'''防空戦闘機'''(ぼうくうせんとうき)、'''局地戦闘機'''(きょくちせんとうき)とも呼ばれる(また、常用漢字外の表記では、'''邀撃機'''(ようげきき)、'''邀撃戦闘機'''(ようげきせんとうき)とも)。 ==概要== 国土・都市・軍事施設等を主に爆撃機の攻撃から護るために開発される、戦闘機の分類の一種である。そのため爆撃機が飛行する高高度へ短時間で到達するための強力なエンジン、頑丈な爆撃機を撃ち落すための大きな攻撃力が求められる。反面、あくまで対爆撃機用の機体であり、対戦闘機戦闘はあまり考慮されていないため、運動性・格闘性能はあまり重視されない。 また、敵機に対しての[[スクランブル]]さえ行えればよいとされるため、[[航続距離]]も重視されない(つまりは航続距離が短い)場合がある(拠点防衛の為の兵器としての役割が大きいため)。一方で、長時間パトロール飛行して敵機の来襲を警戒する使い方もされる場合があり、航続距離が長い要撃機も存在する。特に、旧ソ連や戦後の日本のように国土や[[防空識別圏]]が広大な国の要撃機には、比較的この傾向が見受けられる。 要撃機の開発は爆撃機による本格的な戦略爆撃が始まった[[1930年代]]頃であり、この頃より徐々に開発が進んでいった。 [[第二次世界大戦]]に突入した頃から爆撃機による夜間爆撃が行なわれる様になり対抗上、[[夜間戦闘機]]が誕生した。この為大戦終結まで2種類の要撃機、つまり要撃機の一種としての夜間戦闘機と、要撃可能な昼間戦闘機が存在していた。戦後、夜間戦闘機から全天候戦闘機へと発展してからは、要撃機にも全天候性能が必須の性能になり、昼間戦闘機は要撃には向かないと考えられるようになった。その為現代の要撃機は、他用途の戦闘機よりも一段優れた[[レーダー]]・[[アビオニクス|電子機器]]を搭載する例が多い。 設計時に要撃が重視されなかったが結果として要撃機になってしまった機体、あるいはその逆の機体も存在する為、[[制空戦闘機]]との明確な線引きは難しい。又、当然ながら航空基地が敵航空機による攻撃を受けた際には、その基地の制空戦闘機も要撃機ではないにしろ要撃に出動せざるを得ない。その為、[[戦闘爆撃機]]、[[マルチロール機]]の種類が増加している現在では、戦闘機の多用途化が進んで純粋な要撃機としての戦闘機は皆無と言ってよい状況である。 ==日本の場合== === 旧日本軍 === [[大日本帝国陸軍|陸軍]]では攻撃力と速度を重視した戦闘機が「重戦闘機」と呼称され、[[大日本帝国海軍|旧海軍]]では「乙戦」「局地戦闘機」と呼称された。開発思想が必ずしも爆撃機の迎撃だった訳ではないが、その仕様や運用は要撃機の考え方とほぼ一致していた。 陸軍の「軽戦闘機」[[九七式戦闘機]]では[[1942年]][[4月18日]]の[[アメリカ軍]]による[[大日本帝国|日本]]本土への[[ドーリットル空襲]]を阻止できず、[[南方作戦]]に投入していた[[二式単座戦闘機|二式単座戦闘機(鍾馗)]]を急遽、内地に呼び戻し日本初の邀撃戦闘機とした。[[大日本帝国海軍|海軍]]も当初は[[零式艦上戦闘機]](制空任務に用いられる「甲戦」)が迎撃をしていたが、[[B-17 (航空機)|B-17]]などの重爆撃機の撃墜は難しいと判断され、[[雷電 (航空機)|雷電]](乙戦)や[[シュレーゲムジーク|斜め銃]]を採用した[[月光 (航空機)|月光]](夜間戦闘任務に用いられる「丙戦」)などの重戦闘機が導入されていった。 === 自衛隊 === [[航空自衛隊]]では、現在では[[戦闘機]](Fighter)に統一されているが、平成16年度までは「要撃戦闘機」(Fighter Intercepter :FI)、[[攻撃機]](Attacker)を「[[支援戦闘機]]」(Fighter Support)と呼称されており、この「要撃戦闘機」が略されて要撃機と呼ばれていたことがある。しかし機体の開発を外国(アメリカ)に頼っている日本においては、戦闘機採用に際して常に要撃能力重視で開発された機体を採用する訳ではなく、既存の外国製の機体を採用せざるを得ない様な状況が続いている。 航空自衛隊で最初に採用された[[F-86 (戦闘機)|F-86F(極光)]]は、本来は要撃機ではなく制空戦闘機であった。最初の全天候要撃機であるF-86D戦闘機は、アメリカ空軍で不要となった機体を譲渡されてきた。次の[[F-104 (戦闘機)#日本|F-104J(栄光)]]は上昇能力に優れるが、レーダー誘導式のミサイルが搭載できず、全天候ミサイル戦闘が不可能であったため、旧式装備であるロケット弾の搭載を余儀なくされた。次の[[F-4 (戦闘機)#日本|F-4EJ]]は本格的な全天候戦闘機であるが、開発したアメリカでは要撃機として使用した例が無かった。一方で次の[[F-15J (航空機)|F-15J]]は、アメリカ空軍で要撃機として運用されるに先駆けて、要撃機として採用されている。 尚、航空自衛隊の採用する要撃機には、島嶼防衛の為に一定以上の航続距離が求められている。前述のF-104Jは、航続距離の不足が大きな問題となっていた。 == アメリカ軍の場合 == [[File:Delta-Dart-DF-ST-85-09772.JPEG|thumb|250px|[[F-106 (戦闘機)|F-106]] ([[ニュージャージー州|ニュージャージー]][[空軍州兵]]機)]] 要撃機の開発は他国に先んじており、早くも[[1937年]]には専用の要撃機開発に着手し、双発、双胴式の[[P-38 (航空機)|P-38]]が生まれた。しかしながら[[第二次世界大戦]]では[[アメリカ合衆国本土|アメリカ本土]]を爆撃機により爆撃されるような事態は起こらず、P-38は護衛戦闘機や偵察機として用いられている。[[太平洋戦争|太平洋戦線]]では本来の設計思想とは異なる対戦闘機戦に使われ、格闘性能に優れた日本の戦闘機に煮え湯を飲まされたこともある。 また[[ドイツ空軍]]による[[ザ・ブリッツ|ロンドン空襲]]の脅威から、敵の夜間爆撃に対抗できる専用の夜間戦闘機が必要と考え、P-38に似た双発、双胴式でもっと大型の戦闘機[[P-61 (航空機)|P-61]]を開発した。これも実戦配備された[[1944年]]時点では既にドイツ空軍による本格的な空襲は鳴りを潜めており、夜間に進入してくるドイツ軍、日本軍のもはや小規模の爆撃に対する本来任務の迎撃以外に、[[連合国 (第二次世界大戦)|連合軍]]爆撃機の迎撃に飛び立ってきた敵の夜間戦闘機との戦い、搭載力を生かして夜間侵攻用の戦闘爆撃機や地上襲撃機として利用されることが多かった。 第二次世界大戦後、[[1948年]]の[[ベルリン封鎖]]によって緊張が高まり、[[1949年]]に旧ソ連が核実験に成功すると、ソ連の爆撃機による核攻撃に恐怖を覚えたアメリカ軍では、矢継ぎ早に[[F-94 (戦闘機)|F-94]]、[[F-86 (戦闘機)|F-86D/L]]、[[F-89 (戦闘機)|F-89]]など、要撃機としての全天候ジェット戦闘機の開発を進められていった。そして超音速戦闘機の時代に入ってからは、[[F-102 (戦闘機)|F-102]]や[[F-106 (戦闘機)|F-106]]のように対爆撃機に特化した機体を開発していった。また[[F-101 (戦闘機)|F-101]]や[[F-104 (戦闘機)|F-104]]のような元来は別任務に開発された戦闘機であっても、要撃機としても採用していた。 しかしその後、ソ連空軍のアメリカ本土爆撃能力に対する予想が過大なものだと判明すると、組織改編によって[[航空宇宙防衛軍団]](ADC)が廃止された。この過程で専用の要撃機の開発計画(新規開発機として[[XF-108 (戦闘機)|XF-108]]や[[YF-12 (航空機)|YF-12]]、前述F-106の発展型として、F-106C/D、あるいはF-106Xなどのプランがあった)が放棄された。さらに[[F-14 (戦闘機)|F-14]]や[[F-15 (戦闘機)|F-15]]を要撃専門の機体として採用する計画も消滅した。そして[[F-101 (戦闘機)|F-101]]や[[F-106 (戦闘機)|F-106]]が老朽化のため退役すると要撃専門の機体は存在しなくなった(爆撃機による核攻撃の恐怖よりも[[大陸間弾道ミサイル]]の脅威のほうがより重大になった為、[[相互確証破壊|核報復戦略]]や[[戦略防衛構想]]が優先された事も影響している)。 防空軍団廃止後の[[アメリカ空軍]]の防空任務は[[戦術航空軍団]](TAC)、あるいは[[空軍州兵]](ANG)の担当とされた(現在は戦術航空軍団は[[航空戦闘軍団]]に改編されたが、空軍州兵は健在である)。使用された機体はF-15、[[F-16 (戦闘機)|F-16]]であり、制空戦闘や迎撃にも用いる事ができる多用途機である。初期型のF-16は[[赤外線]]誘導の[[サイドワインダー (ミサイル)|サイドワインダー]][[空対空ミサイル]]と[[M61 バルカン|M61機関砲]]を装備する昼間制空戦闘機であり、要撃機としての使用には難があったため、[[空軍州兵]](ANG)に配属された機体には[[スパロー (ミサイル)|スパロー]]/[[AIM-120 (ミサイル)|AIM-120 アムラーム]]の運用能力を付加する改造が行われた。現在のF-16は最初からアムラームの運用能力を持っている。 [[アメリカ海軍]]のF-14は、艦隊防空を主任務とする要撃戦闘機的な性格の強い機体であった。搭載された火器管制装置・[[フェニックス (ミサイル)|フェニックスミサイル]]は空軍と海軍の共同開発であり、空軍用としては陸上要撃機に搭載する事が目的であった。しかし上述の通り空軍の要撃機としては採用されず、また[[イージス艦]]の就役や[[ソ連崩壊]]により、この種の専用機が配備される必要性が小さくなり、既に退役済みである。 == 旧ソ連軍の場合 == [[File:MiG-31 Pichugin-1.jpg|thumb|250px|[[MiG-31 (航空機)|MiG-31]] ([[ロシア空軍]]機)]] ソ連・ロシアでの正式名称は'''迎撃戦闘機'''(要撃戦闘機;{{lang-ru|'''истребитель-перехватчик'''}})で、略称として'''迎撃機'''(要撃機;'''{{lang|ru|перехватчик}}''')という語も用いられた。 アメリカ軍に比較して、[[ソビエト連邦軍|ソ連軍]]は、特定の目的に特化したものを開発する傾向があり、また[[ソ連空軍|空軍]]とは別に[[ソ連防空軍|防空軍]]を設けるなど国土防衛を重視していた。 レシプロ機の時代において、世界初の実用低翼単葉引込脚戦闘機として知られる[[I-16 (航空機)|I-16]]は、従来の対戦闘機戦闘を重視した運動性を追求した機体ではなく、速度性能と大型機に対抗する火力を重視しており、現在で言う所の要撃機としての要件を満たしていた(対戦闘機戦闘を重視した運動性重視の機体としては同時期に[[I-15 (航空機)|I-15]]を開発・採用していた)。 ジェット機時代になってからは、[[Yak-25 (航空機・2代)|Yak-25]]、[[Yak-28_(航空機)|Yak-28P]]、[[Tu-128_(航空機)|Tu-128]]、[[Su-15 (航空機)|Su-15]]、[[MiG-25 (航空機)|MiG-25]]、[[MiG-31 (航空機)|MiG-31]]といった迎撃戦闘機が多数開発されて、運用されていた。 これらの機体には、同時代に輸出にも振り向けられた'''前線戦闘機'''([[制空戦闘機]]・戦術戦闘機のこと。迎撃戦闘機に対して前線に配備する事から)よりも高度な電子機器が装備された。逆説的に高度な電子機器を装備した戦闘機は、機密保持のために前線には出さずに要撃任務に振り向けていたとも言われている。こうした機体はより新しい機体が開発されて旧式化すると空軍に回され、一部が旧[[東側諸国]]に転売されていった。迎撃戦闘機として開発されて、後に空軍へ配備されて海外にも多数輸出されて、国外生産までなされた[[MiG-19_(航空機)|MiG-19]]はその代表格である。また、こうした機体の特徴として、ミサイルが使用される様になった当時は、原則、前線戦闘機に必ず機体固定式[[機関砲]]が搭載されていたのに対して、迎撃戦闘機に機関砲が装備されなかったという事が挙げられる。だが防空任務に機関砲が不要になった訳ではなく、迎撃戦闘機には必要に応じて機関砲コンテナーが用いられていた。 しかし、技術の進歩は前線戦闘機と迎撃戦闘機のこうした棲み分けに大きな変化を齎した。その契機となったのは、捜索レーダーを搭載し中距離ミサイルを運用できる前線戦闘機[[MiG-23_(航空機)|MiG-23]]の登場であった。初期シリーズに次いで開発された[[MiG-23ML_(航空機)|MiG-23ML]]は、航続距離こそ同時代の迎撃戦闘機より短かったものの、戦闘能力においてはSu-15TMを凌駕しており、MiG-25PDを十分補佐し得る要撃機であった。この為、MiG-23MLは迎撃戦闘機として防空軍にも採用される事になり、機器等を防空軍基準に合わせた発展型[[MiG-23P_(航空機)|MiG-23P]]が開発された。又、[[ベレンコ中尉亡命事件|ベレンコ中尉の亡命事件]]を受けてMiG-25PをPD規格に改設計する際に用いられた技術は、MiG-23にも応用された。[[MiG-23MLD_(航空機)|MiG-23MLD]]において空軍向けのMiG-23ML/[[MiG-23MLA_(航空機)|MLA]]と防空軍向けのMiG-23Pが一本化され、前線戦闘機と迎撃戦闘機の区分が消滅した。 MiG-23の登場に前後し、捜索レーダーを搭載しある程度のミサイルを運用できる戦闘機は「多用途戦闘機」と呼ばれる様になった。これは、こうした機体が空軍でも防空軍でも運用され得る事を意味していた。一方、MiG-25PD、MiG-31、Su-15などに関しては空軍での運用が考慮されなかった為、一貫して迎撃戦闘機と呼ばれた。だが後にこれらの内一部の機体は空軍に転用されて、その場合には「多用途戦闘機」と呼ばれた。 MiG-23に次いで開発された[[Su-27 (航空機)|Su-27]]は、当初より長距離飛行能力が考慮されており、迎撃任務もこなせるだけの潜在能力が付与されていた。これによりSu-27の一部は防空部隊にも配備され、MiG-31と共にソ連の防空の片翼を担っていた。 ソ連崩壊後は、予算の問題や用途が限られている事などから、迎撃戦闘機の多くが退役して、残りの機体も退役する傾向にある。現在、MiG-31はその中でも、[[ロシア]]や[[カザフスタン]]において主力迎撃戦闘機として運用されている。 また、ソ連は国土が広大な国である為、むしろ前線に配置する前線戦闘機の方が航続距離が短く、先述の通り、防空に用いる迎撃戦闘機の方にこそ長い航続距離が求められた。 == 関連項目 == * [[戦闘機]] {{Mil-aviation-stub}} {{デフォルトソート:ようけきき}} [[Category:戦闘機|*ようけきき]] [[Category:対空兵器]]
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