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藪恵壹
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{{Infobox baseball player |選手名 = 藪 恵壹 |本名 = 藪 恵一 |所属球団 = |役職 = |背番号 = |選手写真ファイル名 = Yabu keiichi.jpg |写真のコメント = 2012年8月17日、神宮球場にて |国籍 = {{JPN}} |出身地 = [[三重県]][[南牟婁郡]][[御浜町]] |生年月日 = {{生年月日と年齢|1968|9|28}} |没年月日 = |身長 = 185 |体重 = 98 |利き腕 = 右 |打席 = 右 |守備位置 = [[投手]] |プロ入り年度 = {{NPBドラフト|1993}} |ドラフト順位 = ドラフト1位(逆指名) |初出場 = NPB / 1994年4月13日<br />MLB / 2005年4月9日 |最終出場 = NPB / 2010年9月4日<br />MLB / 2008年9月27日 |年俸 = |経歴 = <nowiki></nowiki> * [[和歌山県立新宮高等学校]] * [[東京経済大学硬式野球部|東京経済大学]] * [[朝日生命保険|朝日生命]] * [[阪神タイガース]] (1994 - 2004) * [[オークランド・アスレチックス]] (2005) * ティファナ・ポトロス (2006) * [[サンフランシスコ・ジャイアンツ]] (2008) * [[東北楽天ゴールデンイーグルス]] (2010) |経歴補足題 = コーチ歴 |経歴補足 = <nowiki></nowiki> * 阪神タイガース (2011 - 2013) }} '''藪 恵壹'''(やぶ けいいち、本名:'''藪 恵一'''(読み同じ)、[[1968年]][[9月28日]] - )は、元[[プロ野球選手]]([[投手]])、[[プロ野球コーチ]]。[[三重県]][[南牟婁郡]][[御浜町]]出身。1994年の登録名は'''藪 恵市'''(読み同じ)。愛称は「恵ちゃん」。[[2014年]]からは、[[毎日放送]]([[MBSラジオ]])・[[GAORA]]の[[野球解説者]]を務める。 == 経歴 == === プロ入り前 === 小学校時代、野球の試合中に右腕を故障したが、病院にも行かずプレーした。治癒したが、その影響で雨が降ると痛みが出るのか、雨の日の登板では実力を出せないことが目立った。 高校時代は、同じ県内に[[杉浦正則]]がいたこともあり、注目されなかった。一年間の浪人生活を経て、一般入試で[[東京経済大学硬式野球部|東京経済大学]]に進学、[[首都大学野球連盟|首都大学リーグ]]でプレーした。卒業後は[[朝日生命保険|朝日生命]]硬式野球部でプレー。在職時は営業としても勤務し、成績は全社的にもトップクラスに入っていたという。 {{by|1993年}}の[[プロ野球ドラフト会議|ドラフト]]1位で[[阪神タイガース]]に入団。[[野球の背番号|背番号]]はエースナンバー「'''18'''」を与えられる。このとき[[姓名判断]]で登録名を「'''恵市'''」とした。初の東京経済大学出身のプロ野球選手である。 === 阪神時代 === ルーキーイヤーの{{by|1994年}}に9勝(9敗)を挙げ、[[最優秀新人 (日本プロ野球)|新人王]]を獲得。ファン投票で[[オールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]にも出場した。低迷していた阪神にあって孤軍奮闘、{{by|1996年}}から{{by|1998年}}まで3年連続二桁勝利を挙げるなど、チームのエースとして活躍した。当初は毎週火曜日にローテーションを組んでおり、「'''火曜日の男'''」と呼ばれていた。 阪神時代には前半好投していても、6回あたりから四球、連打などで途端に崩れて自滅することがあり、ファンや評論家の間では「勝負弱いピッチャー」のイメージがつきまとい、「'''藪病'''」と揶揄されることもあった。また春先は好投するものの、夏場に調子を落とすことも多かった。 入団1年目から7年連続で[[規定投球回]]に到達。 {{by|2001年}}は右肩のケガで未勝利に終わるものの、{{by|2002年}}は[[星野仙一]]の監督就任と共に再開花。[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]の番組「[[週刊トラトラタイガース]]」の生放送中、阪神タイガースOB[[川藤幸三]]との電話会談で背番号4を薦められ、投手としては珍しい背番号「'''4'''」<ref>野球を始めた小学校時代は[[二塁手|セカンド]]の控えで終わり、それ以降も着けることのなかったレギュラー番号である4を一度は背負ってみたいという憧れをプロ入り後も持ち続けていたという。</ref>(阪神では過去に[[ジーン・バッキー]]、[[マット・キーオ]]が着けていた)に変更し10勝及びプロ入りして初めて1つ以上の貯金を挙げた。{{by|2003年}}も怪我がありながらも8勝(3敗)を挙げ、18年ぶりのリーグ優勝に貢献したが、[[2003年の日本シリーズ|同年の日本シリーズ]]では登板することがなかった。{{by|2004年}}に[[フリーエージェント (日本プロ野球)|FA]]資格を取得。この時に阪神とは決別すると示唆する報道がされていた。 === MLB・メキシコ時代 === 2004年オフ、[[メジャーリーグベースボール|メジャー]]挑戦を理由にFA宣言。{{by|2005年}}1月、[[オークランド・アスレチックス]]への入団が決定。アスレチックスでの背番号は、自身が野球を始めて最初に貰った「'''13'''」。 メジャー1年目で4勝を挙げたが、同年オフにチームがオプションを行使しなかったため[[自由契約]]となる。 {{by|2006年}}は[[コロラド・ロッキーズ]]と契約したが、同年3月31日付で退団し[[フリーエージェント (プロスポーツ)|フリーエージェント]]となった。同年6月29日に[[マイナーリーグ|マイナーリーグAAA級]]に相当する[[メキシカンリーグ]]のティファナ・ポトロスと契約した。翌{{by|2007年}}は、どこの球団にも所属せず、トレーニングに費やした。この年は練習相手もいないのでネットや壁にボールを投げて投球練習をすることもあったという。アマチュア時代はあまり設備など野球環境が恵まれていなかったが、さすがに練習相手がいないのは堪えたという。そのため2008年度は、もしメジャーに上がれなくても喜んでマイナーでプレーすることを決めていた。 [[file:Keiichi Yabu.jpg|right|thumb|250px|ジャイアンツ時代(2008年)]] {{by|2008年}}、メジャー昇格を目指し、[[サンフランシスコ・ジャイアンツ]]の[[メジャーリーグベースボール#スプリングトレーニング|スプリングトレーニング]]から、トレーニングに励みオープン戦に登板していた。キャンプ・オープン戦での背番号は「'''72'''」。同年3月30日に開幕メジャー枠に入ったことが球団から発表された。背番号は「'''22'''」<ref>{{cite news |title=藪39歳最終カット突破、開幕メジャー |newspaper=日刊スポーツ |date=2008-08-31 |url=http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/p-bb-tp2-20080331-342494.html |accessdate=2011-02-15}}</ref>。 4月14日の対[[アリゾナ・ダイヤモンドバックス]]戦で3年ぶりの勝利を記録した(ジャイアンツで日本人が勝ち投手となるのは{{by|1965年}}9月30日の[[村上雅則]]以来)。39歳と199日での白星は、日本人メジャーリーガーの最年長記録。また同年の5月30日の対[[サンディエゴ・パドレス]]戦の8回、3対3の同点で無死一・二塁の場面でリリーフ登板し、打者[[ケビン・クーズマノフ]]を1球で[[三重殺|トリプルプレー]]に仕留める、という珍しい記録も作った。[http://tripleplays.sabr.org/t_2000.htm] {{by|2009年}}はメジャー契約でキャンプに臨むもオープン戦は不調で、3月5日にマイナー降格。そしてメジャー40人枠を空けるための措置として3月20日(日本時間21日)にジャイアンツから[[戦力外通告]]を受けるも、翌21日に傘下のAAA級[[フレズノ・グリズリーズ|フレズノ]]と再契約を結んだ。しかし、7月11日に解雇された<ref>{{cite news |title=藪 ジャイアンツ傘下3Aを解雇に |newspaper=デイリースポーツ |date=2009-07-14 |url=http://www.daily.co.jp/mlb/2009/07/14/0002126047.shtml |accessdate=2011-02-15}}</ref>。 === 楽天時代 === {{by|2010年}}7月26日に[[千葉ロッテマリーンズ]]の入団テストを受けたが、獲得は見送られた。7月29日・30日に[[東北楽天ゴールデンイーグルス]]の入団テストを受け、7月31日に楽天が獲得を発表した。背番号は「'''64'''」<ref>[http://www.rakuteneagles.jp/news/detail/855.html 藪恵壹選手との契約合意について]</ref>。中継ぎ投手として11試合に登板したが、シーズン終了後戦力外通告を受けた<ref>[http://www.rakuteneagles.jp/news/detail/973.html 来季の選手契約について]</ref>。 === 現役引退後 === 楽天からの戦力外通告後に、古巣である阪神から、投手コーチへの就任を打診された。現役続行を希望していた藪は、しばらく回答を保留したが、[[2010年]][[12月17日]]にコーチ契約を正式に締結。この契約を機に現役を引退した。 [[2011年]]に阪神の二軍投手コーチへ就任した。背番号は、前監督の[[岡田彰布]]が退団してから空いていた'''80'''。[[和田豊]]が一軍監督へ就任した[[2012年]]には、一軍投手コーチとして和田を支えた。 [[2013年]]には、二軍投手コーチを再び担当。しかし、[[10月5日]]に球団からコーチ契約の解除を通告された<ref>[http://hanshintigers.jp/news/topics/info_3006.html 来季のコーチ契約について]阪神球団公式サイト2013年10月5日配信</ref>ことから、阪神を退団した。 なお、退団直後からは、[[神戸市]][[東灘区]]の[[スポーツクラブ]]「Japan Athlete Club STAY COOL」の講師に就任。会員の小・中学生に対して、褒めて伸ばすことをテーマに野球を指導している<ref>{{cite news |title=阪神前2軍投手コーチの藪氏が小中学生を指導|newspaper=デイリースポーツ |date=2013-12-30 |url=http://www.daily.co.jp/tigers/2013/12/30/0006605461.shtml |accessdate=2014-01-01}}</ref>。 さらに、[[2014年]]からは、MBSラジオ・GAORAの野球解説者にも就任。MBSラジオでは、同年[[1月4日]]放送の『[[カワスポ#withタイガース カワスポサタデー運動部!|withタイガース カワスポサタデー運動部!]]』(2013年度のナイターオフ期間に放送中の阪神情報番組)で、解説者としてのデビューを果たした。 == プレースタイル == 持ち球:ストレート、[[カーブ (球種)|カーブ]]、[[スライダー (球種)|スライダー]]、高速スライダー、[[フォークボール|フォーク]]、[[シュート (球種)|シュート]]、[[チェンジアップ]]、[[ナックルボール|ナックル]] 決め球:スライダー、高速スライダー 投球スタイルは切れ味鋭いスライダーとフォークを主体に、後にシュートを習得しゴロを打たせるというものだった。150km/h以上のストレートも持つが、スタミナを温存するためか常時140km/h前後にとどめることが多い。 阪神時代、[[広島東洋カープ]]にめっぽう強く(通算27勝17敗、プロ初勝利も対広島戦)、「鯉キラー」とも呼ばれていた。藪がメジャー移籍した際に広島の首脳陣が「(藪がメジャーに移籍してくれて)正直、ほっとした」とまで語っている。 == 人物 == 阪神への入団直後には、メディア関係者や同球団ファンを中心に、顔立ちが'''[[織田裕二]]に似ている'''ことが話題になった。また、阪神での現役時代から、インタビューなどで「ええ声」(低音で響く明瞭な地声)をたびたび披露。MBSラジオの野球解説者へ転身してからも、同局の番組やスポットCMで、「ええ声」や滑舌の良さを前面に押し出している。 公式ブログには尊敬する人は[[スティーブ・ジョブズ]]と書かれている。 サンフランシスコ・ジャイアンツ時代のチームメートで、後に巨人と楽天に入団した[[ジョン・ボウカー]]は、藪の影響で日本を好きになったとされる。 == 清原との関係 == インコースを苦手としていた[[清原和博]]に対して徹底した内角攻めを行い、多くの死球を与えたことで知られる。ある試合中にそのシーズン3個目の死球を与え、清原が憤慨しながら指を3本突き出し 「3回目やぞ」と怒声をあげたところ、藪はそれを聞き取ることが出来ず後日「俺の年俸は3億やという意味だと思いましたよ」と述べた。関西ローカルのラジオ番組内でもこの件について触れ、「一流のバッターなら、厳しいインコース攻めを受けても避けるか捌くか出来るはずだ」と持論を展開したところ、ますます 清原を怒らせてしまったという。 藪は引退後にこの「対清原」ともいえる執拗な内角攻めについて真相を明かしており、巨人移籍当時の清原は故障の影響で内角をまともにミートすることが出来ない状態だった。阪神のスコアラーも「開幕からしばらくは徹底してインコースに投げてくれ」と投手陣に指示、清原もそれに臆するタイプではなかったため死球になるケースが増えたと解説している。 == 詳細情報 == === 年度別投手成績 === {| {{投手成績}} |- |style="text-align: center;"|{{by2|1994}} |rowspan="11" style="text-align: center;"|[[阪神タイガース|阪神]] |26||25||8||1||0||9||9||0||--||.500||743||181.1||174||12||42||3||2||110||2||1||67||64||3.18||1.19 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1995}} |27||'''27'''||7||2||2||7||'''13'''||0||--||.350||713||196.0||'''185'''||19||50||1||10||118||4||1||73||65||2.98||1.20 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1996}} |30||'''30'''||6||1||0||11||'''14'''||0||--||.440||834||195.1||'''204'''||14||51||1||'''11'''||145||1||1||'''97'''||'''87'''||4.01||1.31 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1997}} |29||26||4||1||0||10||12||0||--||.455||768||183.0||172||23||62||6||'''10'''||111||'''9'''||0||79||73||3.59||1.28 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1998}} |24||24||3||2||1||11||10||0||--||.524||692||164.0||159||11||51||0||8||90||4||2||74||64||3.51||1.28 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1999}} |28||27||4||2||1||6||'''16'''||0||--||.273||737||173.1||175||16||57||8||'''11'''||95||4||0||80||76||3.95||1.34 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2000}} |25||24||1||1||0||6||10||0||--||.375||638||151.0||162||19||30||4||4||95||7||0||76||70||4.17||1.27 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2001}} |17||8||0||0||0||0||4||0||--||.000||250||55.0||55||2||33||4||5||26||5||0||32||25||4.09||1.60 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2002}} |20||20||5||2||2||10||6||0||--||.625||532||131.2||118||14||30||1||6||97||3||0||48||46||3.14||1.12 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2003}} |23||15||0||0||0||8||3||0||--||.727||405||97.2||97||13||27||0||2||67||4||0||50||43||3.96||1.27 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2004}} |19||19||1||1||0||6||9||0||--||.400||480||116.1||108||8||36||0||6||75||5||0||44||39||3.02||1.24 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2005}} |style="text-align: center;"|[[オークランド・アスレチックス|OAK]] |40||0||0||0||0||4||0||1||1||1.000||262||58.0||64||6||26||3||8||44||2||0||34||29||4.50||1.55 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2008}} |style="text-align: center;"|[[サンフランシスコ・ジャイアンツ|SF]] |60||0||0||0||0||3||6||0||9||.333||302||68.0||63||3||32||4||8||48||5||1||33||27||3.57||1.40 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2010}} |rowspan="1" style="text-align: center;"|[[東北楽天ゴールデンイーグルス|楽天]] |11||0||0||0||0||0||0||0||2||----||48||11.0||9||2||6||0||2||6||0||0||6||6||4.91||1.36 |- !colspan="2"|[[日本プロ野球|NPB]]:12年 |279||245||39||13||6||84||106||0||2||.442||6940||1655.2||1618||153||475||28||77||1035||48||5||726||658||3.58||1.26 |- !colspan="2"|[[メジャーリーグベースボール|MLB]]:2年 |100||0||0||0||0||7||6||1||10||.538||564||126.0||127||9||58||7||16||92||7||1||67||56||4.00||1.47 |} * 2010年度シーズン終了時 * 各年度の'''太字'''はリーグ最高 === 表彰 === * [[最優秀新人 (日本プロ野球)|新人王]] (1994年) * [[月間MVP (日本プロ野球)|月間MVP]]:1回 (1994年5月) * [[JA全農Go・Go賞]]:1回 (最多奪三振賞:1997年5月) * 優秀[[JCB・MEP賞]]:1回 (1998年) === 記録 === ; 初記録(NPB) * 初登板・初先発:1994年4月13日、対[[中日ドラゴンズ]]1回戦([[阪神甲子園球場]])、6回0/3を3失点で敗戦投手 * 初奪三振:同上、1回表に[[松井達徳]]から * 初勝利・初完投勝利:1994年4月19日、対[[広島東洋カープ]]1回戦([[岡山県営球場]])、9回1失点 * 初完封勝利:1994年5月24日、対[[読売ジャイアンツ]]7回戦(阪神甲子園球場) * 初ホールド:2010年8月19日、対[[オリックス・バファローズ]]21回戦([[神戸総合運動公園野球場|スカイマークスタジアム]])、6回裏2死に2番手で救援登板、1回無失点 ; 節目の記録(NPB) * 1000投球回数:1999年6月5日、対[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルトスワローズ]]10回戦([[明治神宮野球場]])、4回裏3死目に[[ロベルト・ペタジーニ]]を遊撃ゴロ併殺打で達成 ※史上278人目 * 1500投球回数:2003年7月11日、対読売ジャイアンツ17回戦(阪神甲子園球場)、1回表1死目に[[二岡智宏]]を遊撃ゴロで達成 ※史上151人目 * 1000奪三振:2004年8月11日、対[[横浜DeNAベイスターズ|横浜ベイスターズ]]16回戦([[札幌ドーム]])、5回裏に[[佐伯貴弘]]から ※史上112人目 ; その他の記録(NPB) * [[オールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]出場:6回 (1994年 - 1997年、1999年 - 2000年) === 背番号 === * '''18''' (1994年 - 2001年) * '''4''' (2002年 - 2004年) * '''13''' (2005年) * '''22''' (2008年) * '''64''' (2010年) * '''80''' (2011年 -2013年) == 出演番組 == 野球解説者としてのレギュラー番組のみ記載。 *[[カワスポ#関連番組『withタイガース カワスポサタデー運動部!』|withタイガース カワスポサタデー運動部!]]([[MBSラジオ]]、2013年度のナイターオフ番組) - 2014年最初の放送([[1月4日]]放送分)から出演 *[[MBSベースボールパーク]](MBSラジオの阪神戦中継) - 2014年度から解説を担当。一部選手名鑑ではラジオ中継限定の解説者として紹介されているが、実際にはテレビ(MBSテレビ)の[[侍プロ野球|中継]]にも一部出演している。 *[[GAORAプロ野球中継]]([[GAORA]]) - 2014年度から阪神戦の解説を担当 *[[子守康範 朝からてんコモリ!]]月曜日([[2014年]][[5月5日]] - ) - 月に1回のペースで、7時前のスポーツ特集「てんスポ」にのみ出演。 上記の番組以外にも、『[[朝生ワイド す・またん]]』([[読売テレビ]])などへ不定期で登場している。 == 脚注 == {{Reflist}} == 関連項目 == * [[三重県出身の人物一覧]] * [[東京経済大学の人物一覧]] * [[阪神タイガースの選手一覧]] * [[日本人メジャーリーグ選手一覧]] * [[日本人のマイナーリーグ選手一覧]] * [[東北楽天ゴールデンイーグルスの選手一覧]] == 外部リンク == * [http://keiichiyabu.blog113.fc2.com/ 藪恵壹オフィシャルブログ] * {{MLBstats |mlb= 435158 |espn= 6189 |br= y/yabuke01 |fangraphs= 8624 |cube= Y/Keiichi-Yabu}} {{Navboxes|title=業績 |list1= </span> {{セントラル・リーグ新人王}} {{阪神タイガース開幕投手|阪神タイガース}} }} {{阪神タイガース1993年ドラフト指名選手}} {{DEFAULTSORT:やふ けいいち}} [[Category:日本の野球選手]] [[Category:東京経済大学硬式野球部の選手]] [[Category:朝日生命硬式野球部の選手]] [[Category:阪神タイガース及びその前身球団の選手]] [[Category:オークランド・アスレチックスの選手]] [[Category:サンフランシスコ・ジャイアンツの選手]] [[Category:東北楽天ゴールデンイーグルスの選手]] [[Category:MLBの日本人選手]] [[Category:セントラル・リーグ最優秀新人 (NPB)]] [[Category:野球指導者]] [[Category:三重県出身の人物]] [[Category:1968年生]] [[Category:存命人物]]
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