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華僑
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[[File:Brooklyn Chinatown.png|thumb|300px|チャイナタウン([[ニューヨーク市]]、[[ブルックリン区]])]] [[File:East Timor hakka wedding.jpg|thumb|300px|漢民族の一支流である[[客家]]の結婚式([[東ティモール]])]] '''華僑'''(かきょう)は、[[中華人民共和国]]の[[中国共産党]]政府の定義によると、「[[中国大陸]]・[[台湾]]・[[香港]]・[[マカオ]]以外の[[国家]]・[[地域]]に移住しながらも、中国の[[国籍]]を持つ[[漢民族]]」を指す呼称である。外国籍取得者の[[華人]]に対しても使用されることがある<ref>[http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0915&f=politics_0915_012.shtml 華僑議員が尖閣諸島は日本領土と発言=香港メディア] [[サーチナ]] 2010/09/15</ref>。(中国共産党政府のいう「中国」には、同国と対立する[[中華民国]](台湾)が同国の「地域」として含まれる <!-- 中華人民共和国政府の定義では、同国外に居住する同国公民だけを指すが、ここでは前述の定義について取り上げる。 -->) 日本では俗に「中華系のルーツを持ち、中国由来の文化や事業を受け継いでいる人々」のことを広く「華僑」と表す場合が多いが、厳密には区分される([[#華僑と華人|後述]])。また同様の境遇のインド系の呼び名に対し「[[インド系移民と在外インド人|印僑]]」がある。 == 華僑と華人 == '''[[華人]]'''と混同される場合があるが、華僑と、華人は異なる概念である。これら概念を区別する場合は、華僑とは二重国籍等の状態によって中華人民共和国籍を保持したままの者を指す。華僑は[[第二次世界大戦]]までその経済基盤からの本国への送金によって、中華民国の[[国際収支]]の重要な要素であった。 日本では、[[中華人民共和国]]または[[中華民国]]([[台湾]])の国籍を有する者は「華僑」であり、日本国籍を取得したものは「華人」とされる。 {{See|在日中国人|華人}} ==コミュニティの形成と現地社会への進出== 華僑は[[マイノリティ]]ながら、同郷者で形成されるコミュニティーと、これをもとにした同業者の集団ができあがり、現地の経済・政治に大きな影響力を持つことが多い。同業者の集団ができあがるのは、先行して商売を始めた経営者が、同郷の人を雇い、やがては独立して同業を行うことが繰り返されやすいことによる。経済的に実力をつけると政治面でも力をもつようになり、政治面での例として[[タイ王国|タイ]]の[[チャックリー王朝|王室]]・[[タクシン・チナワット|タクシン]]元首相及びその妹である[[インラック・シナワトラ|インラック]]現首相(2012年12月現在)、[[コラソン・アキノ]]元[[フィリピン]]大統領、ミャンマーの[[ネ・ウィン]]元首相、[[テイン・セイン]]大統領(2012年6月現在)は華僑の血を引いている。 華僑は容易に相手を信頼しないかわり、一旦信頼したらとことん信頼するといわれ、それが彼らの団結力の背景にもなっている。彼らは友人を大切にする<ref>[[太田尚樹]] 『日本人と中国人はなぜ水と油なのか』 [[KKベストセラーズ]] 2011年</ref>。 ==言語== [[中国語]]は[[方言]]の差が大きく、同じ省内でも言葉が通じないことも当たり前で、方言の通じる、出身地が同じ人たちが助け合ってコミュニティーを形成することが多い。 出身地別では、 {| class="wikitable" style="background-color:white;" |- |広東人||広東省[[広州市|広州]]周辺出身で[[広東語]]を話す |- |台山人/四邑人||[[台山市|台山]]や[[江門市|江門]]出身で[[台山語]]を話す |- |潮州人||[[潮州市|潮州]]や[[汕頭市|汕頭]]周辺の出身で[[潮州語]]を話す |- |[[客家|客家人]]||[[梅州市|梅州]]周辺や[[陸豊市|陸豊]]、[[海豊県|海豊]]周辺出身で[[客家語]]を話す |- |海南人||現[[海南省]]出身 |- |福建人||福建省南部の[[廈門市|廈門]]、[[泉州市|泉州]]周辺や[[台湾]]出身で[[福建語]]を話す |- |福州人||[[福州市|福州]]、[[福清市|福清]]周辺出身で[[福州語]]を話す |- |興化人||[[ホ田市|莆田]]周辺出身で[[ホ仙語|興化語]]を話す |- |寧波人||[[浙江省]][[寧波市|寧波]]周辺出身で[[寧波語]]を話す |- |温州人||[[温州市|温州]]周辺出身で[[温州語]]を話す |} などが別々に同郷人のコミュニティーを形成してきた。出身地の方言の他、海外居住地域の言語を用いるのが普通であるが、これらに加えて、最近では[[北京語]]や[[英語]]も広く用いられるようになっている。 ==分布== [[東南アジア]]、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]、[[日本]]、[[イギリス]]、[[オーストラリア]]などに多い。 ==日本の華僑== ===歴史=== 華僑の概念をひろくとれば、歴史的に多くの華僑が日本にもわたってきている。[[元寇]]で捕虜となったが、日本側から許された[[南宋]]人らは[[博多]]の[[唐人町]]などに居住した。また、[[明]]・[[清]]における[[海禁]]のもとで密貿易を行い財をなした[[倭寇|後期倭寇]]の中国人も華僑の多くと同様に浙江・福建・広東出身者が多く(後期倭寇は華僑の走りとも解釈できる)、中には[[王直]]のように日本に渡ってくるものもいた。 {{See|日宋貿易|倭寇|海禁}} [[江戸時代]]の[[鎖国]]政策により、長崎には中国人住居地区である[[唐人屋敷]]が作られた。1635年、江戸幕府は中国商船の入港を長崎一港に制限する措置を取ったが、中国人は長崎市内雑居を許されていた。しかし、密貿易が増加したため、[[長崎奉行所]]では中国人の居住地区も制限することになり、[[1688年]]長崎郊外にある十善寺郷に幕府が所有する御薬園の土地で唐人屋敷の建設に着手し、翌年完成した。広さは約9,400坪に及び、2,000人程度の収容能力をもった。周囲は塀と堀で囲まれ、大門の脇には番所が設けられ、出入りが監視されたが、出島のオランダ人が厳重に監視されたのに比べ、中国人は比較的自由に出入りが許された。 以下の関連記事も参照。 *[[外国人居留地#居留地と華僑|居留地と華僑]] *[[函館中華会館]](1910年に建設) [[第二次世界大戦]]中に、[[華人労務者]]が強制連行され、各企業に「華人労務者就労顛末報告書」を提出させたが、戦後、[[戦犯]]容疑がかかるのを防ぐ為に[[外務省]]はこの報告書を焼却処理したが(1960年3月17日付外務省中国課メモより)、1950年に或る大学教授から東京華人総会に、この報告書がもたらされ、[[日中国交正常化]]後の華人労務者の損害賠償請求裁判で被害者や強制連行後死亡している事も知らない被害者遺族を探す手立てになった。<ref>[http://www.tbs.co.jp/houtama/last/140105.html JNNルポルタージュ「和解~広島・中国人強制連行問題の軌跡~」]</ref>。 ===現在=== {{See also|在日中国人}} 現在、日本においても多くの華僑が存在し、主に[[経済]]や[[文化]][[芸能]]の方面で活躍が見られる。女優の[[鳳蘭]]、野球の[[王貞治]]、経済評論家の[[邱永漢]]、[[インスタントラーメン]]の発明者である[[安藤百福]](呉百福、戦後の一時期)、[[囲碁]]の[[呉清源]](戦後の一時期)、小説家の[[陳舜臣]]、料理家の[[周富徳]]・[[周富輝|富輝]]兄弟、歌手の[[ジュディ・オング]](翁倩玉)、[[アグネス・チャン]](陳美齢)、[[テレサ・テン]](鄧麗君)などが有名である。 横浜、神戸、長崎に中華街が形成されている([[中華街#日本の中華街]])。 横浜、神戸、東京、大阪などに[[中華学校]]が存在する。ほか、[[神戸華僑歴史博物館]]や[[横浜華僑青年会龍獅團]]、[[日本華僑華人学会]]などもある。 ==東南アジアの華僑== 東南アジアにおいても、歴史的経緯から日本の[[中華街]]と同様に華僑は[[華南]]地方出身が多いとされる。もともとは、[[海南島]](現[[海南省]])を含む[[広東省]]や[[福建省]]の出身者が多いが、最近は[[上海市|上海]]や[[北京市|北京]]周辺や、[[中華民国]]の出身者も増加している。 全般的に東南アジアの華僑人口は増加しているが、[[ベトナム]]と[[インドネシア]]の二国は戦乱や現地民との軋轢により華僑が一時に比べ減少している。特に[[ベトナム]]からは[[1975年]]の[[中越戦争]]以降、110万人もの華僑がベトナム国外に脱出した。しかしベトナムの華僑人口は現在でも130万人、インドネシアでは1千万人を数え、なお国内人口の相当部分を占める有力な民族集団となっている。 [[マレーシア]]には華僑系住民が多数いる。{{Main|マレーシア#多民族国家・民族構成}} [[タイ王国|タイ]]にも華僑は存在している。{{Main|タイの華人}} == 関連項目 == *[[中華圏]] *[[客家]] **[[客家人の一覧]] *[[印僑]] *[[和僑会]] *[[三把刀]] *[[神戸華僑歴史博物館]] ==脚注== {{Reflist|3}} == 参考文献 == *顔尚強「五つの誤解-日本社会の華人観」、『週刊東洋経済』第5282号、1995年5月 *若林敬子『中国 人口超大国のゆくえ』(岩波書店、1994年6月、ISBN 4-00-430341-9) *可児弘明・斯波義信・游仲勲編『華僑・華人事典』(弘文堂、2002年6月、ISBN 4-335-55080-4) == 外部リンク == *[http://www.tokyo-chinese.com 東京華僑総会] *[http://www.huaren.org/ 華僑基金サイト] (英語) {{華僑}} {{漢民族の地区}} {{DEFAULTSORT:かきよう}} [[Category:民族集団]] [[Category:漢民族]] [[Category:外国人]] [[Category:人間の移動]] [[Category:交易の歴史]] [[Category:南海貿易]]
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