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{{Infobox 河川 |名称=草津川 |画像=[[画像:Shin-Kusatsugawa.jpg|300px|草津川 2007年4月18日撮影]] |画像説明=草津川大橋から西望(草津川) |水系等級=[[一級水系]] |水系=[[淀川]] |種別=[[一級河川]] |延長=15 |標高=-- |流量=-- |観測所= |流域面積=48 |水源=鶏冠山(滋賀県) |河口=[[琵琶湖]](滋賀県) |流域=[[滋賀県]] |脚注= |出典= }} {{右| [[画像:Kyu-Kusatsugawa ruins.jpg|thumb|none|240px|中山道付近の旧河道(2007年4月)]] [[画像:Kusatsu_River_Embankment_Cut_Through.jpg|thumb|none|240px|切り崩された旧草津川(廃川)堤防。画面中央を左右方向に横切るのが大江霊仙寺線]] [[画像:Old Kusatsu River in 2012 Spring.JPG|thumb|240px|春の旧河道(2012年4月)]] }} [[画像:JR West Biwako Line Kusatsugawa Tunnel.jpg|thumb|240px|東海道本線。この上を草津川が流れていた。]] '''草津川'''(くさつがわ)は、[[滋賀県]]を流れる[[淀川]]水系の[[一級河川]]である。下流部分は典型的な[[天井川]]であり度重なる災害をもたらしていたが、[[2002年]]7月、治水事業として中流域から琵琶湖にかけての'''草津川放水路'''が開削されたため、天井川を成していた旧河道は廃川となった。従来の流路を旧草津川とも称する。 == 地理 == 滋賀県[[大津市]]南東部の鶏冠山(標高491m)西麓を源流とする。一級河川の指定区間上流端である、[[ヨハネス・デ・レーケ]]が築堤にかかわったとされるオランダ堰堤を経ておおむね北へ流れる。草津市に入って美濃郷川を合わせ、[[名神高速道路]]の付近から、やや北西向きに変わる。草津・栗東両市の境を成しつつ[[東海道新幹線]]に近づくと金勝川が合わさり、ここから新河道の区間に入る。新幹線橋梁からは西に向きを変え、草津川廃川敷地河口跡の約3km南方で琵琶湖に注ぐ。河口部には帰帆北橋が架かる。 == 歴史 == === 天井川と新河道の開削 === [[天井川]]の歴史は、それほど古くはない。古文書から約200年前までは天井川であったことを確認できず、河底に国道のトンネルを開通させた約110年前の明治19年までの間に、多量の土砂流出と堤防の積み上げにより短い期間に一気に形成されたものと考えられている。天井川が形成されて以降は、増水のたびに河川の氾濫を繰り返すようになったことが、記録に多く残されており、さらに近年になると京阪神地区のベッドタウンとして発展したことから、人口と資産の増大にともない被害も甚大なものとなっていった。この対策として現存河川の河底を掘り下げることよりも、新河川への切り替えが防災面コスト面とも有利であると判断され、2002年に放水路による下流部の付け替えが行われた<ref>[http://www.bbox.biwakokasen.go.jp/MZBBOX/ImagesBBox/html/A07130B00003.html 「琵琶湖草津川放水路計画」パンフレット]琵琶湖河川事務所</ref>。 *1886年(明治19年)3月 - 中山道・草津川隧道(草津マンポ)完成。(旧国道2 号線) *1889年(明治22年)7月 - 東海道本線のトンネルが開通。 *1936年(昭和11年)3月 - 草津川隊道(トンネル)完成。国道2 号線→国道1 号線(現上り路線)。高架の高さ4.3m。純RC道路トンネルで記銘入りでは、滋賀県下で最古。 *1964年(昭和39年)3月 - 中山道・草津川隧道(草津マンポ)改修し、高さ・幅を広げて、現在の形となる。 *1966年(昭和41年)3月 - 国道1号の新草津川トンネル工事現場で増水によって堤防が崩れ落ちる。 *1971年(昭和46年)- 第二草津川トンネル完成。国道1 号線(現下り路線)。上下路線分離。 *1982年(昭和57年)6月 - 草津川放水路工事着手。 *1989年(平成元年)- 草津川隧道内の塗り替え工事で、草津市にゆかりのある浮世絵が壁面に描かれた。 *1992年(平成4年)4月 - 指定区間外として国土交通省の直轄管理に代わる。 *2002年(平成14年)7月 - 草津川放水路暫定通水。 *2009年(平成21年)4月 - 滋賀県に管理を移譲。 === 天井川の形成 === 草津川堤防の形成過程には大きく6段階あることが都市計画道路大江霊仙寺線の整備工事による堤防の断ち割り調査の際に判明した。まず、江戸時代初期には低い堤防があり、内側の川幅が現在より広くとられていたものが、江戸時代中期頃に礫土砂の堆積などにより川床が年々高くなり、川浚えすることにより徐々に堤防が築かれ、江戸時代後期には現在の天井川の形となった<ref>「旧草津川堤防の断ち割り調査報告」(草津の古代を掘る2007)</ref>。 === 旧河道の利用 === 廃川区間である金勝川合流地点から河口までの約7.2kmのうち、JR新幹線~メロン街道間の約5.7kmは、県の所有となった。金勝川合流地点からJR新幹線までの上流区間は、草津川防災ステーション(施設規模;約0.9ha)。メロン街道から下流は、琵琶湖(ビオトープ保全区間)として残る。 『草津川廃川敷地整備基本計画』に基づき、草津川廃川敷地利用計画検討協議会が開催され、跡地利用に向けて現在検討がされている。廃川区間のJR新幹線~JR東海道本線間は、7団体により滋賀県と草津市の三者で、廃川河道の草刈りや清掃などの管理委託がされ、中山道の渡し場付近には、江戸時代後期の徒歩渡しの再現がされている。 草津市木川・野村地区を含む周辺地区の交通利便性を向上させる目的から[[都市計画道路]]大江霊仙寺線(おおえりょうせんじせん)の延長工事が、[[2006年]]5月から旧草津川の一部で堤防の切り崩し工事や河道の平坦化工事が行われ、[[2008年]]4月21日に開通した。また、都市計画道路大津湖南幹線(主要地方道草津守山線等)の旧草津川砂川大橋の撤去工事により平地化され、平成22年11月16日、4車線で供用開始した。 == 流域の自治体 == ; 滋賀県 : [[大津市]]、[[栗東市]]、[[草津市]] == 出典 == {{reflist}} == 外部リンク == * [http://www.pref.shiga.lg.jp/h/kako/kaisyu/kr_syourai.html 草津川の将来を考える(滋賀県庁)] {{DEFAULTSORT:くさつかわ}} [[Category:滋賀県の河川]]
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