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'''苫小牧'''(とまこまい)は、[[北海道]]南部の[[胆振支庁|胆振]]地方中部の[[地名]]。 == 語源 == [[アイヌ語]]の「沼の奥にある川」を意味する「トマコマナイ」( to mak oma nay ) に由来する。なお、この「トマコマイ」の由来については、「マコマイ」川の旧河道・河口を指し示す「トゥマコマイtu-makomai(元の・マコマイ川(河口・河道))」<市立総合病院の南300mの地点>に、起源を求めるとする説もある。 [[地方自治体]]、河川、港などの名称に用いられているが、[[郡]]、山などの名称には用いられておらず、郡名にはかつて苫小牧よりも栄えていた[[勇払]]が[[勇払郡]]として使われている。地方の名称にはあまり用いられない。付近の市町を含む場合は、多くの場合東胆振が使われる。 == 歴史 == [[1873年]](明治6年)2月に'''苫細'''と漢字表記される。それまではカタカナ表記であった。主として東京都[[八王子市]]からの移住者が多かった。 [[1874年]](明治7年)8月20日、苫小牧郵便取扱所(後の[[苫小牧郵便局]])の文書によると、字名を「苫細」から「苫小牧」に改めたという。一般的に「牧」は「まい」とは読まないので、「苫小'''枚'''」とすべきところだが、[[開拓使]]東京出張所庶務課の[[小牧昌業]]が、「細」を「小'''枚'''」と修正する際に誤って、書き慣れている自分の名字の「小牧」を記入してしまった、という説がある。なお、インターネット上では、[[Google]]検索の結果によると、全体の7%程度が「苫小'''枚'''」と誤記されている(2005年3月現在)。 [[1902年]](明治35年)4月1日、[[北海道第二級町村制]]が施行され、[[樽前]]村・[[覚生]]村・[[錦多峰]]村・[[小糸井]]村・苫小牧村・[[勇払]]村・[[植苗]]村を合併し、苫小牧村となる。これにより広域的な地名となる。[[1918年]](大正7年)1月1日、苫小牧村に町制施行され、[[町]]の名称となる。[[1948年]](昭和23年)4月1日、苫小牧町に市制施行され、[[市]]の名称となる。 なお、[[愛知県]][[小牧市]]などの[[小牧]]という地名とは無関係。 == 参考文献 == * 苫小牧市史編さん室(編集)『目でみる苫小牧の百年』苫小牧市,1973年 * 苫小牧民報 1996年12月17日付 == 関連項目 == * [[苫小牧市]] {{DEFAULTSORT:とまこまい}} [[Category:苫小牧市の地理]]
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