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能古島
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{{出典の明記|date=2013年10月17日 (木) 08:20 (UTC)}} {{Pathnav|日本|福岡県|福岡市|西区 (福岡市)|frame=1}} {{Infobox 島 | 島名= 能古島 | 画像= [[File:Nokono-shima island from Hakata bay.JPG|300px]]<br><small>北東側からの島全景。[[芦辺港]]発[[博多港]]行き[[九州郵船]]フェリーの船上から撮影。</small> | 座標= {{ウィキ座標2段度分秒|33|37|15|N|130|18|12|E|region:JP}} | 面積= 3.95(2010年10月) | 周囲= 12 | 標高= 195.0(三角点の標高) | 最高峰= | 最大都市= | 諸島= | 海域= [[博多湾]] | 国= {{JPN}}([[福岡県]][[福岡市]]) }} [[画像:Map Fukuoka-City isles.png|thumb|right|250px|能古島の位置(紫色が西区)]] '''能古島'''(のこのしま)は、[[福岡県]][[福岡市]][[西区 (福岡市)|西区]]に所属する[[島]]である。[[博多湾]]の中央に浮かんでいる。 大都市の目の前にありながら僅か10分の船旅で都会の喧噪を忘れられるとあって、福岡市民の身近な行楽地として親しまれる。福岡でも屈指の[[菜の花]]・[[桜]]・[[コスモス]]・[[水仙]]の名所で、満開のころは一年で最も混雑する。 == 地理 == [[画像:20080813UmiNoNakamichiM.JPG|thumb|right|300px|[[海ノ中道]]上空からの能古島(左)。他に[[志賀島]](右)と[[玄界島]](右奥)も見える。]] [[ファイル:Nokonoshima Island.JPG|thumb|right|300px|上空からの全景]] 博多湾の中央に位置し、南北3.5キロメートル、東西2キロメートル、周囲12キロメートル、面積3.95平方キロメートル<ref>[http://www.gsi.go.jp/KOKUJYOHO/MENCHO/201310/shima.pdf 島面積] 平成25年全国都道府県市区町村別面積調 国土地理院(2013年10月現在)</ref>。最高標高195.0メートル(三角点の標高)。人口は約720人。世帯数は、約200世帯。 島の渡船場から[[アウトレットモール]]の[[マリノアシティ福岡]]まで直線距離で2キロメートルほど。[[福岡タワー]]や[[福岡ドーム|福岡Yahoo! JAPANドーム]]のある[[シーサイドももち]]地区も約5キロメートル。近代的[[建築物|ビル]]や高層[[マンション]]が対岸に立ち並ぶも自然が満喫できるという[[立地|ロケーション]]である。 島の西海岸には3億年前の変[[斑れい岩]]・[[結晶片岩]]が波に洗われ、その横には1億年前の[[花崗岩]]がある。4000万年前[[新生代]][[古第三紀]]の[[礫岩]]・紫赤色[[頁岩]]からなる[[残島層]](のこのしまそう)も島内で[[露頭]]し、能古島は[[隆起と沈降]]を繰り返してきたことが窺える。港の[[防波堤]]の横には500万年前に噴出した[[マグマ]]の[[火道]]が残り、含鉄[[玄武岩]]は島の各地で見られる。 なお、能古島は[[離島振興法]]の指定地域ではない。能古島は、1970年に[[市街化調整区域]]の指定を受け、今日に至っている。 能古島には、高校はなく小学校と中学校が同じ敷地内に校舎が隣接して建っている。その学校からは姪浜が一望できる。[[福岡市立能古小学校]]・[[福岡市立能古中学校]]は、[[福岡市教育委員会]]から特認校の指定を受けており、福岡市全域から生徒が通学している。自然豊かな環境と1クラス、15人から20人の少人数授業が行われている。 == 歴史 == 古くは「残」「能許」「能挙」「乃古」とも記載された。現在の表記が一般化したのは戦後になってからである。 === 上古 === [[神子柴系石器群]]の片刃磨製[[石斧]]が表採されている<ref>吉留秀敏「能古島採集の神子柴型石斧」 『能古島』</ref>ほか、島内各地から[[黒曜石]]製の[[打製石器]]が表採されている<ref name="shioya">塩屋勝利「福岡市能古島の考古資料」 『福岡市立歴史資料館研究報告』第8集 福岡市立歴史資料館 [[1984年]]</ref>。島の南東部の高台にある北浦遺跡や島南部のに西遺跡では、[[弥生時代]]前期末から中期前葉の[[弥生土器]]が表採されたほか、島北端の也良でも[[磨製石斧]]が表採される。島南東部には[[箱式石棺墓]]が営まれるが、出土遺物が無く時期は不明である。島の南側には、[[7世紀]]前後の[[古墳]]である早田古墳群があり、2基の[[横穴式石室]]が現存する。島の中央部にも鬼塚古墳という古墳があったとされるが、1941年の開墾で消滅したとされる<ref name="shioya"></ref>。筑前国続風土記には、神宮皇后が帰朝のとき、この島に住吉の神霊を残し留めて異国の降伏を祈ったので残の島という、とある<ref>井上精三 博多郷土史事典 葦書房P175</ref>。 === 古代 === 能古島が初めて登場する文献は『[[平安遺文]]』である。[[731年]](天平3年)頃の[[住吉神社 (福岡市)|住吉神社]]の社領を記述した文中に「能護嶋」の名で登場する。 古代の群制では[[早良郡]]に組み込まれた。[[奈良時代]]には島北端の也良岬(やらみさき)に[[防人]]が設置される。『[[万葉集]]』には {{Cquote|沖つ鳥 鴨とふ船の 帰り来ば 也良の防人 早く告げこそ}} {{Cquote|沖つ鳥 鴨とふ船は 也良の崎 廻みて遭ぎ来と 聞え来ぬかも}} と詠まれている。アイランドパーク内に[[狼煙]]台が復元されている。また[[遣新羅使]]が寄港地であった対岸[[糸島半島]]の唐泊で出航を待つ心情を綴った {{Cquote|韓亭 能許の浦 波立ちぬ日はあれども 家に恋ひぬ日はなし}} {{Cquote|風吹けば 沖つ白波 恐みと 能許の亭に 数多夜ぞ寝る}} という歌も『万葉集』に残されている。 [[平安時代]]中期に編纂された『[[延喜式]]』兵部式には、島に[[ウマ|馬]][[牧]]があった旨の記述が残されている。島の中心に残る古土手という土塁遺構は、馬牧の境界だったと考えられる。 === 中世 === 島南東の城ノ浦には北浦城(または城崎城)の遺構が残っている。『[[筑前国続風土記]]』や『早良郡志』では築城者として[[山上憶良]]と、[[藤原純友]]家臣の伊賀寿太郎の2名を挙げている。 能古島は日本の歴史上、外敵に蹂躙されたことのある地の一つである。[[1019年]](寛仁3年)の[[刀伊の入寇]]では[[4月8日]]から[[4月11日]]の3日間に早良群全体の被害量よりも多くの牛馬を略奪されたことが『[[小右記]]』に記録されている。[[1281年]](弘安4年)の[[元寇#弘安の役|弘安の役]]では、島に上陸されたことが『[[八幡愚童訓]]』に記録されている。明治末期に島の南部で人骨が一箇所にまとまって出土したことがあり、現在は蒙古塚が立てられて元寇の犠牲者の供養がされている。 戦国時代には[[大友氏]]家臣[[高橋鑑種]]の所領となる。[[石高]]は25[[石 (単位)|石]]。 === 近世 === 近世初頭には、残島浦として筑前五ヶ浦廻船の根拠地の一つとして繁栄した<ref>高田茂廣『筑前五ヶ浦廻船』</ref>。島南部の白髭神社も、海神である住吉大神を祀っていることから、廻船乗組員の寄進を受けており、[[1689年]](元禄2年)建立の鳥居には寄進した廻船業者の名が残る。 [[江戸時代]]には[[福岡藩]]の[[ニホンジカ|鹿]]狩りの場とされていた。しかし、鹿が[[農産物]]を荒らすため、対策として[[1836年]](天保7年)に島の南北を海の中まで分断するような[[石垣]]を完成させて島南側の耕地への鹿の侵入を防いだ。これは鹿垣(しかがき)と呼ばれ、幅3mの溝を掘り、溝の南側に高さ2mに土を盛って土塁とし、土塁の北面に30~50cm大の石を積んだ構造であった。[[幕末]]の[[1853年]](嘉永6年)にはこの狩場で[[ジェームズ・スターリング (西オーストラリア州総督)|スターリング]][[イギリス|英国]]東洋艦隊提督が鹿狩りに興じた。ただし島の鹿は[[1945年]](昭和20年)ごろに全滅した。 島南部には1基の登窯が残る。これは、能古焼という[[伊万里焼]]系の染付磁器と[[高取焼]]系陶器を焼いた窯であり、『筑前国続風土記』によると、[[1764年]](明和元年)から[[1781年]](天明元年)までの約20年間のみ操業したという。現在、唯一の製品と思われる花瓶が隣接する能古博物館に展示されており、登窯は福岡市指定史跡となっている。[[1861年]](文久元年)には福岡藩によって異国船対策の[[台場]]が設置された<ref>高田茂廣「能古島の歴史」 『能古島』</ref>。 === 近現代 === 江戸時代には廻船業で繁栄した能古島も、明治維新以降は農業と沿岸漁業で生計を立てる[[漁港]]と[[棚田]]の島へと変貌した。 [[1941年]](昭和16年)[[10月15日]]には早良郡能古村が福岡市に編入され今に至る。人口は[[1950年代]]の約1,500人を頂点に徐々に減少しつつある。 作家の[[檀一雄]]が晩年を過ごした島でもあり、壇が詠んだ最期の歌である《モガリ笛いく夜もがらせ花ニ逢わん》の[[文学碑]]がある。毎年5月の第3日曜日には彼を偲んで「花逢忌」が営まれる。 == 観光 == [[File:Nokonoshima-Shikanosima.jpg|thumb|right|300px|のこのしまアイランドパークからの眺め。[[志賀島]]と[[海の中道]]が望める]] [[File:Beach of Nokonoshima Camp Village.jpg|thumb|right|300px|能古島キャンプ村海水浴場]] * のこのしまアイランドパーク - 春の[[アブラナ|菜の花]]・秋の[[コスモス]]・冬の[[スイセン属|水仙]]が有名。 * 能古島キャンプ村海水浴場 * 北浦海水浴場 * 展望台 - 博多湾を一望できる。 * 能古渡船場 * 亀陽文庫能古博物館 * 能古夢珈琲園 - [[コーヒー豆]]を自家栽培する。 * 白髭神社 - 能古島の[[産土神]]で、祭神は[[住吉大神]]、[[神功皇后]]、志賀明神(しかみょうじん)など。毎年10月に開催される宮座行事は、福岡市無形文化財に指定されている。 * カフェ&レストラン オーシャンズキッチン - 春~秋にかけてオーシャンズキッチンにあるウットデッキテラスでBBQができる。唯一能古島でデリバリーサービスをしているお店。 == 交通 == === 姪浜渡船場までの交通 === ; [[西鉄福岡(天神)駅]]から : 「天神バスセンター前」1Aのりばから[[西鉄バス]]300番・301番・302番・304番・快速エコルライナーの「能古渡船場」行きに乗車、終点下車。 ; [[博多駅]]から : 「[[博多バスターミナル]]」5番のりばから西鉄バス312番の「能古渡船場」行きに乗車、終点下車。博多駅周辺からは天神経由や城南線経由のバスも発着しているが、天神経由は[[渡辺通り]]の渋滞に影響されやすく、城南線経由は都市高速を利用しないため時間がかかる。 ; [[姪浜駅]]から : 「姪浜駅北口」から西鉄バス1番・98番の「能古渡船場」行きに乗車、終点下車。 ; マイカー 自動車の航送は島民優先で、島内の道路も非常に狭い。観光客は姪浜渡船場の[[駐車場]]を利用することになる。多客期にはマリノアシティ福岡との間に無料シャトルバスが運行され、そちらの駐車場も利用できる。 === 能古島への交通 === [[File:Flower NOKO.jpg|thumb|240px|right|姪浜渡船場と能古島の間を運航する[[福岡市営渡船]]「フラワーのこ」。]] [[File:Flowers in front of Noko Ferry Passenger Terminal.JPG|thumb|240px|right|能古旅客待合所前の風景]] 福岡市西区の姪浜渡船場から福岡市が運営する市営渡船がある。 朝と夕方は、30分間隔で運行し、その他の時間帯は、60分間隔で運行されている。 :1日23便(日祭日は21便)。片道約10分。春・秋の行楽シーズンは、増便される。 :大人片道230円(消費税増税のため)・小人片道110円 行楽シーズンには、姪浜渡船場横から公認の海上タクシーが運行する。大人片道500円で5分足らずで能古島に到着する。博多湾の潮風を感じられるので人気が高く、料金も安いのが魅力。フェリーに間一髪乗り遅れても海上タクシーならフェリーを追い越して島に到着でき、フェリーに接続しているアイランドパーク行きの西鉄バスにもゆっくり座って乗車できる。 市中心部の[[天神 (福岡市)|天神地区]](福博であい橋)より能古島までの直通[[水上バス]]が[[2010年]][[7月17日]]より同年[[10月31日]]までの間、試験運行されていた。さらに、2011年3月27日より、[[天神中央公園]](福博であい橋)との間で定期運行予定。詳細は[[那珂川 (九州)#水上バス|那珂川#水上バス]]を参照。 === 島内の交通 === [[File:Nishitetsu bus on Nokonoshima Island.jpg|thumb|240px|right|島内の道路(奥に[[西鉄バス]]が見える)]] 島の中心集落内、中央部、東岸部などに自動車通行可能な道路がある。島内には信号はない。 駐在所が公民館前にあり常時、警察官が駐在している。 小売店は全て島の南部に集中しており、渡船場に1軒あるほか、漁協の前に1軒あり、その近くに酒屋が2店舗構えている。 島内では[[西鉄バス]]が運行されている。[[西鉄バス愛宕浜自動車営業所|愛宕浜自動車営業所]]が担当しており、島の中心集落の西端部にある龍の宮とアイランドパークを結ぶ。途中、渡船場を経由する。渡船場発着の便もある。概ね1時間に1本の運行があり、多客期などは渡船場 - アイランドパーク間に臨時便が運行される場合がある。 == 産業 == [[File:Amanatsu trees on Nokonoshima Island.JPG|thumb|260px|right|島内の[[甘夏]]果樹]] 農業(柑橘類)と漁業(魚介類)がメインであるが「アイランドパーク」を主体とした観光の島でもある。 また、対岸の姪浜までフェリーで10分の近さであり、{{要出典範囲|date=2010年8月|今では1/5近くが博多・天神方面へ通勤している}}。 {{要出典範囲|date=2010年8月|農業従事者のほとんどが柑橘(みかん)の栽培で生計をたてている。}}特に「[[カワノナツダイダイ|甘夏みかん]]」と「[[ニューサマーオレンジ]]」の栽培が盛んである。また、、{{要出典範囲|date=2010年8月|漁業従事者の7割は[[アサリ]]漁で生計をたてている。}}能古島では、3年前{{いつ|date=2010年8月}}から[[カキ (貝)|牡蠣]]「万葉牡蠣」の養殖も行われるようになっている。 == 能古島のおみやげ・特産品 == [[File:Nokono-Ichi.jpg|thumb|260px|right|能古島の特産品が販売されている「のこの市」。]] === 農産物・海産物 === *天然あさり(3月~11月) *[[カワノナツダイダイ|甘夏みかん]](4月初旬~6月初旬) *[[ニューサマーオレンジ]](4月下旬~5月下旬) === 特産品・名産品 === [[File:Nokonoshima cider.jpg|thumb|200px|right|能古島サイダー]] [[File:Nocorita.jpg|thumb|200px|right|ノコリータ]] *天然あさり弁当(春・秋の期間限定販売) *あさりおにぎり(春・夏の期間限定販売) *茶ぶりなまこ *茶ぶりツメタ貝 *茶ぶりアカニシ貝 *玄界灘やりいか沖漬け *芽吹きピーナッツもやしキムチ *手作り甘夏ぽん酢 *のこ芋羊羹 *よもぎ羊羹 *甘夏のど飴 *ニューサマーオレンジのど飴 *早積みレモンのど飴 *甘夏クッキー *能古島サイダー *ノコリータ *能古うどん *のこぽん *のこバーガー *能古島サブレー *しあわせを呼ぶドレッシング(赤玉葱とニューサマーオレンジ) == かいわれ大根発祥の地 == 今や日本の食卓に定着している[[カイワレダイコン|かいわれ大根]]は能古島が発祥の地である。能古島に住む前田瀧郎が考案したとされる。但し、かいわれ大根は元々は大阪で食されていた食材であり、それを能古島へ持ち帰った前田が栽培方法を改良しただけに過ぎない。前田は「あの時[[特許]]を取っていれば」と苦笑いしてテレビ番組で語ったことがあり、後に[[ラッカセイ|落花生]]の[[モヤシ]]「芽吹きピーナッツ」を考案、特許を取得している。 == 能古島に関する作品 == === 音楽 === *[[B'z]]『[[RING (B'zの曲)|RING]]』(リング)B'zの30作目のシングル。(11thアルバム『[[ELEVEN (アルバム)|ELEVEN]]』収録) *[[井上陽水]]『能古島の片想い』(アルバム『[[陽水II センチメンタル]]』収録) *[[モダーン今夜]]『ひまわりのこ』 *[[とんちピクルス]]『ノコリータ』 === 小説 === *[[檀一雄]]『火宅の人』 == 脚注 == <references/> == 参考文献 == *高田茂廣『能古島物語』能古歴史研究会、1971年 *[[福岡市教育委員会]]編 『能古島』福岡市埋蔵文化財調査報告書第354集、1993年 *前田淑『大宰府万葉の世界』[[弦書房]]、2007年、ISBN 902116-78-6 *『福岡県の歴史散歩』[[山川出版社]]、1984年 *福岡市 編『ふくおか歴史散歩』 *岡本顕實『防人』さわらび社 *浦辺登『太宰府天満宮の定遠館』[[弦書房]]、2009年、ISBN 86329-026-6 == 関連項目 == {{Commons|Category:Nokonoshima}} * [[日本の地理]] * [[島の一覧]] * [[日本の島の一覧]] * [[のこのしま自然農園]] == 外部リンク == * [http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=333730&l=1301816&r=1 国土地理院 地形図閲覧システム 2万5千分1地形図名:福岡西部] {{福岡市の地域}} {{DEFAULTSORT:のこのしま}} [[Category:西区 (福岡市)]] [[Category:福岡県の島]] [[Category:日本海の島]]
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