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'''総督'''(そうとく)とは、以下のことを指す。 # [[中国]]の[[明]][[清]]代の[[地方長官]]。 # [[日本]]の[[幕末]]から[[明治時代|明治初期]]の[[軍]][[司令官]]。[[禁裏御守衛総督]]、[[東征大総督]]など。 # [[大日本帝国]]の[[植民地]]長官。[[台湾総督]]、[[朝鮮総督]]。 # 諸国における地方および海外領土、植民地の長官の称号に対する訳語の一つ。[[ローマ帝国]]の[[属州総督|レクトル・プロウィンキアエ]]、[[アケメネス朝]]ペルシアの[[サトラップ]]、[[オスマン帝国]]の[[ワーリー]]、[[大英帝国]]のガバナー(Governer)、[[ハンガリー王国]]下の[[クロアチア]]の[[バン (称号)|バン]]など。 # 宗主国から独立した国家でも4の称号が継続して用いられることがある。[[イギリス連邦]]におけるガバナー・ジェネラル(Governer-General; [[カナダ総督]]、[[オーストラリア総督]]など)、[[オランダ総督]](stadhouder)など。 == 中国 == [[中国]]の「総督」とは、国内の地方長官のことである。同時期の地方長官である[[巡撫]]が1[[省 (行政区分)|省]]程度を管轄したのに対し、総督は複数省の軍民両政を執りしきった。[[明]]代には国難があった時に柔軟に対応するための臨時官(宣大総督・陝西三辺総督 等)であったが、この官職名を継承した[[清]]は常設官として大権を与えた。また、清ではこれら通常の総督の他に、特命大臣的な総督(河道総督・漕運総督 等)も配置した。清朝末期になると地方行政を一手に担う総督の中には中央朝廷より実力を持つ者も出始めた。([[曽国藩]]・[[李鴻章]]・[[袁世凱]] 等) === 清の総督 === * [[直隷総督]] ([[直隷省]]・[[河南省]]・[[山東省]]の総督) * [[両江総督]] ([[江南省]](現[[江蘇省]]・[[安徽省]])・[[江西省]]の総督) * [[両広総督]] ([[広東省]]・[[広西省]]の総督) * [[閩浙総督]] ([[福建省]]・[[浙江省]]・[[台湾省]]の総督) * [[雲貴総督]] ([[雲南省]]・[[貴州省]]の総督) * [[湖広総督]] (湖広省(現[[湖北省]]・[[湖南省]])の総督) * [[陝甘総督]] ([[陝西省]]・[[甘粛省]]の総督) * [[四川総督]] ([[四川省]]の総督) * [[東三省総督]] ([[東三省]](現[[遼寧省]]・[[吉林省]]・[[黒竜江省]])の総督) * [[河道総督]] (河川工事の専門官) * [[漕運総督]] (漕運(租税としての穀物を運河等を利用して首都に運搬する事)の総責任者) == 日本 == [[日本]]でも歴史的には、[[下関条約]]調印後[[1895年]]から[[1945年]]の間[[台湾総督府]]を、[[日韓併合条約]]調印後[[1910年]]から[[1945年]]の間[[朝鮮総督府]]を、それぞれ設置したことがある。また[[明治]]初期の[[地方裁判所]]の長官にあたる職位に総督という呼称を用いたこともある([[裁判所 (地方制度)]]参照)。 == 古代ローマ帝国 == {{See|属州総督}} == 東ローマ帝国 == [[ファイル:Imperium Romanum.png|300px|thumb|[[ユスティニアヌス1世]]時代の[[東ローマ帝国]](青色部分)。青色と緑色部分は[[トラヤヌス]]時代の[[ローマ帝国]]。赤線は東西ローマの分割線。]] {{See also|エクザルフ}} <ref>この節の主要参考文献:ポール・ルメルル著『ビザンツ帝国史』白水社文庫クセジュ(2005年)、ISBN 4560058709 および 尚樹啓太郎『ビザンツ帝国の政治制度』東海大学出版会〈東海大学文学部叢書〉(2005年)、ISBN 978-4-486-01667-0</ref> [[東ローマ帝国]]では、[[6世紀]]末に'''総督'''職({{lang-el|ἔξαρχος}}, {{lang-en|Exarchates}}, [[古典ギリシャ語]]再建音:'''エクサルコス'''、[[現代ギリシャ語]]:'''エグザルホス''')が設けられた。総督は「'''地方大守'''」と訳される事もある。 [[476年]]の[[西ローマ帝国]]の滅亡後も、[[東ローマ帝国]]は[[古代末期]]には安定した状態を維持し、領土拡張を行う能力を保持していた。[[ユスティニアヌス1世]]の再征服の間に、北[[アフリカ]]・[[イタリア]]・[[ダルマチア]]・[[スペイン]]が、東ローマ帝国の版図に入った。この領土拡張は帝国の限られた資源にとり途方も無い重圧となり、征服事業にかかった軍事費は東ローマ帝国の国家財政の破綻の要因ともなった。しかしながらユスティニアヌス帝の後継者である東ローマ皇帝たちは、再征服された領土を放棄して重圧を免れる方策を採らなかった。この経緯により、地方の変化に恒常的に対処する'''総督府'''({{lang-en|Exarchates}})が設置される事になる。 [[ローマ]]は早々に見放されたが、6世紀末の皇帝[[マウリキウス]]によって[[ラヴェンナ]]と北[[アフリカ]]の[[カルタゴ]]に総督府が設けられ、東ローマ帝国は版図の維持に努めた。 [[ディオクレティアヌス]]による[[ドミナートゥス|専制君主制]]の強化により、[[属州]]の行政権と軍事権は別々の系統に属しており、総督も当初は軍の最高指揮官として置かれた。しかし徐々に臨戦体制強化のために行政権も握るようになった。軍事指揮官に行政権も与えて権限を集中させる傾向は、後の[[テマ制]](軍管区制)へとつながっていく。総督は皇帝の代理だけでなく[[コンスタンディヌーポリ総主教|コンスタンティノープル総主教]]の代理としての役割も果たした。カルタゴ総督府は7世紀に[[ウマイヤ朝]]によって、ラヴェンナ総督府は8世紀に[[ランゴバルド王国]]によって陥落し、東ローマ帝国からは失われていった。 == オランダ == 16世紀~18世紀の[[ネーデルラント連邦共和国]]([[オランダ]])では、各州の議会あるいは連邦議会により、州の首長として[[オランダ総督|総督]](Stadtholder;「統領」とも訳される)が任命された。事実上君主に近い地位であり、後のオランダ王家である[[オラニエ=ナッサウ家]]の一族がほとんど世襲していた。 == 大英帝国とイギリス連邦 == [[イギリス]]も植民地に総督をおいており、例えば、[[インド]]の[[インドの総督|総督]]は[[1773年]]から[[1950年]]の間、存在した。植民地独立後も[[イギリス連邦]](Commonwealth)に属する国々の中には、現在でも元首である[[イギリス君主一覧|国王]]の名代として総督が任命されている国がある。例えば[[カナダ]]や[[オーストラリア]]、[[ニュージーランド]]には現在でも職位としての総督が存在する。 「総督」と訳される役職にはGovernorとGovernor-Generalがあるが、前者は「知事」とも訳される。いずれにせよ、その地域において国王の代官としての役割を果たしているが、イギリス領である地域ではイギリス政府によってイギリス本国から総督が派遣されており、場合によってはかなりの統治権限を有する(返還前の[[香港]]が一例。現在では[[ジブラルタル]]、[[セントヘレナ]]、[[イギリス領ヴァージン諸島]]、[[フォークランド諸島]]などがこれに該当する)。それに対しカナダやオーストラリア、ニュージーランドなど独立した[[英連邦王国]]の場合、総督はあくまでもカナダやオーストラリア、ニュージーランドには通常は滞在していない各国の国王([[イギリス]]国王が兼任)の代理として、儀礼的な職務を行う存在である(オリンピックの開会宣言は通常その国の元首が行うが、[[カルガリーオリンピック]]や[[シドニーオリンピック]]、[[バンクーバーオリンピック]]では、当時の[[カナダ総督]]や[[オーストラリア総督]]が開会宣言を行った。なお、[[1976年]]の[[モントリオールオリンピック]]では[[エリザベス2世]]自身が、カナダ女王として開会宣言を行っている)。そのため、現在ではそれらの国における総督はイギリス政府とは無関係であり(各国の王室=イギリス王室とは関係があるが)、実際には各国の首相の推薦により、各国の市民権を持つ人が総督に選ばれるのが通例である。 == ドイツ == {{main|国家弁務官|ポーランド総督府|ベーメン・メーレン保護領}} [[ドイツ帝国]]時代、海外の[[ドイツ植民地帝国|ドイツ植民地]]や[[ヘルゴランド島]]の統治者として「{{lang-de|Reichskommissar}}」が派遣された。この役職は海外統治だけではなく、特定の政治問題担当者にも任じられるが、植民地や占領地の統治者であるReichskommissarは「総督」と訳されることも多い。 [[ナチス・ドイツ]]時代には占領地の統治に当たるReichskommissarが、[[東部占領地域]]([[ウクライナ]]、バルト三国)や西ヨーロッパに設置された。また[[ポーランド]]のうち、ドイツに併合されなかった部分には「{{lang-de|Generalgouverneur}}」である[[ハンス・フランク]]の[[ポーランド総督府]]が支配に当たった。また形式上ドイツの保護領となった[[チェコ]]([[ベーメン・メーレン保護領]])においては、「{{lang-de|:Reichsprotektor}}」が行政のトップとされた。これらの役職もそれぞれ総督と訳されることが多い。 == 各国の総督一覧 == * [[アメリカ合衆国]] ** [[アメリカ領フィリピンの総督・高等弁務官|フィリピン総督]] ** [[パナマ運河地帯総督・長官の一覧|パナマ運河地帯総督]] * [[イギリス帝国]] ** [[インドの総督|インド総督]] ** [[ジブラルタル]]総督 ** [[イギリス領ケニア総督|ケニア総督]] ** [[イギリス領ナイジェリア総督|ナイジェリア総督]] ** [[イギリス領西インド連邦総督|西インド連邦総督]] ** [[香港総督]] ** [[イギリス領ニヤサランド総督|ニヤサランド総督]] ** [[イギリス領北ローデシア総督|北ローデシア総督]] ** [[イギリス領南ローデシア総督|南ローデシア総督]] ** [[イギリス領ローデシア・ニヤサランド連邦総督|ローデシア・ニヤサランド連邦総督]] ** [[イギリス領南アラビア連邦総督|南アラビア連邦総督]] * [[イギリス連邦]] ** [[オーストラリア総督]] ** [[カナダの総督|カナダ総督]] ** [[ジャマイカの総督|ジャマイカ総督]] ** [[ソロモン諸島総督]] ** [[バハマ総督]] ** [[パプアニューギニア総督]] ** [[ベリーズ総督]] ** [[ニュージーランドの総督|ニュージーランド総督]] * [[オランダ]] ** [[オランダ総督]] ** [[オランダ領東インド総督|東インド総督]] * [[スペイン]] ** [[スペイン領フィリピンの総督|フィリピン総督]] * [[大日本帝国]] ** [[朝鮮総督府|朝鮮総督]] ** [[台湾総督府|台湾総督]] * [[フランス]] ** [[フランス領インドシナ総督|インドシナ総督]] ** [[フランス領アルジェリア総督|アルジェリア総督]] ** [[フランス領西アフリカ総督|西アフリカ総督]] ** [[フランス領赤道アフリカ総督|赤道アフリカ総督]] == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} {{Reflist}} <!-- == 参考文献 == {{Cite book}}、{{Cite journal}} --> == 関連項目 == <!-- {{Commonscat|Governor-General}} --> * [[総督府]] * [[副王]] * [[知事]] * [[副総督]] * [[裁判所 (地方制度)]] * [[アデランタード]] <!-- == 外部リンク == {{Cite web}} --> {{History-stub}} {{デフォルトソート:そうとく}} [[Category:総督|*]] [[Category:政治家・官僚の称号]] [[Category:清朝の官職]] [[Category:植民地]] [[Category:イギリスの歴史]]
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