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管理教育
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{{複数の問題 |観点 = 2009-9 |未検証 = 2009-9 |雑多な内容の箇条書き = 2009-9 <!-- |出典の明記 = 2009-9 --> }} '''管理教育'''(かんりきょういく) * [[メンテナンス|保守管理]]、[[危機管理]]などの管理([[マネジメント]])に関する[[職業教育]]。 * 教育方針のひとつ。以下で述べる。 ---- '''管理教育'''(かんりきょういく)とは、[[学校]]([[教員]])が一元的に[[児童]]・[[生徒]]の在り方を決定し、これに従わせる様式の[[教育]]方法、ないしその方針である。主として、命令一下による[[集団行動]]の徹底に重きを置く。 == 概要 == これらの教育方法では、児童・生徒が学校の意思決定に参加しない。特に初等教育では、児童らに判断力が乏しく自律的に何らかの行動指針を決定したり、あるいは行事の計画を行ったりということは大人の助け無しには困難ではあるが、一般に中等教育よりは[[生徒会]]などの形で一定の自主的な管理・運営機関を設けて学校運営に関与する。しかし管理教育では、自主性をもって生徒らが学校の意思決定に参加できず、専ら教員の意向に従うことを求められる。 この中では、指導上でやむを得ないと考えられる範囲を超えた規則や罰則などを否定的に捉える上で「行き過ぎた管理教育」として問題視される傾向を含み、[[日本]]の[[戦前]]の[[教育]]全般を指しても使われる。ただし、戦前でも[[大正デモクラシー]]の時期に、児童の自主性・自発性を重視しようとする[[大正自由教育運動]]が盛り上がりを見せた。 これらは教育の中に「[[社会性]]を育む(協調)」が組み込まれ、[[個人]]の[[欲求]]や希望よりも、社会全体の統制が優先されることに適応させようという[[全体主義]]的な理念も在るが、同時にこれら生徒の主体性を否定し、ともすれば[[性悪説]]的な理念に基づいて、管理と統制が無ければ個人は社会の中では無価値だという発想も見て取れる。 [[戦後]]は、[[1970年代]]までの[[義務教育]]が、比較的管理教育の傾向が強かったとされる。社会背景として[[日本の学生運動|学生運動]]の先鋭化、[[高度経済成長]]の行き詰まりと一部[[労働運動]]の活発化の経緯がある。当時の政府([[文部省]])としても[[冷戦]]構造における国民のあり方として、児童・生徒が従順で均一な[[労働者]]に育ってくれることを望んでおり(当時の職場は[[年功序列]]色が強く、上の立場の者に対しては盲目的に従順な[[体育会系]]従業員が好まれた)、また、教育現場においても児童・生徒数の増加等を背景とし、指導がしやすいような[[協調性]]や団結力を[[しつけ]]ようとしていた([[精神論]]・[[根性論]]も参照)。その過程において、管理教育と批判される傾向が生まれた。管理教育として槍玉に挙がるようなケースでは、管理側の都合のいいように各々の[[個性]]を無視ないし否定するなどといった部分が問題視される。 例えば名古屋において[[愛知県立旭丘高等学校|旭丘高校]]とその周囲の高校の関係において象徴的にみられたように、戦前からの伝統を持つ高校は長い歴史と文化の積み重ねがあるために、管理教育など必要とせずとも(高校の評価を行う1つの尺度であるところの)高い進学実績を達成することができている。これに対し、文化も歴史も持たない新設校は、管理教育によってそれに対抗するという状況が現出することになった<ref>地方においては特にこういった状況が顕著であり、[[恩田陸]]は後にそういった[[茨城県立水戸第一高等学校|水戸一高]]を始めとする地方のリベラルな高校群を舞台にいくつもの小説を著すことにもなった</ref>。また[[筑波研究学園都市]]内の公立学校では、管理教育的な風潮がみられた周辺地域へのアンチテーゼとして自由な校風と高い進学実績を両立し、高い教育水準を求めての転入者すら現れるようになった<ref>「つくばエクスプレスがやってくる」 日本経済新聞 2005年 ISBN 9784532312213</ref>。これは後に、高学力層にあっては管理教育は不要であるが、低学力層にあっては依然管理教育が必要であるという議論すら生み出した。格差社会が叫ばれる昨今、学力差による社会の分裂を助長しかねないとしてこれを懸念する向きがある。1970年代の強化された管理教育が現代日本人の無気力を生み出した、あるいはそれにより教師への反発心に凝り固まった現代の親が現在の学校における諸問題を生み出した([[モンスターペアレント]]を参照)、という見解すら存在する。 ただ管理教育が攻撃される一方で、反管理教育を無秩序な集団を見て見ぬふりをする放任主義的な姿勢であるとして、疑問を呈する声も無い訳ではない。こと[[学生運動]]が学校占拠など集団暴力的な側面で[[社会問題]]化した時代や、[[校内暴力]]が激化した時代、あるいは[[学級崩壊]]や[[学力低下]]という言葉が取り沙汰された時代には、こういった問題行動などに対するアンチテーゼとして、管理教育ないし強権的な管理体制を支持する個人ないし団体も保守派を中心に見られた。むろん管理教育の反対が「無秩序な集団を見て見ぬふりをする放任主義」、すなわち社会性を一切考慮しない立場であると一方的に見なし、ひいては現在の日本社会における諸悪の根源であるかのように結びつける見方は[[二元論]]に過ぎるものであるが、ともあれ教育現場では依然として試行錯誤が続けられている。 下記で挙げられている管理教育の内容は、[[精神論]]や[[根性論]]をはじめとする体育会系的な発想に基づくものが多く、会社や役所などの一般の職場であれば、昔でも人権侵害として問題になるであろうと思われる物が多い([[ブラック企業]]も参照)。しかし、これらの行為がさほど学校では問題とならなかったのは、日本の学校が[[年齢主義と課程主義|年齢主義]]が強く、特に小中学校と全日制高校においては、多くの生徒が最低年齢者であり、教師より年上(目上)の生徒がまずいない環境のため、生徒を単に「指導されるだけの立場」「子供」とみなすことができたというのも一因である。実際、定時制学校や夜間中学など年齢が多様な学校では、下記のような管理教育の風潮はあまり見られない。 == 管理教育的とされることのあるもの == 以下に挙げるのは、過去の日本国内の教育で行き過ぎた管理の具体例として問題視されたり疑問が呈され、一部では撤回された管理内容である。こういったものの中には、事故や事件により負傷ないし死亡した生徒やその関係者が問題を提起して社会運動になったり、あるいは裁判で争われたケースも見られる。なお、本セクション及び「管理教育と自治」「管理教育の地域性」各セクションの出典は参考文献欄にISBNとも明記されている。 * 遅刻を理由の如何によらず容認せず、徹底させる意図で危険行為を辞さない態度 * 登校時の校門指導と校門閉鎖 * 生徒の意見を聴取せずに制定される[[校則]] ** 男子[[丸刈り校則|丸刈り強要]]や女子ヘアスタイルの厳密な適用(頭髪の長さを物差しで測る行為も行われた) ** [[学生服|制服]]・[[学生帽|制帽]]着用の強制と厳密な適用(女子[[生徒]]の[[スカート]]丈を物差しで測るなどの厳格なチェックや、休日の私的外出にも着用させるケースあり) ** 校内生活での[[制服]]着用強制 * [[体罰]]の行使 * [[朝会|朝礼]]、業間体育(全校統一授業 2時限目と3時限目の間に行われるためこの名がある)への強制参加 * [[学校教練]]風の、統制された[[体育]]授業(集合時や準備体操時に大声を出すよう強制され、声が小さいとやり直させるなど) * [[運動会]](体育祭)における行進・[[組体操]]・[[ダンス]]・[[マスゲーム]]等の長期にわたる反復練習、体罰や[[言葉の暴力]]も伴う厳しい指導を通して形成される統一された動き * [[強歩大会]]の強制参加 * [[合唱コンクール]]の強制参加 * 課外(早朝、定時後)の学習強制(ゼロ時限・7時限など) * 運動[[クラブ活動|部活動]]の加入強制 * [[日本の高校野球]]([[日本高等学校野球連盟]]) ** 礼儀作法の重視や服装規定などが、[[人権]]の観点から管理教育的とする見解もある。 * [[学習指導要領]]への服従強要 * [[教育ニ関スル勅語|教育勅語]] * 持ち物検査と私物の没収 * 学区外外出時の事前届出制 * 非常に細かい行動規則 ** n度の傾きで挙手する ** 会釈時の上半身の角度 ** 授業時に鉛筆、消しゴム、教科書、ノート等の置く位置の指定 * 学習成果の公表(各人のテスト点数により色の異なるシールを貼った表を掲示する) * 新聞部や放送部などの報道活動への干渉(表現の自由の制限) この他、[[オートバイ]]([[原動機付自転車]])の禁止に絡んで[[運転免許証]]の取得に厳しい罰則を設けることや、赤毛の生徒に髪を黒く染めることを強要したケース([[混血]]である金髪の生徒には強制されていない)、禁止された物品の校内持ち込みをチェックする上で個人の[[プライバシー]]に関わるような部分にまで踏み込んだ[[所持品検査]]なども問題視された。これら問題視されたケースでは、個々の理由を無視して規則の徹底と画一化を押し通した結果として、実質的に問題とはなりえない生徒の排斥といった事態に至った事例も報じられている。 == 管理教育と自治 == 学校生活においては、児童や生徒は[[社会]]に出る準備段階として、自らの集団を[[自治]]する活動が体験学習的に行われている。勿論初等教育では教員などに拠るサポートも行われるが、中等・高等教育では段階的により高度な自治権が与えられ、規則の策定や運用基準の判断、個々の事例に於ける判定などといった活動も行われる。過度の管理教育がなされている場合では、こういった自治権は制限され、場合によっては何ら実権を持たない・単に上意下達的に命令を伝える場に成り下がっている場合もあり、そもそもそういった自治管理団体が存在しない場合すらある。 ; [[小学校]] : [[児童会]]がある。[[高学年]]の[[在学生|児童]]が役員を担当しているが、[[小学生]]段階では自律が困難であるので、社会参加の訓練もしくは自治活動の模擬体験という性質をもっている。教員が適切な指導・助言を行う必要がある。これらは学校側の意向を児童らに伝達する場であったり、特に重要ではない細々した校内や行事の決定事項を児童らに委ねるなどの活動を通して、自主性・自律性を育むものと位置付けられている。その他[[ゆとり教育]]の[[象徴]]的存在である[[総合的な学習の時間]]の活用も期待されている。 ; [[中学校]]・[[高等学校]] : [[生徒会]]がある。ただし[[在学生|生徒]]の自治組織ではなく、あくまで教育の一環であり、生徒会が全会一致で決めたことでも[[職員会議]]で否決できる。[[児童の権利に関する条約]]以降、[[校則]]や[[制服]]に対する要望も学校が聞き入れる傾向にあり、生徒らの要望を集約して、学校側と交渉する立場を取る。団塊の世代による[[1970年]]前後の[[学園紛争]]の時期は、これの影響を受けた生徒が生徒会を取り仕切り、生徒会の発言力が強まった(この管理教育への反抗による学園紛争が、さらなる管理教育の締め付けにつながっていったとの意見も多い)。なお、この時期、[[千葉県立千葉中学校・高等学校|千葉県立千葉高等学校]]の生徒会が廃止されるという事件が発生した。それから30年以上経った現在も千葉高校には生徒会なるものは存在しないままである。また、学年単位の級長会のような組織もあり、生徒会よりも顧問の教師の権威が強く生徒たちから最も恐れられていた場合もある。 : 校則の可否に関しては、学校側の意向が重視されるものの、生徒会内部で議論され、これが変更に追い込まれるなど大きな運動を起こすことも無いことではない。また行事などでは、全体の進行や運営に際して一定の自治権を発揮する校風を持つ学校も存在し、イベントの発案や各々の出し物の可否・調整などを行う事例も聞かれる。公立中学校において1970年代に生徒により教師側と服装などに関して交渉し、「男子の長髪、体育時の女子のトランクス(短パン)着用可」で合意したものの、1980年代に入ったとたんに「男子の丸刈り、女子のブルマー着用強制」が教師側から一方的に通告された例があり、その中学校は校内暴力などが発生した例もある。 ; [[大学]] : 自治を持つ大学と持たない大学とに大きく分かれる。 : 自治を持つ大学の[[在学生|学生]]は、[[学生自治会]]は[[労働組合]]と同様に、学校当局側と対等に交渉できることが多い。これらでは施設運用の裁量権を持っていたり、或いは学内に存在する様々な集団の折衝・調停といった活動による自治運営も聞かれる。会報の発行などにより学校OBや入学希望者に情報提供を行うなどして、校外にまで一定の影響力を持つ大学も見られ、こういった自治運営が校風全体にまで影響を与えているケースもある。 : 自治の無い大学は、学生自治会は存在しないか、あったとしても当局の助言と指導を受けた上での活動となる。 : また、学部・学科によっても大きく異なる。 : 実験や実習の多い分野(医療系学部や生物系学部など)では、少人数での必修科目の授業が多く、濃密な人間関係が形成されることになり、また、自由に教員を選べないため、理不尽・不条理な慣習・規則を押し付けられても単位の生殺与奪権を握る教員に向かって文句を言い難い環境に置かれる。それに対し、文科系学部や数学・情報工学のように実験科目が無い、あるいは少ない場合は、比較的自由に発言が出来るケースもある。ただし、4年生や大学院で研究室に配属されると、指導教員を頂点としたピラミッド型のヒエラルキーに組み込まれ、研究室の方針に異を唱えることが事実上不可能なケースが多い。 == 管理教育の地域性 == === 岩手県 === * 岩手県内の(特に[[花巻市]]を中心に)中学校では、過去(平成3~4年あたりまで)に一部の学校において男子生徒に対する丸刈りが強制されており、放課後及び休日でさえ私服の着用を禁止する学校もあった。私服着用禁止の理由としては、「街で一目で○○中学校の生徒だと判別でき、管理の手間が省ける」ということが大きかったとのこと。さらに、丸刈りの頭髪が伸びて(「伸ばして」ではない)しまったり、私服着用が教師に発見されたりした場合は殴る、蹴るの体罰を受けることが日常的であった。しかし、現在ではそのような規則は廃止されている。 === 宮城県 === * 仙台市内の、[[仙台第一高等学校]]や[[仙台第二高等学校]]など[[旧制中学]]の伝統を受け継ぐ一部の進学校(地元では[[ナンバースクール (宮城県)|ナンバースクール]]と俗称される)では、管理教育とは逆に文化祭や体育祭の開催の可否までも生徒自らが決定し、教員の意見は反映されない(最初から口を出さない)という大学のような自治を行っていた。特に男子校のナンバースクールでは厳しい応援練習や、手荒な新入生歓迎会など旧制中学時代から続く[[バンカラ]]的な伝統があったが、それ以外では自由な校風と国公立大学への高い進学率(特に地元の[[東北大学]]へ)と地元有力起業へ採用率から、県下での人気は親、受験者共に高く、県内での出願倍率も常に上位にあった。 * ナンバースクール以外では、仙台市(あるいは仙台市に通学可能な地域)を除く学区において、特に共学でない普通科高校(地元では「進学校」と俗称される)では、過去に管理教育が実施されていた。しかし、男女共学化が進んだり、進学率(少子化の影響や指定学区以外に進学する制度が設けられたため)に問題が生じるようになったため、近年では見直しが進められている。それ以前には、私服が許可されているのにも関わらず、中学校時の制服の着用を強制されたり、大会シーズンには昼食時間の全てを応援練習に当てられることもあったが、後述する千葉や名古屋ほど苛烈ではなかったため、さほど問題とならなかった。 * 宮城県内の中学校では、過去に一部の学校において男子生徒に対する丸刈りが強制されていたが、現在では一部の生徒(野球部員など)を除いて強制されていない。 === 千葉県 === 第91回国会・参議院予算委員会での質疑<ref>[http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/091/1380/09103211380012c.html 第91回国会・参議院予算委員会第12号・昭和55年3月21日(千葉県の管理教育についての質疑)]</ref>も参照のこと。 * [[1980年代]]から[[1990年代]]前半、「'''東の千葉、西の愛知'''」と呼ばれる管理教育の雄として有名だった。 * 特に[[松戸市]]、[[柏市]]などの[[東葛地域]]北部で校則が厳しく、とりわけ[[野田市]]、[[流山市]]、[[我孫子市]]などでは全ての中学校で[[丸刈り]]を強制する校則があった。 * [[体罰]]もしばしば問題になった。我孫子市のある中学校の生徒3人が、柏市内の喫茶店に置かれていた落書き帳に体育教師の悪口を書き込んだところ、同校の生徒が当該教師に密告し、書き込んだ3人は放課後に当該教師(「先生は時には裁判官であり、警察官であり教師なのだ!」と発言)から殴る蹴るなどの激しい体罰を受けた<ref name=taibatsu>[[日本放送協会|NHK]]取材班・[[今橋盛勝]] 『NHKおはようジャーナル 体罰』 [[日本放送出版協会]]、1986年。</ref>。また、柏市内のある中学校では「第2会議室」と称する部屋でしばしば体罰が行われ、生徒の間で「'''リンチ室'''」と呼ばれていた。 * 流山市のある中学校では[[修学旅行]]時、[[プラットホーム|駅のホーム]]で衆人環視の中、「集合の歌」と称して生徒全員に輪唱をさせていた<ref name=taibatsu>[[日本放送協会|NHK]]取材班・[[今橋盛勝]] 『NHKおはようジャーナル 体罰』 [[日本放送出版協会]]、1986年。</ref>。 * 東葛地域北部の中学校では現在も登下校時を除いて(体育以外の座学授業時も)学校指定の[[ジャージー (衣類)|ジャージ]]の着用が強制されている。夏季(6~9月)は座学授業や清掃時には半袖の[[体操着|体操服]]と[[トレーニングパンツ|トレパン]]を着用する([[ブルマー]]着用の廃止後は、体操服に[[短パン]]または[[ハーフパンツ]]となっている)。 ** 柏および松戸市内の一部の小学校ではかつて、登下校時を除いて体操服、短パン、ブルマーを着用させた。この規則への慣れにより、中学校でのジャージ着用も抵抗無く自然と受け入れられた。 * [[三角食べ]]を強制する。 * [[八千代市]]の小・中学校ではかつて、背番号若しくは学級番号と姓を入れた[[ゼッケン]]付きジャージ着用、小学校では2時間目と3時間目の間に軍隊的な「業間体育」が全児童に強制で行われていた<ref>[[森与志男]]『校長はなぜ死んだか 「教育臨調」の先どり--千葉の「管理主義」教育』 [[あゆみ出版]]、1984年。ISBN 4751920014</ref>。市内の某小学校長が「『[[作戦要務令]]』の内容は指導の参考になる」と発言し物議を醸す。なお、「業間体育」そのものは[[鎌ケ谷市]]・我孫子市・[[白井市]]・[[松戸市]]の小学校でもあったが、内容は縄跳びや持久走、球技など通常の体育授業と変わらないもので、軍隊的要素は無かった(全児童への強制という点は同じ)。また教練的要素を除いた上で継続実施している小学校もある。 === 愛知県 === 名古屋、豊橋、一宮、岡崎など戦前からの都市部以外の旧郡部を中心として、一部の中学校と高等学校で比較的強いと言われる。同県の教育を象徴するのが「'''形から入る教育'''」という言葉である。[[第八高等学校 (旧制)|旧制第八高等学校]]も初期の頃は、自由・自治を謳った他の高校と一線を画さんと[[応援団]]の禁止、[[学校教練|教練]]の導入、寮雨(外にあるトイレまで行かず、自分の部屋の窓からの立小便)の禁止、服装管理等の政策が行われた。しかし徐々にそれは緩んでいったそうである。 * 小学校 ** 愛知県の小学校の多くでは[[集団登校]]を行っており、家が近い[[児童]]を町域に分けて分団を作り、その中で近所同士の生徒の家庭約10世帯を一個班(軍隊の[[分隊]]にあたる集団)として「班長」を決め、全員そろって登校をすることになっている。ちなみに下校の時に分団は組む場合と組まない場合がある。また、[[通学帽]]の着用も徹底されている。 ** 小学校の児童の通学範囲を学区として設定し、学区外へは子供達だけでの外出を禁止するなどの規則がある(但し、この規則は形だけの場合が多い)。 * 中学校 ** [[岡崎市]]、[[新城市]]、[[宝飯郡]]の一部の公立中学でかつて丸刈り校則が問題となった。そればかりか、他市町村への外出には[[教諭]]の許可を要すると定めて生徒の行動を監視している中学もある。 ** 高等学校への[[進路指導]]も管理色が強く、尾張・三河の二大学区制の建前(尾張を「名古屋市内」と周辺部に、三河を東西で分ける「裏学区」という見方もある)ながら、中学校が管理することで、中間成績層の生徒の進学先が所在中学校の周辺に制限され、所在中学校との交流の少ない高等学校への進学希望にクレームを付けられることがある。実際の学区制以上に高校進学が不本意に変更させられるケースも生じ、一部難関高と底辺高以外は二大学区制の建前が運用されていない。また、高校側でも旧[[豊田市]]内の高校が、[[北設楽郡]]出身の中学生を学区外入学でないにもかかわらず、ボーダーラインで不合格の対象として入学を規制したケースがあり、旧[[稲武町]]が[[北設楽郡]]から[[東加茂郡]]に郡を鞍替えする原因となった。 * 高等学校 県教育委員会出身で時の知事・[[仲谷義明]]が、以下に挙げられる「管理教育高校」の新設を強く後押しした。この事実は県下では周知である。仲谷は県教委時代に、旧制中学を母体にした有名校を学校群化して、弱体化を図ったこともある(しかしながら自らの子息を「学校群」にも「管理教育高校」にも入らない高校に入れたことで強く批判された)。名古屋市周辺の旧郡部に多く建設されたことからも、人口のドーナツ化もさることながら、愛知県教育委員会による「管理教育」による愛知県の保守化を狙ったことが窺える。 ** [[愛知県立東郷高等学校]]([[1968年]]創立、以下「東郷高校」)で、「'''マル東訓練'''」(時間割表に「○に東」の記号で表されていた為この名がある)という軍事教練紛いの集団行動訓練が行われ、[[スパルタ教育|スパルタ式]]の代表校と批判を浴びることがある(1982年には訓練の強制を苦にして生徒が自殺している)。愛知県の管理教育実施校の代名詞とされており、[[愛知県立天白高等学校]]、[[愛知県立豊明高等学校]]と共に「'''3T'''」と称されていた。東郷高校以降の新設県立高校も、類似した管理教育色の強い高校が多く、新設の県立高校ほど、生徒の行動を厳しく規制する校則を採用している高校、厳しい規律の校風の高校が多い。背景には、1970年安保時の全共闘運動が高校まで拡大したことにあり、これに手を焼いた愛知県教育委員会を中心とした保守的な教育者たちが糾合し、「健全な教育の確立」を目指し急遽設立したという。特に東郷高校設立時には、東郷町(この町名は[[東郷平八郎]]に由来するという)に校舎は無く、県立明和高校の休眠校舎を借用して開校。週末は東郷町の校舎建設予定地に生徒を「'''体育の授業'''」として建設現場での作業に従事させていた。「管理教育」が「不良化」「反抗化」を阻止出来ると評価した愛知県教育委員会はその後、高度成長終了後も止まない愛知県への人口流入を背景に、県下に続々「管理教育高校」を設立。新設の「管理教育高校」には、前述の「3T」で「高校生を管理する楽しみ」を知った教師たちを「幹部教員」として派遣した。 反面、[[愛知県立旭丘高等学校]]、[[愛知県立時習館高等学校]]等旧制中学以来の難関県立高では校則が比較的緩い高校が多く、「一種の学校階級社会を生んでいる」という意見がある。 入学試験で内申書を重視する点数配分から、これら難関県立高の受験は“15の春”に事実上限られるため、新設県立高の管理教育が「過剰ともいえる地方[[国立大学]]への受験傾向を生む原因、名古屋に関東の[[MARCH (学校)|MARCH]]、関西の[[関関同立]]のような[[早稲田大学|早]][[慶應義塾大学|慶]]に次いで全国各地で認知され、人気も高い[[私立大学]]が育たない原因」とする意見もある。 ** 全体指導の際には「周りの高校よりも緩い」という言葉が多用される。しかしながら、教師が主張する「周りの高校」に該当する学校も愛知県立であり、比較は無意味である。また県内の[[私立高校]]も一部の難関校を除いて同様に管理教育色が強く、県立高校の対抗馬となっていない。 ** かつては、こうした指導が社会人になって以降役立てられているという評価もあったが、学校・教師が児童・生徒の心身に対して干渉できる範囲を逸脱しすぎているという評価も根強かった。近年では、現場からのイノベーションが企業経営において重要視される<ref>[http://www.corp-inn.co.jp/newpage82.htm 「イノベーションの担い手は現場で働く社員であり、社員が新しいWHATを創り出すこと、視覚化を進めることで、イノベーションが起こる」]</ref>など社会通念の変化によって、独創性のあまりにも欠けた労働者は歓迎されなくなり(指示を受けるまで動けない、“歯車の一個”以外に使い道が無い)、前者の意見は一時の勢いを失っている。 ** 一方、教育委員会が愛知県から独立している[[名古屋市]]は愛知県への対抗意識が強く、その影響か名古屋市立の高校は自由な校則、校風の学校が多い。 === 兵庫県 === * [[神戸市|神戸]]や[[姫路市|姫路]]、県北部、[[淡路島]]([[洲本市]]を除く)の公立中学で[[丸刈り]]校則が問題になった。神戸は海軍、姫路は陸軍の伝統が強いためにこのような制度が取られていたとされるが、これは不登校の原因にもなるなど批判が高まり、[[阪神・淡路大震災]]が起こった1995年に全廃された。 * 私立では神戸の[[六甲中学校・高等学校|六甲学院]]、[[播磨国|播州]]では[[白陵中学校・高等学校|白陵高等学校]]も丸刈りを採用していた。一方で[[淳心学院中学校・高等学校|淳心学院高等学校]]など自由な校風を謳う学校も存在した。 * [[1990年]]、[[神戸高塚高校校門圧死事件]]が発生。 === 福岡県 === * 筑後地区を中心として、丸刈り、おかっぱ強制が1990年代後半まで残っていた学校が多かった。 * 1970年代後半から80年代にかけて開校した公立高等学校においては、管理教育が強化された学校が多かった。 <!-- === 長崎県 === * 丸刈り校則の存在する公立中学校が多い([[鹿児島県]]に次いで多い)。 {{要出典範囲|長崎県には旧陸軍第46歩兵連隊があったため、その伝統が残り、[[長崎県立国見高等学校]][[サッカー]]部での丸刈り義務付けと東京[[国立競技場]]での入場行進の際の軍隊調の行進方法は典型的である(丸刈り義務は[[茨城県立古河第一高等学校]]サッカー部でも同様だった)。|}} === 南九州(熊本県・宮崎県・鹿児島県) === * {{要出典範囲|早朝、定時後、長期休暇中の強制学習で生徒を管理し、[[国立大学]]への現役合格者を多数輩出することで有名な学校が、鹿児島県、宮崎県といった南九州に多い。[[鹿児島県立甲南高等学校]]が代表例である。但し、大学進学後、大学を留年・中退する生徒が多いことで問題視されるようになった。なお、甲南高校の教育方針は、愛知県の[[愛知県立五条高等学校|五条高校]]、岐阜県の[[岐阜県立可児高等学校|可児高校]]にも導入され、甲南高と同様、その管理色が問題視されることがある。|}} * 熊本県では2006年にまでに校則に丸刈りを規定する中学校はなくなった。 * {{要出典範囲|宮崎県では、高校になってもフルネームの[[名札]]を着用させるケースが多い。|}} * {{要出典範囲|鹿児島県では現在も校則に丸刈り規定が存在する中学校がある([[奄美大島]]、[[喜界島]]、[[徳之島]]など)|}}。 学校側がかたくなに続けていた丸刈り校則を廃止した理由はいくつか考えられるが、女性活動家が丸刈り校則を大々的に批判するサイトを立ち上げ、そのサイト上で丸刈り強制の実態や学校側の動向などを逐一掲載し、熊本県内はもちろん、全国からも批判が集まったことが大きく影響したものと思われる。【←「思われる」は独自研究】しかし、丸刈り強制がなくなったとはいえ、熊本県内の一部の中学校(過去では南九州全般で)では、部活動の全員参加、校区外への制服着用の強制、自転車に乗るときは、休日であってもヘルメットの着用や蛍光たすき(昼間でも)をさせるなど、管理的といえるものが残されたままとなっている。【自転車のヘルメットやたすきは、交通安全上必要であるという観点が欠けているのではないか。--> === その他 === * [[戸塚ヨットスクール]](愛知県[[美浜町 (愛知県)|美浜町]])における体罰が社会的に取りざたされたこともある。ただ後に同スクールは暴行事件として幾つかのスクール生死亡・行方不明事件で有罪が確定した。しかし積極的推進派を含む体罰容認派の中には、同スクールの指導内容の如何に関わらず同スクールを支持ないし支援する者たちもいないではない(特に[[石原慎太郎]]など軍隊式教育で日本教育が再生すると考えている保守派)。 * 中学の管理教育に反発して制服等を着用しなかった愛知県[[豊橋市]]の私塾経営者の息子兄弟が、[[教諭]]によって行動問題児とされたため、[[調査書 (進学と就職)|内申書]]評価のある高校進学を断念して、[[大学入学資格検定]](現在の[[高等学校卒業程度認定試験]])に挑戦。16歳で合格し、[[1982年]]に長男が[[東京大学|東大]][[東京大学#前期課程|理科III類]]、[[1983年]]に次男が[[京都大学|京大]][[経済学部]]、[[1987年]]に長女が京大[[文学部]]に合格したことが話題になった。[[テレビドラマ|ドラマ]]『[[中卒・東大一直線 もう高校はいらない!]]』の原案。 * この様な管理教育が徹底された県からは、[[芸術]]分野で優れた業績を残す者が極めて過少である問題も、依然として横たわっている{{要出典|date=2008年9月}}。特に愛知県が深刻であり、複数の音楽大学を持つにも関らず、ここ数年は世界進出を試みた県民はいても、果たした音楽家はいない{{要出典|date=2008年9月}}。 * 管理教育が批判されるようになった1990年代ごろから、丸刈り強制などを励行してきた教師たちの精神科外来受診が目立ち始め、[[うつ病]]を発症する者も少なからず見られるようになった。いわゆる「自分を見失った状態」に陥り、職場復帰を果たせなかった者も少なくなかった。管理教育を励行する教師の場合、町内会など地域社会内でも摩擦を生じている場合が多い。また精神科領域における患者間の自助的グループ内においてもそのグループが自分の支配下の学校であるかのように振舞う場合もある{{要出典|date=2013年3月}}。 == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} <references /> == 関連文献 == * [[鎌田慧]]『教育工場の子どもたち』 岩波現代文庫、1984年・講談社文庫、1986年。ISBN 9784061838291 * 森与志男 『校長はなぜ死んだか 「教育臨調」の先どり--千葉の「管理主義」教育』 あゆみ出版、1984年。ISBN 4751920014 * [[日本放送協会|NHK]]取材班・[[今橋盛勝]] 『NHKおはようジャーナル 体罰』 [[日本放送出版協会]]、1986年。 * [[沢間俊太郎]] 『暴力教師を訴えろ! 父親の教育裁判奮戦記』 [[駒草出版]]、1991年。ISBN 4906082386 * 『<いじめ学>の時代』(柏書房、2007年)ISBN 9784760132195 == 関連項目 == * [[校則]] * [[生徒指導]] * [[三ない運動]] * [[ゼロ・トレランス方式]](米国に於ける細部まで規定を示した教育方針) * [[体罰]] * [[スパルタ教育|スパルタ式]] * [[神戸高塚高校校門圧死事件]] * [[日本教職員組合]] * [[児童会]] - [[生徒会]] - [[学生自治会]] * [[絶対評価]] - [[相対評価]] * [[大正自由教育運動]] * [[人権]] * [[教育基本法#改定の動き|教育基本法改定の動き]] * [[俗流若者論]] * [[ぼくらの七日間戦争]] * [[精神論]] - [[根性論]] == 外部リンク == * [http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/091/1380/09103211380012c.html 第91回国会・参議院予算委員会第12号・昭和55年3月21日(千葉県の管理教育についての質疑)] {{DEFAULTSORT:かんりきよういく}} {{education-stub}} [[Category:教育問題]] [[Category:教育の手法]] [[Category:学校]] [[Category:学校文化]] [[Category:教育学]] [[Category:教育史]] [[Category:子供]] [[Category:育児]] [[Category:暴力]] [[Category:日本の人権侵害]] [[Category:俗流若者論]]
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