コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
笹川ひろしのソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
笹川ひろし
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
'''笹川ひろし'''(ささがわ ひろし、[[1936年]][[7月9日]] - )は、[[福島県]][[会津若松市]]出身の男性[[アニメーション]][[監督]]、[[漫画家]]、[[作家]]。[[竜の子プロダクション]](タツノコプロ)顧問。 == 概要 == 漫画家を経て、タツノコプロの創立時から[[演出家]]として活躍。[[1970年代]]から[[1980年代]]にかけてのタツノコ黄金時代の立役者の一人。代表作は『[[タイムボカンシリーズ]]』など。ギャグ作品を多く手がけており、[[マンネリ]]を生かしたギャグの演出を得意とする。「ギャグアニメの帝王」「アニメ界の[[萩本欽一|欽ちゃん]]」とも言われた。しかし、当人は『[[新造人間キャシャーン]]』のようなシリアスなストーリーが好きであるという。 タツノコプロでは取締役兼演出部長として[[1975年]]に研修生を募集し、演出家要員として[[真下耕一]]、[[うえだひでひと]]、[[西久保瑞穂]]、[[押井守]]を採用(彼らは後に「タツノコ四天王」と呼ばれるようになる)。個人事務所の笹川ひろし事務所には、[[長田ノオト]]、[[上北ふたご|上北双子]](上北実那、上北希沙)、[[今川泰宏]]、茂木智里らが在籍するなど、数々の人材を育成している。 『[[タイムボカンシリーズ]]』に登場する「ささやきレポーター」と「ドクター笹ヤブ」は笹川ひろしがモデルである<ref>アニメージュ編集部編『TVアニメ25年史』徳間書店、1988年、p.107</ref><ref>タツノコプロダクション監修、DARTS編集『タイムボカン全集2 悪の華道』ソフトバンク、1998年、p.121</ref>。また、同シリーズの[[三悪 (タイムボカンシリーズ)|三悪]]の中の頭脳担当(グロッキー、ボヤッキー、コスイネン等)も笹川がモデルの一人と言われている<ref>笹川ひろし『ぶたもおだてりゃ木にのぼる 私のマンガ道とアニメ道』ワニブックス、2000年、p.154</ref>。[[ヤッターマン]]に登場する三悪の女ボス・[[ドロンジョ]]の本名は「ササッガワ・ヒロッコ」とされており、その名前からわかるよう、笹川の名前をもじったものである。 == 略歴 == 郷里の会津若松で漆塗り職人に就いたが漫画家になる夢を捨て切れず、同郷の[[平田昭吾]]らと会津漫画研究会を結成し<ref>平田昭吾、根本圭助、会津漫画研究会『日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ 手塚治虫と6人』ブティック社、2005年、p.130</ref>、傾倒する[[手塚治虫]]に[[漫画]]を投稿し続ける。それが契機となり、手塚の誘いで[[1957年]]に上京、手塚治虫のフルタイムの専属アシスタント第一号となる。月刊誌『[[少年画報社|少年画報]]』の[[1958年]]9月号から[[1959年]]3月号まで連載された『探偵学校』で漫画家デビュー。 1959年に手塚治虫のチーフアシスタントを独立して、一本立ち<ref>平田昭吾、根本圭助、会津漫画研究会『日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ 手塚治虫と6人』ブティック社、2005年、p.191</ref>。『少年画報』誌では続けて『鉄腕ベビー』を連載。[[1963年]]に創刊された週刊漫画誌『[[少年キング]]』で連載した『魔犬五郎』は[[1972年]]に[[東映アニメーション|東映動画]]で『[[魔犬ライナー0011変身せよ!]]』として劇場アニメ化されたが、タツノコプロ在籍中のためにアニメ化にはタッチしていない。『魔犬五郎』は『新造人間キャシャーン』に登場するロボット犬フレンダーの原型でもある。その他の漫画作品には『週刊少年マガジン』連載の『ワンワン刑事』『少年社長』など。 手塚治虫のアシスタントから独立後、[[虫プロダクション|虫プロ]]のテレビアニメ『[[鉄腕アトム (アニメ第1作)|鉄腕アトム]]』の[[絵コンテ]]を2本描いたことでアニメの魅力に取り憑かれ、当時交友関係のあった[[吉田竜夫]]にアニメ製作の話を持ちかけた。当時のタツノコプロは吉田兄弟で経営する漫画スタジオだったが、同時期にタツノコプロへ[[東映アニメーション|東映動画]]からテレビアニメを共同制作する企画が持ち込まれ、共同制作の話は流れたものの、吉田竜夫はタツノコプロ単独でアニメ制作へ乗り出す。笹川は吉田のアシスタントだった原征太郎と2人で東映動画でアニメーターの養成教育を受け、タツノコプロ創立時から演出スタッフとして吉田竜夫を支えた。 1967年から放送の『[[おらぁグズラだど]]』でタツノコプロにギャグアニメという新たな路線を敷く<ref>柿沼秀樹編集・構成『TATSUNOKO PRODUCTION 30th ANNIVERSARY FILM BOOK』バンダイ、1993年、p.51</ref>。1975年から始まった[[タイムボカンシリーズ]]はタツノコプロのカラーのアクションとギャグを融合させようと企画し、タツノコプロを代表するシリーズとなった<ref>「タイムボカンシリーズの育ての親 笹川ひろしinterview」『あのシーンを忘れない 傑作アニメ100タイトル 』双葉社、1999年、p.90</ref>。 古くからの同郷の友人で絵本作家の[[平田昭吾]]の誘いで、[[1979年]]9月にタツノコプロを退社し、[[西崎義展]]の[[西崎義展|東京動画]]へと移籍。個人事務所の笹川事務所も設ける。タツノコプロ退社後も引き続き『タイムボカンシリーズ』を担当するとともに、東京動画では『メーテルリンクの青い鳥 チルチルミチルの冒険旅行』『宇宙戦艦ヤマトIII』を担当。さらに東京動画は[[シンエイ動画]]の下請けをすることとなり、『[[忍者ハットリくん]]』の総監督に就任した。それにより、Aプロ([[東京ムービー]])時代の色香を残していたシンエイ動画の作品に新風をもたらし、『忍者ハットリくん』の「ズコー!」などに見られる「ずっこけ台詞」を数多く生み出して子供達に人気を博した。[[1983年]]に東京動画が解散し、西崎義展との契約が終了した以降も、シンエイ動画での作品が仕事の中心となった。この頃の笹川は、週2、3本の監督の掛け持ちは当たり前で、さらに平田の勧めで児童小説を書くようになったので、多忙を極めた。 [[1990年]]からは[[テレビ朝日]]版『[[ドラえもん (1979年のテレビアニメ)|ドラえもん]]』の初代プロデューサーでアニメ企画会社[[スタッフ21]]の社長も勤めていた菅野てつ勇が設立したアニメ制作会社・[[アニメーション21]]の立ち上げに参加している。笹川の他に杉井興二と杉井が社長を勤めるタツノコアニメ研究所のアニメーターが大挙して移籍して、『サラダ十勇士トマトマン』『おーい!竜馬』『ポコニャン』『カンビュセスの籤』を制作するも、[[バブル崩壊]]の影響もあり、アニメーション21は解散。 OVA『タイムボカン王道復古』に監修として参加した事がきっかけとなり、[[1994年]]から顧問・企画室ディレクターとしてタツノコプロへ復帰した。 2009年3月公開の実写映画『[[ヤッターマン (映画)|ヤッターマン]]』にはドロンボー一味のインチキ商売に騙される客として[[カメオ出演]]している。 2010年3月には郷里の会津若松市の観光PRキャラクター、お城ボくんをデザインした。モチーフは[[若松城|鶴ヶ城]]<ref>[http://www.city.aizuwakamatsu.fukushima.jp/docs/2010021000017/ お城ボくん] 会津若松市公式サイト内 2010年3月5日</ref>。 == 作品リスト == === アニメ === * [[宇宙エース]](監督) * [[おらぁグズラだど]](監督) * [[カバトット]](監督) * [[ドカチン]](監督) * [[かいけつタマゴン]](監督) * [[マッハGoGoGo]](第1作、第2作)(総監督) * [[ハクション大魔王]](総監督) * [[新造人間キャシャーン]](総監督) * [[いなかっぺ大将]](総監督) * [[宇宙の騎士テッカマン]](総監督) * [[けろっこデメタン]](総監督) * [[一発貫太くん]](総監督) * [[ポールのミラクル大作戦]](チーフディレクター) * [[てんとう虫の歌]](総監督) * [[科学忍者隊ガッチャマンII]](総監督) * [[タイムボカンシリーズ]] ** [[タイムボカン]](総監督) ** [[ヤッターマン]](チーフディレクター) ** [[ゼンダマン]](総監督) ** [[タイムパトロール隊オタスケマン]](総監督) ** [[ヤットデタマン]](総監督) ** [[逆転イッパツマン]](総監督) ** [[イタダキマン]](総監督) ** [[タイムボカン王道復古]](監修) ** [[タイムボカン2000 怪盗きらめきマン]](総監督) ** [[ヤッターマン (2008年のテレビアニメ)|ヤッターマン(リメイク版)]] (総監督、限定版第2弾で特別出演) * [[怪盗ルパン 813の謎]](監督) * [[忍者ハットリくん]](総監督) * [[パーマン]](2作目)(総監督) * [[オバケのQ太郎]](第3作)(総監督) * [[ビリ犬]](総監督) ** ビリ犬なんでも商会(総監督) * [[ウルトラB]](総監督) * [[ポコニャン]](総監督) * [[オヨネコぶーにゃん]](総監督) * [[フクちゃん]](監督) * [[メーテルリンクの青い鳥 チルチルミチルの冒険旅行]](監督) * [[ストップ!! ひばりくん!]](コンテ) * [[宇宙戦艦ヤマトIII]](コンテ、演出) * [[ブレーメン4 地獄の中の天使たち]](演出) * [[ドッカン!ロボ天どん]](監督) * [[こちら葛飾区亀有公園前派出所 (アニメ)|こちら葛飾区亀有公園前派出所]](タツノコプロ制作のイベント上映版)(監督) * [[お〜い!竜馬]](総監督) * [[炎の闘球児 ドッジ弾平]](総監督) * [[ダッシュ!四駆郎]](総監督) * [[サラダ十勇士トマトマン]](総監督) * [[ときめきトゥナイト]](総監督) * [[どんどんドメルとロン]](監督) * [[ガタピシ]](監督) * [[げらげらブース物語]](総監督) * [[天才バカボン (アニメ)|平成天才バカボン]](監督) * [[シンデレラ物語]](総監督) * [[つるピカハゲ丸|つるピカハゲ丸くん]](監修) * [[シンデレラ物語]](総監督) * [[OKAWARI-BOY スターザンS]](原案) * [[カンビュセスの籤]](総監督) * [[一発必中!!デバンダー]](監督) === 漫画 === * 宇宙ノミダー (曙出版) === 小説 === * ドッキリふたご名探偵シリーズ (ポプラ社) * ハレー探偵長ストーリーシリーズ (ポプラ社) * 心うきうき 気分はかぐや姫 (こだま書房) === その他 === * [[ヤッターマン (映画)|ヤッターマン]](実写映画版) 監修を担当。自身もどくろ鮨の客として特別出演。 * [[バラエティーニュース キミハ・ブレイク]]『[[ナインティナインの超体感クイズ・CARS -カーズ-]]』([[TBSテレビ]]、2009年8月11日放送) 番組進行役の[[ナインティナイン]]の2人のコスチュームデザインを担当。 * [[夜桜四重奏]] 第5話のエンドカードを[[上北ふたご]]と共同担当。 == 参考資料 == * DARTS編『タイムボカン全集2 悪の華道』 [[ソフトバンク]]、[[1997年]] - [[ぴえろ|スタジオぴえろ]]社長[[布川ゆうじ]]が「アニメ界の欽ちゃん」と呼ばれていたことを証言。 * 笹川ひろし『ぶたもおだてりゃ木にのぼる 私のマンガ道とアニメ道』 [[ワニブックス]]、2000年、ISBN 4847013581 * [[原口正宏]]・[[赤星政尚]]・長尾けんじ 『タツノコプロ・インサイダーズ』 [[講談社]]、[[2002年]]、ISBN 4063301796 == 出典 == <references/> {{タイムボカンシリーズ}} {{科学忍者隊ガッチャマン}} {{ハクション大魔王}} {{DEFAULTSORT:ささかわ ひろし}} [[Category:日本のアニメーション監督]] [[Category:タツノコプロの人物]] [[Category:日本の漫画家]] [[Category:福島県出身の人物]] [[Category:1936年生]] [[Category:存命人物]]
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:タイムボカンシリーズ
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:ハクション大魔王
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:科学忍者隊ガッチャマン
(
ソースを閲覧
)
笹川ひろし
に戻る。
検索
検索
笹川ひろしのソースを表示
話題を追加