コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
禿のソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
禿
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
{{Otheruseslist|髪型の禿(かぶろ/かむろ)およびその髪型をした役職|[[脱毛症]]の禿(はげ)|ハゲ|[[宮城県]][[大崎市]]の地名である禿(かむろ)|禿高原|背が低いことを意味すること|チビ}} '''禿'''(かぶろ、かむろ)とは、肩までで切りそろえた児童期の[[髪型]]。またその髪型をした者。狭義では、[[遊郭]]に住み込む[[童女]]をさす。 『平家物語』では、平安京に放たれる平家方の密偵として見える。 == 近世以降 == 禿(かむろ、かぶろ)は[[遊女]]見習いの幼女をさす普通名詞。 本来はおかっぱの髪型からつけられた名であるが、時代と共に髪を結うようになってからも、遊郭に住み込む幼女のことをかむろと呼んだ。7 - 8歳頃に遊郭に売られてきた女子や、遊女の産んだ娘が該当する。最上級の[[太夫]]や、または[[花魁]]と呼ばれた高級女郎の下について、身のまわりの世話をしながら、遊女としてのあり方などを学んだ。禿の年齢を過ぎると「[[新造]]」となって、遊女見習いの後期段階に入っていく。[[嶋原]]では、芸妓に付き添う幼女も禿と呼ばれた。 === 引込禿 === 通常の禿とは違い、遊女の世話を離れて[[楼主]]から茶道、華道、香道などの英才教育をうけていた者をいう。大商人や大身の武家を相手に人一倍稼ぐことのできそうな素質をもつ子が選ばれた。 === 髪型 === 江戸中期頃までは、おかっぱ頭だったが、江戸後期以降は、吉原等では[[禿島田]]という髪飾りを沢山付けた[[高島田]]になった。嶋原も江戸後期から戦前までは日本髪を結っていたという。 === 禿(祇園祭) === [[長刀鉾]]の[[稚児]]を補佐する2名の少年も、禿と呼ばれる。 これは、太夫級の遊女、または芸妓が2名の禿を従えていることになぞらえたものと見られる。 {{Seealso|祇園祭#稚児}} == 平安時代 == === 『平家物語』に登場する禿 === 『[[平家物語]]』には、[[平安時代]]後期に[[平清盛]]が実権を握った際、「禿、禿童」(かぶろ、かむろ)と呼ばれた多数の禿の頭髪の童子(及び童形の者)を[[平安京]]内に放ち、市井の情報、特に[[平氏]]に対する批判や、謀議の情報などを集めて密告させた<ref>参考:『[[平家物語]]』 - 14歳、15歳の童を300人えらんで、髪をかむろに切りまわし、赤い直垂を着せ、京の市中を徘徊させ、平家のことをあしざまにいうものがあれば、これを聴きだして、その家に乱入し、資財、雑具を没収し、当人をとらえて六波羅に検束した。市中のものはおそれて関わらないようにした。禿童は自由に宮中にさえではいりし、禁門をとおっても姓名をたずねる者さえなかった。</ref>、とある。 ただし、『平家物語』は[[軍記物語]]であり、同時期に編まれた『[[玉葉]]』『[[愚管抄]]』にはその記述は見られない。 == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} <references /> == 関連項目 == * [[異形]] * [[ハゲ]] * [[カムロちゃん]] {{デフォルトソート:かふろ}} [[Category:日本髪]] [[Category:職業]] [[Category:日本の売買春]]
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:Otheruseslist
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Seealso
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:脚注ヘルプ
(
ソースを閲覧
)
禿
に戻る。
検索
検索
禿のソースを表示
話題を追加