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福島菊次郎
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'''福島 菊次郎'''(ふくしま きくじろう、[[1921年]][[3月15日]] - )は、[[日本]]の[[写真家]]、[[ジャーナリスト]]、[[ノンフィクション作家]]。 [[山口県]][[下松市]]に、網元の四男として生まれる<ref>[http://mainichi.jp/shimen/news/20131106ddm012040180000c.html 生きる物語:硬骨のドン・キホーテ/1 92歳、日本にもの申す] 毎日新聞 2013年11月6日朝刊</ref>。1944年春に出征し、広島西部第10部隊に配属され、弾薬や物資を馬で運搬する任務に就くが、訓練中に馬に蹴られて骨折し、除隊となる(同部隊は福島の入院中に船で沖縄へ向かったが、魚雷に撃沈された)。1945年春に再召集。部隊が[[本土決戦]]の際に爆雷を背負って戦車に飛び込むよう命を受け、7月31日から[[日南海岸]]の砂浜に掘った穴の中に身を潜め、8月15日の終戦を迎えた<ref>[http://mainichi.jp/shimen/news/20131107ddm012040113000c.html 生きる物語:硬骨のドン・キホーテ/2 玉砕覚悟の軍国少年] 毎日新聞 2013年11月7日朝刊</ref>。同月末に復員し、時計店を開いて時計修理や写真現像の仕事を始める。同年暮れに結婚<ref>[http://mainichi.jp/shimen/news/20131108ddm012040180000c.html 生きる物語:硬骨のドン・キホーテ/3 被爆者の苦悩を撮影] 毎日新聞 2013年11月8日朝刊</ref>。 [[戦後]]、[[民生委員]]などの社会事業を通じて[[作家]]活動をはじめ、[[広島市への原子爆弾投下|広島市に投下された原爆]]の被災者の10年におよぶ困窮生活を活写した作品『ピカドン ある原爆被災者の記録』が、日本写真評論家協会賞特別賞を受賞([[1960年]])。しかし「ピカドン」の撮影で、被写体となった被爆者の凄惨な生活状況を間近に見続けたことで[[幻聴]]や[[幻覚]]に襲われ、精神衰弱の診断を受けて[[精神科]]に3か月入院し、時計店の経営も傾いたことなどもあって[[離婚]]。1961年、3人の子どもを連れ上京し[[プロフェッショナル|プロ]]写真家となる<ref>[http://mainichi.jp/shimen/news/20131109ddm012040095000c.html 生きる物語:硬骨のドン・キホーテ/4 僕には写真しかない] 毎日新聞 2013年11月9日朝刊</ref>。[[土門拳]]、[[木村伊兵衛]]が審査員を務める「[[カメラ (雑誌)|カメラ(CAMERA)]]」の月例コンテストに応募していたこともある。 [[原子爆弾|原爆]]、[[政治]]・[[軍事]]問題、[[学生運動]]、[[公害]]・[[福祉]]問題などをライフワークとし、「ピカドン」など17回の個展を開き12冊の写真集がある。[[中近東]]、[[アラブ諸国|アラブ]]、[[ソビエト連邦]]などに長期にわたる取材もこなした。作品は、『[[中央公論]]』、『[[文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋]]』、『[[朝日ジャーナル]]』などの総合[[雑誌]][[グラビアページ|グラビア]]で約3300点が発表されている。また、「写真で見る戦争責任展」などの写真展を全国510会場で開催した。 「迫る危機」の撮影では、1969年から1年以上かけて[[防衛省|防衛庁]](当時)を信用させ、兵器工場内の取材を許されたが、撮影禁止箇所を隠し撮りして無断で公表した。その後、暴漢に刃物で切り付けられ、鼻骨を折って10針縫う重傷を負い、その1か月後には自宅を放火された。ただし、家に保管されていたネガは娘が持ち出して無事であった<ref>[http://mainichi.jp/shimen/news/20131113ddm012040048000c.html 生きる物語:硬骨のドン・キホーテ/6 隠し撮り、権力告発] 毎日新聞 11月13日朝刊</ref>。 [[1982年]]、[[自給自足]]の生活を目指し[[瀬戸内海]]の無人島に入植。1987年に検診で胃癌が見つかり、山口県[[柳井市]]の病院に入院。死を覚悟して『戦争がはじまる』と『瀬戸内離島物語』を刊行。1988年に手術を受け、入院中に[[昭和天皇]]の容体悪化報道が流れる<ref>[http://mainichi.jp/shimen/news/20131114ddm012040061000c.html 生きる物語:硬骨のドン・キホーテ/7 還暦機に自給自足] 毎日新聞 2013年11月14日朝刊</ref>。1989年初めに昭和天皇が亡くなった後、「戦争責任展」と銘打ち全国各地に写真パネルを展示する。この際には、会場で爆竹を破裂されたり、パネルに消火液をかけられたり、写真をナイフで切られたり、会場に銃弾を撃ち込まれるなどの妨害があり、中止に追い込まれた所もあった。1999年からは柳井市のアパートに在住。2001年以降は急性[[膵炎]]、[[大腸ポリープ]]、[[前立腺癌]]、[[胆石|胆嚢結石]]など高齢に伴う病気を患った<ref>[http://mainichi.jp/shimen/news/20131115ddm012040175000c.html 生きる物語:硬骨のドン・キホーテ/8 戦争責任、問い続け] 毎日新聞 11月15日朝刊</ref>。2011年に発生した[[福島第一原子力発電所事故]]を機に、再び活発に活動を続けている<ref>[http://mainichi.jp/shimen/news/20131116ddm012040044000c.html 生きる物語:硬骨のドン・キホーテ/9止 原発事故、魂に再点火] 毎日新聞 2013年11月16日朝刊</ref>。 信条は「余命はあと1年 生きたらあともう1年」。「この国を攻撃しながら、保護を受けることはできない」として年金は受け取っていない<ref>[http://bitters.co.jp/nipponnouso/intro.html 『ニッポンの嘘』作品紹介]</ref>。 == 著書 == === 公刊された写真集 === * [[1961年]] 『ピカドン―ある原爆被災者の記録』 [[東京中日新聞]] * [[1969年]] 『ガス弾の谷間からの報告―福島菊次郎写真集』 MSP出版部 * [[1970年]] 『迫る危機―福島菊次郎遺作集 自衛隊と兵器産業を告発する!』 [[現代書館]] * [[1977年]] 『戦場からの報告―三里塚 1967-1977』 [[社会評論社]] * [[1978年]] 『原爆と人間の記録』 社会評論社 * [[1980年]] 『公害日本列島―日本の戦後を考える』 [[三一書房]] * 1980年 『戦後の若者たち―日本の戦後を考える 叛逆の現場検証』 三一書房 * [[1981年]] 『戦後の若者たち〈part 2〉リブとふうてん―日本の戦後を考える』 三一書房 * 1981年 『天皇の親衛隊―日本の戦後を考える』 三一書房 * [[1987年]] 『戦争がはじまる―福島菊次郎全仕事集』 社会評論社、ISBN 4784504362 * [[1989年]] 『瀬戸内離島物語』 社会評論社、ISBN 4784504532 * [[2013年]] 『証言と遺言』デイズ ジャパン <ref>[http://daysjapanblog.seesaa.net/article/309117135.html DAYSから視る日々: 福島菊次郎写真集の予約を開始致しました!]</ref> ISBN 4990198212 === 著述 === * [[2003年]] 『写らなかった戦後 ヒロシマの嘘』[[現代人文社]]、ISBN 4877981667 * [[2005年]] 『写らなかった戦後2 菊次郎の海』現代人文社、ISBN 4877982620 * [[2010年]] 『写らなかった戦後3 殺すな、殺されるな 福島菊次郎遺言集』現代人文社、ISBN 978-4877984564 * 那須圭子(特別寄稿: [[福島菊次郎]])『[[中国電力|中電]]さん、さようなら [[山口県]][[祝島]][[上関原子力発電所|原発]]とたたかう島人の記録』創史社、2007年11月、ISBN 4915970310 == 関連書籍 == * [[鈴木佳子]]『写真の歴史入門 第3部「再生」戦争と12人の写真家』 [[新潮社]]、2005年7月、ISBN 4106021331 * [[那須圭子]]『My Private Fukushima―報道写真家 福島菊次郎とゆく』 [[みずのわ出版]]、2013年8月、ISBN 4864260257 == 関連映画 == * 『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』長谷川三郎監督作品<ref>[http://www.bitters.co.jp/nipponnouso/ 『ニッポンの嘘』公式サイト]</ref> == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} {{Reflist}} == 外部リンク == * 「『カメラを武器として』報道写真家・福島菊次郎」[http://homepage2.nifty.com/munesuke/shinmai-hukushima-1-2007-3-5.htm (上)][http://homepage2.nifty.com/munesuke/shinmai-hukushima-2-2007-3-6.htm (中)][http://homepage2.nifty.com/munesuke/shinmai-hukushima-3-2007-3-7.htm (下)]([[信濃毎日新聞]] 2007年3月5日 - 7日掲載。執筆: 写真家・山本宗補) * [http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070824dde012040043000c.html 特集ワイド:「権力の嘘」を問う ある報道写真家の「遺言」--福島菊次郎さん] [[毎日新聞]]東京本社版夕刊 2007年8月24日 <div class="editsection expantion"> </div> {{DEFAULTSORT:ふくしま きくしろう}} [[Category:日本の写真家]] [[Category:日本のジャーナリスト]] [[Category:日本のノンフィクション作家]] [[Category:広島原爆]] [[Category:原子爆弾に関連する人物]] [[Category:山口県出身の人物]] [[Category:1921年生]] [[Category:存命人物]]
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