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神 (神道)
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{{神道}} {{出典の明記|date=2014年3月}} [[神道]]における'''[[神]]'''(かみ)とは、[[信仰]]や畏怖の対象である。「'''八百万の神'''」(やおよろずのかみ)と言う場合の「八百万」(やおよろず)は、数が多いことの例えである。 == 側面 == {{節stub}} [[神道]]の神々は<!--[[祖霊]]信仰を淵源として-->人と同じような姿や人格を有する記紀神話に見られるような「人格神」であり、現世の人間に恩恵を与える「[[守護神]]」であるが、祟る性格も持っている。祟るからこそ、神は畏れられたのである。神道の神は、この'''祟り'''と密接な関係にある。 {{see|祟り}} 神々は、いろいろな種類があり、発展の段階もさまざまなものが並んで存在している<ref>岡田精司 2011年 10ページ</ref>。神には大別して以下のような側面がある。 #自然物や[[自然現象]]を神格化した神 #思考・災いといった抽象的なものを神格化した観念神 #古代の指導者・有力者などを神格化したと思われる神([[エウヘメリズム]])、氏の集団や村里の守り神とされるようになる神々 #万物の[[創造主]]としての神(ここにおいてはthe Godである) #万物の創造主・主宰者としての全能の[[天皇]] #[[王権神授説]] (Theory of the '''divine''' right of kings) における '''divine''' としての神(天皇) === 自然物や自然現象を神格化した神 === この中で最も古いのは 1 の自然物や自然現象を神格化した神である。古代の日本人は、山、川、海中の島、巨石、巨木、神の顕現と思われるような動物、植物などといった自然物、鏡や剣のような神聖な物体、火、雨、風、雷などといった自然現象の中に、神々しい「何か」を感じ取った。この感覚は今日でも神道の根本として残るものであり、[[小泉八雲]]はこれを「神道の感覚」と呼んでいる。自然は人々に恩恵をもたらすとともに、時には人に危害を及ぼす。古代人はこれを神々しい「何か」の怒り(祟り)と考え、怒りを鎮め、恵みを与えてくれるよう願い、それを崇敬するようになった。これが後に「カミ(神)」と呼ばれるようになる。このように神の観念の発展とともに、岩や器物は神霊の憑依するものと見なされるようになり、鳥や獣も神の使いとして考えられるようになる。 山に関しては神の鎮まるところ、神の住むところと見るようになり、山そのものを神体として「神体山」と呼ぶようになった。[[大場磐雄]]は、神体山を浅間型と神南備(かんなび)型の二つに分けている。まず浅間型は山谷が秀麗で周囲の山々からひときわ高く目立つ形をしており、神南備型は人里に近い比較的低い山で、傘を置いたようななだらかな形をしている。地名としてはカンナビ、ミムロ・ミモロというものが多い<ref>岡田精司 2011年 10ページ</ref>。前者に属する山は[[富士山]]とか[[白山]](加賀)で、後者は奈良の三輪山・春日山がその典型です<ref name="okada1">岡田精司 2011年 7-9ページ</ref>。 次に、川や沼、池などにも水の神がいるという信仰もたくさんある。農業用水や生活用水との神と結びつくことが多い。神聖な山から水が流れ出し川となり、その川の上流から何か流れくるものが、神の世界から来たものと結びつけられることが多く、桃太郎や瓜子姫の話が成立し、神の子が誕生する物語に発展していく。<ref name="okada1" />。 === 思考・災いといった抽象的なものを神格化した観念神 === {{節stub}} 貧乏神、[[疫神]]等があげられる。また、腸チフスをもたらす「ボニの神」が恐れられた。 === 古代の指導者・有力者の神格化 === 3 については、日本において天皇のことを戦前・戦中は[[現人神]]と呼び、神道上の概念としてだけでなく、政治上においても神とされていたことが挙げられる。現在では、[[昭和天皇]]によるいわゆる[[人間宣言]]により政治との関わり、国民との関係は変わった。だが、神道においては[[天照大御神]]の血を引くとされる天皇の存在は現在も大きな位置を占め、信仰活動の頂点として位置付けられている。また、その時代の有力者を死後に神として祭る例([[豊臣秀吉]]=豊国大明神、[[徳川家康]]=東照大権現など)や、権力闘争に敗れまた逆賊として処刑された者を、後世において「怒りを鎮める」という意味で神として祭る例([[菅原道真]]、[[平将門]]など)もこの分類に含まれる。 様々な部族が個々に固有の神を信仰していた。それらの部族が交流するにしたがって各部族の神が習合し、それによって変容するようになった。さらに、北方系の[[シャーマニズム]]なども影響を与えた。これを「[[神神習合]]」と呼ぶ学者もいる。この神神習合が、後に[[仏教]]を初めとする他宗教の神々を受け入れる素地となった。 === 万物の創造主 === 4 は[[平田篤胤]]が禁書であった[[キリスト教]]関係の書の影響を受け、[[天御中主神]](アメノミナカヌシノカミ)を万物の創造主として位置づけたものである。[[尊王攘夷]]思想の基盤を形成し、近代の[[教派神道]]各派にも強い影響を与えている。[[国家神道]]の基盤ともなったが、[[神道事務局祭神論争]]([[1880年]] - [[1881年]])での出雲派の敗退により表舞台からは消えて潜勢力となった。[[天御中主神]]・[[高皇産霊神]]・[[神皇産霊神]]は[[造化三神]]とされた。[[造化三神]]は、多くの[[復古神道]]において現在でも究極神とされている。中でも[[天御中主神]](アメノミナカヌシノカミ)は最高位に位置づけられている<ref>村岡典嗣「平田篤胤の神学に於ける耶蘇教の影響」1920年3月、雑誌「芸文」。所収『新編日本思想史研究』2004.5平凡社東洋文庫。</ref>。 === 万物の創造主・主宰者としての全能の天皇 === 5 は[[明治]]の初期に[[祭政一致]]の国家体制を企図した[[神祇事務局]]の[[亀井茲監]]らが「天皇」と「天」とが同体しているという神儒合一的な観念によって全能の存在としたもの。「天皇ハ万物ノ主宰ニシテ、剖判(ほうはん・「宇宙創造時」の意)以来天統間断無ク天地ト与(とも)ニ化育ヲ同シ玉ヒ……」(『勤斎公奉務要書残編』)などとされる<ref>安丸良夫「近代転換期における宗教と国家」(『日本近代思想大系第5巻(宗教と国家)』岩波書店、1988年、p497)</ref>。[[石原莞爾]]は『[http://www.aozora.gr.jp/cards/000230/files/1154_23278.html 最終戦争論・戦争史大観]』(原型は1929年7月の中国の長春での「講話要領」)の中で、 :人類が心から現人神(あらひとがみ)の信仰に悟入したところに、王道文明は初めてその真価を発揮する。最終戦争即ち王道・覇道の決勝戦は結局、天皇を信仰するものと然らざるものの決勝戦であり、具体的には天皇が世界の天皇とならせられるか、西洋の大統領が世界の指導者となるかを決定するところの、人類歴史の中で空前絶後の大事件である。 と述べている。[[関東軍]]参謀であった石原はこのようなイデオロギーから[[満州事変]]を勃発させた。前項および次項参照。 === 王権神授説(Theory of the divine right of kings)における「divine」としての神(天皇) === {{see|人間宣言}} 6 は「[[現人神]]」の対訳として[[昭和天皇]]の[[人間宣言]] (1946年) の英文詔書において用いられた。 == 神名 == {{独自研究|date=2014年8月}}神道の神の名前である神名は、大きく3つの部分に分けられる。例えば[[アメノウズメ|アメノウズメノミコト]]の場合 #「アメ」ノ #「ウズメ」ノ #「ミコト」 となる。 この他に、その神の神得を賛える様々な文言が付けられることがある。例えば、通常「[[ニニギ]]」と呼ばれる神の正式な神名は「アメニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギノミコト」である。 神名は、1.の部分を省略して呼ぶことがある。また、[[民俗学]]・[[神話学]]など学術的な場面では神号(3.の部分)を略すことが多い。 === 「アメ」ノ(神の属性) === 1.はその神の属性を示すものであるとの説がある。最も多い「アメ」「アマ」(天)は天津神であること、または天・[[高天原]]に関係のあることを示すとの説もあるが、「天之冬衣神」など明らかに国津神であるにもかかわらず「アメノ〜」と冠される神名もあるので成立しない説である。「クニ」(国)は国津神を表すこともあるが、多くは天を表す「アメ」のつく神と対になって地面もしくは国に関係のあることを示す。「ヨモツ〜」(黄泉)は黄泉の国の神であることを示す。「ホ」(穂)は稲穂に関係のあることを示すとの説もある。この部分が神名にない神も多い。 === 「ウズメ」ノ(神の名前) === 2.はその神の名前に当たる。これもよく見ると、末尾が同じ音である神が多くいることが分かる。例えば「チ」「ミ」「ヒ」「ムス」「ムツ」「ムチ」「ヌシ」「ウシ」「ヲ」「メ」「ヒコ」「ヒメ」などである。これらは、神神習合が起こる前の各部族での「カミ」あるいは[[マナ]]を指す呼び名であったとも考えられる。「チ」「ミ」「ヒ」(霊)は自然神によく付けられ、精霊を表す([[カグツチ]]、[[オオヤマツミ]]など。ツは「の」の意味)。{{要出典範囲|「チ」より「ミ」の方が神格が高いとされている。|date=2014年8月}}「ウシ」(大人)、「ヌシ」(主。一説では「〜の大人」の略称とも)、「ムチ」(貴)等は位の高い神につけられる(オオヒルメノムチ([[アマテラス]]の別名)、[[オオクニヌシ]]など)。{{要出典範囲|ムジナ、ミチ等動物と関連する可能性がある|date=2014年8月}}「ムス」(産)「ムツ」(親)は何かを産み出した祖神を表す。「キ」「ヲ」(男)「コ」(子)「ヒコ」(彦・比古・毘古)は男神、「ミ」「メ」(女)「ヒメ」(媛・姫・比売・毘売)は女神に付けられるものである。特に「メ」のつく神の中には、[[巫女]]を神格化した神とみられる例がある。「コ」は[[国造]](ミヤツコ)[[小野妹子]]など、元は男性を表したが、藤原氏が女性名として独占し、近世までは皇后など一部の身分の高い女性しか名乗れなかった事から、現代では女性名として定着した。 === 「ミコト」(神号) === 3.は神号と呼ばれる。いわば尊称である。代表的なのは「カミ」(神)と「ミコト」(命・尊)である。「ミコト」の語源は「御事」とする説と「御言」とする説とがある。後者は命令のことで、何かの命令を受けた神につけられるものである。例えば[[イザナギ]]・[[イザナミ]]は、現れた時の神号は「神」である。別天津神より「国を固めよ」との命令を受けてから「命」に神号が変わっている。その他、『古事記』では特定の神格についてはそれぞれ神(かみ)なのか命(みこと)なのか決まっている場合がほとんどで、きっちり使い分けされているが、『[[日本書紀]]』では全て「ミコト」で統一した上で、特に貴い神に「尊」、それ以外の神に「命」の字を用いている。 特に貴い神には大神(おおかみ)・大御神(おおみかみ)の神号がつけられる。また、後の時代には[[明神]](みょうじん)、[[権現]](ごんげん)などの神号も表れた。 == 「神」という言葉 == === 外国語との関係 === 日本語における「神」という言葉は、元々は神道の神を指すものであった。ただし『日本書紀』にはすでに仏教の尊格を「[[蕃神]]」とする記述が見られる。16世紀に[[キリスト教]]が日本に入ってきた時、キリスト教で信仰の対象となるものは「デウス」「天主」などと呼ばれ、神道の神とは(仏教の仏とも)別のものとされた。しかし、明治時代になってそれが「神」と訳された。 また、神道の神と比較的性質の近い、[[ギリシア神話|ギリシア]]・[[ローマ神話|ローマ]]のθεός/Deus(デウス)も神と訳される。 逆に外国において、神道の神を指す場合は "Kami" と略されて一般的な神とは区別されることが多く、[[英語版Wikipedia]]の項目名も "[[:en:Kami|Kami]]" である。 === 語源 === 現代日本語では「神」と同音の言葉に「[[上]]」がある。「神」と「上」の関連性は一見する限りでは明らかであり、この2つが同語源だとする説は古くからあった。しかし江戸時代に[[上代特殊仮名遣]]が発見されると、「神」はミが乙類 (kamï) 、「上」はミが甲類 (kami) と音が異なっていたことがわかり、昭和50年代に反論がなされるまでは俗説として扱われていた。 <!--上代特殊仮名遣の8母音説については反論もあるので、上代特殊仮名遣のページにて議論してください--> ちなみに「身分の高い人間」を意味する「長官」「守」「皇」「卿」「頭」「伯」等(現代語でいう「オカミ」)、「龗」(神の名)、「狼」も、「上」と同じくミが甲類(kami)であり、「髪」「紙」も、「上」と同じくミが甲類(kami)である。 「神 (kamï)」と「上 (kami)」音の類似は確かであり、何らかの母音変化が起こったとする説もある。 [[カムヤマトイワレヒコ]]、[[カムアタツヒメ]]などの[[複合語]]で「神」が「カム」となっていることから、「神」は古くは「カム」かそれに近い音だったことが推定される。[[大野晋]]や[[森重敏 (国語学者)|森重敏]]などは、ï の古い形として [[内的再構|*]]<nowiki/>ui と *oi を推定しており、これによれば kamï は古くは *kamui となる。これらから、「神」は[[アイヌ語]]の「[[カムイ]] (kamui)」と同語源だという説もある。また、古代[[トルコ語]] ([[テュルク]] 語)の「[[カム]] (Kam)」と同語源だという説もある。ドイツのハンブルクで出てくるように、地域によって「[[ハム]] (Ham)」という読み方もある。 「カム」には「交む」「組む」「絡む」「懸かる」「係わる」「案山子」「影」「鍵、鉤」「嗅ぐ」「輝く」「翳す」「首」「株」「黴(かび)」「賀茂、鴨」「醸す」「食む(はむ)」「生む」「這う」「蛇(ハブ、はふむし)」「土生、埴生(はぶ)」「祝(はふる)」「屠る(ほふる)」「放る」などの派生語がある。 === 八百万の神 === 自然のもの全てには神が宿っていることが、八百万の神の考え方であり、欧米の辞書にはShintoとして紹介されている。日本では古くから、山の神様、田んぼの神様、トイレの神様(厠神 かわやがみ)、台所の神様など、米粒の中にも神様がいると考えられてきた。自然に存在するものを崇拝する気持ちが、神が宿っていると考えることから八百万の神と言われるようになったと考えられる。八百万とは無限に近い神がいることを表しており、数ある多神教の中でも、数が多い考え方であると言える。 またこういった性格から、特定能力が著しく秀でた、もしくは特定分野で認められた人物への敬称として「神」が使われることがある。 === 神と霊 === 神道において、特に有力な人物や恨みを残して亡くなった人物を『神』として祀り、祟りを避けようとした例は数多い。中でも[[菅原道真]]を祀る[[天満宮]]は亡くなった人間を神として扱う顕著な例である。 これに対して近代に興った[[靖国神社]]は国家のために戦死した不特定多数を神として祀っており、特定単数を神として祀る先述の例と一線を画している。 これらのことから、神社から慰霊碑、([[神仏習合]]における)墓に至るまで規模は違えど本質的に同じものであり、『神』(祀れば恩恵をもたらし、ないがしろにすれば祟るもの)と『霊』(人間が死んだ後に残るとされる[[霊魂]])とは明確に区別されていないといえる。 == 出典 == <references /> == 参考文献 == * 岡田精司著 『 新編 神社の古代史 』 学生社 2011年 ISBN 978-4-311-20302-2 == 関連項目 == * [[日本の神の一覧]] * [[ダイモーン]] * [[ゲニウス]] {{Shinto-stub}} {{DEFAULTSORT:かみ}} [[Category:日本の神|*]] {{Link GA|fi}}
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