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石野卓球
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{{Infobox Musician <!-- プロジェクト:音楽家を参照 --> | Name = 石野 卓球 | Img = | Img_capt = | Img_size = <!-- サイズが250ピクセルに満たない場合のみ記入 --> | Landscape = <!-- 画像の横幅が広く、高さが小さい場合に“yes”を記入 --> | Background = singer<!-- singer/group/bandなど --> | Birth_name = 石野 文敏<!-- 個人のみ --><!-- 本名が公表されている場合のみ記入 --> | Alias = クリ坊 | Blood = <!-- 個人のみ -->[[ABO式血液型|O型]] | School_background = <!-- 個人のみ -->[[静岡学園高校]] | Born = <!-- 個人のみ -->{{生年月日と年齢|1967|12|26}} | Died = <!-- 個人のみ --> | Origin = {{JPN}}・[[静岡県]][[静岡市]] | Instrument = <!-- 個人のみ -->[[ボーカル]] | Genre = [[テクノポップ|テクノ]] | Occupation = <!-- 個人のみ -->[[音楽家|ミュージシャン]]<br/>[[ディスクジョッキー|シンガーソングDJ]]<br/>[[歌手]]<br/>[[音楽プロデューサー]] | Years_active = [[1985年]] - [[1988年]](人生)<br/>[[1989年]] - (電気グルーヴ)<br/>[[1993年]] - (ソロ) | Label = [[キューンミュージック|キューンレコード]] | Production = | Associated_acts = [[電気グルーヴ]] | Influences = [[イエロー・マジック・オーケストラ|YMO]]<br/>[[ニュー・オーダー]]<br/>[[クラフトワーク]]<br />[[テレックス (ベルギーのバンド)|テレックス]] | URL = [http://www.wireweb.jp/09/front/index.html WIRE12] | Current_members = <!-- グループのみ --> | Past_members = <!-- グループのみ --> | Notable_instruments = }} '''石野 卓球'''(いしの たっきゅう、[[1967年]][[12月26日]] - )は、[[日本]]の[[テクノ (ダンスミュージック)|テクノ]][[音楽家|ミュージシャン]]、[[ディスクジョッキー|シンガーソングDJ]]、グルーヴ歌手、[[音楽プロデューサー]]。[[本名]]、'''石野 文敏'''(いしの ふみとし)。愛称は「クリ坊」、「フミトシ」、「卓球さん」。 == 略歴 == [[静岡県]][[静岡市]](現在の同市[[駿河区]])生まれ。小学生時代に[[縁日]]の[[露店]]で祖母に買ってもらった[[イエロー・マジック・オーケストラ|YMO]]の「[[ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー]]」に衝撃を受け、あまりに毎日聴きすぎたため母親から『イエローマジック禁止令』を出されて[[カセットテープ]]を隠されてしまったほど。「(母親は)静岡の同世代の女性で最もYMOを聴いた人だと思う」と回想している<ref>[[電気グルーヴのオールナイトニッポン]]([[ニッポン放送]])1993年4月27日放送分での本人の発言より</ref>。中学生時代に[[クラフトワーク]](特に[[人間解体]]を聴き狂っていた最中には更に「ウチの母親は1曲目のロボットからラストのマン・マシーンまで覚えているテクノ母さんでもある。」と当時の[[宝島 (雑誌)|宝島]]でコメントしている)や[[ニュー・オーダー]]等の他、[[アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン]]のようなアヴァンギャルドでコアな[[ノイズミュージック|ノイズ]]等にも傾倒し始め、挙句には勉強部屋で[[電気ノコギリ]]や[[ドラム缶]]の音まで鳴らす様になり、妹は彼の部屋から聴こえる音がうるさいという内容の作文を書き、コンクールで入賞している。 自身に敢行した[[テクノカット]]を[[学級委員]]に指弾されつつも音楽三昧の日々を過ごす<ref>[[土曜ソリトン SIDE-B]]([[NHK教育]])ゲスト出演時の本人の発言より</ref>。やがてRoland SH-2、TR-606などの機材を買い揃え、宅録ユニット「メリーノイズ」として活動を開始する。15歳の時に当時の友人の兄が企画したイベントに参加し、「メリーノイズ」として初舞台を踏む(会場は[[すみや]]本店おれんじホール)<ref>「電気グルーヴ20周年 LIVE&ANTHOLOGY」([[NHK衛星第2テレビ]])</ref>。 静岡学園高校時代[[ピエール瀧]]ら友人数人と[[インディーズ]]のテクノユニット『[[人生 (バンド)|人生]]』を結成。『人生』解散後、やる事のなくなった卓球は[[エロ本]]の編集者でもやろうかと考えるが、片手間に音楽を続けるために、[[1989年]]に[[テクノ|テクノバンド]]の[[電気グルーヴ]]を結成。数回のライブとインディーズからのCDリリースを経た後、[[ソニー・ミュージックレコーズ|ソニーレコード]]のTrefortレーベル([[キューンミュージック|キューンレコード]]の前身)から声がかかり、メジャーデビューを果たす(実は同時に複数の会社から打診を受けていたが、最終的に[[寿司]]をおごってもらった事が決定打となる)。 デビュー後数年は、テクノユニットというよりも[[ラップ]]ユニットとしての側面が強かった。電気グルーヴはあくまで[[ヒップホップ]]ではなく[[エレクトロニックミュージック]]を身上としており、ラップはボーカルスタイルの方法論として採り入れていたに過ぎなかったが、パプリックイメージは徐々に卓球の目指す方向性とは異なっていった。卓球は自らの追い求める音楽を模索し、アルバム『[[VITAMIN]]』でその答えを出す。半分の楽曲が[[器楽曲|インストゥルメンタル]]というこのアルバムは世間に衝撃を与えた。卓球がイギリスに渡りテクノを中心としたクラブカルチャーに衝撃を受けたことの影響が色濃く反映されており、電気グルーヴをテクノユニットとして世に認めさせる事に成功した。 ソロ活動も盛んであり、[[ヨーロッパ|欧州]]を中心に海外活動を行っている。[[1994年]]にNINJAHEAD名義でリリースした「PULSEMAN VS SINEMAN」がクラブヒットを博し、数々のコンピレーションアルバムに収録された。その頃より本格的に始動させた[[ディスクジョッキー|DJ]]としての活動では、[[ドイツ]]、[[東ヨーロッパ|東欧]]で非常に高い人気を誇る。[[1998年]]、[[ベルリン]]で行われた世界最大のテクノフェスティバルである[[ラブパレード]]のFinal Gatheringにおいて100万人の聴衆の前でプレイしている。また、ヨーロッパのアーチストとの親交も深く、[[トビーネイション]]と共に[[マイク・ヴァン・ダイク]]と日独テクノ同盟を宣言している。 日本においては日本最大の屋内[[レイブ (音楽)|レイヴ]]イベント「[[WIRE]](ワイヤー)」を成功させ、[[レコードレーベル]][[ルーパ|Loopa]]および[[platik]]を主宰し、月に1度のレキュラーパーティーとして2002年より[[東京]]・[[円山町]]にあるクラブ「[[WOMB]]」にて「STERNE(シュテルネ)」(ドイツ語で「星」)を、2009年5月より[[京都]]の[[四条河原町]]付近にあるクラブ「[[世界WORLD]]」にて「SPRUNG(シュプルング)」(ドイツ語で「跳躍」)を開催している。 1990年代後期より東京都内某所にプライベートスタジオ「montag」を構え、現在はここを拠点に活動を行っている。その膨大な量のシンセ・リズムマシンの数々は、訪れた[[スチャダラパー]]や[[RYUKYUDISKO]]などを圧倒した。ただ、スペースの都合から全部横に立てかけられているので、使用する際は合せて横になって弾かなければならない。また、卓球は[[運転免許]]を持っていないため、自転車で通勤している。 活動の本体である電気グルーヴやソロ名義でのリリースに加え、変名での活動や、他のミュージシャンとのコラボレートによる連名もしくはユニット名義でのリリースが多いのも特徴である。具体的な変名としては、662's、DOVE LOVES DUB、Jamaican Zamuirai、NINJAHEAD、MICKIEE、YAKYUU ISHIDA、Ginger Headsなど。コラボレートしたミュージシャンとしては、[[ウェストバム]]、[[マイク・ヴァン・ダイク]]、[[フランク・ムラー]]、[[小山田圭吾]]、[[岡村靖幸]]、[[砂原良徳]]、[[TOKYO NO.1 SOUL SET|川辺ヒロシ]]、[[篠原ともえ]]、[[スチャダラパー]]、[[七尾旅人]]、[[AFRA & INCREDIBLE BEATBOX BAND]]などが挙げられる。なかでも川辺とのユニット[[InK]]での活動は、単発的なコラボレーションではなく、1stアルバム以降も継続的に活動するという意図を打ち出している。 また、[[リミキサー]]としても活動しており、国内外問わず多くの作品を手がけている。クレジットされているアーティストとして、YMO、[[ピチカート・ファイヴ]]、[[エレファントカシマシ]]、[[少年ナイフ]]、[[宍戸留美]]、[[ORANGE RANGE]]、[[テクネイジア]]、[[李博士]]、[[m-flo]]、[[SOUL FLOWER UNION]]、[[HALCALI]]、[[RAM RIDER]]、[[ヒカシュー]]、[[ポール・モーリア]]が挙げられる。 プロデューサーとして、デビュー当初の[[篠原ともえ]]の作品を手がけヒットさせている。そのほか[[細川ふみえ]]、[[五島良子]]、[[木村カエラ]]などのプロデュースをしている。 [[宇川直宏]]の音楽ユニット、[[UKAWANIMATION!]]のシングル"惑星のポートレイト 5億万画素"では石野卓球がリスペクトを公言していたという[[萩原健一]]とのコラボレーションを実現<ref>[http://oops-music.com/info/view_news.html?nid=41570 音楽サイトOOPS!の記事]</ref>。 映画や舞台で使用される劇伴の制作や楽曲提供の依頼も多い。昨今はDJやリミキサーとしてのソロ活動や[[TOKYO NO.1 SOUL SET|川辺ヒロシ]]と結成した[[InK]]としての活動なども盛んである。エレキングでつけられた「テクノマエストロ」という異名もあるが定着しなかった == 豆知識 == {{出典の明記|section=1|date=2007年5月|ソートキー=人}}<!--検証・整理必要と思うが...2011/04/12--> 実家はパン屋だが<ref>1991年、地元の[[静岡第一テレビ]](SDT)の『[[JanJanサタデー]]』に出演した際、実家のパン屋と彼の祖母がVTRで紹介された。実体はパンも売っている[[駄菓子屋]]であった。2010年に建物は解体された。</ref>、父親は土木業を経営する。[[ABO式血液型|血液型]]はO型。[[左利き]]。[[包茎]]。[[マゾヒズム|ドM]]。納豆と高所が苦手。お笑いと映画以外の趣味は、強いて言えば「[[爬虫類]]の飼育」や「[[フィギュア]]収集」など。かつて「[[月刊OUT]]」に投稿して掲載された事がある。 芸名の由来は中学時代の所属部活動から。運動部に所属すれば自転車通学が許可されていた為、所属はしたものの完全なる[[幽霊部員]]だったと語っている。学生時代は校則により[[坊主頭]]を義務付けられていたため、他の学校の友人などからは「クリ坊」、「クリちゃん」と呼ばれていた。ちなみに1994年の末に突然坊主頭にしたことがある(「たんぽぽツアー」の楽屋で何かを思い立ち丸刈りを実行。ステージには当初アナログ盤「ドラゴンEP」のジャケットを帽子のように被り登場した)。また、その1年ほど前の1993年には、それまで伸ばしていた髪を[[ツーブロック]]にし、上の部分だけをてっぺんにまとめて[[チョンマゲ]]のように結っていた時期があったが、ごく短期間で中止している。 [[静岡学園高校]]の一学年上の先輩に[[三浦知良]]がいたが、卓球が入学した時点で三浦は1学年修了を待たずして中退し、[[ブラジル]]に単身留学していた為、面識は無い。彼の名前を聞かされても[[ロス疑惑]]の方([[三浦和義]])の事かと思ったという。多くのプロサッカー選手を輩出している有名校だが、非常に厳しい校風で、卓球は当時の学園生活を振り返り「懲役三年」と語っている。一方で、パジャマ姿で登校するなどといった奇行を行った等のエピソードを明らかにしている。 相方の瀧が野球上手なのに対し大のスポーツ音痴。「[[モグラネグラ]]」の野球企画で[[左翼手|レフト]]を守った際も、飛球を落球したあげく、その球を「俺が取るのか?」といった態度で面倒臭そうに取りに行く姿が垣間見えた。サッカー王国の静岡県出身だがもちろんサッカーなどに興味はない。そんな卓球が[[2002 FIFAワールドカップ|2002年ワールドカップ]]の公式讃歌(作曲・プロデュースともに[[ヴァンゲリス]])の[[リミックス]]版をリリースした時は「あのスポーツ音痴が何故?」とファンやメディアの間で話題になった。 非常に個性の強い人物であり、[[下ネタ]]などを得意とする。[[アダルトビデオ]]出演経験あり(彼曰く「勃たなかった」ので本番はなかったらしい)。ちなみに[[初体験|童貞喪失]]は中学2年の夏休み。かつて『[[電気グルーヴのオールナイトニッポン]]』生放送中に性欲を催し、曲をオンエアしている間にスタジオを抜け出しトイレで[[オナニー]]を済ませて戻ってきたという逸話がある(番組ではその様子すら一種のイベントとして楽しんでいた)。 ひとたびテンションが上がると、思いついたダジャレや単語はとりあえず口に出して言わないと気がすまない。自称「ギャグピューター」。酒好きで一旦酔うとギャグピューターぶりが加速し、その酷さがより加速する。しまいには瀧すらもフォローするのが面倒になり、[[ケラリーノ・サンドロヴィッチ]]や[[スチャダラパー|MCボーズ]]を激怒あるいは呆れさせたというエピソードが多数存在する。ビールはガロン単位で飲む。そのため、酔って[[尿失禁]]する機会が何年かに一度のペースで度々ある。プレイで使用するDJブースは実家でかつて妹が使用していた勉強机や瀧の家のタンスなど、場所とシチュエーションを選ばない。 新しい性的技法として『オナックス』を提唱。カップ焼きそばと本物の焼きそばが実際は別種の食べ物であるように、[[セックス]]と[[オナニー]]もまた別物であるという理論のもとに、なおかつ両方を組み合わせたもので、男女でお互いを前にオナニーをしあう行為、または女性が男性の自慰行為を手伝うこと(要するに[[手コキ]])を指す。重要なのは、盛り上がっても決して相手に手を出してはいけないということである。 [[小室哲哉]]所有の[[フェラーリ]]に、自身の性器をなすりつけ「ここから腐るぞ」と言った。[[マゾ]]なので「尿は飲んでも飲まれるな」が身上である。また、基本的に[[ノンケ]]だが、テクノ系クラブシーンに身を置く都合上、[[ゲイ]]に対する偏見は薄く、[[日本のゲイ文化|ゲイカルチャー]]とはなんとなくウマが合い、「まぁ、それなりに…」とチャレンジした事があると告白している<ref>『[[POPEYE]]』2007年11月号</ref>。1991年ごろには毎晩のように[[オカマバー]]へ通い、「男女のはざまを行く不思議な感じが好き」とオールナイトニッポンで告白していた。親友の[[日出郎]]から「アンタにはその気があるのよ。アンタの書く歌詞を見れば分かる」と指摘されている。 [[銃社会]]にはアンチの姿勢をとっている。「もし合法的に[[銃]]の所持を許される世の中になっても、人殺しの道具である以上、俺は一生持ちたくない。人を殺す目的だけの為に生まれてきた道具だけは触れたくも無い」といった主旨の発言を行っている<ref>『サイキッカー 明解サイキック読本4』</ref>。 デビュー当時は[[ホンジャマカ]]の[[恵俊彰]]に似ていると言われる事が多かった。これに関しては逆に恵も卓球に似ていると周囲から言われていたらしく、ふとした切っ掛けで初対面の折には、どちらともなく歩み寄り「似てるって言われますよね?」と意気投合したという。 また当時は失踪癖があり、「プチ[[YOSHIKI]]」との異名を持っていた<ref>『[[電気グルーヴのオールナイトニッポン]]』([[ニッポン放送]]・1991年~1994年)では自称もしている。</ref>。 テレビ等に出演する際、サングラスをかけているときは、『この場は自分にとってアウェイである』と感じているという意思表示である。その場に瀧が同席していた場合、対応を丸投げする。 電気のアルバム『[[DRAGON (電気グルーヴのアルバム)|DRAGON]]』以降、ローマ字表記は「'''Takkyu Ishino'''」でほぼ統一されているが、それ以前は「'''TackQ Ishino'''」、あるいは「'''TaQ Ishino'''」などの表記が度々用いられた。特に前者に関しては、彼がリスペクトを表明している[[On-Uサウンド]]所属のTackheadの影響によるものと思われる。 近年の自身の楽曲やリミックス仕事のなかで、特にクラブユースを想定したトラックに関しては、曲のテンポを[[テンポ|BPM]]133.333付近でほぼ統一している。このテンポだと[[アナログレコード|アナログレコード盤]]に33回転でプレスされた場合、曲のなかの一小節単位とターンテーブル上での針の一周の周回時間がほぼ一致する為、DJで使用する際に何かと都合が良い事が主な理由であるという。 1997年2月に結婚、2005年5月に離別と推測される発言をしている<ref>女性誌『[[CREA (雑誌)|CREA]]』の[[石川三千花]]との対談での発言、及び『[[キック・ザ・カンクロー]]』([[TBSラジオ&コミュニケーションズ|TBSラジオ]])での発言より。「CREA」の対談は石川の単行本「いきなりハッピー」に収録されている。</ref>。1994年、スポーツ紙が結婚報道を伝えたことがあるが、これは[[浅草キッド]]のラジオ番組で卓球が言った冗談を記者が真に受けた誤報である。 2008年4月2日放送の[[J-WAVE]] [[OH! MY RADIO]]出演時、電気グルーヴの噂等を募集するコーナーで上記、卓球の結婚・離婚の記述を取り上げた。その際、瀧と笑いながら「100%嘘」と言い、他の自分達の項目に対しても「嘘が多い」「とんでもない物がある」「爆笑する」「でもデタラメでいい」等とコメントをしている。さらにそういった[[Wikipedia]]の内容をソースとして取材されることもあり苦笑しているようである。それらを踏まえた上で、「もっと『ほんとうの事』をどんどん書け」とのお達しが出ている。 実際は、離婚経験はなく結婚しており、子供はいない。 映画は[[日本アート・シアター・ギルド|ATG]]関連の諸作品や[[石井聰亙]]監督作品『高校大パニック』、ドラマは『[[ふぞろいの林檎たち]]』などを好む。音楽に没頭する以前は、[[富野由悠季]]作品を初オンエア時から熱心にチェックする少年だったという。ゲームやアニメに関連する仕事を多く手がけた影響か、現在進行形でアニメや漫画好きと捉えられがちだが、特にそんな事は無く最近のものには一切興味がないとの事。ただ、たまにライダーカードの完全復刻版欲しさに何万円もする『[[仮面ライダー]]』の[[レーザーディスク|LD]]-BOXセットを突如購入してみたり、1970年代の古い作品を観返したりする事はあるという。 一方で、かねてより「特殊漫画家」こと[[根本敬]]の大ファンである事を公言。卓球より連絡をとり交流を持つようになった。のちに電気が大プッシュした[[李博士]]の[[ポンチャック]]なども、根本の影響によるところが大きい。また、根本に教えてもらった[[サヌリム]]という韓国のサイケバンドの[[CD]]を聴く為、卓球は初めて[[CDプレイヤー]]を購入したという。 お笑いシーンに関しても異常なほどの知識を持ち、かつては独自の情報網を駆使し、関東にいながらにして全国進出以前の[[ダウンタウン (お笑いコンビ)|ダウンタウン]]の関西ローカルでの活躍を常にチェックしていたほど。東京ではまだ現在ほど知名度の無かったダウンタウンの[[松本人志]]と放送作家の[[高須光聖]]に東京・[[笹塚]]の[[デニーズ (日本)|デニーズ]]で遭遇し、すかさずサインと握手を貰ったという<ref>『[[松本人志の放送室]]』 ([[エフエム東京|TOKYO FM]]・[[ジャパンエフエムネットワーク|JFN]]) での高須光聖の発言より</ref>(蛇足だが、電気グルーヴの結成の地もデニーズ(初台駅近の西新宿店)である。<ref>電気グルーヴのセルフトリビュートアルバム『[[The Last Supper]]』初回盤付属バイオグラフィーより。</ref>)。最近では、関西で活躍する[[野性爆弾]]を絶賛している。彼らの初冠番組[[野爆うめだFandango!]]もチェックしている。お笑いに造詣が深いことは前述の通りだが、近年は特に[[劇団ひとり]]を絶賛しており、彼のライヴに駆けつけたり花輪を送ったりしている。また、[[ダンディ坂野]]もお気に入りの芸人のひとりで、『[[爆笑オンエアバトル]]』出演時に虜になり、一通りのブームが去った今でも大好きである。ずっと面識は無かったが、2008年4月放送の『[[音楽戦士 MUSIC FIGHTER]]』出演時に特別ゲストとしてダンディが登場。待望の接見を果たした。 ファーストアルバム収録の「TKO TONE」でサンプリングされている「入会金無料、1時間800円!」の声は、TV番組「[[進め!電波少年]]」の企画で[[松本明子]]が担当した風俗店の呼び込みナレーションである。卓球はそれとは知らずに使用していたという。 近年は重度のラジオマニアであることを公言、自宅に数台のラジオを配置してどこでも番組を聴けるようにしているという。TBSラジオ『[[ストリーム (TBSラジオ)|ストリーム]]』は番組の流れをすべて把握しているくらいとの発言もし、番組本への寄稿までしている(ただし、音楽的影響はゼロとのこと)。後続番組であり、瀧も出演している『[[小島慶子 キラ☆キラ]]』『[[たまむすび]]』も継続聴取しており、ときには番組にメール・FAXを送ることもある。過去に瀧がゲスト出演した回の『[[伊集院光 日曜日の秘密基地]]』にリスナーとしてFAXを送ったことがあるが、スタッフから悪戯と思われて不採用になった経験がある。 [[電気グルーヴ]]の楽曲「リンギンベル」のイントロに使用されている[[ベル]]の音は、とある空港で自身が偶然にベル合奏の練習をしている団体に遭遇した際、許可を得て録音・[[サンプリング]]した音源であると雑誌「Sound & Recording Magazine」内のインタビュー記事で語っており、その録音に使用された[[ローランド]]R-05の実物画像がインタビュー記事と共に掲載されている(GROOVE SPRING 2012号)。DJ出演時などは携帯し、自身のプレイを録音する等で使用している。 == 作品 == === シングル === * anna -letmein letmeout-(1999年) * STEREO NIGHTS(2001年) * TAKBAM(2001年) * ANTHEM -takkyu ishino remix-2002 FIFA Word Cup <sup>TM</sup> Official Anthem-(2002年) * The Rising Suns (2004年) === アルバム === # DOVE LOVES DUB(1995年) # BERLIN TRAX(1998年) # throbbing disco cat(1999年) # KARAOKE JACK(2001年) # シティボーイズミックスPRESENTS パパ・センプリチータ オリジナルサウンドトラック (2003年) #: - [[シティボーイズ]]舞台公演のサントラ # TITLE #1(2004年) # TITLE #2+#3(2004年) #* TITLES (european edition)(2005年、TITLE#1-#3の欧州編集盤) # CRUISE(2010年) # WIRE TRAX 1999-2012 (2012年) === DJ-MIXアルバム === * MIX UP Vol.1(1995年) * DJF400(1998年) * IN THE BOX~Live at WOMB Tokyo~(2003年) * A Pack to The Future(2005年) === Compilationアルバム === * Mayday The "Sonic Empire" Compilation / V.A. * Pacific State / V.A. * WIRE99 Compilation / V.A. * WIRE01 Compilation / V.A. * WIRE02 Compilation / V.A. * WIRE03 Compilation / V.A. * WIRE04 Compilation / V.A. * WIRE05 Compilation / V.A. * WIRE06 Compilation / V.A. * WIRE07 Compilation / V.A. * WIRE08 Compilation / V.A. * WIRE09 Compilation / V.A. * WIRE10 Compilation / V.A. * WIRE11 Compilation / V.A. === リミックス === * 恋はマケテラレネーション (Trip II da Mars Mix) / [[宍戸留美]] - 1993年(KO世紀ビースト三獣士 スパークリングヴォーカルアルバム T・K・O) * Twiggy Twiggy (Take A TB Train Mix) / Pizzicato Five - 1993年(Expo 2001 / Pizzicato Five) * テクノでSo.Ya.Na (Bite My Jeans Mix) / West End x Yuki (from O.P.D.) - 1995年(So.Ya.Na グレーテストヒッツ / West End x Yuki (from O.P.D.)) * All Our Colours (Takkyu Ishino Remix) / Microglobe - 1995年(Afreuroparemixes And More - A Different View / Microglobe) * Peach X'mas (Takkyu Ishino Remix) / [[岡村靖幸]] - 1995年(Peach X'mas / 岡村靖幸) * Gamer's Night (Takkyu Ishino Remix) / Mijk's Magic Marble Box - 1996年(Tokyo Trax Remixes / Mijk's Magic Marble Box) * メカパクサ [Dr.Eのテクノ初体験] (Remixed By 石野卓球) ・ Arirandrome (Remixed By 石野卓球) / イ・パクサ - 1996年(ひらけ!ポンチャック / [[李博士]](イ・パクサ) vs 電気グルーヴ) * Volunteer Ape Man (Disco) / [[小山田圭吾|Cornelius]] - 1996年(96/69 / Cornelius) * パイク (Remixed By 石野卓球) / [[ヒカシュー]] - 1996年(レトロアクティブ / ヒカシュー) * エエジャナイカ~卓球の極道電子盆唄編 / [[ソウル・フラワー・ユニオン]] - 1996年(エエジャナイカ / ソウル・フラワー・ユニオン) * Ultra Q's Theme (Remixed By Takkyu Ishino) / The Surf Coasters - 1996年(Surfdeliciouce / The Surf Coasters) * 象のパオパオ(石野卓球 Mix) / 少年ナイフ - 1997年(Super Mix / 少年ナイフ) * Oxygene 8 (Takkyu Ishino Extended) / [[Jean Michel Jarre]] - 1997年(Oxygene 8 / Jean Michel Jarre) * It's More Fun To Compute (Takkyu Ishino Tachno Funk) / [[KRAFTWERK]] - 1998年(Musique Non Stop / KRAFTWERK) * Music Is The Key Love Parade 99 (Takkyu Ishino Mix) / Dr. Motte & Westbam - 1999年(Music Is The Key Love Parade 99 / Dr. Motte & Westbam) * Luv Luv Robot (Takkyu Ishino Remix) / Popsoda - 1999年(Luv Luv Robot / Popsoda) * Anthem - Takkyu Ishino Remix / Vangelis - 2002年(2002 FIFA World Cup Official Anthem / Vangelis) * Have You Ever Seen The Blue Comet? (Takkyu Ishino Remix) / Dr. Shingo - 2002年(Have You Ever Seen The Blue Comet? / Dr. Shingo) * 浮雲男 (Takkyu's Japp Tekno Ppopp Mix) / [[エレファントカシマシ]] - 2003年(花男 - エレファントカシマシ カヴァーアルバム / V.A.) * エレクトリック先生 (Electric Body Sensei Mix) / [[HALCALI]] - 2003年(エレクトリック先生 / HALCALI) * マジックタイム (Takkyu Ishino Remix) / JUN - 2003年(マジックタイム / JUN) * The Last Dance (Takkyu Ishino Remix) / rays - 2004年(The Last Dance / rays) * Geheimnis / DAF - 2004年(Fine Time - A Tribute To New Wave / V.A.) * 以心電信 (Takkyu Ishino Remix) / [[オレンジレンジ]] - 2006年(Squeezed / オレンジレンジ) * Music (Takkyu@133.333) / [[Ram Rider]] - 2007年(きみがすき + Remix Tunes / Ram Rider) * Luvotomy (Camp Three-O-Three Remix) / [[M-flo]] loves [[安室奈美恵]] - 2007年(Electricolor -Complete Remix- / M-flo) * オリーブの首飾り (Takkyu's Limbo Bimbo Mix) ・ オリーブの首飾り (Takkyu's More Jumbo Bimbo Mix) / [[Paul Mauriat]] - 2007年(The Remixes Viva! Paul Mauriat / Paul Mauriat) * Firestorm (Takkyu Ishino Remix) / Wrench - 2008年(Drub / Wrench) * Speed Racer - Takkyu's Demon On The Wheel Mix / 石野卓球 - 2008年(Speed Race Japan ~マッハGoGoGoトリビュート~ / V.A.) * Shangrila (Takkyu Ishino Remix) / [[チャットモンチー]] - 2009年(One By One / V.A.) * Propaganda (Takkyu Ishino Remix) / Fact - 2009年(Nivan Runder Soundrugs / Fact) * You May Crawl (Takkyu Ishino Remix) / School Food Punishment - 2009年(Futuristic Imagination / School Food Punishment) * ルーキー (Takkyu Ishino Remix) / サカナクション - 2012年(僕と花 / サカナクション) * A Piece of Future -Takkyu Ishino Remix- / FISHMANS+ - 2012年(A PIECE OF FUTURE / FISHMANS+) * My Dear Lady,Will You Dance With Me Tonight? -Takkyu ishino's Rave 1991 Remix- / Fear,and Loathing in Las Vegas - 2014年(Rave-up Tonight / Fear,and Loathing in Las Vegas) === その他 === * TOKYO TONE/0990(3rd Movement) - 1994年(DOVE LOVES DUB名義 / [[とれまレコード]]) * REIKO/TOMOKO/THREE SYNTHESIZERS - 1994年(DOVE LOVES DUB名義 / [[とれまレコード]]) * TOMOKO/Chiki Bam Tom - 1995年(DOVE LOVES DUBS名義 / [[CHOCI'S CHEWNS]]) * MICKIEE ep - 1995年(MICKIEE名義/[[とれまレコード]])1997年にもMICKIEE名義でお蔵入りした12インチがあり、内容は133BPMで統一された曲がJEFF MILLS"CYCLE 30"のようなループ状の溝によりエンドレス再生される仕様あった。とれまレコード代表の[[田中フミヤ]]は200〜300枚程度プロモオンリーの非売品でプレスする予定を雑誌『エレキング』誌上の連載「ダメトーク」で語っており、卓球本人はこの盤を実際に手にしたことをラジオ番組「ドリルキングアワー」で公言している。 * チャイム - 1995年 (「篠原ともえ+石野卓球」名義。篠原の実質的デビューシングル) * VOLUNTEER APE MAN (DISCO) ([[小山田圭吾|Cornelius]]のリミックス・アルバム「[[96/69]]」で同曲のリミックス) * 九官鳥&ヒズフレンズ (「石野卓球&[[小山田圭吾]]」名義。[[テレビブロス]]10周年企画。非売品。) * [[ヴァンゲリス]] - 「ANTHEM」-2002年([[FIFAワールドカップ]]公式讃歌)の[[リミックス]]) * The Album - 2003年([[岡村靖幸]]とのユニット「岡村と卓球」名義) * [[細川ふみえ]] - 『だっこしてチョ』『にこにこにゃんにゃん』(作曲&プロデュース) * 「[[MEMORIES (映画)|MEMORIES]]」 ([[大友克洋]]監督作品。OP&EDテーマ『IN YER MEMORY』担当) * 「[[サイレン 〜FORBIDDEN SIREN〜]]」 ([[堤幸彦]]監督作品。EDテーマ担当) * [[PlayStation (ゲーム機)|プレイステーション]]用ゲーム「[[攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL]]」(メインテーマ提供およびサウンドトラック盤総合プロデュース) * テレビアニメ「[[交響詩篇エウレカセブン]]」 (『NINETY THREE』がBGMとして使用された) * [[UKAWANIMATION!]]-『惑星のポートレイト 5億万画素』(楽曲提供/[[宇川直宏]]の音楽ユニット、UKAWANIMATION!のシングルに表題曲を提供。[[萩原健一]]がボーカリストとして参加) * テレビアニメ「[[ちびまる子ちゃん]]」 放送開始20周年を記念しリニューアルしたOP「[[おどるポンポコリン]]」の編曲を担当。 * [[SMAP]] - 『[[We are SMAP!|SMAPのポジティブダンス]]』(作曲) === 著書 === * テクノボン(1994年、[[宝島社]])ISBN 4796608044 - [[野田努]]との共著 * 生卵 忌野清志郎画報(1995年、[[河出書房新社]])※寄稿 == 出演 == === ラジオ === ※ここではソロとしてのレギュラー番組のみ紹介。 * AZ-WAVE([[AZ-BEAT]])([[1997年]] - [[2000年]]、[[J-WAVE]])- DJミックス。 * FREE FORM ~TOKIO UNDERGROUND MIX ZONE~([[2001年]] - [[2002年]]、J-WAVE)- DJミックス。 * ミュージック・パイロット(2002年8月、[[NHK-FM]])- マンスリーパーソナリティ。 == 脚注 == {{Reflist}} == 外部リンク == * [http://www.takkyuishino.com/ TakkyuIshino]公式サイト * {{Twitter|TakkyuIshino}} * [http://www.denkigroove.com/ DENKI GROOVE]公式サイト * [http://www.ink-net.jp/ InK(石野卓球+川辺ヒロシ)]公式サイト * [http://www.m-on.jp/ftp_view/platik/ Platik(テクノ・レーベル)]公式サイト *[http://public-image.org/interview/2010/08/23/takkyuishino-2.html/ PUBLIC-IMAGE.ORGインタビュー] {{電気グルーヴ}} {{DEFAULTSORT:いしの たつきゆう}} [[Category:電気グルーヴのメンバー]] [[Category:日本のシンガーソングライター]] [[Category:日本のテクノミュージシャン]] [[Category:シンセサイザー奏者]] [[Category:クラブDJ]] [[Category:日本の音楽プロデューサー]] [[Category:キューンミュージックのアーティスト]] [[Category:静岡市出身の人物]] [[Category:1967年生]] [[Category:存命人物]]
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