コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
田口昌徳のソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
田口昌徳
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
{{Infobox baseball player |選手名 = 田口 昌徳 |所属球団 = |役職 = |背番号 = |選手写真ファイル名 = |写真のコメント = |国籍 = {{JPN}} |出身地 = [[茨城県]][[北相馬郡]][[藤代町]](現:[[取手市]]) |生年月日 = {{生年月日と年齢|1970|8|26}} |没年月日 = |身長 = 180 |体重 = 88 |利き腕 = 右 |打席 = 右 |守備位置 = [[捕手]] |プロ入り年度 = {{NPBドラフト|1992}} |ドラフト順位 = ドラフト4位 |初出場 = 1994年6月24日 |最終出場 = 2005年10月15日 |年俸 = |経歴 = <nowiki></nowiki> * [[茨城県立藤代紫水高等学校]] * [[駒澤大学硬式野球部|駒澤大学]] * [[北海道日本ハムファイターズ|日本ハムファイターズ]] (1993 - 2002) * [[福岡ソフトバンクホークス|福岡ダイエーホークス<br />福岡ソフトバンクホークス]] (2002 - 2005) |経歴補足題 = コーチ歴 |経歴補足 = <nowiki></nowiki> * 福岡ソフトバンクホークス (2009 - 2010) |選出国 = |選出年 = |得票率 = |選出方法 = }} '''田口 昌徳'''(たぐち まさのり、[[1970年]][[8月26日]] - )は、[[茨城県]][[北相馬郡]][[藤代町]](現:[[取手市]])出身(生まれは、[[茨城県]][[常陸大宮市]])の元[[プロ野球選手]]([[捕手]])。 == 経歴 == [[茨城県立藤代紫水高等学校|藤代紫水高]]から[[駒澤大学]]へ進学。東都大学リーグ通算49試合出場、130打数37安打、打率.285、8本塁打、26打点。ベストナイン2度受賞。[[1992年]]の[[ドラフト会議]]で[[北海道日本ハムファイターズ|日本ハムファイターズ]]に4位指名され入団。 駒澤大学では1年上に後に[[阪神タイガース]]に入団した[[関川浩一]](現:[[阪神タイガース]]コーチ)がおり、4年になるまで出番は少なかった。[[中日ドラゴンズ]]に入団した[[鶴田泰]]とは同期で、学生時代はよくバッテリーを組んでいた。 3年目の[[1995年]]に監督就任した[[上田利治]]からリード面を評価され抜擢、次第に試合数を伸ばした。95年オフにそれまで不動の正捕手だった[[田村藤夫]]が[[千葉ロッテマリーンズ]]へ移籍しため、[[1996年]]には正捕手として101試合に出場するなどチーム2位の躍進に貢献する。しかし、それまで課題だった打撃と盗塁阻止率が向上しなかった為、[[1998年]]に[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルトスワローズ]]から[[野口寿浩]]が移籍してくると、次第に控えに回ることが多くなった。 [[2002年]]途中、福岡ダイエーホークスの正捕手[[城島健司]]がケガで戦線離脱し、捕手難に悩んでいた[[福岡ソフトバンクホークス|福岡ダイエーホークス]]に[[林孝哉]]との交換[[トレード]]で移籍した。以後も、[[アテネオリンピック (2004年)|アテネ五輪]]などで城島が抜ける際には、捕手として活躍した。 また、明るい性格で[[ベンチ]]に控えていることも多いため、同じくベンチにまわることの多くなった[[鳥越裕介]](現・一軍コーチ)とともに、チームのムードメーカーとなり、地元の[[テレビ]]番組にもそのキャラクターを生かして数多く出演した。キャラクター・顔つき・喋り方などがかつてのプロ野球界爆笑男である[[内藤尚行|ギャオス内藤]]とそっくりである。 一軍捕手としては城島の存在感もあって酷評されることも少なくなかったが、二軍でマスクをかぶった際には、若手投手への硬軟自在な指示を行うことから、投手育成という面もあった。[[2005年]]限りで引退し、[[2006年]]からはチームスタッフ(管理部・育成担当)に就任し[[2009年]]から[[2010年]]までは2軍バッテリーコーチを務め、[[2011年]]からはスカウトに就任している<ref name="shuube20140324_P19">週刊ベースボール2014年3月24日号 P19</ref>。 [[2006年]]12月に行われた「NPB12球団ジュニアトーナメント ENEOS CUP 2006」では自身初の監督業として福岡ソフトバンクホークスジュニアチームの指揮をとり、優勝はならなかったが、現役時代のようにベンチから大声を出して選手を盛りたてるなど、未来の監督候補としての頭角を現した。なお、この時の背番号は、現役時代につけていた「22」であった。 == 人物 == * ダイエー移籍後の試合で、誤ってマウンド上の[[渡辺正和]]投手の[[ユニフォーム]]を着て試合に出場してしまう[[珍プレー]]を演じる。このプレーで、その年の[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]の『[[勇者のスタジアム・プロ野球好珍プレー]]』では、珍プレー大賞に選ばれる。また、同年の[[7月9日]]の西武戦でホークスに来て最初のヒーローインタビュー(事実上最初で最後のヒーローインタビューである)では、インタビュアーのアナウンサーからマイクを奪って「田口です!」と自己紹介した。 * [[2003年]]、ダイエーの春季キャンプ恒例の「声出し」で「1試合でも多く捕手で試合に出る」という目標を立てるが、正捕手の城島は「全試合フルイニング出場」を目標に掲げた。しかしその年、城島が捕手としては史上2人目の全試合フルイニング出場を果たし、田口は捕手として試合に出ることはなかった。結果、2003年初マスクは[[アテネオリンピック野球日本代表|長嶋ジャパン]]の壮行試合となった[[野球日本代表|日本代表]]vs[[野球日本代表|日本選抜]](監督:[[王貞治]])であった。 * 2003年の日本一祝勝会で、'''「よう見とけ!これがホントの顔面シャワーじゃ!」'''と言いチームメイトにビールを浴びせ、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]の『[[すぽると!]]』で生中継中だった[[三宅正治]]から注意を受けた。 * 2003年の日本一記念で『[[関口宏の東京フレンドパークII]]』に「お笑い隊長」としてチームメイトとともに出演。しかしアトラクションに精一杯で、[[渡辺正行]]に「面白いことをやっていない」と突っ込まれ、さらに番組の最後、ダーツのルーレットにて「たわし」を当ててしまった。 * 後輩の[[加藤領健]]は入団発表時「目標は田口さんのようなムードメーカー」と言っていた。 * 2006年7月、2軍の打撃練習でバッティングピッチャーを務めた際、投げた球が[[井手正太郎]]の顔面に直撃、鼻を骨折させてしまう。大きな責任を感じ、井手が病院から帰ってくるまでユニフォームも着替えずに待ち、さらに数日「大丈夫か?」と声をかけ続けた。井手本人は「そんなに気にしなくても」と恐縮しきりであった。 * 歌唱力がかなり高い。 ** [[プロ野球オールスタースポーツフェスティバル]]に出場した際、他チームの選手たちが当時のヒットソングを歌う中、[[ホルスタイン]]の[[着ぐるみ]]で現れて[[桂雀三郎|桂雀三郎withまんぷくブラザーズ]]の『[[ヨーデル食べ放題]]』を熱唱、会場のファンを爆笑させた。 ** 2005年[[11月6日]]、[[福岡ドーム|福岡Yahoo!JAPANドーム]]で開催された「ホークスファン感謝の集い」の中で引退セレモニーが行われたが、「福岡に来てから1度しかお立ち台に立っていないのが心残り」と言ったために球団側が急遽準備。お立ち台に立った田口は「[[いざゆけ若鷹軍団]]」を熱唱し、セレモニー終了後はキャッチャーミットとマイクをホームベースの上に置くという[[山口百恵]]の引退セレモニーのパロディーでグラウンドを去った。 == 詳細情報 == === 年度別打撃成績 === {| {{年度別打撃成績|リーグ=日本プロ野球}} |- |style="text-align:center;"|{{by2|1994}} |rowspan="9" style="text-align: center; white-space:nowrap;"|[[北海道日本ハムファイターズ|日本ハム]] |25||45||44||1||7||0||0||0||7||2||0||0||1||0||0||0||0||17||2||.159||.159||.159||.318 |- |style="text-align:center;"|{{by2|1995}} |82||220||200||15||40||6||0||5||61||13||0||1||4||1||14||1||1||68||10||.200||.255||.305||.560 |- |style="text-align:center;"|{{by2|1996}} |101||327||286||22||60||12||0||5||87||22||0||2||13||0||17||0||'''11'''||92||6||.210||.280||.304||.584 |- |style="text-align:center;"|{{by2|1997}} |81||212||188||8||37||5||0||4||54||20||0||1||9||1||12||0||2||52||4||.197||.251||.287||.538 |- |style="text-align:center;"|{{by2|1998}} |60||139||118||7||24||2||0||1||29||12||0||1||12||0||7||0||2||29||4||.203||.260||.246||.506 |- |style="text-align:center;"|{{by2|1999}} |52||52||42||2||4||1||0||1||8||5||0||0||4||0||4||0||2||13||0||.095||.208||.190||.399 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2000}} |19||14||11||1||1||0||0||0||1||0||0||0||1||0||1||0||1||1||0||.091||.231||.091||.322 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2001}} |31||71||60||8||12||2||0||0||14||3||1||0||6||0||4||0||1||20||1||.200||.262||.233||.495 |- |rowspan="2" style="text-align:center;"|{{by2|2002}} |4||1||1||0||0||0||0||0||0||0||0||0||0||0||0||0||0||1||0||.000||.000||.000||.000 |- |rowspan="5" style="text-align: center; white-space:nowrap;"|[[福岡ソフトバンクホークス|ダイエー<br />ソフトバンク]] |35||102||87||10||20||4||0||1||27||7||1||0||8||0||4||0||3||15||3||.230||.287||.310||.598 |- style="background-color:#f2f2f2" !style="text-align:center;"|'02計 |39||103||88||10||20||4||0||1||27||7||1||0||8||0||4||0||3||16||3||.227||.284||.307||.591 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2003}} |10||13||10||2||2||1||0||1||6||2||0||0||0||0||3||0||0||3||1||.200||.385||.600||.985 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2004}} |28||77||67||6||15||6||0||0||21||6||0||0||7||0||1||0||2||23||2||.224||.257||.313||.571 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2005}} |6||12||10||0||2||0||0||0||2||2||0||0||2||0||0||0||0||4||0||.200||.200||.200||.400 |- !colspan="2"|通算:12年 |534||1285||1124||82||224||39||0||18||317||94||2||5||67||2||67||1||25||338||33||.199||.259||.282||.541 |} * 各年度の'''太字'''はリーグ最高 * ダイエー(福岡ダイエーホークス)は、2005年にソフトバンク(福岡ソフトバンクホークス)に球団名を変更 === 年度別守備成績 === {{節stub}} {| class="wikitable" style="margin: 1em; text-align: center; font-size: small;" !rowspan="2"|年<br />度!!colspan="11"|捕手 |- !試合!!刺殺!!補殺!!失策!!併殺!!捕逸!!守備率!!企図数!!許盗塁!!盗塁刺!!阻止率 |- |1994||23||||||||||||||9||5||4||.444 |- |1995||57||||||||||||||37||25||12||.324 |- |1996||100||560||43||5||9||4||.992||81||60||21||.259 |- |1997||80||322||43||5||11||5||.986||73||49||24||.329 |- |1998||60||||||||||||||31||24||7||.226 |- |1999||51||||||||||||||13||8||5||.385 |- |2000||19||||||||||||||6||5||1||.167 |- |2001||31||||||||||||||9||7||2||.222 |- |2002||4||||||||||||||1||1||0||.000 |- |2004||23||||||||||||||13||8||5||.385 |- |2005||6||30||2||0||0||0||1.000|||4||3||1||.250 |- |通算 |454||||||||||||||277||195||82||.296 |} === 記録 === *初出場:1994年6月24日、対[[オリックス・バファローズ|オリックス・ブルーウェーブ]]13回戦([[東京ドーム]])、9回表に[[捕手]]として出場 *初安打:1994年6月26日、対オリックス・ブルーウェーブ15回戦(東京ドーム)、7回裏に[[山中潔]]の代打として出場、[[野村貴仁]]から *初先発出場:1994年7月3日、対[[千葉ロッテマリーンズ]]13回戦(東京ドーム)、9番・捕手として先発出場 *初打点:1994年9月18日、対[[大阪近鉄バファローズ|近鉄バファローズ]]25回戦([[藤井寺球場]])、8回表に[[酒井弘樹]]から2点適時打 *初本塁打:1995年5月6日、対近鉄バファローズ7回戦(藤井寺球場)、1回表に[[小池秀郎]]から2ラン *初盗塁:2001年5月12日、対オリックス・ブルーウェーブ11回戦(東京ドーム)、4回裏に二盗(投手:[[加藤伸一]]、捕手:[[日高剛]]) === 背番号 === * '''31''' (1993年 - 2002年途中) * '''57''' (2002年途中 - 2003年) * '''22''' (2004年 - 2005年) * '''96''' (2006年 - 2008年) * '''72''' (2009年 - 2010年) == 脚注 == {{Reflist}} == 関連項目 == * [[茨城県出身の人物一覧]] * [[駒澤大学の人物一覧]] * [[北海道日本ハムファイターズの選手一覧]] * [[福岡ソフトバンクホークスの選手一覧]] * [[太田誠]] - [[駒澤大学硬式野球部]]監督 {{日本ハムファイターズ1992年ドラフト指名選手}} {{DEFAULTSORT:たくち まさのり}} [[Category:日本の野球選手]] [[Category:駒澤大学硬式野球部の選手]] [[Category:北海道日本ハムファイターズ及びその前身球団の選手]] [[Category:福岡ソフトバンクホークス及びその前身球団の選手]] [[Category:野球指導者]] [[Category:茨城県出身の人物]] [[Category:1970年生]] [[Category:存命人物]]
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:By2
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Infobox baseball player
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Reflist
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:年度別打撃成績
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:日本ハムファイターズ1992年ドラフト指名選手
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:節stub
(
ソースを閲覧
)
田口昌徳
に戻る。
検索
検索
田口昌徳のソースを表示
話題を追加