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田中勝春
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{{騎手 |画 = [[File:Katsuharu-Tanaka20100314.jpg|260px]] |説 = 2010年中京記念表彰式 |名 = 田中勝春 |国 = {{JPN}} |出 = [[北海道]][[三石郡]][[三石町 (北海道)|三石町]]<br />(現・[[日高郡 (北海道)|日高郡]][[新ひだか町]]) |生 = {{生年月日と年齢|1971|2|25}} |死 = |身 = 154.5cm<!--2009年12月15日--> |体 = 48.0kg<!--2009年12月15日--> |血 = AB型 |団 = [[日本中央競馬会]] |厩 = 美浦・藤原敏文(1989.3 - 1996.9)<br />美浦・小林常泰(1996.9 - 1996.12)<br />美浦・フリー(1997.1 -) |初 = [[1989年]] |区 = 平地 |引 = |重 = |G1 = [[皐月賞]](2007年)<br />[[安田記念]](1992年)<br />[[シンガポール航空インターナショナルカップ|シンガポール国際C]](2007年)<br />[[全日本2歳優駿]](2005年・2010年)<!--2010年12月16日--> |所 = }} '''田中 勝春'''(たなか かつはる、[[1971年]][[2月25日]] - )は、[[日本中央競馬会]] (JRA) に所属している[[騎手]]。[[北海道]][[三石郡]][[三石町 (北海道)|三石町]](現・[[日高郡 (北海道)|日高郡]][[新ひだか町]])出身。愛称は「カッチー」。[[シンクバンク]]所属。 == 来歴 == 初騎乗は[[1989年]][[3月4日]]に[[中京競馬場]]の第2競走でチャンピオンミナミに騎乗し6着。その年にデビューした新人騎手の中で初勝利はもっとも遅く、[[10月21日]]の[[東京競馬場]]の第6競走、セキテイボーイだった。なお同馬の勝利が、大種牡馬[[テスコボーイ]]産駒の最後の勝利ともなった。 同期に[[佐藤哲三 (競馬)|佐藤哲三]]、[[角田晃一]]らがいる。 [[重賞]]初勝利は[[1990年]][[9月9日]]の[[京成杯オータムハンデキャップ|京王杯オータムハンデキャップ]]でオラトリオに騎乗しての勝利だった。[[競馬の競走格付け|GI]]初勝利は[[1992年]]の[[安田記念]]。[[ヤマニンゼファー]]に騎乗し、大外枠を苦にせず優勝。ゴール前では派手なガッツポーズを見せた。その後もコンスタントに勝ち続け、関東リーディングでは毎年上位につけている。 そして[[2004年]][[9月11日]]には[[中山競馬場]]第10競走でヒシフェアレディに騎乗し1着、中央競馬通算1000勝を達成した。当時、中央競馬史上20人目で現役では9人目の記録達成であった。 [[2007年]]、[[皐月賞]]で[[ヴィクトリー (競走馬)|ヴィクトリー]]に騎乗し勝利。ヤマニンゼファー以来となる15年ぶり(騎乗機会では140戦ぶり)の中央競馬でのGI(表記はJpnIである)制覇となった。さらには[[シャドウゲイト (競走馬)|シャドウゲイト]]に騎乗し、[[シンガポール航空インターナショナルカップ]]に挑戦し、日本国外でもGIを制覇した。夏の新潟開催では17勝し、2年ぶり5度目の[[リーディングジョッキー|リーディング]]を獲得した。さらに[[10月28日]]までに関東所属騎手の中で1位となる中央で99勝を挙げたことから[[11月8日]]に[[第21回ワールドスーパージョッキーズシリーズ]]への出場が発表された。なお、同シリーズには初出場となる。そして[[11月11日]]に自身初のJRA年間100勝を達成した。 == エピソード == 好不調の波が激しく、まったく勝てない日も多いが、勝つ時は一日に何勝もする。 [[新潟競馬場]]や東京競馬場を得意とする。関西圏では長らく重賞を勝てず、[[2010年]]の[[中京記念]]をシャドウゲイトで制したのが関西圏での初重賞勝ちだった。2010年3月現在、函館・京都・阪神・小倉では重賞未勝利である。[[1999年]]に[[バイオマスター]]に騎乗して[[阪神競馬場]]の[[アーリントンカップ]]で1位入線はしているが、進路妨害により2着降着となっている。 エッセイストの[[安西美穂子]]と親しく、安西とともに書店などで安西の本を買うと田中勝春がサインをするサイン会を開催したことがある。 実家は[[競走馬]]の生産牧場を経営している。父の[[田中春美]]<ref name="furlong199901">{{Cite journal|和書|author=|publisher=[[地方競馬全国協会]]|journal=[[ハロン (雑誌)|ハロン]]|year=1999|month=1|page=71|title=トピックス『ユニーク馬名2頭が初顔合わせ』}}</ref>は生産牧場を経営するかたわら、日本中央競馬会の[[馬主]]登録もしており、"幻の関西重賞初制覇"を演出したバイオマスターや、北海道の[[北海道静内農業高等学校|静内農業高等学校]]の[[高校生]]が生産を手がけた[[ユメロマン]]などを所有している。また[[地方競馬]]の馬主として所有馬に「カツハル」という名前を付けて走らせたことがある<ref name="furlong199901" />。 後輩数人と[[新宿]]の[[ボッタクリ]]店に意図的に(=知りながら)入ったことがある。席に着くなり店で一番の高級[[酒]]を注文、大量に飲んではいたが、会計は200万円という法外なものだった。後輩の表情が凍り付く中、田中はポケットから200万円分の札束を出し、涼しい顔で店を去っていったという([[高崎武大]]著・[[東邦出版]]『こんな騎手』より)。 == 田中勝春とGI == [[2011年]]現在で通算1500勝以上していながら、近年の西高東低と言われる全体的な関東馬不振の流れの影響などを受けたのか、1992年の安田記念での初勝利からは、長期間GIを勝てずにいた。2004年の[[優駿牝馬|優駿牝馬(オークス)]]では[[ウイングレット (競走馬)|ウイングレット]]に騎乗し7着。このレースでGI・100連敗という不名誉な記録を達成。[[2005年]]になってもなお勝てず、[[朝日杯フューチュリティステークス]]でも4着に敗れ、GI競走125連敗(内訳は中央競馬が121、地方競馬開催の統一GIが4)となっていた。その間、2着9回3着7回。 しかし、2005年[[12月21日]][[川崎競馬場|川崎競馬]]第10競走の[[全日本2歳優駿]]を[[グレイスティアラ]]で制し、およそ13年ぶりにGIを制覇した。なお、全日本2歳優駿は「全日本3歳優駿」という名称だった[[1998年]]にも[[アドマイヤマンボ]]で勝っているが、当時は統一GIIだった。 中央競馬のGIに限ればその後も連敗が続いたが、2007年に第67回[[皐月賞]]で[[ヴィクトリー (競走馬)|ヴィクトリー]]に騎乗し勝利、15年ぶりに中央競馬のGI競走制覇を果たして連敗記録を139でストップした。さらには、同年挑戦した[[シンガポール航空インターナショナルカップ]]で[[シャドウゲイト (競走馬)|シャドウゲイト]]に騎乗し日本国外の国際GIでも勝利している。 長く連敗が続いた原因の一つとして有力馬の騎乗が少なかったという事情もある。[[ヤマニンゼファー]]と[[セキテイリュウオー]]にまつわるエピソードも、もとはといえばセキテイリュウオーが所属厩舎(当時)の馬であり、自厩舎の馬を優先させたという事情があった。また、1番人気での騎乗は日本で2回・日本国外で1回([[2000年]]安田記念:[[スティンガー (競走馬)|スティンガー]]、[[2002年]]朝日杯フューチュリティステークス:[[サクラプレジデント]]、[[2007年]]シンガポール航空インターナショナルカップ:シャドウゲイト)で、2番人気での騎乗も4回([[2003年]]皐月賞・[[東京優駿]](日本ダービー):サクラプレジデント、[[2004年]][[宝塚記念]]:[[ゼンノロブロイ]]、[[2007年]]日本ダービー:ヴィクトリー)しかなかった。また、[[岡部幸雄]]の騎手引退後に田中を[[主戦騎手]]の一人にしていた[[藤沢和雄]]厩舎もGIになると有力馬の騎乗を外国人騎手に乗り替わらせることが多かった。 もっとも悔しい敗戦は[[1993年]]の[[天皇賞|天皇賞(秋)]]でセキテイリュウオーに騎乗しハナ差に敗れたことだと語っている(レース後に悔し涙にくれたエピソードがある)。このときの優勝馬は、前年の安田記念で自身が騎乗して優勝したヤマニンゼファーであった。1997年の[[安田記念]]でも[[ジェニュイン]]に騎乗し同馬をかつてお手馬にしていた岡部騎乗の[[タイキブリザード]]に[[着差 (競馬)|ハナ差]]まで迫ったことがある。 なお、GI戦線では不振続きであったが、GIIやGIIIに限れば[[2001年]]以降は毎年勝利を挙げており、2002年には重賞6勝(GII2勝、GIII4勝)という好成績を残した。GII最多勝馬[[バランスオブゲーム]]の[[主戦騎手]]だった。 == おもな騎乗馬 == * ヤマニンゼファー(安田記念) * セキテイリュウオー ([[東京新聞杯]]、[[中山金杯|金杯(東)]]) * グレイスティアラ ([[全日本2歳優駿]]、[[兵庫チャンピオンシップ]]、[[エーデルワイス賞]]) * バランスオブゲーム(毎日王冠、中山記念、オールカマーなどGII6勝) * ヴィクトリー (皐月賞) * シャドウゲイト (シンガポール航空インターナショナルカップ) * [[ビッグロマンス]] (全日本2歳優駿) * [[サダムパテック]] (中京記念) == 騎乗成績 == {| class="wikitable" style="font-size:100%; text-align:center; border-collapse:collapse; padding: 1px;" !||日付||競馬場・開催||競走名||馬名||頭数||人気||着順 |- |初騎乗||1989年3月4日||1回中京1日2R||アラ3歳上700万下||チャンピオンミナミ||11頭||7||6着 |- |初勝利||1989年10月21日||4回東京5日6R||3歳上400万下||セキテイボーイ||9頭||6||1着 |- |重賞初騎乗||1990年4月29日||2回東京4日11R||4歳牝馬特別||エイシンキャロル||16頭||16||9着 |- |重賞初勝利||1990年9月9日||4回中山2日11R||京王杯AH||オラトリオ||12頭||9||1着 |- |GI初騎乗||1990年11月18日||4回京都6日10R||マイルCS||オラトリオ||18頭||13||13着 |- |GI初勝利||1992年5月17日||2回東京8日10R||安田記念||ヤマニンゼファー||18頭||11||1着 |- |障害初騎乗||1989年3月26日||3回中山2日5R||障害400万下||コッレオーニ||11頭||11||5着 |} {| class="wikitable" style="font-size:100%; text-align:center; border-collapse:collapse; padding: 1px;" !年度!!1着!!2着!!3着!!騎乗数!!勝率!!連対率!!複勝率 |- |1989年||5||3||10||63||.079||.127||.286 |- |1990年||41||40||41||436||.094||.186||.280 |- |1991年||63||61||45||505||.125||.246||.335 |- |1992年||64||62||43||563||.114||.224||.300 |- |1993年||67||69||64||622||.108||.219||.322 |- |1994年||74||67||66||646||.115||.218||.320 |- |1995年||62||59||70||641||.097||.189||.298 |- |1996年||63||68||52||609||.103||.215||.300 |- |1997年||64||47||56||570||.112||.195||.293 |- |1998年||63||72||61||644||.098||.210||.304 |- |1999年||50||54||38||591||.085||.176||.240 |- |2000年||81||69||51||735||.110||.204||.273 |- |2001年||93||88||83||839||.111||.216||.315 |- |2002年||84||70||70||808||.104||.191||.277 |- |2003年||79||79||40||757||.104||.209||.262 |- |2004年||64||62||68||782||.082||.161||.248 |- |2005年||96||91||75||901||.107||.208||.291 |- |2006年||60||78||60||811||.074||.170||.244 |- |2007年||108||73||71||823||.131||.220||.306 |- |2008年||51||58||65||748||.068||.146||.233 |- |2009年||65||61||53||753||.086||.167||.238 |- |2010年||56||54||49||685||.082||.161||.232 |- |2011年||50||49||45||722||.069||.137||.199 |- !中央||1503||1434||1276||15254||.099||.193||.276 |- !地方||36||37||27||283||.127||.258||.353 |} ※他に障害2戦0勝 == テレビ出演 == * [[スーパー競馬]](フジテレビ) **皐月賞のゲスト解説で[[藤沢和雄]]調教師と共に出演(1994年) * [[ラスタとんねるず'94]](フジテレビ) * [[さんまのナンでもダービー]](テレビ朝日) * [[とんねるずの本汁でしょう!!]](フジテレビ) * [[ジャンクSPORTS]](フジテレビ) *馬の子TIM2009([[グリーンチャンネル]]) == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} {{Reflist}} == 関連項目 == * [[騎手一覧]] * [[シンクバンク]] * [[中央競馬通算1000勝以上の騎手・調教師一覧]] * [[J6]] == 外部リンク == * [http://ameblo.jp/katsuharu-biyori/ カツハル日和] {{DEFAULTSORT:たなか かつはる}} [[Category:日本の騎手]] [[Category:日本中央競馬会の騎手]] [[Category:美浦トレーニングセンターの人物]] [[Category:北海道出身の人物]] [[Category:1971年生]] [[Category:存命人物]]
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