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熊谷弘
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{{otheruses|政治家の熊谷弘|同姓同名の指揮者|熊谷弘 (指揮者)|同じ読みのサッカー選手|熊谷寛}} {{政治家 |人名 = 熊谷 弘 |各国語表記 = くまがい ひろし |画像 = |画像説明 = |生年月日 = {{生年月日と年齢|1940|6|25}} |国略称 = {{JPN}} |出生地 = [[静岡県]][[浜松市]] |没年月日 = |死没地 = |出身校 = [[一橋大学]] |学位 = 社会学士 |前職 = [[通商産業省|通商産業]][[事務官]] |現職 = 大学講師<br>特定非営利活動法人日本再生プログラム推進フォーラム理事長 |所属政党 = ([[自由民主党 (日本)|自由民主党]]→)<br/>([[新生党]]→)<br/>([[新進党]]→)<br/>([[無所属]]→)<br/>([[太陽党]]→)<br/>([[民政党]]→)<br/>([[民主党 (日本 1998-)|民主党]]→)<br/>[[保守新党]] |称号・勲章 = |世襲の有無 = |親族(政治家) = |配偶者 = |サイン = |ウェブサイト = |サイトタイトル = |国旗 = 日本 |職名 = 第57代 [[内閣官房長官]] |内閣 = [[羽田内閣]] |選挙区 = |当選回数 = |就任日 = [[1994年]][[4月28日]] |退任日 = [[1994年]][[6月30日]] |退任理由 = [[内閣総辞職]]による |元首職 = |元首 = |国旗2 = 日本 |職名2 = 第57代 [[通商産業大臣]] |内閣2 = [[細川内閣]] |選挙区2 = |当選回数2 = |就任日2 = [[1993年]][[8月6日]] |退任日2 = 1994年4月28日 |退任理由2 = 内閣総辞職による |元首職2 = |元首2 = |国旗3 = 日本 |職名3 = [[国会議員|衆議院議員]] |内閣3 = |選挙区3 = ([[静岡県第3区_(中選挙区)|旧静岡3区]]→)<br/>[[静岡県第9区|静岡9区]] |当選回数3 = 6回 |就任日3 = [[1983年]][[12月19日]] |退任日3 = [[2003年]][[10月10日]] |国旗4 = 日本 |職名4 = [[国会議員|参議院議員]] |内閣4 = |選挙区4 = [[静岡県選挙区]] |当選回数4 = 1回 |就任日4 = [[1977年]][[7月10日]] |退任日4 = [[1983年]][[7月9日]] }} '''熊谷 弘'''(くまがい ひろし、[[1940年]][[6月25日]] - )は、[[日本]]の[[政治家]]、[[官僚]]。 [[参議院|参議院議員]](1期)、[[衆議院|衆議院議員]](6期)、[[経済産業大臣|通商産業大臣]]([[細川内閣|第57代]])、[[内閣官房長官]]([[羽田内閣|第57代]])、[[保守新党]][[党首|代表]](初代)などを歴任。 == 経歴・人物 == === 自民党時代 === [[静岡県]][[磐田郡]][[水窪町]](のち[[浜松市]])出身。[[長野県飯田高等学校]]を経て、[[1964年]]に[[一橋大学]][[社会学部]]を[[卒業]]し、[[経済産業省|通商産業省]]に入省。同期に[[細川恒]]、[[中田哲雄]]、[[藤原武平太]]らがいる。 繊維雑貨局、[[ハーバード大学]]研究員、大臣官房秘書課補佐、中小企業庁総務課補佐などを経て、[[1977年]]、[[第11回参議院議員通常選挙]]に[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]から立候補し当選する。 [[1983年]]、[[第37回衆議院議員総選挙]]で衆議院議員に鞍替えし当選(当選同期に[[田中直紀]]・[[二階俊博]]・[[野呂田芳成]]・[[額賀福志郎]]・[[衛藤征士郎]]・[[田中秀征]]・[[尾身幸次]]・[[北川正恭]]・[[町村信孝]]・[[伊吹文明]]・[[自見庄三郎]]・[[中川昭一]]・[[大島理森]]・[[野呂昭彦]]・[[鈴木宗男]]・[[甘利明]]らがいる)。[[1986年]]に同じ先輩議員の[[足立篤郎]]が引退したため、事実上の足立の後継者となった。当選後は[[木曜クラブ|田中派]](のち[[平成研究会|竹下派]])に所属する。[[第2次中曽根内閣]]では[[経済企画庁|経済企画]][[政務次官]]を務めた。 === 非自民連立内閣 === 熊谷にとって大きな転機となったのは、[[1992年]]、竹下派が分裂し[[羽田孜]]・[[小沢一郎]]率いる[[改革フォーラム21]](羽田・小沢派)に参加したことである。熊谷は小沢側近として派閥の運営を取り仕切った。羽田・小沢派は[[1993年]]、[[宮澤喜一|宮澤]][[内閣不信任決議|内閣不信任案]]に賛成し自民党を離党、[[新生党]]を結成した。 不信任案可決による解散総選挙で自民党は過半数に届かず、熊谷はその後の非自民・非共産各党により成立した[[細川護煕]]内閣で[[通商産業省|通商産業大臣]]に就任した。通産大臣時代、[[棚橋泰文]]の情実人事問題で、[[内藤正久]]産業政策局長を更迭。背景には「[[一六戦争]]」に絡む省内の人事抗争があったともいわれる([[通産省4人組事件]])。 [[1994年]]、細川内閣の総辞職により成立した[[羽田内閣]]では[[内閣官房長官]]に横滑りする。 === 野党時代 === 同年12月に結成された[[新進党]]に参加するが、羽田内閣がわずか2か月で退陣して以来、小沢との間に微妙な距離が生じる。そこに目をつけた自民党の[[野中広務]]の意向を受け、[[杉山憲夫]]と共に反小沢の急先鋒となった。[[1996年]]、[[第41回衆議院議員総選挙]]での新進党敗北後、[[内閣総理大臣指名選挙]]に党首である小沢の名前を書かず新進党を離党した。この時離党届を小沢に提出した熊谷は「小沢一郎との闘争を続ける」と述べた後、除名処分となった。自民党復党も検討したが、同年12月に羽田や[[奥田敬和]]などと[[太陽党]]を結成する(杉山は自民党に復党した)。 新進党分党後の[[1998年]]、[[フロム・ファイブ]]、[[国民の声]]と[[民政党]]を結成し、その後[[菅直人]]・[[鳩山由紀夫]]率いる[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]に合流した。民主党では、[[幹事長]]代理、[[国会対策委員会|国会対策委員長]]、副代表などを務めた。しかし菅直人とは犬猿の仲として知られていた。 === 保守新党代表 === [[2002年]]、鳩山の党代表辞任を受けての代表選で[[岡田克也]]を推すも、岡田は菅に敗れる。菅体制で非主流派に転じた熊谷は、同じ1983年衆院初当選組で自民党時代からの旧知の仲であった[[保守新党|保守党]]幹事長・[[二階俊博]]と急接近した。民主党での活動に限界を感じた熊谷と、結党以来国政選挙で勢力を減らす党の状況を打開したい二階の思惑が一致した。同年12月、民主党を離党した熊谷は二階と[[保守新党]]を結成、自らは党首である代表となり、[[与党]]入りした。なお民主党は熊谷の離党届を受理せず、除名処分とした。 しかし、[[野党]]から[[政権]]に参加したいがために離党・与党入りしたという批判も重なり、当初目指していた民主党保守系の受け皿となる構想は全く進まず、党勢は伸長しなかった。自民・[[公明党|公明]]両党に埋没したままで臨んだ[[2003年]]の[[第43回衆議院議員総選挙]]では、宿敵とする小沢が[[民由合併|合流]]した民主党が躍進、保守新党は惨敗し熊谷自身も落選した。1993年からの10年間で7[[政党]]を渡り歩いたことから、熊谷は自己保身の権化のような受け止め方をされ、自身が党首を務めていた[[保守新党]]は「保身党」などと揶揄されるほどであった<ref>[https://www.toonippo.co.jp/tokushuu/seikyoku/2003/20030119.html 東奥日報:政局・最前線 「存在感誇示に懸命の保守新党/改革の先兵と意義アピール」]</ref>。 熊谷を破ったのは[[保守]]系無所属の[[城内実]]で、自民党の総裁派閥である[[清和政策研究会]]からの実質的な支援を受けていた。いわば熊谷は自民党に見捨てられたばかりか<ref>ただ、執行部の中でも[[自民党副総裁|副総裁]][[山崎拓]]だけは熊谷の応援に来ることもあった。</ref>、[[刺客]]まで送られ<ref>古巣民主党からも[[岩渕美智子|樋口美智子]]という刺客を送られた。</ref>、選挙戦の終盤では[[マスコミュニケーション|マスコミ]]を通して自民党執行部への恨み節を語るようになっていた。選挙後には運動員による[[選挙違反]]に問われ、さらに保守新党そのものも自民党に吸収合併された。熊谷は選挙後、政界から引退を表明した。自民党への吸収合併が決まっていたため、落選後も党首は辞任しなかった。 === 政界引退後 === [[2004年]]4月、[[浜松大学]]の非常勤講師に着任。以降、政治学や国際関係論などを講じた。 [[2006年]]2月、[[特定非営利活動法人]][[日本再生プログラム推進フォーラム]]の理事長に就任。[[2010年]]6月、[[埼玉県知事]][[上田清司]]が主催する「上田政治塾」の講師に就任する。 == 略歴 == * [[1959年]] - [[長野県飯田高等学校]][[卒業]]。 * [[1963年]] - [[公務員試験|国家公務員採用上級甲種試験(経済)]][[試験#合格|合格]]。 * [[1964年]] - [[一橋大学]][[社会学部]]卒業。[[通商産業省]]入省。 * [[1977年]] - [[第11回参議院議員通常選挙]]([[静岡県選挙区]])に[[自由民主党 (日本)|自民党]]から出馬し初当選。 * [[1983年]] - [[第37回衆議院議員総選挙]]に自民党から出馬し当選。当選後の秘書に[[山田宏]]を雇用。 * [[1986年]] - [[第38回衆議院議員総選挙]]に自民党から出馬し2期目当選。 * [[1990年]] - [[第39回衆議院議員総選挙]]に自民党から出馬し3期目当選。 * [[1993年]] - 自民党を離党して[[新生党]]の結党に参加。[[第40回衆議院議員総選挙]]に新生党から出馬し4期目当選。[[細川内閣]]で[[通商産業大臣]]に就任。 * [[1994年]] - [[羽田内閣]]で[[内閣官房長官]]に就任。新生党解党により[[新進党]]に参加。 * [[1996年]] - [[第41回衆議院議員総選挙]](旧静岡9区)に新進党から出馬し5期目当選。新進党を離党し[[太陽党]]の結党に参加。 * [[1998年]] - 太陽党を解党、[[民政党]]を結党。その後、民政党の解党により[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]に合流。 * [[2000年]] - [[第42回衆議院議員総選挙]]に民主党から出馬し6期目当選。 * [[2002年]] - 民主党を離党し[[保守新党]]の結党に参加。代表に就任。 * [[2003年]] - [[第43回衆議院議員総選挙]]([[静岡県第7区|静岡7区]])に保守新党から出馬し落選。政界引退を表明。 == 著書 == * 熊さんの日本世直し論 沈没する日本丸を救うには、この手しかない([[ごま書房]]、1995年) * 新しい中道主義 さらば国権政治([[PHP研究所]]、1999年) == 脚注 == {{Reflist}} {{start box}} {{s-off}} {{succession box | title = {{Flagicon|日本}} [[内閣官房長官]] | before = [[武村正義]] | years = 第57代:1994年 | after = [[五十嵐広三]] }} {{succession box | title = {{Flagicon|日本}} [[通商産業大臣]] | before = [[森喜朗]] | years = 第57代:1993年 - 1994年 | after = [[畑英次郎]] }} {{s-ppo}} {{succession box | title = [[保守新党|保守新党代表]] | before = 結成 | years = 初代 : 2002年 - 2003年 | after = [[自由民主党 (日本)|自由民主党]]へ合流 }} {{succession box | title = [[民主党執行部|民主党国会対策委員長]] | before = [[赤松広隆]] | years = 第5代:2001年 - 2002年 | after = [[佐藤敬夫]] }} {{end box}} {{内閣官房長官}} {{経済産業大臣}} {{DEFAULTSORT:くまかい ひろし}} [[Category:日本の閣僚経験者]] [[Category:民主党の衆議院議員]] [[Category:新進党の衆議院議員]] [[Category:新生党の国会議員]] [[Category:自由民主党の衆議院議員]] [[Category:静岡県選出の衆議院議員]] [[Category:静岡県選出の参議院議員]] [[Category:自由民主党の参議院議員]] [[Category:日本の経産官僚]] [[Category:浜松市出身の人物]] [[Category:1940年生]] [[Category:存命人物]]
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