コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
火炎瓶のソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
火炎瓶
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
[[File:Molotovin cocktail.jpg|thumb|180px|[[冬戦争]]で[[フィンランド]]が使用した火炎瓶]] '''火炎瓶'''(かえんびん '''火焔瓶'''とも表記)は、瓶(主に[[ガラス]]製)に[[ガソリン]]、[[灯油]]などの可燃性の液体を充填した、簡易な[[焼夷弾]]の一種である。「'''モロトフ・カクテル'''(Molotov Cocktail)」とも呼ばれる(「[[モロトフ火炎手榴弾]]」の項目および同項目のノートも参照)。 原始的な[[爆弾]]の一種とも言われるが、現在の[[日本]]の[[法律]]では爆弾とはみなされず、「'''火炎びん'''」という独自の[[カテゴリ]]になる。これは[[炎上]]はしても[[爆発]]はしないため、このような分類となっている。 == 構造 == 投擲された火炎瓶は着地した衝撃で瓶が割れ、燃料が飛散するとともに発火する。つまり着発式の投擲武器といえる。 瓶に[[ガソリン]]などを入れ、布などで栓をするだけでも火炎瓶として機能する。この場合、火種(栓にした布に火をつけるのが一般的)をつけてから投擲する必要がある。密封が甘いと投擲時に詰めた布が外れてしまう事故が起きることがあり、投擲者自身に火がつくおそれがある危険な[[武器]]である。この素朴な方式の火炎瓶は身近な材料だけで製造できるため、急造[[兵器]]としてよく見られる。 これに対して[[塩素酸塩]]と[[硫酸]]の[[化学反応]]を利用して発火させる方式は点火の必要がなく、安全性でも優れている。具体的には片方の物質を火炎瓶の外側に塗布し、もう片方を燃料に混入して火炎瓶が割れたときに混ざるようにするものである。 == 使用例・法解釈 == [[File:2010 0515 rama 4 and sathorn 26.JPG|thumb|left|[[タイ王国|タイ]]におけるデモで火炎瓶を投げる参加者([[2010年]])]] 軍用としては[[手榴弾]]に比べて殺傷力が劣り、[[梱包爆薬]]ほどの破壊力もないため、専ら急造の[[対戦車兵器]]として使われる。敵[[装甲戦闘車両|装甲車両]]を炎上させて戦闘能力を低下せしめる。特に[[ガソリンエンジン]]の車両は燃料に引火して爆発炎上しやすい。もちろん、[[兵士]]に対して使って殺傷することも可能である。 [[1936年]]からの[[スペイン内戦]]や、[[1939年]]の[[ノモンハン事件]]の際に対戦車兵器として使用された。当時の[[ソビエト連邦|ソ連]][[戦車]]はガソリンエンジンだったため、動力部に投擲するとよく炎上した。そこで[[日本軍]]は[[手投火焔瓶|急造火炎瓶]]による攻撃を行い、戦果をあげた。一方で近年公開されたソ連側資料<ref>邦訳ではマクシム・コロミーエツ著「ノモンハン戦車戦」等</ref>では、火炎瓶そのものはさして脅威ではなかったとされている<ref>日本軍の使用する地雷や手榴弾、火炎瓶は梯形体形で攻撃する戦車には大きな脅威とはならなかった。マクシム・コロミーエツ著「ノモンハン戦車戦」P127</ref>。戦車の損害は主に[[対戦車砲]]によるものであり、火炎瓶は損傷した戦車に止めを差す形で多用された。<br>また、同年末の[[冬戦争]]の際にも[[フィンランド国防軍|フィンランド軍]]が対戦車兵器として使用し、「ソ連外相[[ヴャチェスラフ・モロトフ|モロトフ]]に捧げる特製[[カクテル]]」という皮肉を込めて<ref>モロトフが国際連盟でソ連の無差別爆撃について追求された際「資本主義に搾取されるフィンランド人民のためにソ連軍はパンを投下している」と強弁してごまかそうとした事を皮肉ったもの。このためソ連軍の収束焼夷弾コンテナが「モロトフのパン籠」と揶揄された</ref>「モロトフ・カクテル」の名がつけられ、以降火炎瓶の代名詞となった(つまりは『フィンランド人民からのパン籠のお礼のカクテル』である)。[[英語]]では単に「モロトフ」と表現することもある。 [[Image:Molotov bread basket.jpg|right|200px|thumb|「モロトフのパン籠」ことソ連の収束爆弾コンテナ]] [[戦後]]の[[日本]]においては[[1950年代]]に[[日本共産党]]が組織した[[山村工作隊]]や[[中核自衛隊]]による武装闘争で多用され、[[爆発物取締罰則]]の適用が検討されたが、[[裁判所]]によって「同法の規制対象となる『爆発物』とは、その爆発作用そのものによって公共の安全を攪乱し、または、人の身体や財産を傷害・損壊するに足る破壊力を有するものであり、……(火焔瓶は)いわゆる爆発物に該当しない」として退けられた。これは同法の[[罰則]]([[死刑]]、[[無期懲役]]などを含む。また、同行為の準備を知りながら通報しない場合も処罰対象となる)が非常に重大なものであったため、特に慎重な判断を要したからである。 その後、[[1971年]][[11月19日]]、[[沖縄返還協定]]反対デモが[[日比谷公園]]内で激化し、その中で[[左翼]]の[[過激派]]学生の投じた火炎瓶が[[松本楼]]を直撃し、2代目の建物を焼失させるなど、[[1970年代]]の[[学生運動]]などでよく使われたが、当時の[[法律]]では火炎瓶自体については規制することができなかった。そのため、火炎瓶を「ガラスびんその他の容器にガソリン、灯油その他引火しやすい物質を入れ、その物質が流出し、又は飛散した場合にこれを燃焼させるための発火装置又は点火装置を施した物で、人の生命、身体又は財産に害を加えるのに使用されるもの」と定義して規制する「[[火炎びんの使用等の処罰に関する法律]]」を制定し、[[1972年]][[5月14日]]施行した。 比較的作成が容易で、さらに昨今では[[インターネット]]などで簡単に作り方を調べることができるようになり、[[未成年者|未成年]]が興味本位で作成し、悪戯や[[暴力団]]抗争に使用するなどの[[事件]]も起きている<ref> {{cite news | title = 「日本人の彼女が手伝った」 日本大使館火炎瓶事件の男が明かす | url = http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2012011016078 | newspaper = 東亜日報 | date = 2012-01-10 | accessdate = 2012-01-10 | language = 日本語 | quote = 火炎瓶の作り方は、オンライン上の百科辞典サイト、ウィキペディアを検索して知った。 }} </ref>。 == 注釈 == {{reflist}} == 関連項目 == * [[火炎びんの使用等の処罰に関する法律]] * [[革命的共産主義者同盟全国委員会]]([[中核派]]) * [[テレクラ放火殺人事件]] * [[手投火焔瓶]] - [[大日本帝国陸軍]]の制式武器 == 外部リンク == {{Commonscat|Molotov cocktail}} * [http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S47/S47HO017.html 火炎びんの使用等の処罰に関する法律](法令データ提供システム) * [http://courtdomino3.courts.go.jp/schanrei.nsf/VM2/672FF0CC6011C37D49256A850030D291?OPENDOCUMENT 1953年11日13日最高裁判所第2小法廷判決] {{DEFAULTSORT:かえんひん}} [[Category:フィンランドの歴史]] [[Category:手榴弾]] [[Category:対戦車兵器]] [[Category:投擲武器]] [[Category:瓶]] [[Category:テロリズム]] [[Category:日本の新左翼の思想・文化]]
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:Cite news
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Commonscat
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Reflist
(
ソースを閲覧
)
火炎瓶
に戻る。
検索
検索
火炎瓶のソースを表示
話題を追加