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漢字文化圏
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{{複数の問題|参照方法=2012年2月|独自研究=2012年2月}} {{混同|中華圏}} [[File:East Asian Cultural Sphere.png|thumb|290px|漢字文化圏]] [[File:漢字文化圈/汉字文化圈 · 한자 문화권 · Vòng văn hóa chữ Hán · 漢字文化圏.png|thumb|漢字文化圏における主な言語で「漢字文化圏」という概念の言い方と書き方。]] '''漢字文化圏'''(かんじぶんかけん)とは、「[[文化圏]]」概念の一つ。[[漢字]]に代表される漢文化(中国文化)を使用しているか、過去に使用していた地域のことであり、漢字の他に[[漢文]]や[[儒教]]などに由来する文化を共有している<ref name="a">[http://uwazura.up.seesaa.net/image/89AA938791E498p.pdf 「漢字文化圏」とは]</ref>。 == 概要 == 漢字文化圏とは、[[中国]]と中国[[皇帝]]からの[[冊封]]を受けた周辺諸[[民族]]のうち、漢文(特に[[中古漢語]])を媒体として、中国王朝の国家制度や政治思想を始めとする[[文化]]、価値観を自ら移入し、発展させ、これを中国王朝とゆるやかに共有しながら政治的には自立を確保した地域を指す。日本の[[歴史学者]]・[[西嶋定生]]が提唱した「東アジア世界論([[冊封|冊封体制論]])」をきっかけとして定着し、[[歴史学]]における「文化圏」概念形成のモデルの一つとなった。ただし、後述のように明確に冊封体制には組み込まれていたとは言えない国も、漢字文化圏に含まれることには注意を要する。 現在の地域区分で言うと「[[東アジア]]」と重なる部分が大きく、現在の[[中国大陸]]、[[台湾]]、[[ベトナム]]、[[朝鮮半島]]、[[日本列島]]に代表される地域がここに含まれる。 ただし、日本においてはその一部地域の政権である邪馬台国の卑弥呼が[[239年]]親魏倭王の爵位に封ぜられたことはあるものの、ほぼ国家統一後の[[607年]]、聖徳太子が隋の煬帝に送った手紙において、隋との対等を表明するため「日出る処の天子」や「東の天皇」と記したことからも明らかな通り、その歴史において統一国家として中国王朝から冊封を受けてきたとみなすことは困難である。 もっとも、[[漢民族]]を主要な民族とする国以外で、現在まで漢字を日常的に使用している国は[[日本]]のみである。[[ベトナム]]ではほぼ完全に漢字を廃止しており、また[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]は公式に漢字を廃止し、国民には漢文の教育のみが行われている。[[大韓民国|韓国]]では公式な廃止はされていなかった。独立以降、漢字教育は重要視されなかったが、韓国も漢字文化圏に属しているため、韓国の学校の多くが漢字を教えている。韓国の国民の多くが漢字を読める。しかし、韓国人の多くがハングルを使っている。 == 漢字文化圏の内包と外延 == === 南北朝から宋代まで === 歴史学上の概念としての漢字文化圏の外延を考える場合、西嶋「冊封体制論」が想定する[[南北朝時代 (中国)|南北朝時代]]から[[唐]]代にかけての地域秩序が第一の参照例となる。西嶋は「東アジア世界」を定義する指標として、冊封のほか、漢字、儒教、[[中国の仏教|仏教]]、[[律令制]]の4件を挙げており、これに該当する主な朝貢国には [[新羅]]、[[渤海 (国)|渤海]]、日本([[倭国]])がある。この他、律令制の導入が確認できない[[高句麗]]、[[百済]]も加えて差し支えないだろう。なお[[北宋]]以降は[[高麗]]が新羅に取って代わり、また新しく[[大越]]が加わる。 このほか、[[南詔]]及び[[大理国|大理]]については、その政治制度と文化の漢化度を[[漢籍]]資料だけから測ることは難しいが、南詔が唐の、大理が北宋の冊封を受けており、中国[[密教]]が流行していたこと、また移住した漢人が政治に関与していることは、新羅、百済など典型的な「東アジア世界」の朝貢国と並行的である<ref>この文の記述にあたっては林謙一郎「南詔・大理国の統治体制と支配」『東南アジア-歴史と文化-』28号、1999年、28-54ページを参考にした。</ref>。 === 明代以降 === 「冊封体制」が復活した[[明]]代以降になると、漢字文化圏に入る要件を満たす国家(ないし地域)は現在まで続く安定性をほぼ確立しており、[[李氏朝鮮]]、[[琉球王国|琉球]]、大越(後の越南)、そして日本がこれにあたる。この時期には、日本が「冊封体制」から離れているほか、律令制が形骸化し、代わって[[科挙]]官僚制が発達するなど、西嶋の挙げた4件は全てを満たされなくなった。特徴的な文化要素として第一に挙げるべきは[[書記言語]]である。漢文の移入は漢字による自言語の文字化を促したため、日本の[[仮名 (文字)|仮名]]、朝鮮の[[口訣]]、[[吏読]]<ref>いわゆる[[ハングル]]は漢字から派生した文字ではないが、その[[音節文字]]的特徴に漢字からの影響があることは明らかである。なお[[言語学者]]・[[西田龍雄]]は[[契丹文字]]からヒントを得た可能性を指摘している。</ref>、ベトナムの[[チュノム]]など、漢字から派生した独自の文字や用法が発達し、それぞれの国家の固有性を保障する書記言語が確立した<ref>ただしこれらの書記言語が漢文に優越する公用文としての地位を確立するのは近代以降のことである。</ref>。[[宗教]]面では土着化した[[仏教]]、[[道教]]などが、地域的な濃淡と混淆(シンクレティズム)を見せながら民衆に普及し、政治思想としての儒教と合わせて、圏内でゆるやかに共通する思惟の枠組みが定着するに至った。食事における[[箸]]の使用、[[茶|喫茶]]の習慣、建築における[[瓦]]の使用など、生活文化の中にも漢字文化圏を起源とし、これを中心に分布する特徴が見られる。 == 用語選定の要因 == 「文化圏」概念の設定と命名に際しては、地名による場合と、文化の主要な規定要因となる宗教名または書記言語名を冠する場合とがある。漢字文化圏の場合、「東アジア文化/文明圏」「儒教文化圏」などの用語も並行的に使われているが、「東アジア」という地域名称には具体的な意味内包がなく抽象的すぎること<ref>「東アジア」自体、政治的ニュアンスを帯びた「[[東亜]]」の代替として戦後に新しく作り出された用語であり、むしろ余分な意味内包を持たない中立的用語であることが求められたのである。</ref>、中国、日本、朝鮮、台湾ベトナムなどにおいて「儒教」の受容のされ方にそれぞれ違いがあることから、「[[漢字]]」が全体を平等にカバーする中立的かつ具体的な文化要素として適切と判断され、もっとも普及したものと考えられる<ref>この語の初出は[[亀井孝_(学者)|亀井孝]]・大藤時彦・山田俊雄『日本語の歴史2文字とのめぐりあい』平凡社、1963年と言われている。亀井孝は後に自分が「漢字文化圏」という用語を初めて使ったと述べている。</ref>。 == 近現代における漢字の存廃について == {{See also|漢語系語彙|漢字廃止論}} 漢字文化圏内に現存する各国の書記言語の多くは漢文から発達するか漢語からの語彙借用を行ったため、その[[語彙]]には[[漢語系語彙]]が多く含まれ、[[音声言語]]にも流入し通用している。現在、[[日本語]]や[[朝鮮語]]、[[ベトナム語]]では[[辞書]]に掲載されている語彙の6割程度が漢文に起源を持つ単語である<ref>The Languages of Japan, Cambridge University Press, 1990.</ref><ref>The Korean Language, Cambridge University Press, 2001.</ref><ref>[http://www.geocities.com/malves98/Alves_Whats_So_Chinese_about_Vietnamese.pdf What’s so Chinese about Vietnamese?][http://sealang.net/sala/archives/pdf4/alves2001what.pdf]</ref>。[[ラテン文字]]の存在が知られて以降、漢字の学習の困難さや、[[表意文字]](表語文字)を主体とする漢字では表音表現([[表音文字]])が難しく、不便な性質に対する不満から、[[漢字廃止論]]が唱えられるようになった。主に近代になり、従属国で、中国からの文化的自立がナショナル・アイデンティティ確立の課題とされ、漢字そのものが中国文化への従属の象徴と見なされるようになったため、漢字を廃止、または制限する政策が取られるようになった。主に、南北朝鮮のそれである。なお、ベトナムではフランスの植民地支配下において流入した[[ラテン文字|ローマ字]]表記の[[クオック・グー]](国語)が一般に使用されており、高齢者や一部の専門家、[[日本語]]や[[中国語]]の学習者以外で、漢字を理解する人は少ない。また[[大韓民国]]では[[教育用基礎漢字]]1800字が[[中等教育]]で教えられているが、一般には[[李氏朝鮮]]の第4代国王[[世宗 (朝鮮王)|世宗]]の時代に制定された[[訓民正音]](現在の[[ハングル]])が使用され、[[新聞]]等でも漢字はほとんど使われることはない。[[韓国における漢字#「文字戦争」]]を参照のこと。 一方、その他の漢字使用国でも、[[康熙字典#字体・書体|康熙字典体]]を簡略化するのかしないのか、するとしたらどのようにするのかは各国の事情に基づいてのみ行われ、[[日本]]の[[新字体|日本漢字]]、[[中国本土]]の[[簡体字]]、[[台湾]]の[[正体字]]、[[香港]]や[[マカオ]]で使われる[[繁体字]]の間に、[[字体]]の異なりが生じた。<!--日本においては「躾」など[[国字]]も多数作られた。:近代以前のことなのでコメントアウト--> 2011年の漢字文化圏の版図は大きいが、そのうち20%の地域は[[チベット]]や[[内モンゴル自治区|内モンゴル]]など漢文主体の体制によって支配されているものの実際は[[インド文化圏]]や[[モンゴル|モンゴル文化圏]]の地域である。これらの地域では古くからの言語による会話が今でも残っている。しかし[[21世紀]]以降、経済力や[[識字人口]]などの影響により、インド文化圏内に限らず他の[[文化圏]]においても、漢字文化圏者の勢力拡大を見越して、[[子供]]や師弟に漢字文化圏の教育を施す者は多くなっている。 == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} <references/> == 参考文献 == * 亀井孝・大藤時彦・山田俊雄『日本語の歴史2文字とのめぐりあい』平凡社、1963年。ISBN 4582766013 * [[藤堂明保]]『漢字とその文化圏』光生館、1971年 * 西嶋定生『中国古代国家と東アジア世界』東京大学出版会、1983年。ISBN 4130210440 * 西田龍雄『漢字文明圏の思考地図』PHP研究所、1984年。ISBN 4569212042 * [[福井文雅]]『漢字文化圏の思想と宗教 : 儒教、仏教、道教』五曜書房、1998年。ISBN 4795253935 * 福井文雅『漢字文化圏の座標』五曜書房、2002年。ISBN 4896197410 == 関連項目 == * [[東アジア史]] * [[中国化]] * [[中国本土]](チャイナ・プロパー) * [[中華圏]] * [[冊封]] * [[漢文]] * [[日本における漢字]] * [[朝鮮漢字]] * [[チュハン]] * [[漢字廃止論]] * [[国語国字問題]] * [[CJKV]] (CJK) * [[中国語における外国固有名詞の表記]](漢字文化圏諸国間での固有名詞の表記と読み方について記述あり) * [[中国朝鮮関係史]] * [[律令制]] * [[科挙]] * [[進士]] * [[漢字を使用する言語]] {{DEFAULTSORT:かんしふんかけん}} [[Category:漢字]] [[Category:東アジア]] [[Category:東アジア史]] [[Category:東洋文化]] [[Category:文化圏]]
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