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浦和市
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{{日本の市 (廃止) |廃止日=2001年5月1日 |廃止理由=新設合併 |廃止詳細='''浦和市'''、[[大宮市]]、[[与野市]] → さいたま市 |現在の自治体=[[さいたま市]] |画像 = |画像の説明 = |市章 = [[ファイル:Urawa Saitama chapter.JPG|75px|center]]浦和[[市町村章|市章]] |市章の説明 = |自治体名=浦和市 |都道府県=埼玉県 |支庁= |コード=11204-6 |面積=70.67 |境界未定=なし |人口=486,538 |人口の時点=2001年4月1日 |人口の出典=[[推計人口]] |隣接自治体=[[川口市]]、[[大宮市]]、[[岩槻市]]、[[与野市]]、<br />[[蕨市]]、[[戸田市]]、[[朝霞市]]、[[志木市]]、<br />[[富士見市]] |木=[[モクセイ]] |花=[[サクラソウ]] |シンボル名=他のシンボル |鳥など= |郵便番号=336-8633 |所在地=浦和市常盤6丁目4番4号 |電話番号=048-825-1111 |外部リンク=[http://web.archive.org/web/*/http://www.city.urawa.saitama.jp/ 浦和市]([[Internet Archive]]) |経度=東経139度35分 |緯度=北緯35度52分 |位置画像=[[画像:地図-埼玉県浦和市.png|浦和市の県内位置]] |特記事項= }} '''浦和市'''(うらわし)は、[[関東地方]]の南部、[[埼玉県]]南部に存在した[[市]]。[[県庁所在地]]として県行政の中枢となっており、現在も官僚や文化人が多く居住する[[浦和駅]]周辺は首都圏屈指の[[高級住宅地]]として知られる。[[東京都]]特別区部への通勤率は35.9%(平成12年国勢調査)。市制施行前は[[北足立郡]]に所属。 2001年に[[大宮市]]、[[与野市]]と合併して[[さいたま市]]となり、廃止。2003年には、さいたま市の[[政令指定都市]]移行・区制施行に伴い、概ね旧市域にあたる部分が[[桜区]]、[[浦和区]]、[[南区 (さいたま市)|南区]]、[[緑区 (さいたま市)|緑区]]の4区に分けられた。現在でも旧浦和市域を総称して[[浦和地区]]という。 == 概要 == 埼玉県の県庁所在地であり、廃止直前の平成12年時点で70.67平方キロメートルの面積に県内最大となる人口48万人を有していた。古くは[[江戸時代]]に[[中山道]]の宿場町として端を発した[[浦和宿]]、後の浦和町を中心として発達した都市である。また東部の大門地区はかつての[[日光御成街道]]の宿場でもあった。 1869年(明治2年)1月28日、[[武蔵国]]内にある旧幕府領・旗本領の管轄のため[[武蔵知県事]]・[[宮原忠治]]の管轄区域をもって大宮県が設置されたが県内に実質的な県庁は置かれず、同年9月29日になって浦和宿に県庁が置かれ浦和県を称した。後に[[忍県]]、[[岩槻県]]などとの合併による埼玉県(当時)成立、さらに[[入間県]]合併により現在の埼玉県が設立される中一貫して県庁が置かれ、最終的に1890年に[[勅令]]によって正式な県庁所在地に指定される。なお1883年には県内初となる鉄道である[[日本鉄道]]の[[上野駅]]〜[[熊谷駅]]間が開業し、この時に県内最古の駅の一つ、また現在のさいたま市内で最古の駅である[[浦和駅]]が開業している。 江戸時代には中山道の一宿場町に過ぎず明治初期にも近隣の[[岩槻市|岩槻]]や[[川越市|川越]]に比べ人口も少なかった浦和宿であるが県都となった後は各種行政施設のほか埼玉県師範学校(明治6年に学制改正局として発足し翌年改称)、医学校(明治9年)、県立浦和第一尋常中学校、県立浦和高等女学校、官立浦和高等学校などが次々と開設され、全国から優秀な学生が集まるようになった<ref>[http://www.stib.jp/mame/history_urawa.shtml/ うぇぶさいず旧浦和市の歴史 より]</ref>。県立浦和高等学校は当時の東京帝国大学(現[[東京大学]])への合格者が全国で二番目だったことから帝大への登竜門と称された。さらに1923年の[[関東大震災]]を契機に、震災の被害が少なくかつ[[東京都|東京]]から20km圏内と交通の便の良い浦和には[[東京]]や[[横浜市|横浜]]方面からの移住者が増加し、1932年の東北本線電車(現在の京浜東北線)延伸開業とも相まって都市化が進んだ。「[[鎌倉文士]]に[[浦和画家]]」とも称されたように浦和は充実した官立の教育施設群とともに文化人の活躍の地としても有名になり「[[文教都市]]」としての名声を高めていく。このような中1934年には川越市、[[熊谷市]]、[[川口市]]に次ぐ県内4番目となる市制施行を果たした。 なお先述の埼玉県師範学校は埼玉県におけるサッカー発祥の地となり、卒業生が県内の学校に赴任してサッカーを普及させた<ref name="浦和20130319">{{cite web | url=http://www.urawa-reds.co.jp/clubinfo/%E3%81%95%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%BE%E5%B8%82%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E5%90%91%E3%81%91%E6%8E%88%E6%A5%AD%E3%80%8C%E5%9F%BC%E7%8E%89%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC100%E5%B9%B4%E3%81%A8/ | title=さいたま市中学校向け授業「埼玉サッカー100年と浦和レッズ」を開始| publisher=URAWA RED DIAMONDS OFFICIAL WEBSITE | date=2013年3月19日 | accessdate=2013年11月2日}}</ref>。第二次世界大戦後、高校年代の各チームが全国大会でタイトルを獲得したことで[[静岡県]]、[[広島県]]と共に「サッカー御三家」と称された<ref name="浦和20130319"/>。[[1992年]]からはプロサッカークラブ・[[浦和レッドダイヤモンズ]]の本拠地となっている<ref name="浦和20130319"/>。 戦後の浦和市は高度成長期の東京都市圏の拡大の中で大幅に人口が拡大し、周辺町村を合併しながら発展の一途を辿る。1961年の[[南浦和駅]]開業、1973年の[[武蔵野線]]開業や1985年の[[埼京線]]開業を経て都内および県内他都市と結ぶ鉄道交通も発達し、逆に市内では急激な人口増加に小中学校の開設が追い付かず児童の飽和状態が問題となる。 1995年以降は川口市を抜いて埼玉県内最大の人口を擁している。旧浦和市は埼玉県の県政、文化の中心都市であり、高級住宅地として名高いことから県内最大の市民所得(総市民所得、1人あたり市民所得ともに)を有する<ref>[http://www.city.saitama.jp/www/contents/1174530150931/files/011.pdf/ さいたま市ホームページ統計より]</ref>とともに、商業においても合併によるさいたま市発足前の時点で旧[[大宮市]]に次ぐ県内第2位の商品販売額を誇っている。合併によるさいたま市発足以降は[[さいたま市役所]]が旧浦和市役所を利用して設けられ、旧市内でも浦和駅周辺地区はさいたま市の都市計画における都心地区の一つとして開発が進められている。 == 地理 == * [[東京特別区]]から北に約25km、[[関東平野]]の中央部南寄りに位置する。埼玉県の南東部にあたるが、県内の区分では中央地域とされることが一般的である(県最西部は「西部地域」ではなく「[[秩父地方]]」と呼ばれ、その東側即ち県中南部にあたる入間地方、比企地方等が「西部地域」と呼ばれることが多いため)。 * 西側の境をなす[[荒川 (関東)|荒川]]、東部に[[芝川 (埼玉県)|芝川]]、東側の境をなす[[綾瀬川]]などの河川がそれぞれ北から南に流れる。また、東縁・西縁の二本の[[見沼代用水]]が芝川を挟む形でこれも北から南に流れる。 * [[関東平野]]の中にあり、[[山岳]]・[[丘陵]]といえる地域は存在しない。全域が[[台地]]及び[[低地]]からなり、海抜が20mを超える地区は殆どない。主に荒川に近い西部、東西に二本並ぶ[[見沼代用水]]の間、[[綾瀬川]]に近い東端部に低地が広がるほか、霧敷川(鴻沼排水路)・藤右衛門川などの小河川沿いに谷状の地形がみられる。中央部はこのような谷地を除けば、北方から市南部に連なる[[大宮台地]](北足立台地)上に位置しており、浦和市の源となった浦和宿もこの台地の上に位置していた。主な河川は殆どが北から南に流れており、東西に並列している。 * 東西約15km、南北約7kmという東西に細長い市域であった。これは浦和町・浦和市が東西に連なる諸町村を合併した結果である。中央部西寄りを北側から[[与野市]](現:さいたま市[[中央区 (さいたま市)|中央区]])が突きだしていた。市域は「[[コウモリ]]が羽を広げたような形」と称されていた。 * さいたま市の政令指定都市移行に伴う区制の施行で、旧浦和市域はごく一部の地区(大原6・7丁目が[[大宮区]]、[[さいたま新都心]]内の上木崎1丁目8番30号および35号が[[中央区 (さいたま市)|中央区]])を除き、中心部・北部が[[浦和区]]、西部が[[桜区]]、南部が[[南区 (さいたま市)|南区]]、東部が[[緑区 (さいたま市)|緑区]]となった。なお、旧浦和市域の人口は消滅後に50万人を突破しており、平成17年(2005年)の人口は'''504,442'''人、平成22年(2010年)の人口は'''527,761'''人である(国勢調査)。 * [[2000年]](平成12年)の時点で、概ね見沼代用水西縁以東、荒川周辺に広がる河川敷を除く、市域の6割強が[[人口集中地区]]となっていた。 * 気候については[[さいたま市]]の記事を参照のこと。尚現在の[[アメダス]]の観測地点「さいたま」は、旧浦和市の北西端、大久保浄水場内に設置されているが、さいたま市の成立以前は「浦和」の名称がつけられていた。 === 高級住宅地 === 浦和駅からは少し離れた[[別所沼]]周辺には前述のように[[関東大震災]]後、[[浦和画家]]と称される文化人が多く移り住み、その後閑静な住宅街として都心から近い好立地も一因として現在も人気を保ち続けている。浦和区の世帯所得は年収1000万円以上が20パーセントを超えるなど、[[高級住宅地]]が多い[[世田谷区]]や[[渋谷区]]よりも比率が高く、首都圏でも最高水準を記録している。これは購買力の高い官僚、医師、社長などが多く居住することも大きな理由となっている。治安がよいことも理由であるが、[[2008年]]に[[厚生労働省]]の元[[事務次官]]が殺害される事件が起きている。公立高校では日本一[[東京大学]]合格者が多い[[埼玉県立浦和高等学校]]を持つなど、高学歴者の多さも所得に影響している。 高級住宅地として称される地域としては[[岸町 (さいたま市)|岸町]]、[[常盤 (さいたま市)|常盤]]、[[高砂 (さいたま市)|高砂]]、[[仲町 (さいたま市浦和区)|仲町]]、[[元町 (さいたま市)|元町]]、[[別所 (さいたま市)|別所]]などとその周辺があげられる。 == 歴史 == ; [[江戸時代]]まで * [[江戸時代]] - [[中山道]][[浦和宿]]の宿場町となる。 * [[1728年]](享保13年) - [[見沼代用水]]が完成する。 * [[1731年]](享保16年) - 日本で最初の[[閘門式運河]]として[[見沼通船堀]]が開通する。 ; [[明治]]から第二次大戦まで * [[1869年]](明治2年)[[9月29日]] - 浦和宿に本格的な[[埼玉県庁|県庁]]が設置され、それまでの県名であった[[大宮県]]が[[浦和県]]に変更される。 * [[1871年]](明治4年)[[11月14日]] - 浦和県が[[忍県]]、[[岩槻県]]と合併し、[[埼玉県]]となる。県庁は当初岩槻に置かれる予定だったが、暫定的に浦和宿に置かれる。 * [[1876年]](明治9年)[[8月21日]] - 埼玉県が[[入間県]]と合併、新たに埼玉県となる。[[12月1日]]には旧浦和県庁舎を埼玉県庁舎とすることとなった。 * [[1883年]](明治16年)[[7月28日]] - [[日本鉄道]][[上野駅|上野]]~[[熊谷駅|熊谷]]間が開通。'''[[浦和駅]]'''が開設される。 * [[1889年]](明治22年)[[4月1日]] - 町村制施行に伴い浦和宿が[[北足立郡]]'''浦和町'''となる。同時に後の浦和市域となる地区において木崎、谷田、三室、尾間木、六辻、土合、大久保、美谷本、大門、野田の各村も誕生。 * [[1932年]](昭和7年) 4月1日- [[木崎村 (埼玉県)|木崎村]](北袋のみ[[大宮町 (埼玉県)|大宮町]]に編入)・[[谷田村]]が浦和町に編入される。 * [[1932年]](昭和7年)[[9月1日]] - [[東北本線]]の[[電車線・列車線|電車線]][[赤羽駅|赤羽]]~[[大宮駅 (埼玉県)|大宮]]間が完成。現在の[[京浜東北線]]。 * [[1934年]](昭和9年) [[2月11日]] - 市制施行により'''浦和市'''となる(県内では[[川越市]]、[[熊谷市]]、[[川口市]]に次ぐ4番目、全[[都道府県庁所在地]]で最も遅い市制施行)。 * [[1938年]](昭和13年)[[7月1日]] - 六辻村が町制施行、[[六辻町]]となる。 * [[1940年]](昭和15年)[[4月17日]] - [[尾間木村]]・[[三室村]]が浦和市に編入される。 * [[1942年]](昭和17年)4月1日 - [[六辻町]]が浦和市に編入される。 * [[1943年]](昭和18年)4月1日 - [[美谷本村]]が[[笹目村]]と合併、[[美笹村]]となる。 ; 戦後 * [[1955年]](昭和30年)[[1月1日]] - [[土合村]]・[[大久保村 (埼玉県)|大久保村]]が浦和市に編入される。 * [[1956年]](昭和31年)4月1日 - [[大門村 (埼玉県)|大門村]]・[[野田村 (埼玉県)|野田村]]と[[戸塚村]]が合併し、[[美園村]]となる。 * [[1957年]](昭和32年)7月1日 - 美笹村が[[戸田市|戸田町]]に編入される。 * [[1959年]](昭和34年)4月1日 - 戸田町のうち旧美谷本村北部、即ち松本新田・曲本・内谷および堤外の一部が分離され、浦和市に編入される。 * [[1962年]](昭和37年)[[5月1日]] - [[美園村]]のうち、差間・[[行衛]]を除く旧大門村・旧野田村の区域が浦和市に編入される(残りは[[川口市]]に編入)。 * [[1980年]](昭和55年)[[3月26日]] - [[東北自動車道]][[浦和インターチェンジ|浦和IC]]~[[岩槻インターチェンジ|岩槻IC]]間が開通。 * [[1992年]](平成4年) - サッカー[[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]の[[浦和レッドダイヤモンズ]]のホームタウンとなる。 * [[1995年]](平成7年)[[10月1日]] - 第16回[[国勢調査 (日本)|国勢調査]]。この時点で浦和市の人口は[[川口市]]を抜き、埼玉県内で第1位となる。 * [[2001年]](平成13年)[[5月1日]] - [[大宮市]]・[[与野市]]と合併し、'''[[さいたま市]]'''の一部となる。 * [[2002年]](平成14年)[[6月]] - [[2002 FIFAワールドカップ|サッカーワールドカップ]]の開催地となる。 * [[2003年]](平成15年)4月1日 -さいたま市の[[政令指定都市]]移行に伴い区制が施行。旧浦和市の区域は大原6・7丁目([[大宮区]])、上木崎1丁目8番地30号および35号([[中央区 (さいたま市)|中央区]]、現・中央区新都心3番地1号)を除き'''[[桜区]]'''、'''[[浦和区]]'''、'''[[南区 (さいたま市)|南区]]'''、'''[[緑区 (さいたま市)|緑区]]'''となる。 * [[2004年]](平成16年) - 旧浦和市に当たる桜区、浦和区、南区、緑区の合計'''[[人口]]が50万人を突破する'''。 == 行政 == ; 歴代首長 {| class="wikitable" |- !代(浦和町長)!!氏名!!就任年月日!!退任年月日!!期・備考 |- |初||星野平兵衛||1889年5月8日||1899年6月7日 |- |2||大島寛爾||1899年6月10日||1901年5月8日 |- |3||平野勝明||1901年6月26日||1903年2月13日 |- |4||土肥政芳||1904年2月28日||1906年4月26日 |- |5||平野勝明||1906年5月1日||1914年5月4日 |- |6||大島寛爾||1914年5月7日||1921年12月17日 |- |7||小谷野伝蔵||1921年2月6日||1923年8月20日 |- |8||石内保太郎||1923年12月27日||1926年7月3日 |- |9||大島寛爾||1926年7月22日||1928年4月5日 |- |10||田中栄三郎||1928年5月17日||1929年3月22日 |- |11||松沢藤助||1929年4月1日||1930年12月16日 |- |12||高橋泰雄||1931年3月28日||1934年2月10日 |- !代(浦和市長)!!氏名!!就任年月日!!退任年月日!!期・備考 |- | ||[[中村元治]]||[[1934年]][[2月11日]]||1934年[[4月11日]]||市長職務管掌者<br />埼玉県地方課長として埼玉県より派遣 |- |初||[[高橋泰雄]]||1934年4月11日||[[1936年]][[1月19日]]||1期<br />1931年3月28日-1934年2月10日まで浦和町長として1期在任(通算2期) |- |2||[[小谷野伝蔵]]||1936年[[3月27日]]||[[1938年]][[8月1日]]||1期<br />1921年2月6日-1923年8月20日まで浦和町長として1期在任(通算2期) |- |3||[[相川宗次郎]]||1938年[[9月28日]]||[[1942年]][[9月27日]]||1期 |- |4||[[安井大吉]]||1942年9月28日||[[1944年]][[10月25日]]||1期 |- |5||高橋泰雄||1944年[[11月8日]]||[[1946年]][[3月11日]]||1期(通算3期目) |- |6||[[阿佐見新作]]||1946年[[4月5日]]||[[1947年]][[3月7日]]||1期 |- |7||[[松井計郎]]||1947年4月5日||[[1951年]][[4月4日]]||1期・当代以降は公選制により選出 |- |8||rowspan="2"|[[川久保義典]]||1951年[[4月23日]]||[[1955年]][[5月1日]]||1期 |- |9||1955年[[5月2日]]||[[1959年]]5月1日||2期 |- |10||rowspan="2"|[[本田直一]]||1959年5月2日||[[1963年]]5月1日||1期 |- |11||1963年5月2日||[[1967年]]5月1日||2期 |- |12||rowspan="2"|[[相川曹司]]||1967年5月2日||[[1971年]]5月1日||1期、相川宗次郎の長男 |- |13||1971年5月2日||[[1975年]]5月1日||2期 |- |14||rowspan="4"|[[中川健吉]]||1975年5月2日||[[1979年]]5月1日||1期 |- |15||1979年5月2日||[[1983年]]5月1日||2期 |- |16||1983年5月2日||[[1987年]]5月1日||3期 |- |17||1987年5月2日||[[1991年]]5月1日||4期 |- |18||rowspan="3"|[[相川宗一]]||1991年5月2日||[[1995年]]5月1日||1期、相川曹司の長男 |- |19||1995年5月2日||[[1999年]]5月1日||2期 |- |20||1999年5月2日||[[2001年]][[4月30日]]||3期、合併によるさいたま市の設置に伴い失職<br />2001年5月27日-2009年5月26日までさいたま市長として2期在任(通算5期) |- |} == 産業 == === 商業 === 「[[さいたま市]]」の項を参照。 == 姉妹都市・提携都市 == === 海外 === * [[Image:Flag of Mexico.svg|22x20px]] [[トルーカ|トルーカ市]]([[メキシコ|メキシコ合衆国]]) :: [[1979年]][[10月2日]]、姉妹都市提携 * {{Flagicon|China}} [[鄭州|鄭州市]]([[中華人民共和国]]) :: [[1981年]][[10月12日]]、友好都市提携 * [[Image:Flag of New Zealand.svg|22x20px]] [[ハミルトン (ニュージーランド)|ハミルトン市]]([[ニュージーランド]]) :: [[1984年]][[5月14日]]、姉妹都市提携 * {{Flagicon|USA}} [[リッチモンド (バージニア州)|リッチモンド市]]([[アメリカ合衆国]]) :: [[1994年]][[6月16日]]、姉妹都市提携 === 国内 === * [[福島県]][[南会津郡]][[南郷村 (福島県)|南郷村]](現:[[南会津町]]の一部) ** [[1975年]][[11月4日]]、姉妹都市提携 これらの関係はすべてさいたま市に引き継がれている。 == マスメディア == ; [[新聞]] * [[埼玉新聞]] ; [[テレビ]] * [[テレビ埼玉]] * [[NHKさいたま放送局]]([[2001年]][[4月1日]]、浦和放送局より改称) == 交通網 == === 鉄道 === * 中心駅:'''[[浦和駅]]''' * [[東浦和駅]]、[[西浦和駅]]、[[南浦和駅]]、[[北浦和駅]]、[[中浦和駅]]、[[武蔵浦和駅]]、[[浦和美園駅]]、[[与野駅]] ; [[東日本旅客鉄道]] * [[京浜東北線]] * [[宇都宮線]]([[東北本線]])、[[高崎線]] * [[武蔵野線]] * [[埼京線]] ; [[埼玉高速鉄道]] * [[埼玉高速鉄道線]] === 主な道路 === * [[東北自動車道]] [[浦和インターチェンジ|浦和IC]] * [[東京外環自動車道]] [[外環浦和インターチェンジ|外環浦和IC]] * [[首都高速道路]][[首都高速埼玉大宮線|埼玉大宮線]] [[浦和南出入口]]、[[浦和北出入口]] * [[国道17号]] * [[国道122号]] * [[国道298号]] * [[国道463号]] == 主な学校 == (小学校と中学校と高等学校については、[[浦和区]]、[[桜区]]、[[南区 (さいたま市)|南区]]、[[緑区 (さいたま市)|緑区]]の頁へ。) === 高等教育機関 === * [[埼玉大学]] == 食文化 == [[浜松市|浜松]]や[[三島市|三島]]などと列んで、[[ウナギ]]の[[蒲焼]]が名物となっている。又、蒲焼の老鋪も多い。 == 娯楽 == 関東地方を代表するサッカー処として有名である。浦和以外で代表的な都市には、[[町田市|町田]]、[[鹿嶋市|鹿嶋]]、[[清水市|清水]]などがある。 == 浦和市を舞台とした作品 == 浦和市が舞台、若しくは浦和市がモデルとして登場する作品は、以下の通りである。 * [[赤き血のイレブン]]([[梶原一騎]]) * [[行け!稲中卓球部]]([[古谷実]]。作中では「稲豊市」) * [[キャプテン翼]]([[高橋陽一]]。{{要出典範囲|作中では「明和市」|date=2014年1月}}) * [[エースをねらえ!]]([[山本鈴美香]]。作品の舞台の西高は[[埼玉県立浦和西高等学校]]がモデルであり作者は同校のOGである。また、作中に登場する大原学園のモデルは西高の近所にあるさいたま市立大原中学校の名前から来ている) * [[おおきく振りかぶって]]([[ひぐちアサ]])作品の舞台の西浦高は[[埼玉県立浦和西高等学校]]がモデルであり作者は同校のOGである。 * [[ああ玉杯に花うけて]]([[佐藤紅緑]])旧制中学時代の[[埼玉県立浦和高等学校]]がモデル。 == 浦和市出身の有名人 == === 芸術 === * [[赤石路代]] - 漫画家 * [[五十嵐隆]](Syrup 16g) - ミュージシャン * [[石井桃子]] - 児童文学 * [[the telephones]] - ロックバンド * [[タケカワユキヒデ]] - 音楽家 * [[NOKKO]] - 歌手 * [[ひぐちアサ]] - 漫画家 * [[日吉ミミ]] - 歌手 * [[古谷実]] - 漫画家 * [[山本容子]] - 版画家 * 宮本敬文 - 写真家・映画監督・小説家 === スポーツ === <!--選手名の右には、所属チーム名を記載お願いします。--> '''[[サッカー選手]]'''(*は引退、所属は最終) * [[阿部敏之]] - [[鹿島アントラーズ]](*) * [[池田伸康]] - [[浦和レッドダイヤモンズ]]ジュニアユースコーチ * [[犬飼基昭]] - [[日本サッカー協会]]顧問 * [[上野良治]] - [[横浜F・マリノス]](*) * [[内舘秀樹]] - 浦和レッドダイヤモンズ広報部 * [[大熊清]] - [[大宮アルディージャ]]監督 * [[大熊裕司]] - [[セレッソ大阪]]ホームタウン推進部指導者インストラクター * [[落合弘]] - 浦和レッドダイヤモンズハートフルクラブキャプテン * [[斉藤雅人]] - [[大宮アルディージャ]]U-12コーチ * [[坂本將貴]] - [[ジェフユナイテッド市原・千葉]]アカデミー普及コーチ * [[桜井直人]] - 浦和レッドダイヤモンズハートフルクラブコーチ * [[反町康治]] - [[松本山雅FC]]監督 * [[田口禎則]] - 浦和レッドダイヤモンズ(*) * [[永井良和]] - アブレイズ千葉SC監督 * [[西野朗]] - [[名古屋グランパスエイト]]監督 * [[堀之内聖]] - [[モンテディオ山形]](*) * [[町田也真人]] - ジェフユナイテッド市原・千葉 * [[三上和良]] - 大宮アルディージャ(*) * [[三上卓哉]] - [[愛媛FC]](*) * [[水沼貴史]] - [[法政大学]]体育会サッカー部コーチ * [[室井市衛]] - 浦和レッドダイヤモンズハートフルクラブコーチ '''[[プロ野球選手]]'''(*は引退、所属は最終) * [[木塚敦志]] - [[横浜DeNAベイスターズ]]投手コーチ * [[鈴木葉留彦]] - [[埼玉西武ライオンズ]]編成部部長 * [[平尾博嗣]] - 埼玉西武ライオンズ球団職員 * [[山口幸司 (野球)|山口幸司]] - [[中日ドラゴンズ]](*) '''その他のスポーツ''' * [[井出有治]] - モータースポーツ * [[加藤大治郎]] - モータースポーツ * [[小門洋一]] - [[競輪選手]] * [[鈴木絵美子]] - [[シンクロナイズドスイミング]] === 芸能・マスコミ === * [[五十嵐淳子]] - 女優 * [[入山法子]] - 女優、モデル * [[菊川怜]] - 女優、タレント * [[久米宏]] - アナウンサー * [[小嶋陽菜]] - [[AKB48]]メンバー、アイドル、歌手、女優 * [[しのざき美知]] - 元タレント * [[清水マリ]] - 声優 * [[東海林のり子]] - レポーター * [[反町隆史]] - 俳優 * [[竹内結子]] - 女優 * [[中野翠]] - コラムニスト * [[濱潤]] - フジテレビ元プロデューサー * [[両沢和幸]] - 脚本家、映画監督 === その他 === * [[海野和三郎]] - 天文学者 == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} {{Reflist}} == 関連項目 == * [[浦和宿]] * [[浦和地区]] * [[浦和区]] * [[山中伊知郎]] - 旧浦和市在住、浦和レッズ関連の本や「浦和が、なくなる日」(風塵社)という本を出版している。 * [[埼玉県の廃止市町村一覧]] {{Japan-area-stub}} {{DEFAULTSORT:うらわし}} [[Category:さいたま市域の廃止市町村]] [[Category:桜区の歴史]] [[Category:浦和区の歴史]] [[Category:さいたま市南区の歴史]] [[Category:さいたま市緑区の歴史]]
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