コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
浅尾藩のソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
浅尾藩
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
'''浅尾藩'''(あさおはん)は[[江戸時代]]、[[備中国|備中]]・[[河内国|河内]]・[[山城国|山城]]・[[摂津国|摂津]]に知行地のあった[[藩]]。藩庁は[[浅尾陣屋]](現在の[[岡山県]][[総社市]])。 == 藩史 == 藩祖・[[蒔田広定]]は[[関ヶ原の戦い]]で西軍についた[[豊臣氏]]恩顧の[[大名]]である。[[慶長]]5年([[1600年]])の[[関ヶ原の戦い]]の後、[[雲出藩]]を[[改易]]されていたが後に許されて、[[慶長]]8年([[1603年]])に備中国賀陽・窪屋、河内国大県、山城国久世、摂津国豊島・八部において1万石を与えられ、備中浅尾に[[陣屋]]を構え立藩した。 [[寛永]]13年([[1636年]])に第2代当主・[[蒔田定正|定正]]は弟の[[蒔田長広|長広]]に3000石を分与、自分の所領と合わせて8310石の[[旗本]]となり、大名ではなくなった。更に第3代当主・[[蒔田定行|定行]]からは7700石となった。 [[幕末]]の[[文久]]3年([[1863年]])に[[蒔田広孝|広孝]]は[[江戸]]市中警備の功績で、1万石に高直しをされて再度、大名となった。蒔田氏は旗本時代は[[旗本寄合席|寄合]]であったが、この時は[[定府]]大名となった。初代・広定は[[外様大名]]だが、広孝は旗本からの昇進であるため[[譜代大名]]に列席された。 旗本時代の[[享保]]2年([[1717年]])より、蒔田氏は[[備中国分寺]]の再建に取りかかった。中でも五重塔(現・[[重要文化財]])の再建は[[文政]]4年([[1821年]])より20余年の歳月をかけ[[弘化]]元年([[1844年]])頃に完成した。 [[元治]]元年([[1864年]])の[[禁門の変]]において広孝は京都見廻役として[[長州藩]]勢撃退に活躍した。この時の恨みが原因か、[[慶応]]2年([[1866年]])[[4月12日 (旧暦)|4月12日]]、[[奇兵隊|第二奇兵隊]]を脱走した[[立石孫一郎]]ら、長州浪士100余名により、浅尾陣屋は[[倉敷代官所]]と共に襲撃され灰燼に帰した([[倉敷浅尾騒動]])。その後、[[明治維新]]までこの陣屋は十分な修復はなされなかった。 [[明治]]4年([[1871年]])に[[廃藩置県]]により[[浅尾県]]となる。その後、[[深津県]]・[[小田県]]を経て[[岡山県]]に編入された。 == 歴代藩主 == '''蒔田(まいた)家''' ===江戸初期=== 1万石。[[外様]]。(1603年 - 1636年) #[[蒔田広定|広定]](ひろさだ) ===寄合旗本=== 8,310石→7,700石(1636年 - 1863年) #[[蒔田定正|定正]](さだまさ) 1万石→8310石 #[[蒔田定行|定行]](さだゆき) 以後7700石 #[[蒔田定矩|定矩]](さだのり) #[[蒔田定英|定英]](さだひで) #[[蒔田定安|定安]](さだやす) #[[蒔田定静|定静]](さだきよ) #[[蒔田定祥|定祥]](さだゆき) #[[蒔田定邦|定邦]](さだくに) #[[蒔田定庸|定庸]](さだつね) #[[蒔田広運|広運]](ひろかず) #[[蒔田広孝|広孝]](ひろたか) ===幕末=== 1万石。[[譜代]]。(1863年 - 1871年) #[[蒔田広孝|広孝]](ひろたか) == 遺構等 == 陣屋は長州藩士の奇襲にあったが、朽ち果てた土塀が一部残存している(総社市の文化財に指定されている)。 == 浅尾藩の家臣 == * [[池上秦川]](藩士) * [[角田久豊]](家老) == 幕末の領地 == * [[備中国]] ** [[窪屋郡]]のうち - 5村 ** [[浅口郡]]のうち - 3村 ** [[賀陽郡]]のうち - 8村 * [[摂津国]] ** [[八部郡]]のうち - 1村 == 関連項目 == *[[藩の一覧]] ==参考文献== *『藩史総覧』 [[児玉幸多]]・[[北島正元]]/監修 [[新人物往来社]]、[[1977年]] *『大名の日本地図』 中嶋繁雄/著 [[文春新書]]、[[2003年]] *『江戸三00藩 バカ殿と名君 うちの殿さまは偉かった?』 [[八幡和郎]]/著 [[光文社新書]]、[[2004年]] {{s-start}} {{s-bef|before=([[備中国]])|表記=前}} {{s-ttl|title=行政区の変遷 |years=[[1863年]] - [[1871年]]<br>|years2=浅尾藩→浅尾県}} {{s-aft|after=[[小田県|深津県]]|表記=次}} {{end}} {{江戸時代の藩}} {{DEFAULTSORT:あさおはん}} [[Category:藩]] [[Category:備中国]] [[Category:蒔田氏|藩]] [[Category:岡山県の歴史]] [[Category:総社市の歴史]]
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:End
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:S-aft
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:S-bef
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:S-start
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:S-ttl
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:江戸時代の藩
(
ソースを閲覧
)
浅尾藩
に戻る。
検索
検索
浅尾藩のソースを表示
話題を追加