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'''波多野 澄雄'''(はたの すみお、[[1947年]] - )は、[[日本]]の[[国際政治学者]]。[[筑波大学]][[名誉教授]]、[[外務省]]『日本外交文書』編纂委員長。[[内閣府]][[アジア歴史資料センター]]長。専門は、日本政治外交史。 == 略歴 == [[岐阜県]]出身。 ===学歴=== * [[1966年]][[岐阜県立岐南工業高等学校]]卒業、 [[防衛大学校]]に入学 * [[1968年]] 同退学、[[慶應義塾大学]]法学部政治学科に入学 * [[1972年]] 同大学卒業、同大学院法学研究科修士課程進学 * [[1975年]] 同大学院修士課程修了、法学修士。同大学院博士後期課程進学 * [[1977年]] 同大学大学院博士後期課程単位取得退学 * [[1996年]] 法学博士(慶應義塾大学:学位請求論文『戦時外交と終戦構想、1941-1945』<ref>博士論文書誌データベース</ref>) ===職歴=== * [[1972年]] [[外務省外交史料館]]非常勤職員 * [[1979年]] 同退官、[[防衛庁]][[防衛研修所]]戦史部助手 * [[1984年]] 同研究所研究員(組織変更に伴う身分変更) * [[1988年]] 同退官、筑波大学社会科学系助教授 * [[1998年]] 同大学院人文社会科学研究科教授(1998-2012年) * [[2012年]] 同定年退職 ===海外研究歴・兼任など=== * [[1982年]]-[[1983年]] [[コロンビア大学]]東アジア研究所客員研究員 * [[1995年]]-[[1996年]] [[ハーバード大学]][[エドウィン・O・ライシャワー日本研究所|ライシャワー日本研究所]]客員研究員 * [[2001年]]-[[2003年]] 筑波大学大学院国際政治経済学研究科長 * [[2003年]]-[[2007年]] 同大学院人文社会科学研究科長 * [[2007年]]-[[2009年]] 筑波大学理事・副学長 * [[2007年]]-[[2009年]] 筑波大学学長特別補佐 * [[2010年]]-[[2012年]] 筑波大学図書館長 ===主な学外活動=== * [[1996年]]-[[1999年]] [[女性のためのアジア平和国民基金]]「慰安婦」問題資料専門委員会委員 * [[2003年]]- [[昭和館]]運営有識者会議委員 * [[2004年]]- [[文部科学省]]教科用図書検定調査審議会臨時委員 * [[2005年]]- [[アジア歴史資料センター]]諮問委員会委員 * [[2007年]]-[[2009年]] [[日中歴史共同研究]]近現代史部会日本側委員 * [[2009年]]-[[2010年]] 外務省参与、「核密約問題」調査委員会委員・座長代理 1984年阿南研究奨励賞、1991年、1996年に[[吉田茂賞]](吉田茂国際基金)を受賞。 ===研究内容=== * 慶應義塾大学では、学部・修士・博士と[[池井優]]に師事 * 自身が防衛研修所・外交史料館で整理にも携わった外務省・軍部関係史料、さらに散逸している[[大東亜省]]関係史料などを用い、太平洋戦争期における日本の対アジア外交構想の変遷を実証的に解明した研究で知られる。 * また、官庁付属の研究機関での経験が長く、筑波大学移籍後も各種の公的な歴史事業に参与してきた経験から、近年はそれらの経験をもとにした研究も行なっている。 ===日本史教科書検定関連=== * [[1984年]]提訴の[[家永教科書裁判]]第3次訴訟では被告(国)側の証人を務め、集団自決については[[安仁屋政昭]]などの沖縄研究者とはやや異なる意見を述べている<ref>『家永教科書裁判 第3次訴訟 高裁編 第3巻:沖縄戦・草莽隊・教育現場』民衆社、1996年</ref>。 * [[2007年]]の日本史教科書検定で[[沖縄戦]]における「[[沖縄戦における集団自決|集団自決]]強制」記述削除が問題となった際、臨時委員を務める教科用図書検定調査審議会(日本史小委員会)としては特に見解を示さなかったこと、また第三者機関である審議会の議論に対して、検定意見の原案となる調査意見書を提出する文部科学省の教科書調査官も審議に加わっていることを証言した<ref>「文科省調査官が介入、波多野委員が初明言 教科書検定審議」『[[琉球新報]]』2007年10月11日、[[衆議院]]予算委員会議事録(2007年10月11日)、[[赤嶺政賢]]委員の質問参照。</ref>。また調査意見書に対しては、学術的に、沖縄戦の集団自決をめぐる研究に大きな変化がないにも関わらず、わざわざ意見を付けることにやや違和感があったと述べている。 == 著書 == === 単著 === * 『「[[大東亜戦争]]」の時代――日中戦争から日米英戦争へ』([[朝日出版社]], 1988年) * 『幕僚たちの[[真珠湾]]』([[朝日新聞社]][[[朝日選書]]], 1991年/[[吉川弘文館]], 2013年) * 『[[太平洋戦争]]とアジア外交』([[東京大学出版会]], 1996年) * 『歴史としての[[日米安保条約]]――機密外交記録が明かす「密約」の虚実』([[岩波書店]], 2010年) * 『国家と歴史――戦後日本の歴史問題』([[中央公論新社]][[[中公新書]]], 2011年) === 共著 === * ([[戸部良一]]・[[五味俊樹]]・[[井上勇一]]・[[草野厚]])『昭和史――その遺産と負債』([[朝日出版社]]、1989年) * ([[佐藤晋]])『現代日本の東南アジア政策――1950-2005』([[早稲田大学出版部]], 2007年) === 編著 === * 『池田・佐藤政権期の日本外交』([[ミネルヴァ書房]], 2004年) * 『外交史 戦後編 日本の外交2』(岩波書店、2013年3月) === 共編著 === * ([[細谷千博]]・[[本間長世]]・[[入江昭]])『太平洋戦争』(東京大学出版会, 1993年) * ([[増田弘]])『アジアのなかの日本と中国――友好と摩擦の現代史』([[山川出版社]], 1995年) * (細谷千博・入江昭・[[後藤乾一]])『太平洋戦争の終結――アジア・太平洋の戦後形成』([[柏書房]], 1997年) * ([[ハラルト・クラインシュミット]])『国際地域統合のフロンティア』([[彩流社]], 1997年) * ([[平間洋一]], [[イアン・ガウ]])『日英交流史 1600-2000(3)軍事』(東京大学出版会, 2001年) * (戸部良一)『日中戦争の軍事的展開』([[慶應義塾大学出版会]], 2006年) === 編纂史料 === * ([[栗原健]])『終戦工作の記録』 ([[講談社文庫]] 上下, 1986年) * ([[江藤淳]]・監修)『占領史録』 (全4巻:[[講談社]], 1981-82年、[[講談社学術文庫]], 1995年/新版 同文庫(上・下), 2001年) * ([[軍事史学会]])『大本営陸軍部戦争指導班機密戦争日誌』 ([[錦正社]] 上下, 1998年) * ([[黒沢文貴]])『侍従武官長[[奈良武次]]日記・回顧録』 (全4巻:[[柏書房]], 2000年) * ([[佐藤元英]])『慶應義塾大学所蔵[[村上義一]]文書』([[雄松堂出版]][マイクロフィルム], 2002年) == 脚注 == <references /> == 外部リンク == * [http://www.dpipe.tsukuba.ac.jp/~hatano/ 波多野澄雄研究室] {{DEFAULTSORT:はたの すみお}} [[Category:日本の歴史学者]] [[Category:日本の政治学者]] [[Category:日本近現代政治史学者]] [[Category:日本近現代軍事史学者]] [[Category:防衛研究所の人物]] [[Category:筑波大学の教員]] [[Category:岐阜県出身の人物]] [[Category:1947年生]] [[Category:存命人物]]
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