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河島英五
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{{Infobox Musician <!--wikipedia ウィキプロジェクト 音楽家を参照--> |Name=河島 英五 |Background=singer |Born=1952年4月23日 |School_background=[[大阪府立花園高等学校]]卒業 |Died={{死亡年月日と没年齢|1952|4|23|2001|4|16}} |Origin={{JPN}}・[[大阪府]][[東大阪市]] |Genre=[[J-POP]] |Occupation=[[歌手]]、[[俳優]] |Years_active=[[1971年]] - [[2001年]] |Label=[[京都レコード]] → ガリーバーレコード |}} '''河島 英五'''(かわしま えいご、[[1952年]][[4月23日]] - [[2001年]][[4月16日]])は、日本の[[シンガーソングライター]]、[[俳優]]。[[大阪府]][[東大阪市]]出身。長女・[[河島あみる]]は歌手・タレント、次女・[[アナム&マキ|河島亜奈睦]]([[アナム&マキ]])、長男・[[河島翔馬|翔馬]]も歌手。身長184cm<ref name="best">[[田家秀樹]]・大越正実・藤井徹貫・前田祥丈・下村誠共著『日本のベストアルバム』[[シンコー・ミュージック]]、1992年、91頁。</ref>。 ==人物== {{独自研究|section=1|date=2010年10月}} [[大阪府立花園高等学校]]卒。[[京都府]][[京都市]]を拠点に活動。晩年は大阪府[[四條畷市]]に在住していた。 男の強さや哀しさ、優しさ、父親としての心情を唱いあげた数々の曲は、時代を越えて男性の共感を呼び、歌い継がれている。若いころにギターを持って世界を放浪し、庶民の暮らしに触れ、音楽を通して共に喜怒哀楽を共有し合った経験が、河島英五の音楽の礎を築いている。 内外のミュージシャンが驚くほどパワフルな音量と大声で唱いあげる姿、「男らしさ」にこだわった歌詞がが特徴。 コンサート活動は、大都市だけでなく山間部や僻地でも行い、音楽を通じてファンと交流することに主眼を置いた。 ==来歴== *1969年、[[フォークソング]]を始める<ref name="best"/>。高校卒業後「ホモ・サピエンス」というグループで活動<ref name="best"/>。京都の[[インディーズ|自主レーベル]]・[[京都レコード]]からデビュー。支離滅裂派フォークとして[[あのねのね]]らと活動を共にした<ref name="best"/>。デビュー当時は[[吉田拓郎]]の再来などと騒がれた<ref name="best"/>。 *1973年、グループ解散後ソロ活動開始。 *1975年4月、メジャーデビュー<ref name="best"/>。 *代表曲は「[[酒と泪と男と女]]」(作詞・作曲:河島英五、編曲:宮本光雄)。この歌は河島が19歳のとき、彼の叔父の姿を見て作曲したものである。[[萩原健一]]がカバーし、テレビの歌番組などで歌っていたが、同じ頃、河島の歌唱版が[[京都]]・[[伏見区|伏見]]の[[清酒]]メーカー・[[黄桜|黄桜酒造(現:黄桜)]]のCMソングとして使われるようになると全国的なヒットとなり、河島自身も全国的に名が知られるようになった。 **1981年3月に[[西城秀樹]]がカバー(アルバム『[[HIDEKI SONG BOOK]]』)。 **1988年10月に[[BORO]]がカバー(アルバム『LOVE & TEARS-BORO BEST SELECTION』)。 **2007年7月に[[柏原芳恵]]がカバー(アルバム『アンコール』)。 **2008年5月に[[大友康平]]がカバー(アルバム『J-STANDARD 70’S』)。 **2008年9月に[[藤田恵美]]がカバー(アルバム『[[ココロの食卓 〜おかえり愛しき詩たち〜]]』)。 *その他の代表曲は「[[野風増]]」([[橋幸夫]]らとの競作)、「[[時代おくれ]]」、「生きてりゃいいさ」([[加藤登紀子]]に書き下ろした楽曲で、のちに河島もシングル発売)など。「時代おくれ」は、現在も多くのおやじ世代に[[カラオケ]]で歌われており、[[松本人志]]、[[朝青龍明徳|朝青龍]]や[[山本浩二]]、[[久保竜彦]]らも愛唱歌としている。また、“[[ランバダ]]”がダンスナンバーとして日本で流行する以前に『花の種』という[[アンデス山脈|アンデス]]を舞台にした哀調の日本語ナンバーに仕上げてレパートリーとしていた。 *1980年代、[[ケニア]]の首都[[ナイロビ]]にある「グリーンバー」という酒場の[[ジュークボックス]]には「酒と泪と男と女」のレコードがあり、日本人客が来ると現地の娼婦などがよくかけてくれた。当時、旅行者の間では、河島がグリーンバーに立ち寄った際、「俺は日本の歌手だ」と言っても誰も信じてくれなかったために自分のレコードを置いていった、という逸話がある。 *1980年代、[[日本放送協会|NHK]]の番組「北陸東海」(中部7県で放送)の「英五のろまんちすと紀行」に旅人として出演、中部7県([[愛知県]]・[[岐阜県]]・[[三重県]]・[[静岡県]]・[[富山県]]・[[石川県]]・[[福井県]])各地を訪れた。なお、河島はこの番組のオリジナルテーマソングも歌っている。 *「[[時代おくれ]]」で、『[[第42回NHK紅白歌合戦]]』([[1991年]])の出場歌手として選出されるに至った。当日は第1部の白組トリで、[[ピアノ]]を弾きながら歌われている。 *[[阪神・淡路大震災]]の被災者を励ますために、友人の[[桂南光 (3代目)|桂南光]]らと毎年神戸でチャリティコンサート「[[復興の詩]]」を開いていた。死去した年のコンサートでは、河島の3人の子供たちと桂南光が、遺作『旧友再会』を観客と共に歌った。 *長女・[[河島あみる]]の結婚式に参列後の[[2001年]][[4月16日]]、[[肝臓疾患]]のため急逝した。亡くなる2日前にライブに立ったのが最後の仕事だった。亡くなる前日に体調を悪くし、病院に運ばれるも既に手遅れの状態で家族に看取られ息を引き取った。 *告別式終了後の出棺の際、棺の上に遺影が置かれ、参列者から「英五」の連呼が起こった。自身のヒット曲「野風増」の歌詞には、息子が20歳になれば2人で酒を酌み交わしたいという内容があったが、皮肉にも河島本人は歌詞通りに息子・翔馬と杯を交わすことは叶わなかった。 ==河島英五とホモ・サピエンス== メンバー *河島英五 *新井基浩 *木下景弘 *河島哲 1976年9月に解散 ==ディスコグラフィ== ===アルバム=== *人類(1975年) *運命(1976年)ここまで「河島英五とホモ・サピエンス」名義で発表 *信望(1977年) *ライブてんびんばかり(1977年)(ホモ・サピエンスのメンバーが参加) *仁醒(1978年) *河島英五作品集(1979年) *EIGO SPECIAL(1979年) *ホモサピエンス門外不出(1979年) *文明 I(1980年) *文明 II(1980年) *文明 III(1980年) *トップシングルコレクション(1983年) *河島英五 の世界(1984年) *発汗(1985年) *時代おくれ(1986年) *ベスト・セレクション(1986年) *ろまんちすと(1987年) *河島英五1975-1986(1987年) *「文明」ベスト&名作集(1987年) *季節(1988年) *河島英五 SCENE OF38(1989年) *いくつかの場面(1991年) *河島英五 アコースティックベストセレクション(1992年) *ほろ酔いで(1993年) *自選集(1993年) *ボーカル&カラオケ・ベスト5(1994年) *自選集II〜カヌーにのって(1995年) *大全集Vol.1〜ホモサピエンス(1997年) *大全集Vol.2〜酒と泪と男と女(1997年) *全曲集’98(1997年) *ベスト・コレクション(1997年) *大全集Vol.3〜心から心へ(1998年) *コレクション 酒と泪と男と女(キングCD文庫)(1999年) *河島英五 ベスト撰集(2000年) *河島英五 LASTLIVE〜今日は本当にありがとう(2001年) *DREAM PRICE 1000 河島英五(2001年) *酒と泪と男と女 メモリアル(2002年) *[[GOLDEN☆BEST 河島英五 SINGLES]](2002年) *河島英五 History 〜天夢〜(2003年) *GOLDEN☆BEST 河島英五 ヒット全曲集(2009年) *旧友再会〜ベスト オブ 河島英五〜(2011年) ===シングル=== '''ホモ・サピエンス''' *クレイジー・バンド/冷たくしないで/てんびんばかり(1973年)YSR-3001 *何かいいことないかな/流れる雲/雨ふり/さよなら(1974年) KL-2 '''河島英五とホモ・サピエンス''' *何かいいことないかな/涙の中に幸せを涙とともにほほえみを(1975年)L-1239E *てんびんばかり/酒と泪と男と女(1975年)L-1283-E *孤独の叫び/君はどうだい(1976年)L-11E '''ソロ(レコード)''' *酒と泪と男と女/てんびんばかり(1976年)L-120E *約束/運命(1977年)L-161E *殉愛/狼のひとりごと(1978年)L-242E *どんまいどんまい/いくつかの場面(1979年)L-266E *風になれ/夕陽の摩天楼(1979年)L-299E *酒と泪と男と女/てんびんばかり(1979年)L-3503E *旅のわすれもの/生きてりゃいいさ(1980年)SR06-5 *十二月の風に吹かれて/モサクどんの運動会(1980年) *祖父の島/やさしい気もちが一番さ(1980年) *竜馬のように/バザール(1981年)SR07-7 *酒と泪と男と女/仁醒(一枚の絵)(1981年)SR07-9 *父親(あしたへ)/ライブ何かいいことないかな(1982年)SR07-13 *どんまいどんまい/コーナーカーブは青春の賭けさ(1983年)SR07-14 *野風増~お前が20才になったら/酒と泪と男と女(1984年)SM07-15 *時代おくれ/黄金時代(1986年)07SH-1761 *時代おくれ/人生(1986年)07SH-1804 *ろまんちすと/ながいながいお話をみじかいみじかい一言で(1987年)07SH-1978 *酒と泪と男と女/野風増(1987年)AY07-79 *生まれる前から好きやった/いのちの旅人たち(1989年)XDSH-93200 *地団駄/生まれる前から好きやった(1989年)XDSH-93214 '''ソロ(CD)''' *酒と泪と男と女/どんまいどんまい/野風増時代おくれ/ろまんちすと(1988年)15EH-8026 *生まれる前から好きやった/いのちの旅人たち(1989年)10EH-3151 *地団駄(1989年):[[村田兆治]]をモデルにした曲。 *だれかが風の中で/伝言(1990年)CSDL-3226 *酒と泪と男と女/いくつかの場面(1991年)SRDL-3321 *てんびんばかり~世紀末バージョン(1991年)SRDL-3322 *時代おくれ/自分のことをどのくらい知ってますか(1991年)SRDL-3363 *ほろ酔いで/旅的途上(1992年)SRDL-3598 *のんべ/オオカミ(1993年)SRDL-3686 *酒と泪と男と女/時代おくれ/いくつかの場面(1993年)SRDL-3718 *魔法の絵の具/行かないでくれ(1995年)SRDL-4118 *旅的途上/ブーツに履きかえて(1996年)SRDL-4221 *晩秋/悲しい愚か者の詩(1997年)SRDL-4423 *元気出してゆこう/いつまでも(1998年)SRDL-4508 '''あのねのねプラス1(河島英五)''' *青春旅情/泣かないで(あのねのね)(1975年)L-1260E '''加藤登紀子・河島英五''' *燃えろジングルベル/酔えば(加藤登紀子)(1979年)DKQ-1066 *燃えろジングルベル/石仏(河島英五)(1979年)L-317E '''河島英五とアナム&マキ''' *旧友再会/雨(2001年)WPC7-10112 ===タイアップ等=== {|class=wikitable border="1" cellpadding="5" style="font-size:smaller;" |- |'''生産番号''' |'''発売年''' |'''曲名''' |'''作品''' |- |L-120E |[[1976年]] |酒と泪と男と女 |清酒「[[黄桜]]」CMソング |- |L-120E |[[1976年]] |てんびんばかり ||[[TBSテレビ|TBS]]系ドラマ『[[3年B組金八先生]]』第1シリーズ第1話挿入歌 |- |L-242E |[[1978年]] |殉愛 |[[日本テレビ放送網|NTV]]系ドラマ『殉愛 ひとすじの恋』主題歌 |- |L-299E |[[1979年]] |風になれ |[[東宝]]映画『トラブルマン 笑うと殺すゾ』主題歌 |- |L-299E |[[1979年]] |夕陽の摩天楼 |東宝映画『トラブルマン 笑うと殺すゾ』挿入歌 |- |SR06-5 |[[1980年]] |旅のわすれもの |[[日本放送協会|NHK]][[銀河テレビ小説]]『御堂筋の春』主題歌 |- |SR07-7 |[[1981年]] |竜馬のように |[[サッポロビール]]「ビン生」CMソング |- |SR07-13 |[[1982年]] |父親(あしたへ) |「[[週刊就職情報]]」CMソング |- |07SH-1804 |[[1986年]] |時代おくれ |[[白鶴酒造|白鶴]]「生酒」CMソング |- |07SH-1804 |[[1986年]] |人生 |TBS系[[愛の劇場|花王愛の劇場]]『[[母さん、家においでよ]]』主題歌 |- |07SH-1978 |[[1987年]] |ろまんちすと |国際証券(現:[[三菱UFJモルガン・スタンレー証券]]) 企業イメージソング |- |アルバム</br>「季節」 |[[1988年]] |Bye Bye メランコリー |[[味覚糖]]「ピアネージュ」CMソング |- |CSDL-3226 |[[1990年]] |だれかが風の中で |TBS系時代劇『[[木枯し紋次郎]]』主題歌 |- |CSDL-3226 |[[1990年]] |伝言 |[[テレビ朝日|ANB]]系時代劇『戦国乱世の暴れん坊 齋藤道三 怒涛の天下取り』主題歌 |- |SRDL-3598 |[[1992年]] |ほろ酔いで |[[沢の鶴]]「本醸造辛口」CMソング |- |SRDL-3686 |[[1993年]] |オオカミ |[[アートネイチャー]]CMソング |- |SRDL-4118 |[[1995年]] |行かないでくれ |[[テレビ東京|TX]]系『[[徳光和夫の情報スピリッツ]]』エンディングテーマ |- |SRDL-4423 |[[1997年]] |晩秋 |MBS系[[ドラマ30]]『[[命燃えて]]』主題歌</br>沢の鶴「実楽」CMソング |- |SRDL-4508 |[[1998年]] |元気だしてゆこう |NHK時代劇『[[物書同心いねむり紋蔵]]』主題歌 |- | |[[1999年]] |のれそれ中里 |中里城趾イメージソング |- |非売品 | |海のように輝け |[[大分県]][[南海部郡]][[蒲江町]]イメージソング |- |アルバム</br>「旧友再会」 | |[[元気ですか (河島英五の曲)|元気ですか]] |[[東北電力]]CMソング |- |SRDL-4221</br>非売品 |[[1996年]] |旅的途上 |[[濱田酒造]]/本格焼酎「隠し蔵」CMソング |- | | |生きてりゃいいさ |教育映画『まじめで悪いか!』(1999年)挿入歌</br>[[東映]]映画『[[ありがとう (2006年の映画)|ありがとう]]』(2006年)主題歌 |- | |[[1999年]] |あなたに ありがとう |河島から作詞の[[子守康範]]([[MBSラジオ]]『[[子守康範 朝からてんコモリ!|朝からてんコモリ!]]』パーソナリティ)へプレゼントされた未発表曲。<br>曲がついているのは家族も知らなかったが歌詞は偶然にも墓標に刻まれている。<ref>2011年6月14日ラジオ番組[http://www.mbs1179.com/ko/c_kyo/2011/06/ 子守康範 朝からてんコモリ!今日の特集]にて放送された</ref>。 |- |} ===他アーティストへの提供曲=== *友よ語りき([[笑福亭鶴瓶|駿河学]]) *あまぐも([[ちあきなおみ]]) *[[いくつかの場面]]([[沢田研二]])1975年 *[[泣きぬれてひとり旅]]([[小柳ルミ子]])1978年 *なめくじ君([[間寛平]])1994年 *Little Angel〜心やさしき者〜([[佐藤夕美子]])1998年、大阪府主催・献血キャンペーン・ソング ==俳優としての活動== *[[1979年]]、東宝映画『トラブルマン 笑うと殺すゾ!』で、映画初主演。 *[[1987年]]、NHK[[銀河テレビ小説]]『[[まんが道]]・青春編』で、[[トキワ荘]]グループ・[[新漫画党]]リーダーである[[寺田ヒロオ]]役を演じた<ref>前編に当たる前年放映の『まんが道』では[[渡辺寛二]]が寺田役を演じており、シリーズの寺田役としては2代目。</ref>。 *[[1991年]]、NHK[[木曜時代劇 (NHK)|子どもパビリオン]]『ちりめんじゃこの詩』に、大石役で出演した。 *[[1993年]]、[[関西テレビ放送|KTV]][[阪急ドラマシリーズ]]『ときめき時代』第7話に、ゲスト出演した。 *[[1994年]]、NHK[[連続テレビ小説]]『[[ぴあの]]』に、[[純名里沙]]演じるヒロインのビジネスパートナーで「ジャパニーズピザ(お好み焼き店)などを経営する実業家・安田豊彦」役で出演した。 *[[1996年]]、NHK連続テレビ小説『[[ふたりっ子]]』に、[[伊原剛志]]演じる“マサ兄ィ”の兄貴分である「占いのできる神秘的なマスター・谷武蔵」役で出演した。 *[[1999年]]、中学生対象の教育映画『まじめで悪いか!』に出演、中学校(新潟県長岡市立南中学校)の教師役を演じた(原作:高橋 一『梅雨明け』。「[[生きてりゃいいさ]]」が挿入歌として使われた) 他、ゲスト(友情)出演、レポーターなど多数 <!-- ==ナレーターとしての活動== *レポート番組 *CF(CM) --> ==関連人物== *[[アナム&マキ]](次女・河島亜奈睦が、高校時代の同級生の本夛真季と結成したグループ) *[[あのねのね]]([[清水國明]]、[[原田伸郎]]) :かつては、河島がバックバンドのメンバーで、全国ツアーの最中に河島が作詞・作曲した「青春旅情」を歌った(後に河島自身もセルフカバー)。 *[[あらい舞]](京都のシンガーソングライター) :ライブツアーでは、バックでピアノを弾いていた。 *[[桂南光 (3代目)|桂南光]](落語家) *[[加藤登紀子]] *[[河島あみる]](タレント)長女 *[[河島翔馬]](本名:河島翔馬)長男 *[[沢田研二]] :河島が作詞・作曲した『[[いくつかの場面]]』を歌唱。沢田本人のアルバムのタイトルにもなった。後に河島も『いくつかの場面』を自身のアルバムに収録。 *[[志村けん]] *[[笑福亭鶴瓶]] :[[ニッポン放送]]で放送されている「[[笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ]]」で「酒と泪と男と女」を熱唱した。 *[[高橋一]](出演映画「まじめで悪いか!」[[学研ホールディングス|学習研究社]]原作者、声優) *[[寺尾常史]](元[[大相撲]]力士、現・錣山親方) *[[ドリアン助川]](作家、詩人、ミュージシャン) :[[叫ぶ詩人の会]]がデビュー前、河島に一緒にコンサートをやってほしいと手紙を送ったところ、河島は自分のファンを引き連れて大阪から東京までギター一本ひっさげてやって来たという逸話がある。叫ぶ詩人の会の代表曲「[[ぎっこんばったん (叫ぶ詩人の会)|ぎっこんばったん]]」は河島の「[[てんびんばかり]]」の[[アンサーソング]]である。 *[[中畑昌也]]([[すろーらいだーず]]) :神戸のチャリティコンサートに出演を応募したのをきっかけに、河島が師弟同然のように目を掛けていた。 *[[堀内孝雄]](歌手) :生前から親友として知られており、河島が死去した2001年の『[[第52回NHK紅白歌合戦]]』では「酒と泪と男と女」を歌う。堀内は男泣きしながら歌い続け、最後に「英五、ありがとうー!」と叫んだ。バックのモニターには生前の河島の姿が映された。堀内が1番を歌い、2番は河島の歌う映像からの音声が流れた。サビの部分では堀内が河島の歌声にハモる形になり「天国との共演」と言われた。 *[[堀ちえみ]](タレント、歌手) :河島あみるの結婚式に堀がアオザイの衣装で出席したことが縁で作られた河島最後の作詞(あみるの作曲)である「[[ピンクのアオザイの裾を夜風にあそばせ -サウスウインド-|ピンクのアオザイの裾を夜風にあそばせ]]」を歌った。 *[[南井克巳]]([[日本中央競馬会|JRA]]元[[騎手]]・現在[[調教師]]) :河島のファン。南井が出演したテレビ番組に河島は中継で出演し「[[時代おくれ]]」を歌った。 *[[村田兆治]](元[[ロッテオリオンズ]]投手・現NHK[[野球解説者]]) :河島が敬愛<ref>河島英五 『ほろ酔いで夢みれば』 栄光出版社、1984年、15頁。</ref>、作詞・作曲した『[[地団駄]]』のモデルとなった。 *[[やしきたかじん]] :河島が作詞・作曲した「[[生まれる前から好きやった]]」を歌った。河島はかつて、やしきのバックバンドでギターを担当していた。 *[[角淳一]](元毎日放送アナウンサー) :番組でたびたび共演、2014年5月、[[水野真紀の魔法のレストランR]]に出演し思い出を語った。 ==河島英五音楽賞== 河島の死去から5年8カ月後の[[2006年]][[12月4日]]、亡くなるまでの6年間を過ごした[[大阪府]][[四條畷市]]などが河島の遺志を受け継ぎ、優秀なミュージシャンを発掘しようという『'''河島英五音楽賞'''』を創設した<ref>[http://www.eigo-award.jp/ 河島英五音楽賞]</ref>。友人だった桂南光、遺族の河島あみる、河島翔馬が同日、四條畷市内で会見を行った。年に一度、未発表の楽曲を日本国内外から募集し、最優秀1点(賞金50万円)、入選2点が選ばれる。2007年から、毎年5月中旬に、受賞者のお披露目を兼ねた「'''河島英五記念ライブ〜元気だしてゆこう〜'''」が行われる。 === 最優秀作品 === ;第1回(2007年) *[[藤本記子]]「太陽(ひかり)」 ;第2回(2008年) *[[勝詩]]「feel(フィール)」 ;第3回(2009年) *[[藪下将人]]「がんばれ故郷」 ;第4回(2010年) *[[たなたご]]「でかい感謝」 ;第5回(2011年) *[[鶴田淳]]「笑顔」 === 入選作品 === ;第1回(2007年) *[[オレンZP]]「ともだち」 *[[抹茶坊主]]「口笛夜明け前の唄」 ;第2回(2008年) *[[オレンZP]]「川」 *[[nao-shin]]「生義」 ;第3回(2009年) *[[LIZ]]「足あと 」 *[[夕☆ta(ゆた)]]「いにしえの月 」 ;第4回(2010年) *[[川原一紗]]「想い」 ;第5回(2011年) *[[ISSIN]]「生きて」 === 記念ライブの会場 === *第1回(2007年):[[大阪城公園]]・太陽の広場([[大阪市]][[中央区 (大阪市)|中央区]]) *第2回(2008年):[[NHK大阪ホール]](大阪市中央区) *第3回(2009年):[[なら100年会館]]([[奈良市]]) *第4回(2010年):[[大阪電気通信大学#四條畷キャンパス|大阪電気通信大学 四條畷キャンパス]] コナミホール(大阪府四条畷市) *第5回(2011年):なら100年会館 大ホール(奈良市)、「河島英五記念ライブ 元気だしてゆこう2011 ~あれから、10年。~ [[東北地方太平洋沖地震]]復興チャリティーコンサート」 ==関連項目== *[[濵田酒造]](河島が同社の麦焼酎「隠し蔵」を愛飲していた縁で、ラジオCMで彼の曲をBGMとして採用していた) *[[東北電力]](「元気ですか(「旧友再会~ベスト オブ 河島英五~」に収録)」を企業[[コマーシャルメッセージ|CM]]のイメージソングとして使用している) *[[誰も知らない泣ける歌]]([[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系。当番組最終回に彼の遺作[[旧友再会]]を彼の歌声と長男・翔馬、長女・あみる、次女・亜奈睦がコラボして、番組の最終曲として歌われた) ==脚注== {{reflist}} ==外部リンク== *[http://www.eigo.to/ 河島英五公式サイト] {{DEFAULTSORT:かわしま えいこ}} [[Category:日本のシンガーソングライター]] [[Category:日本のフォークシンガー]] [[Category:大阪府出身の人物]] [[Category:1952年生]] [[Category:2001年没]] [[Category:NHK紅白歌合戦出演者]] [[Category:NHK紅白歌合戦歌唱楽曲・作詞者・作曲者]]
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