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決定論
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{{出典の明記|date=2011年12月}} '''決定論'''(けっていろん、{{lang-en-short|determinism}}, {{lang-la-short|determinare}})とは、あらゆる出来事は、その出来事に先行する出来事''のみ''によって決定している、とする立場。 対立する世界観や仮説は「'''非決定論'''」と呼ばれる。 == 概説 == 決定論/非決定論には様々な種類があり、宗教的信念や世界観とも関わる面があるため、時として彼らの見解は鋭く対立する。 一言で決定論/非決定論と言っても、大まかに言って2つの論点がある。ひとつは人間の[[道徳]]や「'''[[罪]]'''」という概念との関係での言明である。もうひとつは物理レベルでの言及である。 [[古代ギリシャ]]においてすでに決定論/非決定論に関わる異なった論は存在していた。[[原子論]]は必ずしも決定論を意味していたわけではなく、「[[クリナーメン]]」と呼ばれる偶然的な要素が世界には満ちている、ともされた。 道徳に関わる決定論は宗教、なかでも[[キリスト教]]において展開された。例えば、[[ジャン・カルヴァン]]が『'''[[予定説]]'''』を唱えた。[[罪]]や[[贖罪]]の概念は、キリスト教神学において重要な役割を果たすことがあるものである。'''[[神]]'''と'''[[人間]]'''の関係はどうあるべきなのか?神に対する人間の「'''[[罪]]'''」とは何なのか?キリスト教内部の教派ごとに、罪に関する解釈は異なっていることがあり、そもそも議論はあった。 この[[神学]]的な問題は、神学と地つながりの領域である[[哲学]]でも扱われるようになった。(つまり表面上は哲学論争のように見えていても、真相としては、クリスチャンが属している教派ごとの[[教義]]の相違にまつわる論争を持ち込んでいることがあることには気をつけなければならない。) ところで、一般的に「ある人がある結果を自分で選んで起こした場合に限り、それは罪なのだ」と見なされていることは多い。 哲学においては決定論/非決定論は「人間には[[自由意志]]があるのか?無いのか?」といった角度から扱われることが多くなった。 このような人間の行為にまつわる[[解釈]]の問題は、宗教や哲学に限らず、いつの時代でも人間が生きている限り、現実の問題としてつきまとっている。例えば、現代の[[法律]]の領域でも、「[[故意]]」、「[[未必の故意]]」などの概念がこれに関連している。 [[科学]]の領域においては、近代になると(道徳的な次元の問題としてではなくて)人間を含めた物質を粒子の集まりとしてとらえ、その挙動によって粒子の未来の位置は決定されていると考え、結局人間の意志や思考を含めて絶対的に未来が確定されている、と見なしたり主張したりする者が現れるようになった。(→[[機械論]]、[[ラプラスの悪魔]]) (この考え方に関連させて、道徳的なレベルでも人間にはそもそも選択の余地などなく人間の意志の結果も決定論的である、とする論法や世界観も現れた。) だが、20世紀になると、'''[[量子力学]]'''における'''[[コペンハーゲン解釈]]'''によって、宇宙は原子下のレベル、[[量子]]レベルであまねく[[確率]]的であるという説が有力となった。<!--さらに大胆であったのが熱(統計)力学でありボルツマン、ギブスなどにより体系化された等確率の原理が出現した。これは2粒子間の相互作用に帰着させようとしてきた決定論に対し、多体問題に対し決定論の非普遍性が発覚する中で重要な役割を持っていた。結論として人類が自覚しているのは2粒子間の決定論は成立するが多粒子間および微視的世界においてははそれが成り立たない。その極限像を描いているというのが熱力学の位置づけで宇宙物理学と同様もっとも難解な立ち位置にある。--> また、道徳レベルの決定/非決定と物理レベルの決定/非決定の関係については、人間の意識のレベルから見れば、(19世紀までの自然科学で想定していた世界観を仮に採用し、物理レベルでものごとが決定していると見なしても見なさなくても)選択の余地があると気付いた時点で、思いや行為を選ぶことも可能で、それによりどの因果の系列を起こすかそれなりに選ぶことはできるということから、決定論を主張することで「自由意志は無い」や「人間には罪が無い」と主張する考え方は、主体性を欠いた概念であるとし、実際上の有益さを疑問視する人もいる。 == 分類 == === 因果的決定論(完全決定論) === 因果的決定論とは、いかなる現象もそれ以前の現象の単なる結果であり、この原因と結果の関係は[[因果律]]に支配されているがゆえに[[未来]]は[[現在]]および[[過去]]に規定されて一意的であるとする考え方。量子力学以前の自然科学では広く支持されていた。 === 確率的決定論(確率論)=== 確率的決定論とは、未来は因果律によってではなく[[確率]]によって支配されており、その限りで未来は決定しているのだ、とする主張。 未来が確率的であるので、因果的決定論と同様に、[[自由意志]]の存在は原則的に否定されるのだ、と主張する人もいる。 つまり、「自分が選んだわけではない」ゆえに「自分の罪ではない」と結論する論法である。 ([[自由意志]]の項目の両立主義も参照可)。 <!--例:もしあなたが服を自由に選ぶためクローゼットを開ける。服を自由に選ぶことはできるがそれ以前に「クローゼットの中の服」と定められている。自由に服を選ぶことができるように見えるが実際は選ばれた中からしか選ぶことができない。--> == 論点 == === 道徳と決定論/非決定論 === しばしば、決定論は[[自由意志]]を否定するがゆえに[[道徳]]と両立しないと言われる。これは、かつては決定論者と非決定論者との最大の争点のひとつであったが、現在では過大評価とする傾向が強い。その理由として、 #誰かが道徳的に思考することあるいは自由意志があるかのように振舞うことも決定論によれば既に決定しており、これらの行為そのものの存在が否定されるわけではない。つまり、人が世界の解釈にではなくその現象にのみ着目するならば、決定論的世界と非決定論的世界とは同一でありえること #道徳の根拠が必ずしも自由意志であるとは限らないこと などが挙げられている。 なお、哲学の領域では、[[カント]]が、純粋理性の力学的二律背反で、現象における必然性を、当為における自由による原因性と両立するものとして捉えている。 === 自然科学と決定論 === 近代科学においては、物理学者であり決定論者でもあった[[ピエール=シモン・ラプラス]]は、もし宇宙の全ての[[原子]]の[[運動]]および[[位置]]が分かるならば未来は完全に予測できると主張した([[ラプラスの悪魔]])。 しかしその後、「宇宙の全ての[[原子]]の[[運動]]および[[位置]]が分かる」可能性は、現在では[[ハイゼンベルク]]の[[不確定性原理]]によって否定された。このことは、[[量子力学]]の[[観測問題]]と直接的に関わってくる問題であるが、現在の量子力学の標準的な解釈である[[コペンハーゲン解釈]]の登場により、決定論の証明は難しくなった。 しかし、[[アインシュタイン]]は「神はサイコロをふらない」と言い、自ら創設者の一人となったはずの量子力学の標準解釈を否定し、決定論を擁護しようとした。そしてアインシュタインは思考実験「標準解釈のパラドックス」を提示することで反論しようとした。だが、実際に実験を行ってみると、それは現実に起きている現象であることがわかり、彼のもくろみは失敗した。 ただし、[[スティーヴン・ホーキング ]]を含む一部の物理学者は、決定論的であるとされることもある[[多世界解釈]]を支持しており、自然科学者の間でも見解は一致していない。 == 関連文献 == 日本語のオープンアクセス文献 * 阿部 剛久 「哲学から数理の世界へ-自然科学に現れた「決定論」とその現代的課題をめぐって」 [[京都大学数理解析研究所]]講究録 '''Vol.1257''' (2002) pp.128-141 [http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/41931/1/1257_11.pdf PDF] * 伊佐敷 隆弘 「因果と決定論」 宮崎大学教育文化学部紀要 人文科学 '''Vol.21''' (2009) pp.1-16 [http://ir.lib.miyazaki-u.ac.jp/dspace/bitstream/10458/2433/2/KJ00005626419.pdf PDF] * 木村 陽二郎 「生命現象からみた決定論と自由」 [[科学基礎論研究]] '''Vol.6''', No.2 (1963) pp.55-59 [http://www.journalarchive.jst.go.jp/jnlpdf.php?cdjournal=kisoron1954&cdvol=6&noissue=2&startpage=55&lang=ja PDF] * 坂本 賢三 「書評:ポーレット・フェヴリエ『決定論と非決定論』」 [[科学基礎論研究]] '''Vol.2''', No.2 (1956) pp.36-39 [http://www.journalarchive.jst.go.jp/jnlpdf.php?cdjournal=kisoron1954&cdvol=2&noissue=2&startpage=33&lang=ja PDF] * 真田 郷史 「スピノザ哲学における「決定論と自由」の問題」 [[哲学 (学術雑誌)|哲学]] '''Vol.1987''', No.37 (1987) pp.163-174 [http://www.journalarchive.jst.go.jp/jnlpdf.php?cdjournal=philosophy1952&cdvol=1987&noissue=37&startpage=163&lang=ja PDF] * 戸田 洋樹 「「やわらかい決定論」について」 [[哲学 (学術雑誌)|哲学]] '''Vol.1975''', No.25 (1975) pp.131-141 [http://www.journalarchive.jst.go.jp/jnlpdf.php?cdjournal=philosophy1952&cdvol=1975&noissue=25&startpage=131&lang=ja PDF] * 吉田 夏彦 「決定論と自由」 [[哲学 (学術雑誌)|哲学]] '''Vol.1961''', No.11 (1961) pp.1-10 [http://www.journalarchive.jst.go.jp/jnlpdf.php?cdjournal=philosophy1952&cdvol=1961&noissue=11&startpage=1&lang=ja PDF] 一般書籍 * [[ヴェルナー・ハイゼンベルク]] 『現代物理学の自然像』 みすず書房、2006年 ISBN 4-622-07196-7 == 関連項目 == * [[自由意志]] * [[因果律]] - [[還元主義]] * [[力学系]] - [[カオス理論]] - [[複雑系]] * [[予定説]] * [[生気論]] * [[観測問題]] * [[環境決定論]] == 外部リンク == * {{SEP|determinism-causal|Causal Determinism|[[スタンフォード哲学百科事典]]にある「因果的決定論」の項目。}} * {{PhilP|determinism|Determinism}} {{DEFAULTSORT:けつていろん}} [[Category:哲学の理論]] [[Category:科学哲学の理論]] [[Category:世界観]] [[Category:形而上学]] [[Category:因果]] [[Category:仮説]]
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