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毘沙門天
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[[image:Todaiji05s3200.jpg|thumb|220px|多聞天像([[東大寺]]金堂)]] '''毘沙門天'''(びしゃもんてん、[[サンスクリット|梵名]]: '''ヴァイシュラヴァナ'''、{{lang-sa-short|वैश्रवण}}, {{lang|la|Vaiśravaṇa}}または{{lang|la|vaizravaNa}})とは、[[仏教]]における[[天部]]の[[仏]]神で、[[持国天]]、[[増長天]]、[[広目天]]と共に[[四天王]]の一尊に数えられる武神である。また四天王としてだけでなく、中央アジア、中国など日本以外の広い地域でも、独尊として信仰の対象となっており、様々な呼び方がある。[[種子 (密教)|種子]]はベイ({{lang|en|vai}})。 == 概要 == === インド === [[インド神話]]の財宝神[[クベーラ]]を前身とする。ヴァイシュラヴァナという称号は本来「ヴィシュラヴァス ({{lang|en|vizravas}}) 神の息子」という意味で、彼の父親の名に由来する。 インドにおいては財宝神とされ、戦闘的イメージはほとんどなかった。この頃の性格についてはクベーラの項を参照。 === 中国 === {{密教}} 中央アジアを経て中国に伝わる過程で武神としての信仰が生まれ、四天王の一尊たる武神・守護神とされるようになった。毘沙門という表記は、ヴァイシュラヴァナを中国で音写したものであるが「よく聞く所の者」という意味にも解釈できるため、'''多聞天'''(たもんてん)とも訳された。[[帝釈天]]の配下として、仏の住む世界を支える[[須弥山]]の北方、水精埵の天敬城に住み、或いは古代インドの世界観で地球上にあるとされた4つの大陸のうち{{ルビ|北倶盧洲|ほっくるしゅう}}を守護するとされる。また、[[夜叉]]や[[羅刹]]といった鬼神を配下とする。また、密教においては[[十二天]]の一尊で北方を守護するとされる。 === 日本 === 日本では四天王の一尊として造像安置する場合は「多聞天」、独尊像として造像安置する場合は「毘沙門天」と呼ぶのが通例である。庶民における毘沙門信仰の発祥は[[平安時代]]の[[鞍馬寺]]である。鞍馬は北陸[[若狭国|若狭]]と山陰[[丹波国|丹波]]を京都と結ぶ交通の要衝でもあり古くから[[市]]が栄え、自然と鞍馬寺の毘沙門天の本来の神格である財福の神という面が強まり、また[[9世紀]]頃からは正月の[[追儺]]において、疫病を祓う役どころがかつての[[方相氏]]から毘沙門天と[[竜|竜天]]のコンビに変わっていったことから無病息災の神という一面が加わる。平安時代末期には[[エビス]]の[[本地仏]]ともされ、日本では毘沙門天は甲冑をつけた姿が主流となるがこの姿はエビス神の古い形態でもあり、このことは市場で祀られたことと関係がある。こうして福の神としての毘沙門天は中世を通じて[[恵比寿]]・[[大黒]]にならぶ人気を誇るようになる。[[室町時代]]末期には日本独自の信仰として[[七福神]]の一尊とされ、[[江戸時代]]以降は特に勝負事に利益ありとして崇められる。 ==像容== [[image:Jikoji tamonten.JPG|thumb|180px|left|多聞天像([[高砂市]][[時光寺]])]] 毘沙門天の姿には[[三昧耶形]]が宝棒(仏敵を打ち据える護法の[[棍棒]])、[[宝塔]]であるという他には、はっきりした規定はなく、様々な表現がある([[#托塔李天王|後述]])。日本では一般に革製の甲冑を身に着けた[[唐]]代の武将風の姿で表される。また、[[邪鬼]]と呼ばれる鬼形の者の上に乗ることが多い。例えば[[密教]]の[[両界曼荼羅]]では甲冑に身を固めて右手は宝棒、左手は宝塔を捧げ持つ姿で描かれる。ただし、東大寺戒壇堂の四天王像では右手に宝塔を捧げ持ち、左手で宝棒を握る姿で造像されている。奈良當麻寺でも同様に右手で宝塔を捧げ持っている。ほかに[[三叉戟]]を持つ造形例もあり、例えば京都・[[三室戸寺]]像などは宝塔を持たず片手を腰に当て片手に三叉戟を持つ姿である。 また、中国の民間信仰に於いては緑色の顔で右手に傘、左手に銀のネズミを持った姿で表される。[[チベット仏教]]では金銀宝石を吐く[[マングース]]を持つ姿で表され、インドでの財宝神としての性格を残している。 独尊、また中心尊としても多くの造形例がある。安置形態としては、毘沙門天を中尊とし、[[吉祥天]](毘沙門天の妃または妹とされる)と善膩師童子(ぜんにしどうじ。毘沙門天の息子の一人とされる)を脇侍とする三尊形式の像(奈良[[朝護孫子寺]]、日本最初毘沙門天出現霊場の[[信貴山]]奥の院、京都・[[鞍馬寺]]、神戸市北区[[唐櫃]]の[[六甲山]][[多聞寺 (神戸市北区)]]、高知・雪蹊寺など)、毘沙門天と吉祥天を一対で安置するもの(奈良・[[法隆寺]]金堂像など)、毘沙門天と[[不動明王]]を一対として安置するもの(高野山[[金剛峯寺]]像など)がある。 また、[[天台宗]]系の寺院では、[[千手観音]]を中尊として両脇に毘沙門天・不動明王を安置することも多い(滋賀・明王院像、京都・[[峰定寺]]像など)。なお[[真言宗]]系寺院でもこの傾向はある。 四天王の1体として北方(須弥壇上では向かって右奥)を護る多聞天像の作例も数多い。その姿は独尊の毘沙門天像と特に変わるところはないが、左右いずれかの手に宝塔を捧げ持つ像が多い。 国宝指定品としては[[東大寺]]戒壇堂、京都・[[浄瑠璃寺]]、奈良・[[興福寺]]などの四天王像中の多聞天像がある。 ==派生的な姿== ===托塔李天王=== 中国では、軍神と称えられた[[唐]]代初期の武将[[李靖]]と習合し、{{ルビ|[[托塔李天王]]|たくとうりてんのう}}(または単に托塔天王、李天王とも)という尊格が生まれた。托塔とは、前述の宝塔を如来よりあずけられたの意味である。 この托塔李天王は、現在では四天王の多聞天とは別の神と考えられ、むしろ多聞天も含めた四天王を率いる神々の将軍とされている。後に[[道教]]でも崇められるようになった。[[ナタ (中国神話)|哪吒三太子]]の父として描かれる『[[西遊記]]』の托塔李天王、[[封神演義]]の李靖がこれである。 前述の通り四天王の多聞天は傘などを持った姿で表されるが、托塔李天王は宝塔を持った武将の姿で表される。これは唐代に於いて造形された毘沙門天の古い姿を継承したものである。 ===兜跋毘沙門天=== {{Main|兜跋毘沙門天}} {{ルビ|[[兜跋毘沙門天]]|とばつびしゃもんてん}}と呼ばれる特殊な像容がある。{{ルビ|金鎖甲|きんさこう}}という鎖を編んで作った鎧を着し、腕には{{ルビ|海老籠手|えびごて}}と呼ぶ防具を着け筒状の宝冠を被る。持物は左手に宝塔、右手に宝棒または戟で、見るからに異国風の像である。また、邪鬼ではなく[[地天|地天女]]及び二鬼(尼藍婆、毘藍婆)の上に立つ姿である。[[東寺]]の兜跋毘沙門天像は、かつて[[羅城門]]の楼上に安置されていたという。 「兜跋」とは西域兜跋国、即ち現在の[[トゥルファン]]とする説が一般的で、ここに毘沙門天がこの姿で現れたという伝説に基づく。また「刀抜」「屠半」などの字を宛てることもある。 像容は、東寺像を忠実に模刻したもの(奈良国立博物館像、京都・[[清凉寺]]像など)と、地天女の両手の上に立つ以外は通例の毘沙門天像と変わらないもの(岩手・[[成島毘沙門堂]]像など)とがある。 == 真言 == 毘沙門天に捧げられた[[真言]]としては以下のもの等がある。 *'''オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ'''<ref>『{{lang|la|oM vaizravaNaaya svaahaa}}』= 『[[オーム (聖音)|オーム]]、ヴィシュラヴァスの御子よ。[[スヴァーハー|吉祥成就]]』</ref> {{節stub}} == 全国の毘沙門天を本尊にした寺社 == [[image:Bishamonten, the Guardian of the North with His Retinue.jpg|thumb|180px|毘沙門天(鎌倉時代、[[ボストン美術館]]所蔵)]] [[image:Chomyo Tamonten.jpg|thumb|180px|多聞天(鎌倉時代、[[ボストン美術館]]所蔵)]] [[image:Todaiji kondo tamonten.jpg|thumb|180px|多聞天像(東大寺金堂)]] ;北海道・東北 *[[成島毘沙門堂]](花巻市) :一木造で日本最大の尊像を祀る *[[達谷窟]]毘沙門堂(西磐井郡平泉町) :坂上田村麻呂大将軍創建の由緒を持つ *[[塩野毘沙門堂]](米沢市) :お堂の下に井戸がある珍しい構造 ;関東 *[[大岩毘沙門堂]] :あくたい祭りで有名 *[[法昌寺]] :東京・下谷。歌人でもある福島泰樹が住職。[[俳優]]・[[プロボクサー]]であった[[たこ八郎]]を祀った「たこ地蔵」がある ;中部 *[[安禅寺 (長岡市)|安禅寺]](長岡市) :正月のみ開帳(12月31日から1月3日まで)。本尊毘沙門天立像のほか双身毘沙門がある。 *[[普光寺 (南魚沼市)|普光寺]](南魚沼市)浦佐毘沙門堂 :奇祭裸押し合い祭りで有名 *[[福王神社]](三重郡菰野町) :聖徳太子の命により福王山に毘沙門天を安置。 起源は578年に遡る。 ;近畿 *[[鞍馬寺]] :日本三大毘沙門天の一つ *[[神峯山寺]] :「日本最初毘沙門天」として日本で最初に毘沙門天が安置されたいわれがある *[[本山寺]] :役行者開基の寺院(高槻市) 日本三大毘沙門天の一つ *総本山[[信貴山真言宗]][[朝護孫子寺]] :聖徳太子が勧請した伝説を持つ。国宝[[信貴山縁起絵巻]]所蔵 *[[信貴山千手院]] :護摩の毘沙門天として有名 *[[信貴山玉蔵院]] :双身毘沙門天を本尊に祀る *山科[[毘沙門堂]] :最澄自刻の尊像を祀る *勝林寺(京都市東山区) :[[東福寺]]塔頭。東福寺仏殿の天井内に収められていた尊像を祀る <gallery> File:Extermination of Evil Vaisravana.jpg|[[辟邪絵]](部分)[[奈良国立博物館]]蔵 </gallery> == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} {{Reflist}} ==参考文献== *田辺勝美 『兜跋毘沙門天像の起源』 山喜房佛書林、2006年、大著。 *田辺勝美 『毘沙門天像の誕生 シルクロードの東西文化交流』<歴史文化ライブラリー> [[吉川弘文館]]、1999年。 *橋本章彦 『毘沙門天 日本的展開の諸相』<日本宗教民俗学叢書7> 岩田書院、2008年。 *信貴山千手院編 『一目でわかる 毘沙門信仰の手引き』 [[国書刊行会]]、2009年。 == 関連項目 == [[File:Statue of Uesugi Kenshin in Joetsu, Niigata.jpg|thumb|上杉謙信公の銅像(新潟県上越市)]] * [[仏の一覧]] * [[四天王]] * [[十二天]] * [[七福神]] *[[聖徳太子]] :[[物部守屋]]追討の折[[四天王]]に戦勝を祈願し、後に[[四天王寺]]を建立したことが[[日本書紀]]に記載されている。また毘沙門天を祭るために[[信貴山]]を開山したという伝承もある。 * [[六甲山]]雲ヶ岩(紫雲賀岩) [[法道仙人]]が修業中、紫雲に乗った毘沙門天が出現したという伝承がある。付近の[[弁財天]]を祀る巨大な磐座、[[六甲比命神社]]と関連するものと思われる。周辺一帯は、巨大な磐座が多い所であるが、神戸市北区[[唐櫃]]の吉祥院多聞寺([[法道仙人]]開基)の奥の院とされている。 *[[伽耶院]]黄金水 [[法道仙人]]が金色に輝く滝壺から毘沙門天を感得されたということから、この池を黄金水と呼んでいるという。 *[[吉祥天]] [[弁財天]] * 善膩師童子 *[[上杉謙信]] :毘沙門天を篤く信仰しており、祀った毘沙門天像を[[泥足毘沙門天]]と云い、軍の[[旗印]]にも「毘」の文字を使った。 *[[小栗判官]] *[[刀八毘沙門天]] :毘沙門天像の異形 *[[八大夜叉大将]] :毘沙門天の眷属 *[[96式装輪装甲車]] :[[自衛隊イラク派遣]]の際に車体側面に「毘」の文字がマーキングされた。 {{Commonscat|Bishamonten}} {{七福神}} {{Buddhism2}} {{DEFAULTSORT:ひしやもんてん}} [[Category:四天王]] [[Category:天部]] [[Category:十二天]] [[Category:軍神]] [[Category:七福神]] [[Category:真言系仏教]] [[Category:密教]] [[category:日本の密教]]
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