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檀一雄
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{{Infobox 作家 | name = 檀 一雄<br />(だん かずお) | image = Dan Kazuo.JPG | imagesize = | caption = 1955年 | pseudonym = | birth_name = | birth_date = [[1912年]][[2月3日]] | birth_place = {{JPN}} [[山梨県]][[南都留郡]][[谷村町]]<br />(現:[[都留市]]) | death_date = {{死亡年月日と没年齢|1912|2|3|1976|1|2}} | death_place = {{JPN}} [[福岡県]][[福岡市]][[東区 (福岡市)|東区]] [[九州大学病院]] | resting_place = [[福岡県]][[柳川市]][[福厳寺 (柳川市)|福厳寺]] | occupation = [[小説家]] | language = [[日本語]] | nationality = {{JPN}} | education = | alma_mater = [[東京帝国大学]][[経済学部]] | period = [[1935年]] - [[1976年]] | genre = | subject = 放浪<br />古典や説話のオマージュ<br />人間の宿痾<br />料理 | movement = [[無頼派]]([[新戯作派]]) | notable_works = 『花筐』(1937年)<br />『真説石川五右衛門』(1951年)<br />『夕日と拳銃』(1956年)<br />『[[火宅の人]]』(1961-1975年) | debut_works = 「此家の性格」 | spouse = 高橋律子(1941年 - 1946年)<br />山田ヨソ子(1946年 - 1976年) | partner = | children = [[檀太郎]](長男)<br/>[[檀ふみ]](長女)<br/> | relations = [[高岩淡]](異父弟) | influences = [[佐藤春夫]]<br/>[[太宰治]]<br/>[[プロレタリア文学]]<br/>[[井伏鱒二]]<br/>[[共産主義]]<br/>[[坂口安吾]] | influenced = [[放浪]]<br/>[[料理]]<br/>[[真鍋呉夫]]<br/>[[嵐山光三郎]] | signature = | website = }} '''檀 一雄'''(だん かずお、[[1912年]]([[明治]]45年)[[2月3日]] - [[1976年]]([[昭和]]51年)[[1月2日]])は、日本の[[小説家]]、[[作詞家]]。[[私小説]]や[[歴史小説]]、[[料理]]の本などで知られる。「最後の[[無頼派]]」作家・文士ともいわれた。また、[[西遊記]]の日本語抄訳もある([[東京創元社]]ほか)。 代表作は、律子夫人の没後に描いた『リツ子 その愛』『リツ子 その死』、時代娯楽作品も人気があり『真説[[石川五右衛門]]』([[1950年]]、第24回[[直木賞]]受賞)、『夕日と拳銃』など、また20年以上に亘り、書き継がれライフワークとなった遺作『[[火宅の人]]』([[1986年]]、東映で異父弟のプロデューサーの[[高岩淡]]の企画、[[深作欣二]]監督、[[緒形拳]]主演により[[映画]]化)など。 女優の[[檀ふみ]]は長女。エッセイストの[[檀太郎]]は長男。太郎と同じくエッセイストの[[檀晴子]]は太郎の夫人。[[食品総合研究所]]研究員の檀一平太は孫(太郎の長男)。作家の[[嵐山光三郎]]とは嵐山が編集者時代から親交が厚かった。 == 来歴 == [[山梨県]][[南都留郡]][[谷村町]](現在の[[都留市]]下谷)に図案の技師として、県立工業試験場に勤めていた父・参郎、母・とみの長男として生まれる。檀家は[[本籍地]]が[[福岡県]]山門郡沖端村([[柳川市]])で、[[柳川藩]]の普請方を務めた[[家柄]]であった。父の参郎は山梨県立工業学校の図画教員で、繊維工業試験場の嘱託も兼ねていた。[[1914年]]([[大正]]3年)、父が退職したため福岡へ戻る。翌[[1915年]](大正4年)、参郎の画業修行のため上京して谷中に住むが、生活が困窮し翌年には再び帰郷し、母とみの実家である久留米に住む。栃木県足利の尋常高等小学校に通うが、[[1924年]](大正13年)には両親が離婚する。この年には[[栃木県立足利高等学校|栃木県立足利中学校]]へ進学。 [[1928年]]([[昭和]]3年)には[[福岡高等学校_(旧制)|福岡高等学校]]文科乙類へ入学。この頃には同人誌を製作して小説や詩を発表しており、社会主義読書会へも参加して停学処分を受けた。[[1932年]](昭和7年)、[[東京大学|東京帝国大学]][[経済学部]]に入学。[[1933年]](昭和8年)、同人誌『新人』を創刊し、処女作「此家の性格」を発表、[[瀧井孝作]]や[[林房雄]]らの賞賛を受け、[[尾崎一雄]]を紹介される。同年、[[太宰治]]、[[井伏鱒二]]の知遇を得、師と仰いだ[[佐藤春夫]]とも知る。この年には11年ぶりに母とみと再会している。[[1934年]](昭和9年)、[[古谷綱武]]と同人誌『鷭』を創刊するが二号で廃刊。太宰治、[[中原中也]]、[[森敦]]らと『[[青い花|青い花(文芸誌)]]』を創刊、翌年、[[日本浪曼派]]に合流する。 [[1936年]](昭和11年)、「夕張胡亭塾景観」が第2回[[芥川龍之介賞|芥川賞]]候補となる。『文藝春秋』に出世作「花筐」を発表。太宰の死後[[坂口安吾]]とも交流をもつ。[[1941年]](昭和16年)、母の勧めで福岡の開業医の娘高橋律子と結婚し、[[1943年]](昭和18年)に長男太郎誕生。[[1944年]](昭和19年)には陸軍報道班員として大陸へ渡る。この間律子は[[結核|腸結核]]に罹患。終戦後に帰国した一雄は献身的な看病を行ったが、律子は[[1946年]](昭和21年)に死去。 同年、児童文学者[[与田準一]]の紹介で[[福岡県]]瀬高町の酒造家の娘山田ヨソ子と再婚し、上京後は石神井に居を構える。[[1950年]](昭和25年)、先妻律子を描いた連作「リツ子・その愛」、「リツ子・その死」にて文壇に復帰。[[1951年]](昭和26年)「長恨歌」「真説石川五右衛門」の2作にて[[直木賞]]を受賞。 檀は舞台女優[[入江杏子]]と愛人関係にあった。入江は石神井の自宅にしばしば出入りしていたが、[[1956年]](昭和31年)、青森県[[蟹田町]]の太宰治文学碑除幕式に同行した際に男女の関係となり、そのまま[[山の上ホテル]]で[[同棲]]をはじめた。入江杏子との生活そして破局を描いたのが代表作『[[火宅の人]]』である。[[1961年]](昭和36年)、「火宅の人」の最初の一編である「微笑」が文芸誌『[[新潮]]』に発表され、その後連作として各誌に発表された。しかし以後執筆は遅々として進まず一旦中断した。 [[1968年]]1月より[[1974]]年3月(20号)まで季刊文芸誌「[[ポリタイア]]」を編集、発行した。この実質的なスポンサーは[[世耕政隆]](参議院議員・[[近畿大学]]総長)、[[麻生良方]](衆議院議員)であった。 [[1970年]](昭和45年)11月より[[1972年]](昭和47年)2月まで[[ポルトガル]]のサンタ・クルスに滞在。[[1974年]](昭和49年)、[[福岡市]][[能古島]]に自宅を購入し転居、月壺洞(げっこどう)と名づけた。[[1975年]](昭和50年)に檀は悪性[[肺ガン]]のため[[九州大学病院|九州大学医学部付属病院]]に入院。『火宅の人』を再開し、病床で最終章「キリギリス」を、口述筆記にて完成させ[[遺作]]となった。[[1976年]](昭和51年)[[1月2日]]に死去した。[[享年]]63。死後、『火宅の人』で昭和51年度[[読売文学賞]]を追贈された。 [[1977年]](昭和52年)、終の住家となった能古島に文学碑が建てられ、その文面には檀の辞世の句となった「'''モガリ笛 幾夜もがらせ 花二逢はん'''」と刻まれ、毎年5月の第3日曜日には檀を偲ぶ「花逢忌」がこの碑の前で行われている。また、檀の墓は故郷・柳川の[[福厳寺 (柳川市)|福厳寺]]に建てられている。 1991-92年(平成3-4年)に、『檀一雄全集』(全8巻別巻、沖積舎、実質は作品集)が刊行された。 == 人物 == [[File:Kazuo Dan.jpg|thumb|170px|中年期の檀]] *旧友であった[[太宰治]]が酔うとよく自殺を誘われ、また[[中原中也]]からは「太宰の腰巾着」と揶揄された(太宰と中原は同人仲間であったが不仲の間柄だった)。太宰の没後『小説 太宰治』(新版・[[岩波現代文庫]])を執筆している。 *檀が9歳の時に実母が出奔し、また父が料理を作れなかったこと、そして小学校に上がっていない妹が3人いたことからやむなく[[料理]]を始めた経緯があるが、結果檀は文壇屈指の料理人として名を通した。著書にも『檀流クッキング』、『美味放浪記』、『わが百味真髄』があり、その造詣の深さが窺える(新版 各[[中公文庫]]BIBLIO)。また、檀は旅先でも地元の食材を買い求め、自宅に来る編集者や友人らに自ら腕をふるって料理を振舞っていたという。長男・[[檀太郎]]とその妻・晴子が受け継いで、著書を複数刊行している。 *檀自身、[[転勤族]]だった父の影響の為か「帰巣[[本能]]に乏しい」と語っており、世界中への放浪を繰り返した生涯であった。しかし、その放浪によって自らの作品や前述の料理の知識を得ていたとも言える。『漂蕩の自由』(中公文庫)に詳しい。 *同郷の[[火野葦平]]とも親交があり、その火野の紹介で会ったのが柳川の旧[[伯爵]]・[[立花氏|立花家]]の16代当主[[立花和雄]]である。檀も柳川育ちであったためにたちまち意気投合し、柳川滞在時には立花の経営する料亭旅館『[[立花氏庭園|柳川御花]]』の離れに宿泊するのが常であった。また滞在時には『火宅の人』も執筆している。 *『[[NHK特集]] 命もえつきる時 作家檀一雄の最期』(1987年4月6日夜放送、語り[[草野大悟]])では、入院先で口述筆記により「火宅の人」完成に向け、苦闘する姿が録音テープと共に紹介された。 == 主な作品 == *『夕張胡亭塾景観』(1935年、第2回[[芥川龍之介賞|芥川賞]]候補) *『花筐』(はながたみ)(1937年、処女作品集) *『天明』(1944年、第4回野間文芸奨励賞) *『リツ子・その愛』(1950年) *『リツ子・その死』(1950年) *『真説石川五右衛門』(1951年、第24回直木賞) *『長恨歌』(1951年、第24回直木賞) *『ペンギン記』(1952年) *『誕生』(1955年) *『夕日と拳銃』(1956年、同年映画化) *『[[火宅の人]]』(1961–75年、第27回[[読売文学賞]]小説賞、第8回[[日本文学大賞]]) *『檀流クッキング』(1970年)文庫版 ISBN 4122040949 == 題材とした作品 == ;ドキュメンタリー * むかし男ありけり ([[1984年]]、[[RKB毎日放送]]) - [[檀一雄]]の足跡を取上げた作品 <small>本作は同年[[芸術祭 (文化庁)]] テレビ[[ドキュメンタリー]]の部 優秀賞受賞</small> == 関連人物 == *[[真鍋呉夫]] - 作家。同郷である檀とは30年近くに亘り兄事・交流した。『評伝 火宅の人檀一雄』([[沖積舎]])がある *[[野原一夫]] - [[筑摩書房]]の担当編集者。 *[[小島千加子]] - [[新潮社]]の担当編集者。 *[[嵐山光三郎]] - 担当編集者([[平凡社]])の一人で、後に作家に転身。 *[[沢木耕太郎]] - 著書『檀』(新潮社)は、ヨソ子夫人への取材に基づき、夫人から見た檀一雄の姿を描写。 *[[小森和子]] - 愛人の一人<!-- *[[緒形拳]]-映画『火宅の人』(1986年:[[深作欣二]]監督)で檀一雄を演じた。 *[[佐藤浩市]]-単発テレビドラマ『リツ子 その愛その死』(1992年4月:[[テレビ東京]]系)で檀一雄を演じた。 --><!-- 本人とは無関係 --> *[[杉山英樹]]-足利時代の中学高校の同級生であり、『バルザックの世界』の著者 == 外部リンク == *[http://www.geocities.jp/yasushinara/kinndai41.htm 檀一雄について] *[http://odekake.jalan.net/spt_40207aj2200024227.html 檀一雄文学碑の旅行・観光ならおでかけガイド-じゃらんnet] {{Normdaten|TYP=p|GND=129056510|LCCN=n/84/106889|NDL=00004630|VIAF=2625916}} {{DEFAULTSORT:たん かすお}} [[Category:日本の小説家]] [[Category:直木賞受賞者]] [[Category:東京大学出身の人物]] [[Category:福岡県出身の人物]] [[Category:山梨県出身の人物]] [[Category:1912年生]] [[Category:1976年没]]
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